元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「台湾人生」

2009-10-16 06:00:30 | 映画の感想(た行)

 東洋史に少しでも興味を持つ者ならば必見の映画だ。日本統治時代の台湾で日本語教育を受けた老人たちの、日本に対するの複雑な思いを伝えるドキュメンタリー。単に親日だ反日だという次元を超えたような、切迫した意識が痛いほど伝わってくる。

 劇中に“台湾は約50年間、日本の植民地だった”というナレーションが流れるが、それは間違いだ。植民地というのは通常“搾取の対象”である。かつて欧米列強はそのスキーム通りに世界中を食い物にした。しかし、日本にとっての台湾は“領土”だったのである。大した資源もない島に、日本は多額の資金を投入してインフラを整備した。住民に教育を施し、大学まで建造したのである。台湾人の知的水準は大幅に向上し、軍人や実業家として出世した者も輩出した。

 ところが日本は戦争に負けると台湾から離れることになる。代わりに大陸からやってきたのは、無知で野蛮な国民党軍だ。戒厳令や白色テロを経て、今は独立国とも何とも言えない微妙な立場に追い込まれてしまった。日本の支配下に置かれなければこういう事態にはならなかったはずだが、台湾を開発して民度を引き上げてくれたのも日本だ。そして、日本統治時代に育った台湾人達は今でも流暢に日本語を話し、日本人としてのアイデンティティさえ持っている。

 だが、戦時中は日本兵として戦った者達や辛酸を嘗めた人々に対し、日本政府は謝罪やねぎらいの言葉一つ与えていない。ある意味日本人よりも日本を愛しているにもかかわらず、内面では日本に物申したいことがいっぱいある。彼らの愛憎相半ばする切々とした気持ちは、日本人として今を生きる我々の心を打つのだ。

 劇中、最も感動的なシーンは、統治時代に世話になった日本人教師の墓参り毎年欠かさない老人が、孫娘が日本語を勉強していることに大層喜んでいる姿だ。経緯はどうであれ日本語は彼らの文化的立脚点であり、伝統なのである。その“文化”を承継する主体が今後とも存在し続けることほど、嬉しいものはない。観る側としても伝統と文化の重要性を改めて認識できる、秀逸な場面だと思う。

 ところで日本は朝鮮半島でも同様のことをしたが、あっちは現在日本に親近感を持つ者はほとんどいない。曲がりなりにも国家の体裁を取っていた朝鮮では、いかに合法的であったとしても別の国に併合されたという事実は耐え難いものであったのだろう。歴史というのは皮肉なものだ。

 酒井充子の演出は淡々としていながら確実に主題のポイントを押さえていく。特定方向のイデオロギーを含むことなく、良い意味でニュートラルだ。音楽もすこぶるセンスがよろしい。台湾をはじめとする東アジアの実相を知るためにも、観る価値は大いにある佳篇である。
コメント
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