Retrospective...

イラストレーター/ライター遠藤イヅルの困った嗜好をばらす場所

【ナローゲージ】頸城のホジに会いに行ってきました(3)その他車両編

2009-10-31 | ナローゲージに思いを馳せる




さてさて、六甲に保存されていた車両たちはホジ3以外にも多数あります。
そして、頸城鉄道の廃線後、西武鉄道のユネスコ村で一時期走っていたあと
また頸城に戻り大切に保存されていた2号蒸気。

これらの奇跡の大集合で、軽便博物館と呼べるほど充実した車両たちが
百間町の車庫に21世紀に集まっているのですね。




まずは、今回はまだ無火ではあったものの
その状態の良さから復活も検討されているという2号蒸気(SL)。


1914(大正3)年の頸城鉄道開業時に用意されたSLが自重5t機で小さく、
翌1915年にすぐに導入されたという歴史を持つ9t機です。
頸城へ来る前は、なんと国鉄の大井工場の敷地を造成するのに使われていたらしい。
製造はドイツのコッペルで、製造は1911(明治44)年...あと2年で100歳ですな!



美しく輝くコッペルの銘板!


で、次は「まさかの復活」で動態保存化されたディーゼル機関車(DL)のDC92。



DC92の形式数字は、
D=ディーゼル、C=車軸の数(Cは3本をあらわす)、9=自重9t、
2=この前に導入されたDL、DB81に次ぐ2号機を意味します。

1954(昭和29)年協三工業製。協三は産業用機関車などでは有名なメーカーで、
あのディズニーランドのSLもここで新製されたものだったりします。
名義上は1号SLの改造、とのことなのですが車軸以外はほぼ新造です。


検査表記が廃車直前のままなのが泣けます(ToT

復活に当たってはエンジンが再生されたのか、尾小屋のDC121のように載せ換えたのかが
非常に気になりますが、情報が得られていません...。




続いて、ハ6です。




頸城には開業当時にホハ1~5、ホトク1(前述の通りホジ3に改造された)と6両のボギー客車が用意されましたが、
残念ながらホトク1→ホジ3以外は残存していません。
ただし、客車はこれ以外にも2軸客車が何両か在籍していました。
そのうち六甲には2両の2軸客車が保存されていましたが、現在も姿を見ることが出来るのはハ6だけのようです。
もう1両の客車ニフ1は、六甲ですでに朽ち果てていて台枠だけになっており、
頸城に里帰りしているはずなのですが今回姿を確認できなかったです。
さすがに捨ててしまったのか、それともどこかで直しているのか、気になりますね。現役時代は稼働の多い車両だったようで、ぜひ復活を期待したいです。


ハ6は戦後の1949(昭和24)年に購入した旧魚沼鉄道の客車で、さらに元をたどると青梅鉄道で作られたものだそうです。
製造年はわかっていないそうですが、ダブルルーフのオープンデッキ2軸客車の姿は
明治大正期の客車の姿を良く残していて好ましいです(^^;
実際には多客期以外はさして使われていなかったようで、
稼働している写真を見たことがあまりありません。



あとは貨車が3両...いいですよねえ。保存車といえば華のある機関車、動力車が残るのが普通なのに、
ナローゲージの小さい小さい貨車が生き残っているなんて、ほんと嬉しいです。
こういう「あたりまえのふつうのものが残っている」ことにieは萌えるんですよねえ。


ワ7。


中にはホジ3のドライブシャフトらしいものが転がってましたw


1914年開業時に用意された木造有蓋車、ワ1~11の中の1両です。
ワ7はワ10とともに、木の板を鉄板張りに変えた車両でした。
積載量は5t。こんなに小さくても5tも積めるんですね。
動かせるような状態ではないのか、車庫に置かれたままで、動態運転はされませんでした。


ワ14。




ハ6同様、旧魚沼鉄道から来たそうです。積載量は4t。
木の板ボロボロでしたが、木なので張り替えれば直るのではないかなあと素人ながらに考えました。
いつか先の復活運転の際には、ぜひ客車にくっつけてほしいですね。


ト。ト1~6のうちのどれか。無番だったのでどれかわかりません。



何にせよナローの客車や貨車が残っていることことはとっても貴重!
動力車もいいが被牽引側にも弱いieにはたまらない車両たちでした。


このあと、まだまだ百間町ではイベントがあったのですが、
遠方ゆえ帰路につかねばなりません。
パークアヴェニューを運転させていただいたゐぬの師匠にもお礼を述べて、
後ろ髪ひかれる思いで会場を後にしました。

そして廃線跡をたどりつつ、いまでも浦川原駅舎が残るバスターミナルへ行き
直江津に戻って寿司を食べて帰路へ。
夢のような1日でした。



百間町~明治村間に残る築堤。
目を閉じればまぶたの裏に頸城の車両たちが駆け抜けていきます...。



今でも残る旧浦川原駅。頸城鉄道はいま高架になっている後ろのほくほく線の真下を通っていたとの事。


>>百間町を離れる際に撮ったC5さんと車庫、頚城の車両たちとの並びという
感動のショットです(汗


いかにナローの車両が小さいかわかりますよね



>>頸城鉄道の復活はまだまだ夢があるようで、大池いこいの森付近で
もっと長い距離で復活運転を考えているらしい!
そのときはぜひホジ3を復活させてほしい...
そしたら通ってしまうかもしれません!


