Retrospective...

イラストレーター/ライター遠藤イヅルの困った嗜好をばらす場所

<セダン蒐集癖>Vol.38 尻下がりの哀歌(エレジー)~U13ブル

2006-10-31 | セダン蒐集癖。
日本では、「失敗するクルマ」の法則の中に、
「尻下がりのデザインのクルマ」というのがあります。

思い出すだけでも、2代目ブルーバード(410型)、2代目セドリック(130型)
(↑どっちもピニンファリーナデザイン...)、
レパードJフェリー、そして、このブルーバードU13(セダン系統)...。

に、日産ばっかりやないかw


で。尻下がりブルーバード、U13のセダン系。
これもまた、かなりの尻下がりデザインで、正直なところ失敗してしまったクルマです。
4ドアハードトップとして用意された「ARX」(アークス)シリーズはそこそこ出たので、
後期型になってからはすっかりこちらがメインキャラクターに...
(というか、セダン系は存在無視!ってくらいに出てこなくなった...)。
そんなこんなで、U13が出たときの「ブルーバード×2」計画は、頓挫してしまいました。

そんな、U13セダンのセダンのプロファイルは、たしかに、流麗な尻下がり。


でも。もうおわかりのことかと思いますが、
僕はこのクルマのデザイン、大好きです^^
ありきたりのARXシリーズに対して、これはモダン・デザインです。
古くなるどころか、今見ても新鮮!



>>乗れば901運動をひきずっていた頃の日産車ですから、とても良いクルマです。
あ、いいかも、これ。プリメーラよりも「ハズシ」度が高いですものね!

>>この写真のクルマは13インチのホイルキャップから察するに、
SSS(スリーエス)ではなく、EEX(イークス)で、エンジンはたぶんGA16DS...
1600ccのブル!し、渋すぎる!
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青ガエル、渋谷にカエル

2006-10-30 | てつどう。
びっくりしました。

鉄道のニュースはそれなりに追っていたので、これはほんとにびっくり。

東急(旧)5000系、渋谷駅前に設置



東急が、昭和29年に東横線にデビューさせた5000系。
ある意味、戦後の東急のアイコンであり、シンボルでありました。
現在は東急からは引退し、熊本で残党が活躍を見せるのみです。


東急といえば渋谷。
この渋谷に、モニュメント(!)として運び込まれた5000系。
日曜の朝、見に行ってみました。


す、すげえ違和感...

やっぱり鉄道車両は、台車や床下があってのものなのだと
改めて思わされる次第。
しかも、18mあった車体は、無惨に間抜きされて、まるでデフォルメ模型。


残すことに異存はありません。
ただ、何だかちょっと変。
街の景観ともマッチしていないし。
説明書きを見ると、恒久設置ぽいだけに、ちょっと気になるのが
屋根もないから荒廃しちゃうし、場所柄、破壊・落書きなどもされかねない事。
東急の自らのアイコンを渋谷という街に設置するからには
それなりの維持管理は無論行われるにせよ、
実際の処、このモニュメントの企画や管理は渋谷区...。

どうか、せめてこのまま、荒らされないことを祈ります。


>>「渋谷に据えられた5000系」。
このことに言いたいことは数あれど、
この設置に関わった関係者の方々も、
ほんとうはそのまま車両を置きたかったのでは無いでしょうか。
しかも、ここまでの道程はさぞ大変だっただろうなあ。
そう思うと、例えカットされても、床下が無くても、ハチ公前に電車を置こうと
思い、実行された方々には頭が下がるなあ、と思い始めてきました。
そして、渋谷に5000系が帰ってきたことを、祝福したくなりました。
おかえりなさい。

>>といいつつ、やっぱり完全な状態で置いて欲しかったです...
今の状態は、タイヤのないF1が博物館にあるようなものなので...。



>>帰ってきた5000系。渋谷の新鋭ビル、Q-FRONTを映し出して何を思う...。
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日曜出勤と、古本まつり

2006-10-29 | できごと。
今日は日曜ですが、急遽出社することになりました。
結局、夕方、日が落ちるくらいまでかかってしまいましたが、
帰りに会社のある街・神保町の秋のイベント、
神田ブックフェスティバル神田古本まつりに立ち寄りました。


こちらは第47回、歴史ある古本まつり。
神保町の古書街が開催するまつりです。


で、こちらはすずらん通りを全部閉鎖して開催される、神田ブックフェスティバル。
神保町界隈は小学館、集英社などをはじめとして出版社が集中しているので、
これら大小の出版社が集まるイベントです。

帰りがてらで、しかももう終了間際。
時間もあまり無い状態でしたのでざっと見ただけで、何も買えずじまいで
ちょっと残念。
というのも、このふたつのお祭り会場、広すぎるんですよ^^;


>>さすがにちょっと今日は疲れた。
家に帰って、夕飯の後、葛湯を飲みました。

手前が抹茶葛湯

>>ウチでは寒くなると良く飲むんですが、カラダがぽかぽか暖まって気持ちがいいです。
甘いので、疲れも取れますし!

