Retrospective...

イラストレーター/ライター遠藤イヅルの困った嗜好をばらす場所

【ルノーな話】初代ルーテシア(クリオ1)の中古天国を見っけますた。

2010-05-31 | ルノーな話。



ご好評いただいている半レギュラー記事に、「中古車乗り継ぎ魔の妄想」シリーズがあります(^^;


書いているほうも楽しくて仕方ないこのシリーズの輝かしき第1回「安い中古乗り継ぎ魔の妄想。」では、
R25と登場した初代ルーテシアが登場しているのですが、
この2台とも、相も変わらず気になっている毎日です。


で、飽きもせず暇があっては中古車サイトや本を漁っているのですが、
この初代クリオ・ルーテシアは市場からも結構姿を消していて、
そうそう見つけられない。



と思っていたら、いっぱいありました。しかも同じ県に、というか、同じ店に(汗






それは、ルノーネクストワン(ルノー徳島)







なんと、この店の中古車ストックに初代ルーテシアが6台も(号泣

しかもウイリアムズや16V などではない、素のばかり...。



いやはや、ここまでまとまってこのクルマを中古車市場で最近見てないですし、
それ以上に同じ店ってのがすごい。
どう見ても倉庫で眠っているようなものもあるし(^^;


で、気になって仕方が無いので、6台をまとめてみました...(暇じゃないのにぃー^^;

1997年フェイズ3のバカラ!フェイズ3のバカラって、確か超貴重なのでは...。
ううむ、こりゃあいいぞ...いいけど、107万は...高い(汗
だがサンルーフまでついてる。捨てがたい...。


次はフェイズ3のRN。RNはフェイズ1~3までずっと1.4Lのままなのですけど、
オートマはフェイズ3以降4AT→3ATになったはず。
でもシートは、RNもフェイズ3以降はRTと同じフカフカのシート
(以前乗っていたあのR19に限りなく近いシートのはずなので、悪いはずが無い)
になるので、フェイズ3のRNは好きです。
だども、この大きな径のホイールは、ベーシック志向のieには、ちょっと合わないです。


初代のフェイズ3、最初はあまり好きじゃなかったんですけど、
もはやもうフェイズ1とか3とか選べないような時代ですし(涙
フェイズ3の丸っこい顔も捨てがたいですねー。




で、次です。これまたフェイズ3のRN。何台あるんだ(嬉)。でもこの子は3ドアです。
フランス車に限らず3ドアってパーソナル感が高くて、都市生活者っぽい気取りが出来そうでなんだか好きです。
パリはそういえば5ドアよりも3ドアのほうが多かったような気が(気のせいか^^;
色といい、しょぼいホイルキャップといい、価格も(安くはないが)手頃。
うーん、これいいかも。
RNはダッシュボードのメータのひさしがセンター部分に伸びていないので、ここも
好きなポイントだったりします。



で、次。これはフェイズ2のRT。
色もいいし、やはり5ドアは使い勝手もいいし、悪くない!距離も3.5万キロ!うひょ!少ないぞ。


次~。
フェイズ2のRTの3ドア。
バカラ用のアルミつき。サンルーフも。走行距離、価格などのバランスがいいなあ。



フェイズ1と1994年に登場したフェイズ2は外観こそあまり変化が無いですが、
中身はかなりブラッシュアップが図られているそうです。

マークもギザルノーじゃなくなっているんですよね。って、この写真じゃわかんないや(汗





で、最後の一台がフェイズ1のRNの3ドア。
すでに19年落ち、つまり年式は1991年なので、立派なギザルノーで、
JAX時代のルノー。自分のR19よりも年式古いです。あれ、1992年式でした。

シートはフェイズ1のものはサンク時代に近い、肩部の無いデザインのあれです。
座り心地も近い、フワフワモチモチ系。たまりません。
ちなみにこのクルマ、ワンオーナーだって...すごい。
でもどうみても長いこと車庫でホコリかぶってますな(^^;
うーん、でもいちおう屋根下保管にはなりますね。
車検なしで60万...高いのか安いのか...(^^



3ドアのキュートさがよくわかりますねー。これがフェイズ1。ギザルノーマークが光ります。。





>>というわけで、いま、四国がieの中でアツイです!
高松のR25GTX、徳島のこれらのルーテシア1、松山にも安いルーテシア1のRNがいます!


>>これはもう、巡礼せねばなりません!?しかも暑いときに(エアコンの効き具合を調べたいw
R19はエアコンが弱かったんですけど、たぶんこのあたりのルーテシアも同じかなあ...確かめに行きたいんです。

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【セダン蒐集癖】Vol.228 Dセグメントがジャストサイズだったころ オペル ベクトラ(B)

2010-05-28 | セダン蒐集癖。
GWのGTシリーズの合間ですみません。


日本から撤退してしまったことがいまだに信じられない、オペルの中堅セダン、ベクトラです。
このモデルは、2代めベクトラなのですが、ベクトラBとも呼ばれます。




いまでは正規輸入では買うことが出来ませんが、
オペルというメーカーは、決してマイナーな輸入車メイクスではありませんでした。
アストラ、ベクトラ、オメガなど、いまでもまだまだ街で沢山見かけますし、
このコーナー(セダン蒐集癖)の輝かしき第一回も、実はアストラセダンでした(^^;


ベクトラはセグメント的には「D」に属します。
代表的な車種は
日本でいえばコロナ、アルテッツァ/IS、ブルーバード、プリメーラ、
カペラ/クロノス系/アテンザ、ギャラン、アコード、レガシィなど。
ドイツでしたらBMWの3シリーズ、メルセデスの190/Cクラス、アウディの80/A4。
イタリアはアルファ75/155/156/159。
そしてフランスはシトロエンxantia/C5、プジョー405/406/407、ルノー21/ラグナ
あたりですので、イメージがわかりやすいと思います。


ベクトラBは、1995年に登場。ドアミラーがボンネットから続く独特のライン、
初代ベクトラ同様の6ライトウインドウが特徴。

このベクトラがいいところは、質実剛健、華は無いけど製品としては素晴らしい良品であること。
それは車体サイズもそうで、使い勝手でいえばいちばんいいサイズだと思うんです。
3ナンバーですけど、全幅が1710mmということはほぼ5ナンバーのようなもので、
全長もかつてのDセグの標準だった4.5mを切ります。
それでいて車内は広いし、トランクも広大。
道具として使うには最高なのではないでしょうか。
光モノもないし、バンパーモールは黒。
プレミアム感とは違う上質さがいいですね。