>>ちなみにこの日デジイチの充電池自体がカメラに入っていないというミス(号泣
をしてしまったのですが、
先般買ったソニエリのサイバーショット携帯(au S001)の性能を信じてそれで撮影。
今回の頸城のブログ記事写真は全部ケータイカメラの画像です。
なんとかなるもんですねえ(^^;
コメント

【ナローゲージ】頸城のホジに会いに行ってきました(2)ホジ3編

2009-10-29 | ナローゲージに思いを馳せる


さて、お目当てのホジ3は、奥の側線に移動したあとからゆっくり見ることが出来ました。


ただ...
村おこし的なイベントなので子供たちの似顔絵はかわいいんですが、
「そのまま」のホジが見たかった自分にはなんとも(涙





でもなにはともあれ
平成も21年になった今日日に、廃止後40年近くたった頸城のホジ3を
ほかの場所...たとえば博物館などではなく、
ゆかりある百間町の車庫で見ることの出来る素晴らしさに感動しました。


ホジ3の「ホジ」は、「ボギー台車」を持つ「ジーゼルカー」の頭文字。
ホジ3が導入される前に頸城にあった「単端(運転台が片方にしか無い車両)」が
ジ1・ジ2だったので、その続番号で「ホジ3」になりました。





ホジ3を人気ものにしているのが、このユーモラスな外観です。

大正14年の開業時に用意された客車のうち、
畳敷きだった特別車両「ホトク1」を自社工場で
昭和7年にエンジンを取り付けて「自動客車」に改造したのがホジ3なのですが、
現在の姿になったのはエンジンをいすゞDA45ディーゼルエンジンに換装したのと同時の昭和26年。

戦後の改造なのに車体はオール木製。唯一乗務員ドアが鉄...。
客ドアは真ん中にぽつんと。左右にデッキがあった客車時代の名残か、
車端の裾だけ下に伸びています。


そしてこの顔...。アンバランスな窓のサイズに、ぽつんと1つだけついた小さな前照灯に、
なぜか半埋め込みのテールランプ。



何もかもが、変わった外観ですよね。
でもそれがナローファンの心をつかみ、神格化された存在にもなりました。


それが目の前にあるんです。
ケイベン野郎になりつつあるieには、夢のような時間でした。



車内がすくころまで待って、ようやく乗りこみました。

すべて木で作られた空間は、やさしくて、まるで落ち着いて過ごせる部屋のようです。
シートの生地も張り替えられています!

そしてゐぬ乃師匠とホジの車内で軽便&クルマ談義...
なんとも濃厚な時間でしたね!




ホジ3といえば車内のど真ん中に堂々とに張り出したこの木箱...
物置台にしか見えないんですが...。





これ、実はエンジンカバーなんですねえ。
エンジンの背が高いので、車内に飛び出てしまってます。
木の板一枚で熱や音を遮蔽していないという大胆さ(^^;
夏は暑かったでしょうねえ...。


鎮座ましますDA45 部本欠品は無いようだが、こりゃあ動くようになるのかなあ(涙



吊革の金具も凝ったデザインですね。ハート形の部品もあります(@^^@





続いてエンジンや足回りを外からチェックです。

90馬力を発生したという、いすゞDA45型エンジン。
だいぶサビサビです。




ドライブシャフトは外されています。
これがつながって、このホジが動いたら嬉しいなあ。





客車用台車を無理やり駆動台車に改造した動台車。
本来はロッドつきだったそうです。
ロッドを外した後の軸がむき出しですね。





従台車。客車用台車そのものの姿です。




いやはや、すごい。ホジ3まじまじ見てきました。夢のようでした。

ここまでこぎつけられたのは、
くびきのお宝のこす会や地元のみなさんの努力のたまものでしょう。
そして、これを長期間にわたり保管していた方、
さらには頸城に返してくださったそのご子息様。
ありがとうございました。


21世紀の奇跡に乾杯。




>>似顔絵を消し、お客さんも極力写らないように撮ってみました。
柿の木が渋すぎる演出です。
現役時代にタイムスリップしたような錯覚を感じました。





コメント (3)

【ナローゲージ】頸城のホジに会いに行ってきました(1)サプライズ編

2009-10-27 | ナローゲージに思いを馳せる



「頸城のホジに会いに行きたい」というエントリーを書いて早4年。


ついに、その夢をかなえてきました。


10月24日・25日の2日間。これが、頸城の車両たちの今年の公開日。
なにぶん告知の少ないこのイベント、ここ数年逃していたので、
今年は結構前からマークして、くびきのお宝のこす会のHPをこまめにのぞきに行って、
この日を待ちました。



24日夜に仕事を終え、一目散に
ハンドルがぶるぶる震える(涙)C5で関越~上信越道を飛ばして、
廃線跡の脇に立つ(号泣)ビジホにかけこみ、
そして待ちに待った25日。
廃線をたどる道路をひた走り、百間町の会場を目指します!


北四ツ屋駅辺りだと思う


9時のスタートには少し遅れてしまいましたが、到着したらまず
当時の本社と車庫が残っていることに本当に感動。
歴史を大事にする頸城鉄道万歳。
ちなみにクルマで行っても歩いて1分くらいの農協?前が広い駐車場なので
大丈夫でした。


バスの停まっているあたりは駅舎だったはず



そして車庫の前に回ったら、こんな感じになっていました。



旗はなんと木で出来てました(^^


現役時代の車庫からのびる新しく施設された線路には
コッペル製造の2号蒸気+DC92+ホジ3が停まっています。



何が始まるんだ?と思ったら...


DC92がレストアされていて、なんと、動いた!
コッペルは無火なので、それを押す形で。
ホジ3も後ろに牽引されているので、ie的には好きじゃない全動力車編成ですが、
とにもかくにもDC92が復活していたのは本当に驚いた!


そのあと、このSL+DL+自動客車(ホジ)の編成はなんと!
車庫の南側・・・つまり、旧本線あとに施設された(号泣)線路にバックで移動!
無動力の推進回送とはいえ、ホジが動いている姿を目にすることが出来るなんて!





そして入換。目まぐるしく構内を動き回り、今度は一番右の側線へ移動です。



古い建物とのマッチングが最高ですね。



そしてホジ3を切り離し、今度は庫内にいる無蓋車ト(番号不明)と、
旧青梅鉄道→魚沼鉄道と渡り歩いた明治の雰囲気満々の客車ハ6を迎えに行ったのです。



(小さいけど、動画です!右クリックで「新しいタブ」選択してご覧ください)


SL+DLというありえない組み合わせではありますが、
頸城の基本だった「ミキスト」編成の再現。
時速8キロ以下という速度ではあるけど、目の前を頸城の車両が動いている衝撃!



ひえええ、イイ! でも出来れば機関車をどちらか1両にしてくれえ(哀願



その後、このSL+DL+貨車+客車の編成はさきほどと同様に
旧本線ににバックで移動。
そして、また出発していきます。
さきほどの編成とは違い、今度はミキストですから、リアリティは高まりました。
あの当時のように(見たことないけどw)走っていきます!うおおお!


ちなみにコッペルの煙はダミーです でもそれらしく見えるからgood!








>>いやー驚いた。保存だけではなく、まさかのDC92復活。
ieが頸城に来るということでお越しいただいたゐぬ乃師匠も、これにはびっくり。

>>やっぱり、動いているのは凄い。
短い区間、ゆっくりしたスピードだけど、夢のケイベン、マルケーが
目の前を進む姿に感動しました。

>>で。マルケーを見た大興奮記、まだまだ終わりません(汗
ホジ3のこと触れてないじゃん!って感じのエントリーでしたが、
いえいえie、ホジ3には言葉にはできない感動を味わいました。

>>ということで、次回は、
とにかくいちばん会いたかったケイベンの伝説車両・ホジ3との
邂逅をお送りします。

>>ゐぬ乃師匠、お越しくださいまして、
ありがとうございました!BUICK公園通り、マジやばいっすね...。
コメント (8)

【てつどう】奈良線18m車時代の生き残り 伊賀鉄道860系に乗りに行く

2009-10-23 | てつどう。


伊賀鉄道に行ってきました。


伊賀鉄道はもと近鉄伊賀線でしたが、施設は近鉄が保有したまま
運営・運行を伊賀鉄道に移した上下分離方式となって現在に至っています。
なので、実質的には近鉄の一部分のままと言えるでしょう。
出資比率は近鉄が98%、伊賀市が2%だそうです。



で。
伊賀鉄道には、伊賀線時代から近鉄860系が走っていたのですが、
これが残り数年で「ある電車」に置き換えられてしまう、という報が入り、
いてもたってもいられなくなって行ってきてしまったわけです。



置き換えられてしまう860系は、もとは奈良線用に昭和36年から製造された820系を
伊賀線用に改造して生まれた車両です。

さまざまな経緯で大近鉄になった近鉄ですが、
伊賀線は設立の経緯上1067mm幅の軌道なので、
1435mm幅軌道の本線系統とはゲージが合わず、
同じく狭軌路線だった南大阪線系で廃車になった6800系の台車で狭軌対応しています。


820系は、いまや近鉄でもここでしか見られない18m車体で、
その車体幅は狭く(なので、ステップがドア下に設けられている)、
しかも片側2扉なので、現在の近鉄一般車とは大きくかけ離れた形態を持っています。

これは、820系のベースともいえる奈良線特急用車800系(昭和30年登場)と同様に、
当時の奈良線の建築限界によるものでした
(1964年には新生駒トンネルが開業し、現在と同じ21m級4ドア車が走るようになった)。



鉄コレで出ていた800系...欲しい...。


800系は初めて近鉄マルーンで登場したり、初の高性能車であったりとエポック的な存在ですが、
さらに注目したいのは、その車体構造が欧州の軽量客車の技術をそのまま用いていたことです。

近鉄と言えばシュリーレン台車ですが、
800系は、車体もシュリーレン社との提携技術の「準張殻構造」だったのです。
この構造は、スイス国鉄向け軽量客車(=Leichtstahlwagen)に用いられた技術で、
国鉄の10系客車も技術的には同種だそうですが、10系は参考にしたうえで
独自開発だったのに対し、800系はシュリーレンの製法そのままだったらしい。
こういう「欧州技術そのまま」とかいう話にひかれてしまうんですねえ。


ってことは、その改良版たる820=860系もまた、欧州の客車と同じ作られ方を
しているということなのでしょうか。


とにもかくにも860系、近鉄・旧近鉄に残った唯一の18m車で、
しかも800系の系統をいまに残す貴重な電車なのでした。
それを味わいたくなったのでした。
10年以上前伊賀線時代に来たことはあったのですが...。


