海に吹く風

海の大好きな私
ここで皆さんとお話しましょう

日々思うこと、短歌についても書いていきます

五月の薫り

2018-05-21 15:02:21 | 短歌


街はみな青葉の色に統べられて眩暈するほど五月の薫り


五月のまぶしい光と青葉の色と空気の持つ香りと・・・一瞬眩暈がして遠い世界に飛んで行ってしまいそうだ。
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若葉

2018-05-18 09:41:03 | 短歌


成長の痛みに耐えてゐるのだらう楠の若葉のそよぎが止まる



この歌以前作ったが、メモしていなくて下句を忘れてしまった。
それで再度考えた。
前とは違う気がするけれど。
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2018-05-15 21:56:23 | 短歌


遠き日の母の記憶はほの甘し母の作りてくれし葛の湯



母の日にこの歌を載せればよかった
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ツグミ

2018-05-12 08:35:11 | 短歌


ムクドリは視力がいいとリビングのカーテン開けたときに気がつく

一メートル離れてわれと遊歩道歩くツグミは視力が悪い



ムクドリは庭にいるなと窓のカーテンを開けたとたん飛び去ってしまう。
しかしツグミは窓から1mの距離で私が見ても逃げない。
いつか遊歩道を歩いていたらツグミもそこを歩いていて1mの距離だが一緒に散歩したこともある。
これは2年前の写真。、
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葉ね文庫

2018-05-09 08:24:19 | 短歌


葉ね文庫へスキップしたくなるような桜の色の服を着てゆく
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雲雀

2018-05-06 09:23:25 | 短歌

見上げたる天より降りる鳥の声雲雀もわれも初夏の恍惚


雲雀は高いところに飛んでいて姿は見えないことが多い。
雲雀のさえずりは天から降ってくるようだ。
見上げれば五月の青い空の光がまぶしくて恍惚とした気持ちになる。
これも雲雀の姿が見えないせいなのだ。
五月は青春の象徴、雲雀は五月の使者である。

中学への道、そのころは畑がたくさんあって蓮華畑の上に雲雀の声が聞こえていたことも思い出す。
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五月

2018-05-03 04:57:32 | 短歌


さみどりの若葉を樹々に芽吹かせて五月は街のすみずみに棲む
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新緑

2018-04-30 10:48:22 | 短歌


新緑のメタセコイアの葉の先ゆ降り来る声に耳を澄ませる
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センチメンタルジャーニー3

2018-04-28 05:13:04 | 小さい旅



さて旅の続き・・そのあとは阪堺電車に乗って宿院まで行きました。
運賃は一律210円。
1駅でも阿倍野~浜寺公園まで乗っても210円。
阿倍野~浜寺公園出210円は安すぎ。
もっとも浜寺公園まで乗る人はよほどの鉄道マニアでしょう。
でも料金を変えるとその表示の機械が高くつき、料金徴収がワンマンカーの運転手には負担。
苦肉の策のような。
経営が苦しいのは知っているので、大丈夫かなと思いました。

宿院すぐのところに「利晶の杜」の施設があります。
千利休と与謝野晶子のミニ記念館。
展示コーナーに毛が生えた程度。
与謝野晶子記念館は以前はJRの堺市駅の近くにありもっと充実していたはず。
予算削減のため統合されたのでしょう。
晶子の朗読の肉声が聞けたのがよかったです。
独特のくぐもったような声でした。

施設のすぐ近くに利休の屋敷跡があります。
ちょっと覗くだけと思い立ち寄ったら年配のボランティティアの方が3人。
捕まって説明をしばらく聞く羽目に。
(利休のことよく知っているのになあ)
「へぇーそうなんですか。」とか
「ふーーん」とかあいづち。
(早く近くにある小嶋屋本家のけし餅買いに行きたいよ~)
堺の観光ガイドと言うことで一生懸命なので断るのも悪く。。
やっと終わってけし餅を買いに行きました。
店は地味な小さい作り。
受け付けはおばあさんでしたがお菓子を持って中から現れたのは若い当主でした。
少し前にNHKの夕方の番組で取材されていた人でした。

小中学校と巡ったからには高校まで行って旅を完結しようと思いました。
高校までは歩くとやや遠いのでら近くのバス停でバスに乗りました。
高校へ行くとき乗っていた路線です。


高校へ続く坂の下ある古びた小さい喫茶店・・・私の記憶に間違いがなければあの頃からあったような。
写真を撮って、今度同窓会で皆に見せて確認しよう。
高校へ行く道はもちろん建物は変わっているけれど道は変わらない。。
高校の建物も当時とは違っているが昔の建物のイメージの残すためディテールは似せてあるのが嬉しい。


今回の旅で思ったのは道の形や幅がそのままだと当時の思い出がよみがえるものらしい。
これが駅前開発やあの大震災のように建物と道がすべてなくなって新しい道になると景色を見ても思い出は蘇らない。
道って大事なんだなと実感しました。
子供時代から高校生までと過去をたどった今回の旅…変わってしまった寂しさよりも思い出がよみがえる嬉しさの方がまさって素晴らしい旅だった。


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センチメンタルジャーニー2

2018-04-27 20:00:10 | 小さい旅



昔住んでいた町の」駅に降り立ってみると駅の近くに大きいスーパーがどーんと建っている。
商店街はさびれていて店もほとんど私の記憶にはないけれど、一つだけ昆布の佃煮の店がたたずまいもそのまま。
小学校を外からちらっと見て、運動場が狭いなと思いました。
小学校に沿って歩くと、こんなに狭い道だったのだと思いました。
車が来ると塀に張り付かなければいけないくらい狭い道。
昔住んでいた家の近くまで来ました。
前に行ったとき変わってしまったのは経験済みなので、今はショックじゃない、その時とはあまり変わっていないような気がしました。
前にいた家のあたりは奥まっていてそこだけ時代から忘れられたように舗装もされず昔のままの土の道。
子供のころ見た日本家屋が何軒かは残っていました。
きっと築60年は越えているだろうに。
表札を見ると記憶の中の苗字と一致する。

中学へ行く道は大きな道路になっています。
一寸遠いと思いつつ高速道路を目指して歩きました。
行きとは別の中学の横の道を帰ろうとして見るときっと埋めたてられてしまっただろうと思っていた池が残っている!
中学へ行っていた時木造校舎の窓の外にはニセアカシアの樹がたくさんあって花の季節は甘い香りが教室に漂ってきて空想の世界に誘うのでした。
そのことが忘れられなくて毎年近所のニセアカシアが川の土手に咲いているところまで見に行くくらいなんです。
ニセアカシアの木もなくなっているだろうと思ったのに池の土手のところは残っている!
池と校舎の間には道ができていました。
そこは切られてしまったけれど、池の敷地のニセアカシアは残ったのでしょう。
おりしも花は満開でした!
甘い香りが漂っています。
5月でなくて今でよかった。
なんていいタイミングで来たのだろう。

後は適当な道を元の家のあたりへ戻ります。
見知らぬ町を歩いている感じだけど、方向感覚はいいからちゃんと戻りました。
浜寺公園駅舎のボランティアの男性に近くに古い日本家屋を改装してカフェやギャラリーや額縁の店のある所があって評判がいいと教えてもらいました。
そこも私が知っていた家。
そこでランチを取りました。
パスタとたっぷりのサラダとフランスパンを切ったのも添えられて、先にケーキを食べてきた私には全部食べられなかったです。
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