Retrospective...

イラストレーター/ライター遠藤イヅルの困った嗜好をばらす場所

a3oさん関東遠征

2005-04-29 | いう゛ぇんと
a3oさんが会津に行く途中で
こちらに立ち寄るという話は昨日書きました。
僕も、二転三転する予定の中、なんとか時間を作って幕張に行ってきました。
French-French-East開催のための下見で、僕が着いたときにカルフール幕張に集まっていたのは
アヴァンタイムのJIJIさん、ルーテシアのおちゃるさん、メガーヌ乗りの方数名でした。

いろいろ計画を練ったり雑談をしたあと、
駐車場でくるまを見ながら気持ちよい浜風の中まったりと談義。
僕はここぞとばかりに早速ケツセンサーの取材(^^
快諾してくださったみなさま、ありがとうございました。
それとJIJIさん、アヴァンタイムの試乗最高でした。
ありがとうございます!

>>a3oさんはそのまま埼玉で仮眠して会津へ向かうとのことでした。
お気を付けて!それと、こちらまで来て頂いて有難うございました。
なんとか開催にこぎつけたいですね。
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連休前の街

2005-04-28 | できごと。
今日は仕事でくるまに乗って目黒まで。
で、道中、神田からの往復で、なんと事故を4回も目撃...。
僕もヒヤっとさせられること幾度か。
朝は会社のそばの首都高で大事故。
う~む、どうしたことか。

そういえば明日から黄金連休。
初夏のような陽気で、みんな浮き足だっているのかもしれません。

これからお出かけの方には縁起でもないお話かもしれませんが、
みなさまお気を付けを、ご無事で、という思いを込めて
この記事をアップしました。

それに、この長いお休みは免許取って間もない方々も、
サンデードライバーも、たくさん出てきますものね...。

僕も気をつけようと思いました。
楽しいGWにしたいですものね!

>>このお休み、みなさんはどうなさいますか?
僕は自分の車がないです~(哀
良いお休みを!

>>いま、FRENCH-FRENCH-EASTを関東で開催する計画がありまして
明日は滋賀からa3oさんが会津に行く途中にその下見を兼ねて
こちらに立ち寄るので、会うことになっています。
僕も出来る限り協力したいと思っていますので、
このイベントの詳細は決まり次第このブログでも
ご紹介していこうと思います(^^
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さらばコンタックス

2005-04-27 | かめら。
さまざまな事象は、時代に押し流されていくもの。
しかも流れの急激さは想像以上で、
「この日」は畢竟早く、やってきてしまいました。

京セラ、コンタックス事業を終了!

以下は、京セラからのプレスリリースです。

さて、この度、弊社とカールツァイス社との協力により
おこなって参りましたCONTAX事業につきまして、本年
9月をもって国内出荷を終了し、京セラにおける同事業を終了
することとなりましたのでご案内申し上げます。
 1975年にRTSの発売によってCONTAXブランドの
復活を果たして以来、数多くの機種を市場に供給してまいり
ましたが、近年のデジタル化などの急激な市場の変化に対応
できず、カメラ事業を継続することができない状況となり、
残念ながら事業を終息させていただくこととなりました。
永年、コンタックス事業にご協力を賜りました皆様へ深謝いた
しますと共に弊社製品をご愛顧いただきましたことに対し厚く
御礼申し上げます。誠にありがとうございました。


はぁ...やるせないですね。

コンタックスというカメラブランドは、僕には特別な響きがあります。
高校生の時、僕はオリンパスOM-1を愛用していました。
新宿のアルプス堂なる店から、中古で買ったカメラ。
そんな中、コンタックスのカメラ...当時は167MTや159MMなどがありましたが、
とてもとても欲しかったのです。
カール・ツァイスという魅惑のレンズ、他のメーカーとは違う
質実剛健でありつつも繊細さを持つボディ...。
でも、当時の高校生である僕に、手が出せるようなレベルのものでは無かったのです。

その後、ちょっとした縁で中古ですけども「コンタックスT2」を手にしました。
一眼レフでもないコンパクトカメラなのに新品価格12マン!という、
おそるべき高級機。
レンズは無論カール・ツァイス。
少々オートフォーカスのステップ数が甘く、時折ピンぼけしたりしますが、
その写りの良さには舌を巻きました。
なにしろ一眼レフ持たないで、それ一台でしばらく過ごしていたくらいです。

