元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ワルキューレ」

2009-04-12 07:01:32 | 映画の感想(わ行)

 (原題:Valkyrie)良くも悪くも“トムくんの映画”である。まず良いところを挙げると、展開が分かりやすいところだ。純粋な愛国心から、ヒトラーの暴走に反発していたトム・クルーズ扮するシュタウフェンベルク大佐が暗殺計画に手を染めてゆく過程が実に平易に描かれてゆく。ブライアン・シンガーの演出も捻ったところのまるでない正攻法のものだ。

 ヒトラーが絶えず暗殺の危機にさらされており、未遂事件が頻発したことは歴史好きならば誰でも知っているが、どちらかというと、このことを知らない観客が多いと思われる状況の中ではこういう衒いのない展開にした方がマーケティング面で有利だったのは間違いない。しっかりとした時代考証に裏打ちされたセット・美術は万全だし、ニュートン・トーマス・シーゲルのカメラによる重厚な画面も見応えがある。

 この“ワルキューレ作戦”には多くの軍関係者が関わっているはずだが、シュタウフェンベルク大佐が加わった途端に事態が彼中心に動いてゆくのには苦笑してしまった。でも、これも“あまり難しい演技は得意ではない”トムくんのレベルに周囲が合わせたということで納得できよう(爆)。

 逆に言えば、このトム・クルーズ中心の作劇が映画自体に深みを与えることに失敗している。シュタウフェンベルク大佐をはじめ、事件の首謀者の大半が格式のある家柄の出身者だ。プロシア時代の貴族や、由緒ある軍人の家系の者にとっては、オーストリア出身の成り上がり者に過ぎないヒトラーの下に仕えること自体が耐えられない。このあたりの屈託が本作にはまったく描かれていないのだ。さらに、彼らの祖国ドイツに対する愛着や、そのためにあえて凶行に走らざるを得ない苦悩も、スッポリと抜け落ちている。これでは歴史劇ではなく単なる「ミッション:インポッシブル4」ではないか。

 そして最大の落ち度は、観客の多くがこの“ミッション”が失敗に終わることを知っていることだ。たとえ暗殺計画の存在自体は知らなくても、ヒトラーは暗殺されて死んだのではなく、陥落寸前のベルリンで自決したことは誰でも分かっている。結末の割れたサスペンス劇ほど気勢の上がらないものはないのだ。しかも、肝心の“どうしてヒトラーは爆死しなかったのか”について(劇中では)具体的に触れられておらず、手落ちと言われても仕方がないだろう。

 史実をネタにした娯楽編を作ること自体に異議を唱えるつもりはないが、素材に対する真摯な考察や深い認識を捨象してしまっては、宙に浮いたような軽めのシャシンしか作れない。この意味でトム・クルーズを起用したことは合理的ではなかったと思う。ケネス・ブラナーやテレンス・スタンプ等、重量感のある脇のキャストも実にもったいない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする