Retrospective...

イラストレーター/ライター遠藤イヅルの困った嗜好をばらす場所

【セダン蒐集癖】Vol.89 漢(おとこ)の買い換え マーキュリーグランドマーキー

2008-01-30 | セダン蒐集癖。
今日の一台は「マーキュリー グランドマーキー」です。


このコーナーにお越しになっている方で
「あ」って思っていただけると嬉しいのですが、
かつて一度、「マーキュリーグランドマーキス」は登場しております
(ディーラーでの販売名に合わせて、今回はグランドマーキーにしました)。


前回掲載はこれですね




でも本日のは、現行型(とはいえもう8年くらい出てから経ってるけど)!







気が付きましたか?

......そうなんです......写真をご覧になると分かると思うのですが





グランドマーキーを買い換えてますw


ちなみにマーキュリーを入れていたクインランド・カーズ(旧近鉄モータース)は
すでに業務を終了していて、いまは「フォーピラーズ」なる会社で販売してるとのこと。
し、知らなかった!







>>このオーナー、漢(おとこ)だわ...(涙

>>グランドマーキー、そして兄弟車のリンカーン・タウンカー、フォード・クラウンビクトリアは
すべて生産中止となって、いまは在庫販売のみみたいですよ。

>>後継は未定...とのことですので、
フォードのアメリカン・フルサイズFRの終焉は近いのですね(号泣

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近所の戦争遺構を訪ねる~韓国会館へ

2008-01-28 | ズバリその他のこと。

東京でも第二次大戦の遺構はどんどんなくなっていますが、
それが近所に残っていたりすると「えっ!」って思ったりします。



自分の住んでいる街の近所に、池尻というエリアがあります。
このあたりは、旧日本陸軍の施設がたくさんある場所だったそうです。

池尻や三宿には、病院・大きな公園・団地・学校などが整然と並んでいますが、
それはこの地域が広い軍用地を転用したことの証ということになります。


世田谷に兵営のための施設が移転してきたのは明治中期ころ。
現在、そのうち野砲兵第1聯隊の東部186部隊が使った木造兵舎1棟が
俗称「韓国会館」として残っています。




住宅街に忽然と存在する、時代が完全に止まった明らかに古い建物。
窓は割れ、荒廃しているように見えるのですが、
現在も利用されているとのことでした。



>>この界隈にはまだほかにも戦争の遺構は点在しています。
機会を見て、たずねてみようかなって思っています。
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【セダン蒐集癖】Vol.88 早すぎたイタリアンデザイン 日産セドリック(130型)

2008-01-23 | セダン蒐集癖。
またまた古い車が続きます。


セドリック。
いまや名称さえも残っていませんが、いうまでもなく日産高級車の代名詞でした。


戦後の技術水準が国際的に遅れていた日本の自動車メーカーはこぞって
外国メーカーのノックダウン生産を進め、日産はオースチンをそのパートナーにしました。
セドリックは、それによって得た技術を持って、オースチンA50ケンブリッジのかわりに1960年に登場しました。
縦目4灯、ラウンドしたフロントウインドウ、テールフィン風の処理、
水平基調のデザインはアメリカ車の影響を色濃く受けたものでした。



で、今日の一台はセドリックの2代目、130型です。


品5ナンバー!




それまでのアメリカン路線から一転、
引き継いだのは初代モデルのマイナーチェンジで変更になった横デュアルのヘッドライトくらい。

今見ても美しいこの車のデザインは、なんとあのピニンファリーナ。
1960年代中葉で、イタリアン・カロッツエリアにデザインを依頼するなんて大胆ですよね!


といいつつ、
実はこのころにイタリアンデザインまとったクルマって結構ありますよね。
ミケロッティ→日野コンテッサ、プリンススカイラインスポーツ、
ヴィニャーレ→ダイハツコンパーノ、
ピニンファリーナ→日産ブルーバード410系、セドリック130系、
ジウジアーロ→117クーペ、
スカリオーネ→プリンス1900スポーツ(市販無)、
ベルトーネ→マツダルーチェ...などなど。


まあ、実はこのころこのデザインは日本には早すぎたのか、
このセドリックはぜんぜん売れなくて、
後期型では水平基調のフロントデザイン・ボディラインに変更されてしまうんですよねえ。
これは同じくピニンデザインのブルーバード410型も同じ運命だったようで。



この130型をもって、別設計のセド・グロはおわり、完全な兄弟車になるのでした。



>>このひとすげえ... 130何台持ってるんだあ(涙

>>すごい余談ですが、この130型セド前期型のテールランプは
ウルトラセブンのポインターに流用されてます(^^

>>このあとの230型とかだと西部警察でバンバン壊されるので
親しいイメージがあります(爆
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憧れの”ザ・ブリフェンズ”