その後、本望であったコンタックスの一眼レフ「ST」を入手。
でも、気が付いたらレンジファインダー+フルマニュアルカメラの魅力にはまって
使わなくなり、手放してしまって今に至ります。

その他、コンタックスのお話はまた改めてしたいなと思っています。


>>いまは価格が高騰気味ですので静観したいのですが、
また改めて憧れの...そう167MTあたりを欲しいですね。

>>そうそう、コシナ、ZMマウントでツァイスのレンズをいよいよ発売ですね。
ウホッ、ライカM2にビオゴンが付けられる~!
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市町村合併に思ふ

2005-04-26 | 思うこと。
僕は一応東京(ただし、市部)生まれなのですけど、
嫁は静岡県磐田市の生まれ育ちなのです。
で、この磐田市も、先日・4/1に近隣の町村を合併して、
「新・磐田市」になりました。

合併したのは
旧磐田市、旧福田(ふくで)町、旧竜洋(りゅうよう)町、旧豊田町、旧豊岡村。
僕も長年、この界隈とはお付き合い(?)があり、
土地勘もあるのですけど、全部磐田市、というのは
なんていうかものすごく違和感があります。

まあ、市町村合併に対して賛成も反対もないのですけど、
それぞれの地域に「カラー」というのがあったので、
海辺のちいさな港のある町:福田という「印象」が崩れてしまうのと、
わかりにくくなるのが、少々残念!?

先日、国道20号で塩尻から甲府までずっと帰ってきたときも、
聞き慣れた名前がなくなって「!?」っていう市名が連続して
びっくりしたのを思い出しました。
諏訪、茅野、原村、富士見町、小淵沢町、長坂町、武川村、韮崎市、双葉町、
竜王町...
と続いていたのが、小淵沢町、北杜(ほくと?)市、甲斐市、甲府市、笛吹市,,,
うう、まるでアニメに出てくる架空の町みたいな名前だ...!

>>そうそう、すっごく「???」と思ったのが、「東御市」。
どこかわかりますか!?
長野県、旧小県郡東部町と北佐久郡北御牧村です。ううむ、ほんと
難しいですね!名前からまったく位置がわかりません!
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衝撃、鉄道事故

2005-04-25 | てつどう。
何もいうことはないのです。
今日の事故は、とてもショックでした。

帰宅して、テレビの映像を見てその事故の大きさを
改めて感じました。

発生した理由などはわかりません。

ただ、いまはケガをした方々の早い平癒と、
閉じこめられている方々の早い救出を願うのみです...。


>>無事に今日を生きられたことを、感謝しています。
今日は、そんな気分です。
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ドイツ村オフ!

2005-04-24 | いう゛ぇんと
今年は初参加でした、ドイツ村オフ
集まった台数、なんと35台!
主催のみなさま、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました!

朝起きたら、すんごい良い天気!
一応ルノーユーザーに戻った僕ですが、なにしろクルマが不動なので(爆
友人猫澤のルノーエスパスで行きました。

9時半市原SA集合には間に合わず、なんとか10時にドイツ村正門へ。
いますいます、ルノーがいっぱい。
まとめて停めると、まわりは美しい芝の丘陵地で、薫風が気持ちよい。
地味な色が多いまわりのクルマと違い、明らかにカラフルな光景が楽しいです。

このイベントがいいのは、「何も予定がないこと」。
僕らはエスパスのシートを引っ張り出して
「最高のアウトドアソファ」に仕立てたあと、
みなさんとただ喋ったり、ボーっとするだけ。
でも楽しかった~。

何も考えず、景色とルノーを愛でる、そんな「まったり」なイベント。
こういうの大好きです(^^

>>駐車場が一方通行の周回路になっているので、試乗会なども始まりました。
シュペール5を久しぶりに運転(satoさんありがとう!)させてもらったり、
エスパス試乗会?をしたりで、これはいいロケーションだな、って思いました。

>>ケツセンサーの取材もたくさん出来ました。ご協力頂き、誠にありがとうございます。
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ジウジアーロが描いた軽バン

2005-04-23 | くるま。
あら、このところクルマネタが続きますね。
でもとりあえず、ジウジアーロつながりということでご容赦を...。

さて。写真を見ておわかりかと思いますが、
表題の「ジウジアーロが描いた軽バン」とは、
この「スズキ キャリイ(L40型)」です。
懐かしい!ですね。僕が子供の時は
沢山走っていました。

