元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「洋菓子店コアンドル」

2011-02-16 06:36:10 | 映画の感想(や行)

 主人公のキャラクター設定が出色だ。観る者にとって良くも悪くも“共感”できる人物像を創造しており、ここを押さえておけば映画も八割方は成功したようなものだ。多少ドラマ運びにモタつきがあってもほとんど気にならない。

 本作のヒロインである臼場なつめは、ケーキの修業をすると言って東京へ向かった恋人を追い、鹿児島から上京。しかし彼氏は働いているはずだった都内で評判の洋菓子店「パティスリー・コアンドル」をあっさりと辞め、別の店に行ってしまったらしい。途方に暮れたなつめは、コアンドルで働かせて欲しいと頼み込む。

 実は彼女はケーキ屋の娘であり、少しは腕に覚えがある・・・・はずだったが、試作品をコアンドルの店長からボロクソにケナされる。ところが帰り際に店長から勧められたコアンドルのケーキを味わい、その美味しさに感動した彼女は、ゴリ押し的に見習いとしてコアンドルに居着いてしまう。

 ハッキリ言ってなつめはどうしようもない人間だ。幼馴染みの彼氏を勝手に“恋人”だと思い込むのをはじめ、コアンドルに勤務するのを“当然の権利”だと決めつけ、果ては同僚を“彼氏をいじめて追い出した奴だ!”と断定する。また、店の食材を自分の練習用に流用することなど屁とも思わない。

 しかし、彼女は決して不快な人物として扱われないし、観ている側もネガティヴな印象は受けない。それは、誰もが持っている自分勝手さや了見の狭さをリアルに表現しているからだ。さらに、映画はそのマイナスイメージをプラスに転化させる“処方箋”をも提示してくれる。それは底抜けにポジティヴな物の見方と、呆れるほどの活力だ。イヤなことがあっても絶対に逃げない。どんどん目標に向かっていって、それが結果的に相手の内面を開かせてしまう。そこで初めて彼女は“他人の立場”というものを知っていくことになるのだ。

 なつめを演じる蒼井優はさすがの演技力で、この猪突猛進型のヒロインを実体化させている。ちょっとした表情や仕草などで、主人公の心の動きをヴィヴィッドに表現しているのには舌を巻くしかない。

 それに比べれば江口洋介扮する“伝説のパティシエ”の造型は在り来たりだ。クライマックスも晩餐会の献立ではなく、件の“彼氏”とのケーキ作り対決にでもしておいた方が盛り上がっただろう。しかし、なつめの絶妙なキャラクター設定と蒼井の達者なパフォーマンスを目の当たりにすれば、どうでもいい気になってくる。

 深川栄洋の演出は愚作「白夜行」とは打って変わった手堅いものだ。ラストシーンの扱いなどは見事。どちらがこの作家の持ち味なのか、しばらくは静観したい(笑)。そして劇中に出てくるケーキ類は実に美味しそうで、甘党の私にとってはそれだけで入場料の元は取れたような感じがした。また、入場する際にもらったクッキーの詰め合わせも悪くない(^^)。
コメント
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