ほんと、このくらいのサイズが使いやすいはずなのに、なぜいま、Dセグは
あんなに大きくなってしまったのでしょう?
ウチのC5もそうなんですけど、適切なサイズではないです。
もう少し小さくても全然いい。

昨今のDセグは幅は1.8mに近づきそうですし(いやもう越えているクルマが多い)、
全長も4.6m台後半。差でいえば5cm~10cmの違いですが、乗ると結構な違いを感じますよね。




>>ベクトラはこのあとベクトラCになって、他のDセグ車同様に幅が広がり、
1.8mの大台に乗ってます。

>>シトロエンも、xantiaの幅1750mm程度が限界。これでも広いような気がする。
出来ればBXのサイズだともっといいですよね。
そう思うとプジョー405あたりのサイズはいいなあ。

>>>>ちなみにベクトラは現在インシグニアというクルマがその任を担っています。これがかっこいいんだ...(^^;
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【てつどう】名鉄600V路線の廃線跡に涙する(2)揖斐線跡は今

2010-05-26 | てつどう。
GWのGTの記事の続きです。長くて済みません(汗



谷汲駅を出てつぎに向かった先は...。




架線柱と線路がはずされただけ、といった感じで、いつモ750がひょっこり現れても
おかしくないような谷汲線廃線跡と並走して走り、
黒野駅跡を目指します。




黒野駅は揖斐線の駅で、谷汲線の始発駅でもあった小さな乗りかえ駅でした。
揖斐線の前身である岐北軽便鉄道時代以来の駅で、1926年築の瀟洒な駅舎が有名でした。
また、揖斐線・谷汲線の車庫もあって、運転の中核駅としての責も担っていました。



末期は赤+白の塗り分けだったので、今見るとむしろ新鮮に感じる単一塗装のモ510と、
1987年ごろまで市内直通の相棒だったモ520(奥)。どちらも美濃電の出自。
黒野にて、1987年。



2001年に谷汲線と揖斐線の黒野駅以北、本揖斐までが廃止になり、
かつての構内のにぎやかさは少し無くなりましたが往時の雰囲気はそのままでした。
でもそれも長くは続かず、ついに2005年、揖斐線自体の廃止を迎えてしまうことになったのです。



廃止後5年、駅舎が残っていたことは知っていました。
なので、足しげく通った黒野駅はすぐに見つかりました。
C5を停め、少し離れて眺めます。懐かしい。
でもカフェすらも営業しておらず、入口は板が塞がれていて
駅前の通りも誰もいない。これは寂しいぞ。




リフォームはされていますが、開業時から建つ由緒正しい建物の面影は十分です。
第一回中部の駅百選に選ばれただけあって、貫録もあります。




駅舎には現役当時の案内板が。揖斐線も谷汲線も記載が残っています。




でも、もっと胸をかきむしられるような光景があったのです。
それは、駅舎のすぐ裏、遺構が思った以上に残っている駅構内でした。










...ホームと上屋がそっくり残っているのです。
ここにはもう電車は来ないのに、それほど朽ちていない状態で目の前にそれはあるのです。
それは、衝撃でした。
まっさらな状態か、そこそこ残っているのではない、極めて半端な状態なのです。




黒野駅の現役時代。モ770登場のころ。まだ赤の単色塗り。
切り替え表示式の次列車告知板も懐かしい...。1987年。



小さな駅でしたが、揖斐線は決して本数は少なくないので、この構内をひっきりなしに
赤い小さい電車が行き来していました。
あの頃を、いろいろ思い出してしまいました。



...こういう気持ちになるのは分かっていたから、廃止されたらもう来ないだろうな、
と思っていたんですが、
ちょっとした拍子に来てみたら、まさかの状態を目の当たりにして、
思った以上に心に重かったです。

そしてなぜか、ieの心には、
揖斐線を初訪問してからの20年余にあったいろいろな出来事が、
まるで走馬灯のように脳内を、こころの中を駆け巡っていきました。

そのまま、静かな、あまりにも静かな昼下がりに、
ieはぽつねんと黒野駅跡の前に立ち尽くすばかり...。









...切ないなんてもんじゃない。
このやるせなさは、何だ...。





確かに足しげく通ったとはいえ、この沿線の住人だったわけではないんです。
それに、ここ以外にも、廃止される前に乗り、廃止後に訪ねたことのある路線もたくさんあります。
その無情感というものを、いろいろなところで感じたことは無論あります。

それでもここまでieに虚無感を与えたのは、それはこの揖斐・谷汲線が、
友人たちとはるばる訪ね、歩き、研究し、
小作品ながらも映画を作ったという「青春の1ページ」だったから。
ieの鉄道趣味の方向性への大きな影響を与えた場所であるということもあります。


それと、やりきれなかったんです。なぜ残らなかったのだろう?と。
平成になって路面電車が廃止される時代じゃなくなって
見直されようとしていた時期に、名鉄もそれなりに設備投資までしてきたというのに、
行政などの壁、そして自動車社会、さらには住民の意思の多くが、
この小さな電車たちの存続の道を阻んでしまった、とわかっていても。



しばし黒野駅に佇んだ後、とぼとぼC5に戻ります。
そして、揖斐線跡に沿って岐阜市内に向かうことにしました。
まるで思い出をトレースするように、駅の跡をたどります...。





政田駅跡。ここもホームが残ります。ホームのわきには新築住宅が建築中でした。
路線跡はこうして消えていくんだなと思った次第。
でも敷地はまだ名鉄のものなのかな?



下方駅跡。鉄橋に続く築堤は残りますが、駅舎やホームは跡かたもありません。



堤防に面したホームも懐かしい下方駅現役時代。1987年頃。




たぶん美濃北方~真桑付近。黒野へ向かう朝晩走っていた3重連。
まだモ520がいて、モ510に2種類の塗り方がいた時期。1987年。




美濃北方駅跡。駅舎とホームがここもそっくり残っています。
レールを敷いたらすぐにでも復活出来そうで、かえってそれが切ない。




そして、珍しい駅名で知られていた尻毛(しっけ)駅跡。
ここもホームがそのまま。やるせない。
たぶん廃止後に生まれたと思われる小さな子供が、すぐ脇で遊んでいました。




