Retrospective...

イラストレーター/ライター遠藤イヅルの困った嗜好をばらす場所

もう来ちゃったの!?

2006-02-27 | ルノー19。
にちようび。
とくさん夫妻、猫澤夫妻が来るので準備がてら出かけた渋子(R19)...

お昼には嫁さんを所用で白金界隈に送り、そのあとのこと。

それまで絶好調だったのに、ある時からちょっとおかしい。
停止、加速、2速へシフトアップ、ここまでは何でもない。
で、そのまま加速して3速に入ると...
いや、入らない。入ったと思ったら2速に戻る感じで、
ガクンガクンとしてしまう...









.......も、もうATトラブルキターーー?(号泣





シフトショックも少ないし、何しろ昨年6月の納車のときに載せ替えたATだから
大丈夫だと思っていたのに................


さすがルノーの4速オートマ、


100%トラブル(が起きる)保証付き(涙






>>エスパスのオートマがお亡くなりになった経験を持つ猫澤氏に連絡したら、
ひとこと
「あ、それね、壊れる前兆」だって(泣

>>とりあえず2速では走れるので、
週末はひみつ基地に運び込ませていただく事になりました。
2速でがんばって行かないと(^o^;
トラクシオン・アヴァンでさえトップ・ギアは3速あるのに(違




>>なんだかすごく遠い日のような気がする、去年6月の納車の日のひとこま(笑
コメント (11)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

餃子鍋、お茶、愛でのみ会

2006-02-26 | できごと。
生憎の雨のにちようび。
予定していたマフィン会は、中止して良かったかもしれません。

こんな天気でしたが、今日は「TWINGOな日々」のとくさんと奥様のhinaさん
遊びに来てくれました。
予定では導入直後のサンク(前期型のAT!)で、という予定だったのですが
不調とのことでTWINGOでのご来訪でした。

エスパスの猫澤・水猫夫妻も合流、
わいわいと盛り上がりました。
マフィン会の目玉のひとつでもあった「お茶」も
自称・お茶マニア、水猫さんにたくさん用意して貰ってきたので、
「お茶会」も同時開催!
ありがと~、おいしかった!



そして夜は「餃子鍋」。
餃子は手作りです。みんなで詰めました。
(僕はアニスの遊び相手で一個も作らなかったけど^^;



わいわい餃子を作るの図

餃子鍋、これがまたうまい!
餃子自体がダシになるし、とろけた皮はワンタンのようなまろやかさ!
飽きずにもりもり食べちゃいました♪
そして最後はうどんで締め~。これも、んまい!
あ!写真撮ってないよ~(T_T


で、食後はie+猫澤氏+とくさんの「鉄菱会」は
愛で飲み(めでのみ)」でおなじみの「卓上鉄道模型運転会」を開催!
とくさん、いいでしょ~、地べたで走らせるのを上から眺めるのと違って
「愛で飲み」はすごい小さなループでもとっても幸せ♪



>>ということでみなさんありがとう!
アニスも大満足だったみたいです!
また遊んで下さいね。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

消えていった商用車~第6回~いすゞ編

2006-02-23 | 消えていった商用車
久しぶりになってしまいました。
でもまだまだ日産、トヨタにはいきませんよ~(w

で、今回は「いすゞ」です。


まずはビッグネームから。

●エルフ


いすゞといえばエルフ、の大ご先祖さまはこんな姿でした。
とはいえ、あいにく僕の世代だとあんまりこの形は覚えていない...


やっぱりこれがエルフ、というイメージです。
色はポリバケツ色で決まり(^^

つづいて中型サイズ。

●TYシリーズ


ボンネットとキャブオーバーの中庸みたいなスタイル。
これ、グッドデザインだと思います。


これも中型。
●ボンネット型(TXD)


この形はボンネットバスで有名ですね。しかし...かっこいいなあ、無骨で!
ちなみにこの写真のTXD50は6リッター125馬力、最高時速88キロ...遅い!


そしてここからがスゴイ...

●ワスプ


ワスプ...英語で蜂の類の総称、でも基本的にはあまりいいコトバではないし、
ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントの略でもあったりしますが
すごい車名ですね^^
で、ご覧のとおり、要するに「ベレット・トラック」なのです、これ。
でもドアは専用っぽい。
エンジンはベレット1300のものと、さすがいすゞというべきか
すでにディーゼルをこのクラスに用意しているのが興味深いです。
ちなみにこのワスプはパネルトラックなのだけど、
ちゃんと荷台部分も造形してあるのがスゴイです。
コストかかってそう...合理化が徹底していない、いい時代。


これもかなりのキワモノ?

●ベレット エキスプレス


これまたマイナー、ベレットのバン。しかも2ドア。いいなあ。
それにしてもなんでもかんでもバンがあった、これまたイイ時代^^
エンジンはこれもベレット1300と同じ、58馬力のユニットのようです。


そして最後はやっぱりコレ!