伊賀鉄道といえば、くのいち電車、忍者電車といった松本先生のイラストが
全面に押し出された編成が有名ですが、
それ以外にも、新近鉄一般色(マルーン+白)の編成がありました。
そのうちの2編成が最近(無くなる直前によくある傾向で)「リバイバル塗装」になったということもあり、
これもなんとか見ておきたかったのでした。


伊賀神戸で降り、しばし伊賀鉄道の電車を待っていたら、
やってきたのは広告編成。
なので、次がリバイバルだと賭けて、もう1本待つことにしました。




でもその次は忍者編成。
うーん、またリバイバルじゃないのね、と思いつつ、
820系の姿ほぼそのままの「存在」にはやはり感涙です。
だってこれ、奈良線の奈良市内併用軌道時代を経験してるんだよね...。
すごいなあ。



ということでこれに乗って、上野市へ向かいます。




高校生をいっぱい載せて、860系が走る。
関西の伝統、グローブ付き蛍光灯がいいね。




思ったよりも飛ばすのもあって、揺れが凄い...。
だけど、この沿線風景はすごく気に入りました。
のどかなだけではなく、何か心にしみる懐かしさのようなものがあります。


そんな景色と揺れ?を楽しんでいるうちに、上野市に到着。
上野市の駅には車庫があるし、ここから先に行く列車が
リバイバル編成であることを期待しましょう。


で、さっそくホームから車庫を見たら、近鉄新標準色の編成、くのいち編成が確認できました。




すると、車庫の中から、リバイバル編成の第2弾、グリーン編成が出てきました!
さっそく、パチパチ撮影です。



クラシカルな丸い車体には、この渋い色はよく似合いますね。
欲を言えば「ピカピカ過ぎる」のが気になるくらい(^^;





そしていよいよ上野市で折り返す伊賀上野行きが来ました...。
予想通り、マルーン1色+飾り帯付きの、いちばん見たかったリバイバル第一弾編成でした。
予想通りとしたのは、ここは所帯が小さいので、
自分が乗った忍者、途中で交換した広告列車、車庫にいる一般色、
くのいち編成、グリーン編成とくればもう、残りはわずかしかないw


飾り帯はシールなのでリアルではありませんが、でもマルーン1色の860系が
見られただけで満足です...。



車体幅が狭いので、ステップがドア下に設けられています。



バランサー付き1枚加工窓が欧州ぽいイメージですね。



とても50年近く前の電車には思えません...きれいだし、古くないです。


時間の都合でこのリバイバル編成(伊賀上野行)には乗らず、
上野市から伊賀神戸まで広告編成で帰りました。
ほんとは乗るだけじゃなくて撮影もしたかったなー。





>>で、この860系のかわりにやってくるのは、なんと東急の1000系!
ええー!伊賀鉄道に!?って、正直自分もびっくりしました。



>>なんで近鉄系の電車じゃないの、って思うんですが、
そう、よく考えると
18mで新し目の電車なんて、近鉄には無いんですねえ...。


>>1000系が伊賀の里を走るのか...違和感あるんでしょうね。
すくなくとも伊賀神戸で近鉄車と顔を合わせるその景色って前代未聞。
とても気になります(^^;
コメント (2)

【セダン蒐集癖】Vol.201 サブネームの是非 カローラ アクシオ(E140 系)

2009-10-20 | セダン蒐集癖。

現行カローラのお話です。


カローラ三昧w


最新モデルはセダン=アクシオ、ワゴン=フィールダーと命名されています。
なんでまあ、わざわざセダンにもサブネームをつけたのでしょうね。
新鮮さを出したかったのかな。


サブネームと言えば、ブルーバード・シルフィ、
プレーリージョイ、古くはコロナ・マーク2、セリカ・カムリなど
枚挙にいとまがないですが、
サブネームの意味もいろいろあって、
バネットとバネットラルゴ、
パッソとパッソセッテのように「車種が別で明確に分けるためのネーム」だったり、
キューブとキューブ3、ボンゴとボンゴブローニィ、などのように
「ロングボディなので名称わけ」って意味だったり、
シルフィにようにブルーバードとは別の車種を強調するためだったり。
プレーリージョイ、プレーリーリバティも然りですね。

ハッチバックやクーペにつけるのは、まあこれも理解できるんですよね。
パルサーエクサ。カローラFX。カローラレビン。サニーRZ-1。
これらは、明らかに、スペシャリティ感を出すため。



でも、先日のインプレッサアネシスのように、単にセダンを区別するために
わざわざサブネームをつけるのって何でだろ?
ああ、これはベースがハッチだから、後付けセダン命名系なのかな。
シャレード・ソシアル、カルタス・エスティームとか。
ティーダ・ラティオもそうだなあ。もとがハッチ、なのでティーダセダンに
別ネームがつくのは違和感が無いのだな。




って書いてたら、まあカローラのサブネームのこと、どうでもよくなってきたw
ほとんど独り言みたいな記事ですみません(汗

ということで独り言続けちゃえwww



そういえばスプリンターもカローラスプリンターじゃなかったけ。
スプリンターの5ドアってシエロって名前だったよね。
コロナExivとか、カローラEDとか、コロナSFとか。

よく考えたらカローラはいっぱいあるねえ。
スパシオ、セレス、ランクス、ルミオンって
全部思い出せる自分が悲しいw

サニーエクセレントも懐かしい。
ローレルスピリットなんてのもいたねえ。
スタンザFXとか、バイオレットリベルタとか、
あ、エルグランドももとはキャラバン/ホーミーエルグランドだっけ。
シーマもセド/グロシーマだったものねえ。
キリがないw



>>ちなみに現行カローラは先代モデルのキャリーオーバ車種です。
ところが海外版は、日本名オーリスがベースなので、日本のカローラと違うんですな。

>>海外版カローラセダンは日本、韓国、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア
以外で導入されている(それらの国以外には5ドアハッチのオーリスを売っている)
ようです。まあ、さらにいうとオーリスをカローラって名前で売っている国も
あるようで、ややこしい限り...。

>>ということで北米仕様コーナー(パチパチパチ
北米仕様カローラ!なんでこんなにかっこいいんだ!!




