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関東温泉紀行 / 関東御朱印紀行
1/fゆらぎ?(熊田このは)-6
2019/11/19UP
馬場亜衣里ちゃん、優勝おめでとう!
↓で「これはまずい」とかいろいろ書いちゃったけど、これは亜衣里ちゃんの得点にではなく、他の出演者の得点が不当に低かったことに対してです。
このわけわからない状況のなかで、高得点2つ重ねられたのは凄いと思うし、歌声もすごく安定していた。
たぶん以前の判定機でも高得点が出ていたであろう、いいパフォーマンスだったと思う。
なにせ、あのU-18でこのところ確実に上位にいるし、実力は十分だと思います。
四天王でも頑張って!
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と、いいながらも、他の出演者の想定外の低得点にはどうにも納得いかないので、もう1回最初からフルで見直してみた。
いまさら、しょ-もないAI判定機の分析しても詮無いことだけど、なんとなく理由じみたものが見えてきたので、推測まじりですが書いてみます。
予選曲、決勝曲ともやっぱり悪くなかった。というか相当よかった。
強いていえば抑揚だけど、これは歌った曲の曲調からするといたしかたないところかと・・・。
ヒントはAI判定機の紹介で出た「膨大な歌唱データを学習」にあるかも。
「膨大な歌唱データ」というからには、当然レベルの高いものもあるだろうけど、「ちょっと歌うま」的なデータがボリュームベースになっている筈。
だから、ここから外れるような(普通の歌い手がもっていないような)声色については、参照データが少なくAI判定機が十分反応できていないのでは?(=ピックアップミス?)
じっさい、原藤由衣ちゃんや梅谷心愛ちゃんも、ところどころフックあふれる(=ふつうの人には出せない)声色を飛ばしてたけど、そういうパートに限ってAIチャートが反応していない。
このはちゃんや原藤由衣ちゃんのハイトーンだって、こんなに響きのあるハイトーンのデータなんてそうそう蓄積できないから、AI判定機がデータ不足で反応できていないのでは?
B-1系のデリケートなビブも同じこと。
(わかりやすいB-2~3系のビブにはよく反応している。)
熊田このは・原藤由衣「さよなら大好きな人 (花*花)」2019/02/17 konoha&yui 天使のハーモニー 溝ノ口劇場
※この2人が揃って66点台なんて絶対考えられない。
このはちゃんは、旧判定機で「裏加点」の高さで定評があった。→ ご指摘の例
「裏加点」というのは「よくわからないが聴き手の心に響くポイント加点」とされていたので、当然「聴き心地の良さを判定」しているらしいAIポイントでも高得点が出る筈。
ところが、現実にはAIポイントが大きく足をひっぱる結果となった。(音程、ビブラート、ロングトーンなどはいつもながらの高得点だった。)
この子の持ち味、透明感あふれるハイトーンや1/fゆらぎって、声色のなかでももっとも「聴き心地の良さ」をつくり出せるもの。
じっさい、聴いた人の多くが「心地いい」「癒される」「いつまでも聴いていたい」っといった感想を寄せている。
そのこのはちゃんに、「聴き心地の良さを判定」しているらしいAI判定機が酷いAIポイント出してどうする。
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これは想像だが、旧判定機の「裏加点」はおそらく波形分析をしてそれに何らかの基準で重みをつけてた。なので絶対評価系。
今回のは膨大なデータとの比較だから、相対評価系。(波形分析してるとしても、データ比較の比重の方が大きいと思う。)
世間には「ちょっと歌うま」な人の方が圧倒的に多いのだから、そういうレベルの人にとってはたしかに相対評価の方が実力を計りやすいかもしれないし、点数も出やすいかもしれぬ。(だから新規に導入した?)
でも、カラバトトップ7やU-18トップクラスは、そんなレベルをはるかに超越している。
「自分との戦い」的な要素も大きいから、どう考えても絶対評価系の方が理にかなっている。
だから、いまのトップ7やU-18トップクラスでも、正直、AI判定機で納得のいく得点が出るかは疑問。
おそらく多くのカラバトファンは、「ちょっと歌うま」なパフォなんて望んでいないから、シビアに絶対評価が出る旧判定機の方が納得感が高いような気がする。
それに万一この推測が当たっているとすると、新AI判定機でムリクリ高得点をとりにいくということは、言葉は悪いが「有象無象の平均的な才能にレベルをあわせにいく」ということを意味するから、天性の才能をつぶすおそれさえあると思う。
カラバトさんの再考をお願いしたいところです。
(これを見るかぎり、カラオケマシンメーカーがスポンサー、ないし関係していると思われるので、カラバトで新機種を導入してPRしたいという”大人の事情”はわからなくもないです。ただ、このような評価基準がわからない状況では、出演者があまりに気の毒かと・・・。)
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2019/11/17UP
本日のカラバト・・・。
勝負は時の運。
決勝進出で次も当然あると思うし、番組スタッフだってわかる人は十分わかってる筈だから・・・。
といいながらも、AIに強く問いたい(笑)
「聴き心地の良さを判定」って、いったいどこ判定してんだよ。
この記事に、
~ でも、おそらく高い確率で、聴き手の心への響き方と点数は正比例の関係にある。
最近の採点機はとくに感度が上がっているような感じがしていて、「これは!」と感じたテイクにはほぼ例外なく高得点がつく。(操作していないという前提だが・・・(笑))
これは心に響く要素、たとえば声の艶、深み、ゆとり、ゆらぎやうねり(ビブラートやこぶしとは違う)、倍音などを裏加点で的確に拾い上げられるようになったためではないか? ~
って書いたけど、これ、今回のAI判定機にはまったくあてはまらないから・・・。
そして、再び「機械なんかに”歌心”が判るわけがない」と云わざるを得なくなっちまった。悲しいけど。
そう、なんというか、これじゃどうしようもないよね。→ ごもっともなご意見。
↓AI、これ、どう採点する?
まぁ、今回のカラバト、おそらく伝説となるな。いろんな意味で・・・。
ぜったい録画、消さないからな・・・(笑)
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このはちゃんのこれまでの最低得点は98.825。
それ以外の12回はすべて99点台で、前回は99.587。
あり得ない得点に、いちばんショックだったのはこのはちゃん本人だと思う。
ざっと聴き返した感じでは、ハイトーン系に極端にきびしくなっている。
原藤由衣ちゃんが予選敗退したのもたぶんこの影響。
そしてボックスB-1系のビブラート、とくに音節の途中で出したやつがほとんど拾われていない。
個人的には、ロングトーンのあとのこれみよがし定番ビブよりも、この音節途中の繊細なビブの方がよっぽど「聴き心地の良さ」に絡んでくると思うけどね・・・。
1曲目の「さよなら大好きな人」のスコア分析は一応出されていたけど、これまでのと比べてもまったく無意味なので、今回はパス。
THEカラオケ★バトル 2019年11月17日
1:07:38~ 予選曲「さよなら大好きな人」(ときどき切れますが・・・)
1:31:20~ 決勝曲「今、風の中で」(途中で切れますが・・・)
よかったよ、とくに2曲目の「今、風の中で」。
この出来でこの点数はふつう絶対ありえない。
AIには響かなくても、聴き手の心にはしっかり響いていたから・・・。
個人的な独断じゃが、これまでの判定機だったら99点台の中盤~後半、どんなに低く振れても99点は割らないと思う。
それにしても、改めてTVで視て、やっぱりこのはちゃんの声色すごいわ。
こんな歌い方、ほかの誰にもできない。
ゲストさんの「全身に声を響かせる」ってコメント。そそそ、ほんとそれ。
四天王入りは逃したけど、これほどの歌声をTVを通じてたくさんの人に伝えられたことは誇りに思っていいと思うし、新たなファンもつかんだのでは。
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こういう稚拙な判定機には、どちらかというとアップテンポの曲をこれみよがしにぶつけた方が有利な気がする。
たとえば、Break Free / Ariana Grande的な・・・。
ただし、今回のAI判定、わかる人はふつうに「これはさすがにまずい」と思うだろうから、次回以降は大幅に調整してくる可能性大。
だから、これに対応するためにいろんな曲のレパートリーが求められてくると思う。
そしてこの試練は、期せずしてこのはちゃんが曲の幅を大きく広げるきっかけになるのでは・・・。
熊田このは「今、風の中で (平原綾香)」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
この曲、どんな想いで歌っていたのだろう・・・。
でも、こういう経験が歌に深みを加えていくのだと思う。
「3度目の正直」って大ありだから・・・。時間もまだまだあるし・・・。
いまのこのはちゃんなら大丈夫!
気持ちを大きくもって、じっくり確実に進んでいけばいいと思う。
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2019/11/12UP
ソロ曲の動画リンクを追加です。これは嬉しい。
2019/11/10UP
追加しました。
2019/11/04UP
いろいろあります。


〔LIVE〕
本日の「熊田このは & 西岡龍生 バースデー 2MAN LIVE」 at 溝ノ口劇場、行ってきました。
西岡君とのデュエットが「美女と野獣」「世界中の誰よりきっと」の2曲。
1stCDからの新曲が3曲。
ソロ曲も思いっきりハイトーンに振った感じの曲が数曲あってバラエティに富んだ内容でした。
セトリはこちらで紹介されています。
ファンからのリプ選曲は「サクラ~卒業できなかった君へ~」で初めて生で聴いた。
やっぱりこの曲、すごく声質に合っていると思う。
現時点で今回のこの曲の動画、みつからないけど、このはちゃんの『サクラ~卒業できなかった君へ~』がどんだけ凄いかというと・・・ ↓
熊田このは 『サクラ~卒業できなかった君へ~』 MSP 11Feb2018
今回はこの名唱を上回っていたと思う。


歌の安定感がますます増している。声の艶にも磨きがかかって歌にひきこむ力が凄い。
これって、ハイトーンフリークじゃなくても脱出不可避では? (笑)
西岡君はいろいろとトライしている感じがした。声質のよさはやっぱり抜群なので、これからも頑張ってほしい。
それと、このはプレスさんのピアノ、素敵でした。
進行もおつかれさまでした。
熊田このは&西岡龍生 2019/11/04 溝ノ口劇場 「美女と野獣」
貴重な動画UP、ありがとうございます。感謝、感謝です。
やっぱりYouTubeは聴き応えがありますね。
改めて聴き直してみると、ビブラートが絶妙に効いて繊細なアクセントをつくりだしている。
やっぱりこの子のビブラート、最高だと思う。
(ラストのハイトーン、この日のできからすると楽勝だったはずなのに何でパスしたんだろう? その分次の曲のハイトーンが際立った感じもあるが・・・。)
第1部の出だしからのソロ2曲、凄いハイトーンだった。
衣装も大人びて、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
熊田このは「友達の詩 (中村中)」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
ソロ2曲目。→ 歌詞
なんというか、天空をはろばろと吹き渡るようなハイトーン。
どこでブレスとっているのかわからないほどなめらかな歌いまわし。
4:30~の「(手を繋ぐ)くらい~」、4:42~の「(それすら)危うい」って、いったいどう歌ったらこういう声色が出せるのか。
極めつけは5:21~のフレーズ。
たぶんフラジオレットだと思うけど、こんなに力感のあるフラジオレットって、そうそう聴けるものじゃない。
熊田このは「今、風の中で (平原綾香)」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
この曲はまってる。→ 歌詞
1:32~の「つないだ手と手」、3:18~の「たったひとつのいのちを~」。
これが「このはハイトーン」? 声楽にも、オペラにも、歌のお姉さんにもならず、心にささってくるハイトーン。
似ている歌手がどうやっても思いつかない!
UPチューンもすばらしいでき。
熊田このは「優しいあの子 (スピッツ)」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
個人的にこのはちゃんは「絶対リズム感」持っていると思ってるので、UP曲もっともっと聴きたい。
〔ファン〕
LIVEのあと、このはちゃんのファンの方(LIVEの常連さん)7名で、軽く食事をしながらいろいろと談義を・・・(笑)
みなさん、音楽に対する見識、熱意、そして情報をたくさんお持ちで、さすがにこのはちゃんの固定ファンかと・・・。
このはちゃんのハイトーンの素晴らしさ(平板にならず、声楽にもオペラにもならず、心に入ってくるフックがあること)は、みなさん一致したご意見かと思いました。
リツイもなくてすみません、わたしのハンドルは「うつぼ」です。
これからもよろしくお願いします。
それと、カラバトU-18のレベルの高さについてはこちらで書いていますのでよろしければどうぞ。
〔1stCD〕
3枚買ったよ(笑) そして、このはちゃん、大知さんのサインも・・・。
応援しているアーティストの1stCDって、やっぱり感無量。


サンプリングじゃなくて、key、g、b、dsとスタジオミュージシャンのサポートを得ての制作は、貴重な体験だったと思うし、なんか「王道のCDデビュー」といった感じがして嬉しい。
M1からM3に向けて次第にトーンが上がっていく感じの構成はわりと珍しいと思うけど、このはちゃんらしいかも。
ボーカルはもちろん、楽曲も演奏もプロデュースもレベルが高いので、聴けば聴くほどいろいろなよさがわかってくる感じかな。
M1.手と手
前に「アレンジがポイントかな?」と書いたけど、安定感のある優れたアレンジに仕上がっていると思う。
なんと、動画でUPしていただきました。
しかも、d106realcaratさんの撮影Vers.! すばらしいです!
熊田このは「手と手」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
CDに盛り込まれた魅力が、余すところなく表現されている。
これがあれば、プロモビデオ要らないのでは・・・?
M2.笑顔の向こうで
Mid~UP系の曲だけど、途中、ギター1本になるパートの声の冴えもすばらしい。持ち歌としてこういう曲って大切だと思う。
「編曲:熊田このは」って、このはちゃん、なにか閃いたのかな?
M3.ひとり(東日本大震災復興支援ソング)
大知直樹さんのカバー曲で、3曲のなかでいちばんハイトーン。
癒しのなかに凜とした力強さを秘めた、このはちゃんの歌声の面目躍如か。
「誰も知らない 痛みを 抱えたまま
深く その暗い闇に
一筋の光が差すように」
ここ、天使の声だ! CDに刻みつけられたとは、びっくり。
プロデュースの大知直樹さん、今日のLIVEにも参加されてたけど、おだやかな感じの雰囲気の方で、このはちゃんも安心してレコーディングに臨めたのでは。
今後のPerform art of musicのご発展に期待してます。
※わたしが最初にハイトーン女性ボーカルに衝撃を受けたのは、たしかKate Bush。
Kate Bush "WUTHERING HEIGHTS" (ORIGINAL VERSION FROM THE KICK INSIDE) BEST HD QUALITY
(↑は、19歳のときにリリースした1st Single)
でも、今日のLIVEと聴きくらべてみると、ハイトーンの艶や豊かさは、もはやこのはちゃんの方が上だと思う。
それほどの逸材だと思っています。
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2019/11/03UP
ついに出た! このはちゃんの1stCD。
熊田このは1st CDアルバム
『Konoha』(3曲入)
2019.11.03 Release!
Label & Promotion:Perform art of music
Produced by Naoki Daichi
〔告知〕→ こちら
〔告知&視聴〕→ こちら
〔視聴&購入(オンラインショップ)〕→ こちら
1/fゆらぎ、しっかり乗っていると思う。
明日の溝ノ口LIVEでも販売するようなので、当然買いです。
このはちゃん、スタジオ風景がとっても似合ってる。
これからこういうシーンをたくさん重ねていけるといいね。
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2019/10/27UP / 2019/10/29UP(画像追加)

本日10月27日(日)、日産自動車(株)栃木工場「日産しらさぎ祭り」行ってきました。
とりあえずセトリです。
〔第1部〕 12:05〜12:25
1.アイノカタチ(MISIA)
2.糸(中島みゆき)
3.花(中孝介)
4.やさしさで溢れるように(JUJU)
〔第2部〕 13:10〜13:30
1.もののけ姫
2.三日月(絢香)
3.秋桜(山口百恵)
4.優しいあの子(スピッツ)
制服すがたで、きりっと清楚。
画像UPOKみたいなので・・・、あげてみます。(動画のキャプチャーなので画質悪いですが)






しかし、この美声でこのルックスって・・・。逸材すぎる。
豪雨被災でいろいろたいへんだったと思うけど、7月の野木のひまわりフェアの好調をしっかり維持していると思う。
これは11/4期待大かと・・・。
このあと豪雨になったけど、このはちゃんのステージはセーフでよかった。
予想どおり8曲。
まさか山口百恵の曲歌うと思っていなかったので、”コスモス”って聴いたとき???。
このはちゃん、あまりマイナー調の曲歌わないけど、声が切ないのではまるはまる!
「三日月」や「花」もそうだけど、透明感あふれるハイトーンでこういうニュアンスで歌い上げた人ってこれまでほとんどいないのでは?
「花」の例↓
熊田このは 『花』 まねきの湯 16Dec2017
今回、初めて動画で撮ってみたけど、ぼろのコンパクトデジカメの空間撮りでも水際立った美声が聴ける。びっくり。
プロがライン撮りしたら相当な仕上がりになると思う。(おそらく修正なしでCD化できるレベル)
それにしても、真っ正面から楽曲に対峙できる希有の歌い手。改めてほんとにそう思う。
今回は、用事があってLIVE後にすぐ退散したので会えなかったけど、11/4は楽しみ。楽しみ。
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2019/10/22UP
「バースデーLiveで歌う曲殆ど決まったけど、あと1曲決まらない なにがいいかなあ~リプ求めます」
↑
このはちゃん、このブログ見てるかわからんけど、とりあえずあげてみます。
■このはちゃんのハイトーン系洋楽絶品なので・・・。
1.You Raise Me Up
2.Time To Say Goodbye
■時節柄、元気づけられる応援ソング
3.結 -ゆい-
4.fight
■ハイトーン系の名曲(難曲)ということで・・・。
5.CAN YOU CELEBRATE?
6.サクラ~卒業できなかった君へ~
7.花束を君に
このはちゃんの選曲いつも抜群なので、お任せでも全然OKだけど・・・。
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2019/10/19UP
みなさまのリツイもありがとうございます。
また、こちらからのリツイで恐縮ですが・・・。
そんうさんの「この世の物なのかっ(゚o゚;; っていう。。笑笑」って、ほんとにそんな感じですね。
わたしは「音楽の女神が降りてきている」と表現しています。
このところのこのはちゃんのLIVEって、つねに「音楽の女神が降りてきている」感じがしています。
10/27、11/4のLIVE、そして11/17のカラバト、本当に楽しみです。
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2019/10/18UP
このはちゃんファンの牽引役、このはプレスさんのツイッターでこの記事をご紹介いただきました。
ツイッターやってないので、イレギュラーですがこちらで御礼を述べさせていただきます。
このはプレスさん
いつもツイッターを拝見させていただいております。
この度はツイッターでご紹介をいたたき、ありがとうございました。
また、いつもすばらしい動画をUPいただき、ありがとうございます。
プレスさんはじめファンのみなさまの動画なしにはこのBlog(記事)は成り立ちません。
感謝申し上げます。
そうですね。
「誰にも似ていない。誰のまねでもない。『熊田このは』というオリジナルのフォーマット。」というフレーズは、もっとも言いたかったことのひとつです。
もともと一人のアーティストにのめり込むという音楽の聴き方をしてこなかったので、ここまでこのはちゃんに入れ込んでいる自分が信じられません。
それだけ、彼女の歌にオリジナルな魅力があるのだと思います。(書かずにいられない・・・(笑))
10/27、11/4ともに行く予定です。
タイミングがあれば、お会いできるとうれしいです。
それでは。
うつぼ
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2019/10/17UP-2
【このはちゃん最新情報】
1.イベントLIVE
10月27日(日) 日産自動車(株)栃木工場「日産しらさぎ祭り」
このはちゃん出演
➀12:05〜12:25
➁13:10〜13:30
→ 詳細
たぶん屋外ステージ。このはちゃんの屋外LIVEやはり凄いのでおすすめです。
日曜だし、行かないという選択肢がみあたらない(笑)
2.カラバト
11月17日(日) 19:54~ テレ東
「U-18歌うま甲子園 四天王争奪戦」
→ 詳細
ついにきた。U-18四天王争奪!
そうだよね、やっぱりこのはちゃん抜きじゃ、決められないよね。
今回はよけいなごたく並べずに、おとなしく放映日まで待ってます(笑)
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2019/10/17UP-1
台風19号、このはちゃんの地元、郡山でも大きな被害が出ている模様。
混乱のなかで、不安な思いや辛い思いをされたのじゃないかな。
お察しします。
このはちゃんの歌声、癒しだけでなく、人のきもちを前向きにする力強さをもっていると思う。
きもちが沈みがちなこの頃だけど、このはちゃんの歌声がたくさんの人に届くといいな。
結-ゆい-(miwa) 熊田このは(14) 【BAKKYカラオケ大会 仙台決勝ファイナル】
熊田このは 『fight』 MSP 11Feb2018
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2019/09/10UP
Vol.5が字数制限に引っかかってしまったので、ひまわりフェスの記事からこちらに移しました。
5からつづく
【 このはちゃんLIVE情報 】
☆ 熊田このは & 西岡龍生 バースデー 2MAN LIVE
・11月4日(祝) / 開場 11:00 / 開演 11:30
・溝ノ口劇場(川崎市高津区/武蔵溝ノ口駅徒歩すぐ)
チケットの予約受付は、
本日9月10日(火)18:00〜 開始しています。
LIVE告知
※すでに完売したそうです。
先日の「ひまわりフェス」の仕上がりからして、もの凄いLIVEになる予感・・・。
楽しみ、楽しみ。
熊田このは & 西岡龍生「輝く未来(塔の上のラプンツェル)」 / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
↑昨年のバースデーLIVE with 西岡龍生君
西岡龍生、熊田このは 『美女と野獣』 MSP 11Feb2018
西岡君とデュエットすると、声がひときわ優しくなる感じがする。
もうひとつ
"The Band Night" vol.3
12月30日(月)
会場:ESAKA MUSE(大阪府)
開場17:00 / 開演17:30
※チケット予約開始しています。
LIVE告知
「ずっと、ふたりで」 (家入レオ)
↑昨年の"The Band Night"。今年もたぶん生バンドだと思う。
このはちゃんの歌、生バンドだとさらにパワーアップ。
2:56~からの声の出方は圧倒的で、バンドを従えている感じがある。
生ドラム、とくにスネアやハイハットの音って、今はやり?のASMRかも・・・。
とすると、これにこのはちゃんの1/fゆらぎが乗ったこういうテイクって、報酬系(ポジティブ感や幸福感をもたらす神経回路)にばりばり効くのでは?
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2019/09/05UP
中2のときのテイク。(翼をください)
→ 動画
中2でこのスケール感と余裕・・・(絶句)。
出そうと思って出せる声色じゃない。
この地力にテクや表現力が加わって、↓(ひまわりフェス)のような卓越したパフォーマンスを生み出せるようになったのだと思う。
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2019/08/15UP
なんと、ツイッターですが、ひまわりフェスの動画UPしていただきました。
感謝、感謝です。→ 動画
いや~、すばらしく声出てると思ったけど、ここまでとは・・・。
強風のなかでの空間撮りで、このできはありえないかと。
ひょっとしてこれまででベスト? やっぱり音楽の女神、降りてたと思う(笑)
声に強さとエモーショナル感が増しているのに、透明感やゆらぎやハイトーンの伸びはまったく損なわれていない。
いや、ますます磨かれているかも・・・。
ここまでニュアンスの出た「365日の紙飛行機」、聴いたことがない。
比類なき才能!
誰にも似ていない。誰のまねでもない。「熊田このは」というオリジナルのフォーマット。
ゆっくり、あせらず、思うがままに進んでいってほしい。
この才能、音楽の神様はきっと見守っているから・・・。
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2019/07/27UP
昨日(7/26)の野木町(栃木県)第28回ひまわりフェスティバル、行ってきました。
・13:00~14:00 「歌うまバトル」(鈴木杏奈と熊田このはのコラボステージ)
・15:00~15:30 熊田このはソロステージ


※機材も腕も悪いので、画像粗くてすみませぬ。
気温は高かったけど、空気が乾いて風があったし、テントが張られて椅子もあったので快適でした。
杏奈ちゃんとのコラボは、1曲目からいきなり「いのちの歌」。
なんというか、歌がうまいとか声がいいとかは当然として、ふたりとも音楽の女神が降りてきているような、オリジナルな”場”をもってる。
杏奈ちゃんは”華”の女神で、このはちゃんは”癒し”の女神かな。
それぞれに女神が降りているので、凄いことになってる(笑)
ほんとにこの2人の相性いいと思う。
それと、杏奈ちゃんの生の実力、実感したのは「夏の扉」。
この曲、メロが立ってるので簡単に歌えそに思えるが、じつは異様にむずかしい。
凡人には到底歌いこなせないこの難曲(テクがないと、ロングトーンは平板に、細いメロはお経になってあっさり崩壊する)を、松田聖子とは違う解釈で歌い上げていて驚愕。
★松田聖子 - 夏の扉 (作曲:財津和夫/編曲:大村雅朗)
この聖子節があるから対応できた。
このパフォはちとできすぎの感もあるけど(笑)、どんなヘタレのバックでも、平気な顔してまとめ上げてしまう力は天才的なものがあった。
売れるべくして売れた。
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このはちゃんのソロは5曲(Precious、マリーゴールド、月のしずく、時代、365日の紙飛行機)。
いずれも声の乗りが素晴らしく、Preciousはこれまででベストかも・・・。
時代~365日の紙飛行機への流れも超絶で、個人的にはあと5曲は歌ってほしかった(笑)
このはちゃんを知らない感じの観客も、びっくりした感じで拍手してた。
やっぱり先入観なしでも聴き手の心を打つのだと思う。
このあと、神社とお寺をまわって御朱印をいただき(実は午前中もまわっていた)、温泉(杉戸の「雅楽の湯」)でまったり。
最高の癒しDAYとなりました。
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2019/07/02UP-2
■このはちゃんLIVE情報-1
チラシ
7/21(日)
Yokohama O-SITE (横浜市西区)
開場 11:00 開演 11:15
前売3,500円 当日4,000円 (D別600円)
熊田このは / 浦西ひかる / 所谷彩未 / 砂月凜々香 / 北條 響
■このはちゃんLIVE情報-2
野木町(栃木県)第28回ひまわりフェスティバル
7/26(金)
野木町大字野木地内(野木第二中学校南側)
🦋13:00~14:00 「歌うまバトル」(鈴木杏奈と熊田このはのコラボステージ)
🦋15:00~15:30 熊田このはソロステージ
じつは、7/21(日)横浜LIVEは回避不可避の出張が入って泣く泣く断念だけど、7/26野木LIVE、杏奈ちゃんとのコラボって見逃せるわけないじゃん(笑)。
しかも一度はみてみたかったこのはちゃんの屋外LIVE。
仕事関係者に「7/26絶対休む」宣言して時間確保したもんね(笑)
楽しみ、楽しみ。
↑ 貴重なコラボ動画(リーフベルコンサート(2017/08/05 栃木県大田原市))
いゃ~、凄いとしかいいようがない!
杏奈ちゃんは”華”、このはちゃんは”艶”かな?
できれば、また珠玉の「Time to say goodbye」聴かせてほしい。
これがアマチュアの中学生のパフォーマンスって、あり得ないでしょ。
1/fゆらぎ?(熊田このは)-1
1/fゆらぎ?(熊田このは)-2
1/fゆらぎ?(熊田このは)-3
1/fゆらぎ?(熊田このは)-4
1/fゆらぎ?(熊田このは)-5
1/fゆらぎ?(熊田このは)-6
黄金の世代?(カラバトU-18が強い件)
7曲の「You Raise Me Up」(熊田このは)
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■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ 1983年洋楽ピーク説
馬場亜衣里ちゃん、優勝おめでとう!
↓で「これはまずい」とかいろいろ書いちゃったけど、これは亜衣里ちゃんの得点にではなく、他の出演者の得点が不当に低かったことに対してです。
このわけわからない状況のなかで、高得点2つ重ねられたのは凄いと思うし、歌声もすごく安定していた。
たぶん以前の判定機でも高得点が出ていたであろう、いいパフォーマンスだったと思う。
なにせ、あのU-18でこのところ確実に上位にいるし、実力は十分だと思います。
四天王でも頑張って!
----------------------
と、いいながらも、他の出演者の想定外の低得点にはどうにも納得いかないので、もう1回最初からフルで見直してみた。
いまさら、しょ-もないAI判定機の分析しても詮無いことだけど、なんとなく理由じみたものが見えてきたので、推測まじりですが書いてみます。
予選曲、決勝曲ともやっぱり悪くなかった。というか相当よかった。
強いていえば抑揚だけど、これは歌った曲の曲調からするといたしかたないところかと・・・。
ヒントはAI判定機の紹介で出た「膨大な歌唱データを学習」にあるかも。
「膨大な歌唱データ」というからには、当然レベルの高いものもあるだろうけど、「ちょっと歌うま」的なデータがボリュームベースになっている筈。
だから、ここから外れるような(普通の歌い手がもっていないような)声色については、参照データが少なくAI判定機が十分反応できていないのでは?(=ピックアップミス?)
じっさい、原藤由衣ちゃんや梅谷心愛ちゃんも、ところどころフックあふれる(=ふつうの人には出せない)声色を飛ばしてたけど、そういうパートに限ってAIチャートが反応していない。
このはちゃんや原藤由衣ちゃんのハイトーンだって、こんなに響きのあるハイトーンのデータなんてそうそう蓄積できないから、AI判定機がデータ不足で反応できていないのでは?
B-1系のデリケートなビブも同じこと。
(わかりやすいB-2~3系のビブにはよく反応している。)
熊田このは・原藤由衣「さよなら大好きな人 (花*花)」2019/02/17 konoha&yui 天使のハーモニー 溝ノ口劇場
※この2人が揃って66点台なんて絶対考えられない。
このはちゃんは、旧判定機で「裏加点」の高さで定評があった。→ ご指摘の例
「裏加点」というのは「よくわからないが聴き手の心に響くポイント加点」とされていたので、当然「聴き心地の良さを判定」しているらしいAIポイントでも高得点が出る筈。
ところが、現実にはAIポイントが大きく足をひっぱる結果となった。(音程、ビブラート、ロングトーンなどはいつもながらの高得点だった。)
この子の持ち味、透明感あふれるハイトーンや1/fゆらぎって、声色のなかでももっとも「聴き心地の良さ」をつくり出せるもの。
じっさい、聴いた人の多くが「心地いい」「癒される」「いつまでも聴いていたい」っといった感想を寄せている。
そのこのはちゃんに、「聴き心地の良さを判定」しているらしいAI判定機が酷いAIポイント出してどうする。
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これは想像だが、旧判定機の「裏加点」はおそらく波形分析をしてそれに何らかの基準で重みをつけてた。なので絶対評価系。
今回のは膨大なデータとの比較だから、相対評価系。(波形分析してるとしても、データ比較の比重の方が大きいと思う。)
世間には「ちょっと歌うま」な人の方が圧倒的に多いのだから、そういうレベルの人にとってはたしかに相対評価の方が実力を計りやすいかもしれないし、点数も出やすいかもしれぬ。(だから新規に導入した?)
でも、カラバトトップ7やU-18トップクラスは、そんなレベルをはるかに超越している。
「自分との戦い」的な要素も大きいから、どう考えても絶対評価系の方が理にかなっている。
だから、いまのトップ7やU-18トップクラスでも、正直、AI判定機で納得のいく得点が出るかは疑問。
おそらく多くのカラバトファンは、「ちょっと歌うま」なパフォなんて望んでいないから、シビアに絶対評価が出る旧判定機の方が納得感が高いような気がする。
それに万一この推測が当たっているとすると、新AI判定機でムリクリ高得点をとりにいくということは、言葉は悪いが「有象無象の平均的な才能にレベルをあわせにいく」ということを意味するから、天性の才能をつぶすおそれさえあると思う。
カラバトさんの再考をお願いしたいところです。
(これを見るかぎり、カラオケマシンメーカーがスポンサー、ないし関係していると思われるので、カラバトで新機種を導入してPRしたいという”大人の事情”はわからなくもないです。ただ、このような評価基準がわからない状況では、出演者があまりに気の毒かと・・・。)
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2019/11/17UP
本日のカラバト・・・。
勝負は時の運。
決勝進出で次も当然あると思うし、番組スタッフだってわかる人は十分わかってる筈だから・・・。
といいながらも、AIに強く問いたい(笑)
「聴き心地の良さを判定」って、いったいどこ判定してんだよ。
この記事に、
~ でも、おそらく高い確率で、聴き手の心への響き方と点数は正比例の関係にある。
最近の採点機はとくに感度が上がっているような感じがしていて、「これは!」と感じたテイクにはほぼ例外なく高得点がつく。(操作していないという前提だが・・・(笑))
これは心に響く要素、たとえば声の艶、深み、ゆとり、ゆらぎやうねり(ビブラートやこぶしとは違う)、倍音などを裏加点で的確に拾い上げられるようになったためではないか? ~
って書いたけど、これ、今回のAI判定機にはまったくあてはまらないから・・・。
そして、再び「機械なんかに”歌心”が判るわけがない」と云わざるを得なくなっちまった。悲しいけど。
そう、なんというか、これじゃどうしようもないよね。→ ごもっともなご意見。
↓AI、これ、どう採点する?
まぁ、今回のカラバト、おそらく伝説となるな。いろんな意味で・・・。
ぜったい録画、消さないからな・・・(笑)
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このはちゃんのこれまでの最低得点は98.825。
それ以外の12回はすべて99点台で、前回は99.587。
あり得ない得点に、いちばんショックだったのはこのはちゃん本人だと思う。
ざっと聴き返した感じでは、ハイトーン系に極端にきびしくなっている。
原藤由衣ちゃんが予選敗退したのもたぶんこの影響。
そしてボックスB-1系のビブラート、とくに音節の途中で出したやつがほとんど拾われていない。
個人的には、ロングトーンのあとのこれみよがし定番ビブよりも、この音節途中の繊細なビブの方がよっぽど「聴き心地の良さ」に絡んでくると思うけどね・・・。
1曲目の「さよなら大好きな人」のスコア分析は一応出されていたけど、これまでのと比べてもまったく無意味なので、今回はパス。
THEカラオケ★バトル 2019年11月17日
1:07:38~ 予選曲「さよなら大好きな人」(ときどき切れますが・・・)
1:31:20~ 決勝曲「今、風の中で」(途中で切れますが・・・)
よかったよ、とくに2曲目の「今、風の中で」。
この出来でこの点数はふつう絶対ありえない。
AIには響かなくても、聴き手の心にはしっかり響いていたから・・・。
個人的な独断じゃが、これまでの判定機だったら99点台の中盤~後半、どんなに低く振れても99点は割らないと思う。
それにしても、改めてTVで視て、やっぱりこのはちゃんの声色すごいわ。
こんな歌い方、ほかの誰にもできない。
ゲストさんの「全身に声を響かせる」ってコメント。そそそ、ほんとそれ。
四天王入りは逃したけど、これほどの歌声をTVを通じてたくさんの人に伝えられたことは誇りに思っていいと思うし、新たなファンもつかんだのでは。
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こういう稚拙な判定機には、どちらかというとアップテンポの曲をこれみよがしにぶつけた方が有利な気がする。
たとえば、Break Free / Ariana Grande的な・・・。
ただし、今回のAI判定、わかる人はふつうに「これはさすがにまずい」と思うだろうから、次回以降は大幅に調整してくる可能性大。
だから、これに対応するためにいろんな曲のレパートリーが求められてくると思う。
そしてこの試練は、期せずしてこのはちゃんが曲の幅を大きく広げるきっかけになるのでは・・・。
熊田このは「今、風の中で (平原綾香)」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
この曲、どんな想いで歌っていたのだろう・・・。
でも、こういう経験が歌に深みを加えていくのだと思う。
「3度目の正直」って大ありだから・・・。時間もまだまだあるし・・・。
いまのこのはちゃんなら大丈夫!
気持ちを大きくもって、じっくり確実に進んでいけばいいと思う。
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2019/11/12UP
ソロ曲の動画リンクを追加です。これは嬉しい。
2019/11/10UP
追加しました。
2019/11/04UP
いろいろあります。


〔LIVE〕
本日の「熊田このは & 西岡龍生 バースデー 2MAN LIVE」 at 溝ノ口劇場、行ってきました。
西岡君とのデュエットが「美女と野獣」「世界中の誰よりきっと」の2曲。
1stCDからの新曲が3曲。
ソロ曲も思いっきりハイトーンに振った感じの曲が数曲あってバラエティに富んだ内容でした。
セトリはこちらで紹介されています。
ファンからのリプ選曲は「サクラ~卒業できなかった君へ~」で初めて生で聴いた。
やっぱりこの曲、すごく声質に合っていると思う。
現時点で今回のこの曲の動画、みつからないけど、このはちゃんの『サクラ~卒業できなかった君へ~』がどんだけ凄いかというと・・・ ↓
熊田このは 『サクラ~卒業できなかった君へ~』 MSP 11Feb2018
今回はこの名唱を上回っていたと思う。


歌の安定感がますます増している。声の艶にも磨きがかかって歌にひきこむ力が凄い。
これって、ハイトーンフリークじゃなくても脱出不可避では? (笑)
西岡君はいろいろとトライしている感じがした。声質のよさはやっぱり抜群なので、これからも頑張ってほしい。
それと、このはプレスさんのピアノ、素敵でした。
進行もおつかれさまでした。
熊田このは&西岡龍生 2019/11/04 溝ノ口劇場 「美女と野獣」
貴重な動画UP、ありがとうございます。感謝、感謝です。
やっぱりYouTubeは聴き応えがありますね。
改めて聴き直してみると、ビブラートが絶妙に効いて繊細なアクセントをつくりだしている。
やっぱりこの子のビブラート、最高だと思う。
(ラストのハイトーン、この日のできからすると楽勝だったはずなのに何でパスしたんだろう? その分次の曲のハイトーンが際立った感じもあるが・・・。)
第1部の出だしからのソロ2曲、凄いハイトーンだった。
衣装も大人びて、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
熊田このは「友達の詩 (中村中)」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
ソロ2曲目。→ 歌詞
なんというか、天空をはろばろと吹き渡るようなハイトーン。
どこでブレスとっているのかわからないほどなめらかな歌いまわし。
4:30~の「(手を繋ぐ)くらい~」、4:42~の「(それすら)危うい」って、いったいどう歌ったらこういう声色が出せるのか。
極めつけは5:21~のフレーズ。
たぶんフラジオレットだと思うけど、こんなに力感のあるフラジオレットって、そうそう聴けるものじゃない。
熊田このは「今、風の中で (平原綾香)」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
この曲はまってる。→ 歌詞
1:32~の「つないだ手と手」、3:18~の「たったひとつのいのちを~」。
これが「このはハイトーン」? 声楽にも、オペラにも、歌のお姉さんにもならず、心にささってくるハイトーン。
似ている歌手がどうやっても思いつかない!
UPチューンもすばらしいでき。
熊田このは「優しいあの子 (スピッツ)」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
個人的にこのはちゃんは「絶対リズム感」持っていると思ってるので、UP曲もっともっと聴きたい。
〔ファン〕
LIVEのあと、このはちゃんのファンの方(LIVEの常連さん)7名で、軽く食事をしながらいろいろと談義を・・・(笑)
みなさん、音楽に対する見識、熱意、そして情報をたくさんお持ちで、さすがにこのはちゃんの固定ファンかと・・・。
このはちゃんのハイトーンの素晴らしさ(平板にならず、声楽にもオペラにもならず、心に入ってくるフックがあること)は、みなさん一致したご意見かと思いました。
リツイもなくてすみません、わたしのハンドルは「うつぼ」です。
これからもよろしくお願いします。
それと、カラバトU-18のレベルの高さについてはこちらで書いていますのでよろしければどうぞ。
〔1stCD〕
3枚買ったよ(笑) そして、このはちゃん、大知さんのサインも・・・。
応援しているアーティストの1stCDって、やっぱり感無量。


サンプリングじゃなくて、key、g、b、dsとスタジオミュージシャンのサポートを得ての制作は、貴重な体験だったと思うし、なんか「王道のCDデビュー」といった感じがして嬉しい。
M1からM3に向けて次第にトーンが上がっていく感じの構成はわりと珍しいと思うけど、このはちゃんらしいかも。
ボーカルはもちろん、楽曲も演奏もプロデュースもレベルが高いので、聴けば聴くほどいろいろなよさがわかってくる感じかな。
M1.手と手
前に「アレンジがポイントかな?」と書いたけど、安定感のある優れたアレンジに仕上がっていると思う。
なんと、動画でUPしていただきました。
しかも、d106realcaratさんの撮影Vers.! すばらしいです!
熊田このは「手と手」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
CDに盛り込まれた魅力が、余すところなく表現されている。
これがあれば、プロモビデオ要らないのでは・・・?
M2.笑顔の向こうで
Mid~UP系の曲だけど、途中、ギター1本になるパートの声の冴えもすばらしい。持ち歌としてこういう曲って大切だと思う。
「編曲:熊田このは」って、このはちゃん、なにか閃いたのかな?
M3.ひとり(東日本大震災復興支援ソング)
大知直樹さんのカバー曲で、3曲のなかでいちばんハイトーン。
癒しのなかに凜とした力強さを秘めた、このはちゃんの歌声の面目躍如か。
「誰も知らない 痛みを 抱えたまま
深く その暗い闇に
一筋の光が差すように」
ここ、天使の声だ! CDに刻みつけられたとは、びっくり。
プロデュースの大知直樹さん、今日のLIVEにも参加されてたけど、おだやかな感じの雰囲気の方で、このはちゃんも安心してレコーディングに臨めたのでは。
今後のPerform art of musicのご発展に期待してます。
※わたしが最初にハイトーン女性ボーカルに衝撃を受けたのは、たしかKate Bush。
Kate Bush "WUTHERING HEIGHTS" (ORIGINAL VERSION FROM THE KICK INSIDE) BEST HD QUALITY
(↑は、19歳のときにリリースした1st Single)
でも、今日のLIVEと聴きくらべてみると、ハイトーンの艶や豊かさは、もはやこのはちゃんの方が上だと思う。
それほどの逸材だと思っています。
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2019/11/03UP
ついに出た! このはちゃんの1stCD。
熊田このは1st CDアルバム
『Konoha』(3曲入)
2019.11.03 Release!
Label & Promotion:Perform art of music
Produced by Naoki Daichi
〔告知〕→ こちら
〔告知&視聴〕→ こちら
〔視聴&購入(オンラインショップ)〕→ こちら
1/fゆらぎ、しっかり乗っていると思う。
明日の溝ノ口LIVEでも販売するようなので、当然買いです。
このはちゃん、スタジオ風景がとっても似合ってる。
これからこういうシーンをたくさん重ねていけるといいね。
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2019/10/27UP / 2019/10/29UP(画像追加)

本日10月27日(日)、日産自動車(株)栃木工場「日産しらさぎ祭り」行ってきました。
とりあえずセトリです。
〔第1部〕 12:05〜12:25
1.アイノカタチ(MISIA)
2.糸(中島みゆき)
3.花(中孝介)
4.やさしさで溢れるように(JUJU)
〔第2部〕 13:10〜13:30
1.もののけ姫
2.三日月(絢香)
3.秋桜(山口百恵)
4.優しいあの子(スピッツ)
制服すがたで、きりっと清楚。
画像UPOKみたいなので・・・、あげてみます。(動画のキャプチャーなので画質悪いですが)






しかし、この美声でこのルックスって・・・。逸材すぎる。
豪雨被災でいろいろたいへんだったと思うけど、7月の野木のひまわりフェアの好調をしっかり維持していると思う。
これは11/4期待大かと・・・。
このあと豪雨になったけど、このはちゃんのステージはセーフでよかった。
予想どおり8曲。
まさか山口百恵の曲歌うと思っていなかったので、”コスモス”って聴いたとき???。
このはちゃん、あまりマイナー調の曲歌わないけど、声が切ないのではまるはまる!
「三日月」や「花」もそうだけど、透明感あふれるハイトーンでこういうニュアンスで歌い上げた人ってこれまでほとんどいないのでは?
「花」の例↓
熊田このは 『花』 まねきの湯 16Dec2017
今回、初めて動画で撮ってみたけど、ぼろのコンパクトデジカメの空間撮りでも水際立った美声が聴ける。びっくり。
プロがライン撮りしたら相当な仕上がりになると思う。(おそらく修正なしでCD化できるレベル)
それにしても、真っ正面から楽曲に対峙できる希有の歌い手。改めてほんとにそう思う。
今回は、用事があってLIVE後にすぐ退散したので会えなかったけど、11/4は楽しみ。楽しみ。
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2019/10/22UP
「バースデーLiveで歌う曲殆ど決まったけど、あと1曲決まらない なにがいいかなあ~リプ求めます」
↑
このはちゃん、このブログ見てるかわからんけど、とりあえずあげてみます。
■このはちゃんのハイトーン系洋楽絶品なので・・・。
1.You Raise Me Up
2.Time To Say Goodbye
■時節柄、元気づけられる応援ソング
3.結 -ゆい-
4.fight
■ハイトーン系の名曲(難曲)ということで・・・。
5.CAN YOU CELEBRATE?
6.サクラ~卒業できなかった君へ~
7.花束を君に
このはちゃんの選曲いつも抜群なので、お任せでも全然OKだけど・・・。
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2019/10/19UP
みなさまのリツイもありがとうございます。
また、こちらからのリツイで恐縮ですが・・・。
そんうさんの「この世の物なのかっ(゚o゚;; っていう。。笑笑」って、ほんとにそんな感じですね。
わたしは「音楽の女神が降りてきている」と表現しています。
このところのこのはちゃんのLIVEって、つねに「音楽の女神が降りてきている」感じがしています。
10/27、11/4のLIVE、そして11/17のカラバト、本当に楽しみです。
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2019/10/18UP
このはちゃんファンの牽引役、このはプレスさんのツイッターでこの記事をご紹介いただきました。
ツイッターやってないので、イレギュラーですがこちらで御礼を述べさせていただきます。
このはプレスさん
いつもツイッターを拝見させていただいております。
この度はツイッターでご紹介をいたたき、ありがとうございました。
また、いつもすばらしい動画をUPいただき、ありがとうございます。
プレスさんはじめファンのみなさまの動画なしにはこのBlog(記事)は成り立ちません。
感謝申し上げます。
そうですね。
「誰にも似ていない。誰のまねでもない。『熊田このは』というオリジナルのフォーマット。」というフレーズは、もっとも言いたかったことのひとつです。
もともと一人のアーティストにのめり込むという音楽の聴き方をしてこなかったので、ここまでこのはちゃんに入れ込んでいる自分が信じられません。
それだけ、彼女の歌にオリジナルな魅力があるのだと思います。(書かずにいられない・・・(笑))
10/27、11/4ともに行く予定です。
タイミングがあれば、お会いできるとうれしいです。
それでは。
うつぼ
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2019/10/17UP-2
【このはちゃん最新情報】
1.イベントLIVE
10月27日(日) 日産自動車(株)栃木工場「日産しらさぎ祭り」
このはちゃん出演
➀12:05〜12:25
➁13:10〜13:30
→ 詳細
たぶん屋外ステージ。このはちゃんの屋外LIVEやはり凄いのでおすすめです。
日曜だし、行かないという選択肢がみあたらない(笑)
2.カラバト
11月17日(日) 19:54~ テレ東
「U-18歌うま甲子園 四天王争奪戦」
→ 詳細
ついにきた。U-18四天王争奪!
そうだよね、やっぱりこのはちゃん抜きじゃ、決められないよね。
今回はよけいなごたく並べずに、おとなしく放映日まで待ってます(笑)
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2019/10/17UP-1
台風19号、このはちゃんの地元、郡山でも大きな被害が出ている模様。
混乱のなかで、不安な思いや辛い思いをされたのじゃないかな。
お察しします。
このはちゃんの歌声、癒しだけでなく、人のきもちを前向きにする力強さをもっていると思う。
きもちが沈みがちなこの頃だけど、このはちゃんの歌声がたくさんの人に届くといいな。
結-ゆい-(miwa) 熊田このは(14) 【BAKKYカラオケ大会 仙台決勝ファイナル】
熊田このは 『fight』 MSP 11Feb2018
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2019/09/10UP
Vol.5が字数制限に引っかかってしまったので、ひまわりフェスの記事からこちらに移しました。
5からつづく
【 このはちゃんLIVE情報 】
☆ 熊田このは & 西岡龍生 バースデー 2MAN LIVE
・11月4日(祝) / 開場 11:00 / 開演 11:30
・溝ノ口劇場(川崎市高津区/武蔵溝ノ口駅徒歩すぐ)
チケットの予約受付は、
本日9月10日(火)18:00〜 開始しています。
LIVE告知
※すでに完売したそうです。
先日の「ひまわりフェス」の仕上がりからして、もの凄いLIVEになる予感・・・。
楽しみ、楽しみ。
熊田このは & 西岡龍生「輝く未来(塔の上のラプンツェル)」 / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
↑昨年のバースデーLIVE with 西岡龍生君
西岡龍生、熊田このは 『美女と野獣』 MSP 11Feb2018
西岡君とデュエットすると、声がひときわ優しくなる感じがする。
もうひとつ
"The Band Night" vol.3
12月30日(月)
会場:ESAKA MUSE(大阪府)
開場17:00 / 開演17:30
※チケット予約開始しています。
LIVE告知
「ずっと、ふたりで」 (家入レオ)
↑昨年の"The Band Night"。今年もたぶん生バンドだと思う。
このはちゃんの歌、生バンドだとさらにパワーアップ。
2:56~からの声の出方は圧倒的で、バンドを従えている感じがある。
生ドラム、とくにスネアやハイハットの音って、今はやり?のASMRかも・・・。
とすると、これにこのはちゃんの1/fゆらぎが乗ったこういうテイクって、報酬系(ポジティブ感や幸福感をもたらす神経回路)にばりばり効くのでは?
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2019/09/05UP
中2のときのテイク。(翼をください)
→ 動画
中2でこのスケール感と余裕・・・(絶句)。
出そうと思って出せる声色じゃない。
この地力にテクや表現力が加わって、↓(ひまわりフェス)のような卓越したパフォーマンスを生み出せるようになったのだと思う。
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2019/08/15UP
なんと、ツイッターですが、ひまわりフェスの動画UPしていただきました。
感謝、感謝です。→ 動画
いや~、すばらしく声出てると思ったけど、ここまでとは・・・。
強風のなかでの空間撮りで、このできはありえないかと。
ひょっとしてこれまででベスト? やっぱり音楽の女神、降りてたと思う(笑)
声に強さとエモーショナル感が増しているのに、透明感やゆらぎやハイトーンの伸びはまったく損なわれていない。
いや、ますます磨かれているかも・・・。
ここまでニュアンスの出た「365日の紙飛行機」、聴いたことがない。
比類なき才能!
誰にも似ていない。誰のまねでもない。「熊田このは」というオリジナルのフォーマット。
ゆっくり、あせらず、思うがままに進んでいってほしい。
この才能、音楽の神様はきっと見守っているから・・・。
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2019/07/27UP
昨日(7/26)の野木町(栃木県)第28回ひまわりフェスティバル、行ってきました。
・13:00~14:00 「歌うまバトル」(鈴木杏奈と熊田このはのコラボステージ)
・15:00~15:30 熊田このはソロステージ