●ファーゴ


なんとジウジアーロデザイン!たしかに今見てもクリーンで、
素晴らしいデザインでした。
残念ながらもう10年以上前に日産キャラバンのOEM車になってしまい、
このデザインも見られません。
というか、減りましたね、さすがにこのファーゴも。



>>ちなみに昭和42年当時、
ボンネット型トラックだけでも3種類の形状がありました。
ほんとにまあ、おおらかな時代ですね。
それと、ボンネットトラックは1980年の時点でもまだ販売していたようです。

>>そしていすゞボンネットトラックといえば消防車
いいですね~
コメント (15)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

き、きんのすず...?

2006-02-22 | トイプードル様
今日、アニスの血統書が届きました。
ええと、アニスの本名は...












DOT OF IZUKOGEN KINNOSUZU









......ダット オブ イズコーゲン キンノスズ........










へ、ヘン(涙



このお方がダット オブ イズコーゲン キンノスズさんでし。ううう。




血統書には「父方のひいじいちゃんばあちゃん」
「母方のひいじいちゃんばあちゃん」まで
代々さかのぼれるようになっているのだけど、
それによるとアニスの血筋?「IZUKOGEN(以下略W)は
母方からの名前のようです。
ちなみにお母さんは
BEGIN OF IZUKOGEN KINNOSUZU
だそうでつ。


あんまり気になったので「IZUKOGEN KINNOSUZU」で検索してみる。





あれ...トイプードルじゃやなくてもIZUKOGEN KINNOSUZUなの?



>>うーん、どういうことなのだろう...^^;

>>伊豆高原に行きたくなりました(意味不明
ペットOKの宿が多いですし!?

>>ちなみにアニスは元気いっぱい。体重は増えたのに前のまんまの遊び盛りなので
攻撃力がすごいです(*_*
いつになったら落ち着くのだろー。
コメント (11)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

初出社

2006-02-20 | できごと。

今日は、初出社でした。
いよいよ、新しい仕事のスタートです。

明るい雰囲気でアットホームな職場で安心しました。
人見知りはあまりしないのですが
かといってあまり話も出来ない自分なので、
さすがに初日はちょっと緊張しました(^^

でも何はともあれ35歳を迎える今年、新しい気持ちで毎日を過ごしていけそうです。
おっしゃー!
気分一新、頑張ります!


仕事の内容はカンタンにいえばmacオペレータ、デザイナーです。
紙媒体からwebまでいろいろやるとのことで、
今までのスキルをい活かしていけたらいいなあ。
あ、でもwebはソフト任せでhtmlエンコーディングとかは出来ないなあ(+_+
勉強しないと。


>>お昼を一緒に直属上司と食べました。
面接もこの方だったのですが、僕がこの会社に合格した理由を
教えてくれました。
「鉄ちゃんだから」だそうです(ホントw
そうなんです。交通媒体の今度の仕事に、この知識はとても有用だとのことでした。

>>鉄道ファン歴30年?、蓄積された無駄知識(笑)が
こういうカタチで実を結ぶことになろうとは(^^;
コメント (15)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

○○センサー

2006-02-18 | 思うこと。
みなさん、食べ物に嫌いなものってありますか。



僕は、
たまねぎ(特に生)、その他ネギ類です。

大好き!という方にはすみませんが、
特に、生タマネギは絶対にダメ。
昔から...いつからかわからないけどまったく食べられない。
8年くらい前に、当時の同僚と焼き肉屋に行ったときみんなに
「食わず嫌いだよ、食べてみなよ」って言われ、改めて生タマネギを食べた......



でもやっぱりダメでした(T_T
で、

これはもう、食わず嫌いなんてもんじゃなくて、
まったく食べられないんだって改めて気づきました(泣






何がキライか。
あのしゃりしゃり感。
におひ。
味。
全部ダメなんです。
だから、タマネギは火がかなり入っていてトロトロで、
飴色になっていないと食べられません。
なので、牛丼・カレーは大丈夫なのです
(といってもあんまり火が通っていないと無理...)。
ここまでダメなものだと、必然?「それが入っているかどうか」を見分ける
感覚が鋭敏だったりしちゃう。
その名もネギセンサー(汗


なんだか○○センサーばっかりですが(笑)、でもこれ、すんごいっすよ僕。
例えば。
●ポテトサラダに幅数ミリの生タマネギがわずかに入っているのを、
生タマネギがサラダから顔を出す前から感知できる(サラダ全体に風味が混ざっているため)。
●同じように、ツナサラダも生タマネギが入っている場合どんなに微量でもわかる。


こんな自分なので、サラダに生タマネギが入っていたりする場合、もう食べることは
拷問に近いです。とんねるずの食わず嫌い王に出たら一発でばれます...
役者さんはスゴイといっつも思うんです(^^;
ところが最近、なるたけ避けてきたその「生タマネギ」と連続して遭遇してしまったんです...