>>神保町の古本屋ってすごく良くできたシステムが出来ているのです。
おのおのの古本屋は、それぞれ得意なジャンルを持っているので、
もし、そのお店にあまり自分の店で扱っていない本が持ち込まれても、
その本を求めている、もしくはその本の価値がわかる古本屋にちゃんと流通する
システムがあるそうなんです。
これなら、すごく価値のある本なのにその価値がわからないので値段が付けられない、などの
問題はありませんものね。
このシステムが、地上げなどにも屈しなかった、神田古本街の強さだと言われています。
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Se promener dans le Parc de Komazawa

2006-10-28 | できごと。
今週は日曜に急遽出社せねばならなくなり、土曜日はのんびり過ごすことにしました。

先週は土日FBMで、でも明けてから仕事で毎日遅い状態が続いたため、
先週の疲れも残っている状態。
嫁さまに至っては、FBM明けの月曜から金曜まで、神戸に出張...。


ゆっくり起きて、少し家の片づけをして、午後1時過ぎ。
先週構ってあげられなかったアニスを連れて
ちょうといい陽気の中、お散歩です。


休日のアニスとのお散歩は、だいたい駒沢公園。
家から片道、約15分。遠くなく近くなくでちょうど良い距離感。


この公園の外周路は豊かな緑に包まれているので、こころ洗われます。


すでに陽差しは晩秋の気配...

公園内を抜けて、向かったのは、KOMAZAWA RESTAURANT
駒沢公園の西ゲート正面にある、アジアンテイストの店構えの店です。
ここ、昼はとにかく混むので、時間をちょっとずらして来ました。
ちなみにペットOKで、犬用のメニューも充実しています。


あまりこういうところに来たことがない上、落ち着きのないアニスですが、
なんとかじっと出来ている様子。

徒歩だから、飲んじゃう。午後の、まったりとした時間を楽しもう。
飲んだのは、白桃のサンガリア。美味。
右端に写っている黄色いのは、カボチャのサラダ。芳醇な甘みが最高でした。



このお店、ランチがオススメ。
サラダ、パスタ、デザート、ドリンクがついて1200~1300円。
今回頼んだのは小海老とキャベツのパスタ。
オリーブオイルと塩胡椒、キャベツ、小海老だけの味付けなのに、これがうまい。



>>なんだか散歩の気持ちいい時期になって、気持ちがいいですね。

>>ちなみに今週はラニョッティが来るもてぎのイベントに行きたかったのですが、断念。
仕方ないとはいえ、ああ、ルノー乗りの神、見てみたかったです。

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<セダン蒐集癖>Vol.37 プジョー406

2006-10-26 | セダン蒐集癖。
今週はFBMの興奮も冷めやらぬ?ということで、フランス車をチョイス。
プジョー最後のベルリーヌ・ピニンファリーナ、406をお送りします。


デビューは1996年。そう、もう10年前なんですね。早いなあ。
そして、まったく旧くならないこのデザインの素晴らしさよ...


映画、TAXiの印象が強いですが、実際にはまっとうな、きわめて真面目なサルーンです。
広い車内、トランク、運転しやすいコンサバティブな設計。
そして、素晴らしい乗り心地とハンドリングの両立。
トータルバランスの高さでは、デザインコンシャスな現行の407を越えているのでは?
そう思うと、最後の「実用的プジョーのミドルサルーン」になってしまうのかもしれません。


>>便利なブレークもいいですが、あえて僕はベルリーヌを選びたい。
中古価格が安めというのもあるんですが、この流麗なデザインは、セダン・ボディならではだと
思うからです。

>>前期のSTあたり、安くていいですね。装備もオミットされているし、
比較的大きなボディにあんまりパワーのない2L。そのドンガラさも、魅力的です。
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FBM2006~出会いの日曜日

2006-10-24 | いう゛ぇんと

そんな感じで夜はふけ...結局みんな寝たのは午前2時。
でものんびりしてはいられない。当日参加組の宿命、
いい場所確保のためには早起きが必要なのです。

なんとか5時半に起床。仕事の疲れと505ダウンでダメージ受けた
ねこさわ君以外の男3人+お茶班長ねこさわ嫁さまの4人で、
会場を目指します。


白んだ朝。一面の枯葉。白樺。そして旧いルノー。



やはり欧州車、こういう景色とのマッチングは抜群なのです...


大門峠を越え、いよいよ車山へ登ります。
蓼科の貸別荘は車山まで約20分。この近さも魅力的。

白サンも頑張って登ってきます。


去年までとは当日駐車場が少し変わっていて、思いも寄らない場所に停めることに
なりましたが、端っこで、クルマの後ろに十分なスペースを確保出来たので大満足。

これで505が並んでいれば...(おとっつあん、それは言わない約束でしょ...T_T)

8時過ぎに、宿でゆっくり支度をしていた女性陣を迎えに行って、
これで全員集合。今年は例年の楽しみだった青空の下のワインも止めて、
お茶会となりました。
でもこの空気、青空の下で、丁寧に淹れられたお茶を飲むのは最高なのです!

そんな中、いろいろな人が訪ねてきて下さいましたが、中でも嬉しかったのが
ウチのR19(渋子さん)の最初のオーナーさん親子が来て下さったこと!
そう、息子さんは僕のブログにも良くカキコんでくれるガジュマル君です。
R19がまだ元気で走っていることに感動してくださったご様子で、
僕もすごく嬉しかったです!

そして、その時、なんと和歌山でR19の16Sにお乗りの田吾作さんも
来て下さっていたのです。
数少ないR19オーナーが2人、そして新車で渋子を買われたオーナーご家族が
集まったのでした...クルマが作る、クルマが紡ぐ出会いの糸。なんて素敵なのでしょう(T_T)


相変わらず当日は写真を撮らないのですが、そんな中からいくつか...

