元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「エリックを探して」

2011-01-30 06:52:51 | 映画の感想(あ行)

 (原題:Looking for Eric)ケン・ローチ監督にしては珍しい甘口のヒューマン・コメディだが、ソツのない作劇で楽しめる。勝因は、かつてマンチェスター・ユナイテッドで活躍した名選手エリック・カントナが本人役で出演しており、しかも主人公の“心の声”を代弁しているというモチーフにある。イギリスの下層階級民の最大の娯楽であるサッカー、そのプレイの極意を人生の指針に重ね合わせる平易な語り口と、有名プレイヤーをイレギュラーな設定で登場させる凝った作劇とが、玄妙な面白さを醸し出している。

 主人公は二度の結婚に失敗し、今は二番目の妻が“置いていった”二人の高校生の息子と一緒に暮らしている中年男。しかも子供達は完全にドロップアウトしていて、そのだらしない生活態度を注意すれば逆ギレされて、満足に言い返せずにスゴスゴ退散。仕事面でも風采の上がらぬ郵便局員に過ぎない。どこから見ても完全なダメ親父である。

 彼も若い頃はダンス競技会でブルーのスウェードの靴を履き、颯爽とした出で立ちで最初の妻をゲットしたのだが、今ではその面影はない。ところが上の息子が街のギャングと関わり合いを持ってしまったことから、切迫した事態に突入。彼は重大な決断をしなければならなくなる。

 印象的なのは、エリック・カントナの“アドバイス”を頼りに打開策を探っていくうち、彼は自分が思っているような救いようのない男ではなく、実はそれなりに恵まれた人間であることを自覚することである。

 カントナが考えるベスト・プレイは、ゴールに突き刺さる華麗なシュートではない。ゲームを形成するための、味方へのパスにある。そう、主人公には“味方”が付いていたのだ。それは、普段はグチを言い合っているだけの仲だと思っていた職場の同僚達であった。そして、ロクでもない息子達も、別れた最初の妻と、その間に出来た娘も、彼の“味方”だったのだ。

 彼らが一致団結してギャングに立ち向かう終盤のシークエンスは痛快そのもの。確かに現実離れしているが、ファンタジー仕立てなのでさほどの違和感もない。人間、不幸を憂うばかりでは何も前に進まない。落ち着いてじっくりと周囲を見渡してみれば、人生それほど捨てたものではないことが分かるはずだ。

 自分の“味方”は必ずいる。作者のそういうポジティヴな視線が快い映画だ。主演のスティーヴ・エベッツをはじめ、キャストは皆(それほどメジャーではないが)味がある。ローチ監督の、サッカーとそれを愛する名も無き庶民に対する愛情が感じられる佳編と言えよう。
コメント
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