>>さらに...オーリスの形式はE150系なのですが、北米にはE150Wという形式を持つ
「マトリックス」なる車種もあります。これもカローラファミリーになるのでしょうね。ちなみに、キャバリエの後継というポジションらしいです。



>>いちばんマイナーなサブネームってなんだろう?
テリオスルキアか、アプローズθ(シータ)か...ってダイハツばっかり!
コメント (10)

【セダン蒐集癖】Vol.200 いよいよ200回! 記念の一台は「甦ったハコスカ」!?

2009-10-16 | セダン蒐集癖。
いやあ、ついに、ついに200回を迎えることができました!
この「セダン蒐集癖(しゅうしゅうへき)」のコーナー!



飽きっぽい自分が、よくここまで続いたなあと思うのですが
これはひとえに、ずっと見てくださっている皆さんのおかげです。

ほんとうに、ほんとうにありがとうございました(感涙





ということで、200回記念。


50回は軽自動車なのにノッチ付きセダン(しかもサッシュレス)という異端さでで選んだオプティの2代目。


100回は好きなセダンをそのまま、という気持ちでJ.フェリー。


150回は究極のセダンということでメルセデスのW123。


では200回目は...
思い入れの強い一台、いまでも「ちょっと買ってもいい」国産珠玉のスポーツセダン...




それが




スカイライン 8代目(R32型)。


200回記念だってのにこんな写真www だって走ってないんだもん(涙



古くならないですよね。エクステリア。
クラスタースイッチがメーターナセルに並ぶスパルタンなインテリアも然り。


サーフィンラインを思わせるフロントのホイールアーチから立ち上がる
キャラクターラインと、リアのブリスターフェンダー。
スカイラインらしさをアピールする4灯テールランプ。




どうにも狭くて不評だったキャビンだけど、
そのかわりにボンネット=キャビン=トランクの黄金比のようなバランスを手に入れています。

キャビン自体も、その造形になだらかさはあまりなく、
唐突に立ち上がり唐突にトランクに落ちる、古典的なプロファイル。
ロングノーズ。直6。銀色が似合う。そしてGT-R。
「甦ったハコスカ」と言ってもいいようなクルマだと思います。



このクルマが出た時...時は1989年。
ie、高校3年生です。

クルマの免許が取れる歳になり、より一層身近な存在になっていた頃。
荻窪にあったアプリーテに、学ランのままいったい何度このクルマを見に行ったことか...。

カタログを穴のあくほど眺めながら、欲しい欲しいと思っていましたっけ。



>>個人的には、ひねくれてるのでL6ながらもOHCの「GTE」が好きでした。
次は、ノンターボのGTS。155馬力のRB20DE。
いやいや、後期型の2.5も捨てがたいぞ...。
BGMは、もちろん山下達郎で!!

>>いやいやいや、GXiってのがいるぞw
1.8L L4のスカイライン!気分はTI!

>>ってんでカーセンサー見てたけどGTS-tのTypeMばっかりだなあ。
コメント (17)

【てつどう】49歳を迎えて現役 紀州鉄道キハ603

2009-10-15 | てつどう。



実は和歌山に行ったもうひとつの目的は、もう表題と↑の写真でバレバレなのですがw
紀州鉄道の古参、キハ603に乗ることでした。


あまりに老朽化が進み、年内いっぱいで廃車、の声がさらに期間が短くなり、
9月中にはさよなら運転かも...の噂も立ちました。


3年前、紀州鉄道を訪ねた時は平日だったのでキテツが運行されていて
キハ603は車庫で休んでいたのですが、
この日は念願の土曜日...そう、キハ603は、週末だけ走っているのです。


時間のない駆け足の状態なので
途中下車しての撮影も出来ないのは残念ですが、
でも始発に乗って、ただ御坊と西御坊を往復することが出来ただけでも
とても嬉しかったです。




御坊駅、朝7時。空は快晴。風は秋風。気持いい。


それでも、御坊駅前の宿を出てから、不安でした。
キハ603はいつ走らなくなってもおかしくないのです。
今日は土曜日とはいえ、走っている保証はないのです...
はやる気持ちで、改札をくぐらずに駅舎の脇へ。
ちらっと見える、バス窓。
ああ、今日は動いていてくれた!