田吾作さんのR19 16S。

シートがほんとにいいし、座ったときの視界感、サイズ感、どれをとっても
R19の「丁度良い・加減」がさらに強調される感じで、すごく魅力的でした。


会場、店舗通り。今年も大盛況。でもあんまり積極的に店の中は回りませんでした。
勿体なかったかなあ...。

そしてご本人にはお会いできずじまいでしたが、もと愛車を引き継いで下さった
ぼりさんの2CV6。

元気そうで何より。もと自分の車に会場で出会える嬉しさっていいですね。


このあと、サンク乗りのしいさんやミツナリさんなど、たくさんの方が
遊びに来てくれました。
それにまだ会っていない人がいっぱい...
だけど、もう少しこの場所にいたかったけど、僕らは行かねばなりません。
そう、麓に505が待っているんです。

ねこさわ君と僕がR19で茅野に降り、とくさんひなさんとは、ここでお別れ。
R18は、残りの5人を乗せて蓼科に戻りました。

ちなみに帰路、茅野へ降りるルートはいくつかありますが、
オススメはビーナスラインまわりです。
会場出口を右折せず、左折して登る方向になります。
大門街道ですと、まず峠の交差点で渋滞、そして最後、茅野の市内で混みます。
が、ビーナスラインは大回りながらもガラガラ。
諏訪に降りてしまうので茅野まではちょっと走りますが、
それでも早く着ける可能性が高いです。
景色も良く、オススメ。
来年、お帰りの際はぜひ!
でもあの「仏車渋滞」は実際のところそんなにいやじゃないんですよね(爆


そして、茅野へ。
かわいそうに505,もう少しだったのにここでお留守番でした。
会場でいろんな方に「505がおぎのやにありますよね」って言われたんですが、納得。
こりゃ、目立つわ...

しかしまあ、なんて美しいクルマなんだろう(うっとり......


このあと、近所のマツダで預かって頂けることになりました。
後日陸送を手配して、東京に戻します(Nさん、名案ありがとうございました)。

R19は蓼科に戻り、そして後夜祭。
といいつつ、全員帰るんですが、貸別荘で仮眠したり、のんびりご飯食べたりして
時間を使い、ゆっくり帰ると渋滞にはまったく巻き込まれないのは嬉しいのですね。



>>帰る頃にはすっかり雨、しかも大雨。
でも2台の旧いルノーは7人と荷物でフルロードの中、無事に帰ってきました。
いつもながら感心するのが、こういうときに疲れさせないフランス車のチカラ。
外装ぼろい地味な我がR19ですが、今回ステアリングを預けて久しぶりに助手席で
その凄さを堪能しました。
なんてスゴイクルマなんだろう...乗り心地、そしてリズム、落ち着き。
背筋に走るゾクゾク感。でもそれは、
スピードが出るとか、そういう凄さから来るものでは無いことは言うまでも無いことです。


>>これがまさに仏車、まさにルノー、まさにギザルノーの真骨頂なんですね。

>>それにしても今回はいろいろありました。でも結果オーライ、やっぱり楽しかったです。
何をするでもないイベントですが、この魅力を知ると抜け出せないです。

また来年、車山でお会いしましょう!


以下、参加の備忘録...
1994 R5バカラ
1995 R5バカラ
1996 R5バカラ
1997 アルファスッド1.2ti+シトロエンBX16TRS(ボビーヌ)
1998 R5GTLフランセーズ+R9TSE
1999 シトロエンXANTIA+ルノーtwingo
2000 プジョー206XT+ルノーTWINGO+プジョー306 
2001 シトロエン2CVチャールストン+ルノー5GTL+ルノールーテシアRXT
2002 シトロエン2CVチャールストン+ルノー4GTL+アルファ146ti+ルノールーテシアRXT
2003 シトロエン2CVチャールストン+ルノー4GTL+シトロエンZXブレーク
2004 R18ターボ+ルノーエスパスRXE
2005 R19TXE+R18ターボ+ルノーエスパスRXE
2006 R19TXE+R18ターボ+R5オートマチック+(プジョー505V6)
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FBM2006~頑張った土曜日

2006-10-24 | いう゛ぇんと
フランス車乗りの盆&正月、フレンチブルーミーティング2006に参加して参りました。

始まる直前は仕事がきつく、でも心はそわそわでした。
子供が遠足に行く前に感じるワクワク感と同じです。
FBM参加、という事も大事ですが、
むしろ最近はその前の日とその晩の過ごし方も毎年の楽しみです。

まずは土曜日。
この日は行楽渋滞を考え早く出たものの、それでも関越はかなりの数珠繋ぎ。
車山は中央道でいつも行くのに、なんで関越?かといいますと、
今年は月曜日の休みが取れなかったので、いつもその日に行く軽井沢を
前倒しで土曜日に行くことに決めていたからなのです。

で、今回、ご一緒に軽井沢に行ってくれたのが

とく@TWINGOな日々さんの奥様、hinaさんの白サン。
すでにこの状態でギザルノー会ですw

渋滞はおなじみの上里までで、以降は順調。
碓井軽井沢で降り、一路軽井沢へ。天候は抜群!
時間が余り無いので、旧軽の三笠通りでハムやチーズを買ったあと紅葉の綺麗な雲場池へ。