先日の九州旅行、鹿児島の宿で食べた「かつおのタタキ」。
ものすごく楽しみにしていたので迷わず注文。
ところが.......


タマネギ半分くらいをスライスしたマリネが、
ドーンとかつおに乗って出てきちゃった(号泣

かつお、埋まってたよ...........(T_T



そのあと三軒茶屋のカレー屋に入ったら付け合わせのサラダは生タマネギだけ、
近所のカフェの焼きそばにはちょっと生っぽいタマネギがどっちゃり。
入っていないだろうと想定して頼んでいるだけにショックがでかかったです(涙



>>「タマネギ食べられないなんて人生の何分の一か損している」って
言われることままありますが、すみません、それでもいいです.......

>>こんな大会、絶対に出られないです...
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ドレスダウン

2006-02-16 | ルノー19。
「ドレスダウン」。

クルマのドレスアップに対するコトバとして使っていたのだけど、
ちゃんとファッション用語としてあるらしいです。
ただし、和製英語ですが。



ドレスダウンとは、リラックスした雰囲気のファッションの総称。
または高級な服が、古くなったなどの理由で格下げになること。
1960年台中頃から、ファッションの楽しみ方は着飾るだけではない、
とカジュアルファッションが注目されて登場したスタイル。
またフォーマルな服が、色あせたりして平服になったときも使う。
英語には、日本語と同じ意味の言葉がなく、
しいて言えば、ウエア・カジュアル・ドレス。


ほほう~。

ところで自分の今の愛車、ルノー19。
グレードは「TXE」ですが、これ本国のなかでもいちばんイイ仕様なのですね。
カラードバンパー、カラードドアミラー、アルミホイールなどが
付いて来ちゃいます^^;

でも欧州車に限らず「素」が大好きな自分には「過剰装備W」。
たしかにバネ下重量の軽減は乗り心地に大きな影響をもたらします。
でもどうにも「鉄+キャップ」に萌え萌えなんですねえ...
困ったもんです。

欧州でのルノー19。

こんな感じが大好き。とほほ。
サイドモールもない、色も白、ミラーもバンパーも黒です。
これっすこれ(爆


ちなみにアルミの時はこんな感じ
いえいえデザインはちっとも悪くないっす。

キャップにも見えないこともないんですが。


で、いまのスタッドレス用鉄+いただきもののキャップ(セニック用)。

ちょっと僕のクルマとキャップの年代が合わないけど、
とってもとっても満足してます。


で。実は結構前の話なんですけど、
もひとつ「ドレスダウン」しました^^
それが...これ

懐かしのアウディ80と並んでこのまわりだけ
タイプスリップしたような景色を作る渋子に、キラリと光る.....






これこれWWWWWW






コ~ナ~ポ~ル~
(大山のぶ代風に

.....だ、ださっ、って声が聞こえてきそう。
それに欧風化とはベクトルが違いますしw
いえいえ良いんです、すんごく乗りやすいんです、これがほんとにもう^^


>>へ○○そ棒...とも言われるアイテムですが、
実用性高いですし、妙に渋子にマッチしてるのがいい感じです(汗

>>義母がこれで乗りやすくなったと思います...でも実は嫁も義母もまだ
運転してません、このクルマw
コメント (16)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トリノにちなんで

2006-02-15 | くるま。
期待以上にメダルの獲得がままならない、
残念なトリノオリンピックも開会式からそろそろ1週間。
開会式はえんえんと流れていた割には結構見てしまったwのですが、
やはり注目は各国のユニフォーム。

で、結論から言えば.......











さすが、おフランス


黒?紺?のピーコートに
白のボトムス、アイボリーの帽子とロングマフラー......

かっこいい!






それに比べて我が日本は.......




う、宇宙服!?

し、しかもキャップ........-_-


実際、あの「JAPAN」と大書されたあのキャップ、
入場の時かぶってる選手は少なかった...恥ずかしいですもんねえ...。






閑話休題。
今日は「トリノ」の名前を冠したクルマのお話。

まずは、比較的有名な「トリノ」、フォード・トリノ。

1960年代に登場したコンパクトカー・フォードファルコン(ったってちっとも小さくないW)は、
1970年に入ってインターミディエイト(中級)クラスに進化、
バリエーションは下からファルコン、伝統のフェアレーン500、そしてトリノとなりました。
翌1971年にはファルコン・フェアレーンの名前が消えトリノのみとなり、
その後上級版のグラン・トリノなどを追加するなどして1976年まで製造されました。


で、もひとつ。
それが「ルノー・トリノ」

え!これルノーなのw

といってもご覧の通り本国ルノーとは縁も縁もないクルマです。

アルゼンチンでクルマを製造していた「IKA」という会社が
1968年にルノー公団と合併して「IKAルノー」となり、
IKAルノーはR4/R6/R12をライセンス生産するようになりました。
で、このルノー・トリノ、
IKAで以前から売っていた「トリノ」に「ルノー」という名前がついただけのクルマです。