紀州鉄道はJRの御坊駅を間借りしているような状態で、
しかもJRの改札内では切符も買えない!というすごさ。

改札をくぐり左へ数m行くとある紀州鉄道の乗り場へ。
朝の順光に照らされた古豪に思わず駆け寄ります。





紀州鉄道の始発列車に乗るためには
和歌山から朝一番の電車でも無理なようなので、
鉄道ファンもひとりもおらず。というか、客はieひとり(汗


やがて7時10分。始発が発車しました。
気がついたらお客は自分を入れて3名に。



もうわずかしか味わえるチャンスのないDMH17エンジンの轟音。
窓を開ければ、初秋の朝の涼風とともに排気ガスのかおり。
しかも排気ガスは、床下から出ます。これも古典的です。




それに、古い車両特有のかおり、油のしみついた木の床のかおり、
赤い古いモケットのかおりが、
タイムスリップ感を高揚させます。
ひとは、意外と視覚以上に嗅覚で思い出の中に飛び込める生き物ですから。


白熱灯の車内灯。
小さな背ずり、狭いシートピッチのクロスシートはキハ10系を思い出させます...。








ノスタルジーに深く浸るまでもなく、
あっという間に西御坊へ。わずか8分の旅。7時18分定時着です。

相変わらずかたむいていて現役とは思えない駅舎に、その風景に完全に溶け込む
キハ603。





出札口には、委託かな?おばさまがいて、切符を売ってくれるのですが、
出札室内は昭和中葉の景色でしたw
切符はむろん硬券!





折り返しは7時45分発。
まだ多少時間があるので、キハ603のディティールチェックです。


いまやほんとうに貴重になった日本のディーゼルカーの「基本的機関」
であったDMH17。しかも縦置き(一般的には横置きのDMH17Hが主流だった)。





手書きの社紋。




製造は新潟鉄工...昭和35年...



って、たしかに今年で49年目で十分古参ですが、
阪和線の103系にも3年くらいしか変わらない製造年のがいるぞw
Guさんの言う通りだ...キハ603、たしかにかなり傷んでるけど、
でも同じような年代の現役車両はまだいっぱいいるよね。
とはいえ内燃機関でここまで古いのは、古いクルマを維持するのを考えると
大変だろうなあ。





ということで駆け足で御坊に戻ってきました。
短い時間ですが堪能しました...この車両ともこれで最後の邂逅になるでしょう。
しっかり目に焼き付けて、御坊をあとにしました。
もうしばらく活躍を続けてほしいですよね。
小湊鉄道とか買い取ったら面白いような気がするんですが(^^;






>>これが運転台。
でも、何か違和感がありませんか?




>>そうなんです、マスコンとブレーキが逆なんですね!
一説によればDL(ディーゼル機関車)の配置に合わせたから、とか?


>>ちなみに、「運転席」は、
どうみてもスナックの客用の椅子っぽいものでした(涙


>>余談ですが、DMH17系の始祖は、GMH(ガソリン)17で、実に戦前設計。
さらにこのGMH17は、昭和初期のGMF13をベースにしてるっていうんですから、
設計自体がとてつもなく古い!んですね。こういう話に弱いんだなあ、ie...。
コメント (8)

【てつどう】国鉄型三昧 阪和・和歌山線~クハ103-1に出会う!

2009-10-13 | てつどう。
先日の大阪出張の折、和歌山方面に向かいました。3年ぶりの和歌山でした。


大阪で仕事を終え、向かうは天王寺駅。
関西線も環状線も201系が増えて
(それでも関東に比べたら十分すごい話)、
103系になかなか会えないような気がします。
そんな中、103系三昧なら、阪和線が一番ですものね(^^;




ひさしぶりの阪和線ホーム...
でも入ってくる電車の顔触れは何年たっても変わらないのが素敵(^^;

阪和線がかつて私鉄だったことを無言で協調する櫛形ホームに、
次から次へと103系が入ってくる...。


ブタ鼻・ユニットサッシ化された「1次改良」グループ。
でもieと同い年w
がんばってます。


関東ではほぼ壊滅(残り4両の仙石線103系も引退が決定)状態なのに、
ここはまさに103系の天国状態です。



いやあ...たまらんねえ...(T_T
低運転台、非ユニットサッシ車がまだいっぱいある。
戸袋窓こそ埋まっていて、前面窓が金押えにはなっているけど、
でもそれでも初期車が残っているのはすごい。
外観がちゅるんちゅるんになっているN40更新車などもいるはずなんですが
少なくともこの駅では見なかったです。




で、ここから、こんな時間ですが南へ下ることにしました。
大阪近辺で宿をとるなら、思い切って和歌山方面を目指してしまえ!


ということで。

103系に乗って和歌山方面を目指すのもいいですが、
時刻表にはもっと強烈な吸引力を持つ列車が...
なので、これに乗ることに決定♪


それは、こいつ!







381系「はんわライナー!」



うひー、しかも原色!
これに310円追加するだけでいいなんて。
ああ、381系乗るの何年ぶりだろう...感激です。




ビール片手に極楽気分でしたが、
新しい車両に乗りなれると驚かされるシートピッチの狭さと
腰のない座面に慣れたころには、
もう終点の和歌山駅。



で、翌朝を迎えるわけですが...。


和歌山駅に出入りする車両たちは、嬉しいほどの国鉄型オンパレード。
新しい車両もいいですが、ほんとうにほっとしました。



いまだに見られる阪和快速色の113系



デビュー時のまんまの色の105系500番台
ひもとけば元103系 しかも千代田線直通の1000番台。



すごいカラーセンスでまとめられてしまっている117系



そしてひっきりなしに出入りする103系。



その中に、いた!奇跡の残存、103系量産車のトップナンバー、
クハ103-1とその相方ともいえる、クハ103-2!