※機材も腕も悪いので、画像粗くてすみませぬ。
気温は高かったけど、空気が乾いて風があったし、テントが張られて椅子もあったので快適でした。
杏奈ちゃんとのコラボは、1曲目からいきなり「いのちの歌」。
なんというか、歌がうまいとか声がいいとかは当然として、ふたりとも音楽の女神が降りてきているような、オリジナルな”場”をもってる。
杏奈ちゃんは”華”の女神で、このはちゃんは”癒し”の女神かな。
それぞれに女神が降りているので、凄いことになってる(笑)
ほんとにこの2人の相性いいと思う。
それと、杏奈ちゃんの生の実力、実感したのは「夏の扉」。
この曲、メロが立ってるので簡単に歌えそに思えるが、じつは異様にむずかしい。
凡人には到底歌いこなせないこの難曲(テクがないと、ロングトーンは平板に、細いメロはお経になってあっさり崩壊する)を、松田聖子とは違う解釈で歌い上げていて驚愕。
★松田聖子 - 夏の扉 (作曲:財津和夫/編曲:大村雅朗)
この聖子節があるから対応できた。
このパフォはちとできすぎの感もあるけど(笑)、どんなヘタレのバックでも、平気な顔してまとめ上げてしまう力は天才的なものがあった。
売れるべくして売れた。
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このはちゃんのソロは5曲(Precious、マリーゴールド、月のしずく、時代、365日の紙飛行機)。
いずれも声の乗りが素晴らしく、Preciousはこれまででベストかも・・・。
時代~365日の紙飛行機への流れも超絶で、個人的にはあと5曲は歌ってほしかった(笑)
このはちゃんを知らない感じの観客も、びっくりした感じで拍手してた。
やっぱり先入観なしでも聴き手の心を打つのだと思う。
このあと、神社とお寺をまわって御朱印をいただき(実は午前中もまわっていた)、温泉(杉戸の「雅楽の湯」)でまったり。
最高の癒しDAYとなりました。
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2019/07/02UP-2
■このはちゃんLIVE情報-1
チラシ
7/21(日)
Yokohama O-SITE (横浜市西区)
開場 11:00 開演 11:15
前売3,500円 当日4,000円 (D別600円)
熊田このは / 浦西ひかる / 所谷彩未 / 砂月凜々香 / 北條 響
■このはちゃんLIVE情報-2
野木町(栃木県)第28回ひまわりフェスティバル
7/26(金)
野木町大字野木地内(野木第二中学校南側)
🦋13:00~14:00 「歌うまバトル」(鈴木杏奈と熊田このはのコラボステージ)
🦋15:00~15:30 熊田このはソロステージ
じつは、7/21(日)横浜LIVEは回避不可避の出張が入って泣く泣く断念だけど、7/26野木LIVE、杏奈ちゃんとのコラボって見逃せるわけないじゃん(笑)。
しかも一度はみてみたかったこのはちゃんの屋外LIVE。
仕事関係者に「7/26絶対休む」宣言して時間確保したもんね(笑)
楽しみ、楽しみ。
↑ 貴重なコラボ動画(リーフベルコンサート(2017/08/05 栃木県大田原市))
いゃ~、凄いとしかいいようがない!
杏奈ちゃんは”華”、このはちゃんは”艶”かな?
できれば、また珠玉の「Time to say goodbye」聴かせてほしい。
これがアマチュアの中学生のパフォーマンスって、あり得ないでしょ。
1/fゆらぎ?(熊田このは)-1
1/fゆらぎ?(熊田このは)-2
1/fゆらぎ?(熊田このは)-3
1/fゆらぎ?(熊田このは)-4
1/fゆらぎ?(熊田このは)-5
1/fゆらぎ?(熊田このは)-6
黄金の世代?(カラバトU-18が強い件)
7曲の「You Raise Me Up」(熊田このは)
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■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ 1983年洋楽ピーク説
■ 伊香保温泉周辺の御朱印-2(後編)
2019/11/15UP
21.伊香保神社を追加しました。
2019/10/26UP
大規模災害がつづいています。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
被害にあわれた方々にお見舞い申し上げるとともに、被災地の一日もはやい復興を祈念申し上げます。
20.五徳山 無量寿院 水澤寺(水澤観音)を追加しました。
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2019/09/15UP
字数制限にかかってしまったので、2つに分割します。
ここからしばらくは逸話が豊富な寺社がつづくので、1UP1寺社とします。
→ 伊香保温泉周辺の御朱印-1(前編)から
19.船尾山 等覚院 柳澤寺
榛東村山子田2535
天台宗 御本尊:千手千眼観世音菩薩 (釈迦三尊)
札所:新上州三十三観音霊場第25番、東国花の寺百ヶ寺霊場第34番(群馬第8番)、関東九十一薬師霊場第46番、関東百八地蔵尊霊場第34番、群馬郡三十三観音霊場第2番、上州七福神(毘沙門天)
札所本尊:千手観世音菩薩(新上州三十三観音霊場第25番)、千手観世音菩薩(東国花の寺百ヶ寺霊場第34番(群馬第8番))、薬師如来(関東九十一薬師霊場第46番)、地蔵菩薩(関東百八地蔵尊霊場第34番)、毘沙門天(上州七福神)
■ 千手大悲殿(千手観世音菩薩)(新上州三十三観音霊場第25番)
■ 千手大悲殿(東国花の寺百ヶ寺霊場第34番(群馬第8番))
■ 薬師瑠璃光如来(関東九十一薬師霊場第46番)
■ 延命地蔵尊(関東百八地蔵尊霊場第34番)
■ 毘沙門天(上州七福神)


榛名東麓屈指の古刹で、複数の札所を兼ねているこのお寺は、複雑な開山由緒を有します。
公式Webによると「天台宗宗祖傳教大師の東国巡行のみぎり、この地に住む群馬の太夫満行と言うものが大師の徳を慕って榛名山中の船尾の峰に"妙見院息災寺"という巨刹を創建し、大師を請じて開山」というのが当初の開山伝承のようです。
その後、「神道集」の「上野国桃井郷上村八ヶ権現の事」、およびこれをベースとして成立した「船尾山縁起」が広まります。
「船尾山縁起」はデリケートな内容で抜粋引用がはばかられ、全文引用すると長くなるのでこちら(公式Web)をご覧ください。
近世、この地との関わりがうすい千葉氏が主役で、その千葉氏が悲劇的な結末をもってその姿を隠してしまうというこの伝承については、その背景として様々な見解が打ち出されています。
「6.三鈷山 吉祥院 妙見寺」にも千葉氏にまつわる伝承が残りますが、柳澤寺は「妙見院息災寺」を通じ、妙見寺と相当のつながりがあったことが想像されます。
それにしても、このエリアは「神道集」との関わりが深いです。
神道集(しんとうしゅう)は、南北朝時代中期に成立とされている十巻五十条からなる説話集で、安居院唱導教団(あぐいしょうどうきょうだん)の著作とされます。
安居院唱導教団はこの時代の仏教宗派のひとつとされ、詳細は不明ですが、伊勢神道(度会神道、神本仏迹説系)との関連を指摘する説がみられます。
内容はすこぶる劇的でスペクタクル。アニメや映画になじみそう。
主に関東(とくに上州)の神社について、その成り立ちと本地仏(神本仏迹説からすると垂迹仏?)が詳細に記されています。
(いわゆる本地譚・本地物/神体の前生説話のひとつとされる。)
登場される神々はかならずしも現在の主祀神ではなく、主にその土地とつながりのふかい尊格です。
生身の人間が説話を介して一気に神となる不思議なイメージ漂う内容ですが、これは神本仏迹系本地譚の特徴なのかもしれません。(「権現系」ではなく「明神系」、神名も大明神を名乗られる例が多い。)
この「神道集」があることで上州の寺社はダイナミックにつながり、寺社巡りに興を添えているかと思います。
「上野国桃井郷上村八ヶ権現の事」(神道集第四十七)は、こちらで紹介されています。
「神道集」と「船尾山縁起」はともに凄絶な展開で内容は酷似していますが、「神道集」の主役は上野国国司の桃苑左大将家光です。
千葉氏が主役となる「船尾山縁起」の成立は「神道集」から約二百年後とされるので、この二百年のあいだに千葉氏にかかわる大きなできごとがあったのかもしれません。
ちなみに、柳澤寺そばには平常将大明神を主祭神とする常将神社が鎮座しています。
寺伝(公式Web)によると、延暦寺の直末として中世には学僧も多く輩出、戦国時代末の動乱を経て、江戸時代に入は天海僧正、高崎城主・安藤右京進などの尽力により朱印地三十石を賜ったとされる名刹です。
背後に榛名山を背負い、眼下に利根川が流れる開けた立地に名刹にふさわしい広大な境内を擁します。
風格ある二層丹塗りの楼門、御本尊、千手千眼観世音菩薩が御座す本堂(観音堂)、寄棟平屋造りの風趣ある客殿(釈迦三尊、薬師如来、不動明王、毘沙門天などが御座)、県内最古とされる鐘楼、阿弥陀堂、薬師堂、平成10年建立の五重塔など壮麗な伽藍が連なります。

【写真 上(左)】 鐘楼
【写真 下(右)】 五重塔
本堂(観音堂)は向かって右にやや離れてあるのでややわかりにくいですが、新上州三十三観音と東国花の寺百ヶ寺霊場の参拝はこちらになります。
納経所(御朱印授与所)は、客殿左手の庫裡、ないし、客殿が開いているときは客殿内となります。
複数の札所を兼ねているので手慣れたご対応ですが、目的の御朱印(霊場)をはっきり申告する必要があります。
それでは、それぞれの霊場の御朱印を紹介していきます。
なお、Web情報からすると霊場申告なしの御朱印は、新上州三十三観音霊場のものとなる模様。
【 新上州三十三観音霊場の御朱印 】

本堂(観音堂)

【写真 上(左)】 専用納経帳の御朱印
【写真 下(右)】 御朱印帳書入れの御朱印
上記のとおり、札所本尊の千手千眼観世音菩薩は境内右手の本堂(観音堂)に御座します。
元禄年間の様式を残すとされる、方六間の木造青銅葺きの建物で古趣を湛えています。
中央に札所本尊、千手観世音菩薩の種子「キリーク」の御寶印(蓮華座+火焔宝珠)と「千手大悲閣」の揮毫。
右上に「上州第二十五番」の札所印。左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
専用納経帳の御朱印も同様の構成です。
客殿にて御朱印帳に書入れ、専用納経帳御朱印は庫裡にていただきました。
【 東国花の寺百ヶ寺霊場の御朱印 】

指定花種はサクラ(ソメイヨシノ)ですが、サツキも有名なようです。
この霊場は御本尊が札所本尊となるケースが多いですが、やはり本堂御本尊の千手千眼観世音菩薩の御朱印でした。
なので、霊場の参拝所は境内右手の本堂(観音堂)となります。
なお、公式Webには客殿の欄に「本尊釈迦三尊像」の記載がありますが、本堂御本尊=千手観世音菩薩、客殿御本尊=釈迦三尊という位置づけなのかもしれません。
中央に札所本尊、千手観世音菩薩の種子「キリーク」の御寶印(蓮華座+火焔宝珠)と「千手大悲閣」の揮毫。
右上に「東国花の寺百ヶ寺群馬第八番」の札所印。左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。(主印が千手観世音菩薩の御影印となる場合もあるようです。)
霊場専用納経帳用の書置御朱印もあるようですが、庫裡にて御朱印書入れをいただきました。
【 関東九十一薬師霊場の御朱印 】

【写真 上(左)】 本堂(観音堂)参道右手の真新しい建物が薬師堂の覆堂?
【写真 下(右)】 御朱印
御座所をお尋ねするのを忘れましたが、霊場ガイドブックによると、札所本尊は本堂(観音堂)脇の唐破風宮殿造の薬師堂に御座す秘仏、船尾薬師如来(江戸初期、二尺一寸木彫座像)で、往昔より眼の病、万病平癒の守護佛として土地の人に信仰されてきたとのこと。
中央に薬師如来立像の御影印と「薬師瑠璃光如来」の揮毫。右上に「薬師瑠璃光如来」の印判。
左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
客殿にて、御朱印帳に書入れいただきました。
【 関東百八地蔵尊霊場の御朱印 】

【写真 上(左)】 札所本尊の延命地蔵尊
【写真 下(右)】 子授地蔵尊

札所本尊御座所は、「仁王門から本堂(観音堂)に向かう途中の石像のお地蔵さま」との由。
霊場ガイドブックによると、「仁王門から観音堂に通ずる中段境内に近年建立された”延命地蔵尊”(石佛立像一丈三尺)」とあります。
鐘楼脇には元禄期建立とされる石佛立像の”子授地蔵尊”も御座しますが、ガイドには札所本尊欄に「延命地蔵尊」と明記されているので、こちらが札所本尊と思われます。
関東百八地蔵尊霊場の札所本尊は露仏も多く、ガイドブックがないとこのように特定しにくいケースがあります。
中央に地蔵菩薩立像の御影印と「延命地蔵尊」の揮毫。右上に「関東百八地蔵尊第三四番札所」の札所印。
左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
客殿にて、御朱印帳に書入れいただきました。
【 上州七福神(毘沙門天)の御朱印 】

【写真 上(左)】 客殿
【写真 下(右)】 殿の扁額と上州七福神の札所板

【写真 上(左)】 毘沙門天の説明板
【写真 下(右)】 御朱印
上州七福神は県内全域にまたがる広域の七福神で、通年でどれだけ参拝客がいるかはわかりませんが、霊場会があり御朱印帳書入れもおおむねOKのようです。
客殿に御座す、毘沙門天が札所本尊です。
中央に法具(鈷杵?)を背景にした宝塔(毘沙門天の持物)の印と「毘沙門尊天」の揮毫。
右上に「毘沙門尊天」の印判。
左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
客殿にて、御朱印帳に書入れいただきました。
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2019/10/26UP
20.五徳山 無量寿院 水澤寺(水澤観音)
渋川市伊香保町水沢214
天台宗 御本尊:十一面千手観世音菩薩
札所:坂東三十三箇所(観音霊場)第16番、新上州三十三観音霊場別格、関東百八地蔵尊霊場第33番、群馬郡三十三観音霊場第3番
札所本尊:十一面千手観世音菩薩(坂東三十三箇所(観音霊場)第16番)、十一面千手観世音菩薩(新上州三十三観音霊場別格)、地蔵菩薩(関東百八地蔵尊霊場第33番)、十一面千手観世音菩薩(群馬郡三十三観音霊場第3番)
■ 千手大悲閣(十一面千手観世音菩薩)(坂東三十三箇所(観音霊場)第16番)
■ 千手大悲閣(十一面千手観世音菩薩)(新上州三十三観音霊場別格)
■ 南無六地蔵尊(地蔵菩薩)(関東百八地蔵尊霊場第33番)
■ 釈迦三尊
通称、水澤観音として親しまれる水澤寺は、上州を代表する天台宗の古刹です。
坂東三十三観音霊場の第十六番礼所でもあり、広く巡拝客を集めています。
寺伝(公式Webより)には、「千三百有余年の昔、推古天皇・持統天皇の勅願による、高麗の高僧恵灌僧正の開基であり、五徳山 水澤寺の名称は、推古天皇の御宸筆(ごしんぴつ)の額名によるものです。ご本尊は国司高野辺家成公の三女 伊香保姫のご持仏の十一面千手観世音菩薩であり、霊験あたらたかなること、特に七難即滅七福即生のご利益顕著です。」とあります。
この伊香保姫は、くだんの「神道集」でも大きくとりあげられています。
後段の伊香保神社の縁起にもかかわる内容なので、すこしく長くなりますが、第四十 上野国勢多郡鎮守赤城大明神事、第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事から抜粋引用してみます。
■ 第四十 上野国勢多郡鎮守赤城大明神事
人皇十八代履中天皇の御代、高野辺左大将家成は無実の罪で上野国深栖郷に流され、その地で奥方との間に一人の若君と三人の姫君をもうけた。奥方が亡くなった後、左大将は信濃国更科郡の地頭・更科大夫宗行の娘を後妻とし、その間に一人の娘をもうけた。
その後左大将は罪を許されて都へ戻り、上野国の国司に任じられ、若君も都へ上り、帝から仕官を許された。
三人の姫君のうち、姉姫は淵名次郎家兼に預けられ淵名姫、次の姫は大室太郎兼保に預けられ赤城御前、末姫は群馬郡の地頭・伊香保大夫伊保に預けられて伊香保姫といった。
三人の姫君は見目麗しく、心根も優しく、相応の婿を選んで嫁ぐこととなったが、継母はこれに嫉妬し、弟の更科次郎兼光を唆して三人の姫君を亡きものにしようとした。
兼光は兵を興して淵名次郎と大室太郎を捕らえ、斬り殺した。
次に、淵名姫と淵名の女房を捕らえて亡きものにした。
その後、大室の宿所に押し寄せたが、赤城御前と大室の女房は赤城山へ逃れた。有馬郷の伊香保大夫は守りを固めて迎え撃ったので、伊香保姫は無事だった。
〔姉姫淵名姫は淵名明神に、赤城御前は唵佐羅摩女(赤城沼の龍神)の跡を継いで赤城大明神として顕れたと「神道集」は伝えますが、詳細は別稿に譲ります。〕
上野国の国司に任じられた左大将は、淵名姫の死を知ると姫の跡を追って身を投げた。
中納言となっていた若君はこれを知ると東国へ下り、上野国の国司となって更級次郎父子を捕らえ仇を討つた。
国司は無事であった伊香保姫と再会し、国司の職を伊香保姫に譲った。
伊香保姫は兄(国司高野辺中納言)の奥方の弟にあたる高光少将を婿に迎え、伊香保大夫の後見で上野国の国司を勤められた。
伊香保大夫は目代となり、自在丸という地に御所を建てた。当国の惣社は伊香保姫の御所の跡である。
■ 第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事(話の内容が第四十と整合しない箇所があります。)
伊香保大明神は赤城大明神の妹で、高野辺大将の三番目の姫君である。
高野辺中納言の奥方の弟の高光中将と結婚して、一人の姫君をもうけた。
伊香保姫と高光中将は上野国国司を他に譲ったあと、有馬の伊香保大夫のもとで暮らしていた。
伊香保姫は淵名神社へ参詣の折、現在の国司である大伴大将と出会い、伊香保姫の美貌に懸想した大伴大将は、国司の威勢で姫を奪おうとした。
伊香保大夫は九人の息子と三人の婿を将として防戦したが劣勢となり、伊香保姫とその姫君、女房と娘の石童御前・有御前を連れて児持山に入った。負傷した高光中将は行方知れずとなった。
伊香保太夫は上京して状況を帝に奏聞すると、帝は伊香保姫に国司の職を持たせ、伊香保太夫を目代とされた。
また、高光中将(と伊香保姫)の姫君を上京させて更衣とされ、皇子が生まれたので国母として仰がれた。
伊香保太夫は伊香保山の東麓の岩滝沢の北岸に寺を建てて、高光中将の遺骨を納めた。
月日は流れ、伊香保太夫とその女房は亡くなった。 その娘の石童御前と有御前は伊香保姫と暮らしていた。
高光中将の甥の恵美僧正が別当になって寺はますます栄え、岩滝沢に因んで寺号を水沢寺とした。
伊香保姫は夫高光中将の形見の千手観世音菩薩を寺の本尊に祀り、二人の御前とともに亡き人々の菩提を弔ったところ、高光中将・伊香保大夫夫妻とその一族があらわれて千手観世音菩薩に礼拝した。
伊香保大夫の女房は 「あなた方の千手経読誦の功徳により、伊香保山の神や伊香保沼(榛名湖)の龍神・吠尸羅摩女に大切にされ、我らは悟りを開くことができました。
今は高光中将を主君とし、その眷属として崇められています」と云った。
夢から覚めた伊香保姫は「沼に身を投げて、龍宮城の力で高光中将の所に行こうと思います」と云って伊香保沼に身を投げた。石童御前と有御前もその後を追った。
恵美僧正は三人の遺骨を本堂の仏壇に下に収めて菩提を弔った。
その後、恵美僧正の夢の中に伊香保姫が現れ、この寺の鎮守と成ろうと告げた。
夜が明けて枕もとを見ると、一冊の日記が有り、以下のように記されていた。
伊香保姫は伊香保大明神として顕れた。
伊香保太夫は早尾大明神として顕れた。
太夫の女房は宿禰大明神として顕れた。
以上長くなりましたが、まとめると、伊香保姫の生涯は以下のようにあらわされています。
・伊香保姫は、上野国国司高野辺家成公の三女である。
・見目麗しく、心根も優しかったが、継母はこれに嫉妬し姫の命を狙うが有馬郷の伊香保大夫に護られた。
・兄(国司高野辺中納言)の奥方の弟にあたる高光少(中)将を婿に迎え、伊香保大夫の後見で上野国の国司を勤められた。
・伊香保姫と高光少(中)将の姫君は京に上って更衣となり、皇子を産んで国母(天皇の母、皇太后)となられた。
・伊香保姫は伊香保沼に身を投げた後、水澤寺の別当恵美僧正がその遺骨を本堂の仏壇下に納めた。伊香保姫は恵美僧正の夢にあらわれ、水澤寺の鎮守となられた。
・伊香保姫は伊香保大明神として顕れた。
水澤寺の寺伝と「神道集」で寺の開基は若干異なりますが、御本尊が国司高野辺家成公の三女 伊香保姫のご持仏の(十一面)千手観世音菩薩という点は符合しています。
水澤寺は歴代天皇の勅願寺という高い格式を有しますが、これは「神道集」で伊香保姫の娘が国母(天皇の母、皇太后)になられたという内容と関係があるのかもしれません。
公式Webによると、「現在の建物は大永年間に仮堂を造立し、元禄年間より宝暦天命年間に至る三十三ヶ年の大改築によるもの」とのこと。
坂東三十三観音霊場の礼所であり、名湯、伊香保温泉のそばにあることから、ふるくから多くの参詣客を集めたとみられます。
山内はさほど広くはないものの、霊場札所特有のパワスポ的雰囲気にあふれています。
背景の深い緑に朱塗りの伽藍が映えて、華やぎのある境内です。
また、参道に店が軒を連ねる水沢うどんは、讃岐うどん・稲庭うどんとともに「日本三大うどん」とされています。(諸説あり)

【写真 上(左)】 うどん店街からの表参道登り口
【写真 下(右)】 有名店の元祖田丸屋

【写真 上(左)】 水沢うどん
【写真 下(右)】 マイタケの天麩羅も名物です
境内の中心は本堂ですが、駐車場が手前にあるため、まず目に入る仏殿は釈迦堂です。
釈迦三尊像をお祀りし、円空仏(阿弥陀如来像)・二十八部衆像・十一面観世音菩薩像等を安置、坂東三十三観世音菩薩像をお祀りし、お砂踏みができるなど見応えがあります。
こちらでは釈迦三尊の御朱印を授与されています。

【写真 上(左)】 釈迦堂
【写真 下(右)】 花まつりの誕生仏

【写真 上(左)】 釈迦三尊の御朱印
【写真 下(右)】 平成最後の花まつり当日の釈迦三尊の御朱印
【 釈迦三尊の御朱印 】
釈迦三尊は、釈迦如来を中尊とし、左右に脇侍を配する安置形式です。
ふつう、向かって右に文殊菩薩、向かって左に普賢菩薩が置かれます。
左右逆に配置される場合もありますが、文殊菩薩は獅子、普賢菩薩は白象の上の蓮華座に結跏趺坐されているので、識別は比較的容易です。
水澤寺釈迦堂の釈迦三尊像(→公式Web)の画像は施無畏印、与願印を結ぶ釈迦如来を中尊に、向かって右に文殊菩薩、左に普賢菩薩が御座します。
御朱印の御寶印の種子も同様の配置で、中央上に釈迦如来の種子「バク」、右に文殊菩薩の種子「マン」、左に普賢菩薩の種子「アン」が、蓮華座+火焔宝珠のなかに置かれています。
中央に「釋迦三尊」の揮毫。右上に「坂東十六番」の札所印。右下に山号、左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
画像は灌仏会(花まつり/4月8日)当日の御朱印で、釈迦堂前には誕生仏像と甘茶が用意されていました。

【写真 上(左)】 参道
【写真 下(右)】 鐘楼
参道を進むとすぐに本堂が見えてきます。
御本尊が観世音菩薩なので、本堂が観音堂となります。
天明七年竣工の五間堂で、正面向拝、軒唐破風朱塗りの趣きあるつくり。透かし彫りや丸彫り技法を駆使した向拝柱の龍の彫刻はとくに見応えがあります。

【写真 上(左)】 本堂
【写真 下(右)】 向拝

【写真 上(左)】 向拝の天井画
【写真 下(右)】 札所扁額
御本尊の十一面千手観世音菩薩は絶対秘仏で御開帳はされません。
坂東三十三箇所(観音霊場)第16番、新上州三十三観音霊場別格の札所はこちらになります。
【写真 上(左)】 御札場の札所板
【写真 下(右)】 表参道の山門
なお、釈迦三尊像(釈迦堂)以外の御朱印および御朱印帳は、すべて本堂前御札場で授与されています。
本来の表参道はこの御札場横の階段で、水沢うどん店街から昇るもの。仁王門も雰囲気があり、こちらにも回ることをおすすめします。
【 坂東三十三箇所(観音霊場)の御朱印 】

【写真 上(左)】 坂東三十三箇所(観音霊場)の御朱印-1
【写真 下(右)】 坂東三十三箇所(観音霊場)の御朱印-2
中央に札所本尊、十一面千手観世音菩薩の種子「キリーク」と「千手大悲閣」の揮毫。
御寶印は蓮華座、火焔宝珠のなかに上段3つ、下段5つの8つの種子が置かれています。
上段の3つは、おそらく中央に聖観世音菩薩の種子「サ」、右に不動明王の種子「カン」、左に毘沙門天の種子「ベイ」。
天台宗系寺院では中尊の右に不動明王、左に毘沙門天を置く様式がありますが(これは複数のご住職からお聞きしたので間違いないと思う)、なぜ中央に十一面千手観世音菩薩の種子「キリーク」ではなく、聖観世音菩薩の種子「サ」が置かれているかは不明。
下段の5つの種子については、上段の中尊と併せて六観音を構成しているのではないかと思います。
通常、天台宗の六観音は聖観世音菩薩(種子サ)、十一面観世音菩薩(キャ)、千手観世音菩薩(キリーク)、馬頭観世音菩薩(カン)、如意輪観世音菩薩(キリーク)、不空羂索観世音菩薩(モ)です。
下段の種子は左からキリーク、サ、キリーク、キャ、カンで、不空羂索観世音菩薩のモを除いて揃っています。
サを不空羂索観世音菩薩の種子に当てていると考えると六観音説が成立しますが、委細はよくわかりません。
右上に「坂東十六番」の札所印。右下には山号、左下に寺号の揮毫と寺院印が捺されています。

【写真 上(左)】 オリジナル御朱印帳(紺)
【写真 下(右)】 オリジナル御朱印帳(朱)

【写真 上(左)】 坂東三十三箇所(観音霊場)の専用納経帳(表紙)
【写真 下(右)】 坂東三十三箇所(観音霊場)の専用納経帳(水澤寺の頁)
こちらのオリジナル御朱印帳は紙質がよく、おすすめです。
下段に寺院の概略が記載された、「幻の坂東三十三箇所専用納経帳」はようやくこちらで入手できましたが、まだ発願していません。
【 新上州三十三観音霊場の御朱印 】

【写真 上(左)】 御朱印帳書入れの御朱印
【写真 下(右)】 専用納経帳の御朱印
こちらは新上州三十三観音霊場の番外札所になっていて、御朱印を授与されています。
中央に捺された御寶印は上の坂東霊場のものと同様です。
中央に「キリーク」の種子と「千手大悲閣」の揮毫。右上に「上州別格霊場」の霊場印。
右下には山号、左下に寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
専用納経帳の御朱印も同様の構成ですが、両面タイプで左側には尊格や御詠歌の印刷があります。
【 関東百八地蔵尊霊場の御朱印 】

【写真 下(右)】 六角堂
【写真 下(右)】 六角堂正面

【写真 上(左)】 六角堂向拝
【写真 下(右)】 祈念を込めて廻します

【写真 上(左)】 六地蔵尊
【写真 下(右)】 六地蔵尊の御朱印
あまり知られていないようですが、こちらは関東百八地蔵尊霊場33番の札所で、御朱印も授与されています。
本堂向かって右手にある朱塗りの六角堂(地蔵堂)は天明七年竣工の銅板瓦棒葺。堂内に御座す、元禄期、唐金立像の六体の開運地蔵尊(六地蔵尊)が札所本尊で、県指定重文のようです。
この六地蔵尊を左に三回廻して罪障消滅、後生善処を祈念します。
人気のスポットで、いつも参詣客が楽しそうに回し棒を押しています。
お堂の二層には上がれませんが、大日如来が安置されているそうです。
中央に「南無六地蔵尊」の揮毫。
御寶印は蓮華座と火焔宝珠のなかに上段に大きくひとつ、下段に小さく6つの種子が置かれています。
上段の大きな種子はおそらく金剛界大日如来の荘厳体種子(五点具足婆字)「バーンク」と思われます。
下の6つはこの資料からすると、六地蔵を示し、左からふたつはカ(法性)、イ(宝性)、右からふたつはイー(地持)、イ(光昧)を示すと思われますが、揮毫がかかっている中央のふたつは不明です。
(六地蔵の名称や尊容は一定していないといわれ、六道との対応もよくわからない場合があります。)
六角堂(地蔵堂)は、2層に大日如来、1層に六地蔵尊が御座されているので、尊像配置とご寶印が整合しているようにも思われますが、さてさてどうでしょうか。
右上に「関東百八地蔵尊三三番」の札所印。右下に山号、左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。

【写真 上(左)】 飯綱大権現
【写真 下(右)】 十二支守り本尊

【写真 上(左)】 龍王弁財天
【写真 下(右)】 めずらしい尊格配置
この他にも、飯綱大権現、十二支守り本尊、龍王弁財天など、ふるくから参詣客を集めた古刹らしいみどころがつづきます。
車であと少し走れば名湯、伊香保温泉。午後に訪れて伊香保泊まりのゆったりとした参詣をおすすめします。
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2019/11/15UP
21.伊香保神社
渋川市伊香保町伊香保2
主祭神:大己貴命、少彦名命
式内社(名神大)、上野国三宮 旧社格:県社兼郷社
■ 社号(書置)(直書)

ようやく、この記事のハイライト、伊香保神社まできました。
伊香保温泉街の石段三百六十五段を昇りきったところに鎮座するこの神社は、式内社(名神大)、上野国三宮、旧県社という高い格式をもつ古社で、すこぶる複雑な由緒来歴を有します。
興味を惹かれたので、御朱印とは関係なく関連する神社も回ってみましたので、こちらも含めてご紹介します。

【写真 上(左)】 伊香保石段街
【写真 下(右)】 参道の階段
神社の創祀由緒をたどる有力な手がかりは境内の由来書です。
まずは、伊香保神社の由来書から要旨を抜粋引用してみます。
・第十一代垂仁天皇朝時代(紀元前二九~七0)の開起と伝えられ、第五十四代仁明天皇朝承和二年(八三五)九月十九日名神大社に。
・延喜五年(九0五)編纂開始の神名帳に記載され、朝廷公認の神社となった。
・上野国は十二宮を定めたが、伊香保神社は一宮貫前神社、二宮赤城神社についで三宮の神社となった。
・明治維新後、あらたに近代社格制度が敷かれ、伊香保神社は県社を賜ることとなった。

【写真 上(左)】 社号標
【写真 下(右)】 神楽殿
また、比較的信憑性の高い資料として所在市町村資料がありますが、当社所在の渋川市のWebにも記載があります。
いささか長いですが、興味ある内容を含んでいるので以下に引用します。
「(前略)延喜式内社です。「伊香保」の地名は古く、『万葉集』の東歌にも詠まれています。「厳つ峰」(いかつほ)とか「雷の峰」(いかつちのほ)に由来し、榛名山、とくに水沢山を指す古名だったと言われています。伊香保神社ももとは、水沢山を信仰の対象としたもので、別の場所にあったようです。
平安時代の記録では承和6年(839)に従五位下、元慶4年(880)には従四位上、長元3年(1030)ころに正一位に叙せられ、やがて上野国三宮となります。その後は衰微しますが、いつしか伊香保の源泉近くへ移り、温泉の守護神となったようです。
現在の祭神は、温泉・医療の神である大己貴命・少彦名命であり、湯元近くに移ってから後の祭神と思われます。(以下略)」

【写真 上(左)】 伊香保神社拝殿(2003年)
【写真 下(右)】 拝殿扁額
市町村資料としてはかなりナゾめいた内容ですが(笑)、以下の内容が読みとれます。
1.(延喜式内社)名神大社、上野国三宮、旧県社という社格の高い神社であること。
2.もともと水沢山を信仰の対象とし、別の場所にあった可能性があること。
3.伊香保の湯元のそば(現社地)に移られる前は別の祭神であった可能性があること。

【写真 上(左)】 社号の提灯
【写真 下(右)】 境内社
これとは別に「明治維新前には湯前神社(明神)と称していましたが、明治6年、旧号の伊香保神社と改称」という情報も得られました。併せて、「伊香保温泉にはそれ以前から薬師堂(温泉明神)が祀られていたが、伊香保神社の勧請後はその本地仏(薬師如来)とみなされるようになった。」という説もあり、これは上記2や3の内容と整合するものです。(詳細後述)
なお、群馬郡三十三観音霊場第4番の医王寺は、伊香保神社参道階段下から露天風呂に向かう途中の「医王寺薬師堂」のことかと思われます。

【写真 上(左)】 利根川越しの榛名連山
【写真 下(右)】 伊香保薬師堂(医王寺)
さらに、「群馬県群馬郡誌」には下記の記述があります。
「祭神は大己貴命少彦名命にして(略)淳和天皇の御代の創建なり。夫れより仁明天皇の承和二年辛羊九月名神大の社格たり(略)歴代國々の諸神に位階を給ひたれば本社は正一位に昇格す、故に上野國神名帳に正一位伊香保大明神と記載あり。」「明治六年縣社に列し更に二四大邑?の郷社を兼ねたり」
ところで上野国十二宮(社)をたどっていくと、伊香保神社のほかにもう一社、三宮に比定されている神社がみつかります。
吉岡町大久保に鎮座する三宮神社です。

【写真 上(左)】 三宮神社社頭
【写真 下(右)】 三宮神社の社号標と鳥居
三宮神社境内の由来書から抜粋引用します。(句読点は適宜付加。)
・天平勝宝二年(750)の勧請・創祀と伝えられる古名社、また「神道集」に『女体ハ里ヘ下給テ三宮渋河保ニ御座ス、本地ハ十一面也』とあり、伊香保神社の里宮とする説がある。
・彦火々出見命 豊玉姫命 少彦名命の三柱の神を奉斉している。
・三宮と称する所以は三柱の神を祭るためでなく、上野国三之宮であったことによる。
・九条家本延喜式神名帳には上野国三之宮は伊香保大明神とあり、当社はその里宮の中心であったと考えられる。
・古代当地方の人々は榛名山を伊香保山と称し、その山頂を祖霊降臨の地と崇め、麓に遙拝所をつくり里宮とした。
・上野国神名帳には伊香保神が五社記載されてあり、その中心の宮を正一位三宮伊香保大明神と記している。
・当地三宮神社は伊香保神を祭る中心地であったため、三宮の呼称が伝えられたのである。
・神道集所収の上野国三宮伊香保大明神の由来には、伊香保神は男体女体の二神あり男体は伊香保の湯を守護する薬師如来で、女体は里に下り十一面観音となるとある。
・当社は、古来十一面観音像を御神体として奉安してきたのである。

【写真 上(左)】 三宮神社拝殿
【写真 下(右)】 三宮神社拝殿の扁額
なお、本地垂迹資料便覧様の「伊香保神社」には、伊香保大明神は南体・女体が御在し、男体(湯前)は伊香保の湯を守護され本地は薬師如来、女体(里下)は里へ下られ三宮神社に御在し本地は十一面観世音菩薩とあります。
渋川市有馬に鎮座する若伊香保神社も伊香保神社との関連が指摘されています。

【写真 上(左)】 若伊香保神社の社号標
【写真 下(右)】 若伊香保神社拝殿
社頭の石碑はうかつにも現地で記録し忘れましたが、Web上で見つかるのでこちらの内容を抜粋引用させていただきます。
・有馬の地の産土神は、大名牟遅命、少彦名命を併せ祀る若伊香保神社である。
・貞観五年それまでは正六位であった神格から、従五位下を授けられたことが「三代実録」に明らかである。
・中世には、「上野国五の宮」と証され、県下神社中の第五位に置かれ、惣社明神相殿十柱の一となり正一位を与えられた。
若伊香保大明神の本地は千手観世音菩薩とされ、これは各種の資料で一貫しています。

【写真 上(左)】 若伊香保神社拝殿の扁額
【写真 下(右)】 満行山泰叟寺
「水沢寺之縁起」には、「高光中将并びに北の方は伊香保大明神男躰女躰の両神なり」「夫れ高光中将殿は男躰伊香保大明神、御本地は薬師如来、別当は医王寺」とあります。
「北の方」とは高貴な方の奥方(正妻)をさすので、高光中将は男体伊香保大明神、「北の方」である伊香保姫は女体伊香保大明神ということになります。
また、「水沢寺之縁起」には「姫御前は推古帝崩御の後当国に下着し、弱伊香保明神と顕現はる」とあり、神道集と同様、高光中将と伊香保姫の息女(姫御前)は弱伊香保明神(若伊香保大明神)であることを示唆しています。
(以上、本地垂迹資料便覧様の「伊香保神社」からの引用による。)
神道集「第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事」には、「中将殿の姫君は帝が崩御された後に国に下り、若伊香保大明神として顕れた。」とあります。
文脈からすると、中将殿は伊香保姫(伊香保大明神)の夫である高光中将であり、「中将殿の姫君」は、すなわち伊香保姫の御息女にあたることになります。
(『神道集』の神々様「第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事」から引用。)
「若宮」「若」とはふつう本宮の祭神の子(御子神)を祀った神社をさしますから、御息女である姫御前を祀った神社の社名に「若」がついているのは、うなづけるところでしょうか。
なお、「尾崎喜左雄の説によると、伊香保神社は古くは阿利真公(有馬君)によって有馬の地に祀られており、後に三宮の地に遷座した。これが伊香保神社の里宮(現在の三宮神社)となり、有馬の元社は若伊香保神社と呼ばれるようになった。その後、伊香保温泉の湯前の守護神として分社が勧請され、現在の伊香保神社となった。伊香保温泉にはそれ以前から薬師堂(温泉明神)が祀られていたが、伊香保神社の勧請後はその本地仏とみなされるようになったと考えられる。」(参考文献 尾崎喜左雄「伊香保神社の研究」、『上野国の信仰と文化』所収、尾崎先生著書刊行会、1970)という貴重な情報があります。
→ 情報元・『神道集』の神々様「第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事」
また、いくつかの資料で「伊香保神社は元々当地に鎮座したとされ、同社が上野国国府近くの三宮神社(北群馬郡吉岡町大久保)に遷座した際、旧社地に祀られたのが若伊香保神社」という説が紹介されています。
〔二ッ岳噴火との関係〕
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神道集の第四十一上野国第三宮伊香保大明神事には、伊香保神社の創祀伝承が描かれています。
前段は「20.五徳山 無量寿院 水澤寺」で引用しましたが、後段にはつぎのような不思議な記述があります。
「人皇四十九代光仁天皇の御代、上野国司の柏階大将知隆は伊香保山で七日間の巻狩を行って山と沼を荒らした。 沼の深さを測ろうとすると、夜の内に小山が出現したので、国司は上奏のために里に下った。 その後、沼は小山の西に移動し、元の沼地は野原になった。 国司は里に下る途中、一頭の鹿を水沢寺の本堂に追い込んで射殺した。 寺の僧たちは殺された鹿を奪い取って埋葬し、国司たちを追い出した。 怒った国司は寺に火をつけて焼き払った。 別当恵美僧正は上京して委細を帝に奏聞した。 帝は国司を佐渡島に流すよう検非違使に命じた。」「伊香保大明神は山の神たちを呼び集めて石楼を造った。 国司が蹴鞠をしていると、伊香保山から黒雲が立ち上り、一陣の旋風が吹き下ろした。 国司と目代は旋風にさらわれて石楼に閉じ込められ、今も焦熱地獄の苦しみを受けている。 山の神たちが石楼を造った山が石楼山である。 この山の北麓の北谷沢には冷水が流れていたが、石楼山が出来てから熱湯が流れるようになり、これを見た人は涌嶺と呼んだ。」
(『神道集』の神々様「第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事」から引用。)
まとめると、
1.光仁天皇の御代(宝亀元年(770年)~天応元年(781年))、伊香保山に一夜にして小山が出現し、山中にある沼が西に移動して元の沼地は野原となった。
2.伊香保大明神は山の神たちを呼び集めて石楼を造った。伊香保山から黒雲が立ち上り、一陣の旋風が吹き下ろした。 国司と目代は旋風にさらわれて石楼に閉じ込められ、今も焦熱地獄の苦しみを受けている。
3.山の神たちが石楼を造った山が石楼山で、この山の北麓の北谷沢には冷水が流れていたが、石楼山が出来てから熱湯が流れるようになり、これを見た人は涌嶺と呼んだ。
1.からは地殻変動、2.からは火山の噴火、3.からは温泉湧出が連想されます。
伊香保温泉には、古墳時代の第十一代垂仁天皇の御代に開かれたという説と、天平時代の僧、行基(668-749年)によって発見されたというふたつの湯縁起が伝わります。(〔 温泉地巡り 〕 伊香保温泉(本ブログ)を参照)
行基伝説をとると、3.と伊香保温泉の開湯は時期的にほぼ符合します。
伊香保温泉の熱源は、6世紀に活動した二ッ岳の火山活動の余熱と考えられています。
伊香保の二ッ岳は、5世紀に火山活動を再開し6世紀中頃までに3回の噴火が発生、うち489~498年に渋川噴火、525~550年にかけて伊香保噴火というふたつの大規模噴火を起こしたことがわかっています。(気象庁「関東・中部地方の活火山 榛名山」より)
神道集の上記2.は光仁天皇の御代(770年~781年)のできごととされているので、二ッ岳の噴火と時代が合いませんが、この噴火を後世で記録したもの、という説があります。
「やぐひろネット・歴史解明のための考古学」様では、この点について詳細かつ綿密な考証をされています。(同Webの関連記事)
また、論文「6世紀における榛名火山の2回の噴火とそ の災害」(1989年早田 勉氏)によると、これら複数の噴火は、伊香保神社、三宮神社、若伊香保神社などが鎮座する榛名山東麓、北麓にかけて甚大な被害をもたらしたことがわかります。
これらの噴火が忘れてはならないできごととして語り継がれ、神道集に繋がったという見方もできるかもしれません。
神道集はかなりスペクタクルな展開で一見荒唐無稽な感じも受けますが、意外と史実を伝えているのかも・・・。
あまりに逸話が多いのでとりとめがなくなってきましたが(笑)、無理矢理とりまとめると、
1.伊香保神社のかつての祭神は伊香保大明神(高野辺大将の三番目の姫君)。
2.伊香保大明神には男体・女体があり、男体は伊香保神社、女体は三宮神社(吉岡町大久保)に鎮座される。
3.伊香保大明神男体(湯前・伊香保神社)は高光中将が顕れ、伊香保大明神女体(里下・三宮神社)は伊香保姫が顕れた。
4.伊香保大明神男体(高光中将)と伊香保大明神女体(伊香保姫)の御息女は若伊香保大明神(渋川・有馬の若伊香保神社)として顕れた。
5.三宮神社は、伊香保神社の里宮とする説がある
6.伊香保神社はもともと若伊香保神社の社地に鎮座し、同社が三宮神社に遷座した際、旧社地に祀られたのが若伊香保神社という説がある。
7.伊香保の湯前神社はもともと薬師堂(温泉明神)で、伊香保神社の遷座?にともない習合して本地薬師如来となったという説がある。
8.伊香保大明神の創祀は、5世紀の渋川噴火、6世紀の伊香保噴火とかかわりをもつという説がある。
無理矢理とりまとめても(笑)、やはりぜんぜんまとめきれません。
というかナゾは深まるばかりです。
伊香保はお気に入りの温泉地なので、時間をかけてナゾを解きほぐしていければと考えています。
【 御朱印 】
これほどの古名社でありながら、現在伊香保神社には神職は常駐されておりません。(最近は、週末は社務所で書入れいだだけるという情報あり。)
拝殿前に書置が置かれているという情報もありますが、わたしは参道階段下の饅頭屋さんで書置のものをいただきました。
また、渋川八幡宮でも神職がいらっしゃれば書入れの御朱印を拝受できますが、こちらは500円のお納めとなります。