ベルトーネ、ギア(カロッツェリア)を経て、
1968年に独立してイタルデザインを立ち上げた彼の、
最初の仕事がなんとこのクルマ。

イタルを立ち上げたメンバーのひとりが、
当時スズキと交流があるメーカーの人間であったため、
これが縁になってデザインされたのだそうです。

デザインのポイントは<前後対称形>。
スズキは、ほぼそのままで商品化をしています。

ジウジアーロはこのクルマのコードネームを
「プルミーノ」にしていました。
これは、「小さな=mini」と「バン=pullman」を
掛け合わせた造語だったそうです。

今見ても新鮮。さすがジウジアーロ!という感じですね。
それにしても昔のクルマは愛嬌があって、いいですねえ(*^^*


>>それにしてもこの頃の軽自動車は小さかった...
全長2995ミリ、幅1295ミリです!
ちなみにL40型キャリイは、3年間製造され(短い)、
バンが2.6万台、トラックは20.7万台製造されました。
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ルノー19、ガンディーニ案!?

2005-04-22 | ルノー19。
クルマが暫く来ないので、いろんなネタで引っ張る算段のieです(焦

発掘、古い本ではないですが、家から見つけた、
「カースタイリング(デザイン雑誌)」の1989年・第68号。
ズバリありました、ルノー19の頁が!

僕が知っている本にある限り、R19をデザインしたのはジウジアーロ、とありました。
でも、どうやら彼がすべてをデザインをしたのでは無いようです。
デザイン案をルノーに提出したのは確かなようなのですが、
その案はルノーの要求を満たしておらず、
結果的にはその後ルノー自社でリデザインがされたとのこと。
なので、いつもは「私がデザインした!」と発表するジウジアーロが、
このクルマに関してはしぶしぶ公表したらしいのです。
きっと、生産型を見て、納得できなかったのでしょうね。

とはいえドアのオープニングライン、ソリッドなデザイン、
面の張りなどにイタルデザイン=ジウジアーロの片鱗は伺えますね。

それよりも読んで驚いたのが、本当はR19はガンディーニ
(シュペールサンクのデザインを手がけています)が進めていたという事です!
ガンディーニのデザイン案は、実用性とモダン、エレガント、軽快感、すべてを
満たしていたのだそうなのですが、ルノーは、ソリッド感、パワフルなイメージへと
デザイン路線を変更、そして白羽の矢がイタルデザインに刺さり、
進行途中であったガンディーニ案は廃案となった...。ふふーむなるほど。

僕はイタルデザイン大好きなので、R19のデザインも無論好きなのですけど、
どんなのだったのでしょう、ガンディーニ案!見てみたかった...。
僕にとっては、ガンディーニもまた「神様」のひとりなので(^^
R5みたいな、繊細さと大胆さが兼ね揃えられたデザインだったのでしょうね!


>>ところで、シトロエンXMはベルトーネのデザインとされていますが、
実はガンディーニもデザイン案を提出していたと記憶しています。
その写真は、のちのちお見せします
(家のどこかに、載っている本があるはず...笑)

>>写真は、イタルデザイン案をリファインしたレンダ、クレイモデルです。
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立体化

2005-04-21 | ズバリその他のこと。
見てないんです。
ドラえもん、革命的チェンジの姿を。
やたら声が高いらしいのですが、何はともあれ見てみないと。

見るの、ちょっとこわいですね。
イメージが破壊される!?
でもそれも時代の趨勢ですから、仕方ないのでしょう
(ちょっとマジめになってみたり

で、いささか古いネタですみませんが、
スネ夫を立体化するとこうなるそうです。
ぐはっ(笑


>>ちなみに、福本伸行のマンガ、カイジだとこうなるそうです(ざわ...
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チンピラに乗ろう!?

2005-04-20 | もの。
まあ、日本人だって海外の方からすれば
英語などの使い方が滑稽なのでしょうけれど、その逆もありますよね。


自転車なのに...なぜ(爆


>>入れ墨が「愛」だったりとかの外人さんいますねぇ...。
僕が見たので一番は「秘境」ってのがありましたねえ...。
意味はわかっているのでしょうか(^^
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私、ルノー乗りに戻ります(都はるみ調)

2005-04-19 | ルノー19。
ほんとうは納車の時に、と思ったんですけど、
もうすっかりみなさまには
2CVとZXの代替車となる<ある計画>
の内容はすでにバレバレ(笑)、
隠しても意味無いですから発表?します。

もはやこのへんこのへんの記事でお判りかと思いますが、
はい、ルノー19です(汗
R19TXE、右ハンドル、AT、4ドアセダン<シャマード>。
ヴォワチュレットさんから購入しました。

実はオートマが死んでいてエンジン降りています。
でも、リビルドミッションASSY組んでエンジン積み直しです。
ついでに直せるところ全部治して貰います。路上復帰は6月下旬予定!
非常に個体の状態が良く、エンジン乗せなおしで
ダメなところは潰して貰えますので、
細かいトラブル以外は何も起こらないと思いたいです(笑&汗

ディズヌフは輸入当時からレア車、いまでは絶滅危惧種、
しかもシャマードはなおさら。
残存数は数台!