トリノの出自は1964年登場のランブラー・アメリカンというアメリカ車を
IKAが1966年からライセンス生産していたもの。

とはいえ独自の改良点も行われており、
これなんとピニンファリーナのデザインなんです。
内装もイタリアンGTの文法どおりに、
切り立った木目パネルにメータが埋め込まれていました。

なおエンジンはジープ用の直6 3.8L/3Lでこれまたルノーとはほど遠いスペックWでした。

ちなみに、IKAルノーはその後「ルノー・アルヘンティーナ」になり、現在でも続いております。




>>しかしまあ...ルノーにもまだいろいろありますねえ。
ルノーの名前は無くても、事実上R12のパイロットモデルである
ブラジルフォード・コルセルはメカ的にはR12そのままだし、
ルノー12を引き継いで生産されたルーマニアの
ダシア(ダキア)1300/1310はこれまたR12そのまま....

>>まあ、ルノーは国際企業ですものね^^
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

出雲、YS、はまかぜ(7)

2006-02-14 | できごと。
いよいよ帰路につくワタシ...
でもただでは帰りませんぜ!
下関から山陽線、新幹線で帰ればいいものを...



ウホッ、わざわざ山陰まわり。

下関からまずは長門市へ

長門市にて。更新車のキハ47×2。

長門市からも延々日本沿いを進みます。

冬の日本海の色はいつもながらの重々しさ。
でも、僕は大好きだったりします。

だけど車両は益田まで2時間くらいの間、またレールバスそのまんまのキハ120......
トイレ無し、ロングシート。非道いよJR(泣


「いそかぜ」が無きいま、下関~益田間の列車はなんと普通列車のみになってしまいました。
有名な「」の街すらも、いまやこのキハ120がやってくるだけ。
萩は高速道路からのアクセスが良いわけでも無いですし、まだまだ鉄道の優位性は
あると思うんだけどなあ...
でも主要幹線たる山陰本線が1~2時間に一本のワンマン単行で事足りてしまう事も
また現実なのですね。
とはいえ、ビジネス客、観光客もたしかに乗っていました。わずかながらも。
彼らのためにも、特急列車の復活を望みたいです。


寝まくって我慢(笑)の区間も終わり、益田へ到着です。

ここから浜田までは、JR西日本のジマンの?新車・キハ126系
左奥のが乗ってきたキハ120。

車内は転換こそしないがピッチの広いクロスシートで快適。
せっかくの車両なんだから長門市~益田で使ってよ(泣


浜田に近づくにつれ街の気配がしてきました。
そんな中車窓に飛び込んできた小学校!

す.......すげえええ!いいなあ♪


浜田では時間があったので駅の外へ...
駅前にはタクシーがいっぱいいたのだけどその中に


いたっ!ルーチェのタクシー!

このくるま、ガンディーニがデザインした(らしい)コスモ/ルーチェの4ドア版とボディ同じです。
あ、ちなみに正式名称は「マツダカスタムキャブ」で、ルーチェじゃないんです~^^


そして浜田から鳥取までは特急「スーパーまつかぜ」で移動です。

あっというまに鳥取
(とはいえ3時間以上かかるけど)。
このキハ187系、すごく速い。
カーブに合わせて車体を傾斜させる「振り子式」気動車なのです。これ。
そういえば「まつかぜ」は昔は
大阪~博多を山陰まわりで結ぶというすごい列車だったんですよね...懐かしいなあ。


鳥取から浜坂まではキハ33。

うーん、嬉しいね、初乗車♪
このキハ33、なんともと客車です。
余った50系客車にエンジン乗っけて気動車にしちゃったもの。マニアック~。
新製コスト削減のために作られたのだけど、思いの外改造にお金がかかるんで
結局2両で終わっちゃった悲運?の形式です。


そして浜坂着。
ここから、今回の3つの目標のうちのひとつ「はまかぜ」に乗ります。
先日、自分の記事でキハ181系のこと書いたら無性に乗りたくなって...
旅程に組み込んでしまったのです。


浜坂ではわずか2分乗り換え、写真を撮る暇もろくに無し。


いよいよ出発。
期待した500馬力のサウンドも、意外なほど静粛性に優れた車内ではほとんど
感じることが出来ません。
もとより山陰区間でスピードも出せませんし...
加速もポイント通過などのためにフル加速も出来てません。
うーん、こりゃ山陽区間(姫路から先)に期待するしかないかな。