これはクハ103-1


こっちは反対側のクハ103-2


103系天国の阪和線ヒネ在籍車の中で、偶然とはいえ会えたことに感謝!
...きっと最後の出会いになるでしょう...(涙

両者とも、驚くなかれ昭和38(1963年)製

まだまだ使うのか
いつ無くなるのか

さすがにそろそろ終焉も近いはずです。
予断を許しません。
321系の増備で、日根野にも205系が増えてきましたから...。
でも頑張って走り続けてほしいですね。



>>まさに国鉄型三昧。
少なくともこのエントリーの写真には国鉄型ばかり!
(221系がチラっと写ってますが)




>>JR難波駅にも立ち寄ったんですが201系関西線仕様もかっこいい。
まだまだ使えるような気がする。
JR東日本の新車にガンガン置き換える戦略は
「もったいない」ように感じるんですよねぇ。
十分綺麗だし、十分使える気がするのです。
古さゆえ、現場の苦労は絶えないとは聞きますが...。
コメント (4)

【シトロエンC5】遠くに行かずにはいられない。

2009-10-08 | シトロエンC5。




小さなトラブル以外は問題なく調子のよいC5さん。
こころなしかLDSの漏れも少なくなっています。ほんとだよw


このところまた土日もいろいろ忙しくて
今年の年初~春先のようなお出かけもほとんど出来ず、
C5の距離計も全然伸びない状況。残念。





いつかのエントリーにも書いたように、「運転すること」が癒し、
乗るだけで癒しなこのクルマ、
忙しくなればなるほど、乗りたくなるというものです。

スポーツカーに乗ってストレスを解放するのではなく、
内的に心を癒す方向、というのが草食系フランス車の面白いところ...。
前者も、むろんしたいのですが...。
それがルノースポール系だったりしたら最高なんですけれども。




季節も秋になって、そして冬へ。
これまたフランス車に似合う季節。
落ち葉、夕暮れの斜光、枯れた景色。
たまらんですねぇ。
基本的に枯れた景色が好きなので、
フランス車は「ロマンチスト」にはもってこいのクルマです(汗


...ああ、遠くに行かずにはいられません。


イベントも目白押し。
10月最終週はフレンチブルー(行けるか行けないか、まだ未定)。
その前の週(10/24~25)は、これは何が何でも行く!の、頚城鉄道の保存車両公開。
11/22は 第3回“French-French-Makuhari”。
ちょっと参加も裏方さん側もご無沙汰してしまっているので、
運営側のお手伝いをしたいなあ。



で。そんなこんなで遠くに行きたいのだけど、
先日換えた夏タイヤのバランス取りが悪いらしく、100km/h前後からの
振動がすごいんだわこれが...。腱鞘炎になっちゃうぞ。

C5のホイルってセンターキャップがないので、
ナット穴に固定してバランス取らないといけないので
スタントとか、普通のオートバックスとかでは
なかなかバランスを見てもらえない。




タイヤを換えてくれた店に2回持ち込んで診てもらったのだけど
これが全然良くならない。
まさかタイヤのせい?

まあ、たしかに90km/h前後で走れば燃費もいいんだけどw
95km/hが最高速なら、まるで国鉄DCみたい(汗
でも「ぬふわkm/h前後」の巡航がいちばん気持ちいいC5には、チト厳しい。


うーん、プジョー系が強いタイヤショップに持ち込むか...
いくらくらいするんだろ、バランス取り。


ひたすら遠くを目指すのがフランス車乗りの喜びでもあるので、
バランス悪い、まっすぐ走らない、というのはこれまた相当なストレスだったり
するんですよねえ。困った困った。






>>うちのC5、ヤレてるのか、タイヤのせいか、バランスのせいか、
まっすぐは走るんですが、矢のような直進性とは言い難いかも。
微妙な舵角を与え続けないとならず、ちょっと疲れます。

>>その点、いままでで一番良かったのは縦置きFFのルノー...。
まるでタイヤがアスファルトと一体になって、ねばっこく進んで行くんです。
いやもう、笑っちゃうほどまっすぐ走るw
これがあの小さなR4、縦サンクでもそうなんですから、フランス車パネぇっす。




>>ということで、FBMは日帰りになるかと思いますが調整中です。
なんとか行ければいいのですが。
コメント (13)

【セダン蒐集癖】Vol.199 現行型アウディ100・・・アウディA6 (C6)

2009-10-06 | セダン蒐集癖。


現行アウディ100、じゃない、A6でございます。
初代100から数えて、A6に名前を変えたのを含めて、6代目になります。


個人的にはこの前のカタチが好きなのですが、現行もいいですねえ。
デカイけど、でもあの内装のクオリティの高さ、ハンパねえっす。

現行A4が、フロントオーバーハングが短くなってしまったいま、
ロングノースな「アウディルック」の生き残りとしてなんだか貴重な気もします。
6ライトであることも含め、いかにもアウディというスタイリングですよね。





実はアウディLOVEでもあるie、アウディ100には妙な思い入れがあります。
というのも、小学校時代、家の車が2代目アウディ100(C2)だったので...。


なつかしい...。子供ながらに、がっちりしていて上質なものなのだと
ぼんやりとは理解していたと思います。





このあとの3代目アウディ100(C3)が、俗に言う「空力世代」のスタートですね。
Cd値はなんとあの当時で0.30。空力性能を謳い始めた時代の先駆車です。
そういえば我が国の初代エクサとか、アウトバーンの旋風(かぜ)型ローレル(C31)は、
Cd=0.37あたりでえばってた時代w





今見ても、スリークで斬新。現行のアウディA6もかなりの体躯ですが、
すでにC3で全長4.8m×全幅1.8m超のビッグボディだったんですね。



>>全然現行A6の話をしてないですね(汗
ちなみに現行型、もう出てから5年だそうで...早いなあー!
次はどんな形になるのだろう?

