海に吹く風

海の大好きな私
ここで皆さんとお話しましょう

日々思うこと、短歌についても書いていきます

沙羅の花の季節が終った

2009-06-30 17:08:42 | 短歌
昨日最後の3つ目の花が咲きかけていて、雨模様で夕方には半分開いた状態で止まっていた。
今朝もう落ちていた。
拾い上げるとちゃんと開いた形。
夜のうちに開いたのね。
人の思いとは関係なくこの世の色に染まる前に潔く散っていく花。
この世のことに不変のことなどなくすべては変わってゆく、でもそれを無常と思うよりそういうものだと今は思う。
人はいつか別れるために生きている・・・それでもいいのだ。


 人の世の色に染まらず逝きたしと真白なるまま夏椿落つ

  命あるものみないつか滅ぶべしつぶやくように沙羅の花落つ




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『店』

2009-06-29 20:08:02 | 短歌
選ばれぬ恨みをしんと潜ませて真白きコップ真夜に陳びぬ

うつし世の色をさらされ真白なるボーンチャイナの響き合う夜

思い出を盛り付けるには白すぎる食器が並ぶ雑貨屋の棚

褒め言葉浴びて女はデパートの鏡の中のうぬぼれを買う

ドミノ倒しのごと店員におじぎされ開店直後のデパートを行く

それぞれの過去隠すほど輝いて質流れセールに並ぶ宝石
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2009-06-29 08:08:37 | 日記
梅雨らしい梅雨にもならず暑い日が続いている。
今年は残暑が厳しいそうだ。
最近は7.8.9月と3ケ月がしっかり夏だ。
この暑さではさすが出好きの私も町並みを見て歩く一人旅にも出かけられない。
こういうときこそ短歌の勉強をしっかりして、絵も描けばいいのだ!

初々しく感性だけで詠えた初期の頃と違って、感性の泉も枯れがち。。
日々の雑事に追われていると柔らかい感性を保つのが難しい。
日常を暮らしていてももっともっと感度を上げて物事を見れるようにならなきゃ。
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沙羅の花が咲いた!写真

2009-06-27 08:39:20 | 日記
今朝2番目の花が咲いた。
後1個だけ。。
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『六月挽歌』

2009-06-26 14:59:42 | 短歌
『六月挽歌』より

六月のアート・フィルムずたずたに裁断されしままラッシュ・バックせよ

六月の挽歌うたはば開かれむ裏切りの季節一人の胸に

陽は昇る狂ひ損ねし日時計の悲しみ照らすために明日も

挑戦のまなざし受けて閉ざしたる白粉ケース二度と開かず

晒す身はもはや持たねば白妙のたましひ纏へ一条さゆり

ひとり生(あ)れひとり死すとふ人界に蔓からませて開く朝顔

わが裸身白くちひさく畳まれて君のてのひら深く眠らむ

立ち尽くす誇あらばや風のなか一糸纏わぬ冬の木立よ

目前に若きかの日の私が東雲行きのバス待ちゐたり

黎明に未だしあれば胸焦がす叩け揺さぶれ六月挽歌



久し振りに心の底を揺さぶられる歌集に出会った。
昨夜一気に読んでなかなか寝付けなかった。
深い叙情、知性に裏づけされた情念、前に向かってすっくと立っているような矜持の強さ。
時代をひたむきに生きて、決して後ろを振り返らない女性の生き方が歌から透いて見えた。

黒田和美は1943年生まれ、1961年に早稲田大学に入学、早稲田短歌会に所属した。福島泰樹と同期。
1983年に福島泰樹が歌誌「月光」を創刊すると、それを機に短歌に復帰した。
跋文は歌集の紹介というよりはともに過ごした日々の回想のようである。

福島泰樹といえば第一歌集『バリケード・1966年2月』が有名であり、黒田和美も同じ時代を生きてきた。

残念なことに黒田和美は2008年急逝した。
しかし決して後ろを振り向くことをせず生きてきた彼女は早すぎる死に際しても、悔いを残さなかったような気がする。
黒田和美が亡くなって福島泰樹の跋文はそのままそっくり追悼文となった。 
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沙羅の花が咲いた!