車両は7両、でもガラガラ。

これまた古い車内見付です。
へたってしまって、まともな座り心地を失ったシートが残念。


でも途中城崎温泉でどーんと乗ってきて、ほぼ満席になりました。
だけど....自分の後ろに陣取ったおばさまたちが姫路まで喋りっぱなしで(笑


そして播但線を走りきり、いよいよ山陽区間です。
姫路で方向転換、山陽本線の外線を力一杯走ります。
加速は今となってはもうさっき乗ったキハ187系などに比べるべくもないほど遅いのですが、
これでも昔は驚かされたもんです。
その精一杯の加速をみせて、120キロまで辿り着けば、あとは爆走です。
ターボサウンドはイマイチしませんでしたが、ディーゼル・エンジンの叫びは
たしかに車内に低く響いています。
すっかり真っ暗になった車窓ですが、
いまたしかに電化区間を181系が激走していることを感じて嬉しくなりました。



姫路から頑張ること1時間7分、定刻に大阪駅11番線にはまかぜ6号は入線しました。
この3分後には新快速が到着します。姫路を11分あとに出たはずの...^^;



>>このあと新大阪からのぞみで帰宅。
あっというまの駆け足旅行、これにて終了です~
最後までご覧頂き有難うございましたm(_ _)m
コメント (34)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

出雲、YS、はまかぜ(6)

2006-02-13 | できごと。
さてさてここは種子島。
だけど、帰りの飛行機まで2時間半ほどあります。
種子島といえば「あの場所」。タクシーで40分(片道6000円くらい)とのこと。
こうなったら行くしかない。そう、こんなときは

レンタカー。
だけど、こんな素朴なトヨタレンタカー見たこと無いです^^



借りたのは軽。ミラクラス、との事だったけど出てきたのはタント。
ちょっと、というかかなり嬉しい。

シートの不出来とステアリングフィールの希薄さに憤慨(笑)しつつも
乗り心地もまあまあ、車内・視界も広く運転しやすいことに感心感心。
だけどこれで遠距離は走りたくないのも正直なところ。

海がとにかくキレイ。夏に来たいなあ...夏までYSは飛んでいるだろうか。



自然がつくりたもうた芸術的な風紋。


走ること30分くらい...ロケットの発射場を見下ろせるポイントに到着。
遂にキタ、種子島宇宙センター



発射場の先にある宇宙科学技術館をほんとにさらっと見て、
そして空港へとんぼ返り。着陸するYSを撮らねば!
もう少しで空港!という矢先、目の前を降りていくYS(泣

しかも咄嗟のカメラも間に合わず(爆


タントを返し、いよいよ帰りの便。
搭乗が始まる。
歩いてYSのそばへ。

美しい夕日のシルエット。


30数年飛び続けてきた、頼もしい垂直尾翼。


傾いた日差しのなか佇む、
行きと同じ機体・製造147号機、JA8768。
かつて海外に輸出されたが日本に戻された機体です。


そして搭乗。

かえりは最後尾の座席。

これまた満席。種子島発の最終便ということもあるけれど、
お客のほとんどがビジネス客で驚いた。
っていうか、半分以上行きと同じ面々でした(笑


遠く雲海の中に開聞岳を望む。

鹿児島空港に着陸。
奥には、すでに今日の役目を終えたJA8766が美しく光を浴びていました。





>>いつかは!と思っていたYSに乗れて嬉しかったです。
もう、たぶん二度と会えないような気がしたので
五感のすべてにしっかり埋め込んできました。
二度とつくられることのないであろう国産旅客機・YSの印象を...


>>さああとは帰るばかりです。が、続きます!
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

出雲、YS、はまかぜ(5)

2006-02-13 | できごと。
YS-11
日本が戦後初めて製造した国産旅客機です。
法的な問題~義務になった空中衝突防止装置(TCAS)が搭載されていないため、
その取り付け猶予期間である今年いっぱいで引退が決定しています。
今年いっぱいといっても実際は就航路線はどんどん数を減らしていて、
12月までもつ保証がありません。
しかも、現在は残りの稼働機は残り4機だったと思います。
僕は、この愛すべき国産飛行機に乗ったことが無かったのです。
引退が近づいていたのは知っていたものの、なかなか乗りに行く機会がなかった。
だから、今回の旅程には「何が何でも」組み込んだのです。


YS-11の設計には、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)・一式戦闘機(隼)・二式大艇・
三式戦闘機(飛燕)を設計した設計者などが集まったのです。
それ例外にも戦前の航空業界を支えた人物が参加しました。
まさに、戦後の航空界の夢...いまいちど日本製の航空機を!というそれを実現するための
プロジェクトだったのです。


そして昭和37年に試作機が初飛行。ですがその時に問題点が多く散見され、
その後量産に至るまでに多くの改良が施されました。
航空機といっても旅客機を作ったことのない設計陣が手がけた、
しかも色濃い日本軍用機テイストが残るこの機体は、
旅客機としてはとても扱いづらかったそうなのです。
ですが、日本人が産んだこのYSを、各メーカー、各ユーザーは懸命に改良を重ね、
その結果現在では故障率の少なさや稼働率では世界でもトップクラスの水準を
いまだに保つ、優秀な飛行機として知られるようになりました。