>>ところで...このアウディA6が出た時、車内が広くなったって評価されてましたけど、
全長4.9m以上もあるのだから、広くて当たりまえな気が...。
ちなみに、4.7m程度しかなかったC2アウディ100も、相当車内広いです。
記憶の限りですが、このC6にも劣らないと思います。

>>そう思うと、デザインのためにボディが大きくなってどうするんだ、
って思っちゃいます...。
コメント (12)

【セダン蒐集癖】Vol.198  いまなお残るレオーネっぽさ インプレッサ・アネシス

2009-10-05 | セダン蒐集癖。

スバルのセダンが大好きなieです(^^;


レオーネの後継としてサイズアップしたレガシィが登場し、
その後まさにレオーネサイズのボディをまとい、
レオーネの真の後継として登場したインプレッサ。

3代目(現行)では、ワゴンもなく、セダンもなく、
ハッチバックボディに趣旨変えをしてしまったのですが、
セダン需要が大きい北米などでは、セダンボディが用意されていました。

で、日本でも晴れて販売されることになり、
「現行インプレッサ・セダン」は「アネシス」なるペットネームを貰って登場しました。





はっきりいって、かっこいい!
ハッチバックボディもそうなんですが、このインプレッサ、
当時のデザイナー・サバティナスの影響か、面の張りがとても美しく、
よく練りこまれたデザインだと思うのですが、
このアネシスのセダンスタイルも、「後付けセダン」とは思えない完成度。



6ライトもレオーネっぽいし、スバルっぽいですね。
スバルと言えば、昨今ではワゴン。
むろん、それもレオーネから始まったスバルらしさ。

でも、やっぱり、スバルのセダンには、、
わざわざワゴンがある中でそれを選ばない「美学」のような
スバルにしかない独特の世界感があるように思います。
B4があんなに大きくなったいま、レオーネセダンの持っていた「味」を
いまなお残す唯一の存在かも?





>>webCGでも絶賛。
骨太さや実用性の高さ、飽きずに付き合えそうなところなどが評価されてます。
さすがスバルです。いい仕事します。

>>1.5Lの5MT、4WDとか乗ったら、いいんだろうなあ...。
和製欧州車の名にふさわしい、足がボディより早い車なのだろうし...。
国産車なのに新車を選ぶだけででここまでエンスーになれる車も珍しい!
何しろ、エンジンがフラット4ってだけで反則だもん!
コメント (11)

【てつどう】さよなら、京王6030系。

2009-10-01 | てつどう。

一部の方にはご存じのとおり、ieは神保町駅もよりの会社に勤務しております。

で、この神保町。
半蔵門線、三田線、新宿線と3つの地下鉄が出入りしているのですが、
その路線の先には、それぞれ「相互乗り入れ」先の鉄道があります。


相互乗り入れは、たとえば新宿線なら新宿から先、都心に路線を持たない京王線が
都営新宿線に乗り入れることによって利便性を増す、といったメリットがあって、
関西、関東問わず、数多くの地下鉄やJRがこの方法で都心部への運転を実現していますよね。


クルマのように自由に走り回れるわけにはいかない鉄道では、
乗り入れをする際には、乗り入れ相手の「規格(車両や線路の幅、保安装置など各種規格)」
に合わせる必要があります。

最近では「車体の規格が全然違う(ほんとに、全然)」のに、
相互乗り入れしちゃった阪神と近鉄のような漢らしいw乗り入れもありますが、
通常は相互乗り入れの場合、車体の長さ、ドアの数などは極力合わせるようになっています。


で、ここまでが前ふり(長いなあw)。





その京王線から都営新宿線の乗り入れには、専用の車両が使われていました。
専用にするのも理由があって、所有している車輛すべてに乗り入れ先の装備(とくに保安系)をさせると、
膨大なコストがかかってしまう。
なので、各社とも乗り入れには専用の車両を用意することが多いのです。

で。その京王線の乗り入れ専用車両だったのが、6030系。
正式には、6000系の30番台。






昭和50年代の相互乗り入れから使用されてきましたが、
今年(というか最近)、いよいよ老朽化によってすべてが運用から離脱しちゃいました。


長きにわたって、神保町に出入りしていたこの6030系、
後任の車両(9030系)に任を譲り、言うまでもなくこの写真のような風景を二度と作ることはありません。
銀色のアルミやステンレス車体ではない、普通鋼製に塗装、
という古きよき<昭和>時代の車両が、またひとつ、ひっそりと消えていきました。
ieにとっても長いこと神保町に縁がある人生(もう15年くらいになるかも)なので、
京王線直通といえば6030系、ではないという図式がなんだか不思議です。






>>こんな感じで、何気なく日常よく乗っている車両たちは、
どこの線においてでもこうして新旧の入れ替えを行っているわけで、
実は二度と会えなくなっていくものが多かったりするのです、というお話でした...。

>>なので、鉄道ファンは自らのカメラにその雄姿を納めるべく、自らの網膜に
その姿を焼き付けるべく、
自らの聴覚に音を記憶させ、嗅覚にはその車両特有の「にほひ」を植え付けるために、
日夜、車両たちを追いかけているのであります...。
コメント (6)