【写真 上(左)】 書置の御朱印(参道階段横饅頭屋さんにて)
【写真 下(右)】 書入れの御朱印(渋川八幡宮にて)
書置き、書入れともに中央に神社印、中央に「伊香保神社」の揮毫があります。
なお、三宮神社、若伊香保神社ともに無住で、御朱印の授与については確認できておりません。
また、若伊香保神社のとなりに、いかにも別当寺然としてある曹洞宗の満行山泰叟寺も参拝しましたが、御朱印は非授与とのことでした。
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(以下はさしあたりリストのみです。)
22.榛名神社
高崎市榛名山町849
主祭神:火産霊神 埴山姫神
式内社(小)、上野国六宮 旧社格:県社
■ 社号
23.秀厳山 龍水院 大福寺(瀧不動)
高崎市中室田町5558
天台宗 御本尊:不動明王
札所:北関東三十六不動霊場第3番
札所本尊:不動明王(北関東三十六不動霊場第3番)
■ 瀧不動尊(不動明王)(北関東三十六不動霊場第3番)
24.上野國一社八幡宮
高崎市八幡町655
主祭神:品陀和気命、息長足姫命、玉依姫命
旧社格:郷社
■ 社号
25.白岩山 長谷寺(白岩観音)
高崎市白岩町448
金峯山修験本宗 御本尊:十一面観世音菩薩
札所:坂東三十三箇所(観音霊場)第15番、新上州三十三観音霊場別格、群馬郡三十三観音霊場第31番
札所本尊:十一面観世音菩薩(坂東三十三箇所(観音霊場)第15番)、十一面観世音菩薩(新上州三十三観音霊場別格)
■ 大悲殿(十一面観世音菩薩)(坂東三十三箇所(観音霊場)第15番)
■ 大悲殿(十一面観世音菩薩)(新上州三十三観音霊場別格)
■ 役ノ行者
26.我峰八幡神社(わがみね)
高崎市我峰町263
御祭神:品陀和気命(応神天皇)、息長足姫命(神功皇后)ほか
旧社格:村社、神饌幣帛料供進社
■ 祭神名・社号
27.烏子稲荷神社(すないご)
高崎市上小塙町564
御祭神:宇迦之御魂命、大日霊命、素戔嗚命、菅原道真公
神饌幣帛料供進社
■ 社号
28.新比叡山 本実成院 天龍護国寺
高崎市上並榎町922
天台宗 御本尊:釈迦如来
札所:群馬郡三十三観音霊場第31番
■ 厄除 元三大師
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■ 御朱印情報の関連記事
【 BGM 】 ~ 熊田このはちゃん特集 ~
透明感あふれるたぐいまれなハイトーン。聴き手の心に入りこむ1/fゆらぎ。(→特集記事)
花(中 孝介)- 熊田このは(まねきの湯 16 Dec. 2017)
fight(YUI) - 熊田このは(11 Feb. 2018)
熊田このは「手と手」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
1stCD、2019/11/03リリースです。
21.伊香保神社を追加しました。
2019/10/26UP
大規模災害がつづいています。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
被害にあわれた方々にお見舞い申し上げるとともに、被災地の一日もはやい復興を祈念申し上げます。
20.五徳山 無量寿院 水澤寺(水澤観音)を追加しました。
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2019/09/15UP
字数制限にかかってしまったので、2つに分割します。
ここからしばらくは逸話が豊富な寺社がつづくので、1UP1寺社とします。
→ 伊香保温泉周辺の御朱印-1(前編)から
19.船尾山 等覚院 柳澤寺
榛東村山子田2535
天台宗 御本尊:千手千眼観世音菩薩 (釈迦三尊)
札所:新上州三十三観音霊場第25番、東国花の寺百ヶ寺霊場第34番(群馬第8番)、関東九十一薬師霊場第46番、関東百八地蔵尊霊場第34番、群馬郡三十三観音霊場第2番、上州七福神(毘沙門天)
札所本尊:千手観世音菩薩(新上州三十三観音霊場第25番)、千手観世音菩薩(東国花の寺百ヶ寺霊場第34番(群馬第8番))、薬師如来(関東九十一薬師霊場第46番)、地蔵菩薩(関東百八地蔵尊霊場第34番)、毘沙門天(上州七福神)
■ 千手大悲殿(千手観世音菩薩)(新上州三十三観音霊場第25番)
■ 千手大悲殿(東国花の寺百ヶ寺霊場第34番(群馬第8番))
■ 薬師瑠璃光如来(関東九十一薬師霊場第46番)
■ 延命地蔵尊(関東百八地蔵尊霊場第34番)
■ 毘沙門天(上州七福神)


榛名東麓屈指の古刹で、複数の札所を兼ねているこのお寺は、複雑な開山由緒を有します。
公式Webによると「天台宗宗祖傳教大師の東国巡行のみぎり、この地に住む群馬の太夫満行と言うものが大師の徳を慕って榛名山中の船尾の峰に"妙見院息災寺"という巨刹を創建し、大師を請じて開山」というのが当初の開山伝承のようです。
その後、「神道集」の「上野国桃井郷上村八ヶ権現の事」、およびこれをベースとして成立した「船尾山縁起」が広まります。
「船尾山縁起」はデリケートな内容で抜粋引用がはばかられ、全文引用すると長くなるのでこちら(公式Web)をご覧ください。
近世、この地との関わりがうすい千葉氏が主役で、その千葉氏が悲劇的な結末をもってその姿を隠してしまうというこの伝承については、その背景として様々な見解が打ち出されています。
「6.三鈷山 吉祥院 妙見寺」にも千葉氏にまつわる伝承が残りますが、柳澤寺は「妙見院息災寺」を通じ、妙見寺と相当のつながりがあったことが想像されます。
それにしても、このエリアは「神道集」との関わりが深いです。
神道集(しんとうしゅう)は、南北朝時代中期に成立とされている十巻五十条からなる説話集で、安居院唱導教団(あぐいしょうどうきょうだん)の著作とされます。
安居院唱導教団はこの時代の仏教宗派のひとつとされ、詳細は不明ですが、伊勢神道(度会神道、神本仏迹説系)との関連を指摘する説がみられます。
内容はすこぶる劇的でスペクタクル。アニメや映画になじみそう。
主に関東(とくに上州)の神社について、その成り立ちと本地仏(神本仏迹説からすると垂迹仏?)が詳細に記されています。
(いわゆる本地譚・本地物/神体の前生説話のひとつとされる。)
登場される神々はかならずしも現在の主祀神ではなく、主にその土地とつながりのふかい尊格です。
生身の人間が説話を介して一気に神となる不思議なイメージ漂う内容ですが、これは神本仏迹系本地譚の特徴なのかもしれません。(「権現系」ではなく「明神系」、神名も大明神を名乗られる例が多い。)
この「神道集」があることで上州の寺社はダイナミックにつながり、寺社巡りに興を添えているかと思います。
「上野国桃井郷上村八ヶ権現の事」(神道集第四十七)は、こちらで紹介されています。
「神道集」と「船尾山縁起」はともに凄絶な展開で内容は酷似していますが、「神道集」の主役は上野国国司の桃苑左大将家光です。
千葉氏が主役となる「船尾山縁起」の成立は「神道集」から約二百年後とされるので、この二百年のあいだに千葉氏にかかわる大きなできごとがあったのかもしれません。
ちなみに、柳澤寺そばには平常将大明神を主祭神とする常将神社が鎮座しています。
寺伝(公式Web)によると、延暦寺の直末として中世には学僧も多く輩出、戦国時代末の動乱を経て、江戸時代に入は天海僧正、高崎城主・安藤右京進などの尽力により朱印地三十石を賜ったとされる名刹です。
背後に榛名山を背負い、眼下に利根川が流れる開けた立地に名刹にふさわしい広大な境内を擁します。
風格ある二層丹塗りの楼門、御本尊、千手千眼観世音菩薩が御座す本堂(観音堂)、寄棟平屋造りの風趣ある客殿(釈迦三尊、薬師如来、不動明王、毘沙門天などが御座)、県内最古とされる鐘楼、阿弥陀堂、薬師堂、平成10年建立の五重塔など壮麗な伽藍が連なります。

【写真 上(左)】 鐘楼
【写真 下(右)】 五重塔
本堂(観音堂)は向かって右にやや離れてあるのでややわかりにくいですが、新上州三十三観音と東国花の寺百ヶ寺霊場の参拝はこちらになります。
納経所(御朱印授与所)は、客殿左手の庫裡、ないし、客殿が開いているときは客殿内となります。
複数の札所を兼ねているので手慣れたご対応ですが、目的の御朱印(霊場)をはっきり申告する必要があります。
それでは、それぞれの霊場の御朱印を紹介していきます。
なお、Web情報からすると霊場申告なしの御朱印は、新上州三十三観音霊場のものとなる模様。
【 新上州三十三観音霊場の御朱印 】

本堂(観音堂)

【写真 上(左)】 専用納経帳の御朱印
【写真 下(右)】 御朱印帳書入れの御朱印
上記のとおり、札所本尊の千手千眼観世音菩薩は境内右手の本堂(観音堂)に御座します。
元禄年間の様式を残すとされる、方六間の木造青銅葺きの建物で古趣を湛えています。
中央に札所本尊、千手観世音菩薩の種子「キリーク」の御寶印(蓮華座+火焔宝珠)と「千手大悲閣」の揮毫。
右上に「上州第二十五番」の札所印。左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
専用納経帳の御朱印も同様の構成です。
客殿にて御朱印帳に書入れ、専用納経帳御朱印は庫裡にていただきました。
【 東国花の寺百ヶ寺霊場の御朱印 】

指定花種はサクラ(ソメイヨシノ)ですが、サツキも有名なようです。
この霊場は御本尊が札所本尊となるケースが多いですが、やはり本堂御本尊の千手千眼観世音菩薩の御朱印でした。
なので、霊場の参拝所は境内右手の本堂(観音堂)となります。
なお、公式Webには客殿の欄に「本尊釈迦三尊像」の記載がありますが、本堂御本尊=千手観世音菩薩、客殿御本尊=釈迦三尊という位置づけなのかもしれません。
中央に札所本尊、千手観世音菩薩の種子「キリーク」の御寶印(蓮華座+火焔宝珠)と「千手大悲閣」の揮毫。
右上に「東国花の寺百ヶ寺群馬第八番」の札所印。左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。(主印が千手観世音菩薩の御影印となる場合もあるようです。)
霊場専用納経帳用の書置御朱印もあるようですが、庫裡にて御朱印書入れをいただきました。
【 関東九十一薬師霊場の御朱印 】

【写真 上(左)】 本堂(観音堂)参道右手の真新しい建物が薬師堂の覆堂?
【写真 下(右)】 御朱印
御座所をお尋ねするのを忘れましたが、霊場ガイドブックによると、札所本尊は本堂(観音堂)脇の唐破風宮殿造の薬師堂に御座す秘仏、船尾薬師如来(江戸初期、二尺一寸木彫座像)で、往昔より眼の病、万病平癒の守護佛として土地の人に信仰されてきたとのこと。
中央に薬師如来立像の御影印と「薬師瑠璃光如来」の揮毫。右上に「薬師瑠璃光如来」の印判。
左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
客殿にて、御朱印帳に書入れいただきました。
【 関東百八地蔵尊霊場の御朱印 】

【写真 上(左)】 札所本尊の延命地蔵尊
【写真 下(右)】 子授地蔵尊

札所本尊御座所は、「仁王門から本堂(観音堂)に向かう途中の石像のお地蔵さま」との由。
霊場ガイドブックによると、「仁王門から観音堂に通ずる中段境内に近年建立された”延命地蔵尊”(石佛立像一丈三尺)」とあります。
鐘楼脇には元禄期建立とされる石佛立像の”子授地蔵尊”も御座しますが、ガイドには札所本尊欄に「延命地蔵尊」と明記されているので、こちらが札所本尊と思われます。
関東百八地蔵尊霊場の札所本尊は露仏も多く、ガイドブックがないとこのように特定しにくいケースがあります。
中央に地蔵菩薩立像の御影印と「延命地蔵尊」の揮毫。右上に「関東百八地蔵尊第三四番札所」の札所印。
左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
客殿にて、御朱印帳に書入れいただきました。
【 上州七福神(毘沙門天)の御朱印 】

【写真 上(左)】 客殿
【写真 下(右)】 殿の扁額と上州七福神の札所板

【写真 上(左)】 毘沙門天の説明板
【写真 下(右)】 御朱印
上州七福神は県内全域にまたがる広域の七福神で、通年でどれだけ参拝客がいるかはわかりませんが、霊場会があり御朱印帳書入れもおおむねOKのようです。
客殿に御座す、毘沙門天が札所本尊です。
中央に法具(鈷杵?)を背景にした宝塔(毘沙門天の持物)の印と「毘沙門尊天」の揮毫。
右上に「毘沙門尊天」の印判。
左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
客殿にて、御朱印帳に書入れいただきました。
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2019/10/26UP
20.五徳山 無量寿院 水澤寺(水澤観音)
渋川市伊香保町水沢214
天台宗 御本尊:十一面千手観世音菩薩
札所:坂東三十三箇所(観音霊場)第16番、新上州三十三観音霊場別格、関東百八地蔵尊霊場第33番、群馬郡三十三観音霊場第3番
札所本尊:十一面千手観世音菩薩(坂東三十三箇所(観音霊場)第16番)、十一面千手観世音菩薩(新上州三十三観音霊場別格)、地蔵菩薩(関東百八地蔵尊霊場第33番)、十一面千手観世音菩薩(群馬郡三十三観音霊場第3番)
■ 千手大悲閣(十一面千手観世音菩薩)(坂東三十三箇所(観音霊場)第16番)
■ 千手大悲閣(十一面千手観世音菩薩)(新上州三十三観音霊場別格)
■ 南無六地蔵尊(地蔵菩薩)(関東百八地蔵尊霊場第33番)
■ 釈迦三尊
通称、水澤観音として親しまれる水澤寺は、上州を代表する天台宗の古刹です。
坂東三十三観音霊場の第十六番礼所でもあり、広く巡拝客を集めています。
寺伝(公式Webより)には、「千三百有余年の昔、推古天皇・持統天皇の勅願による、高麗の高僧恵灌僧正の開基であり、五徳山 水澤寺の名称は、推古天皇の御宸筆(ごしんぴつ)の額名によるものです。ご本尊は国司高野辺家成公の三女 伊香保姫のご持仏の十一面千手観世音菩薩であり、霊験あたらたかなること、特に七難即滅七福即生のご利益顕著です。」とあります。
この伊香保姫は、くだんの「神道集」でも大きくとりあげられています。
後段の伊香保神社の縁起にもかかわる内容なので、すこしく長くなりますが、第四十 上野国勢多郡鎮守赤城大明神事、第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事から抜粋引用してみます。
■ 第四十 上野国勢多郡鎮守赤城大明神事
人皇十八代履中天皇の御代、高野辺左大将家成は無実の罪で上野国深栖郷に流され、その地で奥方との間に一人の若君と三人の姫君をもうけた。奥方が亡くなった後、左大将は信濃国更科郡の地頭・更科大夫宗行の娘を後妻とし、その間に一人の娘をもうけた。
その後左大将は罪を許されて都へ戻り、上野国の国司に任じられ、若君も都へ上り、帝から仕官を許された。
三人の姫君のうち、姉姫は淵名次郎家兼に預けられ淵名姫、次の姫は大室太郎兼保に預けられ赤城御前、末姫は群馬郡の地頭・伊香保大夫伊保に預けられて伊香保姫といった。
三人の姫君は見目麗しく、心根も優しく、相応の婿を選んで嫁ぐこととなったが、継母はこれに嫉妬し、弟の更科次郎兼光を唆して三人の姫君を亡きものにしようとした。
兼光は兵を興して淵名次郎と大室太郎を捕らえ、斬り殺した。
次に、淵名姫と淵名の女房を捕らえて亡きものにした。
その後、大室の宿所に押し寄せたが、赤城御前と大室の女房は赤城山へ逃れた。有馬郷の伊香保大夫は守りを固めて迎え撃ったので、伊香保姫は無事だった。
〔姉姫淵名姫は淵名明神に、赤城御前は唵佐羅摩女(赤城沼の龍神)の跡を継いで赤城大明神として顕れたと「神道集」は伝えますが、詳細は別稿に譲ります。〕
上野国の国司に任じられた左大将は、淵名姫の死を知ると姫の跡を追って身を投げた。
中納言となっていた若君はこれを知ると東国へ下り、上野国の国司となって更級次郎父子を捕らえ仇を討つた。
国司は無事であった伊香保姫と再会し、国司の職を伊香保姫に譲った。
伊香保姫は兄(国司高野辺中納言)の奥方の弟にあたる高光少将を婿に迎え、伊香保大夫の後見で上野国の国司を勤められた。
伊香保大夫は目代となり、自在丸という地に御所を建てた。当国の惣社は伊香保姫の御所の跡である。
■ 第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事(話の内容が第四十と整合しない箇所があります。)
伊香保大明神は赤城大明神の妹で、高野辺大将の三番目の姫君である。
高野辺中納言の奥方の弟の高光中将と結婚して、一人の姫君をもうけた。
伊香保姫と高光中将は上野国国司を他に譲ったあと、有馬の伊香保大夫のもとで暮らしていた。
伊香保姫は淵名神社へ参詣の折、現在の国司である大伴大将と出会い、伊香保姫の美貌に懸想した大伴大将は、国司の威勢で姫を奪おうとした。
伊香保大夫は九人の息子と三人の婿を将として防戦したが劣勢となり、伊香保姫とその姫君、女房と娘の石童御前・有御前を連れて児持山に入った。負傷した高光中将は行方知れずとなった。
伊香保太夫は上京して状況を帝に奏聞すると、帝は伊香保姫に国司の職を持たせ、伊香保太夫を目代とされた。
また、高光中将(と伊香保姫)の姫君を上京させて更衣とされ、皇子が生まれたので国母として仰がれた。
伊香保太夫は伊香保山の東麓の岩滝沢の北岸に寺を建てて、高光中将の遺骨を納めた。
月日は流れ、伊香保太夫とその女房は亡くなった。 その娘の石童御前と有御前は伊香保姫と暮らしていた。
高光中将の甥の恵美僧正が別当になって寺はますます栄え、岩滝沢に因んで寺号を水沢寺とした。
伊香保姫は夫高光中将の形見の千手観世音菩薩を寺の本尊に祀り、二人の御前とともに亡き人々の菩提を弔ったところ、高光中将・伊香保大夫夫妻とその一族があらわれて千手観世音菩薩に礼拝した。
伊香保大夫の女房は 「あなた方の千手経読誦の功徳により、伊香保山の神や伊香保沼(榛名湖)の龍神・吠尸羅摩女に大切にされ、我らは悟りを開くことができました。
今は高光中将を主君とし、その眷属として崇められています」と云った。
夢から覚めた伊香保姫は「沼に身を投げて、龍宮城の力で高光中将の所に行こうと思います」と云って伊香保沼に身を投げた。石童御前と有御前もその後を追った。
恵美僧正は三人の遺骨を本堂の仏壇に下に収めて菩提を弔った。
その後、恵美僧正の夢の中に伊香保姫が現れ、この寺の鎮守と成ろうと告げた。
夜が明けて枕もとを見ると、一冊の日記が有り、以下のように記されていた。
伊香保姫は伊香保大明神として顕れた。
伊香保太夫は早尾大明神として顕れた。
太夫の女房は宿禰大明神として顕れた。
以上長くなりましたが、まとめると、伊香保姫の生涯は以下のようにあらわされています。
・伊香保姫は、上野国国司高野辺家成公の三女である。
・見目麗しく、心根も優しかったが、継母はこれに嫉妬し姫の命を狙うが有馬郷の伊香保大夫に護られた。
・兄(国司高野辺中納言)の奥方の弟にあたる高光少(中)将を婿に迎え、伊香保大夫の後見で上野国の国司を勤められた。
・伊香保姫と高光少(中)将の姫君は京に上って更衣となり、皇子を産んで国母(天皇の母、皇太后)となられた。
・伊香保姫は伊香保沼に身を投げた後、水澤寺の別当恵美僧正がその遺骨を本堂の仏壇下に納めた。伊香保姫は恵美僧正の夢にあらわれ、水澤寺の鎮守となられた。
・伊香保姫は伊香保大明神として顕れた。
水澤寺の寺伝と「神道集」で寺の開基は若干異なりますが、御本尊が国司高野辺家成公の三女 伊香保姫のご持仏の(十一面)千手観世音菩薩という点は符合しています。
水澤寺は歴代天皇の勅願寺という高い格式を有しますが、これは「神道集」で伊香保姫の娘が国母(天皇の母、皇太后)になられたという内容と関係があるのかもしれません。
公式Webによると、「現在の建物は大永年間に仮堂を造立し、元禄年間より宝暦天命年間に至る三十三ヶ年の大改築によるもの」とのこと。
坂東三十三観音霊場の礼所であり、名湯、伊香保温泉のそばにあることから、ふるくから多くの参詣客を集めたとみられます。
山内はさほど広くはないものの、霊場札所特有のパワスポ的雰囲気にあふれています。
背景の深い緑に朱塗りの伽藍が映えて、華やぎのある境内です。
また、参道に店が軒を連ねる水沢うどんは、讃岐うどん・稲庭うどんとともに「日本三大うどん」とされています。(諸説あり)

【写真 上(左)】 うどん店街からの表参道登り口
【写真 下(右)】 有名店の元祖田丸屋

【写真 上(左)】 水沢うどん
【写真 下(右)】 マイタケの天麩羅も名物です
境内の中心は本堂ですが、駐車場が手前にあるため、まず目に入る仏殿は釈迦堂です。
釈迦三尊像をお祀りし、円空仏(阿弥陀如来像)・二十八部衆像・十一面観世音菩薩像等を安置、坂東三十三観世音菩薩像をお祀りし、お砂踏みができるなど見応えがあります。
こちらでは釈迦三尊の御朱印を授与されています。

【写真 上(左)】 釈迦堂
【写真 下(右)】 花まつりの誕生仏

【写真 上(左)】 釈迦三尊の御朱印
【写真 下(右)】 平成最後の花まつり当日の釈迦三尊の御朱印
【 釈迦三尊の御朱印 】
釈迦三尊は、釈迦如来を中尊とし、左右に脇侍を配する安置形式です。
ふつう、向かって右に文殊菩薩、向かって左に普賢菩薩が置かれます。
左右逆に配置される場合もありますが、文殊菩薩は獅子、普賢菩薩は白象の上の蓮華座に結跏趺坐されているので、識別は比較的容易です。
水澤寺釈迦堂の釈迦三尊像(→公式Web)の画像は施無畏印、与願印を結ぶ釈迦如来を中尊に、向かって右に文殊菩薩、左に普賢菩薩が御座します。
御朱印の御寶印の種子も同様の配置で、中央上に釈迦如来の種子「バク」、右に文殊菩薩の種子「マン」、左に普賢菩薩の種子「アン」が、蓮華座+火焔宝珠のなかに置かれています。
中央に「釋迦三尊」の揮毫。右上に「坂東十六番」の札所印。右下に山号、左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
画像は灌仏会(花まつり/4月8日)当日の御朱印で、釈迦堂前には誕生仏像と甘茶が用意されていました。

【写真 上(左)】 参道
【写真 下(右)】 鐘楼
参道を進むとすぐに本堂が見えてきます。
御本尊が観世音菩薩なので、本堂が観音堂となります。
天明七年竣工の五間堂で、正面向拝、軒唐破風朱塗りの趣きあるつくり。透かし彫りや丸彫り技法を駆使した向拝柱の龍の彫刻はとくに見応えがあります。

【写真 上(左)】 本堂
【写真 下(右)】 向拝

【写真 上(左)】 向拝の天井画
【写真 下(右)】 札所扁額
御本尊の十一面千手観世音菩薩は絶対秘仏で御開帳はされません。
坂東三十三箇所(観音霊場)第16番、新上州三十三観音霊場別格の札所はこちらになります。
【写真 上(左)】 御札場の札所板
【写真 下(右)】 表参道の山門
なお、釈迦三尊像(釈迦堂)以外の御朱印および御朱印帳は、すべて本堂前御札場で授与されています。
本来の表参道はこの御札場横の階段で、水沢うどん店街から昇るもの。仁王門も雰囲気があり、こちらにも回ることをおすすめします。
【 坂東三十三箇所(観音霊場)の御朱印 】

【写真 上(左)】 坂東三十三箇所(観音霊場)の御朱印-1
【写真 下(右)】 坂東三十三箇所(観音霊場)の御朱印-2
中央に札所本尊、十一面千手観世音菩薩の種子「キリーク」と「千手大悲閣」の揮毫。
御寶印は蓮華座、火焔宝珠のなかに上段3つ、下段5つの8つの種子が置かれています。
上段の3つは、おそらく中央に聖観世音菩薩の種子「サ」、右に不動明王の種子「カン」、左に毘沙門天の種子「ベイ」。
天台宗系寺院では中尊の右に不動明王、左に毘沙門天を置く様式がありますが(これは複数のご住職からお聞きしたので間違いないと思う)、なぜ中央に十一面千手観世音菩薩の種子「キリーク」ではなく、聖観世音菩薩の種子「サ」が置かれているかは不明。
下段の5つの種子については、上段の中尊と併せて六観音を構成しているのではないかと思います。
通常、天台宗の六観音は聖観世音菩薩(種子サ)、十一面観世音菩薩(キャ)、千手観世音菩薩(キリーク)、馬頭観世音菩薩(カン)、如意輪観世音菩薩(キリーク)、不空羂索観世音菩薩(モ)です。
下段の種子は左からキリーク、サ、キリーク、キャ、カンで、不空羂索観世音菩薩のモを除いて揃っています。
サを不空羂索観世音菩薩の種子に当てていると考えると六観音説が成立しますが、委細はよくわかりません。
右上に「坂東十六番」の札所印。右下には山号、左下に寺号の揮毫と寺院印が捺されています。

【写真 上(左)】 オリジナル御朱印帳(紺)
【写真 下(右)】 オリジナル御朱印帳(朱)

【写真 上(左)】 坂東三十三箇所(観音霊場)の専用納経帳(表紙)
【写真 下(右)】 坂東三十三箇所(観音霊場)の専用納経帳(水澤寺の頁)
こちらのオリジナル御朱印帳は紙質がよく、おすすめです。
下段に寺院の概略が記載された、「幻の坂東三十三箇所専用納経帳」はようやくこちらで入手できましたが、まだ発願していません。
【 新上州三十三観音霊場の御朱印 】

【写真 上(左)】 御朱印帳書入れの御朱印
【写真 下(右)】 専用納経帳の御朱印
こちらは新上州三十三観音霊場の番外札所になっていて、御朱印を授与されています。
中央に捺された御寶印は上の坂東霊場のものと同様です。
中央に「キリーク」の種子と「千手大悲閣」の揮毫。右上に「上州別格霊場」の霊場印。
右下には山号、左下に寺号の揮毫と寺院印が捺されています。
専用納経帳の御朱印も同様の構成ですが、両面タイプで左側には尊格や御詠歌の印刷があります。
【 関東百八地蔵尊霊場の御朱印 】

【写真 下(右)】 六角堂
【写真 下(右)】 六角堂正面

【写真 上(左)】 六角堂向拝
【写真 下(右)】 祈念を込めて廻します

【写真 上(左)】 六地蔵尊
【写真 下(右)】 六地蔵尊の御朱印
あまり知られていないようですが、こちらは関東百八地蔵尊霊場33番の札所で、御朱印も授与されています。
本堂向かって右手にある朱塗りの六角堂(地蔵堂)は天明七年竣工の銅板瓦棒葺。堂内に御座す、元禄期、唐金立像の六体の開運地蔵尊(六地蔵尊)が札所本尊で、県指定重文のようです。
この六地蔵尊を左に三回廻して罪障消滅、後生善処を祈念します。
人気のスポットで、いつも参詣客が楽しそうに回し棒を押しています。
お堂の二層には上がれませんが、大日如来が安置されているそうです。
中央に「南無六地蔵尊」の揮毫。
御寶印は蓮華座と火焔宝珠のなかに上段に大きくひとつ、下段に小さく6つの種子が置かれています。
上段の大きな種子はおそらく金剛界大日如来の荘厳体種子(五点具足婆字)「バーンク」と思われます。
下の6つはこの資料からすると、六地蔵を示し、左からふたつはカ(法性)、イ(宝性)、右からふたつはイー(地持)、イ(光昧)を示すと思われますが、揮毫がかかっている中央のふたつは不明です。
(六地蔵の名称や尊容は一定していないといわれ、六道との対応もよくわからない場合があります。)
六角堂(地蔵堂)は、2層に大日如来、1層に六地蔵尊が御座されているので、尊像配置とご寶印が整合しているようにも思われますが、さてさてどうでしょうか。
右上に「関東百八地蔵尊三三番」の札所印。右下に山号、左下には寺号の揮毫と寺院印が捺されています。

【写真 上(左)】 飯綱大権現
【写真 下(右)】 十二支守り本尊

【写真 上(左)】 龍王弁財天
【写真 下(右)】 めずらしい尊格配置
この他にも、飯綱大権現、十二支守り本尊、龍王弁財天など、ふるくから参詣客を集めた古刹らしいみどころがつづきます。
車であと少し走れば名湯、伊香保温泉。午後に訪れて伊香保泊まりのゆったりとした参詣をおすすめします。
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2019/11/15UP
21.伊香保神社
渋川市伊香保町伊香保2
主祭神:大己貴命、少彦名命
式内社(名神大)、上野国三宮 旧社格:県社兼郷社
■ 社号(書置)(直書)

ようやく、この記事のハイライト、伊香保神社まできました。
伊香保温泉街の石段三百六十五段を昇りきったところに鎮座するこの神社は、式内社(名神大)、上野国三宮、旧県社という高い格式をもつ古社で、すこぶる複雑な由緒来歴を有します。
興味を惹かれたので、御朱印とは関係なく関連する神社も回ってみましたので、こちらも含めてご紹介します。

【写真 上(左)】 伊香保石段街
【写真 下(右)】 参道の階段
神社の創祀由緒をたどる有力な手がかりは境内の由来書です。
まずは、伊香保神社の由来書から要旨を抜粋引用してみます。
・第十一代垂仁天皇朝時代(紀元前二九~七0)の開起と伝えられ、第五十四代仁明天皇朝承和二年(八三五)九月十九日名神大社に。
・延喜五年(九0五)編纂開始の神名帳に記載され、朝廷公認の神社となった。
・上野国は十二宮を定めたが、伊香保神社は一宮貫前神社、二宮赤城神社についで三宮の神社となった。
・明治維新後、あらたに近代社格制度が敷かれ、伊香保神社は県社を賜ることとなった。

【写真 上(左)】 社号標
【写真 下(右)】 神楽殿
また、比較的信憑性の高い資料として所在市町村資料がありますが、当社所在の渋川市のWebにも記載があります。
いささか長いですが、興味ある内容を含んでいるので以下に引用します。
「(前略)延喜式内社です。「伊香保」の地名は古く、『万葉集』の東歌にも詠まれています。「厳つ峰」(いかつほ)とか「雷の峰」(いかつちのほ)に由来し、榛名山、とくに水沢山を指す古名だったと言われています。伊香保神社ももとは、水沢山を信仰の対象としたもので、別の場所にあったようです。
平安時代の記録では承和6年(839)に従五位下、元慶4年(880)には従四位上、長元3年(1030)ころに正一位に叙せられ、やがて上野国三宮となります。その後は衰微しますが、いつしか伊香保の源泉近くへ移り、温泉の守護神となったようです。
現在の祭神は、温泉・医療の神である大己貴命・少彦名命であり、湯元近くに移ってから後の祭神と思われます。(以下略)」

【写真 上(左)】 伊香保神社拝殿(2003年)
【写真 下(右)】 拝殿扁額
市町村資料としてはかなりナゾめいた内容ですが(笑)、以下の内容が読みとれます。
1.(延喜式内社)名神大社、上野国三宮、旧県社という社格の高い神社であること。
2.もともと水沢山を信仰の対象とし、別の場所にあった可能性があること。
3.伊香保の湯元のそば(現社地)に移られる前は別の祭神であった可能性があること。

【写真 上(左)】 社号の提灯
【写真 下(右)】 境内社
これとは別に「明治維新前には湯前神社(明神)と称していましたが、明治6年、旧号の伊香保神社と改称」という情報も得られました。併せて、「伊香保温泉にはそれ以前から薬師堂(温泉明神)が祀られていたが、伊香保神社の勧請後はその本地仏(薬師如来)とみなされるようになった。」という説もあり、これは上記2や3の内容と整合するものです。(詳細後述)
なお、群馬郡三十三観音霊場第4番の医王寺は、伊香保神社参道階段下から露天風呂に向かう途中の「医王寺薬師堂」のことかと思われます。

【写真 上(左)】 利根川越しの榛名連山
【写真 下(右)】 伊香保薬師堂(医王寺)
さらに、「群馬県群馬郡誌」には下記の記述があります。
「祭神は大己貴命少彦名命にして(略)淳和天皇の御代の創建なり。夫れより仁明天皇の承和二年辛羊九月名神大の社格たり(略)歴代國々の諸神に位階を給ひたれば本社は正一位に昇格す、故に上野國神名帳に正一位伊香保大明神と記載あり。」「明治六年縣社に列し更に二四大邑?の郷社を兼ねたり」
ところで上野国十二宮(社)をたどっていくと、伊香保神社のほかにもう一社、三宮に比定されている神社がみつかります。
吉岡町大久保に鎮座する三宮神社です。

【写真 上(左)】 三宮神社社頭
【写真 下(右)】 三宮神社の社号標と鳥居
三宮神社境内の由来書から抜粋引用します。(句読点は適宜付加。)
・天平勝宝二年(750)の勧請・創祀と伝えられる古名社、また「神道集」に『女体ハ里ヘ下給テ三宮渋河保ニ御座ス、本地ハ十一面也』とあり、伊香保神社の里宮とする説がある。
・彦火々出見命 豊玉姫命 少彦名命の三柱の神を奉斉している。
・三宮と称する所以は三柱の神を祭るためでなく、上野国三之宮であったことによる。
・九条家本延喜式神名帳には上野国三之宮は伊香保大明神とあり、当社はその里宮の中心であったと考えられる。
・古代当地方の人々は榛名山を伊香保山と称し、その山頂を祖霊降臨の地と崇め、麓に遙拝所をつくり里宮とした。
・上野国神名帳には伊香保神が五社記載されてあり、その中心の宮を正一位三宮伊香保大明神と記している。
・当地三宮神社は伊香保神を祭る中心地であったため、三宮の呼称が伝えられたのである。
・神道集所収の上野国三宮伊香保大明神の由来には、伊香保神は男体女体の二神あり男体は伊香保の湯を守護する薬師如来で、女体は里に下り十一面観音となるとある。
・当社は、古来十一面観音像を御神体として奉安してきたのである。

【写真 上(左)】 三宮神社拝殿
【写真 下(右)】 三宮神社拝殿の扁額
なお、本地垂迹資料便覧様の「伊香保神社」には、伊香保大明神は南体・女体が御在し、男体(湯前)は伊香保の湯を守護され本地は薬師如来、女体(里下)は里へ下られ三宮神社に御在し本地は十一面観世音菩薩とあります。
渋川市有馬に鎮座する若伊香保神社も伊香保神社との関連が指摘されています。

【写真 上(左)】 若伊香保神社の社号標
【写真 下(右)】 若伊香保神社拝殿
社頭の石碑はうかつにも現地で記録し忘れましたが、Web上で見つかるのでこちらの内容を抜粋引用させていただきます。
・有馬の地の産土神は、大名牟遅命、少彦名命を併せ祀る若伊香保神社である。
・貞観五年それまでは正六位であった神格から、従五位下を授けられたことが「三代実録」に明らかである。
・中世には、「上野国五の宮」と証され、県下神社中の第五位に置かれ、惣社明神相殿十柱の一となり正一位を与えられた。
若伊香保大明神の本地は千手観世音菩薩とされ、これは各種の資料で一貫しています。

【写真 上(左)】 若伊香保神社拝殿の扁額
【写真 下(右)】 満行山泰叟寺
「水沢寺之縁起」には、「高光中将并びに北の方は伊香保大明神男躰女躰の両神なり」「夫れ高光中将殿は男躰伊香保大明神、御本地は薬師如来、別当は医王寺」とあります。
「北の方」とは高貴な方の奥方(正妻)をさすので、高光中将は男体伊香保大明神、「北の方」である伊香保姫は女体伊香保大明神ということになります。
また、「水沢寺之縁起」には「姫御前は推古帝崩御の後当国に下着し、弱伊香保明神と顕現はる」とあり、神道集と同様、高光中将と伊香保姫の息女(姫御前)は弱伊香保明神(若伊香保大明神)であることを示唆しています。
(以上、本地垂迹資料便覧様の「伊香保神社」からの引用による。)
神道集「第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事」には、「中将殿の姫君は帝が崩御された後に国に下り、若伊香保大明神として顕れた。」とあります。
文脈からすると、中将殿は伊香保姫(伊香保大明神)の夫である高光中将であり、「中将殿の姫君」は、すなわち伊香保姫の御息女にあたることになります。
(『神道集』の神々様「第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事」から引用。)
「若宮」「若」とはふつう本宮の祭神の子(御子神)を祀った神社をさしますから、御息女である姫御前を祀った神社の社名に「若」がついているのは、うなづけるところでしょうか。
なお、「尾崎喜左雄の説によると、伊香保神社は古くは阿利真公(有馬君)によって有馬の地に祀られており、後に三宮の地に遷座した。これが伊香保神社の里宮(現在の三宮神社)となり、有馬の元社は若伊香保神社と呼ばれるようになった。その後、伊香保温泉の湯前の守護神として分社が勧請され、現在の伊香保神社となった。伊香保温泉にはそれ以前から薬師堂(温泉明神)が祀られていたが、伊香保神社の勧請後はその本地仏とみなされるようになったと考えられる。」(参考文献 尾崎喜左雄「伊香保神社の研究」、『上野国の信仰と文化』所収、尾崎先生著書刊行会、1970)という貴重な情報があります。
→ 情報元・『神道集』の神々様「第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事」
また、いくつかの資料で「伊香保神社は元々当地に鎮座したとされ、同社が上野国国府近くの三宮神社(北群馬郡吉岡町大久保)に遷座した際、旧社地に祀られたのが若伊香保神社」という説が紹介されています。
〔二ッ岳噴火との関係〕
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神道集の第四十一上野国第三宮伊香保大明神事には、伊香保神社の創祀伝承が描かれています。
前段は「20.五徳山 無量寿院 水澤寺」で引用しましたが、後段にはつぎのような不思議な記述があります。
「人皇四十九代光仁天皇の御代、上野国司の柏階大将知隆は伊香保山で七日間の巻狩を行って山と沼を荒らした。 沼の深さを測ろうとすると、夜の内に小山が出現したので、国司は上奏のために里に下った。 その後、沼は小山の西に移動し、元の沼地は野原になった。 国司は里に下る途中、一頭の鹿を水沢寺の本堂に追い込んで射殺した。 寺の僧たちは殺された鹿を奪い取って埋葬し、国司たちを追い出した。 怒った国司は寺に火をつけて焼き払った。 別当恵美僧正は上京して委細を帝に奏聞した。 帝は国司を佐渡島に流すよう検非違使に命じた。」「伊香保大明神は山の神たちを呼び集めて石楼を造った。 国司が蹴鞠をしていると、伊香保山から黒雲が立ち上り、一陣の旋風が吹き下ろした。 国司と目代は旋風にさらわれて石楼に閉じ込められ、今も焦熱地獄の苦しみを受けている。 山の神たちが石楼を造った山が石楼山である。 この山の北麓の北谷沢には冷水が流れていたが、石楼山が出来てから熱湯が流れるようになり、これを見た人は涌嶺と呼んだ。」
(『神道集』の神々様「第四十一 上野国第三宮伊香保大明神事」から引用。)
まとめると、
1.光仁天皇の御代(宝亀元年(770年)~天応元年(781年))、伊香保山に一夜にして小山が出現し、山中にある沼が西に移動して元の沼地は野原となった。
2.伊香保大明神は山の神たちを呼び集めて石楼を造った。伊香保山から黒雲が立ち上り、一陣の旋風が吹き下ろした。 国司と目代は旋風にさらわれて石楼に閉じ込められ、今も焦熱地獄の苦しみを受けている。
3.山の神たちが石楼を造った山が石楼山で、この山の北麓の北谷沢には冷水が流れていたが、石楼山が出来てから熱湯が流れるようになり、これを見た人は涌嶺と呼んだ。
1.からは地殻変動、2.からは火山の噴火、3.からは温泉湧出が連想されます。
伊香保温泉には、古墳時代の第十一代垂仁天皇の御代に開かれたという説と、天平時代の僧、行基(668-749年)によって発見されたというふたつの湯縁起が伝わります。(〔 温泉地巡り 〕 伊香保温泉(本ブログ)を参照)
行基伝説をとると、3.と伊香保温泉の開湯は時期的にほぼ符合します。
伊香保温泉の熱源は、6世紀に活動した二ッ岳の火山活動の余熱と考えられています。
伊香保の二ッ岳は、5世紀に火山活動を再開し6世紀中頃までに3回の噴火が発生、うち489~498年に渋川噴火、525~550年にかけて伊香保噴火というふたつの大規模噴火を起こしたことがわかっています。(気象庁「関東・中部地方の活火山 榛名山」より)
神道集の上記2.は光仁天皇の御代(770年~781年)のできごととされているので、二ッ岳の噴火と時代が合いませんが、この噴火を後世で記録したもの、という説があります。
「やぐひろネット・歴史解明のための考古学」様では、この点について詳細かつ綿密な考証をされています。(同Webの関連記事)
また、論文「6世紀における榛名火山の2回の噴火とそ の災害」(1989年早田 勉氏)によると、これら複数の噴火は、伊香保神社、三宮神社、若伊香保神社などが鎮座する榛名山東麓、北麓にかけて甚大な被害をもたらしたことがわかります。
これらの噴火が忘れてはならないできごととして語り継がれ、神道集に繋がったという見方もできるかもしれません。
神道集はかなりスペクタクルな展開で一見荒唐無稽な感じも受けますが、意外と史実を伝えているのかも・・・。
あまりに逸話が多いのでとりとめがなくなってきましたが(笑)、無理矢理とりまとめると、
1.伊香保神社のかつての祭神は伊香保大明神(高野辺大将の三番目の姫君)。
2.伊香保大明神には男体・女体があり、男体は伊香保神社、女体は三宮神社(吉岡町大久保)に鎮座される。
3.伊香保大明神男体(湯前・伊香保神社)は高光中将が顕れ、伊香保大明神女体(里下・三宮神社)は伊香保姫が顕れた。
4.伊香保大明神男体(高光中将)と伊香保大明神女体(伊香保姫)の御息女は若伊香保大明神(渋川・有馬の若伊香保神社)として顕れた。
5.三宮神社は、伊香保神社の里宮とする説がある
6.伊香保神社はもともと若伊香保神社の社地に鎮座し、同社が三宮神社に遷座した際、旧社地に祀られたのが若伊香保神社という説がある。
7.伊香保の湯前神社はもともと薬師堂(温泉明神)で、伊香保神社の遷座?にともない習合して本地薬師如来となったという説がある。
8.伊香保大明神の創祀は、5世紀の渋川噴火、6世紀の伊香保噴火とかかわりをもつという説がある。
無理矢理とりまとめても(笑)、やはりぜんぜんまとめきれません。
というかナゾは深まるばかりです。
伊香保はお気に入りの温泉地なので、時間をかけてナゾを解きほぐしていければと考えています。
【 御朱印 】
これほどの古名社でありながら、現在伊香保神社には神職は常駐されておりません。(最近は、週末は社務所で書入れいだだけるという情報あり。)
拝殿前に書置が置かれているという情報もありますが、わたしは参道階段下の饅頭屋さんで書置のものをいただきました。
また、渋川八幡宮でも神職がいらっしゃれば書入れの御朱印を拝受できますが、こちらは500円のお納めとなります。

【写真 上(左)】 書置の御朱印(参道階段横饅頭屋さんにて)
【写真 下(右)】 書入れの御朱印(渋川八幡宮にて)
書置き、書入れともに中央に神社印、中央に「伊香保神社」の揮毫があります。
なお、三宮神社、若伊香保神社ともに無住で、御朱印の授与については確認できておりません。
また、若伊香保神社のとなりに、いかにも別当寺然としてある曹洞宗の満行山泰叟寺も参拝しましたが、御朱印は非授与とのことでした。
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(以下はさしあたりリストのみです。)
22.榛名神社
高崎市榛名山町849
主祭神:火産霊神 埴山姫神
式内社(小)、上野国六宮 旧社格:県社
■ 社号
23.秀厳山 龍水院 大福寺(瀧不動)
高崎市中室田町5558
天台宗 御本尊:不動明王
札所:北関東三十六不動霊場第3番
札所本尊:不動明王(北関東三十六不動霊場第3番)
■ 瀧不動尊(不動明王)(北関東三十六不動霊場第3番)
24.上野國一社八幡宮
高崎市八幡町655
主祭神:品陀和気命、息長足姫命、玉依姫命
旧社格:郷社
■ 社号
25.白岩山 長谷寺(白岩観音)
高崎市白岩町448
金峯山修験本宗 御本尊:十一面観世音菩薩
札所:坂東三十三箇所(観音霊場)第15番、新上州三十三観音霊場別格、群馬郡三十三観音霊場第31番
札所本尊:十一面観世音菩薩(坂東三十三箇所(観音霊場)第15番)、十一面観世音菩薩(新上州三十三観音霊場別格)
■ 大悲殿(十一面観世音菩薩)(坂東三十三箇所(観音霊場)第15番)
■ 大悲殿(十一面観世音菩薩)(新上州三十三観音霊場別格)
■ 役ノ行者
26.我峰八幡神社(わがみね)
高崎市我峰町263
御祭神:品陀和気命(応神天皇)、息長足姫命(神功皇后)ほか
旧社格:村社、神饌幣帛料供進社
■ 祭神名・社号
27.烏子稲荷神社(すないご)
高崎市上小塙町564
御祭神:宇迦之御魂命、大日霊命、素戔嗚命、菅原道真公
神饌幣帛料供進社
■ 社号
28.新比叡山 本実成院 天龍護国寺
高崎市上並榎町922
天台宗 御本尊:釈迦如来
札所:群馬郡三十三観音霊場第31番
■ 厄除 元三大師
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■ 御朱印情報の関連記事
【 BGM 】 ~ 熊田このはちゃん特集 ~
透明感あふれるたぐいまれなハイトーン。聴き手の心に入りこむ1/fゆらぎ。(→特集記事)
花(中 孝介)- 熊田このは(まねきの湯 16 Dec. 2017)
fight(YUI) - 熊田このは(11 Feb. 2018)
熊田このは「手と手」2019/11/04 Birth Day 2MAN LIVE 溝ノ口劇場
1stCD、2019/11/03リリースです。
美女神社
美女祈願の寺社はかずかずあれど、そのものズバリの「美女神社」。
先日発刊された「御朱印でめぐる埼玉の神社」(ダイヤモンド・ビッグ社)に掲載されているのですでにご存じの方もいるかと思いますが、埼玉県朝霞市に鎮座する神社です。
御朱印授与開始は比較的最近(昨年夏ごろ?)と思われます。

朝霞市の荒川寄りの、なかなか行きにくい場所にあります。駐車場はおそらくないと思います。
詳細は「猫のあしあと」様で紹介されていますのでこちらを

境内の由緒書によると御祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。
古くから「美宮」「宇津久志の宮」「うつくしさま」と親しまれ、子供の病気を治したり、健康を守る神様として信仰されて来たとのこと。
社号の由来については、由緒書では、一説として「いちきしま→うつくしさま」の訛化をあげていますが、荒川の対岸、首都高のジャンクションで有名な美女木には「昔、京都から美女が来て住んだから[美女来]と呼ばれるようになった。いつしか、[来]を[木]と替えて書くようになった。(意訳)」(戸田市立美女木小学校のWebより)との説もあり、これと何らかの関係があるかもしれません。(戸田市美女木には、美女木八幡神社という神社があります。)
「美女」にかかわる御利益的な記載はありませんが、御祭神、市杵島姫命は古くから水、美、芸能などと関係の深い尊格として尊崇されているので、かかわりはあるとみていいのかもしれません。
ちなみに、弁財天は神仏習合では市杵島姫命の本地仏とされ、ちかごろ美人の神様・美人証明で有名な足利の「美人弁天」は市杵島姫命の分身とされます。

