風雅遁走!(ふうがとんそう)

引っ越し版!フーガは遁走曲と訳される。いったい何処へ逃げると言うのか? また、風雅は詩歌の道のことであるという。

夕焼け評論・「美しい国」とはなにか?

2006-08-31 00:00:03 | コラムなこむら返し
 次期首相の前評判が高い阿倍晋三氏のはじめての単独単行本『美しい国へ』(文春新書)を1日で読み終わりました。7月20日に第1刷でボクが求めたものは8月1日発行で、すでに3刷でした。

 一読とても好感をもちました。というのも、とても平易な文章で書かれている。どうやら、読者対象は高校生あたりではないでしょうか? 後書きでも「若い人たちに読んでほしいと思って書いた」とあります。これを事実、御本人が書いたとすれば文才があります。やさしく書くというのは、一番むずかしいことだと思うからです。
 しかし、現在官房長官の職務のかたわら御本人が書いたとは、とても思えません。おそらく、初めの1~3章のセミ自伝部分は語り下ろし(「わたしの原点」「自立する国家」「ナショナリズムとはなにか」)、4章以降は阿倍さんのブレーンが書いたと見ました。
 というのも、年金問題についてふれた章では(第6章「少子国家の未来」)、まるでかけ出しの営業マンのような言葉が書かれています。

 「考え方によっては、こんなノーリスク・ハイリターンの”金融商品”というのも、めったにないのではないか。国民年金はいわば、どこの民間の老後保険よりも、安心、確実で、お得な老後の備えなのである。」
 
 これは、ジョークなのか? ユーモアのつもりで書いたのか?
 民間の保険よりもお得ですよ、なんて営業文句を「安全保障と社会保障??これこそが政治家としてのわたしのテーマ」(41p)と明言したひとが、書くものだろうか?
 社会保障、国民年金は「金融商品」だと言うのだろうか? それとも、怠惰なお役所仕事に腐りきっている社会保険庁にかわって媚びてみせたのだろうか?

 だとしても、この本は平易に書かれている分、阿倍さんの信念は語られている。ところが、理念のたぐいは一切無く、むしろこうするぞ、という政策の面においてはすぐにでも、わたしたちの身にふりかかってきそうです。
 首相に選ばれたらさっそく首相直属で設けられる「教育改革推進会議」(仮称)という「教育改革」があります。これも、どのようなものかということが本書の中に書かれてあります(第7章教育の再生)。そして、その教育改革というものがあの「鉄のおんな」と呼ばれたサッチャーの教育改革に学んだものであることなどが、正直に述べられています。
 これらの果てに、日米同盟を基本とする「国に自信と誇りを持てる」「美しい国へ」していこうと呼びかけられている訳ですが、さて、その肝心の「国」もしくは「国家」とは? となると、阿倍さんのイメージはとても雑駁なものだと思います。

 阿倍さんは、自らも書いているように1954年(昭和29年)生まれのベビーブーマー(団塊)世代の直後、いわゆる「シラケ世代」のひとです。ある面、全共闘世代の革命ごっこにしらけて保守政治家の道を目指したとも言えるし、祖父が岸信介、父が阿倍晋太郎(元外相)という家系に生まれた保守政治の御曹子という自覚もあったのだろうと推測します。小泉純一郎氏の後継者として、日本にはクリントン大統領のようなベビーブーマー世代の首相はすっとばして、というかスポイルしてシラケ世代の保守政治家の純血統種の首相が誕生しそうなのであります。

 そうそう、これは触れておきましょう。「闘う政治家」と自称する阿倍晋三氏は案外、映画ファンであるようなのです。これも、最初のボクの好印象(好感)の一因だったのかもしれませんが、DVDでの観賞のみか、書いている事を信用すればちゃんと試写会などへも出かけて映画を見てらっしゃる。この本の中で、言及された映画は「ターミナル」、「ゴッドファーザー」、「ミリオンダラー・ベービー」、「三丁目の夕日」などたくさん登場します。
 さらに、小説の引用やスポーツの試合のくだりなどからはじめるところなど、なかなかマメなひとだという印象を与えます。しかし、これも、文章を平易に書く時のテクニックみたいなものなのであります。まして、この本は新書判です。新書判はボクの知る限り、中味よりも編集者は先に章立て、構成を求めるものであります。中味は章立てから書き起こす。章の中のサブタイトルも先に列挙するケースもあります。
 内容、つまりコンテンツは英語では「目次」の意味も持ちます。平易に書かれなければならない宿命をもつ新書判というものは、売れてブームを作る事はあるが一過性で内実をともなわないことが多いと思いませんか?

 ただ、これまで記者会見などのニュースで拝見する限りでは、阿倍さんは噛んで含めるような答え方をなさる。それが、平易に語るために言葉を選んでいるのか、それとも本心を隠そうとしているのか、その語り方からは読みとれません。

 さて、この方がこの国の舵取りをするのでしょうか? そして、そのことによってこの国は、「美しい国」になるのでしょうか?
 それとも……。