2008-01-18 | くるま。

ieは現在36歳です。

クルマに興味を持ったのはいつかはわからないほど小さいときからなのですが、
それでも、リアルに「欲しい」「乗ってみたい」
などという気持ちに駆り立てられ始めたのは、
高校に入り、2年生くらいからではないでしょうか。

免許もない、むろんお金もない。
でも、憧れのクルマはいっぱいありました。


中高一貫で一緒に通っていた猫澤君と
ガクランのまま、当時尾山台にあったジヤクスにルノー21や25を見に行ったり
R32スカイラインに荻窪のアプリーテで興奮したり、
ディーラーにはよく通ってましたっけ。

年でいうと、1988年とか89年とか90年頃。



だから、このころに「!」って思ったクルマは、
やはり今でもグっと来るものがあるんですよね。




先日、サーブ900を購入したシーコネクションさんに
用があって行ったところ、店の裏にこんな2台が置いてありました。




ザ・ブリフェンズ。ってこのことです。


この2台、お分かりでしょうか?


どちらも、ドイツの高性能車です。
いまとなっては小さく、パワーも少ないのですが、
やたらに大きく過大なエンジンを積んで肥大化したクルマよりも
魅力的に映るのは、頭が固いからなのでしょうか。



そう、奥は、アウディ・クワトロ。
2代目アウディ80に存在したアウディクーペをベースに、
4WD+ターボで武装したモデルです。
「クワトロ」はアウディの4WDモデル全般に付く名前ですが、
このクルマは単に「アウディ・クワトロ」と呼ばれます。
通称、「ビッグ・クワトロ」。
これのショートホイルベース(スポーツ・クワトロ)のGr.Bカーがかっこよかった...。



そして手前は、BMW・初代M3。
2.3Lの直4DOHCでした。
いまのM3はV8なので、なんだか隔世の感ありですねえ。



>>このころからM5やM6(M635)ってありまして、
286馬力のL6はまさにM1直系のエンジンでしたっけ。
いまやM3は420馬力、M6はV10で507馬力。どひええ。
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【サーブ900】 ipodをつけてみた。

2008-01-17 | サーブ900。

あまりカーオーディオにお金をかけないieです。

でも、購入した際にお店にタダでつけてもらったCDデッキではちょっと不便で、
家にあったipodを装着することにしました。


2CVに乗っていたときに、シガーライターのないあの車に合わせて
電池式のトランスミッターを持っていたのですが、
問題はipodの充電が恐ろしく早く切れてしまうことなので、
充電が出来るトランスミッターを探していました。


カー用品や家電の店では3000円とか5000円とかするので、
ここはヤフオクに走ります。


あるわあるわ安いのが...。

金額がどう機能に反映するか知る由もないie、
とりあえず安すぎも高すぎもしない1650円のトランスミッターを落札。


そして...


こんな感じ。シガーライターの位置がちょうどipodの操作にいい感じ。
クラシックなダッシュに今風機器。
なかなかだなあと自画自賛。

隠れるのは空調の温度調整だけど
背後に指を回すスペースが結構あるので
さして不便ではなく、
完全に隠れるシガーライター脇のスイッチも
左:内気循環への切り替え
右:リアウインドウデフロスタ
なのでノープロブレム。
このままでも押すことは出来ますし。



でも、問題は別のところに。


それは、

はげしく音が悪い

んです。

もとからスピーカーがたいしたことなくて通常のCDデッキでも
まるでAM聞いているような安い音しかしない状況だっただけに、
入りの悪いラジオをずっと聴いているような音割れにはちょっと閉口。

でもまあ...古いipodminiでも一応は何百曲も入れられるし、
CD換装とか不要だし、とりあえずは嬉しいieなのでした。




>>欧州の車にはシガーライターがイグニッションoffでも常時通電する
(ルノーがそう)ものがあって、こういう機器は要注意なのですが
サーブはエンジンオフと同時にライター電源も落ちるので導入に踏み切りました。

>>ただ、同時に欧州車にはライターの形状が
一般的なシガーライター向け機器に微妙に合わない形状のがあったりするので、
それも要注意。
うちのサーブは挿したら完全には固定されずに微妙に回転しちゃう...フィット感はいまいちって感じです。

>>音が悪いのはトランスミッターのチャンネルが4つしかなくて
雑音が入ったときに調整できる範囲が少ないからなのか、
トランスミッターが安いと性能も悪いからなのかわかりません。
詳しい方どなたか教えてください...(涙
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【セダン蒐集癖】Vol.87 まさかの棲息! FIAT131(2ドアセダン)

2008-01-16 | セダン蒐集癖。


ぎゃあ!しかもヴォルメトリーコ!


