風雅遁走!(ふうがとんそう)

引っ越し版!フーガは遁走曲と訳される。いったい何処へ逃げると言うのか? また、風雅は詩歌の道のことであるという。

コルトレーンを探して……(39回忌)  <2>

2006-07-24 00:43:22 | アングラな場所/アングラなひと
Church_john_c だからコルトレーンの遺作である『エクスプレッション』は、「スウィングする事もいらない、一切合財、拒むというコルトレーンは、耳に痛いたしく聴こえた。」という印象のアルバムではないのである。
 コルトレーンはブラックパンサー(黒豹党)などのアフリカン・アメリカンが公民権や平等な権利を求めて過激に台頭する60年代なかば頃に、政治的メッセージを付与してイメージとして利用されそうになった。本人はいたくノンポリであったにもかかわらず(むしろコルトレーンは宗教的な境地にこころ惹かれていた)、その黒人的な容姿が(「至上の愛」のジャケット写真の横顔を見よ!)黒人解放運動にはうってつけだった。このあたりのこともそのうち書きたいところだが……。

 しかし、それもやむを得ぬかなである。というのも、当時、中上もそうだろうが、ボクらにはレコードを買う金も、ましてオーディオ装置を揃える金もなかったのだから……。だから、ボクらはジャズ喫茶を共同のリスリングルーム、中上の言葉を借りるなら「教会」にして、毎夜毎夜通ったのだから……。
 お気に入りのアルバムが見つかると、ターンテーブル(大体、レジのそばか、カウンターにあった)前のジャケットをおいてある場所に行って、「現在演奏中」のアルバム名、演奏家、楽器編成などをできるだけ頭に叩き込むのだ。
 その知識をもってコルトレーンは、アイラーは、ドルフィはああだこうだと論争を始めるのだ。それは、生半可の知識に基づいたとてつもない不正確なそして空疎な論争のための論争だったが、ボクらには時間だけはたっぷりあったからそのディペートを楽しんだ。

 もしかして、中上が『エクスプレッション』と『インプレッションズ』とを間違えて覚えていたとしても誰も責める事はできないだろう。ボクらはジャズをはじめとして文化やアートに腹の底から飢えていたが、みなひとしく貧しかった。ガツガツと吸収する知識は、なんの権威付けもない、そしてなんの役にもたたない知識だった。新宿のドブ溝のような場末の深夜ジャズ喫茶で、アフリカン・アメリカン(アフリカ系アメリカ人つまりニグロ、黒人だ)であるコルトレーン、ドルフィ、オーネット、アイラーやモンクやマイルスの悲しみを表現を自分のものだと思っていたのだった。ボクらは、自分たちをこの国における黒人的存在だと考えていた。ボクらは、いわばはじめから混血児のような存在だった??そう、思っていたのだ。アジアの東、敗戦後の日本に生まれ、戦後のアメリカのコカコーラを代表とするポップな文化に影響されて育ち、そして新宿の場末でアフリカをルーツとする黒人たちのソウルフルで、ブルーノートなジャズを子守唄として育ったと自覚していたのだった……。

 ボクらは、みなジェイコブだったし、その名のようにクレオールな存在でそして連続ピストル射撃魔永山則夫でも、中上健次でもあった。ジャズ喫茶という「教会」に集い、コルトレーンやオーネットを司祭としてフリージャズという黒いミサ(ブラック・サバト?)を取り行っていたのかもしれない。

(写真2)来日の際、「聖者になりたい」と語ったというコルトレーンは、晩年にいたるや神秘的、宗教的な精神性を打ち出すが、死後、コルトレーンを聖人としてみとめ崇める「教会」まで出来る。最晩年に心血を注いだハーレムの「オラトゥンジ・アフリカン文化センター」のオープン。ラヴィ・シャンカールとの交友、弟子入りなどコルトレーンの未来にはまだまだ期待をいだかせるものが一杯だったが、コルトレーンの病はそれを許さなかった。



