元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ぶれない男」

2018-09-28 06:27:40 | 映画の感想(は行)

 (英題:A MAN OF INTEGRITY)アジアフォーカス福岡国際映画祭2018出品作品。全編にわたり、肌にまとわり付くような不快感と息苦しさを覚える映画だ。断っておくが、これは褒めているのである。これだけマイナスの要素が充満していながら、真っ当に娯楽映画として成り立たせているという、作者の力量には感服するしかない。

 イラン北部の田舎町で妻子と共に暮らす中年男レザは、周囲と妥協することが大嫌いな性格。今は金魚養殖の仕事をしているが、女子高の校長をしている妻の給与だけでは養殖用の土地を確保することが出来なかったため、銀行から資金を借り入れている。

 ある日、レザは養殖池に水を引き入れる小川が涸れているのを発見する。町の裏組織が銀行への口利きで返済を遅らせる見返りに謝礼金を要求したのを、レザが断ったため嫌がらせに水門を閉めたのだった。おまけに相手のボスと揉み合いになり、レザは警察に捕まって収監されてしまう。さらに裏組織はレザに対して法外な賠償金を求めるなど攻勢を強めるが、レザは頑として屈しない。やがて両者のバトルはエスカレートし、引き返すことが出来ないレベルにまで大きくなる。

 一見平和な地方都市だが、内実は闇組織が仕切っているという不気味さ。金融機関はもちろん、行政や警察、司法まで含む黒い繋がりで牛耳られている。レザが徒手空拳で立ち向かっても、次々と闇組織は罠を仕掛ける。

 ならばそれに対峙するレザが清廉潔白なのかというと、決してそうではない。本人は正義の側にいるつもりでも、対抗上、別の汚い手段に頼らざるを得なくなる。妻に至っては、当局側からの理不尽な要求を何の疑問も持たずに行使し、一人の生徒とその家族を窮地に追いやってしまう。やがてこの闇の構図は、この町だけではなくイラン全土を覆っていることが暗に示され、慄然とした気分になる。あえて言えば、この状態は中東だけに限らない。同調圧力が蔓延るグロテスクな光景は、今や世界のあちこちで見られるのだと思う。

 モハマド・ラスロフの演出は露悪的という点でオーストリアのミヒャエル・ハネケと似たところもあるが、ひたすら内に籠もるハネケに対し、ラスロフの作劇のベクトルは外部(社会一般)に向かう。いくつか未回収のモチーフはあるが、まずは質の高い仕事と言うべきだろう。

 ラストを除いて音楽を使用しないストイックな姿勢も捨てがたく、映像は冴え冴えと美しい。2017年のカンヌ国際映画祭「ある視点部門」の最優秀作品賞。見応えのある映画だ。
コメント
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