尻毛駅現役時代。モ751。



尻毛~旦ノ島間の鉄橋を渡るク2320型+モ700。1997年。



なんだか廃駅をたどるのがつらくなってきた(涙
んですが、このままie、市内線抜けて、美濃町線方面まで走ることにしました。
ということで、まだ続きます。



...ちなみに、忠節(ちゅうせつ)駅もショッピングセンターになって、もはやどこが駅だったのか
わからなくなっていました(号泣




>>鉄道のあとを担って行きかうバス。でも乗客の数はまばら。
道路にはクルマがあふれ、駅前は(もとから寂しかったとしても)
さらに閑散として、街の中心部の機能を失っていました。
きっと鉄道が無くなったことで、クルマへのシフトが進んだのでしょう。
鉄道を失った街と風景の寂しさが身にしみました。

>>でも、クルマを愛し、使う自分には、地方公共交通を残せ、
と声高らかには言えないんですよね...。
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【セダン蒐集癖】Vol.227 漂うクラウンらしさ 6代めクラウン(S110系)のセダン

2010-05-24 | セダン蒐集癖。
GWに行ったGTシリーズですが、まだ続きそうなので今回も中休みを(汗

お待ちいただいている方にはすみません。



ということで、レギュラーコーナーのセダン収集コーナーにてお茶を濁します(汗

今日の一台は、これまた懐かしい6代めクラウンの、セダン。



前期型ですね。ううむ、これまた珍しい(今となっては)。


以前このコーナーでは4ドアHTを紹介していますね。


6代めクラウンの製造は1979年~1983年ですから、もう30年前のクルマです。
同じ6代めのクラウンで、側面の段差処理などのルールは同じはずなのに、
HTは結構面が単調でシンプルな造形なのですが、
セダンは妙にデコラティブな感じがしますね(^^;
でも4代めのクジラクラウン、5代めのコークボトルデザイン世代の面影が
残っていたころに比べると(あ、ieはどちらも嫌いじゃないです^^;)、
端正でなかなか良いのでは無いかと。


この世代からオーバー2Lのエンジンが2.8Lになったんでしたっけね。




>>そういえば6代めクラウンと言えば豪華装備(ロイヤルサルーン)が凄かった。

>>番組予約付ラジオ、録音機能つきのカーステレオとか今となっては意味不明なものや、
逆に今やあたりまえのボタン式温度設定のオートエアコン、
マイコン(古いなw)式のナビコン(画面なしのカーナビ)とか、
「今につながる装備」が出始めた世代なんですね。
って、そう思うと30年たってもクルマなんてそう変わってないんですねえ。

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【てつどう】名鉄600V路線の廃線跡に涙する(1)谷汲駅は今

2010-05-21 | てつどう。


さて。

揖斐まで来たからには...行かねばなるまい。

わが心の思い出の地に。



それは、名鉄600区間の廃線跡...。



このブログでも何度か出てきますが、名鉄600V区間は、思い入れが大きいのです。

とくに揖斐・谷汲線は、もう20年以上前、高校時代に猫澤君を監督に8mm映画を撮影した場所。
高校生当時のなけなしのお小遣いを使い果たし、一体何度通ったことか。
そしてクルマを持てるようになってからも、身近なGTの場所として、
幾度も行った場所、それが名鉄600V区間なのです。
なのでもちろん岐阜市内線も、美濃まで伸びていた美濃町線も、すべてが大好きでした。



揖斐線の黒野から先と谷汲線が平成13(2001)年に廃止になり、そしてそれ以外の600V区間も、
このブログに取り上げられている通り、平成17(2005)年にすべて消え去りました。




xantiaで行ったとき。たぶん1998年。北野畑にて。
そう思うとここにはMR2(AW11。最初のieの愛車。)、xantia、猫澤君のルーテシア
とかいろんなので訪問しています。




いま、再び見直されている路面電車。
しかも、路面電車と郊外電車両方の特徴を備えていた名鉄600V区間は、
ひょっとして新しい公共交通の姿を示せたのかもしれません。


ですが、名鉄と、岐阜県は、維持を選ばなかった。
結果、沿線から岐阜駅への流入が減り、クルマ利用に流れ、岐阜市内の商店の客数が
かなり減ってしまったそうです。

鉄道は無くしたらもとには戻らない。



さて。この話は長くなってしまうので、先に進みます。

養老鉄道の揖斐駅から、旧名鉄谷汲駅を目指します。
揖斐駅の近くには、名鉄の本揖斐駅があったはずなのですが、
本揖斐駅はまっさらで跡形もないという情報を得ていたので、
保存車両置き場と簡単な博物館のようになっている谷汲線の谷汲駅に行く事にしました。


自分たちが通ったころの谷汲駅と違う<平成8(1996)年に新築>んですが、廃止時のままである
ことはありがたいですね。




駅構内には、谷汲線で最後まで活躍したモ750(755)が保存されています。
大事に屋根までつけてもらっていて、この電車を愛した(大げさ^^;)ieには
嬉しい限りです...。



モ750は、昭和3年に名古屋鉄道(旧名古屋鉄道)が日本車輛で製造させた由緒正しい「名鉄の生き字引」のような電車でした。


ちょうどこの日は保存会の方がいらしていて、オフ会をされていたようす。
でも車内には入れていただけました。


ちなみに、こんなサボの展示までしてありました。
モ510で使われていたものでしょうか。
「やながせ号」「ハイキングながせ号」は昔運転されていた列車だったように思うので
これはレプリカなのかなあ。




で、実は谷汲駅にはモ510(514)も保存されています。



旧美濃電セミボ510型、なんと1926(大正15)年製!
製造後80年以上もたつのに、ここまでの美しい保存状態に感謝...!
そしてこの電車が現役時代に乗れたこと、見れたことは幸せでした。



1967(昭和42)年揖斐線~岐阜市内直通に抜擢(この時点で製造40年^^;)された際に
2+1配置のクロスシートに改造された車内も、往時のまま残されています。
しばし座って、思い出にふけってしまいました。




さてさて。
名残惜しいのですが、この日は帰る日。
でもまだ、ここまで来たら見ないといけない場所がいっぱいある。
保存されている車両には、また会いに来ればいい。
そう思ってC5に戻り、次なる場所へ向かったのでした...。



またまたつづく。



>>黒野方面の線路はぷつりと切れています...。これだけでも十分切ない気持ちにさせられたのに、
さらに追い打ちを掛けるような景色を目にするとは、このときまだ思いもせず、でした...。




>>トップ画像は、2CVに乗っていたときに書いた絵です。これ見ても、自分で
モ750(というか、名鉄600Vの車両全般)を愛していたことを感じます...。

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【セダン蒐集癖】Vol.226 日産らしい4ドアスペシャリティ 初代プレセア(R10型)

2010-05-19 | セダン蒐集癖。
GWに行ったGTはまだ続くのですが、その前にワンクッション(^^;;