...納車まで、長いなあ~。待ちこがれます~。
それまで、十数年ぶりの「クルマ保有無し」生活です(^^

車庫の屋根が低い、家族のものが乗るから右ハンドルAT、
ルーテシアサイズは小さい、ラグナクラスは少々大きい、
やはり<古めのルノーの椅子>が欲しい、
2CV+ZXの売却価格内で収める、などの厳しい諸条件の中、
R19にやっと(笑)辿り着きました。
思えば7年ぶりのルノー復帰!です。みなさまどうぞよろしくお願いいたします!
こんな風に自然に乗りたいです!

>>ブログを始めていなければ、僕はR19に乗れなかったはずです。
みなさま有り難う御座います。そして、このご縁の大切さを感じます...。

>>写真は英語版ですが取説、ちゃんと付いていました。嬉しい!
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2CVが加速したもの

2005-04-18 | シトロエンな話。
いなくなってしまった2cvのネタで引っ張ります(^^;


現代の水準で乗るには、あまりに非力、あまりに簡潔、あまりに無装備。
でも、車輪が4つあって、そこそこ走って、雨がしのげるのだから、
これは立派な「自動車」。

いろいろなことを考えさせてくれたし、逆になーんも考えないで乗ることも
出来ました。
以下は、拙稿からの引用です。、

2CVというクルマは、受け入れられれば「クルマなんてこれでいい」と思えてしまう。
暑いの寒いの我慢すれば、日常の足として実用に足るから
(さすがに近年の暑さは耐えきれないけど!)。
でも、暑ければ汗を流し、寒ければ毛布を羽織らなければならないクルマでもあり、
春夏秋冬の空気や風を受け止める事もできる風流なクルマでもある。
だから、2CVに対して許せてしまえば、クルマに対してまるで仙人みたいな気分になる。
確かにそうだ。この不便きわまりないクルマを使うことは、
有る意味クルマへの悟り・達観を開くようなものかもしれないからだ。

でも悟り、達観といってもそれは価値観の相違であるだけの話である。
これを受け入れられるか、そうでないかだけの。

価値観、変わりました。
いえ、前から持っていた価値観をブーストしました。

クルマに対しては、最小限、現代において困らないパワーと
速度、装備があればいいのかなと思う感覚を強くしたのです
(さすがに2CVでは装備は無さ過ぎですが...個人的には
エアコンとパワーウインドウ、パワステ、オーディオがあれば
それで充分と思います)。
見た目よりは基本を大切にし、快適な乗り心地とシートがあれば
それでいいよ、と思うほどに。
さすがに「クルマの種類はなんでもいい」
とは思うことは出来ませんが...。いえむしろ、「シートが良く、快適」な
クルマを選ぼうとすればするほど、「クルマの種類が限られてしまう」
という状態になってしまいました(^^;

>>僕の運命を決定したのがR5ならば、運命を加速したのが2CVなのかも
知れません。

>>そして思ったのは、2cvは、ただの古いフランス車ではなく、
非常に中身の濃い、まさに「フランス車の濃縮袋」のような
クルマであったことでした...。
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4月の別れ...再び

2005-04-16 | シトロエンな話。
突然ですが。
2CVの売却に引き続き、ZXも手元を去って行きました。

シトロオーナーのみなさま、すみません。
ieは、いったんシトロを離れます。

ZXは現在の状況の中で考えられうる、
「あがり」とも言えるクルマでした。
ですので、心が痛むほど惜しかったのですが、
ここは「今しかもう買えない」クルマのために
泣く泣く、決断しました。

2CVもそうだったのですけど、
「嫌な理由も特になく」手放すってのは、悲しいですね...。
朝早起きして洗車とオーディオのノーマル状態への換装を行い、
午前中に引取先へ。
また、最後のドライブ。
気持ちよい足回り、広い視界、柔らかいシートを堪能して来ました。

こんなバカなオーナーではなく、長く乗ってもらえるオーナーに
巡り会わんことを...祈ります。

ありがとうZX...健気でした...愛おしかったです。


>>今回2台とも買い取ってくださったのは、206の時も
お世話になった川崎・高津にあるC`connectionさんでした。
シーコネクションさんから次のクルマを買うわけではないのに、
とても高価で引き取って頂き、ほんとうに助かりました。
ありがとうございました!