【写真 上(左)】 美人弁天の御朱印
【写真 下(右)】 足利七福神では、本城厳島神社(明石弁天)の御朱印となります。
また、萌え寺で有名な八王子の了法寺は、八王子七福神の弁財天をお祀りされています。
→了法寺のキャラ(たしかにけっこうかわいい(笑))
御朱印は朝霞市内に鎮座する(宮戸神社)の兼務社である(天明稲荷神社)で拝受できます。
近くの((田島鎮座)神明神社)(旧村社)の飛地境内社的な位置づけなので、神社印は現在のところ(田島鎮座)神明神社のものを捺印されているそうです。
※リンクは「『猫のあしあと』様」に貼らさせていただいています。

【写真 上(左)】 宮戸神社
【写真 下(右)】 お守り
宮戸神社の御祭神、面足尊は「身体と容貌の完備した最初の神」とされ、これにあやかってか、天明稲荷神社では「美男守」「美女守」が授与されています。
南隣の和光市には御朱印を授与される寺社が複数あり、北隣の志木市では日にち限定ながら「田子山富士塚」の御朱印が授与されるなど、このあたり、御朱印スポットとしての機運が高まっているのかもしれません。
〔追加情報-2019/10/22〕
美女神社の御朱印が新しくなっていました。
神社印が新調され、カラーの書置タイプも授与されています。(揮毫御朱印も可)
わたしはカラー御朱印と墨朱御朱印の選択ができる場合、ふつうは墨朱タイプを拝受しますが、このカラー書置御朱印はたいへん綺麗で、思わずこちらを拝受していました(笑)
天明稲荷神社では朝霞市内の5社をまわる「朝霞五社巡り」を始められていますが、それに合わせてか御朱印代も500円になっていました。
【写真 上(左)】 美女神社の御朱印(旧)
【写真 下(右)】 美女神社の御朱印(新/カラー書置)

【写真 上(左)】 (田島鎮座)神明神社の御朱印
【写真 下(右)】 同、カラー書置御朱印
※即位礼正殿の儀当日の神明神社(御祭神天照大神)の御朱印です。

宮戸神社の御朱印

田子山富士塚の御朱印

田子山富士塚の隣に鎮座する敷島神社の御朱印
【 BGM 】
I believe - 熊田このは 大町街角ライブ 09Oct2017
二木蒼生・熊田このは / 君の名は希望 / あおいとこのはのスペシャルステージ
先日発刊された「御朱印でめぐる埼玉の神社」(ダイヤモンド・ビッグ社)に掲載されているのですでにご存じの方もいるかと思いますが、埼玉県朝霞市に鎮座する神社です。
御朱印授与開始は比較的最近(昨年夏ごろ?)と思われます。

朝霞市の荒川寄りの、なかなか行きにくい場所にあります。駐車場はおそらくないと思います。
詳細は「猫のあしあと」様で紹介されていますのでこちらを

境内の由緒書によると御祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。
古くから「美宮」「宇津久志の宮」「うつくしさま」と親しまれ、子供の病気を治したり、健康を守る神様として信仰されて来たとのこと。
社号の由来については、由緒書では、一説として「いちきしま→うつくしさま」の訛化をあげていますが、荒川の対岸、首都高のジャンクションで有名な美女木には「昔、京都から美女が来て住んだから[美女来]と呼ばれるようになった。いつしか、[来]を[木]と替えて書くようになった。(意訳)」(戸田市立美女木小学校のWebより)との説もあり、これと何らかの関係があるかもしれません。(戸田市美女木には、美女木八幡神社という神社があります。)
「美女」にかかわる御利益的な記載はありませんが、御祭神、市杵島姫命は古くから水、美、芸能などと関係の深い尊格として尊崇されているので、かかわりはあるとみていいのかもしれません。
ちなみに、弁財天は神仏習合では市杵島姫命の本地仏とされ、ちかごろ美人の神様・美人証明で有名な足利の「美人弁天」は市杵島姫命の分身とされます。

【写真 上(左)】 美人弁天の御朱印
【写真 下(右)】 足利七福神では、本城厳島神社(明石弁天)の御朱印となります。
また、萌え寺で有名な八王子の了法寺は、八王子七福神の弁財天をお祀りされています。
→了法寺のキャラ(たしかにけっこうかわいい(笑))
御朱印は朝霞市内に鎮座する(宮戸神社)の兼務社である(天明稲荷神社)で拝受できます。
近くの((田島鎮座)神明神社)(旧村社)の飛地境内社的な位置づけなので、神社印は現在のところ(田島鎮座)神明神社のものを捺印されているそうです。
※リンクは「『猫のあしあと』様」に貼らさせていただいています。

【写真 上(左)】 宮戸神社
【写真 下(右)】 お守り
宮戸神社の御祭神、面足尊は「身体と容貌の完備した最初の神」とされ、これにあやかってか、天明稲荷神社では「美男守」「美女守」が授与されています。
南隣の和光市には御朱印を授与される寺社が複数あり、北隣の志木市では日にち限定ながら「田子山富士塚」の御朱印が授与されるなど、このあたり、御朱印スポットとしての機運が高まっているのかもしれません。
〔追加情報-2019/10/22〕
美女神社の御朱印が新しくなっていました。
神社印が新調され、カラーの書置タイプも授与されています。(揮毫御朱印も可)
わたしはカラー御朱印と墨朱御朱印の選択ができる場合、ふつうは墨朱タイプを拝受しますが、このカラー書置御朱印はたいへん綺麗で、思わずこちらを拝受していました(笑)
天明稲荷神社では朝霞市内の5社をまわる「朝霞五社巡り」を始められていますが、それに合わせてか御朱印代も500円になっていました。
【写真 上(左)】 美女神社の御朱印(旧)
【写真 下(右)】 美女神社の御朱印(新/カラー書置)