ということで、日産の4ドアスペシャリティ、初代プレセアです。


しかも前期型。最近まったく見ないなあ...。


カリーナEDに端を発した、居住性よりも外観を取った「4ドアスペシャリティ」というジャンル。
日本ではセダンそのもののカテゴリが弱火になったこともあって、
ほぼ絶滅してしまっているのですが、いま、そのジャンルはなぜか海外に飛び火。


メルセデスのCLSや、VWのパサートCCなど、
「あれま、あの頃の日本のマーケティングって凄かったのかしら」と
思わせるようなクルマが出てきていることが面白いですね。
まあ、日本の4ドアスペシャリティを参考にしたかどうかは知らないのですが...。


で、プレセアです。
デビューは20年前!の1990年。B13サニー系のシャーシに、
居住性を犠牲にしたスタイリッシュなボディを纏って登場。

ライバルであるカリーナEDなどもスタイリッシュだったのですが、
プレセアはどちらかというと優雅路線のスペシャリティとでもいいましょうか、
インフィニティQ45にも通じるグリルレスなフロント、
派手ではないが地味でもないエレガントな外観、
CMに『見返り美人』を使用したりするなど、和的な「上質」さを売りにした
趣味の良い内装やキャラクターを持っていたあたりが日産らしいところです。


そういえばグレード名も「Ct(カラット)」でしたっけね。
ブルーメーターだったのは2代め?うーん、さすがに覚えてないなあ。


>>プレセアはこのあとフルチェンジして2代め・R11になったあと、消滅。
ちなみに、その後継が、初代ブルーバード・シルフィなのです。

>>カリーナEDほど流麗なスタイルでは無く、
ベースがひとまわり小さい(EDはコロナ=ブルーバードクラス)ながらも、
プレセアはそれなりにまとまりのあるデザインだなあと思います。
まあ、あの小さなボディサイズでこのキャビンの小ささですから、
車内(後席)の狭さは想像どおりなのですが。

>>あ、でもさすがに901時代の日産車、乗ったら楽しかった記憶があります。

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【いう゛ぇんと】第9回東京ドイツ村オフに参加してきました。

2010-05-17 | いう゛ぇんと


さて今年もドイツ村オフに行ってまいりましたよ。


今年も「何の予定もない」という最高にのんびりとしたイベントでした。
これがいいのよね。
みなさん気さくだし、そして何よりドイツ村の大規模周回路を利用したプチ試乗会も、
今年はie、いつもより貪欲にいろいろなクルマに乗せていただきました。
オーナーの皆さん、誠にありがとうございました。

そして幹部のとくさん、マキシ君、お疲れ様でした!
来年は10周年ですね。ieも微力ながら応援させていただきます。
何かやりましょう。準備が要らない程度で(⇒ここ重要w



ということで、当日の様子はハイライト写真にて...




ルノー主体のオフ会ですが、ごらんのようにアルファスパイダーも、ボクスターも来られたりで、
参加車種の国籍にいろいろバリエーションがあったりします(^^





来て下さった方の主力はメガーヌとカングー。
正直ie、メガーヌ2がすごく欲しいです。




その魅力的なお尻たち。奥にはR25のリムジンもおられます。




花畑の明るさにも負けない、ポップなカラーのトゥインゴ。
素敵な組み合わせですね。こころがほんわかします。
国産コワモテ系ミニバンにはまねのできない光景です(^^






なんとプジョー505が2台も揃いました!銀はGTI、ガンメタはV6。どちらも布シートです。
505の布シートは最高の出来でした。うーん、GTIはもう一回買ってもいいかも(汗
そういえばieが505で行ったのはもう4年前なのね...早いです。




ルーテシアとそのご先祖様(サンク)。
ちなみにこの日、街中でもめったにみないクリオ3(ルーテシア現行)が、
クリオRSも含めて3台も集まりました!





アヴァンタイムも長駆、水戸から駆け付けてくださいました。
真ん中のメガーヌワゴンはなんと本国ものの1.6L、LHD、マニュアル。
心なしかシートの座り心地も日本仕様と違うような...。やはり欧州車のLHDはいいですねえ...。
そして黄色いメガーヌクーペ16Vはマキシ君号です。
生まれたての娘さんが最初に乗ったクルマがこれですから、ゆく末はどうなるのか(^^;





しいさんの縦サンク。久しぶりに運転させてもらって感激(しいさんありがとう!)
機関の状態は抜群。古いルノー(ギザルノー)のねばっこい味に、完全にヤラレタ。
ギザルノー会主宰者として、やはりギザルノーにはいつか戻らないといかんのだろうなあ。
小さな車体に5人詰め込んでぺったんこに下がったサンクで園内を1周。
窓は全開。景色は初夏。花畑。芝生。気分はフランス。
あの瞬間のみんなの顔は、ほんとうに幸せだったと思います。



>>ちなみに長年愛用してきた一眼レフデジカメのD70Sですが、
CFカードが悪いのか原因はわかりませんが撮影出来なくなってしまいました...。
さすがに携帯カメラでは(一応最新のサイバーショット携帯なのですけど)
あのドイツ村のスコーンと抜けた青空と花の色が再現できないのだねえ(涙

>>で、気になって検索したら「forエラー表示」「chrエラー表示は本体故障の前触れだとか...。
うーん、さすがに寿命かなあ...。


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【いう゛ぇんと】<第9回東京ドイツ村オフのお知らせ>今年は5/16(日)開催!

2010-05-15 | いう゛ぇんと


春ののんびりイベント、「東京ドイツ村オフ」はいよいよ今週末、5/16(日)です!


ieも2005年から参加させていただいている、とくさん主催の毎年とても楽しみにしているイベントです。

ドイツ村オフの良さは、「特に予定が無いこと」。
周回式の駐車場を生かした試乗体験、バーベキュー、芝生でのんびり、
などなどとにかく自由。
参加者の最大勢力は毎年ルノーですが、実際にはメーカーも不問、製造国も不問な
ゆるゆるさが魅力です!

ということで、みなさんドイツ村でお会いしましょう(^^
参加希望、場所、日程などはとくさんのブログをご参照ください~。
(このブログに参加表明コメントいただいてもOKです!また飛び入り参加もお待ちしています)

>>過去のこのブログのドイツ村記事(と、参加したときのクルマ)です~
2009年 シトロエンC5
2008年 サーブ900
2006年プジョー505
2005年 ルノーエスパス
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【てつどう】養老鉄道に生き残る近鉄の初期高性能車に感激する。

2010-05-14 | てつどう。


GWの滋賀方面GTの記事、もうしばらく続きます。しばしお付き合いいただけますと幸甚でございます。。。


ん?養老鉄道?
滋賀に行ったのではないの?