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7 コメント

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モンクのアルバムの中でモンクが「コルトレーン、... (かし)
2006-07-24 06:39:21
モンクのアルバムの中でモンクが「コルトレーン、コルトレーン」と叫ぶ。コルトレーンが演奏を忘れてしまったんですね。
これを初めて聞いたとき、コルトレーンに親近感を覚えることができました。また、普通に考えたら、リメイクしてリリースするだろうものを、このまま出してくれた関係者に感謝します。
演奏はこの上なく良いですね。
昨晩、ジュンさんの記事をよんで、「Ballad」を聞きました。一音目でやられました。
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青春のほんの短い間だったけれど、新宿のジャズ喫... (Unknown)
2006-07-24 11:03:09
青春のほんの短い間だったけれど、新宿のジャズ喫茶で、JUNさんと同じような体験をした。私は、厚生年金会館でのコルトレーンの公演にも行った。高校生だった私は、熱に浮かされたように『至上の愛』のLPを買い、公演のチケットを手に入れた。
先週、当時の遊び仲間だった友人が、肝硬変で入院したというメールが届いた。彼も中上健次を愛読したひとりであった。具合がよくないというので、今週見舞いに行こうと、当時の遊び仲間を何人か誘った。
7月にコルトレーンが死んだせいか、夏はフーテン向きの季節なのか、この季節になると、あの時代がリアルに思い出されますね。

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青春のほんの短い間だったけれど、新宿のジャズ喫... (ダルマ舎)
2006-07-24 11:03:57
青春のほんの短い間だったけれど、新宿のジャズ喫茶で、JUNさんと同じような体験をした。私は、厚生年金会館でのコルトレーンの公演にも行った。高校生だった私は、熱に浮かされたように『至上の愛』のLPを買い、公演のチケットを手に入れた。
先週、当時の遊び仲間だった友人が、肝硬変で入院したというメールが届いた。彼も中上健次を愛読したひとりであった。具合がよくないというので、今週見舞いに行こうと、当時の遊び仲間を何人か誘った。
7月にコルトレーンが死んだせいか、夏はフーテン向きの季節なのか、この季節になると、あの時代がリアルに思い出されますね。

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こんな時間にかしが言うから、「Ballads」のレコー... (フーゲツのJUN)
2006-07-25 01:43:46
こんな時間にかしが言うから、「Ballads」のレコードをひっぱりだして聴いている。
好きなアルバムはレコードでコレクションしてきたから、聴くまでは準備が大変なんだ。なにしろ普段、ターンテーブルの上に積み重なっているものをどこかへ移してやっとレコードがセットできる状態だから、すると今夜は朝までジャズ喫茶という気分になってきた!

かしって、もしかして好きなドラマーは? って聞かれてエルヴィン・ジョーンズなんて答えるひと?
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そうか、コルトレーンを見に行けたんだ。うん、す... (フーゲツのJUN)
2006-07-25 01:52:31
そうか、コルトレーンを見に行けたんだ。うん、すぐそばにいながら、コルトレーンのブレス、息づかいを感じられなかったのは、かえすがえすも残念だ!(でも本当に金なかったもんね)

うん、ダルマ舎こと平山さんが言う通りかも知れない。コルトレーンが死んだ7月、そしてフーテンの季節としての夏!
1967年の夏は暑かったけど(この場合、「熱かった」の方がいいな)、2006年no夏はまだ夏がこないね。
今年の夏は短いのか?
でも、青春は一度きりだからね。若い世代は、大いに「あやまち」を犯そうね(笑)!
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エルビン・ジョーンズは、勿論好きっす。 (かし)
2006-07-25 19:24:20
エルビン・ジョーンズは、勿論好きっす。
晩年のコルトレーンにどうやって合わすかを凄く悩んでいたらしいですね。きっと愛があったと思います。不思議なことにコルトレーンがお金を借りれる人はロリンズだけだったそうですが、解らないものですね。
ドラマーの件ですが、ローチやロイ・ヘインズ、あとシェリー・マンなど大好物です。
あと、初めて生でみたグラディ・テイトのスネア・ロールからの一発が未だに耳に残っています。
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かし! (フーゲツのJUN)
2006-07-25 23:12:25
かし!

>「スネア・ロールからの一発が未だに耳に残っています」

考えてみたら、ジャズのセッションほどドラムスの重要な音楽もないよね。ほとんどの曲は、たいがいドラムスからはじまってそれにコードをつけるベースやメロディの管楽器がかぶさってゆく。ま、ソロの曲は別だけどね(笑)。そして、モンクにみられるようにピアノはまた打楽器でもあるんだね。リズムが変調してゆくにしても、それをリードするのはドラムだしね。
マックス・ローチ! ロイ・ヘインズ! いいね!
また、今晩もジャズ喫茶を開店したくなってくるね(笑)。
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