【写真 上(左)】 (田島鎮座)神明神社の御朱印
【写真 下(右)】 同、カラー書置御朱印
※即位礼正殿の儀当日の神明神社(御祭神天照大神)の御朱印です。

宮戸神社の御朱印

田子山富士塚の御朱印

田子山富士塚の隣に鎮座する敷島神社の御朱印
【 BGM 】
I believe - 熊田このは 大町街角ライブ 09Oct2017
二木蒼生・熊田このは / 君の名は希望 / あおいとこのはのスペシャルステージ
ONE OK ROCK
10月19日(土)午後11時00分〜 NHKで放映された「ONE OK ROCK World Tour Document」、録画して視てみました。
う~ん、凄い!
前にも書いたとおりここ10年位はほとんど女性ボーカルばっかり聴いていたので、完璧に盲点だった。
というか、いまだに全曲聴いてないので語る資格はないですが、書かずにいられなくなったので書きます(笑)
こういうバンド、そしてボーカルが日本から生まれたのはほとんど奇跡だと思うし、世界的にみてもレアな存在では?
一番最初に聴いたときはボーカルの声質からBryan Adamsを連想したが、うねりと深みを帯びた曲調はVan MorrisonやRoxy Music、後期のSLADEなどを思い起こすところもあった。(ぜんぜん似てないじゃん、つう意見もあるかと思うが、あくまでもうねりと深みを帯びた音色ということで・・・。)
あと、ハイトーンボーカル&Inst陣の演奏力という点では後期プログレやプログレ・ハードに通じる部分もあるのかも・・・。
いちばん感じたのは、HipHopやラップの色合いが少ないのでは? という点で、異論は多々あると思うが、個人的には1980年代のRockに近いものを感じた。
それもAmerican Rockじゃなくて、British~Irish系の正統派Rock。
でも、時折フィル・スペクター的な響きや、テクノ的なフレーズもあったりして底が知れない。(誰から影響を受けたのか想像がつかない。)
ただ、確実にいえるのは、音楽の楽しさ、素晴らしさをストレートに伝えてくれる奴らだということ。
個人的には勝手に洋楽1983年ピーク説を唱えているので、もう洋楽に期待するものはほとんどなかったが、よもや日本のアーティストがこのような進化した形で示してくれるとは・・・。
ほんと、冗談じゃなく36年間待った甲斐があったわ・・・(笑)
最近の洋楽ほとんど聴いていないので何とも言えないが、今、こういう楽曲って欧米でつくれなくなっているのでは?
この手の曲って、強力なボーカルとそれをがっしり支えるInst陣、そしてマーケット的なリスクを負っても自分たちのやりたい音楽を演るという強い意思がないとたぶん成り立たないけど、そんな担い手が世界的に枯渇しているような感じがする。
だから、砂漠で水を欲するように、ONE OK ROCKの楽曲に海外のオーディエンスが惹きつけられているのでは?(根拠レスの勝手な想像ですが・・・)
ONE OK ROCK: Wasted Nights [OFFICIAL VIDEO]
スケール感あふれる楽曲&ボーカル。(インストも)
Ed Sheeran Thinking Out Loud Subtitulada en español
声質のイメージはEd Sheeranが近い感じもするけど、スケール感はTakaの方が上だと思う。
音的には、浮遊感のあるリフがベースにあって、Takaのボーカルやコード感のあるインストフィルがこれにスケール感を与えているのだと思う。(最近の曲のスケール感はとくにハンパない。)
そしてTakaのボーカルは聴き手の心に直接訴える情感にあふれている。(これは聴き手の国籍問わずだと思う。)
(↑でBryan Adams、Van Morrison、Roxy Music、後期のSLADEなどを引き合いに出し、改めて聴いてみたが、ボーカルとしてのポテンシャルはTakaの方が上では?)
LIVEではこれに観客のコールが加わって、カタルシス感さえ漂う。このグループのLIVEたぶんものすごいと思う。
ONE OK ROCK - We are [Official Video from AMBITIONS JAPAN DOME TOUR]
観客のコール!! だよね。コールしたくなるよね。
それと、たぶんとくに最近の曲は音節(音符の数)が少ない。だから、英語の歌詞の方がしっくりくるのでは?
参考↓
■ 日本と西洋の音楽の違い PART 1:音符の数、メロディーのリズムと英語が使われる理由!Japan and Western music differences(音楽 ミスチル 米津玄師 j-pop)
ONE OK ROCK - A thousand miles 【和訳・歌詞】
こういうシンプルな曲でここまで聴かせるって、ハンパな才能じゃない。
ONE OK ROCK - Clock Strikes 35xxxv Japan Tour 2015
日本でこのライブパフォーマンスって、観客も含めて誇っていいと思う。
タテノリだらけの日本の男性グループには正直ほとんど何の期待もしていなかったけど、ONE OK ROCKの存在は素直に嬉しい。
そして、彼らを熱烈にサポートする感性の高い若い世代がいることも心強い。
真の音楽好きだったら、きっと誰もがオリンピックの場でフロントに出てほしいと思うのでは。
日本の女性アーティストのレベルの高さは常々書いてきたけど、ONE OK ROCKが加わればもはや世界屈指の音楽(PopMusic)大国の地位を獲得できるかも・・・。
ただ、業界を仕切るマネジメント側が覚醒するか、総替わりしないとむずかしいと思うけどね・・・。
う~ん、凄い!
前にも書いたとおりここ10年位はほとんど女性ボーカルばっかり聴いていたので、完璧に盲点だった。
というか、いまだに全曲聴いてないので語る資格はないですが、書かずにいられなくなったので書きます(笑)
こういうバンド、そしてボーカルが日本から生まれたのはほとんど奇跡だと思うし、世界的にみてもレアな存在では?
一番最初に聴いたときはボーカルの声質からBryan Adamsを連想したが、うねりと深みを帯びた曲調はVan MorrisonやRoxy Music、後期のSLADEなどを思い起こすところもあった。(ぜんぜん似てないじゃん、つう意見もあるかと思うが、あくまでもうねりと深みを帯びた音色ということで・・・。)
あと、ハイトーンボーカル&Inst陣の演奏力という点では後期プログレやプログレ・ハードに通じる部分もあるのかも・・・。
いちばん感じたのは、HipHopやラップの色合いが少ないのでは? という点で、異論は多々あると思うが、個人的には1980年代のRockに近いものを感じた。
それもAmerican Rockじゃなくて、British~Irish系の正統派Rock。
でも、時折フィル・スペクター的な響きや、テクノ的なフレーズもあったりして底が知れない。(誰から影響を受けたのか想像がつかない。)
ただ、確実にいえるのは、音楽の楽しさ、素晴らしさをストレートに伝えてくれる奴らだということ。
個人的には勝手に洋楽1983年ピーク説を唱えているので、もう洋楽に期待するものはほとんどなかったが、よもや日本のアーティストがこのような進化した形で示してくれるとは・・・。
ほんと、冗談じゃなく36年間待った甲斐があったわ・・・(笑)
最近の洋楽ほとんど聴いていないので何とも言えないが、今、こういう楽曲って欧米でつくれなくなっているのでは?
この手の曲って、強力なボーカルとそれをがっしり支えるInst陣、そしてマーケット的なリスクを負っても自分たちのやりたい音楽を演るという強い意思がないとたぶん成り立たないけど、そんな担い手が世界的に枯渇しているような感じがする。
だから、砂漠で水を欲するように、ONE OK ROCKの楽曲に海外のオーディエンスが惹きつけられているのでは?(根拠レスの勝手な想像ですが・・・)
ONE OK ROCK: Wasted Nights [OFFICIAL VIDEO]
スケール感あふれる楽曲&ボーカル。(インストも)
Ed Sheeran Thinking Out Loud Subtitulada en español
声質のイメージはEd Sheeranが近い感じもするけど、スケール感はTakaの方が上だと思う。
音的には、浮遊感のあるリフがベースにあって、Takaのボーカルやコード感のあるインストフィルがこれにスケール感を与えているのだと思う。(最近の曲のスケール感はとくにハンパない。)
そしてTakaのボーカルは聴き手の心に直接訴える情感にあふれている。(これは聴き手の国籍問わずだと思う。)
(↑でBryan Adams、Van Morrison、Roxy Music、後期のSLADEなどを引き合いに出し、改めて聴いてみたが、ボーカルとしてのポテンシャルはTakaの方が上では?)
LIVEではこれに観客のコールが加わって、カタルシス感さえ漂う。このグループのLIVEたぶんものすごいと思う。
ONE OK ROCK - We are [Official Video from AMBITIONS JAPAN DOME TOUR]
観客のコール!! だよね。コールしたくなるよね。
それと、たぶんとくに最近の曲は音節(音符の数)が少ない。だから、英語の歌詞の方がしっくりくるのでは?
参考↓
■ 日本と西洋の音楽の違い PART 1:音符の数、メロディーのリズムと英語が使われる理由!Japan and Western music differences(音楽 ミスチル 米津玄師 j-pop)
ONE OK ROCK - A thousand miles 【和訳・歌詞】
こういうシンプルな曲でここまで聴かせるって、ハンパな才能じゃない。
ONE OK ROCK - Clock Strikes 35xxxv Japan Tour 2015
日本でこのライブパフォーマンスって、観客も含めて誇っていいと思う。
タテノリだらけの日本の男性グループには正直ほとんど何の期待もしていなかったけど、ONE OK ROCKの存在は素直に嬉しい。
そして、彼らを熱烈にサポートする感性の高い若い世代がいることも心強い。
真の音楽好きだったら、きっと誰もがオリンピックの場でフロントに出てほしいと思うのでは。
日本の女性アーティストのレベルの高さは常々書いてきたけど、ONE OK ROCKが加わればもはや世界屈指の音楽(PopMusic)大国の地位を獲得できるかも・・・。
ただ、業界を仕切るマネジメント側が覚醒するか、総替わりしないとむずかしいと思うけどね・・・。
台風
2019-10-13 09:48UP
今回被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
また、一日も早い復旧をお祈り申し上げます。
救援・救護に当たられている方々には頭が下がります。
くれぐれも安全に気をつけて作業にお当たりください。
おそらく955hPa程度で西伊豆に上陸し、町田、埼玉西南部、つくば市付近を通過、首都圏の人口密集地が台風の進路右側(東側)に入る最悪のコース。(→進路データ)
上陸時945hPa以下の勢力だったら、首都圏が壊滅していた可能性さえある。
台風は、雨雲を列状に伸ばすレインバンドという雨域をもつが、今回はそれとは違って巨大で活発な雲域を北側(進行方向サイド)に伴っていた。
まるで、前面にひとつ前衛の台風を伴っているかのようだった。
南アルプス、箱根、丹沢、奥多摩、秩父、西上州、安蘇、茨城などの南東斜面に台風からの南東風がぶつかり、総雨量500mm~1,000mm超にも及ぶ広範囲の豪雨となった。
山間豪雨型の台風でもあったので、支流を集める大河川の氾濫、堤防決壊が相次いだ。
千曲川の源流は奥秩父や西上州。台風の進路から外れていたエリアでも、上流が豪雨に見舞われればこういう事態になってしまう。
被災エリアがあまりに広すぎて全容がつかめていないが、被害はさらに広がる可能性がある。
メディアは台風が来てから「数十年に一度」を連発してたが、やっぱり遅すぎでしょ。(↓に書いたとおり。)
だって、ふつうに数日前から予想できたから・・・。
都市開発が進み、以前は人が住んでいなかった低地や海沿いも住宅地になっているのだから、人的な被災リスクはむしろ高まっている。
国土強靱化(ナショナル・レジリエンス)を早急に進めなければならないと思うし、その財源としてMMT(現代貨幣理論)議論も活発化するかもしれぬ。
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2019-10-12 08:30UP
えらいことになりました。
進路予想図によると、本日18時には石廊崎の西南西 約30kmで945hPa(最大瞬間風速60m/s)、0時には上陸して960hPa(最大瞬間風速55m/s)だから(予想データ)、
945hPaか若干弱まった程度(最大瞬間風速55~60m/s)での上陸を示している。
だから先日の台風15号より強い勢力での上陸が予想されているということ。
問題は進路。
↑によると、1.駿河湾コース、2.相模湾コース、3.東京湾コース、4.房総半島上陸コース の4パターンが考えられるが、どれをとるかによって被害(と被災エリア)が大きく異なると思う。
前回15号は3.東京湾コースだったが、西側の伊豆半島・三浦半島より、東側の房総半島のほうがはるかに被害が多かった。
↓に書いたとおり、台風の東側(右側)は風が強くなる傾向があるため。(「危険半円」という言葉もある。)
1~4で、それぞれ台風の東側(右側)に入るエリアがちがうので、これにより被害(と被災エリア)が大きく異なるということです。
被害については、仮に945hPaで上陸した場合、関東では空前絶後なので想像がつきません。
逐一メディアでご確認をお願いします。
メディアでは、「昭和33年の狩野川台風に類似」と報じられているが、神奈川県東部に上陸したときの中心気圧は960hPa。
945hPaでの上陸となると、勢力はそれよりかなり強い。
だから、暴風や高潮の被害は狩野川台風より深刻化する可能性もあるのでは?
(雨台風ということもある(大雨への警戒喚起)が、関東にこれほどの強い台風は来たことがないので、関東上陸の強い台風として引き合いに出されているのかも。大雨・暴風・高潮の3点セットということでは、むしろ伊勢湾台風(930mbで上陸、昭和34年)に状況が近いのでは・・・?)
なお、雨雲の降雨の状況はこちら(雨雲レーダー)で確認できます。
被害が最小限で留まるよう、ただただ祈るのみです。
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2019-10-11 09:28UP
台風19号、西寄り進路を保ったまま。このままいくと首都圏直撃の最悪コースか?
台風もそうだが、今回、北東の高気圧の罪が重い。
今朝のワイドショー関係、「史上最強クラス」とか、「10mの高潮」とか、「高層ビルでは風速100m」とか、一気にヒートアップ。なにこれ・・・。
仮に940hPaで上陸したとすると、1951年からで史上10位(ランキング)、ただし、それ以前に911.6hPaの室戸台風、916.1hPaの枕崎台風などがある。
ただし、これらはすべて西日本、東日本では統計上からも「史上最強クラス」となるので表現がむずかしいところだが、昨日から940hPaは予想されてたし統計データだって調べればすぐわかるので、専門知識はなくとも「(東日本では)史上最強クラス」という予想は打てたはず。
今回、どういう被害が出て、どういう初動がとられるかはわからないが、事前のマスコミ報道の内容は問われるかもしれない。
現時点で、東寄り・房総沖に逃げるコースは紙一重で残っている。
なんとか、このコースとなることを祈るのみです。
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2019-10-11 02:32UP
台風19号、こいつはやばい。
おととい(10/9)、一旦東向きに転向しかかったかに見えたが、その後進路を西寄りに戻しやがった。
おそらく、北東にいる高気圧が頭をおさえているためだと思うが(天気図)、こうなると、東寄り・房総沖に逃げるコースはもはや望み薄か?
しかも現時点の中心気圧920hPaって、本当にやめてほしい。
さきほど(10/10夜)のいくつかのニュース、「今年最強クラス」ってなんぼなんでも表現よわすぎでしょ。
すくなくとも「ここ数十年来で最大級」くらいの表現でもいいくらいのブツでは?
それに「台風15号と同程度の暴風」って、進路や勢力の変化にもよるけど、予想データからすると「台風15号以上の暴風となるおそれ」では?
TV局には気象予報士もたくさんいるだろうに、もっと表現に気をつかってほしい。
(今回、気象庁や日本気象協会は早い段階から、「めったにない大雨や暴風」というかなり強い表現を使っていた。このニュアンスがどれだけ世間に伝わっているか・・・。)
衛星画像の雲がみたこともない異様な立体感をもっている。
これって、もの凄く発達した積乱雲では?
これがかかったらおそらくハンパじゃない豪雨になると思うし、雲域の広さからしてこれが長くつづく。
大潮と重なるし、直撃されたら高潮あぶないと思う。
どこかで2度目の転向を図り、高気圧を押し込んで(考えにくいけど)、房総沖に逃げるコースとなることをただただ祈るのみです。
絢香 - 手をつなごう
薬師丸ひろ子 時代 (2013年10月)
【台風15号 2019-09-08~09】
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2019-09-22UP
今回被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
また、一日も早い復旧をお祈り申し上げます。
いまさらながら初動の判断や対応が問題になっている。
千葉市の風速データは、Web上で確認できる限り1966年からだが↓
■ 過去の風速データ
今回の最大瞬間風速57.5メートルがいかに並外れた数値であったかが、統計からもみてとれる。
1966年からのダントツ最大値なので、少なくとも53年に一度の大暴風(おそらくもっと稀だと思う)であることが確定している。
かつて経験したことのない、あるいは想定していないレベルの暴風だったので「被害の予想がつかない」ということはたしかにあったのだと思う。
風速は地形の影響を受けやすいし、台風の風は「息をする」(瞬間的にもの凄く強くなる)ので、局地的な最大瞬間風速は60メートルを超えていたのでは?
また、これまでの最大瞬間風速はだいたい西寄りの風で記録しているが、今回は不意打ちともいえる南東風で、これも被害を大きくした可能性がある。
夏~秋にかけての最大瞬間風速はたいてい台風接近時に記録されるから、今回の台風が滅多にないコースを辿ったことがこの点からもわかる。
大地震は定期的にはこないけど、台風は毎年何個も来る。
だから、地震災害にくらべて軽くみられがち、ということはあるのかもしれない。
前例となってしまうので、激甚災害指定についても慎重にならざるを得ないのかも。
でも、今回のは少なくとも53年に1度の災害。この認識がもっと必要だったかも・・・。
当初、高圧送電線鉄塔の倒壊がメディアで大きくとりあげられた。
これが停電の主要因であれば、迂回ルートの活用によりもっと早くに復旧していたと思う。
東電の当初復旧予想もこの視点からだったような感じがする。
でも、かなり早いタイミングで、多数の電柱の倒壊と、まだら模様の停電地域も報じられていた。
だから、専門家であれば「やっかいなのは高圧線鉄塔の倒壊ではなく、多数の倒木や電柱の倒壊。そして個別対応が必要なこの復旧には相当な時間が必要。」という予想は容易についた筈。
ただ、現地に行ってみないと具体的な対応策が立てられないので、「いつまでに復旧」という見通し立てはすごく難しかったのだと思う。
だから、やっぱり誰が悪いとか、責任はどこにあるとか、そういうはなしではないのでは・・・。想定外だったから。
知事あたりが即時緊急対応要請をする、という手はたしかにあったと思うが、発生当初はこの状況が把握できていなかったのでは。メディアだって初動の報道は遅れていたような・・・。
市町村から情報が上がって来ないなら、とりあえず県から人員を派遣すべきだった、という意見もあるがこれは結果論かと。後からならなんとでも言える。
地元を知悉しているのは市町村だし、個別対応だらけの今回の様なケースは、県職員が入っても動きようがなかったのでは?
実際、早くから各地の電力会社から支援部隊が駆けつけていたが、個別の現場情報が入らないので木更津でウェイティングしていた。
いまさら犯人さがしをしてもしょうがないし、それよりは、”50年に一度”レベルの激甚災害が起きた場合の今後の対応指針をきっちり定める方が前向きだと思う。
日本近海の海水温は年々上がっているという見方があるのだから、今後台風の破壊力はますます激甚化するおそれがある。
高気圧のあいだを割って北上、なんていう反則ルートも今後は増えていくのでは?(ふつう、台風は高気圧の縁を回り込んで進むとされている。)
60メートル近い暴風によって、実際にどういうことが起こり、どういう被害がもたらされたのか・・・。
そして本当に必要だったのは何か?
多くの被害と犠牲を伴って得られたファクターを教訓に、速やかに国土強靱化を図っていくのが現実的な手立てなのだろうと思う。
ps.
雨雲レーダーを見ると、現時点で台風17号は熊本の西の沖合にいることがわかる。
すでに目は崩れているけど、それでもはっきりとみてとれる。
やっぱり現況把握には有効なツールだと思う。
Web上の気象情報(とくに台風情報)が官民入り乱れて、どれが最新情報かわかりにくくなっている。
運営者サイドの様々な思惑もあるのだろうけど、わかりやすく一元化(ポータル情報化)した方がいいような気も・・・。
----------------------------
2019-09-09 23:24:32UP
中心気圧が965hPaから955hPaに再発達って、これはえらいことになると思った。
そして、中心は相模湾から東京湾へ・・・。
台風は陸地が嫌いなので、相模湾から三浦半島を乗っ越して東京湾に入ったのだと思う。
なんで「相模湾上陸は首都圏にとって最悪コース」かというと、横浜・川崎や東京都区部などの人口密集地が台風の東側(進路右側)に入ってしまうから。
(北半球では台風の東側は、台風そのものの風と台風を押し進める力が合わさって、とくに風が強くなります。)
これが東京湾コースを進むと、もっとも危険なエリアは東京湾の東に位置する千葉、ということになる。
そして午前4時28分。千葉市中央区の最大瞬間風速57.5メートル・・・。
最初、この情報をきいたとき、なにかの間違いだと思った。それほどのもの凄い風速。
建物の耐風性能は風荷重、あるいは風圧力であらわされるが、このベースとなるのが基準風速。
関東周辺では基準風速(最大風速=10分間の平均風速ベース)は、概ね30メートル台に設定されている。
最大瞬間風速は最大風速の1.5~3倍ほどになるともいわれているので、今回の57.5メートルとの単純比較はできないが、
それでも「想定外の暴風」であった可能性がきわめて高い。
報道でみる限り、千葉市中央区より市原市や君津市の被害が大きそうなので、この両市では局所的に60メートルちかい最大瞬間風速となっていたのかもしれぬ。
今回、外の状況と雨雲レーダーを夜通し見比べていた。
台風の目(中心)が三浦半島を通って東京湾に入っていく様が、10分遅れで克明にあらわされていた。
リアルタイムな状況把握という点では、これがベストツールでは? (ゲリラ豪雨のときなど、よく使います。)
そして二次災害。
交通パニック。週はじめの月曜だから「どうしても出なくてはいけないイベント」が多かったはずだし、これも混乱に拍車をかけたと思う。
JRは始発から8時までの計画運休を発表していたが、こんな規格外の暴風を喰らった以上、8時復旧はとうてい無理筋だと思う。
でも、利用者としてはそれを信じるしかないし・・・、という・・・。
それに「状況により自己判断で」とかいわれたら、石にかじりついてもとにかく出社、つうのがふつうの日本人だから・・・。
誰が悪いとか、責任はどこにあるとか、そういうはなしではないと思う。
大規模停電。
これも、誰が悪いとかどうとかではないと思う。すべてが想定外だから・・・。
一刻もはやい復旧を祈るしかないです。
それと、この気温で無空調だと、すぐさま過酷な状況となるので、停電地域の方はくれぐれも熱中症にご注意を。
----------------------------
20年ほども昔だけど、気象予報士の学科試験合格したことあるので(実技は力尽きたけど)、
ついつい思いつくままに書いてしまいました。
2019-09-08 19:07:14UP
台風15号(FAXAI)、大騒ぎになってますが、
本日朝の段階で、すでに予報円全域が陸地にかかっていた。
それでもニュースや天気予報では、「関東に接近する見込み」とかぬるい表現を使っていた。
朝の進路予想図からすると「関東付近に上陸する可能性が極めて高い」あるいは「首都圏直撃の可能性大」の表現が妥当だったのでは??
相模湾上陸は首都圏にとって最悪コースの筈。(滅多にない)
中心気圧965hPa、最大瞬間風速60m予想ならば、もっと激しく警告してもよかった感じも・・・。
いずれにしても、大きな被害がでないことを祈ります。
小さなてのひら
今回被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
また、一日も早い復旧をお祈り申し上げます。
救援・救護に当たられている方々には頭が下がります。
くれぐれも安全に気をつけて作業にお当たりください。
おそらく955hPa程度で西伊豆に上陸し、町田、埼玉西南部、つくば市付近を通過、首都圏の人口密集地が台風の進路右側(東側)に入る最悪のコース。(→進路データ)
上陸時945hPa以下の勢力だったら、首都圏が壊滅していた可能性さえある。
台風は、雨雲を列状に伸ばすレインバンドという雨域をもつが、今回はそれとは違って巨大で活発な雲域を北側(進行方向サイド)に伴っていた。
まるで、前面にひとつ前衛の台風を伴っているかのようだった。
南アルプス、箱根、丹沢、奥多摩、秩父、西上州、安蘇、茨城などの南東斜面に台風からの南東風がぶつかり、総雨量500mm~1,000mm超にも及ぶ広範囲の豪雨となった。
山間豪雨型の台風でもあったので、支流を集める大河川の氾濫、堤防決壊が相次いだ。
千曲川の源流は奥秩父や西上州。台風の進路から外れていたエリアでも、上流が豪雨に見舞われればこういう事態になってしまう。
被災エリアがあまりに広すぎて全容がつかめていないが、被害はさらに広がる可能性がある。
メディアは台風が来てから「数十年に一度」を連発してたが、やっぱり遅すぎでしょ。(↓に書いたとおり。)
だって、ふつうに数日前から予想できたから・・・。
都市開発が進み、以前は人が住んでいなかった低地や海沿いも住宅地になっているのだから、人的な被災リスクはむしろ高まっている。
国土強靱化(ナショナル・レジリエンス)を早急に進めなければならないと思うし、その財源としてMMT(現代貨幣理論)議論も活発化するかもしれぬ。
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2019-10-12 08:30UP
えらいことになりました。
進路予想図によると、本日18時には石廊崎の西南西 約30kmで945hPa(最大瞬間風速60m/s)、0時には上陸して960hPa(最大瞬間風速55m/s)だから(予想データ)、
945hPaか若干弱まった程度(最大瞬間風速55~60m/s)での上陸を示している。
だから先日の台風15号より強い勢力での上陸が予想されているということ。
問題は進路。
↑によると、1.駿河湾コース、2.相模湾コース、3.東京湾コース、4.房総半島上陸コース の4パターンが考えられるが、どれをとるかによって被害(と被災エリア)が大きく異なると思う。
前回15号は3.東京湾コースだったが、西側の伊豆半島・三浦半島より、東側の房総半島のほうがはるかに被害が多かった。
↓に書いたとおり、台風の東側(右側)は風が強くなる傾向があるため。(「危険半円」という言葉もある。)
1~4で、それぞれ台風の東側(右側)に入るエリアがちがうので、これにより被害(と被災エリア)が大きく異なるということです。
被害については、仮に945hPaで上陸した場合、関東では空前絶後なので想像がつきません。
逐一メディアでご確認をお願いします。
メディアでは、「昭和33年の狩野川台風に類似」と報じられているが、神奈川県東部に上陸したときの中心気圧は960hPa。
945hPaでの上陸となると、勢力はそれよりかなり強い。
だから、暴風や高潮の被害は狩野川台風より深刻化する可能性もあるのでは?
(雨台風ということもある(大雨への警戒喚起)が、関東にこれほどの強い台風は来たことがないので、関東上陸の強い台風として引き合いに出されているのかも。大雨・暴風・高潮の3点セットということでは、むしろ伊勢湾台風(930mbで上陸、昭和34年)に状況が近いのでは・・・?)
なお、雨雲の降雨の状況はこちら(雨雲レーダー)で確認できます。
被害が最小限で留まるよう、ただただ祈るのみです。
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2019-10-11 09:28UP
台風19号、西寄り進路を保ったまま。このままいくと首都圏直撃の最悪コースか?
台風もそうだが、今回、北東の高気圧の罪が重い。
今朝のワイドショー関係、「史上最強クラス」とか、「10mの高潮」とか、「高層ビルでは風速100m」とか、一気にヒートアップ。なにこれ・・・。
仮に940hPaで上陸したとすると、1951年からで史上10位(ランキング)、ただし、それ以前に911.6hPaの室戸台風、916.1hPaの枕崎台風などがある。
ただし、これらはすべて西日本、東日本では統計上からも「史上最強クラス」となるので表現がむずかしいところだが、昨日から940hPaは予想されてたし統計データだって調べればすぐわかるので、専門知識はなくとも「(東日本では)史上最強クラス」という予想は打てたはず。
今回、どういう被害が出て、どういう初動がとられるかはわからないが、事前のマスコミ報道の内容は問われるかもしれない。
現時点で、東寄り・房総沖に逃げるコースは紙一重で残っている。
なんとか、このコースとなることを祈るのみです。
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2019-10-11 02:32UP
台風19号、こいつはやばい。
おととい(10/9)、一旦東向きに転向しかかったかに見えたが、その後進路を西寄りに戻しやがった。
おそらく、北東にいる高気圧が頭をおさえているためだと思うが(天気図)、こうなると、東寄り・房総沖に逃げるコースはもはや望み薄か?
しかも現時点の中心気圧920hPaって、本当にやめてほしい。
さきほど(10/10夜)のいくつかのニュース、「今年最強クラス」ってなんぼなんでも表現よわすぎでしょ。
すくなくとも「ここ数十年来で最大級」くらいの表現でもいいくらいのブツでは?
それに「台風15号と同程度の暴風」って、進路や勢力の変化にもよるけど、予想データからすると「台風15号以上の暴風となるおそれ」では?
TV局には気象予報士もたくさんいるだろうに、もっと表現に気をつかってほしい。
(今回、気象庁や日本気象協会は早い段階から、「めったにない大雨や暴風」というかなり強い表現を使っていた。このニュアンスがどれだけ世間に伝わっているか・・・。)
衛星画像の雲がみたこともない異様な立体感をもっている。
これって、もの凄く発達した積乱雲では?
これがかかったらおそらくハンパじゃない豪雨になると思うし、雲域の広さからしてこれが長くつづく。
大潮と重なるし、直撃されたら高潮あぶないと思う。
どこかで2度目の転向を図り、高気圧を押し込んで(考えにくいけど)、房総沖に逃げるコースとなることをただただ祈るのみです。
絢香 - 手をつなごう
薬師丸ひろ子 時代 (2013年10月)
【台風15号 2019-09-08~09】
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2019-09-22UP
今回被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
また、一日も早い復旧をお祈り申し上げます。
いまさらながら初動の判断や対応が問題になっている。
千葉市の風速データは、Web上で確認できる限り1966年からだが↓
■ 過去の風速データ
今回の最大瞬間風速57.5メートルがいかに並外れた数値であったかが、統計からもみてとれる。
1966年からのダントツ最大値なので、少なくとも53年に一度の大暴風(おそらくもっと稀だと思う)であることが確定している。
かつて経験したことのない、あるいは想定していないレベルの暴風だったので「被害の予想がつかない」ということはたしかにあったのだと思う。
風速は地形の影響を受けやすいし、台風の風は「息をする」(瞬間的にもの凄く強くなる)ので、局地的な最大瞬間風速は60メートルを超えていたのでは?
また、これまでの最大瞬間風速はだいたい西寄りの風で記録しているが、今回は不意打ちともいえる南東風で、これも被害を大きくした可能性がある。
夏~秋にかけての最大瞬間風速はたいてい台風接近時に記録されるから、今回の台風が滅多にないコースを辿ったことがこの点からもわかる。
大地震は定期的にはこないけど、台風は毎年何個も来る。
だから、地震災害にくらべて軽くみられがち、ということはあるのかもしれない。
前例となってしまうので、激甚災害指定についても慎重にならざるを得ないのかも。
でも、今回のは少なくとも53年に1度の災害。この認識がもっと必要だったかも・・・。
当初、高圧送電線鉄塔の倒壊がメディアで大きくとりあげられた。
これが停電の主要因であれば、迂回ルートの活用によりもっと早くに復旧していたと思う。
東電の当初復旧予想もこの視点からだったような感じがする。
でも、かなり早いタイミングで、多数の電柱の倒壊と、まだら模様の停電地域も報じられていた。
だから、専門家であれば「やっかいなのは高圧線鉄塔の倒壊ではなく、多数の倒木や電柱の倒壊。そして個別対応が必要なこの復旧には相当な時間が必要。」という予想は容易についた筈。
ただ、現地に行ってみないと具体的な対応策が立てられないので、「いつまでに復旧」という見通し立てはすごく難しかったのだと思う。
だから、やっぱり誰が悪いとか、責任はどこにあるとか、そういうはなしではないのでは・・・。想定外だったから。
知事あたりが即時緊急対応要請をする、という手はたしかにあったと思うが、発生当初はこの状況が把握できていなかったのでは。メディアだって初動の報道は遅れていたような・・・。
市町村から情報が上がって来ないなら、とりあえず県から人員を派遣すべきだった、という意見もあるがこれは結果論かと。後からならなんとでも言える。
地元を知悉しているのは市町村だし、個別対応だらけの今回の様なケースは、県職員が入っても動きようがなかったのでは?
実際、早くから各地の電力会社から支援部隊が駆けつけていたが、個別の現場情報が入らないので木更津でウェイティングしていた。
いまさら犯人さがしをしてもしょうがないし、それよりは、”50年に一度”レベルの激甚災害が起きた場合の今後の対応指針をきっちり定める方が前向きだと思う。
日本近海の海水温は年々上がっているという見方があるのだから、今後台風の破壊力はますます激甚化するおそれがある。
高気圧のあいだを割って北上、なんていう反則ルートも今後は増えていくのでは?(ふつう、台風は高気圧の縁を回り込んで進むとされている。)
60メートル近い暴風によって、実際にどういうことが起こり、どういう被害がもたらされたのか・・・。
そして本当に必要だったのは何か?
多くの被害と犠牲を伴って得られたファクターを教訓に、速やかに国土強靱化を図っていくのが現実的な手立てなのだろうと思う。
ps.
雨雲レーダーを見ると、現時点で台風17号は熊本の西の沖合にいることがわかる。
すでに目は崩れているけど、それでもはっきりとみてとれる。
やっぱり現況把握には有効なツールだと思う。
Web上の気象情報(とくに台風情報)が官民入り乱れて、どれが最新情報かわかりにくくなっている。
運営者サイドの様々な思惑もあるのだろうけど、わかりやすく一元化(ポータル情報化)した方がいいような気も・・・。
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2019-09-09 23:24:32UP
中心気圧が965hPaから955hPaに再発達って、これはえらいことになると思った。
そして、中心は相模湾から東京湾へ・・・。
台風は陸地が嫌いなので、相模湾から三浦半島を乗っ越して東京湾に入ったのだと思う。
なんで「相模湾上陸は首都圏にとって最悪コース」かというと、横浜・川崎や東京都区部などの人口密集地が台風の東側(進路右側)に入ってしまうから。
(北半球では台風の東側は、台風そのものの風と台風を押し進める力が合わさって、とくに風が強くなります。)
これが東京湾コースを進むと、もっとも危険なエリアは東京湾の東に位置する千葉、ということになる。
そして午前4時28分。千葉市中央区の最大瞬間風速57.5メートル・・・。
最初、この情報をきいたとき、なにかの間違いだと思った。それほどのもの凄い風速。
建物の耐風性能は風荷重、あるいは風圧力であらわされるが、このベースとなるのが基準風速。
関東周辺では基準風速(最大風速=10分間の平均風速ベース)は、概ね30メートル台に設定されている。
最大瞬間風速は最大風速の1.5~3倍ほどになるともいわれているので、今回の57.5メートルとの単純比較はできないが、
それでも「想定外の暴風」であった可能性がきわめて高い。
報道でみる限り、千葉市中央区より市原市や君津市の被害が大きそうなので、この両市では局所的に60メートルちかい最大瞬間風速となっていたのかもしれぬ。
今回、外の状況と雨雲レーダーを夜通し見比べていた。
台風の目(中心)が三浦半島を通って東京湾に入っていく様が、10分遅れで克明にあらわされていた。
リアルタイムな状況把握という点では、これがベストツールでは? (ゲリラ豪雨のときなど、よく使います。)
そして二次災害。
交通パニック。週はじめの月曜だから「どうしても出なくてはいけないイベント」が多かったはずだし、これも混乱に拍車をかけたと思う。
JRは始発から8時までの計画運休を発表していたが、こんな規格外の暴風を喰らった以上、8時復旧はとうてい無理筋だと思う。
でも、利用者としてはそれを信じるしかないし・・・、という・・・。
それに「状況により自己判断で」とかいわれたら、石にかじりついてもとにかく出社、つうのがふつうの日本人だから・・・。
誰が悪いとか、責任はどこにあるとか、そういうはなしではないと思う。
大規模停電。
これも、誰が悪いとかどうとかではないと思う。すべてが想定外だから・・・。
一刻もはやい復旧を祈るしかないです。
それと、この気温で無空調だと、すぐさま過酷な状況となるので、停電地域の方はくれぐれも熱中症にご注意を。
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20年ほども昔だけど、気象予報士の学科試験合格したことあるので(実技は力尽きたけど)、
ついつい思いつくままに書いてしまいました。
2019-09-08 19:07:14UP
台風15号(FAXAI)、大騒ぎになってますが、
本日朝の段階で、すでに予報円全域が陸地にかかっていた。
それでもニュースや天気予報では、「関東に接近する見込み」とかぬるい表現を使っていた。
朝の進路予想図からすると「関東付近に上陸する可能性が極めて高い」あるいは「首都圏直撃の可能性大」の表現が妥当だったのでは??
相模湾上陸は首都圏にとって最悪コースの筈。(滅多にない)
中心気圧965hPa、最大瞬間風速60m予想ならば、もっと激しく警告してもよかった感じも・・・。
いずれにしても、大きな被害がでないことを祈ります。
小さなてのひら
■ utsuboの音楽遍歴-5(最終回) (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
寝不足だけど(笑)、一気にいきます。
1996年春。大学卒業、そして就職。
バブルに向かい景気は昇り調子だったが、新入社員ということもあってしばらくは音楽から距離を置く状況がつづいた。
'80年代中盤以降、洋楽シーンは、ハウス・ミュージック(house music)、トランス(Trance)、ガラージュ(Garage)、ジャングル(Jungle)、ドラムンベース(Drum 'n' Bass)、2ステップ(2 Step Garage)など、ブレイクビーツ系とみられるジャンルがめまぐるしく輩出し、Pop Music/Black Musicといった既成の区分で捉え切れないものになっていた。
仕事にも慣れ、ひと心地ついた頃いくつかかじってみたが、どうもしっくりくるものがなかった。
「もう、洋楽チャートを追っていても面白くない・・・。」 それが偽りのない実感だった。
もともと音楽の聴き方が「流行を追う、最新のものを追う」というものではなかったので、シーンを離れることになんら抵抗はなかった。
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註:ブレイクビーツ系ジャンルが音楽的によくないとか、価値が低いとか、そういう意味ではありません。これだけ広く深く浸透したのはそれだけの理由があるはず・・・。
ただ、わたしは個人的に入り込んでいけなかったということです。
洋楽・邦楽ともにこの系統は深く聴いていないので語る資格はないですが、たとえば、女性Voをfeat.してセツナ系佳曲を繰り出している、WISE、CLIFF EDGE、童子-Tなど、たぶんブレイクビーツの洗礼を受けなければこういう曲はつくれなかったと思う。(Rapのなかで女性Voの活かし方を知っている。)
------------------------------------
1988~90年にかけて、しばらく音沙汰のなかったAORやFusion系の大御所があいついで新譜をリリース。いずれもそれなりのレベルだったが、残念ながら往年の勢いは感じられなかったし、リバイバルブールも長くはつづかなかった。
以降、1995年くらいまで、洋楽ジャンルではBCMやSmooth Jazzなど、いわゆるAC(アダルトコンテンポラリー)とよばれるジャンルに逃げ込んでいた。
DAT(デジタルで録音できるテープ)をゲットしていたので、レンタル店まわりはつづき、これまでに聴き逃した旧譜やAC系の新譜をダビングしまくっていた。
■ Bobby Caldwell 「Heart Of Mine」 (1988)/ '80年代後期AORリバイバルの例
■ Russ Freeman & The Rippingtons 「True Companion」 (1994)/ AC(Smooth Jazz)の例-1
■ Tim Heintz 「Together At Last」 (1989)/ AC(Smooth Jazz)の例-2
そんななか、興味を惹かれたのが1988年にALBUM『Watermark』で日本デビューしたEnyaだった。
Progre/Euro系の流れで、彼女が一時参加していたグループ”Clannad”のLPは何枚かもっていたが、このSoloアルバムはさらにメロディアスでヴォーカルが主役となるものだった。
そういえば、Kate Bushをはじめプログレバンド”Renaissance”/”ILLUSION”のリードヴォーカルAnnie HaslamにMike Oldfieldの作品に参加していたMaggie Reilly、そしてMike Oldfieldの妹Sally Oldfieldなどが好きだったので、もともとEnyaを好む素地があったのだと思う。
■ Mike Oldfield(feat.Maggie Reilly) 「Five Miles Out」 (1982)
■ Illusion(Annie Haslam) 「Face of Yesterday」 (1977)
■ Enya & Clannad 「An tÚll」 (1981)
■ Enya 「Caribbean Blue」 (1991)
彼女らは共通して、US系の女性Artistにはない清楚なヒーリング感をもっていた。
そして調べてみるとアイルランド・ケルト系のArtistが似たような雰囲気の作品を発表していることを知る。
オフィス帰りによくのぞいたレンタルCD店「神保町Janis」でこの系統のCDが充実しているのをいいことに、片っ端から聴きまくった。
■ Celtic Woman 「A New Journey - You Raise Me Up」
Altan、Capercaillie、Mary Black、Lunasa、Maire Brennan、Loreena McKennitt、Meav、The Corrs ・・・。
とくに、澄み切ったハイトーンのMichelle Tumes、Meav、Melanie Rossなどはよく聴いたし、新譜もほとんど買った。
■ Méav Ní Mhaolchatha 「I Wish My Love was a Red Red Rose」 (1998)
■ Sissel Kyrkjebø 「You'll Never Walk Alone」 (2002)
■ Melanie Ross 「Hodie Cristus Natus Est + Angels Of Ordinary Times」 (2002)
1996年、Sarah Brightman&Andrea Bocelliによる「Time To Say Goodbye」が大ヒット。いささか情感過多な感じがしないでもなかったが、クラシックのエッセンスをとりいれた流麗なメロディはインパクトがあった。
■ Sarah Brightman&Andrea Bocelli 「Time To Say Goodbye」 (1996)
クラシックとポピュラーミュージックをクロスオーバーしたこの手の音楽は以降「Classcal Crossover(クラシカル・クロスオーバー)」と呼ばれ世界的に人気を集め、Sarah BrightmanのほかCharlotte Church、Hayley Westenraなどがメジャー入りを果たした。
邦楽では本田美奈子が'90年代からミュージカルに進出し2003年にClasscal Crossover的なALBUMをリリース。同年末には平原綾香がホルスト(G. Holst)の組曲「惑星」の印象的なメロディを原曲とした「Jupiter」をブレークさせる。
2006年秋川雅史「千の風になって」の大ブレークにより日本でのClasscal Crossover人気は決定的なものとなった。
ケルト系Artistもよくクラシックをとり入れていたので、ケルト系とClasscal Crossoverは自分のなかで違和感なく混ざり合った。
それらはのちに「ヒーリング・ミュージック」と称されるものだった。
(2007年に「ヒーリング・ミュージック」についておかきこしてたので(忘れてた ^^ )、一応、リンクしときます。)
音楽情報ゲットの方法も大きく変わった。
非メインストリームのACやヒーリング系の情報はマスメディアではあまり得られず、'80年代から読んでいた月刊誌「ADLIB」に頼ることとなった。「ADLIB」情報をもとに中古盤屋やレンタル店でソフトをゲットするという状況が2000年頃までつづいたと思う。
2000年に入りWebの常時接続を導入。従量課金を気にせず思う存分Web閲覧できるこの環境は画期的で、これを境にわたしの音楽情報ツールは一気にPCに移行した。
こうしたこともあっていつしか「ADLIB」は買わなくなったが、2010年4月にこの雑誌は休刊に入っている。
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ここでハナシを邦楽に戻す。
大学までのわたしは間違いなく洋楽志向だったと思う。
むろん、達郎、サザン、Yuming、角松敏生、佐野元春、杏里などビッグネームはふつうに聴いていたし、さりげに松田聖子(とくに初期のLP)なんぞも好きだった。
でも、もっている音楽ソフトを見渡すとほとんどが洋楽・・・。
私的に「洋楽が面白くなくなった」1985年頃から、ぼちぼち腰を据えて邦楽を聴くようになったような気がする。
そして、そのほとんどが女性Artistだった・・・。
■ 今井美樹 「空に近い週末」 (1989)
1986年春に初シングルをOn Sale、翌年早くも「野性の風」のヒットを放ち音楽活動を軌道に乗せた今井美樹。綺麗なハイトーンヴォイスと流れるような旋律は、メロディに飢えていた耳に染み渡るようだった。
以降、今井美樹は相当聴き込み、LIVEにもたびたび行った。
■ 渡辺美里 「Teenage Walk」 (1986)
1986年にリリースされた渡辺美里の「My Revolution」&「Teenage Walk」(ともに小室哲哉の作曲。)のメロディは斬新だった。
小室氏が後にあれほどのビッグネームになるとは当時は想像もしなかったが、「なんでこんなにフックのあるメロディがつくれるのか・・・?」と不思議に感じたことを覚えている。
1989年、PRINCESS PRINCESSの「Diamonds」「世界でいちばん熱い夏」がブレーク。ブライトにはじける曲調は、Pop-Musicの楽しさを呼び覚ましてくれた。
■ PRINCESS PRINCESS 「世界でいちばん熱い夏」 (1989)
これまではプログレハード、AORやブラコンをメインに聴いていたこともあって、どちらかというと男性ヴォーカルが多かったが、このあたりから女性ヴォーカルに傾倒していくことになる。
これは洋楽もそうなのだが、男性Artistがどちらかというとhip hopやブレイクビーツなどリズム主体の作風に振れていたのに対し、女性Artistはメロディアスな曲を多くリリースしていたことが大きいと思う。
(ex.小室哲哉が絡んだ女性Artistはよく聴いていたが、TM NETWORKはあまり聴いていない・・・。)
考えてみると、男性ヴォーカルにしてからがJon Andeson、David Pack、Michael McDonald、Steve Perry、Jason Scheff 、Peter Ceteraなどが好みだったので、もともとハイトーン・ヴォイス好きだったのだと思う。
AC系はいまでも聴いているが、そんなこんなで1996年頃からはヒーリング系の比重が一気に高まってきた。(ま~、ACもヒーリング的要素は多分にあるが・・・。)
ここからは別記事→「黄金の世代?(カラバトU-18が強い件)」と内容が重複するので、よろしればそちらも・・・。
-----------------------------------------------
そして1993年頃から小室哲哉の活動がメジャー的にブレーク。
わたしは「ハイトーンJ-POP(女神系歌姫)」の種は小室哲哉がまいたと思っているので、年表風にまとめてみた。
(なお、ハイトーンでメロディアスな曲調をもつ女性J-POPを「ハイトーンJ-POP」、それらにかかわる女性Artist達を「女神系歌姫」と勝手に銘打ち(~~)、以降、このブログでキーワードとしてつかっていきます。)
<小室系>
1993年 trf「寒い夜だから…」
1994年 篠原涼子「恋しさと せつなさと 心強さと」、trf「BOY MEETS GIRL」
1995年 華原朋美・安室奈美恵プロデュース
1996年 globe「DEPARTURES」、安室奈美恵「Don't wanna cry」、華原朋美「I'm proud」
1997年 安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」、華原朋美「Hate tell a lie」
1998年頃からPOP色をよわめ、実験色をつよめる。その理由はいろいろ憶測されているのでここでは触れないが、これに替わるような絶妙のタイミングで”非小室系”といわれる才能がつぎつきと開花しはじめる。
■ 華原朋美 「I'm proud」 (1996)
<非小室系>
1998年 MISIAデビュー、宇多田ヒカルデビュー、浜崎あゆみデビュー
1999年 倉木麻衣デビュー、小柳ゆきデビュー
2000年 鬼束ちひろデビュー・「月光」、倖田來未デビュー、水樹奈々デビュー、浜崎あゆみ「SEASONS」、倉木麻衣ブレーク
2001年 夏川りみブレーク・「涙そうそう」
2002年 浜崎あゆみ「Voyage」
2003年 平原綾香デビュー・「Jupiter」
2004年 加藤ミリヤデビュー、倖田來未ブレーク
2005年 水樹奈々、オリコンで声優単独名義の当時の最高位(2位)獲得
2006年 綾香正式デビュー・「三日月」、mihimaru GTブレーク、藤田麻衣子デビュー、タイナカ彩智デビュー・「最高の片想い」、竹仲絵里「サヨナラ サヨナラ」、西野カナSMEレコーズと契約締結
■ 絢香 「三日月」 (2006)
■ 竹仲絵里 「サヨナラ サヨナラ」 (2006)
小室哲哉がPOP系楽曲で生彩を失いはじめた1998年にMISIA・宇多田ヒカル・浜崎あゆみなどがあいついでデビュー。
次いで倉木麻衣・小柳ゆき・鬼束ちひろ・倖田來未・水樹奈々デビューなどがデビューしてブレークを重ねる。
2003年には平原綾香がクラシカル・クロスオーバー的にデビュー&ブレークし、翌2004年には加藤ミリヤがデビューと、ほとんど切れ目がない。
2005年には水樹奈々がブレークし、声優系シンガーが注目を浴びる。
特筆すべきは2006年で、内容は↑のとおりだが、ハイトーンJ-POP(女神系歌姫)が一気に芽を吹いた感じで「女神系歌姫元年」ということができるかもしれない。
■ 西野カナ ft. 菅原紗由理 「もっとキミに贈る歌....」・・・ 超絶Re-mix!
彼女たちの曲はメロディを重視し、ハイトーンが伸びる綺麗な声質と、しっかりとしたテクニックを備えていた。
「ひょっとして1990年代後半にアイルランドで起きたのと同じようなことが、J-POPでも起きているのではないか。そしていずれJ-POPのレベルはアイルランド(ケルティック・ウーマン)を凌ぐのでは・・・?」と思いはじめたのが2003年頃。
そのひとつの根拠は楽曲のレベルがとても高くなってきたことだ。
J-POPは、サビメロだけでもたせる水増し的楽曲が目立った時期もあった。
ところが、とくに小室ブーム以降、曲じたいの魅力の高いものが増えてきた。
これみよがしのサビメロではなく、微妙にフックのあるメロを紡いでいくというような繊細かつテクニカルな曲が増えてきた。(ブレイクビーツ系の影響もあると思う。)
こういう曲をこなすには歌唱力が必要だが、そういう才能が輩出したこともその背景にあると思う。
■ 藤田麻衣子 「見えない月」 (2008) ※卓越した作曲&アレンジメント力。
個人的にはABBAを出し、その後もThe Cardigans、ACE OF BASEなどの人気グループを輩出して、日本でも人気のあるSwedish Pop(スウェーデンのPOP)よりはるかに魅力を感じる。(ちなみにスウェーデンは世界屈指のPOPミュージック輸出国。)
「アイルランド(ケルティック・ウーマン)を凌ぐ」という背景には、これらはわりにクラッシックやスタンダードをモチーフにしたものが多かったのに対し、J-POPはオリジナル曲の比率が高いということがある。
■ 荒牧陽子 「Only love(LIVE)」
(超絶的なテクニックで名を馳せる「ものまねシンガー」、荒牧陽子(マキタソ)だって、2008年の時点で、こんなオリジナル曲の名テイクを残している。)
とくに2007年以降「初音ミク」(歌声合成DTMないしVOCALOID(ボカロ)系キャラクター)を媒体として多くの楽曲が創作され、なかには非常にレベルの高いものもあり、これがJ-POP(ないし、アニソン系)のサウンドクリエイターの層の厚さを築いたことは確かだと思う。
ボカロは、イメージそのままにハイトーンやビブラートなどを駆使した曲がつくれるとされ、その意味では(人が)歌うのはむずかしいが、歌いこなせればきわめてクォリティの高い楽曲となる可能性を秘めている。
この切り口からもやはり高い歌唱力をもつ女性Voが求められ、実際につぎつぎと育ってきているのだと思う。
そのわかりやすい例が”歌い手”。
彼女らは、「歌ってみた」という切り口から、おもにボカロ系の難曲を優れた声質と高いテクで歌いこなし、従来からの音楽好きをもうならせている。
そして2014年現在、ボカロや歌い手を抜きにしては日本の音楽シーンを語れない状況となっている。
【例・心做し】
オリジナル・VOCALOID(ボカロ)/GUMI
歌い手/花たん ※ 曲の魅力をきわめて高い歌唱力で見事に表現している。
日本のアニメは各国で高い評価を得ているが、それはストーリー展開やキャラクタ-設定の巧みさ、緻密なグラフィック技術とともにアニソンの果たす役割も大きいのではないか・・・。
また、アニソンはその性格上、ストーリー性や情緒感をもつものが多く、それがリスナーの感情に訴えやすいということもあると思う。(日本独自の繊細な風土や思想などをモチーフにするものも増えてきた。)
さりげにゲーム系の楽曲もレベルが高いのもポイント。
■ 園崎詩音(雪野五月) 「you / thanks (ひぐらしのなく頃に)」 / ゲーム・アニメ系のストーリー性高い曲の例
併行して、J-POPでも「セツナ系」といわれるフォーマット(というか曲調)が人気を集めている。
これはメロディや歌詞が「せつなさ」を感じさせるもので、やはりリスナーのパーソナルな感情に訴えかけるものだ。
「セツナ系」は西野カナ、加藤ミリヤ、JUJU、中村舞子などの「女神系歌姫」が代表格とされ、hip hop/Rap系ユニットとのコラボ(ふつうfeat.とされる)による名曲が多いのも特徴で、中村舞子のように自身のメジャーデビューよりも先にfeat.曲で人気を集める例もすくなくない。
「セツナ系」については別記事→「セツナ曲(唐突ですが・・・)」と内容が重複するので、よろしればそちらも・・・。
■ Because... feat. 中村舞子 LGYankees (2008) / feat.型「セツナ系」の代表曲
■ SPICY CHOCOLATE - あなたと明日も feat. ハジ→ & 宇野実彩子 (AAA) (Vocal Ver.)
(こういう曲は、バブル崩壊以前にはたぶんぜったいつくれなかった。「失われた20年(30年)」がPOPシーンにも大きな影響を与えているのだと思う。)
こうしてみると、J-POPでは「繊細な情緒感」がすこぶる高くなってきていると思うが、これはかつての「四畳半フォーク」や演歌などの「マイナーコードを多用してしっとりと歌い上げる」というものより、むしろメジャー系コードやRap、ブレイクビーツなどをつかいつつこれを醸成していくものが目立つ。 (淡々と流れながらも泣ける・・・ ^^)
「メジャー系コードやブレイクビーツをつかいつつ、繊細な情感を出していく」というのはできそうでなかなかできないので、ここでもJ-POPのレベルの高さがうかがわれるのでは・・・。
このような流れを受けて、わたしの軸足は次第にケルト系からハイトーンJ-POP(女神系歌姫)に移っていった。
■ 志方あきこ 「西風の贈り物」 (2005) ※クラシックや民族音楽の要素も。
■ Sachi Tainaka 「Saikou no Kataomoi (最高の片想い)」 - Live 2007 Concert ※フラジオレット!
ヒットしていたメジャーArtistはマスメディアでも聴けたし、レンタルCDでもゲットできた。
ただ、同系の非メジャーArtistなどを本格的に聴きはじめたのは、YouTubeで視聴できる曲が増えてきた2006年後半あたりからではないか。
わたしのはじめての音楽記事カキコ(2007/03)はたしかYouTubeに触発されて書いたのでたぶん間違いないと思う。
2008/06にはAOR系の名曲紹介をYouTubeブログ埋め込みで紹介しているので、この頃にはWeb音楽環境はいまとさして変わらない状況にあったと思う。(アップロード曲は格段に増えているが・・・)
いずれにしてもYouTube、Dailymotion、ニコ動などで縦横無尽にWeb検索できるようになったことが大きい。
1980年代後半~、Enyaを意識したかどうかわからないが、プログレ系に透明感高い美声Artistたちがいた。
ベースがプログレというか、かなりマニアックな作風なので、なかなか聴きやすい曲を歌ってくれないのだが、きまぐれのように提供してくれるヒーリング曲は抜群だった。
ただし、2000年以前ではWeb検索の完成度が低かったので、「知らないと聴けない」状況だった。
レンタルや中古でも入手しにくいジャンルだったので、同系Artistをリアルタイムでしっかり抑えていた自信はない。
。
■ 遊佐未森 「ロカ」(Ruby Grapefruits Version) (1997)
■ 上野洋子(協和発酵 焼酎「かのか」CM・・・たぶん2003年頃?)
※この手のArtistはなかなかメジャーシーンに出てきにくいのだが、たとえば協和発酵 焼酎「かのか」CMで、その癒しヴォイスが大きな反響を呼んだ上野洋子(ZABADAKの結成メンバー)など、巧くプロモートすればブレークできる環境は整っていたのだと思う。
この曲、さんざ探したのだがどうやらリリースされておらず、世理奈のバージョン(2005)のみみつかります。
遊佐未森、上野洋子ともにクリエイター集団との係わりが強く、彼らからその「美声」を買われていた感じがある。
そしてのちに誕生する、I'VE(KOTOKO、詩月カオリ、川田まみ、MELLなどが在籍)、HoneyWorks(ハニワ)、supercellなどのクリエイター集団や菅野よう子、梶浦由記などのクリエイターが「女神系歌姫」を育んだことは間違いないと思う。
■ KOTOKO(I'VE) 「Imaginary Affair(こなたよりかなたまでOP)」
■ 川田まみ(I'VE) 「For our days(そして明日の世界より) LIVE」
■ くゆり 「君の知らない物語」(supercell)
■ 梶浦由記(&FictionJunction) 「Everlasting Song LIVE」
↑でも書いたが、ゲーム系やアニメ系などは、Web検索環境がないとほとんどアプローチ不可だと思う。
「レコチョク」でも限定配信曲がかなりあるので、やはりWeb動画の存在が大きくなる。
とくに「セツナ系」はレコチョクから火がつくことが多かった。(Web動画で視聴できるものがかなりある。)
Web動画検索は同系の雰囲気をもつ楽曲を関連検索でがしがし引っぱってくるので、無名Artistをプロモートする効果も高い。
そして「ニコニコ動画」にアクセスすれば、ハイレベルな”歌い手”たちのテイクがずらりと並ぶ。
■ 桜ほたる(sana) 「ここにあること」
■ みにゅ 「SterCrew」
2006年以後、「女神系歌姫」系は声優系Artistや”歌い手”を巻き込んで質・量ともに充実の一途をたどり、いまや本場アイルランドを凌ぐのではないか、という点は↑や「女神系歌姫 (ハイトーンJ-POPの担い手たち)」にも書いたとおりだ。
そして、ここ数年で一挙に輩出したカラバトU-18の逸材たち・・・。
彼女たちは、また一段ちがう歌唱力をもっているように思う。
なぜ、そうなったのかは黄金の世代?(カラバトU-18が強い件)をみてね。(あくまでも個人的憶測ですが・・・)
ひとことでいうと、彼女たちはおそらくこれまで書いてきたファクターのすべてを身につけている。
それに、オリジナル曲に縛られず、時代の流行にかかわらず、好きな曲を自分なりの解釈で歌い上げている点も見逃せないポイントかと・・・。
と、まぁ、これでようやっと「カラバトU-18黄金世代説」に話がつながりました・・・(笑)
ながながと書き連ねてきたけど、やっぱりこれは「必然」。
そして彼女たちはきっとかけがえのない日本の宝物になっていくのだと思う。
楽しみ。楽しみ。
■ 三阪咲 × 富金原佑菜 「Y / C&K」
■ 佐久間彩加 「三日月」
■ 熊田このは 「明日への手紙」
■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
1996年春。大学卒業、そして就職。
バブルに向かい景気は昇り調子だったが、新入社員ということもあってしばらくは音楽から距離を置く状況がつづいた。
'80年代中盤以降、洋楽シーンは、ハウス・ミュージック(house music)、トランス(Trance)、ガラージュ(Garage)、ジャングル(Jungle)、ドラムンベース(Drum 'n' Bass)、2ステップ(2 Step Garage)など、ブレイクビーツ系とみられるジャンルがめまぐるしく輩出し、Pop Music/Black Musicといった既成の区分で捉え切れないものになっていた。
仕事にも慣れ、ひと心地ついた頃いくつかかじってみたが、どうもしっくりくるものがなかった。
「もう、洋楽チャートを追っていても面白くない・・・。」 それが偽りのない実感だった。
もともと音楽の聴き方が「流行を追う、最新のものを追う」というものではなかったので、シーンを離れることになんら抵抗はなかった。
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註:ブレイクビーツ系ジャンルが音楽的によくないとか、価値が低いとか、そういう意味ではありません。これだけ広く深く浸透したのはそれだけの理由があるはず・・・。
ただ、わたしは個人的に入り込んでいけなかったということです。
洋楽・邦楽ともにこの系統は深く聴いていないので語る資格はないですが、たとえば、女性Voをfeat.してセツナ系佳曲を繰り出している、WISE、CLIFF EDGE、童子-Tなど、たぶんブレイクビーツの洗礼を受けなければこういう曲はつくれなかったと思う。(Rapのなかで女性Voの活かし方を知っている。)
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1988~90年にかけて、しばらく音沙汰のなかったAORやFusion系の大御所があいついで新譜をリリース。いずれもそれなりのレベルだったが、残念ながら往年の勢いは感じられなかったし、リバイバルブールも長くはつづかなかった。
以降、1995年くらいまで、洋楽ジャンルではBCMやSmooth Jazzなど、いわゆるAC(アダルトコンテンポラリー)とよばれるジャンルに逃げ込んでいた。
DAT(デジタルで録音できるテープ)をゲットしていたので、レンタル店まわりはつづき、これまでに聴き逃した旧譜やAC系の新譜をダビングしまくっていた。
■ Bobby Caldwell 「Heart Of Mine」 (1988)/ '80年代後期AORリバイバルの例
■ Russ Freeman & The Rippingtons 「True Companion」 (1994)/ AC(Smooth Jazz)の例-1
■ Tim Heintz 「Together At Last」 (1989)/ AC(Smooth Jazz)の例-2
そんななか、興味を惹かれたのが1988年にALBUM『Watermark』で日本デビューしたEnyaだった。
Progre/Euro系の流れで、彼女が一時参加していたグループ”Clannad”のLPは何枚かもっていたが、このSoloアルバムはさらにメロディアスでヴォーカルが主役となるものだった。
そういえば、Kate Bushをはじめプログレバンド”Renaissance”/”ILLUSION”のリードヴォーカルAnnie HaslamにMike Oldfieldの作品に参加していたMaggie Reilly、そしてMike Oldfieldの妹Sally Oldfieldなどが好きだったので、もともとEnyaを好む素地があったのだと思う。
■ Mike Oldfield(feat.Maggie Reilly) 「Five Miles Out」 (1982)
■ Illusion(Annie Haslam) 「Face of Yesterday」 (1977)
■ Enya & Clannad 「An tÚll」 (1981)
■ Enya 「Caribbean Blue」 (1991)
彼女らは共通して、US系の女性Artistにはない清楚なヒーリング感をもっていた。
そして調べてみるとアイルランド・ケルト系のArtistが似たような雰囲気の作品を発表していることを知る。
オフィス帰りによくのぞいたレンタルCD店「神保町Janis」でこの系統のCDが充実しているのをいいことに、片っ端から聴きまくった。
■ Celtic Woman 「A New Journey - You Raise Me Up」
Altan、Capercaillie、Mary Black、Lunasa、Maire Brennan、Loreena McKennitt、Meav、The Corrs ・・・。
とくに、澄み切ったハイトーンのMichelle Tumes、Meav、Melanie Rossなどはよく聴いたし、新譜もほとんど買った。
■ Méav Ní Mhaolchatha 「I Wish My Love was a Red Red Rose」 (1998)
■ Sissel Kyrkjebø 「You'll Never Walk Alone」 (2002)
■ Melanie Ross 「Hodie Cristus Natus Est + Angels Of Ordinary Times」 (2002)
1996年、Sarah Brightman&Andrea Bocelliによる「Time To Say Goodbye」が大ヒット。いささか情感過多な感じがしないでもなかったが、クラシックのエッセンスをとりいれた流麗なメロディはインパクトがあった。
■ Sarah Brightman&Andrea Bocelli 「Time To Say Goodbye」 (1996)
クラシックとポピュラーミュージックをクロスオーバーしたこの手の音楽は以降「Classcal Crossover(クラシカル・クロスオーバー)」と呼ばれ世界的に人気を集め、Sarah BrightmanのほかCharlotte Church、Hayley Westenraなどがメジャー入りを果たした。
邦楽では本田美奈子が'90年代からミュージカルに進出し2003年にClasscal Crossover的なALBUMをリリース。同年末には平原綾香がホルスト(G. Holst)の組曲「惑星」の印象的なメロディを原曲とした「Jupiter」をブレークさせる。
2006年秋川雅史「千の風になって」の大ブレークにより日本でのClasscal Crossover人気は決定的なものとなった。
ケルト系Artistもよくクラシックをとり入れていたので、ケルト系とClasscal Crossoverは自分のなかで違和感なく混ざり合った。
それらはのちに「ヒーリング・ミュージック」と称されるものだった。
(2007年に「ヒーリング・ミュージック」についておかきこしてたので(忘れてた ^^ )、一応、リンクしときます。)
音楽情報ゲットの方法も大きく変わった。
非メインストリームのACやヒーリング系の情報はマスメディアではあまり得られず、'80年代から読んでいた月刊誌「ADLIB」に頼ることとなった。「ADLIB」情報をもとに中古盤屋やレンタル店でソフトをゲットするという状況が2000年頃までつづいたと思う。
2000年に入りWebの常時接続を導入。従量課金を気にせず思う存分Web閲覧できるこの環境は画期的で、これを境にわたしの音楽情報ツールは一気にPCに移行した。
こうしたこともあっていつしか「ADLIB」は買わなくなったが、2010年4月にこの雑誌は休刊に入っている。
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ここでハナシを邦楽に戻す。
大学までのわたしは間違いなく洋楽志向だったと思う。
むろん、達郎、サザン、Yuming、角松敏生、佐野元春、杏里などビッグネームはふつうに聴いていたし、さりげに松田聖子(とくに初期のLP)なんぞも好きだった。
でも、もっている音楽ソフトを見渡すとほとんどが洋楽・・・。
私的に「洋楽が面白くなくなった」1985年頃から、ぼちぼち腰を据えて邦楽を聴くようになったような気がする。
そして、そのほとんどが女性Artistだった・・・。
■ 今井美樹 「空に近い週末」 (1989)
1986年春に初シングルをOn Sale、翌年早くも「野性の風」のヒットを放ち音楽活動を軌道に乗せた今井美樹。綺麗なハイトーンヴォイスと流れるような旋律は、メロディに飢えていた耳に染み渡るようだった。
以降、今井美樹は相当聴き込み、LIVEにもたびたび行った。
■ 渡辺美里 「Teenage Walk」 (1986)
1986年にリリースされた渡辺美里の「My Revolution」&「Teenage Walk」(ともに小室哲哉の作曲。)のメロディは斬新だった。
小室氏が後にあれほどのビッグネームになるとは当時は想像もしなかったが、「なんでこんなにフックのあるメロディがつくれるのか・・・?」と不思議に感じたことを覚えている。
1989年、PRINCESS PRINCESSの「Diamonds」「世界でいちばん熱い夏」がブレーク。ブライトにはじける曲調は、Pop-Musicの楽しさを呼び覚ましてくれた。
■ PRINCESS PRINCESS 「世界でいちばん熱い夏」 (1989)
これまではプログレハード、AORやブラコンをメインに聴いていたこともあって、どちらかというと男性ヴォーカルが多かったが、このあたりから女性ヴォーカルに傾倒していくことになる。
これは洋楽もそうなのだが、男性Artistがどちらかというとhip hopやブレイクビーツなどリズム主体の作風に振れていたのに対し、女性Artistはメロディアスな曲を多くリリースしていたことが大きいと思う。
(ex.小室哲哉が絡んだ女性Artistはよく聴いていたが、TM NETWORKはあまり聴いていない・・・。)
考えてみると、男性ヴォーカルにしてからがJon Andeson、David Pack、Michael McDonald、Steve Perry、Jason Scheff 、Peter Ceteraなどが好みだったので、もともとハイトーン・ヴォイス好きだったのだと思う。
AC系はいまでも聴いているが、そんなこんなで1996年頃からはヒーリング系の比重が一気に高まってきた。(ま~、ACもヒーリング的要素は多分にあるが・・・。)
ここからは別記事→「黄金の世代?(カラバトU-18が強い件)」と内容が重複するので、よろしればそちらも・・・。
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そして1993年頃から小室哲哉の活動がメジャー的にブレーク。
わたしは「ハイトーンJ-POP(女神系歌姫)」の種は小室哲哉がまいたと思っているので、年表風にまとめてみた。
(なお、ハイトーンでメロディアスな曲調をもつ女性J-POPを「ハイトーンJ-POP」、それらにかかわる女性Artist達を「女神系歌姫」と勝手に銘打ち(~~)、以降、このブログでキーワードとしてつかっていきます。)
<小室系>
1993年 trf「寒い夜だから…」
1994年 篠原涼子「恋しさと せつなさと 心強さと」、trf「BOY MEETS GIRL」
1995年 華原朋美・安室奈美恵プロデュース
1996年 globe「DEPARTURES」、安室奈美恵「Don't wanna cry」、華原朋美「I'm proud」
1997年 安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」、華原朋美「Hate tell a lie」
1998年頃からPOP色をよわめ、実験色をつよめる。その理由はいろいろ憶測されているのでここでは触れないが、これに替わるような絶妙のタイミングで”非小室系”といわれる才能がつぎつきと開花しはじめる。
■ 華原朋美 「I'm proud」 (1996)
<非小室系>
1998年 MISIAデビュー、宇多田ヒカルデビュー、浜崎あゆみデビュー
1999年 倉木麻衣デビュー、小柳ゆきデビュー
2000年 鬼束ちひろデビュー・「月光」、倖田來未デビュー、水樹奈々デビュー、浜崎あゆみ「SEASONS」、倉木麻衣ブレーク
2001年 夏川りみブレーク・「涙そうそう」
2002年 浜崎あゆみ「Voyage」
2003年 平原綾香デビュー・「Jupiter」
2004年 加藤ミリヤデビュー、倖田來未ブレーク
2005年 水樹奈々、オリコンで声優単独名義の当時の最高位(2位)獲得
2006年 綾香正式デビュー・「三日月」、mihimaru GTブレーク、藤田麻衣子デビュー、タイナカ彩智デビュー・「最高の片想い」、竹仲絵里「サヨナラ サヨナラ」、西野カナSMEレコーズと契約締結
■ 絢香 「三日月」 (2006)
■ 竹仲絵里 「サヨナラ サヨナラ」 (2006)
小室哲哉がPOP系楽曲で生彩を失いはじめた1998年にMISIA・宇多田ヒカル・浜崎あゆみなどがあいついでデビュー。
次いで倉木麻衣・小柳ゆき・鬼束ちひろ・倖田來未・水樹奈々デビューなどがデビューしてブレークを重ねる。
2003年には平原綾香がクラシカル・クロスオーバー的にデビュー&ブレークし、翌2004年には加藤ミリヤがデビューと、ほとんど切れ目がない。
2005年には水樹奈々がブレークし、声優系シンガーが注目を浴びる。
特筆すべきは2006年で、内容は↑のとおりだが、ハイトーンJ-POP(女神系歌姫)が一気に芽を吹いた感じで「女神系歌姫元年」ということができるかもしれない。
■ 西野カナ ft. 菅原紗由理 「もっとキミに贈る歌....」・・・ 超絶Re-mix!
彼女たちの曲はメロディを重視し、ハイトーンが伸びる綺麗な声質と、しっかりとしたテクニックを備えていた。
「ひょっとして1990年代後半にアイルランドで起きたのと同じようなことが、J-POPでも起きているのではないか。そしていずれJ-POPのレベルはアイルランド(ケルティック・ウーマン)を凌ぐのでは・・・?」と思いはじめたのが2003年頃。
そのひとつの根拠は楽曲のレベルがとても高くなってきたことだ。
J-POPは、サビメロだけでもたせる水増し的楽曲が目立った時期もあった。
ところが、とくに小室ブーム以降、曲じたいの魅力の高いものが増えてきた。
これみよがしのサビメロではなく、微妙にフックのあるメロを紡いでいくというような繊細かつテクニカルな曲が増えてきた。(ブレイクビーツ系の影響もあると思う。)
こういう曲をこなすには歌唱力が必要だが、そういう才能が輩出したこともその背景にあると思う。
■ 藤田麻衣子 「見えない月」 (2008) ※卓越した作曲&アレンジメント力。
個人的にはABBAを出し、その後もThe Cardigans、ACE OF BASEなどの人気グループを輩出して、日本でも人気のあるSwedish Pop(スウェーデンのPOP)よりはるかに魅力を感じる。(ちなみにスウェーデンは世界屈指のPOPミュージック輸出国。)
「アイルランド(ケルティック・ウーマン)を凌ぐ」という背景には、これらはわりにクラッシックやスタンダードをモチーフにしたものが多かったのに対し、J-POPはオリジナル曲の比率が高いということがある。
■ 荒牧陽子 「Only love(LIVE)」
(超絶的なテクニックで名を馳せる「ものまねシンガー」、荒牧陽子(マキタソ)だって、2008年の時点で、こんなオリジナル曲の名テイクを残している。)
とくに2007年以降「初音ミク」(歌声合成DTMないしVOCALOID(ボカロ)系キャラクター)を媒体として多くの楽曲が創作され、なかには非常にレベルの高いものもあり、これがJ-POP(ないし、アニソン系)のサウンドクリエイターの層の厚さを築いたことは確かだと思う。
ボカロは、イメージそのままにハイトーンやビブラートなどを駆使した曲がつくれるとされ、その意味では(人が)歌うのはむずかしいが、歌いこなせればきわめてクォリティの高い楽曲となる可能性を秘めている。
この切り口からもやはり高い歌唱力をもつ女性Voが求められ、実際につぎつぎと育ってきているのだと思う。
そのわかりやすい例が”歌い手”。
彼女らは、「歌ってみた」という切り口から、おもにボカロ系の難曲を優れた声質と高いテクで歌いこなし、従来からの音楽好きをもうならせている。
そして2014年現在、ボカロや歌い手を抜きにしては日本の音楽シーンを語れない状況となっている。
【例・心做し】
オリジナル・VOCALOID(ボカロ)/GUMI
歌い手/花たん ※ 曲の魅力をきわめて高い歌唱力で見事に表現している。
日本のアニメは各国で高い評価を得ているが、それはストーリー展開やキャラクタ-設定の巧みさ、緻密なグラフィック技術とともにアニソンの果たす役割も大きいのではないか・・・。
また、アニソンはその性格上、ストーリー性や情緒感をもつものが多く、それがリスナーの感情に訴えやすいということもあると思う。(日本独自の繊細な風土や思想などをモチーフにするものも増えてきた。)
さりげにゲーム系の楽曲もレベルが高いのもポイント。
■ 園崎詩音(雪野五月) 「you / thanks (ひぐらしのなく頃に)」 / ゲーム・アニメ系のストーリー性高い曲の例
併行して、J-POPでも「セツナ系」といわれるフォーマット(というか曲調)が人気を集めている。
これはメロディや歌詞が「せつなさ」を感じさせるもので、やはりリスナーのパーソナルな感情に訴えかけるものだ。
「セツナ系」は西野カナ、加藤ミリヤ、JUJU、中村舞子などの「女神系歌姫」が代表格とされ、hip hop/Rap系ユニットとのコラボ(ふつうfeat.とされる)による名曲が多いのも特徴で、中村舞子のように自身のメジャーデビューよりも先にfeat.曲で人気を集める例もすくなくない。
「セツナ系」については別記事→「セツナ曲(唐突ですが・・・)」と内容が重複するので、よろしればそちらも・・・。
■ Because... feat. 中村舞子 LGYankees (2008) / feat.型「セツナ系」の代表曲
■ SPICY CHOCOLATE - あなたと明日も feat. ハジ→ & 宇野実彩子 (AAA) (Vocal Ver.)
(こういう曲は、バブル崩壊以前にはたぶんぜったいつくれなかった。「失われた20年(30年)」がPOPシーンにも大きな影響を与えているのだと思う。)
こうしてみると、J-POPでは「繊細な情緒感」がすこぶる高くなってきていると思うが、これはかつての「四畳半フォーク」や演歌などの「マイナーコードを多用してしっとりと歌い上げる」というものより、むしろメジャー系コードやRap、ブレイクビーツなどをつかいつつこれを醸成していくものが目立つ。 (淡々と流れながらも泣ける・・・ ^^)
「メジャー系コードやブレイクビーツをつかいつつ、繊細な情感を出していく」というのはできそうでなかなかできないので、ここでもJ-POPのレベルの高さがうかがわれるのでは・・・。
このような流れを受けて、わたしの軸足は次第にケルト系からハイトーンJ-POP(女神系歌姫)に移っていった。
■ 志方あきこ 「西風の贈り物」 (2005) ※クラシックや民族音楽の要素も。
■ Sachi Tainaka 「Saikou no Kataomoi (最高の片想い)」 - Live 2007 Concert ※フラジオレット!
ヒットしていたメジャーArtistはマスメディアでも聴けたし、レンタルCDでもゲットできた。
ただ、同系の非メジャーArtistなどを本格的に聴きはじめたのは、YouTubeで視聴できる曲が増えてきた2006年後半あたりからではないか。
わたしのはじめての音楽記事カキコ(2007/03)はたしかYouTubeに触発されて書いたのでたぶん間違いないと思う。
2008/06にはAOR系の名曲紹介をYouTubeブログ埋め込みで紹介しているので、この頃にはWeb音楽環境はいまとさして変わらない状況にあったと思う。(アップロード曲は格段に増えているが・・・)
いずれにしてもYouTube、Dailymotion、ニコ動などで縦横無尽にWeb検索できるようになったことが大きい。
1980年代後半~、Enyaを意識したかどうかわからないが、プログレ系に透明感高い美声Artistたちがいた。
ベースがプログレというか、かなりマニアックな作風なので、なかなか聴きやすい曲を歌ってくれないのだが、きまぐれのように提供してくれるヒーリング曲は抜群だった。
ただし、2000年以前ではWeb検索の完成度が低かったので、「知らないと聴けない」状況だった。
レンタルや中古でも入手しにくいジャンルだったので、同系Artistをリアルタイムでしっかり抑えていた自信はない。
。
■ 遊佐未森 「ロカ」(Ruby Grapefruits Version) (1997)
■ 上野洋子(協和発酵 焼酎「かのか」CM・・・たぶん2003年頃?)
※この手のArtistはなかなかメジャーシーンに出てきにくいのだが、たとえば協和発酵 焼酎「かのか」CMで、その癒しヴォイスが大きな反響を呼んだ上野洋子(ZABADAKの結成メンバー)など、巧くプロモートすればブレークできる環境は整っていたのだと思う。
この曲、さんざ探したのだがどうやらリリースされておらず、世理奈のバージョン(2005)のみみつかります。
遊佐未森、上野洋子ともにクリエイター集団との係わりが強く、彼らからその「美声」を買われていた感じがある。
そしてのちに誕生する、I'VE(KOTOKO、詩月カオリ、川田まみ、MELLなどが在籍)、HoneyWorks(ハニワ)、supercellなどのクリエイター集団や菅野よう子、梶浦由記などのクリエイターが「女神系歌姫」を育んだことは間違いないと思う。
■ KOTOKO(I'VE) 「Imaginary Affair(こなたよりかなたまでOP)」
■ 川田まみ(I'VE) 「For our days(そして明日の世界より) LIVE」
■ くゆり 「君の知らない物語」(supercell)
■ 梶浦由記(&FictionJunction) 「Everlasting Song LIVE」
↑でも書いたが、ゲーム系やアニメ系などは、Web検索環境がないとほとんどアプローチ不可だと思う。
「レコチョク」でも限定配信曲がかなりあるので、やはりWeb動画の存在が大きくなる。
とくに「セツナ系」はレコチョクから火がつくことが多かった。(Web動画で視聴できるものがかなりある。)
Web動画検索は同系の雰囲気をもつ楽曲を関連検索でがしがし引っぱってくるので、無名Artistをプロモートする効果も高い。
そして「ニコニコ動画」にアクセスすれば、ハイレベルな”歌い手”たちのテイクがずらりと並ぶ。
■ 桜ほたる(sana) 「ここにあること」
■ みにゅ 「SterCrew」
2006年以後、「女神系歌姫」系は声優系Artistや”歌い手”を巻き込んで質・量ともに充実の一途をたどり、いまや本場アイルランドを凌ぐのではないか、という点は↑や「女神系歌姫 (ハイトーンJ-POPの担い手たち)」にも書いたとおりだ。
そして、ここ数年で一挙に輩出したカラバトU-18の逸材たち・・・。
彼女たちは、また一段ちがう歌唱力をもっているように思う。
なぜ、そうなったのかは黄金の世代?(カラバトU-18が強い件)をみてね。(あくまでも個人的憶測ですが・・・)
ひとことでいうと、彼女たちはおそらくこれまで書いてきたファクターのすべてを身につけている。
それに、オリジナル曲に縛られず、時代の流行にかかわらず、好きな曲を自分なりの解釈で歌い上げている点も見逃せないポイントかと・・・。
と、まぁ、これでようやっと「カラバトU-18黄金世代説」に話がつながりました・・・(笑)
ながながと書き連ねてきたけど、やっぱりこれは「必然」。
そして彼女たちはきっとかけがえのない日本の宝物になっていくのだと思う。
楽しみ。楽しみ。
■ 三阪咲 × 富金原佑菜 「Y / C&K」
■ 佐久間彩加 「三日月」
■ 熊田このは 「明日への手紙」
■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
1983年から1984年にかけて起こった洋楽シーンの変容は、わたしにとって大きな転機となりました。
ここではその状況について書いてみます。
〔 失速 / AORの巻 〕
百花繚乱の様相をみせていた'82年の洋楽シーン。
だが、このころからAORシーンの変質がびみょ~に気になりだしていた。
ディールを得ていたAORに他ジャンルからの参入があいつぎ、MORやカントリーシーンからもAORライクなアルバムがつぎつぎと送り出された。
Jesse Colin Young『The Perfect Stranger』('82)、Lee Greenwood、『Somebody's Gonna Love You』('83)、Larry Lee(Ozark Mountain Daredevils)『ロンリー・フリーウェイ(Marooned)』('82)などがその好例だ。
■ Larry Lee 「Don't Talk」 (1982)
彼らは個性も実力もあるので、なかなかのアルバムに仕上がっているが、「そいつは違うんでないかい?」と感じたのが、ベタでMORチックな新人が”AORの新星”とかタイトルされ売り出されてきたことだ。
リズムやアレンジが複雑なAORでは歌の巧さが高度に要求されるが、そこまでの実力も経験もない新人がつぎつぎと参入してきた。
ところで、当時洋楽(AOR)好きのあいだで常識となっていたのが「クレジット買い」だ。
これはなじみのないアルバムを、裏ジャケに載っているバック(スタジオ)ミュージシャンの顔ぶれ(=credit)を確認して買うというもので、当時のAORシーンでバック(スタジオ)ミュージシャン達がいかに重要なポジションを占めていたかがわかる。
これら経験豊富な一連のバックミュージシャンのセッションは抜群に安定していて、MORだろうがカントリーだろうが持ち前のワザとセンスで洒落たAORに仕立ててしまう。
なので、上にあげたAORへのシフトは、「AOR系バック(スタジオ)ミュージシャンの起用」でほぼ9割方達成されるといっても過言ではない。
■ 名うてのスタジオミュージシャンがサポートしたBoz Scaggs1976年のLIVE
裏返していうと、生半可なボーカルだと完璧にバックに喰われてしまう。
じっさい、AOR後期('82年~)にはバック一流、ボーカル三流という、だれが主役だかわからないアルバムがいくつも出された(あえて例はあげぬが・・・(笑))。
後年、AORが批判の矢面に立たされたときの常套句に「ワンパターン」「没個性」「誰が歌ってもおなじ」というのがあるが、少なくとも後期AORについては、わたしは反論できない・・・。
(余談になるが、邦楽、とくにアイドル系でこれら米国スタジオミュージシャンをレコーディングに起用した例は意外に多い。)
初期のAORは違った。
もともとAORの醍醐味は、Rock、R&B、Jazz、Ethnoなどが渾然一体に混じり合うところにあり、当然、アーティストはおのおのアイデンティティをもっていた。
たとえば、Boz ScaggsやBobby Caldwellはブラックミュージックの影響を受けていたし、Michael FranksやBen SidranはJazzやBossa Novaのエッセンスをもっていた。J.D.SoutherやPhotogloには古きよきR&Rの香りがあった。
■ J.D.Souther 「You're Only Lonely」 (1979)
■ Michael Franks 「One Bad Habit」 (1980)
なので、AORというのはもともと分類ジャンルではなく、「ポピュラーミュージックのさまざまな要素を盛り込んだソフトでメローなイメージをもつ、アダルト向けの音楽」を意味したと思う。
この手の音楽が初期に「ソフト&メロー」や「クロスオーバー」と呼ばれたのがそのことを如実に物語っているし、現在、米国でこの流れを汲むフォーマットは、分類ジャンルをつけず単にアダルト・コンテンポラリー(Adult Contemporary/AC)と呼ばれている。
■ Homi & Jarvis 「It Didn't Work Out That Way」 (1983)
↑いろいろな要素がほどよくバランスして、テクニカルだけどさらっと流せる曲も多かった。
AORがそのマーケット性を拡大したときに、”AOR”でイメージされる楽曲のパターンができあがり、それを得意とするミュージシャンがAORというジャンルフォーマットをつくりあげた。(たとえば、「After The Love Is Gone」/Airplay、Michael McDonaldの一連の楽曲など)これらは音楽的にはすこぶる質の高いものだが、あまりに氾濫するとどうしても没個性になっていく。
■ Michael McDonald 「That's Why」 (1982)
これと並行して、プロデューサーの地位上昇が進んだ。
もともとAOR界にはTommy LiPuma、Jay Graydon、Randy Goodrum、James Strondなど著名なプロデューサーがいたが、彼らはどちらかというと、ミュージシャン達のよき指揮者役であったような気がする。
これに対して、'83年頃からはプロデューサーが強力なイニシアティブをとり、アルバムコンセプトから果てはマメジメントに至るまで関与するようになっていく。このような体制のもと、楽曲はサビメロで固められ一分の隙もないアレンジが施された。
楽曲としての完成度はたしかに高いが、なんとなく音に隙間がなく、厚化粧で息が詰まるような曲が増えていった。
初期のAORでは、リズムセクションがグルーヴをキープし、そのうえでVoやリード楽器(Key,g,saxなど)が伸びやかに泳ぐというパターンの曲が多かったが、このころからきっちりとプロデュース、というかむしろオーバープロデュース気味の作品が増えてきた。
これはバックミュージシャンが多忙すぎて、セッションを楽しむ余裕をなくしたことも大きいと思っているが、いずれにしてもこの時点で「アーティスト&ミュージシャンの時代」から「プロデューサーの時代」への変化が起こった意味は大きく、これと歩調を合わせるようにしてAORシーンは急速に失速していく。
〔 パラダイム・チェンジ / ブラックミュージックの巻 〕
Rapの先駆とされる、The Sugarhill Gangの登場は1979年。
それでも1982年頃まではブラックミュージックのメインストリームは、なおセルフコンテインド・グループ(Selfcontained Group)にあった(と思う)。
これはいわゆる自給自足バンドで、一般にはボーカル・コーラス、リード楽器からリズムセクションまで、すべてグループ内で補う大型ファンクバンドをさす。EW&F、Atlantic Starr、Skyy、Dazz Band、Lakeside、One Wayなどがその代表例だ。
■ Skyy 「Show Me The Way」 (1983)
リズムセクションが叩き出すグルーヴのうえでダイナミックなコーラスやファルセットを展開、Up~Balladeまで多彩な名曲を提供する彼らはディスコの花形だった。
しかし、大人数ゆえ、その維持にはコストがかかる。おりしも景気の下降局面にあった米国で、その状況は次第にきびしいものとなっていく。
■ B B.&Q.Band 「(I Could Never Say) It's Over」 (1982)
異論はあると思うが、勢力を拡大しつつあったhip hop/Rap系が一般的な意味で大ブレークしたのは1983年Herbie Hancockの『Future Shock』に収録された"Rock It"だと思う。
大胆なスクラッチが導入されたこの曲は、たしかに異様なインパクトがあった。
低コストで斬新な音を産み出せるこれらの流れは、またたく間にブラックシーンに浸透していった。
■ Herbie Hancock 「Rock It」 (1983)
その勢いはパラダイム・チェンジといえるほどすさまじく、すでに1984年の時点でリズムをデジタルサンプリングしていない新譜を探すのがむずかしいほどだった。
経済的に苦境を迎えていたSelfcontained Groupはつぎつぎと瓦解し、ボーカルはソロとして独立。残ったメンバーはRap系小ユニットやバラードグループとして余命を保つことになる。
このなかでは、バラードに活路を見いだした連中が気を吐いた。
彼らはニュー・クラシック・ソウル(New Classic Soul)などと呼ばれ、甘甘ながらなかなかに聴かせる作品を残している。
■ Atlantic Starr 「Secret Lovers」 (1985)/ New Classic Soulの例
'80年代後半まではいわゆるレディ・ソウルも好調だった。Whitney Houstonのデビューは1983年だし、Anita BakerやNatalie Coleも80年代中期以降にいいアルバムを残しているので、AORほどの強烈な失速感はない。
■ Whitney Houston 「All At Once」
■ Natalie Cole 「Miss You Like Crazy」 (1989)/ '80年代後期のLady Soulの例
■ Genobia Jeter 「Take A Look」 (1986) こんな曲も・・・。
それでもわたしのなかでのブラックミュージックは、やはりSelfcontained Group。
彼らは”レア・グルーヴ(Rare Groove)”(広義です(笑))とジャンルされ、のちに腐るほどカバー、サンプリングされることになる。
〔 ボーダーライン / ポップミュージックの巻 〕
1983~85年までのおもなヒット曲をみると、
Every Breath You Take(The Police)、Billy Jean・Beat It・Thriller(Michael Jackson)、Maneater・Out Of Touch(Hall & Oates)、Let's Dance(David Bowie)、When Doves Cry(Prince)、Against All Odds(Phil Collins)、Jump(Van Halen)、Hello(Lionel Richie)、Girls Just Want To Have Fun(Cyndi Lauper)、Careless Whisper(Wham!)、Like A Virgin(Madonna)、We Are The World(USA For Africa)など、ビッグネームたちの錚々たる代表曲が並んでいるようにみえる。
たしかに、Michael Jacksonの『Thriller』のビデオクリップは圧倒的なインパクトがあった。でも、曲的にはひとつ前のALBUMの「Don't Stop 'Til You Get Enough」、「Rock With You」などの方がしっくりときていた。
Hall & Oatesにしても「Maneater」よりも「Wait for Me」「Kiss on My List」などが、Princeにしても「When Doves Cry」より「Little Red Corvette」の方が曲としての魅力を感じた。
■ Hall & Oates 「Maneater」 (1983)
■ Hall & Oates 「Wait For Me」 (1979)
先日、同世代の友人たちと飲んだときに、こんなハナシが出た。
それはいま振り返ると、H&Oにせよ、Journeyにせよ、世間で大ブレークしたときにはすでにピークを過ぎていたのではないか? ということだ。
そして、この大ブレークする直前にこの世代にとって面白い音楽とそうでなくなってしまった音楽のボーダーラインがあるというのだ。(「14番目の月」説)
例えば、H&Oの『Private Eyes』('81)と『H2O』('82、ブレークは'83)。前者は全米5位だが、後者は全米1位で彼ら最大のヒットとなった。
でも『H2O』を聴いたとき、「なにか違う」という違和感を感じたことはたしかで、大ヒットした"Maneater"もたいした曲には思えなかったわけだ。
Journeyにしても、データ的には『Escape』('81)のほうが売れているが、日本での反響は『Frontiers』('83)のほうが大きかったような気がする。
そして『Frontiers』をきいたときも『H2O』とおなじ違和感を覚えた。
Michael Jacksonもそうで、少なくとも仲間うちでは、歴史的メガヒットとなった『Thriller』('83)より前作『Off The Wall』('79)の評価が高い。
■ Journey 「Still They Ride」 (1981) / ALBUM『Escape』収録
このとき感じた違和感が何だったかは断言できないけれど、厚化粧で妙な圧迫感があり、心底から音に浸れない心地わるさがあったように思う。
そして、その原因はやはりオーバープロデュース、いいかえれば、楽曲が”作品”から”商品”へと変化しはじめたことが大きいような気がする。
■ Michael McDonald 「Our Love」 (1985)
個人的には「AORの時代」の終焉を告げたと思っている名曲。
音楽をめぐる環境もこのころ大きな変貌を遂げていた。
MTVが一躍人気を集め、若者向けの飲食店などでもふつうに流されていた。
楽曲のよしあしより、ビデオクリップのできに話題が集中し、「ビデオクリップのでき(=MTVでの見映え)が悪いと、曲がよくてももはやヒットしない。」などと揶揄されたりした。
一方、1982年秋に発売が開始されたCDは、またたく間に市場シェアを上げ、1986年にははやくも販売枚数ベースでLPを追い抜いた。
CDはたしかに手軽で便利だが、はじめてその音を聞いたとき感じたいいようのない違和感はいまでも忘れられない。
妙な閉塞感があり、スネアやハイハットの音がすこ~んときれいに抜けないのだ。
「これはひょっとして音楽のつくり方や質じたいが変わっていくのでは?」という漠たる予感があった。
そして、事態はその予感をはるかに超えるスピードで進行した。
この頃Rapはますます勢力を拡大し、「hip hop(いまで言う”Old School”)」といわれる一大ムーブメントを形成しつつあった。
おりしもRock Steady Crewなどにより紹介されたブレイクダンス(breakin')が日本でも広まり、1983年_On SaleのHerbie Hancockは「Rock it」でGrandmixer DSTのスクラッチをとり入れ一世を風靡したのは↑に書いたとおり。
このような動きは当然のことながらRock/Pop Marketにも大きな影響を与え、次第にストリート感やアグレッシブな雰囲気が求められるようになっていった。
メロディ・ハーモニー・リズムがバランスよく構成されていたそれまでの楽曲にくらべ、リズム(というかピッチ)が極端に重視されるようになった。
これは端的にいうと、「メロディの時代」から「リズム(ピッチ)の時代」への転換だったのではないか・・・。
単発的にこういう↓名メロ曲はでたけどね。
■ Starship 「We Built This City」 (1985)
■ Boy Meets Girl 「Waiting for a Star to Fall」 (1988)
いま振り返ると、ポピュラーミュージックをめぐるこのような環境の変化が重なって、(すくなくともわたしにとっては)「新譜を聴くのがあまり面白くない時代」に入っていったのではないかと思う。
(さらにもう1回つづきます。)
→■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
------------------------------------
■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ 1983年洋楽ピーク説
ここではその状況について書いてみます。
〔 失速 / AORの巻 〕
百花繚乱の様相をみせていた'82年の洋楽シーン。
だが、このころからAORシーンの変質がびみょ~に気になりだしていた。
ディールを得ていたAORに他ジャンルからの参入があいつぎ、MORやカントリーシーンからもAORライクなアルバムがつぎつぎと送り出された。
Jesse Colin Young『The Perfect Stranger』('82)、Lee Greenwood、『Somebody's Gonna Love You』('83)、Larry Lee(Ozark Mountain Daredevils)『ロンリー・フリーウェイ(Marooned)』('82)などがその好例だ。
■ Larry Lee 「Don't Talk」 (1982)
彼らは個性も実力もあるので、なかなかのアルバムに仕上がっているが、「そいつは違うんでないかい?」と感じたのが、ベタでMORチックな新人が”AORの新星”とかタイトルされ売り出されてきたことだ。
リズムやアレンジが複雑なAORでは歌の巧さが高度に要求されるが、そこまでの実力も経験もない新人がつぎつぎと参入してきた。
ところで、当時洋楽(AOR)好きのあいだで常識となっていたのが「クレジット買い」だ。
これはなじみのないアルバムを、裏ジャケに載っているバック(スタジオ)ミュージシャンの顔ぶれ(=credit)を確認して買うというもので、当時のAORシーンでバック(スタジオ)ミュージシャン達がいかに重要なポジションを占めていたかがわかる。
これら経験豊富な一連のバックミュージシャンのセッションは抜群に安定していて、MORだろうがカントリーだろうが持ち前のワザとセンスで洒落たAORに仕立ててしまう。
なので、上にあげたAORへのシフトは、「AOR系バック(スタジオ)ミュージシャンの起用」でほぼ9割方達成されるといっても過言ではない。
■ 名うてのスタジオミュージシャンがサポートしたBoz Scaggs1976年のLIVE
裏返していうと、生半可なボーカルだと完璧にバックに喰われてしまう。
じっさい、AOR後期('82年~)にはバック一流、ボーカル三流という、だれが主役だかわからないアルバムがいくつも出された(あえて例はあげぬが・・・(笑))。
後年、AORが批判の矢面に立たされたときの常套句に「ワンパターン」「没個性」「誰が歌ってもおなじ」というのがあるが、少なくとも後期AORについては、わたしは反論できない・・・。
(余談になるが、邦楽、とくにアイドル系でこれら米国スタジオミュージシャンをレコーディングに起用した例は意外に多い。)
初期のAORは違った。
もともとAORの醍醐味は、Rock、R&B、Jazz、Ethnoなどが渾然一体に混じり合うところにあり、当然、アーティストはおのおのアイデンティティをもっていた。
たとえば、Boz ScaggsやBobby Caldwellはブラックミュージックの影響を受けていたし、Michael FranksやBen SidranはJazzやBossa Novaのエッセンスをもっていた。J.D.SoutherやPhotogloには古きよきR&Rの香りがあった。
■ J.D.Souther 「You're Only Lonely」 (1979)
■ Michael Franks 「One Bad Habit」 (1980)
なので、AORというのはもともと分類ジャンルではなく、「ポピュラーミュージックのさまざまな要素を盛り込んだソフトでメローなイメージをもつ、アダルト向けの音楽」を意味したと思う。
この手の音楽が初期に「ソフト&メロー」や「クロスオーバー」と呼ばれたのがそのことを如実に物語っているし、現在、米国でこの流れを汲むフォーマットは、分類ジャンルをつけず単にアダルト・コンテンポラリー(Adult Contemporary/AC)と呼ばれている。
■ Homi & Jarvis 「It Didn't Work Out That Way」 (1983)
↑いろいろな要素がほどよくバランスして、テクニカルだけどさらっと流せる曲も多かった。
AORがそのマーケット性を拡大したときに、”AOR”でイメージされる楽曲のパターンができあがり、それを得意とするミュージシャンがAORというジャンルフォーマットをつくりあげた。(たとえば、「After The Love Is Gone」/Airplay、Michael McDonaldの一連の楽曲など)これらは音楽的にはすこぶる質の高いものだが、あまりに氾濫するとどうしても没個性になっていく。
■ Michael McDonald 「That's Why」 (1982)
これと並行して、プロデューサーの地位上昇が進んだ。
もともとAOR界にはTommy LiPuma、Jay Graydon、Randy Goodrum、James Strondなど著名なプロデューサーがいたが、彼らはどちらかというと、ミュージシャン達のよき指揮者役であったような気がする。
これに対して、'83年頃からはプロデューサーが強力なイニシアティブをとり、アルバムコンセプトから果てはマメジメントに至るまで関与するようになっていく。このような体制のもと、楽曲はサビメロで固められ一分の隙もないアレンジが施された。
楽曲としての完成度はたしかに高いが、なんとなく音に隙間がなく、厚化粧で息が詰まるような曲が増えていった。
初期のAORでは、リズムセクションがグルーヴをキープし、そのうえでVoやリード楽器(Key,g,saxなど)が伸びやかに泳ぐというパターンの曲が多かったが、このころからきっちりとプロデュース、というかむしろオーバープロデュース気味の作品が増えてきた。
これはバックミュージシャンが多忙すぎて、セッションを楽しむ余裕をなくしたことも大きいと思っているが、いずれにしてもこの時点で「アーティスト&ミュージシャンの時代」から「プロデューサーの時代」への変化が起こった意味は大きく、これと歩調を合わせるようにしてAORシーンは急速に失速していく。
〔 パラダイム・チェンジ / ブラックミュージックの巻 〕
Rapの先駆とされる、The Sugarhill Gangの登場は1979年。
それでも1982年頃まではブラックミュージックのメインストリームは、なおセルフコンテインド・グループ(Selfcontained Group)にあった(と思う)。
これはいわゆる自給自足バンドで、一般にはボーカル・コーラス、リード楽器からリズムセクションまで、すべてグループ内で補う大型ファンクバンドをさす。EW&F、Atlantic Starr、Skyy、Dazz Band、Lakeside、One Wayなどがその代表例だ。
■ Skyy 「Show Me The Way」 (1983)
リズムセクションが叩き出すグルーヴのうえでダイナミックなコーラスやファルセットを展開、Up~Balladeまで多彩な名曲を提供する彼らはディスコの花形だった。
しかし、大人数ゆえ、その維持にはコストがかかる。おりしも景気の下降局面にあった米国で、その状況は次第にきびしいものとなっていく。
■ B B.&Q.Band 「(I Could Never Say) It's Over」 (1982)
異論はあると思うが、勢力を拡大しつつあったhip hop/Rap系が一般的な意味で大ブレークしたのは1983年Herbie Hancockの『Future Shock』に収録された"Rock It"だと思う。
大胆なスクラッチが導入されたこの曲は、たしかに異様なインパクトがあった。
低コストで斬新な音を産み出せるこれらの流れは、またたく間にブラックシーンに浸透していった。
■ Herbie Hancock 「Rock It」 (1983)
その勢いはパラダイム・チェンジといえるほどすさまじく、すでに1984年の時点でリズムをデジタルサンプリングしていない新譜を探すのがむずかしいほどだった。
経済的に苦境を迎えていたSelfcontained Groupはつぎつぎと瓦解し、ボーカルはソロとして独立。残ったメンバーはRap系小ユニットやバラードグループとして余命を保つことになる。
このなかでは、バラードに活路を見いだした連中が気を吐いた。
彼らはニュー・クラシック・ソウル(New Classic Soul)などと呼ばれ、甘甘ながらなかなかに聴かせる作品を残している。
■ Atlantic Starr 「Secret Lovers」 (1985)/ New Classic Soulの例
'80年代後半まではいわゆるレディ・ソウルも好調だった。Whitney Houstonのデビューは1983年だし、Anita BakerやNatalie Coleも80年代中期以降にいいアルバムを残しているので、AORほどの強烈な失速感はない。
■ Whitney Houston 「All At Once」
■ Natalie Cole 「Miss You Like Crazy」 (1989)/ '80年代後期のLady Soulの例
■ Genobia Jeter 「Take A Look」 (1986) こんな曲も・・・。
それでもわたしのなかでのブラックミュージックは、やはりSelfcontained Group。
彼らは”レア・グルーヴ(Rare Groove)”(広義です(笑))とジャンルされ、のちに腐るほどカバー、サンプリングされることになる。
〔 ボーダーライン / ポップミュージックの巻 〕
1983~85年までのおもなヒット曲をみると、
Every Breath You Take(The Police)、Billy Jean・Beat It・Thriller(Michael Jackson)、Maneater・Out Of Touch(Hall & Oates)、Let's Dance(David Bowie)、When Doves Cry(Prince)、Against All Odds(Phil Collins)、Jump(Van Halen)、Hello(Lionel Richie)、Girls Just Want To Have Fun(Cyndi Lauper)、Careless Whisper(Wham!)、Like A Virgin(Madonna)、We Are The World(USA For Africa)など、ビッグネームたちの錚々たる代表曲が並んでいるようにみえる。
たしかに、Michael Jacksonの『Thriller』のビデオクリップは圧倒的なインパクトがあった。でも、曲的にはひとつ前のALBUMの「Don't Stop 'Til You Get Enough」、「Rock With You」などの方がしっくりときていた。
Hall & Oatesにしても「Maneater」よりも「Wait for Me」「Kiss on My List」などが、Princeにしても「When Doves Cry」より「Little Red Corvette」の方が曲としての魅力を感じた。