総計182機がロールアウトしたこのYS-11も、
思った以上に期待されていた海外への輸出も伸びず
製造会社である「日本航空機製造(日航製)」は赤字を抱えることになり会社は解散、
YS-11の製造も中止されてしまいました。
なお、製造会社は日航製ですが、実際の製造は日本の航空機産業のタッグともいえるもので、
新三菱重工(現三菱重工業)、川崎航空機(現川崎重工業)、
富士重工業、新明和工業、日本飛行機、昭和飛行機が分担し、
最終組み立てを三菱が担当しました。
エンジンは国産での調達が困難であることからイギリスのロールス・ロイス製
ダートMK542/10型エンジンを採用、プロペラも同じくイギリスのダウティ・ロートル社製です。


...とまあ、説明が長くなってしまいますからいよいよ乗り込みましょう!
今日乗る路線は、残り少なくなったYSの就航路線のうちのひとつ、鹿児島ー種子島線です。


バスを降りると目の前にはYS-11。
胸が高鳴ります。
お客さんは満員。中には僕のように写真を撮っているひともいました。


タラップから撮った、30年以上飛び続けた無骨な機体。

でもどこか優しく、日本的な感じがします。


エンジンに火が入り、プロペラが回り始めました。
ブィーーーーーーーーーーーーーンという野太く低いサウンドが響きます。
乗ったことがないはずなのに、とても懐かしい感じがします。
エンジンの回転に合わせて機体も小刻みに振動しています。

滑走路を想像以上の力強さで駆け抜けると、
これまた想像以上の短距離でYSは空へと舞い上がりました。
エンジンの唸りもいっそう激しく機内に響き渡ります。
ジェット機のキィーンという音とはまったく異質な、
大きな回転物が空気を切り裂く音とともに!
背筋に走る感動、そして鳥肌。
ごごん、ごごんという揺れとともに、YSは空に登っていきました。
正直、ちょっとこわかったです(笑



デジカメは離着陸時には使えないので、ようやくベルト脱着サインが出て撮影開始です。


ダート・エンジンと四翅のダウティ・プロペラは力強く、
そして順調に僕らを種子島に運んでくれます。
安定した機体は早くも佐多岬の上空。
飛行高度の低いYSだととても地上がよく見えます。まるで遊覧飛行です。

こんなのも撮ってみた^^

YSの安全のしおり。日航塗装ですが^^;



ところが、鹿児島ー種子島間はわずか30分くらいで着いてしまいます。
登ったら、降りる感じ(^^
ベルトサインが瞬く間に点灯し、エンジンの出力を絞ったYSは降下を始めました。
眼下の海は美しくきらめき、南の海にいることを思わせます。




YSは時折がくっと落ちるような感覚を伴いつつ、
えぐるような角度でターンしながら、空港に近づきます。
窓の外には民家が並んでいます。
その民家の中の様子が見えるほど地上に近づくと、足下には空港の路面が見え始めました。
軽いショックのあとタイヤスモークをあげ、YSは無事に着陸。
プロペラのピッチが変えられ、ブレーキング効果を出しているのがわかります。

着陸後、ターミナルそばまで移動、YSはただちにエンジンの火を落としました。



そしていよいよ機体を降ります。

2月とは思えない日差し。風は冷たいですが、春っぽい種子島。

お恥ずかしながら生まれて初めての国内線だったのですが
初めての着陸空港がこんな素朴な種子島空港なんて感激?です。

平屋だ...駅みたい(^^



>>すみません、続きます~

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

出雲、YS、はまかぜ(4)

2006-02-12 | できごと。
鹿児島の宿は、
市内ではなくて指宿枕崎線・山川駅(駅員配置の本州最南端駅!)前にある
「日本一安い宿」、くり屋
自分の泊まった部屋はなんと朝食込みで2730円。安!
だけど、エアコンは2時間100円、テレビも同じ...
さすがです(^^

だけど夜が明けて、びっくり。




絶景だ!




くり屋、お風呂も天然温泉だし
お部屋もご覧の通り最低限かもしれないけど十分でした。


そして素朴な、でも美味しい朝食をいただき徒歩1分の山川駅へ

目の前は海、のこれまた絶景駅。

お隣、指宿(いぶすき)駅で下車、
ここからタクシーで「砂蒸し風呂」の「砂楽」へ向かいました。
駆け足旅行だけど、せめて名物を楽しみましょう(^^
900円+タオル100円払い、まずは浴衣に着替え。
そのまま建物の外へ出て、海岸沿いにある砂蒸しの場所へ...


屋根の下がその場所 でも冬の海風は寒かった!