近所にはときおり「!?」って車がいたりしますが、
このフィアット131もそんな一台です。


131といえばWRCで3年連続チャンプになった131アバルトラリーを想像しますが、
これのベースになったのは、オバフェンのない131セダン。


1974年に、傑作と称された124の後継として、
ベルトーネがデザインしたシンプルでいまなお見飽きないモダンなボディを纏って登場。

なお131のサブネームともいえるミラフィオリ(直訳すると千の花?)は
フィアットの工場名。
なんかいいですね、こういうネーミング。


今でこそフィアットはFFでDOHCっていう感じがしますけど、
かつてはコンベンショナルなOHVエンジン+FRばっかり
作っていたんですねえ。
この131もたぶんにもれず、きわめてフツーなFRだったりします。

まあ途中から全部OHCかDOHCエンジンばかりになっていくのですが。
このあたり設計のエンジンがまたつい最近の車種まで(場合によっては現在も)
延々と改良されて搭載され続けてるのがまたいいんだなあ。




で、写真の車はアバルト製スーパーチャージャー(ヴォルメトリーコ)で武装した、
その名も「131 アバルト ヴォルメトリーコ」!


これのエンジン、たしかアバルトラリーと同じだったはずです。
いやあ、いいもの見せてもらったなあ(涙目



>>当時のカタログや写真で見るとでっかいイメージがあるんだけど、
この131の後釜がレガータ(リトモのセダン)だと思うと、
ほんとは小さい車だったんだなあって思っちゃいます。
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【セダン蒐集癖】Vol.86 ちょっとうれしい、2代目カローラ(E20系)

2008-01-09 | セダン蒐集癖。

いやあ懐かしいなあ このからし色...



なんだか古い車が続きますね(^^
今日は、1970年から発売された2代目カローラです。


初代カローラは、エントリーモデルであるパブリカと
コロナの間にある車格の開きを埋めるために企画されたモデルで、
1966年に登場。
ライバルであるサニーが1000ccで同年4月に発売されたことを受け、
カローラは1100ccを搭載して9月に登場。
「+100ccの余裕」という有名なキャッチコピーで知られています。
装備も当時の大衆車としては豊富で、爆発的なヒットとなりました。


2代目カローラは全体的にレベルアップを果たしだだけでなく、
1400cc「K型エンジン」の追加、DOHCモデル「レビン」の追加、
兄弟車であるスプリンターが用意されるなど、
その後のカローラ系の基礎を作ったともいえます。


それにしてもあれだけ見たこのカローラも
ほんとうにもう走っていませんよね。
大衆車は残りにくいんですね、やっぱり。


>>ふるい車を集めたミーティングなどに行ったりしても、
むしろこういう「なんでもないそのときの空気を運んできたような一台」
に猛烈に惹かれちゃうんですよね...(涙

>>「ちょっとうれしい」っていうのは当時のこのカローラのキャッチです。
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サーブ900、雪上試運転。

2008-01-06 | サーブ900。


言うまでもなく、サーブは冬の国・スウェーデンのクルマです。
寒さや雪・氷には強いという印象がもちろんあります。


ことさら、古いサーブ900は雪に強いという噂を聞いておりました。


そこで、年末年始の寒波襲来に合わせ(寒地・雪国にお住まいの方ごめんなさい)、
一年で秋にしか行かない、仏車の聖地ともいえる車山高原に
新しく新調したスタッドレスの性能試験も兼ねて行って来ました。
ちなみにタイヤはピレリの日本製スタッドレス、アイスキューブです。




中央道を諏訪で降り、
蓼科方面へビーナスラインを上がっていくと麓の晴天が嘘のような雪。

標高が高くなるにつれ、積雪も増えていきました。



蓼科東急リゾートにて。もちろん撮影に立ち寄っただけ(笑


外は氷点下8度。
でも強力な暖房に、強力なデフロスター。
気温が6度以下ではエアコンが作動しない900ですが、
それでも全然窓が曇らないし、
とにかく暖かい。それでいて、頭寒足熱が出来る優れた空調に
改めて感心。





写真の状況は無論序の口、このあと深い深い雪に埋もれていきます。
クラシック900は、そんな状況をものともせず、
まったく恐怖感を与えることなく、ハンドルを取られることも
不安定な挙動をすることもなくグイグイ走って行きます。

こりゃ、すげえ...
ほんとに雪に強いぞ...