>>moさま...同じくZX同好の士(いや、師)のmoさまには
申し訳ありません。いま、いまを逃すともう無い!という状況の中、
決断してしまいました。2台を並べて遠州の風の中...走れなくなりました。
すみません。
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嗚呼GTT

2005-04-15 | ルノーな話。
いつかもサンクが会社のそばにいましたが、
今日もまたまた会社の目の前にサンク。
しかも今回はサンクGTターボ。
春の澄んだ夕暮れに、
フレンチブルーメタリックがギラリと光ります。
カクイイ!


>>でも、ボンネットには熱対策のルーバーがぎっしり...
オーナーさんの苦労が偲ばれます(^^;

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さまよへる猶太(ユダヤ)人

2005-04-14 | 思うこと。
かつて、中世ヨーロッパでは、海には多数の怪物がいると恐れられていました。
ドラゴン、クラーケンなどに船乗り達は畏怖していたとされます。
でも、これらは史実に乗っ取ったものではなくあくまでも伝説に過ぎません。

たとえば、です。
いま、僕らはクルマも、電車も、飛行機もテレビも当たり前のものとして
受け止めています。
でも、もしそれが中世の民がこれらを見たら、どう思うでしょうか?

クルマは地上を猛り来るって走る猛獣、電車(汽車)は火を吐くドラゴン、
飛行機は巨大な鳥に見えてしまうはずです。

すなわち、人間は「知っているもの、経験したもの・こと」から
今、目の前にあるもの・ことを判断し、行動するのですから、
知らなければその時の知識で照らし合わせる以外無いのですね。

なので、中世の海の怪物の伝説も実は鯨を見間違えたなどという可能性も
高いと言われています。
僕らは鯨を知っている。でも、知らなければ、怪物に近い存在になりますものね。
それに当時の知識、常識、世界観が加わって、IL MOSTRO...
怪物になっていったのでしょう。
でも、彼らには、彼らのこころのフィルターを通して、
鯨ですらもはや怪物にしか見えなかったのではないかと思うのです。

ところで今日の題名...「さまよへるユダヤ人」。
これは伝説なのか史実なのか判断に苦しむところです。

キリストがゴルゴダの丘に磔されるためにエルサレムの街を引き回されて
歩いていたとき...キリストに向かって、罵声を浴びせる男が居ました。
そんな彼に、キリストはこう答えたそうです。
「行けと云うなら、行かぬでもないが、その代り、その方はわしの帰るまで、待って居れよ。」
彼は、その言葉を聞いた瞬間に、キリストを罵倒したことを悔いた...
心の中の罪の意識...キリストを辱めた罪を理解してしまったからなのです。

彼はそれ以来、最後の審判の日が来るまで、「待って」いなければいけなくなりました。
史実にも、「さまよへるユダヤ人」が各国に訪れ、1658年まで少なくともその存在が
確かめられたとされています。

では、なぜ彼は「キリストの呪い」にかかったのか?

それは彼が「罪を罪と思ったから」なのです。
キリストを殴打し、罵倒した者は他に大勢いましたし、
あまつさえ殺した者もいたのに、彼らにはのろいが懸からなかった。
なぜなら、「罪を罪とも思わぬものに、天の罰は下らなかった」のですね。
思わなければ...彼は呪われることは無かった、と言ったそうです。

現代にも、多少当てはまる話では無いかと思います。
例えば占いで、もし今日の運勢は悪いと書いてあって、
それを信じてしまえば(思ってしまえば)、
悪い出来事がほんとうにあったとき、やっぱり当たったのだと考えるでしょう。
でも、その占いを「知らなかったら」「信じなかったら」、
悪い出来事に対する考えも変わったはずです。

そうそう、僕は来年から大殺界です。でも、この考えで行きます(^^;

>>「さまよへるユダヤ人」の話には救いがあり、
彼は「罪を罪と思ったからこそ、贖い(あがない)もある」
と信じ、生き続けることができた、とあります。

>>ちなみに、僕はキリスト教ではないです...(^^;
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