と思われる方も多いと思うのですが、今回、滋賀に行くに当たり宿を取るのが遅れてしまって、
とにかく宿が取れなかったのです。


滋賀県自体の魅力もさることながら、やはり滋賀は京都に近いので
京都で取れない分が滋賀に流れているのかな...。


ということで、ちょっと東京方面に戻ると宿に余裕が出てくるのを利用して
泊まった街は、大垣だったのでした。



ここから前回までの続き。
豊郷小を見た後は前述の通り最後のあがきで220系(モハ220)を見に
近江鉄道の多賀線に行ったんですが
やはりここも800系しかおらず。

で、そのまま彦根ICから宿に向かいました。
多賀大社も多賀の街も素敵だったのですが、ここは早く宿に入りたかったので
後ろ髪を引かれる思いで通過。




近江鉄道多賀大社駅にて。GW中で、多賀大社というそれ相応の観光地があるのに
街も駅も寂しい限りでした...。
というか、そういう自分もクルマで来ているわけで。心境は複雑です。



ところで。「大垣」と言えば言うまでもなく我々「鉄」には
大垣夜行の始発終着駅として心に刻まれている駅なのですが、
よく考えると数え切れないほど利用しているのに
大垣という駅がどんな街か、まったく知らなかったことに気がつきました...。



ちなみに駅ビルと反対側になんと大きなショッピングモールが出来ていて超びっくり。
というか、駅ビル側ではない駅前に何があったのか...そもそも知らないんです。




駅とモールを結ぶデッキから。再開発から取り残された好ましい建物。変電所?



夜は食事をしに、初めて駅前を散策。涼しい夕暮れ。気持ちよかった。



駅前ロータリーからすぐの交差点の角に半分廃墟みたいな古いビル。
昭和30~40年代に建築されて、中途半端な時期ゆえに保存されることもなく、
壊されるしか運命が残されていないようなこの手の建物も好き。
こういう古いコンクリ物件の前に国産旧車を置いて写真撮りたい(汗





ホテルに帰ったらバタンと倒れてそのまま眠ってしまったので、
その分、朝は早めに起きてホテルのバイキングでしっかり朝食を食べ、
いざ、「養老鉄道」に乗りに大垣駅に向かいます。




ここも以前から「行かないと、行かないと」と思っていた路線です。
かつて(20年くらい前)「近鉄養老線」だった時代、
桑名から懐かしの421系で大垣まで乗りとおして以来の訪問。
しかもその間に近鉄子会社で経営が分離された「養老鉄道」になってしまっていました。


今回は次に控えている予定があったため時間もないので、
乗ったことのない大垣から北の区間、大垣~揖斐までを乗ることにしました。





大垣駅前ロータリーからチラ見えする610系。
編成番号D11。旧車号は1901-6109-1801。両端は旧名古屋線系1800系、
中間車は貴重な南大阪線系6900系の生き残り。6900系は6000系の登場当初の形式。
3両とも昭和30年代後期~40年代初期製。


ご覧の通り、嬉しいことに養老鉄道になってから塗装が近鉄の旧塗装(マルーン1色)に戻っていて、
昭和30年代~40年代製の近鉄電車の格好良さを存分に引き出してくれています!
平成22年の光景とは思えない(号泣



で、駅に入り、乗りこんだ揖斐行きはこれ。



621F、D21編成。旧車号6011-6012-6106で、6000系初期車の転属。
小四角2段の旧タイプ尾灯に激しく萌えます。まだこんなのが残っているとは(涙



ほんとは「マジもんの旧ラビットカー6800系の残党」である600系D06編成に乗りたかったんですが、
まあ1本しかないし、そうそう会えるものでもないので仕方ない。
個人的にはわずかな区間ながらも、近鉄系統の車両、しかも古い車両に乗れるとあって
大満足なわけです(^^;



車内。
最近更新されて内装材などが近代的な装いになったようですが、
扇風機、近鉄の初期高性能車らしさを醸し出す高くて丸い屋根、
両開きの幅広関通路、長い吊革、蛍光灯のグローブ、柱のないシート袖仕切りなど、
この雰囲気もたまらんですねえ。






あっという間に終点揖斐。そのまま折り返し電車に乗って大垣に戻り、今度はC5でもういちど揖斐駅に来たのでパシャリと撮影。
C5の黒モール化、(しつこいようですが)ほんといいわ(自画自賛w)。





これまた古くて素敵な木造駅舎。大正8年に開業した初代養老鉄道時代からのものなのでしょうか?
長い歴史の中で、この路線は参宮急行時代なども経ているわけで、なんだか感動ですねえ。



もいっちょwithC5。ずんぐりむっくり。猫背。しかもクジラっぽい。
掴みどころのないスタイル。


アンテナがホテルの駐車場格納用に下に曲がったままですなw


ということで、このあともすぐには東京には帰らず、次なる場所へと向かったのでした...。


つづく。




>>しかしまあ、見てください、この艶のある塗装の美しさ!
40年以上前!に作られた電車なのに、一向に古く感じませんし、とにかく電車が綺麗です。
どんどん取りかえる鉄道会社もある中、なんだか考えさせられますよね。
現場の保守は大変なのかもしれませんし、経営状況や経営方針の違いなのでしょうが、
大事に使うってことの素晴らしさを見た気がします。


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【旅の途中に】旧豊郷小学校訪問。

2010-05-12 | できごと。


ええと、言い訳しません。
一種の聖地巡礼ってやつです...。


昨年6月から公開が始まった、豊郷町の「旧豊郷小学校」。
1937(昭和12)年、アメリカ人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計によって建設されて以来
なんと2004(平成16)年まで現役で使われていた由緒正しい校舎なのです。

いろいろ保存にまつわるゴタゴタがあったようですが(wiki参照のこと)、
当時としては珍しい「白亜の教育殿堂」と呼ばれた建築当時の姿を再現すべく、大規模改修工事も
徹底して本来の意匠を大切にした(門扉やサッシは当時の姿に近づけるなど)好ましい
方法がとられたこともあって、とても素晴らしい状態で今なお見ることが出来るのは
嬉しいことだと思います。


ヴォーリズは近江八幡に住み、滋賀県を中心に関西地方に数多くの魅力的な建築を残していますが、
それ以外にも「滋賀県と言えば」のメンソレータムで有名な近江兄弟社の前身の設立者であったり、
実はキリスト教の伝道者としての役割も持っていたりと、いろいろな顔を持っていたようです。