風が少しあったため水面にさざ波が立ってしまいましたが、凪だともっとキレイです。


紅葉にはもう少し、の時期でしたが、いくつかの木々は目を射る赤を纏っていました。


雲場池からは中軽井沢へ移動。
で、ここも毎年来てるんですが、石の教会 内村鑑三記念堂へ。

お恥ずかしながらここで挙式をあげたもんで...^^;

ここからすぐ近くにある「村民食堂」で昼食にしました。

そ、そんみん!?ですが、こんなにモダン。

料理はどれも美味しいのですが、中でも杏仁豆腐が最高。
濃厚な甘み、食感、固さと柔らかさのバランス、どれをとってもイチバンだと思います。

いやほんとにうまいんすよ^^


さてさて、軽井沢を駆け足でまわり午後2時にいよいよ車山方面へ出発。
実は白サン、キャブレターの調子がり悪く、どうやって車山まで行こうかと考えていたのですが、
思い切って標高は高いけど近道の「麦草峠」まわりで行くことに決めました。

佐久から小淵沢の方へ抜ける国道141号を下り佐久穂(旧・八千穂)へ。
ここからいよいよ299号・麦草峠へ...という時、ねこさわ君君から電話が...。
ご存じの通り、僕と経堂で、じゃない、共同でプジョー505 V6を所有してるので
今回自分の車であるラグナが壊れてるため、今年はその505でこちらに向かっていたのですが、
なんと....

505、オートマからATFをぶちまけてしまった
との連絡。と、とほほ.....
とりあえずだましだまし茅野方面に向かい、みんなで合流して考えることに。
なので僕ら5+19のセットも、急いで峠に挑みました。




ところが。
白サンも登坂の傾斜がきつくなってきた頃にオーバーヒート。
冷やしても走らない状態に陥りました。
アイドルが弱い白サンは、常にチョークをひいて回転を出しているため
通常よりも熱が多く出るのと、排気から戻るホースが外れて高温の熱がエンジンルームに
こもってしまったのが原因だと思われます。
などなどしていたところ今回のもう一台の同行車、tauko君のルノー18が通りがかりました!
この道を通るとは聞いていたけど、なんという偶然!

これまたギザルノー会w



とりあえずこのサンクでは麦草は越えられないと判断。
しかも、茅野から大門峠越えもムズカシイと考え、
車山まで行くにしても僕らの宿は蓼科の貸別荘なので、
傾斜の緩い佐久~国道142号という上回りのルートを選択。
299号を佐久穂まで、そして141号を佐久まで戻ることに決めました。

tauko君+R18はとりあえず大急ぎで峠越えして、なんとか茅野に辿り着いているであろう
ねこさわ君の505と合流して処遇を決めねば為らず、早速スタートして行きました。

や、やべぇR18、マジでかっこよすぎ


白サンは真っ黒だったプラグを磨いてなんとかエンジンを始動、
佐久でプラグ自体を交換、多少なり調子を取り戻したものの
宿までたどり着けるかはみんなでヒヤヒヤ。
でも選択したルートは傾斜が緩めで時間も遅くなってきて通行量も無く、
R5+R19はなんとか無事に蓼科に到着しました。


一方の505はやはりもうダメで、動かないわけでなないにせよATFの漏れが非道いので
車山に行くことを断念、茅野の「おぎのや」にお断りを入れて「放置(号泣)」することに...
そして救援に向かったR18に5人+荷物をぎゅうぎゅうに詰め込んで、
彼らが蓼科に着いたのが夜の8時過ぎ。
みんな、お疲れ様でした...ほんとに(涙


ねこさわ君もぐったり。
それにしてもtauko君の彼女の料理は今年も旨かった...。


>>しかし、今回の4台はすごい顔ぶれ。
イチバン新しいのが僕のR19(1992年)で、あとはみんな80年代...

>>このあとの宴はすごい盛り上がり。
結局、この夜が楽しくて、大好きで、僕らはまたこうしてここにやってくる。
とくにこの日はみんなでアタマをひねり、なんとか頑張ってみんなたどり着けたのも
嬉しかったし...。お酒と、おいしいお料理で、ほんとに幸せな夜でした。
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フランス製カメラ<FOCA>の魅力

2006-10-18 | かめら。

今日はフランスのカメラ、FOCA(フォカ)をご紹介します。
このカメラの成立背景、作られ方などはフランス車好きには面白い話だと思います。





フォカを製造していたOPL社
Optique et Precision de Levallois(ルバロワ光学精機)は戦前からあるメーカーで、
主に軍用の光学器械を製造していたそうです。
ですが第二次世界大戦でフランスはドイツに侵攻され、工場は接収されてしまいました。
そして、ドイツ向けの光学機器製造という「屈辱」を味わうことになったのでした。
その頃、実は水面下で進められていたカメラ製造への思いは、
でも接収のもとでも途切れることなく1942年にはプロトタイプ(後のPF1の原型)を開発。
その後ご存知のように連合国は勝利し、晴れてパリは解放され、
このカメラは直後の1945年5月に「フォカPF2」として発売されることになったのです。



フォカは、大まかに分類すると「ライカコピー」に属します。
ライカがどのようなカメラで、どんな歴史を持っているのかを説明すると
とんでもなく長くなるので端折りますが、
ライカは、素晴らしい解像度と描写力を持つレンズと、
当時のカメラ製作の最高技術を持って作られてきました。
その性能の高さは、他のメーカーが常に目標にするほどのものでした。