■ Hall & Oates 「Maneater」 (1983)
■ Hall & Oates 「Wait For Me」 (1979)
先日、同世代の友人たちと飲んだときに、こんなハナシが出た。
それはいま振り返ると、H&Oにせよ、Journeyにせよ、世間で大ブレークしたときにはすでにピークを過ぎていたのではないか? ということだ。
そして、この大ブレークする直前にこの世代にとって面白い音楽とそうでなくなってしまった音楽のボーダーラインがあるというのだ。(「14番目の月」説)
例えば、H&Oの『Private Eyes』('81)と『H2O』('82、ブレークは'83)。前者は全米5位だが、後者は全米1位で彼ら最大のヒットとなった。
でも『H2O』を聴いたとき、「なにか違う」という違和感を感じたことはたしかで、大ヒットした"Maneater"もたいした曲には思えなかったわけだ。
Journeyにしても、データ的には『Escape』('81)のほうが売れているが、日本での反響は『Frontiers』('83)のほうが大きかったような気がする。
そして『Frontiers』をきいたときも『H2O』とおなじ違和感を覚えた。
Michael Jacksonもそうで、少なくとも仲間うちでは、歴史的メガヒットとなった『Thriller』('83)より前作『Off The Wall』('79)の評価が高い。
■ Journey 「Still They Ride」 (1981) / ALBUM『Escape』収録
このとき感じた違和感が何だったかは断言できないけれど、厚化粧で妙な圧迫感があり、心底から音に浸れない心地わるさがあったように思う。
そして、その原因はやはりオーバープロデュース、いいかえれば、楽曲が”作品”から”商品”へと変化しはじめたことが大きいような気がする。
■ Michael McDonald 「Our Love」 (1985)
個人的には「AORの時代」の終焉を告げたと思っている名曲。
音楽をめぐる環境もこのころ大きな変貌を遂げていた。
MTVが一躍人気を集め、若者向けの飲食店などでもふつうに流されていた。
楽曲のよしあしより、ビデオクリップのできに話題が集中し、「ビデオクリップのでき(=MTVでの見映え)が悪いと、曲がよくてももはやヒットしない。」などと揶揄されたりした。
一方、1982年秋に発売が開始されたCDは、またたく間に市場シェアを上げ、1986年にははやくも販売枚数ベースでLPを追い抜いた。
CDはたしかに手軽で便利だが、はじめてその音を聞いたとき感じたいいようのない違和感はいまでも忘れられない。
妙な閉塞感があり、スネアやハイハットの音がすこ~んときれいに抜けないのだ。
「これはひょっとして音楽のつくり方や質じたいが変わっていくのでは?」という漠たる予感があった。
そして、事態はその予感をはるかに超えるスピードで進行した。
この頃Rapはますます勢力を拡大し、「hip hop(いまで言う”Old School”)」といわれる一大ムーブメントを形成しつつあった。
おりしもRock Steady Crewなどにより紹介されたブレイクダンス(breakin')が日本でも広まり、1983年_On SaleのHerbie Hancockは「Rock it」でGrandmixer DSTのスクラッチをとり入れ一世を風靡したのは↑に書いたとおり。
このような動きは当然のことながらRock/Pop Marketにも大きな影響を与え、次第にストリート感やアグレッシブな雰囲気が求められるようになっていった。
メロディ・ハーモニー・リズムがバランスよく構成されていたそれまでの楽曲にくらべ、リズム(というかピッチ)が極端に重視されるようになった。
これは端的にいうと、「メロディの時代」から「リズム(ピッチ)の時代」への転換だったのではないか・・・。
単発的にこういう↓名メロ曲はでたけどね。
■ Starship 「We Built This City」 (1985)
■ Boy Meets Girl 「Waiting for a Star to Fall」 (1988)
いま振り返ると、ポピュラーミュージックをめぐるこのような環境の変化が重なって、(すくなくともわたしにとっては)「新譜を聴くのがあまり面白くない時代」に入っていったのではないかと思う。
(さらにもう1回つづきます。)
→■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
------------------------------------
■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ 1983年洋楽ピーク説
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
ディスコシーンも盛り上がりを見せていた。
その頃のディスコにはお立ち台もブレークダンスもパラパラも名刺配り(爆)もなかった。
多くはUp~Mid系でgrooveの効いた軽めのソウル(このころから”ブラコン”と呼ばれる)とチークタイムに流されるスローバラードでゆったりと構成されていた。
生バンドが入ることもあり、音楽的にはかなり贅沢だったと思う。
「ネペンタ」「マジック」「ラ・スカーラ」などがよくいったところで、とくに「マジック」は選曲がいいのと曲のつなぎが巧いので気に入りだった。
■ Shalamar 「A Night To Remember」 (1980)
ブラックミュージックに本腰入れて入れ込みはじめたのがこのあたり。
当然、好みはディスコに影響され、Shalamar、Lakeside、Whispersなどソーラーやモータウンなどフィリーサウンドの流れのもの。イタリアの洗練されたテイストが入ったChange、B.B.& Q.Band、High Fashionなども好きだった。
D-Train、Sylvesterなどリズム・コンシャスな一群もよく聴いた。
■ High Fashion 「Feeling Lucky Lately」 (1982)
■ D Train 「Music」 (1983)
並行してAOR寄りのブラコンも気に入りだった。
Vocal色をつよめたGeorge Benson、Luther Vandross、Peabo Bryson、Quincy Jones一派のJames Ingramなど。Lady Soul系ではRandy Crawford、Patti Austin、Angela Bofillなどよく聴いた。
■ George Benson 「Late at Night」 (1983)
UKものも堅調で「第2次ブリティッシュ・インベイジョン(British Invasion)」などといわれていた。
その一端を担ったのはJazzやLatinのエッセンスをとり込んだ「ファンカラティーナ」(Modern Romance、Level42、shakatak、Central Line、ABC、Haircut 100など)で、ディスコでもよくかかっていた。(ここらへんになるとキリがなくなるので改めて書きます(笑))
■ Central Line 「Walking Into Sunshine」 (1981)
■ Shakatak 「Night Birds Live」(この頃流行っていたチョッパーベースばりばり ^^)
■ The WARRIORS 「Destination」 (1982)
付属校だったので、受験もなく、だらだらと大学になだれ込んだ。(笑)(このとき'82年)
時代の空気は田中康夫の「なんとなく、クリスタル」そのままで、渋谷や六本木をなぜかサーフボードを積んだ車が走り回っていた。(笑)
そういえば、「なんとなく、クリスタル」のサントラ、ほとんどAORで固められてたもんな。
A面ラストにはAORの定番といわれたこんな名曲も。↓
■ Boz Scaggs 「We re all alone」 (1976)
この曲、米国より日本で人気あったといわれているけど、いま聴き直すとやっぱりそんな感じがする。
Marty BalinゃBertie Higginsもそうだけど、結構ベタなメロ曲もAORに括られていた気がする。
だから、やっぱり「AOR」は日本のジャンルで、米国の「AC」(Adult contemporary)とはニュアンスがちがうと思う。(どーでもいいことだけど・・・)
これまた、どーでもいいことだけど、「なんクリ」のサントラ、この手の曲が多いと思う。
「ぼくだけの東京ドライブ」(たまらなく、アーべイン)を読むと、田中康夫氏は「AC」系に造詣が深く、あえて日本での受け狙いで選曲を図った感じがする。
この狙いは的中し、1982~1983年にかけて日本ではAORが一大ブームとなったが、これはあとから考えると”諸刃の剣”だったかも知れず、定型化したAORは時を経ずして凋落を迎えることとなる。(次回以降に書きます。)
■MARTY BALIN 「Hearts」 (1981)
サーファーブームと平行して、カフェバーブームが巻き起こっていた。
自由が丘にいい店が多く、「Songs」「Temptation」など、渋い選曲で名を馳せていた。
カフェバーで流されていた多くがAORやFUSION系であったため、これらは”ナンパ音楽”と揶揄されることになるが、これはあとの話。
当時は洋楽シーンに勢いがあり、全米や全英のヒットチャートが日本の洋楽チャートとニアリーにリンクしていた。
'81年に始まった人気番組「ベストヒットUSA」。オープニング・チューンの"サーフ・サイド・フリーウェイ(Don't Worry Baby)"(V.T's)と小林克也の軽快なDJが時代の雰囲気を象徴していた。
■ V.T's 「Don't Worry Baby」 (1979)
LIVEもよく行った。
とくにJonathan Cainが加わり全盛期を迎えていたJourneyの「ESCAPEツアー」(日本武道館)はすごかった。
年間200日以上もツアーしているという実力はダテじゃなく、パワーと安定感にあふれていた。ハイトーンでひたすら歌いつづけるSteve PerryのVocalは驚異的だった。
赤坂のライブハウス(だったか?)で演ったModern Romanceの小粋なステージもよかった。
この頃、名盤『Avalon』を送り出したRoxy Musicが来日したが、期末試験の前日(一夜漬け^^;)で泣く泣く断念したのは今となっても悔やまれる。(その後、Roxy Musicは解散した。)
■ Journey 「Don't Stop Believin' (Live In Tokyo 1983)」
ディスコではPOP系がディールをもちはじめ、Boys Town Gang 「Can't Take My Eyes Off You(邦題:君の瞳に恋してる)」に代表される「ハイエナジー」(のちにユーロビートに移行したといわれるが、本質は違うと思う)も人気を集めていた。
Duran Duran、Culture Club、Spandau Ballet、The Human Leagueなど、UKのビジュアル系「ニューロマンティック」勢も人気が高かった。
■ Boys Town Gang 「Can't take my eyes off you(邦題:君の瞳に恋してる)/Extended Version」 (1982)
興味ある方はこちらもどーぞ。
ここで整理すると、この時期メインに聴いていたのは、
1.AOR&FUSION
2.BCM(ブラック・コンテンポラリー)
3.American Progre Hard(のちに「産業ロック」といわれる)
4.EURO ROCK
5.邦楽メジャー系(達郎、Yuming、SAS、杏里、佐野元春、角松敏生など)
いま振り返ると、個人的にはこの時点('82年)で洋楽シーンはある意味ほぼ絶頂に達していたのでは? と思う。 (あくまでも「ある意味で」ですが・・・ ^^; )
(おすすめの曲をいくつかこちらにあげといたので、よろしければどぞ。)
これについては、機会を改めて書いてみたいと思います。
(まだつづきます。)
→■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
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■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
その頃のディスコにはお立ち台もブレークダンスもパラパラも名刺配り(爆)もなかった。
多くはUp~Mid系でgrooveの効いた軽めのソウル(このころから”ブラコン”と呼ばれる)とチークタイムに流されるスローバラードでゆったりと構成されていた。
生バンドが入ることもあり、音楽的にはかなり贅沢だったと思う。
「ネペンタ」「マジック」「ラ・スカーラ」などがよくいったところで、とくに「マジック」は選曲がいいのと曲のつなぎが巧いので気に入りだった。
■ Shalamar 「A Night To Remember」 (1980)
ブラックミュージックに本腰入れて入れ込みはじめたのがこのあたり。
当然、好みはディスコに影響され、Shalamar、Lakeside、Whispersなどソーラーやモータウンなどフィリーサウンドの流れのもの。イタリアの洗練されたテイストが入ったChange、B.B.& Q.Band、High Fashionなども好きだった。
D-Train、Sylvesterなどリズム・コンシャスな一群もよく聴いた。
■ High Fashion 「Feeling Lucky Lately」 (1982)
■ D Train 「Music」 (1983)
並行してAOR寄りのブラコンも気に入りだった。
Vocal色をつよめたGeorge Benson、Luther Vandross、Peabo Bryson、Quincy Jones一派のJames Ingramなど。Lady Soul系ではRandy Crawford、Patti Austin、Angela Bofillなどよく聴いた。
■ George Benson 「Late at Night」 (1983)
UKものも堅調で「第2次ブリティッシュ・インベイジョン(British Invasion)」などといわれていた。
その一端を担ったのはJazzやLatinのエッセンスをとり込んだ「ファンカラティーナ」(Modern Romance、Level42、shakatak、Central Line、ABC、Haircut 100など)で、ディスコでもよくかかっていた。(ここらへんになるとキリがなくなるので改めて書きます(笑))
■ Central Line 「Walking Into Sunshine」 (1981)
■ Shakatak 「Night Birds Live」(この頃流行っていたチョッパーベースばりばり ^^)
■ The WARRIORS 「Destination」 (1982)
付属校だったので、受験もなく、だらだらと大学になだれ込んだ。(笑)(このとき'82年)
時代の空気は田中康夫の「なんとなく、クリスタル」そのままで、渋谷や六本木をなぜかサーフボードを積んだ車が走り回っていた。(笑)
そういえば、「なんとなく、クリスタル」のサントラ、ほとんどAORで固められてたもんな。
A面ラストにはAORの定番といわれたこんな名曲も。↓
■ Boz Scaggs 「We re all alone」 (1976)
この曲、米国より日本で人気あったといわれているけど、いま聴き直すとやっぱりそんな感じがする。
Marty BalinゃBertie Higginsもそうだけど、結構ベタなメロ曲もAORに括られていた気がする。
だから、やっぱり「AOR」は日本のジャンルで、米国の「AC」(Adult contemporary)とはニュアンスがちがうと思う。(どーでもいいことだけど・・・)
これまた、どーでもいいことだけど、「なんクリ」のサントラ、この手の曲が多いと思う。
「ぼくだけの東京ドライブ」(たまらなく、アーべイン)を読むと、田中康夫氏は「AC」系に造詣が深く、あえて日本での受け狙いで選曲を図った感じがする。
この狙いは的中し、1982~1983年にかけて日本ではAORが一大ブームとなったが、これはあとから考えると”諸刃の剣”だったかも知れず、定型化したAORは時を経ずして凋落を迎えることとなる。(次回以降に書きます。)
■MARTY BALIN 「Hearts」 (1981)
サーファーブームと平行して、カフェバーブームが巻き起こっていた。
自由が丘にいい店が多く、「Songs」「Temptation」など、渋い選曲で名を馳せていた。
カフェバーで流されていた多くがAORやFUSION系であったため、これらは”ナンパ音楽”と揶揄されることになるが、これはあとの話。
当時は洋楽シーンに勢いがあり、全米や全英のヒットチャートが日本の洋楽チャートとニアリーにリンクしていた。
'81年に始まった人気番組「ベストヒットUSA」。オープニング・チューンの"サーフ・サイド・フリーウェイ(Don't Worry Baby)"(V.T's)と小林克也の軽快なDJが時代の雰囲気を象徴していた。
■ V.T's 「Don't Worry Baby」 (1979)
LIVEもよく行った。
とくにJonathan Cainが加わり全盛期を迎えていたJourneyの「ESCAPEツアー」(日本武道館)はすごかった。
年間200日以上もツアーしているという実力はダテじゃなく、パワーと安定感にあふれていた。ハイトーンでひたすら歌いつづけるSteve PerryのVocalは驚異的だった。
赤坂のライブハウス(だったか?)で演ったModern Romanceの小粋なステージもよかった。
この頃、名盤『Avalon』を送り出したRoxy Musicが来日したが、期末試験の前日(一夜漬け^^;)で泣く泣く断念したのは今となっても悔やまれる。(その後、Roxy Musicは解散した。)
■ Journey 「Don't Stop Believin' (Live In Tokyo 1983)」
ディスコではPOP系がディールをもちはじめ、Boys Town Gang 「Can't Take My Eyes Off You(邦題:君の瞳に恋してる)」に代表される「ハイエナジー」(のちにユーロビートに移行したといわれるが、本質は違うと思う)も人気を集めていた。
Duran Duran、Culture Club、Spandau Ballet、The Human Leagueなど、UKのビジュアル系「ニューロマンティック」勢も人気が高かった。
■ Boys Town Gang 「Can't take my eyes off you(邦題:君の瞳に恋してる)/Extended Version」 (1982)
興味ある方はこちらもどーぞ。
ここで整理すると、この時期メインに聴いていたのは、
1.AOR&FUSION
2.BCM(ブラック・コンテンポラリー)
3.American Progre Hard(のちに「産業ロック」といわれる)
4.EURO ROCK
5.邦楽メジャー系(達郎、Yuming、SAS、杏里、佐野元春、角松敏生など)
いま振り返ると、個人的にはこの時点('82年)で洋楽シーンはある意味ほぼ絶頂に達していたのでは? と思う。 (あくまでも「ある意味で」ですが・・・ ^^; )
(おすすめの曲をいくつかこちらにあげといたので、よろしければどぞ。)
これについては、機会を改めて書いてみたいと思います。
(まだつづきます。)
→■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
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■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
1977~'78年、高校受験の傍で聴いていた(^^)のは、洋楽よりもむしろ邦楽だった。
このころは自分用のレコードプレーヤーやラジカセをゲットしていたので、自由に音楽を聴ける環境にあった。
また、FMでも音楽番組がさかんに組まれていた。
洋楽ではBoston、Toto、Queenなど、今でいうプログレハードがメインで、Doobie Brothers、Eaglesなど、ウェストコースト系は正直あまり聴いていなかった。(さすがに「Hotel California」(1976、日本でのヒットは1977)はリアルタイムで聴いているが・・・。)
なのでBos Scaggs希代の名盤『Silk Degrees』('76)はタッチの差でリリース時にリアルタイムで聴いていないかも・・・(泣)。
■ Boston 「More Than A Feeling (邦題:宇宙の彼方へ)」 (1976)
■ The Eagles 「Hotel California」 (1976)
■ Toto 「Georgy Porgy」 (1978)
■ Queen 「Bohemian Rhapsody」 (1975)
当時も名曲だと思ったが、2018年になって大ブレークを迎えるとは・・・。優れた曲は時代を超える!
----------------------------
この当時、「ニューミュージック」の一部のアーティストは、メジャー系コードと弾むリズムをもった、洋楽ライクで洗練されたサウンドを紡ぎ出していた。
重ったるい”主張”や”生きざま”が入らないライトな歌詞もよかった。
SAS、山下達郎、大瀧詠一、財津和夫(チューリップ)、小田和正(オフコース)など、その後ビックネームとなる才能がひしめいていた。『YUMING BRAND』(1976)あたりの荒井由美のメロディなど、天才的なきらめきがあった。
その頃、以前からもっていたフォークギターに加え、エレキギターをgetした私は「ギターで1発決める日(笑)」を夢見ていた。
■ Char 「Shinin' You Shinin' Day」 (1976)
■ 荒井由実 「ベルベット・イースター」 (1973)
■ チューリップ 「サボテンの花」 (1975)
■ 矢野顕子 with YMO 「また会おね」 (1979)
スゲー面子!
※ '80年代に入ってからのシティ・ポップはこちらに載っけてるので聴いてね。
この頃には、レコードをカセットテープにダビングして聴くというかたちがすでに一般化していた。
いちいちレコードに針を落とさずに、好きな曲を手軽に何回でも聴けるという音楽環境の変化は画期的だった。
また、1979年にはSONYの「ウォークマン」が発売。
いつでもどこでも好きな音楽を楽しめるというこのアイテムは、音楽とのつきあい方を決定的に変えた。
そして、音楽環境の一大転機、高校入学を迎える。(1979年)
その私立の男子校は幾人かの有名なアーティストを出していて、音楽レベルの高さはハンパじゃなかった。
同級生には、すでに原宿あたりのライブハウスに出演している猛者さえいたから、そのレベルは推して知るべしだ。
あまりのレベルの差に愕然とした私は、「ギターで1発決める夢」をあっさり放棄した。(笑)
当時、演られていたのは、渡辺香津美やデビュー直後のSquare、CasiopeaなどのFUSION系(当時は「クロスオーバー」と呼ばれていた)、"いとしのエリー"がブレークしたSASなど・・・、一部の好き者は結成直後のYMOに手を染めていたりして邦楽メインだった。
だが、洋楽好きもごろごろいて、情報収集にはこと欠かなかった。
■ Kalapana 「Naturally」 (1975)
本格的に洋楽にのめり込んだのはこの頃だ。
大きな影響を受けたのがBos Scaggs、KalapanaにChicだった。
BozはそのころすでにスターダムとなっていたBilly Joelとは明らかにちがう質感をもっていたし、Kalapanaのサラサラと乾いたサウンドは理屈抜きに心地よかった。
グルーヴ感あふれるリズムに洗練されたメロが乗るChicもカッコよかった。
■ Bos Scaggs 「Lowdown」 (1976)
■ Chic 「Good Times」 (1979)
あと、よく聴いたのはPablo Cruise。
San Francisco出身でWest Coast系ベースながらCory Leriosの妙にクラシカルなPianoが効いて面白いサウンドをつくりだしていた。
(伝説のサーフィン映画『フリーライド』のテーマ曲「Zero to Sixty in Five」を手がけ、代表的なサーフロック(Surf Rock)バンドとしても名を残している。)
■ Pablo Cruise 「Family Man」 (1978)
4thALBUM『Worlds Away』(1978)収録曲。プロデュースはあのBill Schnee!
怒濤のごとく周辺Artistアーティストを聴きあさり、初期AORにはきもち乗り遅れたものの、この時点でシーン(当時は「ソフト&メロー」と総称されていた)に完璧にシンクロした。
わたしは、洋楽のピークは1979~1983年の5年間だと思っているので(洋楽1983年ピーク説)、1979年初頭の時点でのシンクロ(しかもかなりマニアックなかたちでの)は、いま振り返っても絶妙なタイミングだったと思っている。
一方、低迷期に入りしばらく遠ざかっていたプログレだが、1979年発売されたキングレコードの「ユーロピアンロックコレクション」に啓発され、その後、イタリアやフランスあたりのグループを手当たり次第に聴きまくることになる。
ただし、メインに聴いていたのはのちにシンフォニック・ロック(Symphonic Rock)と呼ばれるメロディを重視したもので、前衛色のつよいカンタベリー系(Canterbury Rock)などはあまり聴いていない。
なお、Progre/Euro Rockは70年代を通じて世界的なムーブメントとなっていて、各地の民俗音楽と結びついて多彩な展開をみせていた。
わたしの民俗音楽とのかかわりは、Progre/Euro Rockか、その後民俗音楽とのコラボ色を強めた一部FUSION系からのアプローチで、正直、正統派ではないと思うし、はっきりいって造詣もふかくない。
■ Locanda Delle Fate (Italy) 「Forse Le Lucciole Non Si Amano Piu」 (1977)
■ Machiavel (Belgium) 「The Fifth Season」 (1978)
プログレとはいえないかもしれないけど、これは衝撃的だった ↓
■ Kate Bush 「Wuthering Heights」 (1978)
'80年代初頭のピークに向けて昇り調子だったAmerican Progre Hard(のちに「産業ロック」と呼ばれるJourney、REO Speed Wagon、Kansas、ELO、Foreigner、Rushなど)もよく聴いた。
■ REO Speedwagon 「Keep On Loving You」 (1980)
■ Kansas 「Crossfire」 (1982)
■ Rush (Canada) 「Freewill」 (Exit Stage Left/1981)
'70年代後半、急速に勢力を拡大していたパンクやテクノはそれなりに聴いていたが、なぜかあまり深入りしなかった。
そのころからタテのりや無機質なシンセサウンドは肌に合わなかったのかもしれない。
↓こんなのがクラスで流行ってた。そんな高校です(笑)
■ Plastics 「COPY」 (1979)
いまのコピペ時代を先読みした驚異の内容!
ただし'80年代中盤にかけて、UK系”New Wave”のなかでSynth-Popと呼ばれたメロディアスな一群(OMD、Simple Minds、Ultravox、Depeche Mode、Blancmange、China Crisisなど)はよく聴いていた。)
■ OMD(Orchestral Manoeuvres in the Dark) 「Joan Of Arc」 (1981)
■ China Crisis 「Wishful Thinking」 (1983)
■ New Order 「Your Silent Face」 (1983)
※New Orderもこういう曲をリリースしていた1983年。
そのころ頭痛のタネだったのが軍資金だ。
当時、LPは2,500円だったから、そうやすやすと買えるシロモノでなく、バイト代はたちまちレコードに消し飛んだ。
なので、メジャー系アーティストはほとんどFMでエアーチェック(FMでOn Airされた曲をテープに録音することをこう呼んでいた)し、FMで流れない非メジャー系は中古盤屋で探していた。(中古盤屋廻りの習癖はいまにつづいている。)
1980年、レンタルレコード店が出現。
たった250円でLPが借りられるこの店は救世主だった。
業界の先陣を切った「黎紅堂」の初期の店が自宅そばにできたので、ひたすら借りまくった。
この業態は急速に広まり、いくつもの店をつかいわけていた。
とくに、マニアックな品揃えだった池袋のJanis、下北沢のレコファン(今はメジャー中古ソフトチェーンだが、当時は下北沢の狭い店でレンタルもやっていた)には飽きもせずよく通った。
渋谷に輸入盤ショップの草分けタワーレコードができたのも、たしか1980年ごろと記憶している。東急ハンズのはす向かいにあったその旧店は外人客も多く、独特の雰囲気があった。
まわりにはシスコや数軒の中古レコード店があって、洋楽好きの聖地と化していた。
(さらにつづく)
→■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
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■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
このころは自分用のレコードプレーヤーやラジカセをゲットしていたので、自由に音楽を聴ける環境にあった。
また、FMでも音楽番組がさかんに組まれていた。
洋楽ではBoston、Toto、Queenなど、今でいうプログレハードがメインで、Doobie Brothers、Eaglesなど、ウェストコースト系は正直あまり聴いていなかった。(さすがに「Hotel California」(1976、日本でのヒットは1977)はリアルタイムで聴いているが・・・。)
なのでBos Scaggs希代の名盤『Silk Degrees』('76)はタッチの差でリリース時にリアルタイムで聴いていないかも・・・(泣)。
■ Boston 「More Than A Feeling (邦題:宇宙の彼方へ)」 (1976)
■ The Eagles 「Hotel California」 (1976)
■ Toto 「Georgy Porgy」 (1978)
■ Queen 「Bohemian Rhapsody」 (1975)
当時も名曲だと思ったが、2018年になって大ブレークを迎えるとは・・・。優れた曲は時代を超える!
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この当時、「ニューミュージック」の一部のアーティストは、メジャー系コードと弾むリズムをもった、洋楽ライクで洗練されたサウンドを紡ぎ出していた。
重ったるい”主張”や”生きざま”が入らないライトな歌詞もよかった。
SAS、山下達郎、大瀧詠一、財津和夫(チューリップ)、小田和正(オフコース)など、その後ビックネームとなる才能がひしめいていた。『YUMING BRAND』(1976)あたりの荒井由美のメロディなど、天才的なきらめきがあった。
その頃、以前からもっていたフォークギターに加え、エレキギターをgetした私は「ギターで1発決める日(笑)」を夢見ていた。
■ Char 「Shinin' You Shinin' Day」 (1976)
■ 荒井由実 「ベルベット・イースター」 (1973)
■ チューリップ 「サボテンの花」 (1975)
■ 矢野顕子 with YMO 「また会おね」 (1979)
スゲー面子!
※ '80年代に入ってからのシティ・ポップはこちらに載っけてるので聴いてね。
この頃には、レコードをカセットテープにダビングして聴くというかたちがすでに一般化していた。
いちいちレコードに針を落とさずに、好きな曲を手軽に何回でも聴けるという音楽環境の変化は画期的だった。
また、1979年にはSONYの「ウォークマン」が発売。
いつでもどこでも好きな音楽を楽しめるというこのアイテムは、音楽とのつきあい方を決定的に変えた。
そして、音楽環境の一大転機、高校入学を迎える。(1979年)
その私立の男子校は幾人かの有名なアーティストを出していて、音楽レベルの高さはハンパじゃなかった。
同級生には、すでに原宿あたりのライブハウスに出演している猛者さえいたから、そのレベルは推して知るべしだ。
あまりのレベルの差に愕然とした私は、「ギターで1発決める夢」をあっさり放棄した。(笑)
当時、演られていたのは、渡辺香津美やデビュー直後のSquare、CasiopeaなどのFUSION系(当時は「クロスオーバー」と呼ばれていた)、"いとしのエリー"がブレークしたSASなど・・・、一部の好き者は結成直後のYMOに手を染めていたりして邦楽メインだった。
だが、洋楽好きもごろごろいて、情報収集にはこと欠かなかった。
■ Kalapana 「Naturally」 (1975)
本格的に洋楽にのめり込んだのはこの頃だ。
大きな影響を受けたのがBos Scaggs、KalapanaにChicだった。
BozはそのころすでにスターダムとなっていたBilly Joelとは明らかにちがう質感をもっていたし、Kalapanaのサラサラと乾いたサウンドは理屈抜きに心地よかった。
グルーヴ感あふれるリズムに洗練されたメロが乗るChicもカッコよかった。
■ Bos Scaggs 「Lowdown」 (1976)
■ Chic 「Good Times」 (1979)
あと、よく聴いたのはPablo Cruise。
San Francisco出身でWest Coast系ベースながらCory Leriosの妙にクラシカルなPianoが効いて面白いサウンドをつくりだしていた。
(伝説のサーフィン映画『フリーライド』のテーマ曲「Zero to Sixty in Five」を手がけ、代表的なサーフロック(Surf Rock)バンドとしても名を残している。)
■ Pablo Cruise 「Family Man」 (1978)
4thALBUM『Worlds Away』(1978)収録曲。プロデュースはあのBill Schnee!
怒濤のごとく周辺Artistアーティストを聴きあさり、初期AORにはきもち乗り遅れたものの、この時点でシーン(当時は「ソフト&メロー」と総称されていた)に完璧にシンクロした。
わたしは、洋楽のピークは1979~1983年の5年間だと思っているので(洋楽1983年ピーク説)、1979年初頭の時点でのシンクロ(しかもかなりマニアックなかたちでの)は、いま振り返っても絶妙なタイミングだったと思っている。
一方、低迷期に入りしばらく遠ざかっていたプログレだが、1979年発売されたキングレコードの「ユーロピアンロックコレクション」に啓発され、その後、イタリアやフランスあたりのグループを手当たり次第に聴きまくることになる。
ただし、メインに聴いていたのはのちにシンフォニック・ロック(Symphonic Rock)と呼ばれるメロディを重視したもので、前衛色のつよいカンタベリー系(Canterbury Rock)などはあまり聴いていない。
なお、Progre/Euro Rockは70年代を通じて世界的なムーブメントとなっていて、各地の民俗音楽と結びついて多彩な展開をみせていた。
わたしの民俗音楽とのかかわりは、Progre/Euro Rockか、その後民俗音楽とのコラボ色を強めた一部FUSION系からのアプローチで、正直、正統派ではないと思うし、はっきりいって造詣もふかくない。
■ Locanda Delle Fate (Italy) 「Forse Le Lucciole Non Si Amano Piu」 (1977)
■ Machiavel (Belgium) 「The Fifth Season」 (1978)
プログレとはいえないかもしれないけど、これは衝撃的だった ↓
■ Kate Bush 「Wuthering Heights」 (1978)
'80年代初頭のピークに向けて昇り調子だったAmerican Progre Hard(のちに「産業ロック」と呼ばれるJourney、REO Speed Wagon、Kansas、ELO、Foreigner、Rushなど)もよく聴いた。
■ REO Speedwagon 「Keep On Loving You」 (1980)
■ Kansas 「Crossfire」 (1982)
■ Rush (Canada) 「Freewill」 (Exit Stage Left/1981)
'70年代後半、急速に勢力を拡大していたパンクやテクノはそれなりに聴いていたが、なぜかあまり深入りしなかった。
そのころからタテのりや無機質なシンセサウンドは肌に合わなかったのかもしれない。
↓こんなのがクラスで流行ってた。そんな高校です(笑)
■ Plastics 「COPY」 (1979)
いまのコピペ時代を先読みした驚異の内容!
ただし'80年代中盤にかけて、UK系”New Wave”のなかでSynth-Popと呼ばれたメロディアスな一群(OMD、Simple Minds、Ultravox、Depeche Mode、Blancmange、China Crisisなど)はよく聴いていた。)
■ OMD(Orchestral Manoeuvres in the Dark) 「Joan Of Arc」 (1981)
■ China Crisis 「Wishful Thinking」 (1983)
■ New Order 「Your Silent Face」 (1983)
※New Orderもこういう曲をリリースしていた1983年。
そのころ頭痛のタネだったのが軍資金だ。
当時、LPは2,500円だったから、そうやすやすと買えるシロモノでなく、バイト代はたちまちレコードに消し飛んだ。
なので、メジャー系アーティストはほとんどFMでエアーチェック(FMでOn Airされた曲をテープに録音することをこう呼んでいた)し、FMで流れない非メジャー系は中古盤屋で探していた。(中古盤屋廻りの習癖はいまにつづいている。)
1980年、レンタルレコード店が出現。
たった250円でLPが借りられるこの店は救世主だった。
業界の先陣を切った「黎紅堂」の初期の店が自宅そばにできたので、ひたすら借りまくった。
この業態は急速に広まり、いくつもの店をつかいわけていた。
とくに、マニアックな品揃えだった池袋のJanis、下北沢のレコファン(今はメジャー中古ソフトチェーンだが、当時は下北沢の狭い店でレンタルもやっていた)には飽きもせずよく通った。
渋谷に輸入盤ショップの草分けタワーレコードができたのも、たしか1980年ごろと記憶している。東急ハンズのはす向かいにあったその旧店は外人客も多く、独特の雰囲気があった。
まわりにはシスコや数軒の中古レコード店があって、洋楽好きの聖地と化していた。
(さらにつづく)
→■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
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■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
自分自身のことなのに。
いまだに信じられない。
そして想像だにしていなかった。
中学~高校時代からプログレ、ブラコン、AC(アダルト・コンテンポラリー)の世界にどっぶり浸かった人間が、この歳で(笑)、中学~高校生の女の子の歌声に抗うすべもなく、音楽観さえも変えられてしまうとは・・・。
とくに意識したわけでも、まして努力などしたわけもなく、自然にそうなっていた。
だとすると、これは必然?
2013年に音楽ブログ(現在更新休止中)に書いた記事。
このときは「カラバトU-18」の認識は皆無だったけど、いま読み返してみると、なんとなくその「必然」を匂わせる内容になってる。
ちと長くなりますが、当時の文脈を残しつつ、若干手を加えてこのブログにUPしてみます。(歳がバレますが・・・(笑))
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わたしは温泉●鹿ですが、10,000枚以上のソフトをもち、月に数度は中古レコード屋を覗かないと禁断症状がでるという音楽キ●ガイでもあります(笑)
なので、音楽について書きたいことはいろいろありますが、別ブログを立ち上げるのもめんど~なので、とりあえずこのブログに叩きいれます。
音楽に興味のない方は一気にとばしてくださいやし。
まずは、私の音楽のバックボーンを書きます。
(極私的内容じゃが、ブログなので許してね・・・ ^^;; )
--------------------------------------------------
わたしが生まれたのはBeatlesが全米チャートで1~5位を独占し、S&GやYardbirdsがデビューした東京オリンピックの年。
さすがにAnimalsや初期Beatlesは記憶にないものの、母親や7歳年上の姉貴がS&G好きで、幼いころからALBUM「明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)」('69)を聴いていた記憶がうっすらとある。
■ S&G 「Bridge Over Troubled Water (邦題:明日に架ける橋)」 (1969)
Beatlesの「Let It Be」も子供ごころに好きだった。(このとき6歳/小1)
■ Beatles 「Let It Be」 (1970)
この7歳年上の姉貴の部屋は私の部屋のすぐとなり。
彼女は音楽的にかなり早熟だったらしく(そうとう早い時期から自分用のレコードプレーヤーをもっていたと思う。)、いたいけな子供(わたし)のうえを、来る日も来る日もロックの嵐が情け容赦もなく吹き荒れた・・・(笑)
いま振り返ってみると、この原体験がわたしの音楽的志向を決定づけたと思う。
姉貴の趣味はかなりとクセもので、Rolling Stones、Led ZeppelinやT.Rexに始まり、フレンチPOPのMichel Polnareffから全盛期を迎えつつあったプログレ系のYES、Pink FloydやEL&Pにまで及んでいた。
あと、Wishbone Ashとか。
■ Michel Polnareff 「Love Me Please Love Me (邦題:愛の願い)」 (1971)
とくにYESにはハマっていたようで、『こわれもの(Fragile)』('71)や『危機(Close To The Edge)』('72)をLPごとなかば強制的に聴き込まされていた(^^;)
小3の児童がおよそ小学生らしくもない、あの『危機』を刷り込まれていたワケで、転調、変拍子、シンコペが好きという音楽的好みは全盛期のYESの影響によるところが大きいと思う。
■ YES 「Close To The Edge (邦題:危機)」 (1972) (長いです・・・(笑))
■ Rolling Stones 「Angie (邦題:悲しみのアンジー) 」 (1973)
■ Led Zeppelin 「Achilles Last Stand (邦題:アキレス最後の戦い) 」 (1976)
■ Wishbone Ash 「Everybody Needs A Friend」 (1973)
そうするうちに姉貴の好みはディスコ(当時は「ディスコティック」と呼ばれた)に移り、またまたなんの免疫もないままにVan McCoy 「The Hustle」、K.C.&The Sunshine Band、Stylisticsなど、ブラックミュージックの洗礼を浴びた。(このとき11歳/小6)
このようにハードロック/プログレ → ソウルディスコと、かなり偏った音楽環境にあったのがわたしの小学生時代です(笑)
(もちろん、フィンガー5などを教室で踊っていた記憶はあるが・・・笑)
■ フィンガー5 「個人授業」 (1973)
しかし、いま聴いてみると異様に完成度高いわ、このグループ。
■ VAN McCOY 「The Hustle」 (1975)
■ KC & THE SUNSHINE BAND 「Shake Your Booty」 (1976)
小学校高学年~中学前半にかけては、別に熱中していたこともあり、たしか中1くらいまでパーソナルなレコードプレーヤーをもっていなかったこともあって、↑の異様な音楽体験(笑)の他に音楽を聴き込んだという記憶はほとんどなく、ごくふつうにラジオやTVの歌番を聴くくらいだったと思う。
註:
70年代中盤ではまだステレオラジカセは一般的ではなかったと思う。
だからしっかり音楽を聴き込むにはレコードプレーヤーが必要だったのだが、これが高かった。それにレコード盤じたいも高く、しかもカセットテープに録音することができなかったので、キズつけ針トビなどふつうにあって、いまから考えるとえらくやっかいなメディアだった。
家にはオープンリールのレコーダーやカセットデッキもあったが、たしか英語教材などのツールで、これで音楽を本格的に聴いていたという記憶はない。
それでもFENはよく聴いていたので、曲目はわからないながら洋楽は耳に馴染んでいた。
むろん、Carly Simonの「うつろな愛(You're So Vain)」、Roberta Flackの「やさしく歌って(Killing Me Softly with His Song)」、Carpentersの一連のヒットチューンなど、日本でヒットした洋楽もふつうに聴いていた。
■ Carly Simon 「You're So Vain (邦題:うつろな愛) 」 (1972)
邦楽では、マイナーコードやアルペジオを多用するいわゆる”四畳半フォーク”はどうにも肌に合わず、むしろ沢田研二やキャンディーズのほうが好きだった。
■ キャンディーズ 「春一番」 (1976)
【高画質】ジュリー
■ 沢田 研二 「LOVE (抱きしめたい)」 (1978)
このころは演歌の名曲が輩出していてけっこうよく聴いていた。(というか、TVやラジオでふつうによくかかっていた。)
石川さゆりはとくに好きだった。たぶん、ハイトーンヴォイス好きの素地はこのころからあったのだと思う・・・。
■ 石川さゆり 「津軽海峡・冬景色」 (1977)
家にクラシックのLPがけっこうあったので、これもよく聴いた。
クラシックはその後もつかず離れず聴いていて、好きなのは、J.S.バッハ、シベリウス、スメタナあたり。
(まだまだつづく/5回を予定)
→■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
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■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
いまだに信じられない。
そして想像だにしていなかった。
中学~高校時代からプログレ、ブラコン、AC(アダルト・コンテンポラリー)の世界にどっぶり浸かった人間が、この歳で(笑)、中学~高校生の女の子の歌声に抗うすべもなく、音楽観さえも変えられてしまうとは・・・。
とくに意識したわけでも、まして努力などしたわけもなく、自然にそうなっていた。
だとすると、これは必然?
2013年に音楽ブログ(現在更新休止中)に書いた記事。
このときは「カラバトU-18」の認識は皆無だったけど、いま読み返してみると、なんとなくその「必然」を匂わせる内容になってる。
ちと長くなりますが、当時の文脈を残しつつ、若干手を加えてこのブログにUPしてみます。(歳がバレますが・・・(笑))
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わたしは温泉●鹿ですが、10,000枚以上のソフトをもち、月に数度は中古レコード屋を覗かないと禁断症状がでるという音楽キ●ガイでもあります(笑)
なので、音楽について書きたいことはいろいろありますが、別ブログを立ち上げるのもめんど~なので、とりあえずこのブログに叩きいれます。
音楽に興味のない方は一気にとばしてくださいやし。
まずは、私の音楽のバックボーンを書きます。
(極私的内容じゃが、ブログなので許してね・・・ ^^;; )
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わたしが生まれたのはBeatlesが全米チャートで1~5位を独占し、S&GやYardbirdsがデビューした東京オリンピックの年。
さすがにAnimalsや初期Beatlesは記憶にないものの、母親や7歳年上の姉貴がS&G好きで、幼いころからALBUM「明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)」('69)を聴いていた記憶がうっすらとある。
■ S&G 「Bridge Over Troubled Water (邦題:明日に架ける橋)」 (1969)
Beatlesの「Let It Be」も子供ごころに好きだった。(このとき6歳/小1)
■ Beatles 「Let It Be」 (1970)
この7歳年上の姉貴の部屋は私の部屋のすぐとなり。
彼女は音楽的にかなり早熟だったらしく(そうとう早い時期から自分用のレコードプレーヤーをもっていたと思う。)、いたいけな子供(わたし)のうえを、来る日も来る日もロックの嵐が情け容赦もなく吹き荒れた・・・(笑)
いま振り返ってみると、この原体験がわたしの音楽的志向を決定づけたと思う。
姉貴の趣味はかなりとクセもので、Rolling Stones、Led ZeppelinやT.Rexに始まり、フレンチPOPのMichel Polnareffから全盛期を迎えつつあったプログレ系のYES、Pink FloydやEL&Pにまで及んでいた。
あと、Wishbone Ashとか。
■ Michel Polnareff 「Love Me Please Love Me (邦題:愛の願い)」 (1971)
とくにYESにはハマっていたようで、『こわれもの(Fragile)』('71)や『危機(Close To The Edge)』('72)をLPごとなかば強制的に聴き込まされていた(^^;)
小3の児童がおよそ小学生らしくもない、あの『危機』を刷り込まれていたワケで、転調、変拍子、シンコペが好きという音楽的好みは全盛期のYESの影響によるところが大きいと思う。
■ YES 「Close To The Edge (邦題:危機)」 (1972) (長いです・・・(笑))
■ Rolling Stones 「Angie (邦題:悲しみのアンジー) 」 (1973)
■ Led Zeppelin 「Achilles Last Stand (邦題:アキレス最後の戦い) 」 (1976)
■ Wishbone Ash 「Everybody Needs A Friend」 (1973)
そうするうちに姉貴の好みはディスコ(当時は「ディスコティック」と呼ばれた)に移り、またまたなんの免疫もないままにVan McCoy 「The Hustle」、K.C.&The Sunshine Band、Stylisticsなど、ブラックミュージックの洗礼を浴びた。(このとき11歳/小6)
このようにハードロック/プログレ → ソウルディスコと、かなり偏った音楽環境にあったのがわたしの小学生時代です(笑)
(もちろん、フィンガー5などを教室で踊っていた記憶はあるが・・・笑)
■ フィンガー5 「個人授業」 (1973)
しかし、いま聴いてみると異様に完成度高いわ、このグループ。
■ VAN McCOY 「The Hustle」 (1975)
■ KC & THE SUNSHINE BAND 「Shake Your Booty」 (1976)
小学校高学年~中学前半にかけては、別に熱中していたこともあり、たしか中1くらいまでパーソナルなレコードプレーヤーをもっていなかったこともあって、↑の異様な音楽体験(笑)の他に音楽を聴き込んだという記憶はほとんどなく、ごくふつうにラジオやTVの歌番を聴くくらいだったと思う。
註:
70年代中盤ではまだステレオラジカセは一般的ではなかったと思う。
だからしっかり音楽を聴き込むにはレコードプレーヤーが必要だったのだが、これが高かった。それにレコード盤じたいも高く、しかもカセットテープに録音することができなかったので、キズつけ針トビなどふつうにあって、いまから考えるとえらくやっかいなメディアだった。
家にはオープンリールのレコーダーやカセットデッキもあったが、たしか英語教材などのツールで、これで音楽を本格的に聴いていたという記憶はない。
それでもFENはよく聴いていたので、曲目はわからないながら洋楽は耳に馴染んでいた。
むろん、Carly Simonの「うつろな愛(You're So Vain)」、Roberta Flackの「やさしく歌って(Killing Me Softly with His Song)」、Carpentersの一連のヒットチューンなど、日本でヒットした洋楽もふつうに聴いていた。
■ Carly Simon 「You're So Vain (邦題:うつろな愛) 」 (1972)
邦楽では、マイナーコードやアルペジオを多用するいわゆる”四畳半フォーク”はどうにも肌に合わず、むしろ沢田研二やキャンディーズのほうが好きだった。
■ キャンディーズ 「春一番」 (1976)
【高画質】ジュリー
■ 沢田 研二 「LOVE (抱きしめたい)」 (1978)
このころは演歌の名曲が輩出していてけっこうよく聴いていた。(というか、TVやラジオでふつうによくかかっていた。)
石川さゆりはとくに好きだった。たぶん、ハイトーンヴォイス好きの素地はこのころからあったのだと思う・・・。
■ 石川さゆり 「津軽海峡・冬景色」 (1977)
家にクラシックのLPがけっこうあったので、これもよく聴いた。
クラシックはその後もつかず離れず聴いていて、好きなのは、J.S.バッハ、シベリウス、スメタナあたり。
(まだまだつづく/5回を予定)
→■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
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■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
1983年洋楽ピーク説
2019/09/22UP
すんません。サザンが入っていなかったので追加です。31曲(ハンパ)です。
さらに切りのよい30曲としました。完成版です。
2019/09/01UP
22曲ではハンパなので、3曲加えて25曲としました。とりあえず完成です。
2019/08/09UP
7曲追加しました。とりあえず完成です。
2019/08/08UP
3曲追加しました。20曲までいく予定です。
2019/08/05UP
邦楽2曲追加しました。
2019/08/03UP
前々から勝手に唱えている自説です(笑)
このところ、洋楽を聴き返す機会が増えて、ますます確信に。
じつはこの時期、邦楽にも名曲がたくさん!
ということで1979年~1983年の5年間くらいで、当時のリアルな雰囲気が伝わる曲をランダムに入れていきます。
まずは思いつくまま10曲。
01.Steel Breeze - You Don't Want Me Anymore (1982)
米カリフォルニア州サクラメント出身の6人組。
いわゆる”一発屋”で終わったが、スマッシュヒットしたこの曲は、当時のWest Coast Rockのエッセンスが詰まっていると思う。
ちなみに彼らの1st ALBUM「Steel Breeze」の邦題は、「カリフォルニア・ブリーズ」(笑)
02.Hall & Oates - Kiss on My List (1980)
この時代に一世を風靡したユニット。
Blue-Eyed Soulの代表格とされるが、根っこはもっととんがっていたと思う。
「Private Eyes」や「Maneater」が代表曲とされるが、個人的にはこの曲や「Wait for Me」の方がソフィスティケートされていて好き。
03.松田聖子 P・R・E・S・E・N・T 2006-2007 Count Down Live (1982)
1982年リリースのALBUM「Pineapple」のA-1曲。
曲調が歌謡曲じゃない。(作詞:松本隆/作曲:来生たかお/編曲:大村雅朗)
この頃の松田聖子のALBUMは全曲通しで聴ける完成度があった。
04.Lee Ritenour/Eric Tagg - Cross My Heart (1982)
Vocalを大きく取り入れたALBUM「RIT2」収録曲。
洗練された楽曲が詰まったこのALBUMはコアなファンからの不評も買ったが、これも時代の流れか・・・。
Dave Grusin、Harvey Mason、Nathan Eastなど一流ミュージシャンの演奏の安定感が半端なく、これに伸びのあるハイトーンのEric TaggのVocalが乗る展開。
演っていて気持ちよかっただろうな(笑)
05.Michael Jackson - Don’t Stop 'Til You Get Enough (Official Video) (1979)
Michael Jacksonだって、全盛期は1979年リリースの「Off The Wall」~1982年リリースの「Thriller/スリラー)だと思う。
個人的にはとくに「Off The Wall」が好き。
これは「Off The Wall」の1曲目で、軽めのパーカッション&ギターリフとマイケルのファルセットが効いてキレキレのでき。
06.Shalamar - You can count on me(1983)
ダンスクラシックス的なイメージのあるグループだが、Slow曲にもいい作品がある。
シャープで透明感のあるデュエット。
数年のちにシーン化した甘甘の”Quiet Storm”系とは、あきらかに質感がことなっている。
07.角松敏生 - Crescent aventure (1982)
1982年リリースの名盤「WEEKEND FLY TO THE SUN」収録のミディアムチューン。
米国の一流ミュージシャンがサポートしているだけあって、抜群のグルーヴ感。
08.Nielsen Pearson - Hasty Heart(1982)
1983年リリースの3rd ALBUM「Blind Luck」から。
疾走感あふれるメロディ、キメの多いリズムにハイトーンボーカル。当時の典型的なAOR。
Lenny Castro(Per/ds)、Vinnie Colaiuta(ds)、Carlos Vega(ds)、Neil Stubenhaus(b)、Robbie Buchanan(Key)、Jai Winding(key)、Victor Feldman(key)、Michael Landau(g)って、
一発で”クレジット買い”じゃん(笑)
2:07~のギターソロは、おそらくSteve Lukatherだと思う。
09.skyy - Let's Celebrate (1981)
当時のブラコンの主流だったself-contained Groupのひとつ。
SALSOULから1981年にリリースの「Skyy Line」収録の軽めのUP~Midナンバー。
groovyなリズムのうえで漂う重複ギターリフがやたらに心地よいが、こういう曲調はあと数年で姿を消すことになる。
ジャケ写真が時代の雰囲気を物語っている。
10.Jon and Vangelis - BESIDE (1981)
YesのVocalist、Jon Andersonとギリシャのシンセサイザー奏者Vangelis Papathanassíouのコラボ第2作「The Friends of Mr. Cairo」(1981年)からのスケール感あふれる名曲。
2人の天才が相対したシナジー効果がいかんなく発揮されている。
じつはこの時代、プログレ(シンフォニック・ロック)シーンでも、The Moody Blues「Long Distance Voyager」(1981年)、Barclay James Harvest「Turn Of The Tide」(1981年)、The Alan Parsons Project「Eye in the Sky」 (1982年)などのメロディーにあふれた名盤が生み出されている。
しかし、↑の8-10と続けて聴いてみると、この時代の洋楽シーンがいかにバラエティに富んでいたかがよくわかる。
--------------------
11.久保田早紀 - 異邦人(1979-1980)
リリースは1979年だが、ブレークは1980年。久保田早紀の最初にして最大のヒット曲。
声質に張りがあり、ビブラートのかかりも絶妙。なによりロングトーン盛り込んでいるのに、ブレスをまったく感じさせないところが凄い。
作曲能力、歌唱力、そして類いまれな美貌。天は三物以上を与えた。
天狗になってもおかしくないところだが、数々の謙虚なコメントを残し、1984年には芸能界から身を引いてしまった伝説のArtist。
12.Tatsuro Yamashita - Sparkle(1982)
いきなりの抜けまくったカッティング・ギター。
リズムアクセントのチョッパーベース。
こういう空気感は、あの時代ならではかも・・・。
とくにイントロのカッティング・ギター、達郎のメインギター、テレキャス買いこんで挑む好き者多数?
でも、あふれる「絶対に再現できない」「永遠に練習中」などの声。
「シンプルだけどお洒落ですよね~」って、ほんとそう思う。
すげ~、スペクトル分析までしてるよ(笑)
13.OMD(Orchestral Manoeuvres in the Dark) - Joan Of Arc(1981)
1970年代後半から1980年代前半にかけて英国でシーン化したフォーマット、Electropop(エレクトロ・ポップ)。
質感は無機質ながら叙情的なメロをもつ名曲がいくつか生み出されている。
これは、訳すと「暗闇で演奏するオーケストラ団」という訳のわからないネーミングのユニットが生み出した佳曲。
収録ALBUM「Architecture & Morality」はメロディにあふれた名盤。
14.Shakatak - Live in Japan 1984 - Night Birds(1982)
1980年代前半の英国ではElectropopと並行してfunka latina(ファンカ・ラティーナ)というムーブメントが勃興していた。
ロック、ラテン、ファンク、ジャズなどの要素を散りばめたダンサブルで洗練された曲調が時代とシンクロしていた。
これは人気バンドだったShakatakの2nd ALBUM「Night Birds」収録の代表曲。
わたくし、このLIVE行きましたわ(笑)
15.竹内まりや - Plastic Love(1984)
時代はちと下るけど、やっぱりこの曲は80年代前半の雰囲気をよく伝えていると思う。
1984年リリースの『VARIETY』収録。
弾みまくるリズム、メジャーなメロディに竹内まりやの深みある声色が映えて海外でも人気の高い曲。
16.Roxy Music - True To Life(1982)
やっぱり外せないRoxy Music。
希代の傑作となったラストアルバム「Avalon」(1982年)からの1曲。
Bryan Ferryのダンディなボーカルとうねりを帯びたリズムが時代を象徴していた。
伝説となった最後の来日公演(1983年2月)、期末試験前日(一夜漬け(笑))にぶち当たり、泣く泣く見送ったのがいまでも悔やまれる。
17.Step by Step - J.D Souther & Karla Bonoff(1986)
これも1986年と時代が下るけど、ロブ・ロウとデミ・ムーア共演の「About Last Night...(邦題:きのうの夜は…)」(wikipediaへリンク)のサントラ曲。
当時のサントラはALBUM通して聴ける作品も多かった。
そしてデュエットにも多くの名曲が・・・。→AC全盛期('70年代後半~'80年代前半)のデュエット
18.サザンオールスターズ - 夕陽に別れを告げて~メリーゴーランド~(1985) (cover)
いろいろ考えたけど、個人的に思い入れのあるこれかな?
1985年リリースの「kamakura」から。地味だけど前期サザンのエッセンスを詰め込んだような佳曲。
やっぱりこの時代はサザンなしには決して語れない。
19.Boys Town Gang - Can't Take My Eyes Off You【Extended Version】(1982)
邦題「君の瞳に恋してる」。Hi-NRG(ハイエナジー)ユニットBoys Town Gangが、1967年リリースのFrankie Valliの名曲をHi-NRG化してカバーしたもの。
ディスコ曲だけに、やはりExtended Versionの出来が出色。
ストリングスのメロどりが抜群で、この曲の主役はボーカルというよりむしろストリングスやブラスでは?
Hi-NRGはのちに日本で人気を集めるEUROBEATに似ているが全然別もの。(ただしEUROBEATの定義は、日本、米国、欧州でそれぞれ異なるとされている。)
ともに表拍コンシャスな4つ打ちながら、Hi-NRGはメジャーコードで、リズム慣れした人は裏拍もとれて広がりのある曲調。
ジュリアナ東京などでメインとなっていたEUROBEATは日本人好み(というか日本人でも踊りやすい)の4つ打ちにベタなマイナーコードが乗るもので、むしろ高BPMな盆踊り的。(言い過ぎか・・・笑)
EUROBEAT以前の当時のディスコは、groovyな裏拍系のブラコンやファンカ・ラティーナに、4つ打ち系のユーロ・ディスコやHi-NRGが入り交じり、リズム的にも変化に富んでいた。
20.松任谷由実 - ずっとそばに (1983)
1983年リリースの「REINCARNATION」収録曲。
淡々としたメロディだけど捨て音が一切ない。Yumingの天才的な作曲能力を感じさせる曲。
リズムセクションがさりげにいい仕事しているのもこの時代らしい。
この年、Yumingはオリジナルアルバムを2枚リリースしている。
1979年から1983年の5年間で、なんと9枚リリース。ぜんぶオリジナルで、しかも名曲揃い!
そんな時代だった。
21.Sneaker - Before You [Loose in the World] (1982)
LAで結成されたAOR系グループ。
1981年リリースの1st ALBUM「Sneaker」から「More Than Just The Two Of Us」のスマッシュヒットを放ち、その名を高めた。
これは1982年リリースの2nd ALBUM 「Loose In The World」からの佳曲。
Steely Danを敬愛し、グループ名はSteely Danの人気曲「Bad Sneakers」からとったとされる彼らだが、曲調はむしろThe Beach Boys、KalapanaやPablo Cruiseなどのサーフロックに近い。
22.中原めいこ - Cloudyな午後 (1984)
1984年リリースの「ロートスの果実」からで、リズムの響きはすでに80年代中盤の感じがあるけど、曲調は80年代前半そのもの。
当時はさらっと聴き流してたイメージがあるが、甘さを帯びた独特なボーカルはいま聴き直してみるとけっこう染みる。
23.矢沢永吉 - YES MY LOVE(1982)
いま聴いても大人の色気ぷんぷん。そして余裕のボーカル。
1982年2月リリース。コカ・コーラのイメージ・ソングに起用され、巷でよくかかっていた。
のちにスタンダードとなるナンバーが、新譜としてCMでばりばり流されていた時代。
24.L.T.D. - For You(1982)
この時代のブラックミュージック(ソウル(soul)あるいはブラコン(black contemporary/BCM)と呼ばれていた)はディスコのイメージが強いけど、気合い入った泣きのバラードも多くつくられていた。
これはL.T.D.が1982年にリリースした『For You』のタイトル曲で、NEW BIRTHで鳴らしたLeslie Wilsonの骨太ながらしなやかなボーカルワークがいかんなく発揮されている。
この他にもOne Way(Al Hudson) - You´re So Very Special(1982年)、Tavares - Words And Music(1983年)、FOUR TOPS - BACK WHERE I BELONG(1983年)などおすすめ品多数。
このあたり、実は専門なのでマニアックになりすぎてすんません(笑)
25.Donald Fagen - Maxine(1982)
Steely Danの主力メンバーDonald Fagen。
Steely Danは1980年の「Gaucho」を最後に活動休止に入るが、Donald Fagenは1982年に1st ALBUM「The Nightfly」をリリース。
圧倒的な完成度を備えたこのALBUMは、のちにAORを代表する名盤として評価を確定することとなる。
今聴き返しても、この洒落っ気は色あせていない。
26.Steve Perry/Journey "Still They Ride" Live and Studio versions (1981)
Steve PerryなくしてJourneyなし。バラードにも名曲多数。
全盛時には年300日以上もツアーしていたという、LIVEの安定感はハンパじゃない。
追加↓
Journey - Don't Stop Believin' (from Live in Houston)
伝説の「The Escape Tour」(1981)
「産業Rock」だ、何だかじゃいわれてもいいものはいい!
いまのプロモーションどっぶりのポピュラー音楽とくらべたら、かわいいもんだわ・・・。
そういえば、わたくし、このLIVE(The Escape Tour、1982/4/16、武道館)も行きましたわ・・(笑) ドギモ抜かれた。
27.Anri [Heaven Beach] - Heaven Beach(1982)
あまりに懐かしすぎる名曲。いろいろな想い出が詰まっていて感慨なくして聴けぬ。
3:14~のストリングス。時代じゃな(笑)
Heaven Beach、消されちゃったので、とりあえず替わりにこちらを。↓
ANRI - LONG ISLAND BEACH(1985)
ちと時代が下るけど、1985年「WAVE」からの名バラード。
当時、ドラマティックなバラードを歌わせたら敵無しだったと思う。
28.佐野元春- HEART BEAT (小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド)(1981/ライブ 1983)
1981年2月リリースの2ndALBUM「Heart Beat」のラストを飾る名曲。
あくまでも個人的にだが、これを越えるバラッドは多くないと思う。
「この曲を名曲と言わず何を名曲と言うのだろう」(コメ欄より) ほんとそう思う。
■ AORのバラード
この時代、メインストリームとなっていたAORのALBUMの聴きどころはなんといってもバラード。
個人的には、↓の曲が「AOR3大バラード」だと思っている。
(1曲にしようと思ったが絞り込めず、3曲とも載っけます。)
29.Marc Jordan - It's Only Love / From "A Hole In The Wall" (1983)
30.Ray Kennedy - My everlasting love / From "Ray Kennedy" (1980)
31.Bill Champlin -The Fool Is All Alone / From "Runaway" (1981)
--------------------
以上31曲。
なんというか、屈託なく明るい。でも、そのなかに洒落っ気や哀感も・・・。
そしてリズムが軽くてgroovy。
これからバブルに向かう高揚感を湛えた世相を映していたのかも・・・。
いまからすると信じられないが、↑のような曲がTVやFMでふつうに流されていた。
YouTubeもニコ動も、CDさえもなかったけど、街中にリアルタイムに名曲があふれていた時代。
【追加】
↑を聴いてみると、当時のJ-POP(シティポップ)が洋楽とほとんど遜色ないレベルにあったことがわかる。
これは4和音のセブンスコードやテンションコードの普及、そしてグルーヴ感あるリズムの導入などにより、マイナー調のいわゆる「四畳半フォーク」とは異なる別の流れができ、成熟していったことが大きいと思う。
【上級 Vol.4】ギター講座「4和音のコード」
楽器ほとんどまともに弾けないけど(笑)、こういう動画で確認できるのは助かります。
そして、ここにきて70~80年代に発表されたJ-POP(シティポップ)が海外で人気を集めはじめているという。→ 記事
当時、海外でさほど注目を集めなかった理由は、単純に、
「当時、日本の音楽作品(レコードやCD)は輸入されていなかったからね」(仏のファン、上記記事より)
「日本の音楽はアメリカではほとんど知られていない。豊かで複雑な歴史を持っているのに、日本以外ではほとんどリリースされてこなかったからね」(米国のファン、同上)
ということだろう。
それがYouTubeなどのWeb媒体を通じて耳にする機会を得た。それがコアな音楽マニアから一般層に広がりはじめているのでは?
それにしても、人気を集めているのが70~80年代に発表されたシティポップ(90年代以降のJ-POPではなく)、というのは意味深。
それと、昨年(2018年)の紅白。
圧倒的な存在感を放っていたのはサザンとYumingだったことは衆目の一致するところかと。
この紅白への批評記事で、「『国民的求心力』のハブとなるのは、もはや演歌ではなく、桑田佳祐と松任谷由実らの音楽だろうということだ。さらに細かく刻めば、両者のような1950年代生まれのレジェンドが、その天才性を遺憾なく発揮し、かつ、ボリューム的に視聴者層の中核をなす1960年代生まれの層(私含む)が多感な時期に聴いた、1970~1980年代の『ニューミュージック』ではないか、ということである。」(著者・スージー鈴木氏)
と、ここまで言い切られては「1983年邦楽ピーク説」も成立するような気がしないでもないが、邦楽は90年代以降も良質なムーブメントが生まれたし、多くの才能も生まれているのでさすがにこの説は唱え切る自信がない。
でも、1980年代前半が、邦楽でも有数のピークをなしたことは間違いないと思う。
→ 洋楽1983年ピーク説を想うに至った経緯
--------------------
【さらに追加】
時代の雰囲気やCMは、1990年代前半までは、なお、この雰囲気を引きずっていた(と思う)。
YouTubeモードにして、コメ欄読んでね。
↓屈指の人気番組、ひょうきん族のエンディングがこの乗りだったからね(笑)
DOWN TOWN / EPO & ひょうきんストリートBAND
さすがコカコーラのCM!
【出会い、別れ】傑作集 CM編「JR東海 シンデレラエクスプレス」 (1988-1992)
しょっぱなのJメールのCMとの落差が酷すぎ~~
榮倉奈々出演、山下達郎「クリスマス・イブ」特別映画版PV (2014年冬)
※ 2014年冬の榮倉奈々のは、どことなくシリアスで屈託感あり?
よくある「あの頃はよかった!」パターンでしょっ て言うこともできるかもだが、コメ欄みてるとあながちそうとも言えない。
いまでもクリスマスに流れるのはこの曲だし。
【関連記事】
→ 洋楽1983年ピーク説を想うに至った経緯
AC全盛期('70年代後半~'80年代前半)のデュエット
AC全盛期('70年代後半~'80年代前半)のリズム
☆ ↑の雰囲気に思いっきり浸りたい方にはおすすめします。
AOR系名曲を100曲!
(100曲すべてリンクを貼りなおしました。)
↓こっちも聴いてね
秋向きの洋楽10曲!
■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
すんません。サザンが入っていなかったので追加です。31曲(ハンパ)です。
さらに切りのよい30曲としました。完成版です。
2019/09/01UP
22曲ではハンパなので、3曲加えて25曲としました。とりあえず完成です。
2019/08/09UP
7曲追加しました。とりあえず完成です。
2019/08/08UP
3曲追加しました。20曲までいく予定です。
2019/08/05UP
邦楽2曲追加しました。
2019/08/03UP
前々から勝手に唱えている自説です(笑)
このところ、洋楽を聴き返す機会が増えて、ますます確信に。
じつはこの時期、邦楽にも名曲がたくさん!
ということで1979年~1983年の5年間くらいで、当時のリアルな雰囲気が伝わる曲をランダムに入れていきます。
まずは思いつくまま10曲。
01.Steel Breeze - You Don't Want Me Anymore (1982)
米カリフォルニア州サクラメント出身の6人組。
いわゆる”一発屋”で終わったが、スマッシュヒットしたこの曲は、当時のWest Coast Rockのエッセンスが詰まっていると思う。
ちなみに彼らの1st ALBUM「Steel Breeze」の邦題は、「カリフォルニア・ブリーズ」(笑)
02.Hall & Oates - Kiss on My List (1980)
この時代に一世を風靡したユニット。
Blue-Eyed Soulの代表格とされるが、根っこはもっととんがっていたと思う。
「Private Eyes」や「Maneater」が代表曲とされるが、個人的にはこの曲や「Wait for Me」の方がソフィスティケートされていて好き。
03.松田聖子 P・R・E・S・E・N・T 2006-2007 Count Down Live (1982)
1982年リリースのALBUM「Pineapple」のA-1曲。
曲調が歌謡曲じゃない。(作詞:松本隆/作曲:来生たかお/編曲:大村雅朗)
この頃の松田聖子のALBUMは全曲通しで聴ける完成度があった。
04.Lee Ritenour/Eric Tagg - Cross My Heart (1982)
Vocalを大きく取り入れたALBUM「RIT2」収録曲。
洗練された楽曲が詰まったこのALBUMはコアなファンからの不評も買ったが、これも時代の流れか・・・。
Dave Grusin、Harvey Mason、Nathan Eastなど一流ミュージシャンの演奏の安定感が半端なく、これに伸びのあるハイトーンのEric TaggのVocalが乗る展開。
演っていて気持ちよかっただろうな(笑)
05.Michael Jackson - Don’t Stop 'Til You Get Enough (Official Video) (1979)
Michael Jacksonだって、全盛期は1979年リリースの「Off The Wall」~1982年リリースの「Thriller/スリラー)だと思う。
個人的にはとくに「Off The Wall」が好き。
これは「Off The Wall」の1曲目で、軽めのパーカッション&ギターリフとマイケルのファルセットが効いてキレキレのでき。
06.Shalamar - You can count on me(1983)
ダンスクラシックス的なイメージのあるグループだが、Slow曲にもいい作品がある。
シャープで透明感のあるデュエット。
数年のちにシーン化した甘甘の”Quiet Storm”系とは、あきらかに質感がことなっている。
07.角松敏生 - Crescent aventure (1982)
1982年リリースの名盤「WEEKEND FLY TO THE SUN」収録のミディアムチューン。
米国の一流ミュージシャンがサポートしているだけあって、抜群のグルーヴ感。
08.Nielsen Pearson - Hasty Heart(1982)
1983年リリースの3rd ALBUM「Blind Luck」から。
疾走感あふれるメロディ、キメの多いリズムにハイトーンボーカル。当時の典型的なAOR。
Lenny Castro(Per/ds)、Vinnie Colaiuta(ds)、Carlos Vega(ds)、Neil Stubenhaus(b)、Robbie Buchanan(Key)、Jai Winding(key)、Victor Feldman(key)、Michael Landau(g)って、
一発で”クレジット買い”じゃん(笑)
2:07~のギターソロは、おそらくSteve Lukatherだと思う。
09.skyy - Let's Celebrate (1981)
当時のブラコンの主流だったself-contained Groupのひとつ。
SALSOULから1981年にリリースの「Skyy Line」収録の軽めのUP~Midナンバー。
groovyなリズムのうえで漂う重複ギターリフがやたらに心地よいが、こういう曲調はあと数年で姿を消すことになる。
ジャケ写真が時代の雰囲気を物語っている。
10.Jon and Vangelis - BESIDE (1981)
YesのVocalist、Jon Andersonとギリシャのシンセサイザー奏者Vangelis Papathanassíouのコラボ第2作「The Friends of Mr. Cairo」(1981年)からのスケール感あふれる名曲。
2人の天才が相対したシナジー効果がいかんなく発揮されている。
じつはこの時代、プログレ(シンフォニック・ロック)シーンでも、The Moody Blues「Long Distance Voyager」(1981年)、Barclay James Harvest「Turn Of The Tide」(1981年)、The Alan Parsons Project「Eye in the Sky」 (1982年)などのメロディーにあふれた名盤が生み出されている。
しかし、↑の8-10と続けて聴いてみると、この時代の洋楽シーンがいかにバラエティに富んでいたかがよくわかる。
--------------------
11.久保田早紀 - 異邦人(1979-1980)
リリースは1979年だが、ブレークは1980年。久保田早紀の最初にして最大のヒット曲。
声質に張りがあり、ビブラートのかかりも絶妙。なによりロングトーン盛り込んでいるのに、ブレスをまったく感じさせないところが凄い。
作曲能力、歌唱力、そして類いまれな美貌。天は三物以上を与えた。
天狗になってもおかしくないところだが、数々の謙虚なコメントを残し、1984年には芸能界から身を引いてしまった伝説のArtist。
12.Tatsuro Yamashita - Sparkle(1982)
いきなりの抜けまくったカッティング・ギター。
リズムアクセントのチョッパーベース。
こういう空気感は、あの時代ならではかも・・・。
とくにイントロのカッティング・ギター、達郎のメインギター、テレキャス買いこんで挑む好き者多数?
でも、あふれる「絶対に再現できない」「永遠に練習中」などの声。
「シンプルだけどお洒落ですよね~」って、ほんとそう思う。
すげ~、スペクトル分析までしてるよ(笑)
13.OMD(Orchestral Manoeuvres in the Dark) - Joan Of Arc(1981)
1970年代後半から1980年代前半にかけて英国でシーン化したフォーマット、Electropop(エレクトロ・ポップ)。
質感は無機質ながら叙情的なメロをもつ名曲がいくつか生み出されている。
これは、訳すと「暗闇で演奏するオーケストラ団」という訳のわからないネーミングのユニットが生み出した佳曲。
収録ALBUM「Architecture & Morality」はメロディにあふれた名盤。
14.Shakatak - Live in Japan 1984 - Night Birds(1982)
1980年代前半の英国ではElectropopと並行してfunka latina(ファンカ・ラティーナ)というムーブメントが勃興していた。
ロック、ラテン、ファンク、ジャズなどの要素を散りばめたダンサブルで洗練された曲調が時代とシンクロしていた。
これは人気バンドだったShakatakの2nd ALBUM「Night Birds」収録の代表曲。
わたくし、このLIVE行きましたわ(笑)
15.竹内まりや - Plastic Love(1984)
時代はちと下るけど、やっぱりこの曲は80年代前半の雰囲気をよく伝えていると思う。
1984年リリースの『VARIETY』収録。
弾みまくるリズム、メジャーなメロディに竹内まりやの深みある声色が映えて海外でも人気の高い曲。
16.Roxy Music - True To Life(1982)
やっぱり外せないRoxy Music。
希代の傑作となったラストアルバム「Avalon」(1982年)からの1曲。
Bryan Ferryのダンディなボーカルとうねりを帯びたリズムが時代を象徴していた。
伝説となった最後の来日公演(1983年2月)、期末試験前日(一夜漬け(笑))にぶち当たり、泣く泣く見送ったのがいまでも悔やまれる。
17.Step by Step - J.D Souther & Karla Bonoff(1986)
これも1986年と時代が下るけど、ロブ・ロウとデミ・ムーア共演の「About Last Night...(邦題:きのうの夜は…)」(wikipediaへリンク)のサントラ曲。
当時のサントラはALBUM通して聴ける作品も多かった。
そしてデュエットにも多くの名曲が・・・。→AC全盛期('70年代後半~'80年代前半)のデュエット
18.サザンオールスターズ - 夕陽に別れを告げて~メリーゴーランド~(1985) (cover)
いろいろ考えたけど、個人的に思い入れのあるこれかな?
1985年リリースの「kamakura」から。地味だけど前期サザンのエッセンスを詰め込んだような佳曲。
やっぱりこの時代はサザンなしには決して語れない。
19.Boys Town Gang - Can't Take My Eyes Off You【Extended Version】(1982)
邦題「君の瞳に恋してる」。Hi-NRG(ハイエナジー)ユニットBoys Town Gangが、1967年リリースのFrankie Valliの名曲をHi-NRG化してカバーしたもの。
ディスコ曲だけに、やはりExtended Versionの出来が出色。
ストリングスのメロどりが抜群で、この曲の主役はボーカルというよりむしろストリングスやブラスでは?
Hi-NRGはのちに日本で人気を集めるEUROBEATに似ているが全然別もの。(ただしEUROBEATの定義は、日本、米国、欧州でそれぞれ異なるとされている。)
ともに表拍コンシャスな4つ打ちながら、Hi-NRGはメジャーコードで、リズム慣れした人は裏拍もとれて広がりのある曲調。
ジュリアナ東京などでメインとなっていたEUROBEATは日本人好み(というか日本人でも踊りやすい)の4つ打ちにベタなマイナーコードが乗るもので、むしろ高BPMな盆踊り的。(言い過ぎか・・・笑)
EUROBEAT以前の当時のディスコは、groovyな裏拍系のブラコンやファンカ・ラティーナに、4つ打ち系のユーロ・ディスコやHi-NRGが入り交じり、リズム的にも変化に富んでいた。
20.松任谷由実 - ずっとそばに (1983)
1983年リリースの「REINCARNATION」収録曲。
淡々としたメロディだけど捨て音が一切ない。Yumingの天才的な作曲能力を感じさせる曲。
リズムセクションがさりげにいい仕事しているのもこの時代らしい。
この年、Yumingはオリジナルアルバムを2枚リリースしている。
1979年から1983年の5年間で、なんと9枚リリース。ぜんぶオリジナルで、しかも名曲揃い!
そんな時代だった。
21.Sneaker - Before You [Loose in the World] (1982)
LAで結成されたAOR系グループ。
1981年リリースの1st ALBUM「Sneaker」から「More Than Just The Two Of Us」のスマッシュヒットを放ち、その名を高めた。
これは1982年リリースの2nd ALBUM 「Loose In The World」からの佳曲。
Steely Danを敬愛し、グループ名はSteely Danの人気曲「Bad Sneakers」からとったとされる彼らだが、曲調はむしろThe Beach Boys、KalapanaやPablo Cruiseなどのサーフロックに近い。
22.中原めいこ - Cloudyな午後 (1984)
1984年リリースの「ロートスの果実」からで、リズムの響きはすでに80年代中盤の感じがあるけど、曲調は80年代前半そのもの。
当時はさらっと聴き流してたイメージがあるが、甘さを帯びた独特なボーカルはいま聴き直してみるとけっこう染みる。
23.矢沢永吉 - YES MY LOVE(1982)
いま聴いても大人の色気ぷんぷん。そして余裕のボーカル。
1982年2月リリース。コカ・コーラのイメージ・ソングに起用され、巷でよくかかっていた。
のちにスタンダードとなるナンバーが、新譜としてCMでばりばり流されていた時代。
24.L.T.D. - For You(1982)
この時代のブラックミュージック(ソウル(soul)あるいはブラコン(black contemporary/BCM)と呼ばれていた)はディスコのイメージが強いけど、気合い入った泣きのバラードも多くつくられていた。
これはL.T.D.が1982年にリリースした『For You』のタイトル曲で、NEW BIRTHで鳴らしたLeslie Wilsonの骨太ながらしなやかなボーカルワークがいかんなく発揮されている。
この他にもOne Way(Al Hudson) - You´re So Very Special(1982年)、Tavares - Words And Music(1983年)、FOUR TOPS - BACK WHERE I BELONG(1983年)などおすすめ品多数。
このあたり、実は専門なのでマニアックになりすぎてすんません(笑)
25.Donald Fagen - Maxine(1982)
Steely Danの主力メンバーDonald Fagen。
Steely Danは1980年の「Gaucho」を最後に活動休止に入るが、Donald Fagenは1982年に1st ALBUM「The Nightfly」をリリース。
圧倒的な完成度を備えたこのALBUMは、のちにAORを代表する名盤として評価を確定することとなる。
今聴き返しても、この洒落っ気は色あせていない。
26.Steve Perry/Journey "Still They Ride" Live and Studio versions (1981)
Steve PerryなくしてJourneyなし。バラードにも名曲多数。
全盛時には年300日以上もツアーしていたという、LIVEの安定感はハンパじゃない。
追加↓
Journey - Don't Stop Believin' (from Live in Houston)
伝説の「The Escape Tour」(1981)
「産業Rock」だ、何だかじゃいわれてもいいものはいい!
いまのプロモーションどっぶりのポピュラー音楽とくらべたら、かわいいもんだわ・・・。
そういえば、わたくし、このLIVE(The Escape Tour、1982/4/16、武道館)も行きましたわ・・(笑) ドギモ抜かれた。
27.Anri [Heaven Beach] - Heaven Beach(1982)
あまりに懐かしすぎる名曲。いろいろな想い出が詰まっていて感慨なくして聴けぬ。
3:14~のストリングス。時代じゃな(笑)
Heaven Beach、消されちゃったので、とりあえず替わりにこちらを。↓
ANRI - LONG ISLAND BEACH(1985)
ちと時代が下るけど、1985年「WAVE」からの名バラード。
当時、ドラマティックなバラードを歌わせたら敵無しだったと思う。
28.佐野元春- HEART BEAT (小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド)(1981/ライブ 1983)
1981年2月リリースの2ndALBUM「Heart Beat」のラストを飾る名曲。
あくまでも個人的にだが、これを越えるバラッドは多くないと思う。
「この曲を名曲と言わず何を名曲と言うのだろう」(コメ欄より) ほんとそう思う。
■ AORのバラード
この時代、メインストリームとなっていたAORのALBUMの聴きどころはなんといってもバラード。
個人的には、↓の曲が「AOR3大バラード」だと思っている。
(1曲にしようと思ったが絞り込めず、3曲とも載っけます。)
29.Marc Jordan - It's Only Love / From "A Hole In The Wall" (1983)
30.Ray Kennedy - My everlasting love / From "Ray Kennedy" (1980)
31.Bill Champlin -The Fool Is All Alone / From "Runaway" (1981)
--------------------
以上31曲。
なんというか、屈託なく明るい。でも、そのなかに洒落っ気や哀感も・・・。
そしてリズムが軽くてgroovy。
これからバブルに向かう高揚感を湛えた世相を映していたのかも・・・。
いまからすると信じられないが、↑のような曲がTVやFMでふつうに流されていた。
YouTubeもニコ動も、CDさえもなかったけど、街中にリアルタイムに名曲があふれていた時代。
【追加】
↑を聴いてみると、当時のJ-POP(シティポップ)が洋楽とほとんど遜色ないレベルにあったことがわかる。
これは4和音のセブンスコードやテンションコードの普及、そしてグルーヴ感あるリズムの導入などにより、マイナー調のいわゆる「四畳半フォーク」とは異なる別の流れができ、成熟していったことが大きいと思う。
【上級 Vol.4】ギター講座「4和音のコード」
楽器ほとんどまともに弾けないけど(笑)、こういう動画で確認できるのは助かります。
そして、ここにきて70~80年代に発表されたJ-POP(シティポップ)が海外で人気を集めはじめているという。→ 記事
当時、海外でさほど注目を集めなかった理由は、単純に、
「当時、日本の音楽作品(レコードやCD)は輸入されていなかったからね」(仏のファン、上記記事より)
「日本の音楽はアメリカではほとんど知られていない。豊かで複雑な歴史を持っているのに、日本以外ではほとんどリリースされてこなかったからね」(米国のファン、同上)
ということだろう。
それがYouTubeなどのWeb媒体を通じて耳にする機会を得た。それがコアな音楽マニアから一般層に広がりはじめているのでは?
それにしても、人気を集めているのが70~80年代に発表されたシティポップ(90年代以降のJ-POPではなく)、というのは意味深。
それと、昨年(2018年)の紅白。
圧倒的な存在感を放っていたのはサザンとYumingだったことは衆目の一致するところかと。
この紅白への批評記事で、「『国民的求心力』のハブとなるのは、もはや演歌ではなく、桑田佳祐と松任谷由実らの音楽だろうということだ。さらに細かく刻めば、両者のような1950年代生まれのレジェンドが、その天才性を遺憾なく発揮し、かつ、ボリューム的に視聴者層の中核をなす1960年代生まれの層(私含む)が多感な時期に聴いた、1970~1980年代の『ニューミュージック』ではないか、ということである。」(著者・スージー鈴木氏)
と、ここまで言い切られては「1983年邦楽ピーク説」も成立するような気がしないでもないが、邦楽は90年代以降も良質なムーブメントが生まれたし、多くの才能も生まれているのでさすがにこの説は唱え切る自信がない。
でも、1980年代前半が、邦楽でも有数のピークをなしたことは間違いないと思う。
→ 洋楽1983年ピーク説を想うに至った経緯
--------------------
【さらに追加】
時代の雰囲気やCMは、1990年代前半までは、なお、この雰囲気を引きずっていた(と思う)。
YouTubeモードにして、コメ欄読んでね。
↓屈指の人気番組、ひょうきん族のエンディングがこの乗りだったからね(笑)
DOWN TOWN / EPO & ひょうきんストリートBAND
さすがコカコーラのCM!
【出会い、別れ】傑作集 CM編「JR東海 シンデレラエクスプレス」 (1988-1992)
しょっぱなのJメールのCMとの落差が酷すぎ~~
榮倉奈々出演、山下達郎「クリスマス・イブ」特別映画版PV (2014年冬)
※ 2014年冬の榮倉奈々のは、どことなくシリアスで屈託感あり?
よくある「あの頃はよかった!」パターンでしょっ て言うこともできるかもだが、コメ欄みてるとあながちそうとも言えない。
いまでもクリスマスに流れるのはこの曲だし。
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AC全盛期('70年代後半~'80年代前半)のデュエット
AC全盛期('70年代後半~'80年代前半)のリズム
☆ ↑の雰囲気に思いっきり浸りたい方にはおすすめします。
AOR系名曲を100曲!
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↓こっちも聴いてね
秋向きの洋楽10曲!
■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
Everlasting Song ~ 日本の歌うま女子の底力 ~
2019/09/22 / 2019/08/24UP
ちと追加してみました。
2019/08/22UP
東京オリパラ開幕まで1年を切った。
セレモニーについてはプロジェクトチームが組まれ、これとは別に、サザンの桑田さんが『東京オリンピック民放共同企画「一緒にやろう2020」』の応援ソングを担当することが決定している。
でも、これだけのチャンス。業界やプロだけに任せておくのはもったいない。
というか、もう1年を切っているのにプレの動きが鈍すぎるのでは?
■ 日本と西洋の音楽の違い PART 1:音符の数、メロディーのリズムと英語が使われる理由!Japan and Western music differences(音楽 ミスチル 米津玄師 j-pop)
う~ん、そこな!
日本ではふつうに聴かれているヒット曲も、外から聴くと違和感か・・・。
たしかに現況、海外で人気が高いのは、KOKIAやKalafina(FictionJunction)など、フェミニンで符割りが自然な(ゆったりとした)アーティストのように思う。
そういわれると、梶浦由記さんは、音節を減らすために「梶浦語」をつかっているようにも思える。
(ただしアニソン系は音節の多さや滑舌が驚きをもって聴かれている可能性があるし、Perfumeはいかにも日本的なテクノ&ダンス&演出がアピールしているような気がする。)
■ KOKIA - 本当の音 [Hontou no Oto] LIVE 2014
■ Kalafina - アレルヤ
■ 志方あきこ - Erato
J-POPのメロディのすばらしさや、アニソンをはじめとする透明感あふれるハイトーンボーカルに対する海外の評価は、ここにきてますます高まってきていると思うし、あくまでも個人的感想だが、癒し系ハイトーン曲のレベルの高さは、アイルランドと並んで世界屈指だと思う。
↓この記事聴いてもらえればそれを実感できたのだが、このはちゃんの動画、非公開になってしまって残念!
7曲の「You Raise Me Up」(熊田このは)
このときのLIVE概要。
(こんなすばらしいLIVEを生み出したFlamingo the Arushaが、8/31で閉店とは。諸行無常。)
おそらくセレモニー系は「和様モード全開路線」で走ると思うが、アマチュアをふくめたいまの日本の音楽の底力や魅力は、それだけではとてもアピールしきれない。
↓ 和風っぽいこんな曲もイメージされるけど、たぶん外からだと難しすぎると思う。
■【ユリカ/花たん】「笹舟」PV【**Flower✿Drops**】
1970~80年代のシティポップ、小室サウンド、宇多田サウンド、セツナ系、アニソン、ボカロ・・・。
幾多の変遷を経て、いまや世界でも稀なバラエティと質のストックを備えているこの国。(楽曲も歌い手も)
発信のしかた次第では世界中をあっといわせる可能性大だが、このチャンスをみすみす逃す?
-----------------------
2019/08/24
そのままずばりの動画が見つかったのでリンクしてみます。
↓
■ 東京オリンピック開会式で演奏するアーティストをチェックして見た!!!(Tokyo Olympics 2020 五輪 Opening Ceremony)
作者のリアクションが微妙で面白い(笑)
要は、日本国内での人気に拘らず、ワールドワイドレベルで実力のあるやつらをたくさん出せ!(日本にはいっぱいいるんだから)、ということだと思う。
作者がMIYAVIを強く推していたのも、スラップ奏法の「サムライギタ-」で世界のどぎも抜いたれ!、というノリだと思う。
異論ありませぬ。その通りだと思います。
海外のアンケート?(7:53~)で、ONE OK ROCKが1位になっているのも、そういう視点からだと思う。
Takaのボーカル、レッスンがどうとか、経験がどーたらとかいうレベルじゃない。
このスケールの大きさはたぶん天性のもの。歌の世界で二世が成功する例は多くないけど、貴重な例外だと思う。
■ ONE OK ROCK: Wasted Nights [OFFICIAL VIDEO]
■ Bryan Adams - One Night Love Affair (Official Live Video)
はじめて聴いたとき、Bryan Adamsかと思った(笑)
ひょっとすると資質はもっと上かもしれぬ。
だとすると、ワールドワイドでチャート上位をとれるレベルということ。
それに、楽曲もふくめて1980年代の音楽の醍醐味をもっている感じがする。
→1983年洋楽ピーク説
グループ系だと、楽曲やLIVEの面白さからしてサカナクションもありかもしれないが、彼らは日本人ならではのびみょ~な機微が魅力のような感じもあるので、むずかしいところ?
-----------------------
本題に戻ります。
黄金の世代?(←みてね!)でも書いたが、名曲とカラオケに鍛えられた、とくに13~20歳くらいの女子の歌唱力のレベルは、世界的にみてもおそらく屈指のものでは?
全国各地で「ご当地48」が生まれたのは、おそらくそんな背景もあるかと思うが、現況、彼女らが「歌のうまさ」で語られる場面はけっして多くない。
外からみたら、いまの日本はもはや「音楽の女神たちが棲む国」かもしれないのに・・・。
↑これ、誇張でもなんでもなく、30年ほども世界中のハイトーン女性ボーカルを聴きあさったうえでの感想です。
■ Everlasting Song - FictionJunction
符割りが自然で、アルト~ソプラノまでの4人それぞれがソロをとれ、コーラスパートも秀逸。そして、高揚感ある曲調。
↑フォロー一色のコメ欄。
↑こんな曲が、オリンピックに向かって(応援ソングとして)各地の「歌うま女子4人組」で歌われるようになれば・・・。
たとえば、よけいなプロモかけずにオリパラ2ヶ月くらい前に予選~決勝とし、優勝したら開会式で歌える! とか。
これ、全国各地で盛り上がると思うし、海外からの注目も集まるのでは?
(審査員の選定がむずかしいと思うが、一部、機械採点もありかも・・・。)
でも、五輪絡みでは”大人の事情”があまりに多すぎて、音頭とれる人いないだろうな・・・。
【追加】
■ 井上陽水&安全地帯 - 夏の終わりのハーモニー
オリンピックの閉会式に歌ってほしいというコメ&同意多数。
たしかにありだと思う。
いまのこの国って、音楽に限らずすばらしいものたくさんもっているのに、
ぜんぜん発掘できてなかったり、余計な手を加えておかしくしたり・・・。
いいものは、シンプルにそのまま発信するほうが伝わると思うが・・・。(オーバープロデュース不要)
ちと追加してみました。
2019/08/22UP
東京オリパラ開幕まで1年を切った。
セレモニーについてはプロジェクトチームが組まれ、これとは別に、サザンの桑田さんが『東京オリンピック民放共同企画「一緒にやろう2020」』の応援ソングを担当することが決定している。
でも、これだけのチャンス。業界やプロだけに任せておくのはもったいない。
というか、もう1年を切っているのにプレの動きが鈍すぎるのでは?
■ 日本と西洋の音楽の違い PART 1:音符の数、メロディーのリズムと英語が使われる理由!Japan and Western music differences(音楽 ミスチル 米津玄師 j-pop)
う~ん、そこな!
日本ではふつうに聴かれているヒット曲も、外から聴くと違和感か・・・。
たしかに現況、海外で人気が高いのは、KOKIAやKalafina(FictionJunction)など、フェミニンで符割りが自然な(ゆったりとした)アーティストのように思う。
そういわれると、梶浦由記さんは、音節を減らすために「梶浦語」をつかっているようにも思える。
(ただしアニソン系は音節の多さや滑舌が驚きをもって聴かれている可能性があるし、Perfumeはいかにも日本的なテクノ&ダンス&演出がアピールしているような気がする。)
■ KOKIA - 本当の音 [Hontou no Oto] LIVE 2014
■ Kalafina - アレルヤ
■ 志方あきこ - Erato
J-POPのメロディのすばらしさや、アニソンをはじめとする透明感あふれるハイトーンボーカルに対する海外の評価は、ここにきてますます高まってきていると思うし、あくまでも個人的感想だが、癒し系ハイトーン曲のレベルの高さは、アイルランドと並んで世界屈指だと思う。
↓この記事聴いてもらえればそれを実感できたのだが、このはちゃんの動画、非公開になってしまって残念!
7曲の「You Raise Me Up」(熊田このは)
このときのLIVE概要。
(こんなすばらしいLIVEを生み出したFlamingo the Arushaが、8/31で閉店とは。諸行無常。)
おそらくセレモニー系は「和様モード全開路線」で走ると思うが、アマチュアをふくめたいまの日本の音楽の底力や魅力は、それだけではとてもアピールしきれない。
↓ 和風っぽいこんな曲もイメージされるけど、たぶん外からだと難しすぎると思う。
■【ユリカ/花たん】「笹舟」PV【**Flower✿Drops**】
1970~80年代のシティポップ、小室サウンド、宇多田サウンド、セツナ系、アニソン、ボカロ・・・。
幾多の変遷を経て、いまや世界でも稀なバラエティと質のストックを備えているこの国。(楽曲も歌い手も)
発信のしかた次第では世界中をあっといわせる可能性大だが、このチャンスをみすみす逃す?
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2019/08/24
そのままずばりの動画が見つかったのでリンクしてみます。
↓
■ 東京オリンピック開会式で演奏するアーティストをチェックして見た!!!(Tokyo Olympics 2020 五輪 Opening Ceremony)
作者のリアクションが微妙で面白い(笑)
要は、日本国内での人気に拘らず、ワールドワイドレベルで実力のあるやつらをたくさん出せ!(日本にはいっぱいいるんだから)、ということだと思う。
作者がMIYAVIを強く推していたのも、スラップ奏法の「サムライギタ-」で世界のどぎも抜いたれ!、というノリだと思う。
異論ありませぬ。その通りだと思います。
海外のアンケート?(7:53~)で、ONE OK ROCKが1位になっているのも、そういう視点からだと思う。
Takaのボーカル、レッスンがどうとか、経験がどーたらとかいうレベルじゃない。
このスケールの大きさはたぶん天性のもの。歌の世界で二世が成功する例は多くないけど、貴重な例外だと思う。
■ ONE OK ROCK: Wasted Nights [OFFICIAL VIDEO]
■ Bryan Adams - One Night Love Affair (Official Live Video)
はじめて聴いたとき、Bryan Adamsかと思った(笑)
ひょっとすると資質はもっと上かもしれぬ。
だとすると、ワールドワイドでチャート上位をとれるレベルということ。
それに、楽曲もふくめて1980年代の音楽の醍醐味をもっている感じがする。
→1983年洋楽ピーク説
グループ系だと、楽曲やLIVEの面白さからしてサカナクションもありかもしれないが、彼らは日本人ならではのびみょ~な機微が魅力のような感じもあるので、むずかしいところ?
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本題に戻ります。
黄金の世代?(←みてね!)でも書いたが、名曲とカラオケに鍛えられた、とくに13~20歳くらいの女子の歌唱力のレベルは、世界的にみてもおそらく屈指のものでは?
全国各地で「ご当地48」が生まれたのは、おそらくそんな背景もあるかと思うが、現況、彼女らが「歌のうまさ」で語られる場面はけっして多くない。
外からみたら、いまの日本はもはや「音楽の女神たちが棲む国」かもしれないのに・・・。
↑これ、誇張でもなんでもなく、30年ほども世界中のハイトーン女性ボーカルを聴きあさったうえでの感想です。
■ Everlasting Song - FictionJunction
符割りが自然で、アルト~ソプラノまでの4人それぞれがソロをとれ、コーラスパートも秀逸。そして、高揚感ある曲調。
↑フォロー一色のコメ欄。
↑こんな曲が、オリンピックに向かって(応援ソングとして)各地の「歌うま女子4人組」で歌われるようになれば・・・。
たとえば、よけいなプロモかけずにオリパラ2ヶ月くらい前に予選~決勝とし、優勝したら開会式で歌える! とか。
これ、全国各地で盛り上がると思うし、海外からの注目も集まるのでは?
(審査員の選定がむずかしいと思うが、一部、機械採点もありかも・・・。)
でも、五輪絡みでは”大人の事情”があまりに多すぎて、音頭とれる人いないだろうな・・・。
【追加】
■ 井上陽水&安全地帯 - 夏の終わりのハーモニー
オリンピックの閉会式に歌ってほしいというコメ&同意多数。
たしかにありだと思う。
いまのこの国って、音楽に限らずすばらしいものたくさんもっているのに、
ぜんぜん発掘できてなかったり、余計な手を加えておかしくしたり・・・。
いいものは、シンプルにそのまま発信するほうが伝わると思うが・・・。(オーバープロデュース不要)
■ 竹内まりや Music&Life
さっき放送してたNHK BSプレミアムの竹内まりや Music&Life~40年をめぐる旅~ 完全版、見応えがあった。
スクランブル化の是非はさておき、こういうの作らせたときのNHKスタッフの構成力ってやっぱすごいわ。
改めて聴いてみると、声が深い。そして残る。
どうしてこういうことになるのか、想像もつかないほど複雑な要素が絡んでいるのだと思う。
そしてコメントがよかった。
文字起こししてほしいくらい、ひとつひとつのコメントが詩になっていた。
達郎の冷静かつ客観的なコメント(笑)も興を添えていた。
貴重なLIVE映像、達郎のバックVo.とギターが絶妙に効いていて絶句・・・。
1983年洋楽ピーク説でも書いたけど、1970年代後半~1980年代前半にブレークしていったアーティストは、やはりどこか存在感が違うような気がする。
Plastic Love - 竹内 まりや (1984年リリース)
ひょぇ~、かっちょえ-
リズムどりが日本人離れしてる。
このルックスからこれ?? たしかに唖然。(このジャケは1980年のだけど)
Gringo - Little Feat
↑こういう裏拍系のノリがベースか?
そして、月日を重ねてこういう歌も。
人生の扉 - 竹内まりや
次の世代にしっかり伝わっている ↓
いのちの歌 - 鈴木杏奈&熊田このは (作詞/Miyabi(竹内まりや))
もっともっと、たくさんのものを伝えてほしい。
スクランブル化の是非はさておき、こういうの作らせたときのNHKスタッフの構成力ってやっぱすごいわ。
改めて聴いてみると、声が深い。そして残る。
どうしてこういうことになるのか、想像もつかないほど複雑な要素が絡んでいるのだと思う。
そしてコメントがよかった。
文字起こししてほしいくらい、ひとつひとつのコメントが詩になっていた。
達郎の冷静かつ客観的なコメント(笑)も興を添えていた。
貴重なLIVE映像、達郎のバックVo.とギターが絶妙に効いていて絶句・・・。
1983年洋楽ピーク説でも書いたけど、1970年代後半~1980年代前半にブレークしていったアーティストは、やはりどこか存在感が違うような気がする。
Plastic Love - 竹内 まりや (1984年リリース)
ひょぇ~、かっちょえ-
リズムどりが日本人離れしてる。
このルックスからこれ?? たしかに唖然。(このジャケは1980年のだけど)
Gringo - Little Feat
↑こういう裏拍系のノリがベースか?
そして、月日を重ねてこういう歌も。
人生の扉 - 竹内まりや
次の世代にしっかり伝わっている ↓
いのちの歌 - 鈴木杏奈&熊田このは (作詞/Miyabi(竹内まりや))
もっともっと、たくさんのものを伝えてほしい。
1/fゆらぎ?(熊田このは)-5
2019/11/17のカラバト関係はこちらに書いています。
6へつづく
2019/07/02UP
6/30のJOYSOUND全国カラオケ大会(決勝)で、このはちゃん、昨年につづいて10位以内入賞とのこと。
ぶれない実力、さすがだと思う。
当日、YouTubeでLIVE中継してたみたいだけど、全然知らなくて見逃した(泣)
歌ったのはアンジェラ・アキの「サクラ色」。
この場でこの超難曲選んで入賞する実力の冴え、やっぱりおそるべし!
サクラ色【熊田このは】/JOYSOUND全国カラオケ大会_20190630
UPしていただいた動画がみつかったので、追加します。
ゆったりとしたテンポのサクラ色を丁寧に歌い上げている。
歌だけじゃない。仕草、表情も含めたすべてが聴き手のこころを打つ。
↑ 2018/12/28の「サクラ色」
いろいろな歌い方をもっていることがわかる。
-----------------------------
2019/07/01UP
6/28の「Yuki Kajiura LIVE TOUR vol.#15 〜Soundtrack Special at the Amphitheater〜」千葉公演(市川市文化会館)、行ってきました。