それはさておき、この魅力的な建築物がなぜ「聖地」なのかといいますと、
深夜に放映されて人気のあるアニメ「けいおん!」の舞台だからなのですね。
アニメは基本的にもう見無くなったんですが、
この「けいおん!」は、見てしまってます。
京都アニメーションがつくるクオリティの高い映像とか、話の軽妙さとか、
まあ、要するに、面白いんですよこれが(^^;


で、せっかく滋賀県/近江鉄道沿線まで来たんだから、近代建築としても興味があるので
思い切って行ってみることにしたのですが...。


それが、公開後初めてのGWということもあって、
想像以上にすごい人出でした(^^;
ちなみに、駐車場は痛車でいっぱいでした
(あまりのカルチャーショックに写真を撮るのを忘れた^^;)。



駐車場は校舎のまえ。降りて改めて見回せば、たしかにそこは
劇中の世界なり。




まずは左側の建物へ。ここは、「報徳記念館(図書館)」。
建設当時はこの学校の図書館としてだけではなく、
周囲の住人への教育振興を目指して自由に利用できる施設だったらしい。
考え方としてとても進んでいたんですね。





で、その内部。カフェやら観光案内所などが入っていて、
とにかく人がいっぱい。
豊郷町ではこの建物が聖地になっていることを利用して、町おこしに使っている様子。



高い天井、各部の意匠が素晴らしい。見事な復元+改修工事です。




そしていよいよ本館に突入。



両翼120m以上あると言われる、象徴的な長い廊下。



こんな美しい学校で最近まで授業を受けていた子供たちがうらやましい。
でも整備的にはちょっとキレイにしすぎている気も
(建設当時を再現したとしてもあの当時ではこんな感じではなかっただろう...)。



階段もこれまたステキなのです。



手摺に造作されているのは、うさぎとかめ。



劇中でも頻繁に出てくるので、何だろうと思っていました。
これは、階段を上るうちにストーリーが完結するという凝ったもの。
最初はいっしょに並ぶうさぎとかめ(画像右)。
でも途中の踊り場付近でうさぎは休んでいて、結果かめが勝つ(画面左)のです。




さて階段を登っていきます。

重要な舞台のひとつである音楽室は、唯一ともいえる3階にあるのですぐわかります。


音楽室へのアプローチ。
意図的に丸窓の中の意匠などを変えてある以外は、
作画(背景画)の正確さに驚かされます。
って、その劇中写真が無いと比較するものが無いですよね(汗





で、部室=音楽室。
要するにけいおん、というストーリーは、女子高生の軽音楽部の話なのですが、
その部室がこの音楽室というわけです。



ファンが持ち寄った寄贈品でいっぱい...そして人もいっぱい(^^;

形状こそ違いますが、授業用の机を集めたテーブルセットも用意されていて、
ご丁寧にも模型でティーセットまで置いてある凝りっぷり(汗

ちなみに、なんで音楽室でお茶が出せるのか、の謎が解けました。
給湯室らしきものがあったので、そこで湯沸かしてるんでしょうね。




最後に講堂を。



主人公たちが演奏したりするんですが、ここ、体育館では無かったんだと知りました。
床が、舞台に向かって緩やかに傾斜していて、木製のいい仕事で作られた長椅子は作り付けだったんですね...。


ここは人もあまりおらず、皆椅子に腰かけてぼうっとしていたので、ieもしばし
ひんやりとした適度な涼しさの、古い建物のいいかおりがするこの講堂で
椅子に座って微睡んでしましました。

ところで雨の日の体育はいったいどこでしたのでしょう????




>>ちなみにいろんな人が来ていまして...劇中に出てくるキャラのコスプレさん...
ちなみに、どちらも♂の方でございました(^^;




>>後ろには痛車も並んでおりまする...。

>>すみません、今回は作品見た方で無いと分からない内容でお送りいたしました(謝
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【てつどう】ひこにゃんに萌え死に&近江鉄道ミュージアムへ。

2010-05-10 | てつどう。
朝のうちに近江鉄道の古い木造駅舎めぐりを終わらせた後、向かったのは彦根駅。


彦根駅前の大きな公共駐車場にC5を停め、彦根の市内をぐるりと回る彦根ご城下巡回バスに乗って彦根城に向かいます。


この「彦根ご城下巡回バス」、近江鉄道が運行しているのですが、
なんと、ボンネットバスなのです。これは乗らないわけにはいきません。



もと江若(こうじゃく)鉄道のいすゞBXD30(1967年製)で、ボディは帝国ボディ製。







最近巷間にあふれるシビリアンなどマイクロバスをベースにしたボンネットバスでは
絶対に出ない「ほんもののレトロ(ieがよく使う表現ですが^^;)」。



200円を払い、ボンネットバスらしさを味わうため、いちばん後ろに陣取ります(^^



この丸みは、現代のバスにはありえません!椅子のすぐ後ろがもう壁というのもなんだか斬新。



ボランティアのおじさんによる彦根ガイドつき!
初夏のようなさわやかな風が窓から流れ込み、ieはかなりご機嫌でした♪



ちなみに、乗り心地は相当に悪いです(汗
最後部はなおさらのこと。よく舗装されたはずの現代の道路でさえ体が上下にシェイクするほどの揺れ方でした...。
昔は未舗装で、この揺れで、このシートで遠出をしていたはず...大変だったんだなあ(涙





バスなのに長くて大きなボンネットのある、今の時代では斬新な光景。
古いながらもバス自体はよく整備されていて、ギアもちゃんと入るようでしたし、
轟音を立てるディーゼルエンジンも好調の様子。
それにしても音が大きい割に速度が出ないのもまた愛嬌。


琵琶湖畔などをまわり、30分ほど懐かしい乗り味を味わって(実は酔いそうだった^^;)、
彦根城前に到着。



見事な天守閣 日本でも数少ない当時からの建造物!



まずはざあっと彦根城の遺構を存分に楽しみ、いよいよ10時半...



10時半になると、あれが出てくるのですよ...。


それは...


ひこにゃん!







ひこにゃん、キターーーーーーーーーー








やばい、ほんとにやばい。
2007年にこのゆるきゃらが出て以来3年、ついに会えたのですが、
それにしても想像以上にかわいい...






