元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「最愛の子」

2016-02-28 06:55:00 | 映画の感想(さ行)
 (原題:親愛的 Dearest)間違いなく、本年度アジア映画の収穫だ。理不尽な社会情勢に対する糾弾だけではなく、その中で必死に逆境に立ち向かう登場人物達を正攻法に描き切り、強い感銘を与える。キャストの素晴らしい仕事ぶりも含めて、見逃してはならない秀作だと思う。

 2009年、深センの下町でネットカフェを営むティエンは、離婚した元妻のジュアンと3歳の息子の親権を争い、その結果息子と一緒に住むことを認められた。今ではジュアンは週に一度、息子と会うことができる状況だ。ある日、母親が運転する車を追って通りを走り出した息子は、何者かによって連れ去られる。



 ティエンとジュアンは必死になって息子を探すが、その消息はまったくつかむことができない。それから3年の月日が流れ、両親は安徽省の農村で息子らしい子供を目撃したという情報を得て、警察と共に現地に乗り込む。彼らは掠うように息子を取り戻すが、息子はティエンとジュアンのことを覚えておらず、育ての親であるホンチンを母と呼ぶ。ホンチンはその子が誘拐されてきたとは知らず、死んだ夫がヨソの女に産ませたものだと思い込んでいたのだ。

 とにかく、容赦なく映し出される中国社会の不条理には驚かされる。横行する誘拐と人身売買。その被害者の多くは子供で、政府当局の発表では年間20万人もの子供が誘拐されているらしいが、実際はもっと多いだろう。加えて、一人っ子政策によって子供を失っても次の子を容易に持てない。無断で出産した子供は戸籍が無く、教育も医療も受けることができない。

 そして人を人とも思わぬ風潮が罷り通り、弱みにつけ込んでティエンから金をむしり取ろうとする輩が次から次へと現れる。また、学校もろくに出ておらず語彙も乏しいホンチンをはじめ、都会に住む人々と地方農民との絶望的な格差も浮き彫りにされる。



 ドラマの構成は重層的で、ティエンとジュアン(および新しい夫)の屈折した関係、息子を探すティエンの苦闘、行方不明になった子を持つ親たちの集まりであるNPOのリーダーの煩悶、ホンチンの生い立ちと彼女が助けを求める法曹関係者の家庭環境など、いくつものパートが並んでいるが、それらがすべてドラマティックに展開され飽和感などまったく覚えないのは見事と言うしかない。

 ピーター・チャンの演出は堅牢で、作劇の隅々にまで目を配り、周到にストーリーを盛り上げていく。ホンチン役のヴィッキー・チャオは最高のパフォーマンス。ルックスの良さを封印して、スッピンで垢抜けない農村の女を演じきる。ティエンに扮するホアン・ボー、ジュアン役のハオ・レイなど、出演者すべてが最上の仕事を披露してくれる。

 物語は二転三転し、思いがけない事実が発覚するラストまで弛緩したところがなく進むが、これらが実話に基づいているのには驚愕する。エンドクレジットで紹介される事柄の重さを含めて、観る者に強いインパクトを与えずにはおかない。
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