ちなみにクラシック900のリアサスは
雪国の道路事情に合わせて固定軸の5リンク式。
リジッドサスのメリットは、車輪が常に路面に対して直立するので
タイヤの接地面積が最大限確保出来ることなんですが、
それが独立サスのクルマとどう違う動きをするかまでは
わかるはずもないieです(涙





白樺湖から車山を目指す途中の展望台に到着。
知らなかった。白樺湖って氷結するんだ(奥に見える白い原野みたいなのが湖)。



そして到着、車山のFBM会場。
もちろん誰もおらず、あるのはただ白い平野!



下りも怖くなかったです。
もちろん無謀な運転はしてないですが、ABSが早めに顔を出すこともなく、
きわめてコントローラブルでした。


うーん、結論。
クラシック900、すばらしい雪上性能です。
湾曲したウインドウは視界に優れ、着雪しにくいのか
とにかく雪でも運転がラクでした。
サイドシルが無いドア構造も、たしかに衣服が汚れない。
さすが、雪国のクルマは雪に強かった!さすがでした。



>>でも過去の所有車でいちばん雪に強かったのは2CVでした(笑

>>それから、これはびっくりしたんですけど
クラシック900、年式によってホイルのPCDやセンターハブのサイズが違います!
購入したお店でいただいたスタッドレス用のホイルが1987年くらいのホイルで、
1993年式の自分のとは合いませんでした。


>>わかりにくいですが奥のが履いていたホイル、手前のスタッドレス付きが貰った古いホイル。
適合しないのはホイル外して気が付いた...
なのでもちろん貰ったホイルに買ったスタッドレスを履かせてしまってた(涙
仕方ないのでホイルを戻し、古いホイルから冬タイヤを外し、
付いているホイルとその冬タイヤを交換し...でちょっと大変でした。

>>ピレリのアイスストームですが、満足しています。
まずドライ路面でも乗り心地の低下が少なく、
グニャリとするあのスタッドレス特有の操作感が希薄。
ロードノイズも少ないですし、グリップ力も充分。
で、もちろん雪上や氷上は性能は充分なレベル。オススメですよ。安いですし...。

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【セダン蒐集癖】Vol.85 華麗なるプリンスライン 日産グロリア(A30)

2008-01-05 | セダン蒐集癖。



3代目グロリア、A30型です。


1967年4月に登場。
インパクトのある縦目、プリンスロイヤルにも通じる水平基調の
美しいボディデザインはいつまでたっても忘れられませんね。


敗戦によって飛行機の製造が禁じられて発足した
隼などを生んだ立川飛行機のエンジニアたちが作り上げたプリンスの車。

そう、このクルマはその血統の生き残りなのです。

このグロリアA30型、製造メーカーこそ日産ですが、開発は事実上プリンス。
とはいえ日産との合併話が進行中の開発だったため
オリジナルのプリンス設計の要素は減らされ、
独創的だったリアサスペンションはド・ディオンアクスルからセドリックと共用の
リーフリジッドへ、エンジンも4気筒は日産製になるなど、
日産車との共通設計が推し進められました。

それでも70%はプリンス設計。
写真のグロリアはたぶん前期型のスーパー6ですから
プリンス製の2L直6・G7型エンジンなんですが、それもまた魅力的。
ただし、この直6も後期型から日産の直6、L20型に換えられてしまいました。


G7エンジンは日本の市販車で最初の直6エンジン。
しかも当時としては高度なSOHC設計でした。
このエンジンがS50型スカイライン(箱スカの前のモデル)に積まれ
シングルキャブレター・青GTバッジのGT(105馬力・のちにGT-B追加でGT-Aと称される)、
トリプルキャブレター・赤GTバッジのGT-B(125馬力)の
ふたつのスカイラインGTを生み出したのでした。

そう、そしてこのスカイラインGT-Bが、あの伝説のシーンを作ったのです。




>>話がスカイラインに逸れてしまいましたね(汗

>>ところでこのクルマも5ナンバーサイズ。でかく見えます。

>>プリンスと日産の合併は1966年8月に行われました。
合併の理由は、それまで国策で保護されてきた日本の自動車産業への
アメリカなど海外からの開放圧力、それに伴う
日本メーカーの国際競争力を強めるために、
2位の日産と4位のプリンスの合併が通産省主導の元勧められました。

日産は興銀、プリンスは住友銀行という異なる金融系列を越えた、
当時としては画期的な合併でした。
合併とはいえ実際は日産への吸収合併。
プリンスの名前は消滅することになりました。

>>ですので、合併後の1966年10月に登場したあの皇族専用車プリンスロイヤルは
登場時は「日産・プリンス・ロイヤル」でした。


>>それと、同様に「ザ・プリンス」とも言える2代目グロリア(S40型)も
1966年8月から1967年4月に3代目が出るまでのほんの数ヶ月は、なんと
「日産・プリンス・グロリア」だったんですね。
これは面白い。


>>いいなあ。このグロリア。売ってないかなあ(笑
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