動きが読めない。
妙に機敏。
いきなり振り返って決めポーズ。
いろんな小道具を持って、愛嬌いっぱいに動きまわります♪

最初はかなりの人垣でなかなか見られなかったのですが、
だんだん空いてきていちばん前に陣取れるようになりました。

見に来る人が多いので係員の指示に従ってこまめに後ろの列と前の列が交代していくのですが、
すき始めると人垣の端のほうではもう、ずっと前まで行っていいような状況で、
30分の間、結局食い入るように見っぱなしw






ああ、もう一回見たい!それくらい、可愛かった!




彦根城&ひこにゃんを堪能したあと向かったのは、「近江鉄道ミュージアム」

ここは、かつて近江鉄道名物?だった彦根駅わきの廃車おきばだった側線を、
駅前の整備に伴い鉄道車両を保存展示する施設として再整備したところで、
GWや連休、夏休みなど多客期に限定してオープンしているようです。



彦根駅の自由通路から見る。もと西武401系の右に並ぶ古典機3両の隣の線路から右がミュージアム。



200円という安い入場料を払い、入るとLEカー(LE10形)がお出迎え。


奥には3両のED31とロコ1101、ED14が並びます。

LE10形は、電化私鉄であった近江鉄道がコストダウンのために1986年に導入した
富士重工製のレールバスです。

でも実際にはレールバス特有の耐久力の無さなどから、わずか10年で使用中止。
5両あったこの車両も、この1両残してすべて解体されてしまいました。





国鉄から近江鉄道にわたった4両すべての姿を今なお見ることのできるED14。
しかもそのうち2両は車籍を有しています。

電気品、車体ともにすべて舶来品なのがこのED14の特徴。
製造はアメリカのGEです。日本に来たのは大正15年!どひゃああ!

国鉄時代は東京口の東海道線や中央線で活躍していたとの事。
でもそれが昭和ヒトケタとかの時代ですから、この機関車の持つ歴史には
ただただ脱帽するばかり。
ちなみに近江には昭和40年代に来たようです。




国鉄時代のぶどう色塗装に復元されたED14の4号機。





ED14と並ぶはロコ1101。もと阪和鉄道(いまのJR阪和線)。
いまとなっては大変貴重な阪和鉄道の生き残りです。




これがお目当てだったモハ220。820系と並ぶ。
乗りに行って全然走っていなかったんですけど、どうも構内にいたのを数えると全部彦根にいた様子(涙




ミュージアムでぜひ見たかった、いかにも近江な外観を持つ旧型車両、500系。
左の506編成はまだ車籍があるとのことですが、
もう何年も動いていない様子。

近代的な外観ですが、足回りは釣りかけ。
16m・3扉という好ましいスタイルを持つ車両です。




その足回り、西武の釣りかけ車でおなじみFS-40。ちなみにモハ220もこの台車。
乗りたかったなあ。




>>で、支線の多賀線なら単行が往復している程度の輸送量しかないはずだと思い、
このあと高宮駅に向かったんですが、待っていたのは800系...どひゃあ...
モハ220を追いかけるの、ちょっと遅かったのかもしれません。


>>家に帰ってきて調べたら、本線筋にはもうモハ220は事実上走っていないとかなんとか...ええええー(涙
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【てつどう】近江鉄道の愛しき木造駅舎~鳥居本・彦根口・新八日市・桜川駅

2010-05-07 | てつどう。
昨年のGWに続いて、「混んでいるのにGT(グランドツーリング)」を今年も強行してまいりました。


最初は2泊3日で岡山方面に行く予定だったのですが、結局残念なことに
昨年同様1泊2日(といいつつ、フルフルに2日使う)に。


どこに行こうかいろいろ迷いましたが、思い立ったように近江鉄道方面に行く事にしたのでした。


理由は、近江にいる現役つりかけ車「モハ220」を乗りに&古い木造駅舎を撮りに。
それともうひとつ、昨年から公開されているヴォーリズ設計の元小学校「豊郷小学校群」を見に...。



東京を5/1(土)の23:30に出発。中央道を西へ。途中休み休みしつつ、
目的地である彦根ICには5時半に到着しました。



基本的にはクルマでめぐることになりますが、まず向かったのが、国道8号沿いに建つ
素敵な洋風建築の駅舎、鳥居本(とりいもと)駅。
幾度か8号線を通ったことがあり、いつかちゃんと撮ってやろう!と思っていた駅です。




瀟洒な洋風建築。1931(昭和6)年の開業時以来の変わらぬたたずまいに感動。





時間は朝6時前。国道を往来するクルマもなく、電車もまだ来ない早朝、誰もいないこの駅には
静かな時間が流れていました...。






古い建物でもサッシュがアルミ枠になっていたりするものですが、たぶんこの駅は
ほとんど出来た時のままなのではないでしょうか。
約80年。どんな風に、この激動の時代を眺めてきたのでしょうね。




続いて向かったのが、彦根から2つめの駅、彦根口駅。



ひええ、これは古い。手前のトイレが結構モダンでステキ。
あいにく建築された年数はわかりません。ただ言えることは、この駅、
相当長いこと手を入れられていないであることです。
古そう、とか、古く見せる、とかではない、年月が醸し出すほんものの古さがあります。
彦根からたった2駅目なのに(^^;







偶然にも回送電車が。いまや近江の主力になった、もと西武401系の800系。
これは地元のゆるきゃらのラッピング車。
バックの綺麗なマンションと古い古い駅舎との対比が凄い...。



その足で国道8号線を下り、新八日市駅へ。
この駅も由緒正しい、古い歴史を持つ駅です。



近江鉄道の前身でもある湖南鉄道の本社屋だった駅で、
1913(大正13)年!開業時の駅舎というのだから、これもすごい。
ほんまものの「大正浪漫」な駅舎なのです。





緑色なのは表だけ...。




この駅も相当長い年月、手を入れられていないように思います...。木組みの改札なんて
何年ぶりに見たでしょう(涙




古い古いベンチ!これもいったい何十年前のものなのでしょう!