FictionJunctionのLIVEは、実は初めてだけど、やっぱり凄かった。
VocalもだけどInst陣が実力派揃い!
WAKANAのかわりにJoelle(ジョエル)が入ってどうかな~と思ったけど、予想以上に健闘してたと思う。
さすがにSound Horizonで場数を踏んでいるだけのことある。
ただ、あくまでも個人的な感想だけどKAORIのハイトーンとぶつかっている感じがした。
(WAKANAもKAORIと音域がかぶるけど、声質が違うので巧く棲み分け、というかシナジーを出していた感じがする。)
ゲストの笠原 由里(新南田 ゆり)さんの声量やハイトーンはもの凄かった。でもオペラ。ステージで「天上人」と呼ばれていた意味が何となくわかるような気がする。
セトリについてはちと不満が残った。最新?の「Fate/stay night」からの選曲がメインで、ハイテンションでアップテンポのバトル曲が多かった。(コーラスというより、ユニゾン的に聴こえた。)
アンコール前の「i reach for the sun」は凄くよかったけど、これと同系の曲がもっと聴きたかった。
それと、なぜか閉演後にメロディーだけ流れてたけど、やっぱりアンコールには「Everlasting Songs」が欲しかった気がする。
などと、つらつら思いながらも「この場でこのはちゃんが歌ったら、どういうことになるんだろう。このパートだったらどういう捌きをするんだろう?」なぞということをず~っと考えていた。
やはり、生バンドで、そして実力ある方々とコラボしてほしい!
-----------------------------
2019/05/11UP
梶浦由記さんのFictionJunctionのLIVE、本日発売でチケットとれたので6/28行ってきます。
個人的にはオリンピックの音楽プロデュース、一番やってほしかった人。
これにkalafina(今年3月に惜しくも解散)のメンバーが絡むわけだから、悪かろう筈なし。
ハイトーン女性ボーカルのプロデュースに入ったら敵なしの人だけに、個人的にはカラバトU-18の面々(優衣ちゃん、杏奈ちゃん、彩加ちゃん、このはちゃん)と一度でいいからコラボしてほしい。
そんなこともふまえつつ、じっくり聴いてみたいと思います。
FictionJunction - Everlasting Songs
全員が楽勝でリードとれる実力をもちながら、裏メロやコーラスに回って紡ぎだす極上の音色!
ユニゾンさえハモリに聴こえる声色のオリジナリティ。
ニコ動のコメント群がこのLIVE(曲)の凄さを物語っている。
〔 Solo Parts 〕
0:28~ / 3:45~ 貝田由里子
0:57~ / 4:15~ KAORI (織田かおり)
2:50~ / 6:26~ KEIKO (窪田啓子)
3:17~ / 6:56~ WAKANA (大滝若菜)
ちと古いけどもう1曲。
Sound Horizonとの神コラボ。
Revo & 梶浦由記 DreamPort 「砂塵の彼方へ・・・」
豪華!のひとこと。
梶浦さん、じつは美声の持ち主(5:45~)。だから歌姫たちの才能の引き出し方が巧いのかもしれぬ。
U-18でこういうのやったらどうなるかな。凄いことになる予感も・・・。
-----------------------------
20190507UP
4/29(祝)、熊田このはちゃん&富金原佑菜ちゃんのツーマンLIVE(@溝ノ口劇場)、
行ってきました。

