元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ノルウェイの森」

2010-12-25 21:59:21 | 映画の感想(な行)

 日本の文学作品の映画化を外国人の監督が担当するという、いかにも際物めいた企画に少し二の足を踏んだことは確かだが、実際観てみるとなかなか面白い。それどころか、こういうシャシンは日本人ではない演出家の方が合っていると思った。

 1960年代末、高校時代の親友キズキが突然自殺してショックを受けた主人公のワタナベは、誰も知らない新しい土地で生活するため東京の大学に進学する。ある日、キズキの幼馴染みで恋人だった直子と偶然に会う。逢瀬を続ける二人だが、一夜を共にしたことがきっかけとなり、直子は次第に精神を病んでいく。京都の療養所に入ってしまった彼女を愛しながらも、ワタナベは大学で出会った緑にも同時に惹かれていく。やがて、直子との別れが待っていた。

 私はベストセラーになった原作を読んでいないし、それ以前に村上春樹の作品自体に一度も触れたことがない。だから本作がどれだけ村上の筆致を再現しているかは分からないが、少なくとも独特の世界を構築させているとは思う。

 いかにも純文学らしい、非・口語的な気取った言い回しや、実社会を舞台にしていても何やらこの世のものではないような浮遊感を、ほとんど違和感を覚えさせずに提示出来ているのには感心した。これをヘタにリアリズム志向の日本人の映像作家が手掛けたら、目も当てられない結果になっただろう。

 作品自体のテーマとしては、おそらくは喪失やコミュニケーションの不在に悩みながらも、愛し合えることを信じて前を向かねばならない人間の“業”を表現したいのであろう。本作ではそのテーマが多くはセリフ(モノローグ)によって語られている。これは通常映画化するに当たっての“禁じ手”であり、たいてい“映画は映像によって主題を語るべきだ”との正論によって批判される。しかし、この映画に限っては日本語のセリフを十分把握出来ない外国人監督起用の“怪我の功名”と言うべきか、セリフ自体を映画のエクステリアの一つとして処理してしまうという、実に玄妙な成果に結実している。

 トラン・アン・ユンの演出は丁寧で、優秀な通訳が付いていたせいか、キャストの動かし方にはさほど不自然なところはない。主演の松山ケンイチと菊地凛子は演技面で健闘しているが、個人的に一番印象に残ったのは緑に扮した水原希子だ。

 これまで演技経験がないという彼女のパフォーマンスはちょっと見るとヘタクソにも思える。しかし、その硬さゆえに本作の雰囲気に合致しているのだ。何やら彼女一人だけが他の出演者とは別の次元に属しているような感じである。いわば、他のキャストが良くも悪くも“演技をしている”という姿勢を見せているのに対し、水原は作品世界から“こちらにやって来た”というオーラをまとっている。挑発的なルックスも含めて実に面白い素材で、今年の新人賞の有力候補だろう。

 リー・ビンビンのカメラワークは素晴らしく、ジョニー・グリーンウッドの音楽も申し分ない。オリジナル・スコアの他にもビートルズのお馴染みのナンバーをはじめ、ドイツの伝説のグループ「カン」の楽曲を起用しているあたりもセンスが良い。原作のファンが満足する出来映えかどうかは分からないが、清澄な映像を堪能出来るだけでも十分観る価値はある注目作だ。
コメント (2)
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