多くのメーカーがライカを模倣し、参考にして、様々なカメラを生み出したのでした。
以前紹介した旧ソ連の一連のゾルキ、FEDなどもライカコピーですし、
いまや世界に冠たるメーカーになったキヤノンやニコンも、
一眼レフを作る前はライカに範を取る構造のカメラを作っていたのです。



ですが、フォカはライカコピーとは少々スタンスが違います。
むしろ、フォカは、徹底してライカになろうとしていないのです。
こうなると、コピーというよりは、ライカ型、という区分に収めるべきなのです。


それはなぜか。

フランスは戦勝国ですから、ライカの特許や、仕様・機構を使うことは出来ました。
その技術で、素晴らしいカメラが作れたに違いない。
しかし、それに倣わなかったのです。
スクリューマウントの径は36ミリで、ライカLマウントに合いません。
距離計の位置、連動方法、シャッターの駆動なども、徹底して「同じではない」のです。
他のライカコピーは、まさにコピーだった。独自の解釈を施しつつも、
基本は「ライカ」があったのです。
でも、フォカは反骨精神だけで設計されているようなカメラ。
これはまさに、フランスが当時おかれていた時代背景が生んだ特徴と言えるものでしょう。


フォカは、結局ライカフォーマットを採用しなかった故の
その「狭い世界」のために消え去り、現在は作られていません。
製造年月は短く、戦後~1960年代のようです。


しびれるぅ!MADE IN FRANCEの刻印(ボケてるけどw)!


僕のフォカは、UNIVERSELと呼ばれるモデルです。
「ユニバーサル」ではなく、フランス語読みで「ユニヴェルセル」と
呼ぶことにしています^^;。
出来は、超絶工業製品である同時期のライカと較べると、劣ります。
ですが、決して安っぽくはありません。ライカの出来が良すぎるだけです!?
機構的には当時のライカよりも進んだ部分も多く、
特に白眉は、このユニヴェルセルから採用された、
ライカに先駆けての技術・バヨネットマウント。
それまでのねじ込みではなく、ボタンを押して取り外す方式です。

ちなみに使い勝手はそんなに良くないw。
フォカを使っていると、つくづくライカはすごいなと唸るばかり。
でも、フランス製品に弱い僕は、「フランス製」というだけでクラクラだし、
このカメラの成立した背景、そして「なんでこういう作り方なの?」っていう造りも、
フランス車的でとっても魅力的なのです。


>>などといろいろ書いていますが、実はフィルムを通していません(汗
雨の日にしっとりと写るというフォカのレンズ、どのようなものなのか楽しみです。
追って、ご報告したいと思います。

>>ついてきたレンズはOPLAR(オプラール)50ミリf2.8。
資料が少ないのですが、4群5枚のダブルガウス型だそうです。
なんでもレンズが弱いそうで、僕のも表面のコーティング、チョイはがれです^^:


>>今回の記事は、こちらを参考にしています。フォカでこんなに詳しいサイトは、
日本でここだけかと思います。
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<セダン蒐集癖> Vol.36 ポンティアック・グランプリ

2006-10-17 | セダン蒐集癖。
一時期、アメ車らしいアメ車が売れていたと思うんですよね。正規で。
それが、80年代後半から90年代前半頃。

というのもその頃って、
マーキュリーとか、ビュイックとか、トーラスセダンとか、
アメリカの街角にふつうにいるようなクルマが多かった気がするんです。

いまや正規輸入の経たれたGMのいちブランド、ポンティアックもそんな感じで、
当時ふつうに売れてふつうに町中で走っていたような。



今日の一台、ポンティアック・グランプリも、
グランダムと並んで結構見かけたように記憶してます。
いかにも80年代後半のアメ車然としたデザイン、なかなかいいですね。
ただ、個人的にはこういうスポーティ路線のアメリカンセダンよりは
前述のビュイックあたりがぐっと来るんですが(^^;




>>ポンティアックというコトバは、ネイティブ・アメリカンの酋長の名前から
取ったそうです。なんだかカッコイイ。

>>それにしてもこのグランプリを当時新車で買った人を尊敬したいと思うんです。
今よりもガイシャが浸透していない時代に、
アメ車、しかもグランプリを選ぶ視点ってすごい!

>>なお、いまのグランプリはこんなんみたいです。
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遠州小紀行

2006-10-15 | できごと。
今日は先日亡くなった浜松のおじいちゃん(義父の父)のお墓参りに
遠州へ日帰りで行ってきましたが、今回は浜松の家に行く途中でいろいろ立ち寄って来ました。

まずは、森町。袋井インターから30分ほど北にあります。
森の石松で有名な、小さいけれど素敵な「里山の町」です。
ここの農家で、次郎柿を買いました。


収穫は始まったばかりですが、さすが天皇家に献上される柿。
その大きなサイズにびっくり。


その次は我が家のお茶のほぼすべてを賄う(笑)おさだ苑へ。

ここの本店、落ち着いた雰囲気で好きです。


買っても買わなくても出して貰える、すんごくおいしい緑茶と
お茶うけのお菓子。今回は抹茶くずきり。美味。


そのあと浜松市内へ移動しお墓参りを済ませたあと
ちょっと僕ひとりで時間を潰さねばばらず、とりあえず浜松駅へ向かいました。


目的は、コレ↓



ルノー・マスターベースのバス!
一時期そこそこな台数が日本に導入されたこのバス、実は乗ったことが無かったワタシ。
ついに初乗車です。
うーん、ルノーマスターがふつうに街を走っているのってよく考えたらスゴイし、シュール!