指示通りに砂の上に仰向けに寝ると、係のひとがどんどんスコップで
アツイ砂をどっさりかけてきます。
お、重い!
でも砂が全身をくまなくくるみ、5分もするとじわ~っと汗が出てきます。
10分...15分...もう限界。
砂から出る時間は各個人の自由なので、ここでギブアップ。
そのあとは内湯の温泉で砂を落としてのんびりしました。

指宿駅までは歩いて帰りました。

菜の花がキレイ!




鹿児島駅に戻ると、国鉄形電車たちがお出迎え。
このエリアにもJR九州のオリジン車両817系が進出し、
国鉄形は数を減らしているのです。

急行用交直流電車(60キロヘルツ用)の475系。

先頭のクハ455の600番台は、もとグリーン車の改造。
国鉄末期に乱発された、余剰車の改造転用の生き残りです。
2両目以降の「本来の姿」との違いに注目あれ。

近郊形交流電車、717系(200番台)。

老朽化した急行形車両の車体のみを新製して近郊形に転用した形式です。
200番台はもと475系で、九州地区のみに配置。

そしてこの717系に乗り込みました。

車窓には見事な桜島。

国分で降り、バスで鹿児島空港へ移動。
鹿児島の中心部から離れた台地の上にある、空が広い空港です。

山の彼方には雪を冠した霧島連山の韓国岳。



そして、チェックイン後、搭乗開始。空港内バスに乗り換えて向かう先は...








じゃーん!YS-11です!キタ----------------!


>>え.....まだ引っ張るの!?
はい、まだまだ続きます^^
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

出雲、YS、はまかぜ(3)

2006-02-12 | できごと。
まだまだ続きます(汗

九州へ入り、熊本へ

まずはもと東急5000系がいまだに頑張る、
熊本電鉄」へ。

北熊本の駅でご対面なのだ。

色も東急グリーン!いいねえ~

懐かしい車内。


つり革には東急百貨店の文字がそのまま...


上熊本駅に到着。
もう1両いる僚友を撮りましょ

そして今やほんとに貴重なTS301台車を愛でる

上熊本の駅は良い感じで廃れていました。





この駅で御代志(みよし)行き・藤崎宮行きに乗り換え出来ます。

御代志~藤崎宮間で使う車両は味も素っ気もない、もと都営三田線の6000系。
なんか日本ぽくない配色、前面下部のスカート(笑)がオモシロイ。


熊本電鉄のハイライト?藤崎宮~黒髪町の間の併用区間をゆく...

のんびり、ごとごと、ゆらゆらと大きな電車が軒先をかすめていきます


それにしてもこの熊本電鉄、
始発駅の藤崎宮は熊本市の中心部からはずれてるし、
沿線にもさして大きな集客力は無さそう。
実際、ガラガラでした。
でもがんばれ、熊電。末永く存続せんことを...


熊本市電を見ることにはすっかり夕暮れです。

走行シーンは、なんとか流し取りでギリギリの撮影(汗




そのあと、さらに南下の旅を続けて、ついに鹿児島へ...

鹿児島中央駅には、ここでもいまだ現役のキハ58系がお出迎え。



そして駅を降り、信じられないほど寒い小雪の舞う中なのに撮影を敢行。

鹿児島を代表するデパート・山形屋前にて。
たてものは大正5年築だそうで、貫禄を感じさせます。



>>そしていよいよ...アレに乗るべく空港へ。
まだまだ、まだまだ引っ張りますよ(笑
コメント (13)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

出雲、YS、はまかぜ(2)

2006-02-11 | できごと。
さてさて。
「出雲」を降り立った宍道からは、木次(きすき)線に乗って広島方面へ...
この木次線、出雲横田~備後落合間の高い標高差を行ったり来たりのスイッチバックで
下る路線ですが、如何せんこの区間の本数が一日数往復でなかなか乗れない。
なので今回旅程に組み込んでみた.....のですが。


アナウンスは無情にも、「出雲横田~備後落合間、雪で運休」の報。

え.....どうすんの(汗


代行輸送があるらしいので、とりあえず出雲横田まで向かうことに。
って、車両がキハ120、しかもトイレ無し、しかもロングシートかよ(怒
非道いよ、JR(泣


サービスアップで導入した新型気動車なんだけどねえ。
こんな「レールバス」で2時間50分も....