2009-06-25 20:39:15 | 日記
今朝庭を見たら初めて沙羅の花が咲いているのを見つけた
今年は沙羅の木の元気がなく蕾がたったの3個
その貴重な初めての花。
それでも夕方にはしぼんで落ちてしまう。
一日花・・でもそれだからこそ美しい。

荷物を自宅まで届けてもらうのを頼んでいた業者のあまりのレベルの低さに唖然として腹が立ち、しかも直接頼んだのではなくでのではなく師に当たる人を介してだったのでその非をきつく言うこともできないというストレスの1週間は昨日やっと終ったのだった。

それを察して私をいたわってくれるかのように咲いてくれた沙羅の花・・・嬉しさといとおしさで一杯。
写真を撮ったがどうも角度が悪く気に入らないので、しばしお待ちください。
2番目3番目の花を撮ってみよう。。
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ハルシオン

2009-06-24 11:00:56 | 短歌
疲れたよもう真っ白になりたくてハルシオン飲み夜に溶けゆく

ハルシオン飲めばはるかに我を呼ぶ声聞こえ来る春の苑から

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姫女苑(ヒメジョン)

2009-06-23 13:59:08 | 短歌
春紫苑咲く地に長く陽の射してまだ表札ははずされたまま

空き家になった庭や寂れてしまった公園に白い小さい紫苑に似た花が咲いている。
春から初夏にかけて咲く。
私はそれが春紫苑(ハルジオン)と思ってこの歌を作ったのだが、今調べるとこれはハルジオンではなくてどうもヒメジョンのようだ。
この二つはとてもよく似ているが、ハルジオンは蕾が下を向いていて、ヒメジョンは上を向いている。

ヒメジョンは人が住まなくなった場所、使わなくなった場所に咲くので、余計寂しげな印象がある。
旺盛に咲いているのに寂しいのだ。
これが山に咲いていたら可憐な山野草というイメージになっただろうに。
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桔梗

2009-06-21 08:40:55 | 日記
我が家の桔梗が数日前から咲き始めた。
紫と白。
桔梗といえば秋の七草に入っていてどうしても秋の花のようなイメージがある。
ところがいざ庭に植えてみてわかったのだが、花は6月に咲いて7月に終る。
どうして秋の七草に入っているのだろう?
紫の花は凛として秋のイメージにふさわしい。
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桜桃忌

2009-06-19 20:32:24 | 短歌
今日は太宰治の命日であり(正確には遺体が発見された日)、同時に誕生日で生誕100年になる。
父がもし生きていたら97歳になるのだから同じ年代なのだとふと思った。
もっと前の時代の人のように思っていた。

中学か高校のときに『斜陽』『人間失格』を読んだはずだが、フィーリングがあわなかったみたいで、よく覚えていない。
若いときに太宰治に傾倒する人は多いようだ。
あの水原紫苑は中学のとき『斜陽』を読んで傾倒し本がボロボロになるまで毎日読んだそうだ。
それをどこかの評論のHPで読み、一度『斜陽』を読み直したらどんな印象だろうと思った。

私は『斜陽』には興味を示さなかったが『斜陽』のモデルになった太田静子と『斜陽の子』の大田治子には興味があった。
治子が生まれてすぐ太宰治は死んでしまったから静子は治子を育てるためにある会社の寮の寮母になって働いた。
この母子関係は特別で密接であるだけに治子の立場からは大変だっただろう。

太宰治には妻がいて、娘がいた。
次女は作家の津島佑子、太田治子も作家である。

今日サクランボが食べたくなったけれど・・やっぱり国産のほうがおいしい・・高いのでやめた。
告白すると・・・高いので買ってきて秘密で自分一人だけで食べてしまったことがある。
『桜桃』にも一人だけでサクランボを食べる有名なシーンがあったような。
さて、自分ひとりで秘密でサクランボを食べる事の連想から生まれた歌がこれ・・ちょっと怖い歌

 わたしだけサクランボ食う昼下がり真っ赤な嘘をついてきたあと
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