注目のダッシュボード。
先代ルーテシアの時代あたりのデザイン・テイスト。まさにルノー...。うう、すごい。


市内のループバスなので乗車賃は100円。これで、遠州病院前バス停で降り、
そのまますぐ脇の遠州鉄道の鉄道線に乗車(とはいえ新浜松まで2駅)。


わずかな区間ながらも高架区間。小さな高架駅に、近代化された小さな2両編成の
電車が行き来する完成された地方中小私鉄の姿。かっこいいです。


そんなこんなでこのあと家族と合流し
高速の登り渋滞を避けるべく急いで帰宅。
駆け足の、初秋を感じさせる遠州旅でした。

...結局その後、事故渋滞にはまってしまいましたが...(涙




>>来週のFBMもお願いします、な、我が愛車渋子(R19)。
相変わらず素晴らしいクルージング性能を披露。
いやあ、ラクチンラクチン。
あ、ちなみに後ろに小さく写っている白い壁に蒼い窓枠のお店は、
タルトで有名な「キルフェボン」の浜松店。
何を隠そう、銀座や青山・代官山にある店って印象のキルフェボン、
なんと実はここが本店なのです!
東京の友人に話してもまず信じてくれないんですが(爆
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秋だから、505に乗ろう

2006-10-13 | プジョー505 V6
ようやく涼しい風が吹くようになり、エアコン無いクルマでも昼間乗れるようになりました。

で、ご存知、エアコンが動かないプジョー505さんも、
このところ稼働率が大幅に向上しております。

お休みだったこのあいだの月曜日は嫁様が出社だったので、東京駅方面の会社まで送りました。
クルマは505、アニスも一緒です。


送り届けたあとで空いた都内を気持ちよく走り、着いたのは代々木公園。
原宿駅のそばに広大に広がる公園です。


初秋だけど日差しは厳しい。


しかしかっこいいクルマだなあ。


位置を変えて。ギラリと光る美しきデザイン。


アニスと公園をお散歩。
代々木公園といえば、よく大学の時に授業サボって寝てたなあ...。


東京のど真ん中にあるとは思えない広い空。


深い森のよう。ひんやりとしていて快適。


まるで海外の公園。美しい噴水。


アニスも楽しそう。


>>結局気持ちよくて長居してしまいました。
そしたら結構気温が上がって、黒革シートの505ではちょっと暑かった(w

>>あ、そうそうガソリン臭いのは原因がわかりました。
給油口あたりのパイプが、無理矢理太いものをかしめてつけてあったらしい。
あ、あぶにゃあ(静岡東部弁)!
でもまだちょっと臭うときあり...
直してくれた宮前オート曰く、しばらくは臭いは残るとは言うのだけど...。
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いよいよFBM2006!

2006-10-12 | いう゛ぇんと
いやはや、今年もやって来ます、フレンチブルーミーティング!

仕事忙しいんですが、この日は這ってでも行きます。
ということで、いよいよ10日前!

昨年も書きましたが、
素晴らしい信州の高原の空気の中、大好きなフランス車を眺めながらワインを飲む。
そして会いたい人達に会える...。

ほんと、クルマが好きでもそうでなくても、フランス車に乗っていてもいなくても、
どんな人でも楽しめる、素敵なイベント、それがFBM!


ということで、今年の予定です。

10/21(土曜日)
●夕方4時頃、フリマ会場に到着。
少し見たら、宿(蓼科にある貸別荘)に出発


10/22(日曜日)
●早朝、宿出発。会場の当日参加者用Pの砂利駐、会場に下っていけるクルマを
眺められるポジションを目指します。
●夕方3~4時頃出発、宿へ帰ります
●また昨年みたいに、なんとなく皆さんと集まれたらいいなと思います。
●今年は日帰りです。


いつも楽しみ、前泊の宿。
昨年の様子です。R18+R19の枯れたセダンが、枯葉のうえに佇む...
この景色、日本には見えません!



>>拙ブログ内のFBMに関する記事でございます。

2004年
フレンチブルーに行って来た。
FBMに行って来た。2
FBMに行って来た。3

2005年
FBM2005<土曜日>
FBM2005<日曜日>

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10代目カローラに思ういくつかのこと

2006-10-11 | くるま。
カローラがいよいよ10代目にスイッチしましたね。

正直言って、カローラは偉大なクルマではあります。
気になるんです。日本のスタンダード・セダンとして。

でも...正直、第一印象は「うーん」でした。

トヨタのデザインって、昔からどうしてこう妙なプレスラインでデザインの差別化を
はかるんだろう、って思うんです。
今度のカローラもCピラーの途中からトランクに向かって、奇妙なラインが入っています。




こういうデザイン、トヨタのクルマには多い。
視覚的効果をねらって...云々ということですが、基本的なデザインの美しさでそういうのは
出して欲しいものです。ハイ。

先代マーク2のサイド、肩部分にに前から後ろまで走る前傾姿勢のキャラクターライン
(このせいでボディ後半のフェンダーが妙に貧相に見える)、
最近ではプレミオ・アリオン(カルディナ)のボディ下部に走るキックアップライン。
現行カムリの複雑怪奇なトランクハッチの造形...。
とか、結構あります。