ぐったりの状態で出雲横田で下車。

雪は降ってるけど運休するほどのものでは
無い気がするのだが...と思っていたら
地元タクシー会社が運行する備後落合までの代行輸送が到着。

そして、鉄ちゃんだけ(笑)5人を乗せて列車の時刻通りに出発。

列車の代行なので、ちゃんとJRの人が乗って、各駅で
列車の時間通りに発着するのですねえ


代行タクシーといってもハイエースさん


駅も雪で埋まってる


だけどやっぱり運休するほどの雪じゃない、ていうか除雪する気もないらしい。

あ、そうか、なるほどと思った。
「誰も使わない区間、除雪費用出すなら代行頼んだ方が安い」
わけだなあ。
だって、結局最後まで誰も他のお客は乗って来なかったし...。
そう、この区間は沿線道路が未整備だからという理由だけで残っているのです。
いつか必ず廃止になるはず。


雪の中の備後落合に定刻に到着、広島方面へ乗り換え。
またキハ120(嘆
でもまあいいか、せめてのクロスシート車。



三次(みよし)からは数少なくなった「急行」、しかもキハ58系を使用の
「急行みよし」で広島へ。

複線用スノープロー(雪かき)がいいねえ

広島着。


この20年くらいの間、さんざん乗ったキハ58系だけど、
「急行」+「雪」という組み合わせではもう乗ることはないんだろうなと
ちょっとだけ感慨に耽りました。


広島にいた115系、先頭のクハ(制御車)は115の550番台。
って、まだあるんだな!

クハ115-550番台は、
もとはモハ(中間電動車)115で、それを電装解除して先頭車改造したもの。
さらにはこの556番はかつての急行用・153系のクーラーを再利用(!)して
冷房化したツワモノ。
もうかれこれ改造から20年くらいたつはず...。また会えるとは(^^



駅前で新幹線に乗るまでの時間を広電を見て潰す

電車の博物館の異名通り、左・もと大阪市電、右・もと京都市電。
がんばれ広電!


新幹線ホームへ
乗れなかったけど、これまたまだある「元祖新幹線」0系。
東海道新幹線ではかなり前に全廃になったのだけど...

いいねえ、ほっとする、このやわらかさ




>>そして九州へ...次なるターゲット目指して!
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

出雲、YS、はまかぜ(1)

2006-02-10 | できごと。
長らく開けてしまいました。
すみません。

8年くらい勤めた今の仕事もいよいよ終わり、
というこの時期ですが、引き継ぎの合間に有給をいただきました。
そして、それを利用して「いま乗りたいもの」に乗ることに決め、
行ってきちゃいました。
標題のとおり、
出雲」と「YS-11」と「はまかぜ」に乗りに!


「出雲」は、東京と出雲市を結ぶ寝台特急です。
寝台特急自体がその存在意義を無くし、スゴイ勢いで去っていく状況の中
最後に残った「ディーゼル機関車」が牽引する寝台特急。
そして、この「出雲」自体もこんどの3月の改正で廃止が決定しているのです。
おなじみの猫澤氏も急遽同行。ただし、彼は個室A寝台。
僕もBから変えようと思ったのだけど、満室で(!)取れませんでした。


東京駅にすべりこむ「出雲」の24系25形。


個室A寝台といっても、旧来のもの。
ご覧のように設備も古いのです。
でももう二度と乗ることは出来ないかもしれない。
今回は猫澤氏が乗るので、眠るまでA寝台で過ごすことが出来ました。



ちなみに自分が乗った開放B寝台の車内はこんな感じ。


不採算ゆえ「ほったらかし」のままの客車のあちこちから、
懐かしい雰囲気が漂います。

飲料水の機械...折りたたみ式の紙コップ...
「まだある」、昭和遺産。

この出雲には、営業はしていませんが食堂車が「フリースペース」として
連結されたままになっています。貴重なオシ24形の残党です。
場末のバーみたいな雰囲気は........うーん(笑



夜明け。周囲は雪景色。


掛け替える予定の「餘部鉄橋」を渡ります。


なんと着工は明治42年!
実は、掛け替えをする膨大な費用を地元の鳥取・兵庫両県で負担することになったのですが
JRは不採算を理由に「出雲」の廃止を決定、反発が出ているようなのです。
「出雲」が廃止になるとこの鉄橋を渡る特急が無くなってしまう!
出雲のために掛け替えるようなものなのに...

だけど、実際、「出雲」の現在の利用状況は惨憺たるものでした。
見たところ廃止の報を聞きつけて乗っている「同類(笑)」ばかり。
これでは廃止はやむなし...
......いえいえほんとうにそうなのでしょうか?
設備も古いまま、寝台料金はいまの昨今ではあり得ない、ただならぬ高さ。
ほんとうに改善努力をして、それで廃止ならまだしも!
「北斗星」のように「乗ること」が目的の列車に出来なかったのでしょうか。


話が脱線しちゃった。
何はともあれ、「出雲」は順調に山陰本線を西へ。

朝の個室寝台。特別装備は奥の「洗面台」だけ。


個室寝台の廊下。旅情を誘う。



米子。小雪が舞う寒い中、22分停車。



松江。今日の牽引機、DD51 1171号機



終点までは行かず、宍道(しんじ)で下車。
1100馬力×2基を唸らせるDD51。力強い!




>>さてさて、ここからは三段スイッチバックで有名な木次線に
乗ることになっていたのだけど
意外な展開に...以下、続く!
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする