長旅を終えたるごとく本を閉づチボー家のジャックの死を受け入れて
もう二度と読まぬ日記を捨てられず書棚の奥にまだおいてあり
若くして逝きたる人の遺稿集競ふがごとく皆読みし頃
数式の答へはいつも後回しそんな生き方ができずに君は
真つ直ぐに見つむる先の自我の闇連鎖のごとき若き死のあり
駅前の楠の若葉のほの赤く頭上に揺れる学生の街
専門書を売りたる店の姿なく駅前高層ビル群の建つ
まぶしすぎる五月の光浴びながら急いで渡る横断歩道
青空が見えないほどに茂りたる楠木の奥にある時計台
なかなかに開かぬ遮断機の前で待ちたることもモラトリアムと
公園の楠の青葉が目にしみるゆつくり歩く川沿ひの道
桟橋のボート同士がぶつかれば行き場を失ふ川べりの波
閉架式図書館は建つ新緑の五月のボート祭の川辺に
青テントあつただらうかあの時代古い記憶を取り出してみる
はるばると遠くへ来たりと思ふ日の窓辺に揺れるアカシアの花