それに、今度のカローラはなんかこう、デザインが素直じゃない印象。
根本的な要因として全体的にラインの指向性がバラバラ
(これの最たる例がアルファード)に見えるんですよ...。
各パーツ、各ラインのまとまり感が無い感じ。
現行ヴィッツ、ベルタあたりと同様、見ていてすっきりしません。

そう思うと先代カローラのデザインはシンプル。でも、よほど見飽きなくて良い感じです。



それと。これはカローラのせいではないんですが、
10代目カローラが今日出たこと、自分は知りませんでした。
僕が生まれたころ、いや80年代、90年代初頭くらいまで
カローラがフルチェンジとなれば、それは社会的にも大きなニュースだったはずです。


もはやクルマが趣味や道具としての嗜好品から、家電のようなものになりつつある昨今。
それと前から思う持論、「日本人の中に、根本的には車が好きな人は少ない」ということも
ますます進んでしまったような気がしています。



それともうひとつ。
4年でフルチェンジする必要があるとはまったく思えないんです。
20年前なら、4年たてばクルマは古くなった。でも今はどうでしょう?
前のカローラ、どこも古く見えないですよね。
なぜ、キッチリ4年でチェンジしないといけないのでしょうか?
6年、7年となぜ国産車は作れないんでしょうか?
ユーザーは本当にこの頻度でのモデルチェンジを望んでいるのでしょうか?
マーケティングがそうさせると言うならば、4年おきにモデルチェンジしないと
クルマが売れないようなマーケティングにしてるのはメーカー自身ではないのでしょうか?

あ、まだあります。
今度のカローラはついにカローラ+サブネームになりました。
コロナのように、消滅してしまうかもしれません。
ライバルの日産からはもうサニーの名前も無いです。
でも、カローラもサニーも、初心を忘れがちになっているからこそ
ユーザーからオヤジくさい、古いイメージと思われてしまったのではないでしょうか。
免許を取ったばかりのユーザーも、家族も、定年を迎えるお父さんも、
みんな楽しく、憧れるようなクルマに戻れないのでしょうか。
シンプルで、小さくて、装備も最低限でよい。かつてカローラやサニーがいたポジション
のくるまって、出来ないものなのでしょうか...。


>>なんだか久しぶりにいろいろ書いちゃいました。
古いクルマにしがみついている懐古趣味の男の戯れ言だと思って流して下さい...(^^;
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大阪出張と和歌山の旅

2006-10-09 | てつどう。

10月5日(木)、この日は出張でした。場所は新大阪。
なんと、18時半から打ち合わせ(笑
会社を15時に出て、15時33分発ののぞみで出発!

...打ち合わせは20時半頃終わり。
21時18分の最終の新幹線まで、今回同行の上司、
うらケンさんと軽く、でも楽しく飲みました。


....でも。
僕は帰らなかったんです^^
丁度この出張翌日に、遅めの分割夏休み(1)が入れてあったので、
思い切って関西にステイ!したのでした。


今回は、実に10年以上訪ねていない和歌山方面を目指しました。
まずは、一気に御坊(ごぼう)まで下ることに。
ここからは、「紀州鉄道」が走っています。
なんと営業距離わずか2.7キロ!小さな小さな鉄道です。
高校のときに訪問する機会を逃し、それ以来やっと行けた!

とりあえず、電車の写真をば。


和歌山駅にて。103系。
関東地区では絶滅してしまった標準型通勤電車103系は、
ここ阪和線ではまだまだ大活躍。
低運転台+非ユニット窓、クモハ基幹の懐かしい4両編成(Mc+M+T+Tc)が
ばんばん走っています。
奥の381系もまだまだ主力。国鉄型天国♪



和歌山から御坊までは、113系。
旧阪和色の未更新中間車と、JR西日本特有の延命工事を施した先頭車の組み合わせ。


そして和歌山から約1時間で御坊に到着。
ここから、いよいよ紀州鉄道に乗車です。


レースバス!じゃじゃーん

もと北条鉄道にいた車両です。
このレールバス(なんと2軸)は一時期第三セクター私鉄では多く見られ、
一時代を築いた車両ですが、最近は代替が進み残りわずかになりました。


車内もバスっぽい


草生すガタガタの細いレールの上を20キロ前後でゆっくり走ります


そしてわずか6分で終点西御坊に到着。
な、なんか駅舎の建物が傾いているんですが...(涙


正直言って、すげぇボロい駅です...
いやほんと、すごい放置プレイです。
廃屋のような感じです。


折り返しまで時間があったので、途中駅だけど紀州鉄道のメインの駅である
紀伊御坊まで歩いて向かいます。2駅、15分くらい。
ここに、紀州鉄道のもう一両の実働車、もと大分交通のキハ603が休んでいました。
残念ながらこの日は走っていませんでした。


紀州鉄道という会社、実は鉄道部門は「鉄道会社の不動産部門」という信用を得るため
「ネームバリュー」で持っているだけで、
実際は観光やリゾート・不動産を得意とする会社なのです。
これは、かつてここは「御坊臨港鉄道」と呼ばれていた路線でしたが、
1970年代に他の中小地方私鉄同様に廃止が取りだたされました。
そこで、名乗りを上げたのが東京の磐梯電鉄不動産。
この会社が1973年、御坊臨港鉄道を買収、「紀州鉄道」に社名を変更して
現在に至っています。
実際、千代田区の水道橋駅から、ビルの屋上に掲げられた大きな紀州鉄道の文字を
見ることが出来ます。
まさか、水道橋界隈を行き交う多くの方々は、
この鉄道がこんな小さな、「ほったらかされ感いっぱい」な
風情であるなんて思いもしないでしょう。

この紀州鉄道、区間短縮などはあったものの、幸いなことに廃止の声は聞かれません。
いつまでも御坊市民の足として、活躍してほしいと思います。
なんというか、短いながらも暖かい感じのする鉄道でした。



御坊から和歌山へ戻ったあと、南海の和歌山市駅へ移動するためにJRで移動です。
105系。うーん、かっこいい。
それにしても市内のターミナル連絡なのに本数が1時間に1本程度っていうのは...(泣



さあ、ここからは南海電鉄を楽しみましょう。
しかも、なかなか乗れない和歌山市方面の南海の支線を...。
和歌山市駅界隈に、南海はいくつか小さな支線を持っているのですが
どれも盲腸線で、乗り潰すには時間がかかるのです。
この機会に乗ることにしたのでした。


まずは加太線(かだせん)。
加太軽便鉄道が1912年に開業させた、歴史ある路線です。
路線は9キロ程度。
市街地を進みますが、終点が近づくと急に海が開き、山の中へ入っていきます。
そこを、17m級の2扉車が2両で行き来する姿はかなり興味深いです。


終点加太駅。1925年築、こちらも歴史ある駅舎。


今度は多奈川線へ。
多奈川線は和歌山市駅から数駅のみさき公園駅から出る、小さな支線。
もとは疎開してきた軍需工場への通勤の足として、1944年に開業しました。
その後、淡路航路と四国航路が路線の途中にある深日港(ふけこう)から発着することになり、
難波から淡路連絡の急行の運転が開始されました。
ですが、淡路航路は泉佐野港発着に変更されてしまったため深日港はすっかり寂れ、
直通急行も1993年に廃止され、以降多奈川線は2両編成のワンマン列車が
のんびり往復するだけの寂しい路線になってしまったのでした。



多奈川駅。すごく寂しい駅です...。
広くて長いホームがかつての姿を思わせてくれます。


さて、支線めぐりの最後は和歌山港線へ。
ふたたび和歌山市駅に戻ります。
終点和歌山港駅で南海フェリーの四国航路に連絡している路線なのですが、
これがまた乗るのが大変。
というのも、本数が少ないのです。
1時間に1本どころか、2時間に1本の時間帯もあるくらい。
今回は加太線・多奈川線を乗って時間を調整し、なんとか和歌山港へ行くことが出来ました。


終点和歌山港駅。遠くにフェリー。


あたりは完全に港の風景です。



そんなこんなで難波へ戻り、新大阪へ出て新幹線で帰京。
いやはや、観光地には行かず(涙)、乗りっぱなしの旅。
でもなかなか乗りたくて行けなかった各路線に行けて良かった。
だけど、和歌山県、もっとゆっくり見て回りたかったです...。




>>新大阪へ行く道中。御堂筋線が地上に出るころには
あたりはすっかり夕暮れです。
御堂筋線のこのあたり、すごく好きなんですよね。
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<セダン蒐集癖> Vol.35 好ましき哉、190E(W201)

2006-10-06 | セダン蒐集癖。

現行メルセデスもいいのはわかっています。
だけど、ファッションを覚えてしまい、質実さを少し忘れちゃったのかな、って
思わなくもありません。

そんな今日この頃。
とりあげるのは、190Eです。
一時期、BMW3シリーズ(W30)と並んで六本木でイチバン見る外車の
ひとつだったこのクルマ。
それまで「コンパクト」と呼ばれていたW123シリーズよりも小さいモデルとして、
その名もズバリ「190シリーズ」という名前で1980年代中葉に登場、
瞬く間に世界中で大ヒットとなりました。




今見ても素晴らしいボディデザインは、メルセデス以外の何者でもないことを
主張します。
それにしても、小さい!
全長は4.5Mに満たず、幅は5ナンバーサイズ。
コロナやプリメーラとほぼ同寸。
この小ささも魅力的ですね、今となっては。
小ベンツなどと揶揄されましたが、作り込み、
岩のようなボディ、故あってそうなった、という意味のあるデザインなど、
まさに僕の思うメルセデス、最後の一花という感じがします
(ちなみに最後の最後の一花は初代Cクラスかな...と思うんですが)。
W123などに比べれば、それでもクオリティが落ちたと言われたかもしれませんが、
それでも今見るとこの190シリーズ、二度と作れないマスプロ品のかほりがプンプン。
ライカのカメラと同じですね。
「もう、二度と作れない、こんなオーバークオリティで!」というアレです...。


>>この写真のはサイドにサッコ・プレート(プロテクター)もないし、
好ましいこと好ましいこと。
出来れば大きく三ツ矢マークの入ったホイルキャップならなおヨシ、でした。
といいつつ、個人的に買うのなら190E-2.6とか、考えます。あえて^^

>>190には、パワーウインドウのない最廉価仕様・アンファングってのがありましたね。
懐かしいです。

>>最善か、無か。
この強烈なキャッチコピーが真実だった時代。
1本ワイパーにも、助手席側のミラーが正方形型だったのも、
屋根に走る溝の意味も、リアランプのギザギザにも、
すべて意味があった...これこそがメルセデスなのです。
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