八日市駅に行き、C5を停めてちょっと電車に乗ることにしました。
事前の調査では、八日市から貴生川(きぶがわ)までの間は、モハ220が良く使われているとのこと、
わずかではありますが釣りかけの走りでも堪能しようと思ったのでした。





でも、待っていた貴生川行きは820系。さきほどの800系同様、もと西武401系なのですが、
こちらは外観に大きな手を入れていないため、別形式になりました。
もと西武沿線住民としては、数え切れないほど乗った401系に乗れるのは嬉しいので、
折り返し八日市に戻る電車がモハ220であることを期待して、そのまま820系に乗りこみます。
車体裾の切り欠きが特徴ですが、これは元来カーブのきつい近江鉄道に
西武の20m級電車が入線した際に、そのままでは運行に支障をきたす(建築限界に障る)ため、
車端部をカットするという大胆な方法を取った結果です。






GWで時間も早い下り方面、車内はガラガラです。なつかしい401系の車内に感激。





近江鉄道の特徴に、小さい鉄道でありながら自社工場の技術力がとても高いことが
上げられます。
譲渡されて来た車両たちは、ワンマン化工事、前面の改造なども全部自社工場でしてしまうのですが、
驚きはブレーキを電気指令式にまで改造できること!
見たことのないブレーキレバーが、近江らしさを物語ります。





八日市駅から数駅、桜川駅にて下車。ここは交換可能駅で、上りの800系とすれ違いです。
むむむ、この運用もモハ220ではないのか...。




で、この桜川駅もまた古い。
さっきの新八日市駅が大正なら、この駅はなんと明治時代!
1900(明治33)年開業時のままだそうで、ただただ驚き!





朝の光が格子の改札に長い影を落とします。





映画のセットみたいな雰囲気の駅舎です...。



で、いよいよ上り電車が来る時間。
今度こそモハ220が来るだろう、と思っていたら、来たのはこれ





700系、あかね号!!!


うーん、これは運がいいのか悪いのか(^^;
1998年の八日市駅が新しくなった記念に、技術力の高い近江鉄道の自社工場が
元西武401系を徹底的に改造して作り上げた「ロマンスカー」。
800・820系と種車が同じとは思えない。
運用は他の車両と共通なので、地元でもなかなか乗れないそう。
乗ると運がいいとか言われているとかいないとか(^^





車内。
JR東日本の185系が車内リニューアルをした際に発生した転換クロスシートが並んでます。
側窓も固定だし、蛍光灯にはグローブカバーもついているし(!)、
これはなかなかどうして立派なロマンスカーです。






というわけで、八日市駅に戻ってきました。
広告車の800系がお出迎え。


ここでまたC5に乗って、次なる目的地に向かうのでありました。
ちなみにこの段階でまだ朝8時15分(^^;
早起きは三文の徳なのでした。






>>今回はいろいろ回るところがあり、近江にじっくり乗れなかったのが残念です。
ちなみにこの日、ここまでの段階では八日市線系では
モハ220は1両も動いていないようでした...。
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【シトロエンC5】ついに「アレ」をやってみた。その2。

2010-05-05 | シトロエンC5。
先日ついにぶっといバンパー/サイドモールを黒くして、
一気に本場の雰囲気(謎)を出すことに成功?した小生のC5。


「めざせ本場仕様」の次のステップに選んだのが...








って、この写真じゃわかりにくいですね(^^;










ドギューーーーン




「HDi」のエンブレム付けました(^^;

これでエセ欧風仕様にまた近づきました(汗
トリムレベル*エンジンの組み合わせででいえば「SX2.2HDi」かな~
(ちなみに先代初期型C5は、X、SX、エクスクルーシブのトリムラインがあったようです)。

まあ、ほんと些細な喜びです(汗

あとはホイルとミラーの同色化!







というわけで現地仕様2態
うひゃ、HDiのエンブレム貼り付け位置はもっと低いのね(涙



日本ではHDiという名前は全然メジャーじゃないので
まさかセルフ以外のスタンドで店員さんに軽油を給油されることは
無いと思うのですが(^^;




>>今年のGWのお出かけのことは次回以降書いていきます...
なにはともあれひさしぶりのG・Tでしたけど、
さすがにミドルクラス・ハイドロシトロエン、とにかく遠出がラクでした。うひょひょ。




>>某駅にて。
さすがに古い洋風建築と似合いますね。トップの画像も、同じ鉄道会社の洋風建築です。

>>追記。
HDiのエンブレムは、旧型C5用の本物です。
買ったのはココ
いろいろフランス車の純正ものがあって面白いので、ぜひ見てみてください~。
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【セダン蒐集癖】Vol.225 物議を醸した「新解釈スカイライン」V35

2010-05-04 | セダン蒐集癖。

さて、本日の一台は、スカイラインV35です。


当コーナーに出るたびに、果たして、スカイラインとはなんぞや、
という話になってしまうスカイラインというクルマなのですが、
このV35スカイラインもまた、「スカイラインとはなんぞや」な思いを巡らせる一台ですね。






本来ローレルなどにとって代わる本格的スポーツセダン「XVL」として
モーターショーに出品された一台が、「スカイライン」の名前を冠して登場したのがこのV35のなりたち(らしい)です。

なので、形式も、「35」という数字こそ引き継いでいますが、R35とはならず、
V35という新系列で(R35がGT-Rの形式になったときは泣きました^^;)登場しました。


もとがロングノーズ、ロングホイールベース、ビッグキャビン、V6エンジンといった設計のXVLは、
スカイラインの代名詞にもなってしまっていた狭いキャビン、長いリアオーバーハング、
直6エンジン+ターボ、丸4灯テール、男くさい内装などを一切捨て、
こんなのスカイラインでは無い!と、物議をかもしだしたのは記憶に新しいところでです。



ieはスカイラインには思い入れがあるのですが、果たしてV35はスカイラインなのか、否か、
という話になったとき、これはスカイラインではないし、でもスカイラインだ、と思うのです。


たしかにV35は、もとはXVLだから、スカイラインの文法は持たない。
アイデンティティの放棄、とも言えるかもしれない。
だけど、実は家族にもやさしいファミリーカーのような側面も持ちつつ、
FRでドライブを楽しめるクルマであるならば、
常にその時代の中で先進の「GTカー」であるならば、
それはスカイラインと呼んでもいいのでは?それこそスカイラインのDNAなのかもしれない。




>>個人的に、V35とV36は、日本車で買いたいクルマです。車内は広いし、
エンジンはVQで文句はないですし、デザインは大好き。国産では白眉な存在だと思います。
V35はもう10年近いと思いますが、古くなっていないですよね。

>>ただ、3.5L、3.7Lのスカイラインを誰が望んでいるんだろ?って気持ちは捨てきれない。
いつも言いますが、3シリーズみたいなコンパクトなプレミアムスポーツセダンになってくれないかなあ。2Lメインの。
まあ、その当時当時のもっとも性能が高いエンジンを積んだセダンがスカイライン、という解釈もあるわけで、
そう思うと3.5Lなどを積むという姿もありなのかなあ。

>>ってことで、結局スカイラインとはなんぞや、っていうことに答えは出せていません(汗


>>ちなみに、写真は後期型。さすがに丸テールランプの廃止はまずかったのか、
この後期型から現在のV36も、丸テールは復活しています...。
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