両者対照的な歌い振りで、凄く面白い内容だった。
このはちゃんは、表現力がさらにスケールアップしていて、聴き手のこころをしっかり掴みにくる感じかな・・・。
今回はとくに「いつまでも聴いていたい感」がハンパなかった。
繰り返しますが、この子まだ高2(16歳)ですけども・・・。
今回もありがたいことに動画UPしていただいているので、動画をリンクしつつご紹介します。
熊田このは アイノカタチ / MISIA
中低音の力感が増して、声の艶はもはや凄絶の域。
熊田このは もののけ姫
心地よくゆらぎを帯びた比類なきスーパーソプラノ。
ハイトーンになるにつれ、声の艶と音圧が増す「このはマジック」は健在だった!
熊田このは 月光 / 鬼束ちひろ
この曲も完璧に「このはオリジナル」にしていると思う。
→ Love Of My Life / QUEEN
やっぱりこのはちゃん洋楽巧い!
たぶんリエゾン(リンキング)や裏拍の勘どころがいいのだと思う。
こういう透明感と情感を併せもったハイトーンの歌い手って、洋楽の世界でもあまりいないかも。
個人的には、オリンピックの公式イベントでリードとれるレベルだと思っている・・・。
【富金原佑菜ちゃんとのデュエット曲】
このはちゃんが佑菜ちゃんに刺激を受けている感じか・・・。
おのおの異なる声色で、2人の声が合わさったときの深みが凄い。
熊田このは & 富金原佑菜 泣き出しそうだよ / RADWIMPS feat.あいみょん
ハイトーンの男性Voと中低音域のニュアンスに優れた女性VoのバトルがミソのgroovyなR&B。
しかし、よくこんな曲もってきたな・・・(笑)
この曲、どこまで崩して歌えるかがポイントだと思う。
その点からすると端正な歌いぶりのこのはちゃんよりも、縦横無尽に歌い崩せる佑菜ちゃんに分があるようにも感じる。
でも、この手の曲で真価が発揮できるのはきっともっと先だから、無理をしないでじっくり開花させていけばいいと思う。
熊田このは & 富金原佑菜 打上花火 DAOKO X 米津玄師
ボカロ的リズム&メロディ。
こういうのが歌いこなせるから、「黄金の世代?」は強い。
佑菜ちゃん、かわいい顔してあっさりコラボ相手を喰ってしまうこと多いけど、このはちゃん相手ではそうはいかんぞぇ(笑)
(この曲でも、このはちゃんじゃなかったら完璧に喰われてると思う。)
しかし、こういう曲聴くと、このはちゃんのリズムの掴みやっぱり凄いわ。
変拍子だろうがブレイクだろうがあっさりこなしてしまう感じがする。というか、そういう曲の方が真価を発揮するのでは?
それに、滑舌求められる譜割りのなかでこの声の伸びっていったいどゆこと?
ボカロ曲カバーという行き方もあるのやもしれぬ。
■ @ゆいこんぬ - bouquet(歌ってみた)
こういう曲、たぶん思いっきりはまると思う・・・。
ゆっくり、あわてず進んでいけばいいと思う。
この才能。音楽の神様はきっと見守っているから・・・。
--------------------------------
4/29(祝)@溝ノ口劇場
富金原佑菜ちゃんとのツーマンLIVE
Webチラシ
↓こういうレベルのパフォーマンスが楽しめるはずです。
これは見逃せないかと・・・。
(残席あとすこしあるそうです。)
富金原佑菜 - 側にいて
熊田このは - 涙そうそう
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2019/03/30UP
本日(3/30)の「Melody Line〜はじまりのうた〜」(@池袋オペラハウス)、行ってきました。
あの会場に250名は、さすがに詰め込み過ぎかな??
でも、気になってた富金原佑菜ちゃん、三阪咲ちゃんの生歌も聴けて満足。
だれがいいとか巧いとかじゃなく、それぞれが独自の持ち味をもっていてその持ち味をしっかり打ち出していた感じかな。

雑踏状態だったので、この程度の写真しかとれませんでした。
【このはちゃんのセトリ】
1.プロローグ
2.なごり雪
3.桜坂
4.時代
5.素顔
6.明日への手紙
7.奏
3.4.7がとくによかった。
声の切なさにさらに磨きがかかっているような気がする。
もう、何を歌っても「このはワールド」状態では。
個人的にはだけど、UP曲とカラオケの曲を1~2曲混ぜてたらベストだった様な感じも・・・。
溝ノ口劇場より、はるかに客層が若かった。
この客層に、このはちゃんの透明感あふれるバラードがどのように届いているのだろう。
(音楽聴き込んできたおっさん連中は、おそらく抗うすべはないが・・・(笑))
富金原佑菜ちゃんとはある意味対照的なので、
4/29のLIVEも楽しめそうです。
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なにこれ? ↓
U-18歌うま甲子園 平成最後の頂上決戦(4/14放送予定)って、
このはちゃん出ないなら頂上決戦にならないじゃん。
【このはちゃんの戦歴】
■ U-18歌うま甲子園 春の選抜新人戦(2017年3月29日放送)
予選 / 未来へ(kiroro) 99.433
決勝 / YELL(いきものがかり) 99.102
■ U-18歌うま甲子園(2017年8月23日放送)
予選 / 見えないスタート(BENI) 99.571
決勝 / ひまわりの約束 (秦基博) 99.702
■ 2017年間チャンピオン決定戦4時間SP(2017年10月18日放送)
予選 / 生きてこそ(Kiroro) 99.472
決勝 / 心の瞳(坂本九) 98.825
■ U-18歌うま大甲子園 最強王座決定戦(2018年1月4日放送)
予選 / CAN YOU CELEBRATE?(安室奈美恵) 99.839
■ U-18歌うま甲子園 四天王争奪戦(2018年2月21日放送)
予選 / Time goes by(Every Little Thing) 99.711
決勝 / 明日はどこから(松たか子) 99.037
■ 2018春のグランプリ4時間SP(2018年3月28日放送)
予選 / サクラ ~卒業できなかった君へ(半崎美子) 99.161
■ U-18歌うま甲子園(2018年6月18日放送)
予選 / M(PRINCESS PRINCESS) 99.666
■ U-18歌うま甲子園(2018年9月12日放送)
予選 / Goodbye Yesterday(今井美樹) 99.397
■ U-18歌うま甲子園2018頂上決戦(2018年11月21日放送)
予選 / Precious(伊藤由奈) 99.587
おそらく13回歌って、99.5以上6回、99.0以上6回、99.0未満わずかに1回。
平均得点99.423。
2017年10月18日の98.825が最低点で、これが99点に乗ってたら13回連続99点台。
この戦歴を無視することは、カラバトのアイデンティティ自己否定だから、このはちゃんサイドの理由だと思うが、このところ声の深みが増しているし、↓の福魂祭の「月光」でも凄い声色聴かせてくれたので、今回はとくに期待大だっただけに残念。
「糸」(2016/08/20)
でも、このところ凄いスケジュールこなしてたみたいなので、このへんで一息つくのもいいかも・・・。
カラバトだけが歌の舞台じゃないし。
でも、カラバトさん、まさか今回のでU-18四天王決めるわけないよね?
--------------------------------
3/11、福島の「福魂祭」(東日本大震災復興イベント)でオープニングの大役をつとめる。
Ohoooo‐くんのTweetで一瞬聴けます。
一気に大人びて、中音域の力感が凄い。発声がスケールアップした感じ。
この歌い方身につけていれば、もはや無敵では?
富金原佑菜ちゃんや三阪咲ちゃんとのバトル含み(?)の3/30が楽しみ。
(前編(4)はこちら)
20190218 1:30AM

熊田このは&原藤由衣 ツーマンライブ@溝ノ口劇場 →チラシ
行ってきました。
仕事が超テンパってたので、10時の入場抽選会には間に合わないは、交流会&物販の前にとんずらするはの不良ファンです(笑)

よかったですよ。やっぱり予想以上に・・・。(PAもナイスだったし・・・)
徹夜明けのもーろーとした頭に、二人の美声が染みる染みる。
おかげでパワーをもらって、明日(今日か ~~;)納品の書類がなんとかさっき仕上がりました(嬉し!)
20190219
動画UP、ありがとうございます。
今回の関係者さんのUP動画、ライン録りかと思うほど音質がいいです(画質もですが・・・)
素晴らしいです!
こちらにも→(黄金の世代?(カラバトU-18が強い件))リンクさせていただきました。
それでは、感想をば。
↓(-----の中は、動画確認する前の個人的インプレッションです。)
熊田このは 「Squall」 (松本英子)
このはちゃんの声色、ますます深み(というか響き)が増しているような気がする。
倍音がパワーアップしているのかも。
今回は、ほとんど全曲聴きどころだったのだが、とくにBreak Free(Ariana Grande)と原藤由衣ちゃんとのデュエット曲かな。
------------------------
Break Freeは以前、→こちらでUPされていて、どぎもを抜かれたのだが、まさかLIVEで演ると思わんかった。
やっぱりこのはちゃん「絶対リズム感」もっているのでは?
リズムの上で跳ねるスーパーハイトーン、心地よいことこの上なし!
やっぱり洋楽のこなしすこぶる巧いと思う。
前回課題(笑)のフォーク曲、今回は成功!
あいかわらずこの曲のこのはちゃんのヒーリングボイス、出色。
オリジナルの「手と手」は、やっぱりいい曲だと思う。リズムセクションのアレンジが鍵になるような感じかな?(あくまでも個人的に、ですが・・・)
そしてそして、注目のデュエット。
由衣ちゃんはどちらかというとストレートな「歌のお姉さん」声のように感じてたけど、生で聴くと全然ちがう。(今回、なんと初LIVEだそう)
いろんな声色もっているし、音圧が凄い。ビブラートもカラバトより全然効いていたような・・・。
デュエット1曲目はひょっとして、このはちゃんが裏(低音)とっていたような・・・。
これはちょっと信じられない的展開。(最強ソプラノデュオでは?)
------------------------ (以上20190218 1:30AM)
熊田このは・原藤由衣 / 思い出せない花 (フレンチ・キス)/ このは・由衣2マンライブ
> このはちゃんが裏(低音)とっていたような・・・。
嘘でした(笑)
これは一部主旋律の方が低い。だから裏はとってないか・・・。
でも2:31~の「こんなに君を愛しているのに」~は、このはちゃんが低音の裏かもしれぬ。
こういうかたちで、このはちゃんの上(高音)をとれる歌い手はそうそういないと思う。
------------------------
2曲目からアンコール(これもデュエット(さよなら大好きな人))にかけて、このはちゃんのハイトーンの出方がハンパなかった。
初LIVEで健闘する由衣ちゃんに触発されて、爆発(笑)したようにもみえた。
------------------------ (以上20190218 1:30AM)
原藤由衣&熊田このは 「GO FOR IT !!」(西野カナ)
ふつう、2:38の「いつか~」のハイトーンで渡されるとかなりきついと思うが、このはちゃん、これをあっさり引き継いで、さらにハイトーンにもっていってる。
全曲超ハイトーンでの展開だが、どちらも余裕残して歌っているところが”スーパーソプラノ”の面目躍如か・・・。
今回のこのはちゃん、UP曲がすごく光っていた。
なにか、天性のリズム感が開花している感じがする。
熊田このはさん 原藤由衣さん 2019.2.17 溝ノ口劇場 花★花「さよなら大好きな人」
原藤由衣&熊田このは 「さよなら大好きな人」
原曲よりピッチが高い。
同じハイトーンでも、個性のちがいがよくわかる。
由衣ちゃんは穏やかで包み込むようなハイトーン。
このはちゃんは伸びやかに広がっていくハイトーンだと思う。
> 初LIVEで健闘する由衣ちゃんに触発されて、爆発(笑)したようにもみえた。
これもちょっと違うと思う(笑)
厚みのある由衣ちゃんの声とのコントラストをつけるため、とくに広がりのある発声をしていた感じがする。
それにしても、このはちゃんのこういう声の、艶、伸び、広がり、天下一品だと思う。
そうは聴けない、スーパーソプラノデュエットでした。
花*花 - さよなら大好きな人
20190221
----------------------------
本日放送のカラバト「U-18歌うま甲子園 新人王決定戦」、録画したやつを先ほどまで視ていました。
原藤由衣ちゃん、優勝おめでとう。(そして100点も)
その勢いと自信が、↑のLIVEでも出ていたような気がする。
【決勝曲】原藤由衣「Alone (岡本真夜)」2019/02/17 konoha&yui 天使のハーモニー 溝ノ口劇場
今回のカラバトは、いろいろと思うところがありました。
まずは、音のぶつけ方。
たぶん現行採点機は、声量の評価点が高くなっていると思う。
だから、基本的には音をぶつける(声量を出していく)歌い方で、ときおりピアニシモ系を交えた方が、抑揚も含めて高得点がとれるような感じがする。
ビブラートは、原藤由衣ちゃん、今回ボックスB-1で100点出したので(たぶん初めてだと思う)、むりくりB-2を追求することはないのでは。
やっぱり、B-2は低音部分でとっている感じがあるので、ハイトーン系の歌手では、しっかりかかっていてもB-1に振れるのだと思う。
梅谷心愛ちゃん、凄く伸びてきているし(100点にはびっくり)、馬場亜衣里ちゃんもいいパフォーマンスしていたと思う。
でも、いまのこのはちゃんならば大丈夫。勝機は断然あると思うよ。
聴き手の心を動かす声の力は、四天王含めてもやっぱりピカ一だと思うし。
熊田このは「I believe (絢香)」2019/02/17 konoha&yui 天使のハーモニー 溝ノ口劇場
声にメリハリ(切れ)と力感が加わって説得力十分。聴き手を元気づけられる声。
熊田このは「明日への手紙 (手嶌葵)」2019/02/17 konoha&yui 天使のハーモニー 溝ノ口劇場
天から降ってくるような透明感。そしてあふれ出る1/fゆらぎ。
やっぱりこの曲はまりすぎ。
2:55あたり(ライトが青からグリーンに変わるあたり)からラストにかけてのハイトーン、凄い凄い!
衒いのない素直な歌いぶりなのに、一音一音が心に響く。
こんなの他の誰にもできないと思う。もっともっと聴きたい!(笑)
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2018/11/03 バースデーLIVE 関連を独立してUPします。
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11月3日(土)、このはちゃん誕生日LIVEが決定!
guest★上野友梨奈さん、西岡龍生くん
🎠11:00open/11:30start
🎟3000円+1d(600円)
🏹溝ノ口劇場(神奈川県川崎市)
◾︎ご予約9月15日(土)昼12時〜
@Konoha__staff__ までDMでお願いします
詳細は→こちら
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2018/09/22
「予定枚数に達しましたので、予約を終了しました。本当にありがとうございました🙇♀️
(キャンセル待ち数名様受付致します)」とのことです。↓
→twitter
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2018/10/31
本日のカラバト視ててまたも思った。
いまのU-18の常連のレベルがあまりに高すぎるということを・・・。
このはちゃんの場合、女性に限っても、
すこし上に堀優衣ちゃんと佐々木麻衣ちゃん、すこし下に鈴木杏奈ちゃんに佐久間彩加ちゃんと、いずれも声質とテクを兼ね備えた逸材に完全包囲されている。
彼女たちの場合、調子くずして降りてきても99点台前半止まりで、98点台はまず出さない。(このはちゃんもわたしの記憶の限りでは、98点台は1回(98.825点)しか出していないと思う。)
他の世代(トップ7以外)をみると、たいていは98点台以下で、はまりにはまっても99.3点台程度。
なので、U-18トップ陣の最低ラインとその他の世代の最高ラインが99点台前半でラップしている構図となっている。
サッカーでも体操でも「黄金の世代」とよばれる一世を風靡した世代があったが、歌の世界でもそういうものがあるのだと思う。
それにしてもこの実力を持ちながら、U-18四天王未制覇はナゾ。
個人的には資質じたいはU-18でも文句なくトップだと思っているので、一旦ツボにはまって四天王入りしたら、その座は卒業までもう譲らないのでは・・・。
11/21に「Precious」で参戦。
予告
U-18四天王全員参戦でハードな戦いになると思う。
ただ、勝負云々よりTVで視れることがうれしい。
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2018/11/03

溝ノ口劇場。はじめての生このはちゃん。
う~ん、予想どおり(というか予想以上に)凄い!
今年1月、イオンレイクタウンでカラバトTOP7の面々、生で聴いたけど、
PAや音響の状況差し引いても、やっぱりこの子の声質、ピカ一だと思う。

後半、9/12のカラバトで歌った「Goodbye Yesterday」をアコギ1本のバックで再演。
今日のはサビに力感しっかり乗っていて、とてもいい出来だったと思う。
ゲストの上野友梨奈さん、西岡龍生くんもいいパフォーマンスしてくれていて、
ほのぼのといいライブでした。
東京周辺でライブあれば、絶対また行くと思う。(チケットとれればじゃが・・・)
生で聴いてみると、思っていた以上に中音域の声が深い。
そこから展開するハイトーンへの伸び上がりは想像以上の絶品。
そして、ハンパない「いつまでも聴いていたい感」。
やっぱり絶対1/fゆらぎ(&倍音)出ていると思う。
誰のまねでもない。誰にも似ていない。「熊田このは」というオリジナルのフォーマット。
ひょっとすると、これまで誰も試みていないポップミュージックへのアプローチをしているのかもしれず・・・。
まさしくOne and Onlyのハイトーンボイスだと思う。
おそらく楽譜どおりに歌い綴るより、アドリブやスキャットを交えて真価を発揮する天才肌の歌い手。だからカラバトでの勝負の仕方に迷いがあるのかも。
(ドラムス&ベースのみのリズムセクション・リフの上で舞い踊るこのはちゃんの美声、想像するだによさげだし・・・。バラード曲が多いけど、グルーヴ感あるミディアム曲もお手のものでは?
→実例(Break Free / Ariana Grande))
ミディアムでは、こんな名唱も・・・。
Endless Story (Yuna Ito)
170827 熊田このはちゃん ENDLESS STORY
※2017.8.27東京・小岩でのジョイントライブ
前にも書いたけど、声楽のニュアンス入っていながら、絶妙なところでPOPSとバランスして、声楽にありがちな飽きがこない。いそうでいない稀少なポジショニングだと思う。
ソプラノとコラボしたら天下一品の葉加瀬太郎氏。このはちゃんと演ったらすごいことになるかも・・・。
Akiko Shikata/志方あきこ- Ave Maria
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11/3の、きっとどなたかが動画UPしてくれると思うので、じっくり聴き返してまたUPします。
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2018/11/06
やっぱり動画UPしていただけました。ありがたいことです。
Goodbye Yesterday / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
9/12カラバトとくらべて明らかにサビの力感が増している。そしてビブラートの効きも。
今井美樹とはちがう解釈で歌い上げている感じがある。これが「このはオリジナル」?
さよならの夏 ~コクリコ坂から / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
このはちゃん、あまりマイナー調の曲歌わないけど、がっつり歌い込んだときの情感の入り方たるや・・・。
熊田このは & 上野友梨奈 & 西岡龍生 「いのちの歌」 / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
ゲストのおふたりからの最高の誕生日プレゼントかも。
愛は花、君はその種子 / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
たおやかな歌いぶり。そして降りそそぐ1/fゆらぎ。
このはビブ(中周期弱振幅ビブラート)から一旦はなれ、ビブラートに頼らないニュアンス(表現力)を身につけてからこのはビブを戻して歌い上げた感じか?
どこまで進化するのか、すでに想像の域を超えている。
※正月に声楽をやっている人と話をしたとき、声楽では一旦持って生まれたビブラート?を矯正するレッスン方法があるとのこと。(「(声を)のばす」という表現をされていた。)
ただし、この場合、矯正の対象となるのは、トレモロ(顫音/不安定で不規則なゆらぎ)やいわゆる「ちりめんビブ」(どちらもカラバトだと、A-1~3やひし型などの評価のつくもの)で、横隔膜ビブラート(震音、カラバトだとB-1~2でボックス型の評価がつきやすいと思う)は対象にならないような気もする。(想像ですが・・・)
しっかりとした横隔膜ビブラート(震音)を持つと思われるこのはちゃんが、一旦ビブラートから離れたのは、あまりにも強力な「このはビブ」に頼りすぎず、地力(とくに表現力)をつけるためではないかと勝手に想像している。(矯正の対象になったのであれば、ビブラートが戻ってきたことの説明がつかない。)
また、横隔膜ビブラートは音程やリズムの不安定さをカバーしてしまう効果がある(&カラオケ採点機さえも、ときにこれにだまされる)と感じているので、ノンビブのロングトーンはとくに精緻さを問われるところ。
このはちゃんは一時、ノンビブのロングトーンを多用していたけど、これによって正確性がさらに増したような感じがする。
本格的な横隔膜ビブラートは「意識しなくても自然にかかってしまう」ものらしいので、これをあえて(意識して)外していたとしたら、相当にきびしかったのでは?
(以上、すべて個人的かつ勝手な憶測です。念のため。)
熊田このは & 西岡龍生「輝く未来(塔の上のラプンツェル)」 / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
この曲はひときわよかった。これまで聴いたなかではもっとも優しい声では?(個人的には、ハイトーン系女性ボーカルとしてはほとんど理想に近い声色。)
「歌っていてしあわせ」的な表情が戻っているのがなにより。
2:54~の「特別な夜~」の美声! この歌い方持ってればアニソン系も軽いと思うよ。
Precious / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
この曲はこのはちゃんの声質や唱法によく合っていると思う。
オケが強すぎるのがちと残念だけど、デリケートな節回しを要求される難曲を余裕をもってこなしている。
「輝く未来」でも聴けたが、ところどころで絶妙に一拍おいて打ち込んでくる歌い方(タメとは違う)をしていて、これが歌声のキレをつくりだしている。
こういうのは、抜群のリズム感がないとできないワザだと思う。
エンドにかけてのスキャット、音を選ぶセンスはさすが。それにしてもこれが高1の女の子のLIVE?
熊田このは「precious」(伊藤由奈)
音質補正版? ヴォーカルとオケのバランスが落ち着いて、このはちゃんの美声全開。
音程もリズムも究極的に安定、透明感あふれる声質なのになぜかやたらにスリリング。
曲ごと(というか音節ごと)にニュアンスを変えていて聴きどころ満載。こんなに面白いライブはそうそう聴けるものではないと思う。
Precious / 2015年時点
3年間で声の艶とニュアンステクに磨きがかかっていることがわかる。
このときの「このはビブ」もすごいけど。
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2018/11/21
本日放映のカラオケバトル。
劇的な予選敗退を喫してしまったこのはちゃん。
熊田このは「Precious」(伊藤由奈)
でも、出来じたいはかなりよかったと思う。
前半「決めた」のところでの赤1かな??
(ここらへん、ものすごく節回しがデリケートで、バー出てなければぜんぜんわからんかった。ほとんど紙一重の世界。)
後半、とくに「信じよう~」からはほとんどパーフェクトな仕上がりで、もっと歌わせてもらえたら、ロングトーン&ビブラートを5星に引き上げ、裏加点をさらに加えて点数をアップしていたと思う。
2018/02/11の「CAN YOU CELEBRATE?」(会場機械採点100.000) →A
前々回(6/20)の「M」(99.666) →B
前回(9/12)の「Goodbye Yesterday」(99.397) →C
今回(11/21)の「Precious」(99.587) →D
表現力:A 97点/B 99点/C 96点/D 97点
正確率:A 97%/B 95%/C 99%/D 95%
抑揚 :A 88点/B 100点/C 84点/C 92点
ロングトーン:A 5星/B 4.5星/C 4.5星/D 4.5星
しゃくり:A 34回/B 29回/C 41回/D 21回
こぶし:A 5回/B 12回/C 10回/D 13回
ビブラート:
A 41秒 54回 上手さ4.5(ボックスB1)
B 8秒 9回 上手さ4.0(ボックスB1)
C 33秒 29回 上手さ4.5(ボックスB1)
D 75秒 74回 上手さ4.5(ボックスB1)
これをみても、正確率95%が得点に影響していた可能性が高い。
ビブラートは75秒 74回 上手さ4.5とほぼ完全に復調。
秒数と回数は同値が理想といわれるので、ほぼベストな掛かりでは?
立ち上がりの速い「このはビブ」(B-1系)にロングトーンから移行する華麗なビブラート(B-2系?)が加わって、ビブラートのバリェーションが増えていると思う。
カラバトの点数はB-2で100点が出ているケースが多いので、後者のビブラートをバランスよく使えば、より100点がとりやすくなるのでは?
(ただし、B-2系ビブとロングトーンは加点的に相反の関係があり、バランスが必要とみられている。また、B-2系は中低音で乗りやすく、ハイトーン主体のこのはちゃんでは出しにくいということもあるかも・・・。無理にB-2増やす必要はないかも。)
→ 実例?
決勝進出は逃したけど、やはり声の質や歌い込みの面白さはU-18でもピカ一だと思う。
ゲストの足立梨花さんが「色々な表現(ができる)」とコメントしていたけど、本当に縦横無尽な歌いぶり。
誰よりも1/fゆらぎ出ていたと思うし、「ずっと聴いていたい感」がハンパなかった。
今回、歌い進むにつれて調子を上げていったのはナイス。
後半~ラスト、LIVE的な感情のこもった歌い方しているのに音程はパーフェクト。これは凄い。
(「信じよう~」からのけっして長くはないパートで、小さい☆飛ばしまくり虹3黄5赤1から一気に虹9までもっていった様は圧巻!、本領発揮だと思う。)
何か掴んだような感じもあるので、次回は期待大。
まだまだ、まだまだこれからだよ!
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20181204
最新の会津若松LIVE (貴重版。UPしてくれた方に感謝です)
このはさん 2018.11.25 会津若松 volume 松本英子『Squall(スコール)』
nana-musicでもUPしていた「Squall」(松本英子/福山雅治)
ほんとにいい曲探してくると思う。
シンプルなアコギ1本のバックだけに、よけいに声色が映える。
ロングトーンが少なく、本来ビブラートをかけにくい歌だと思うが、立ち上がりの速いビブラートがしっかりかかっている。
1音1音が艶やかに粒立っていて説得力十分。
音のつかみ方でなにか得たものがあるのかも・・・。
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20181213
さらに最新の大田原市での応援パフォーマンス(12/9)。(これまたレア動画で、UPしてくれた方にただただ感謝です)
涙そうそう 2018.12.9 栃木県大田原市/ハルハナコンサート
熊田このはさん 2018.12.9 栃木県大田原市 夏川りみ「涙そうそう」
涙そうそう Leaf Bell ※昨年(2017夏)のLIVE
1年半前のLeaf Bellのテイクも凄いと思ったが、さらに魅力を加えた感じがする。
歌い方に余裕が出てきて、声色が優しくなっていると思う。
このたおやかな声の伸びと1/fゆらぎ。現時点で他に出せる歌い手が思いつかない。
これはまったくの憶測だが、以前は自分の才能をもてあましている感じがあった(これはこれで得難い魅力だったが)が、ここにきて、自身の才能の活かし方を掴みつつある感じか??
以前、「声を思いっきりぶつけていった方がいいテイクになるような気がする」という、超独断的なコメントしたけど、いまはもう、このようにコントロールされた歌声の方が完成度が高いと思う。
熊田このは - Time goes by Every Little Thing
↑テリー伊藤氏のカラバトのコメント「声が切ないですよね。これがやっぱ彼女の一番の魅力でひたむきな感じがするから、何を歌わせても彼女の世界がある。」
さすがはテリー氏、これはほんとにいえてると思うが、このところ、とくにこの「切なさ」に磨きがかかっているような感じがする。
(ふつう透明感あるハイトーン女性Vo.は「作業用」に最適だが、このはちゃんの歌はフックがありすぎて気をとられ、「作業用」にならぬ(笑))
それにしても「切なさ」にあふれた声質をもちながら、聴き手をポジティブな心持ちに導いていくこの歌声。やっぱり比類のないものだと思う。
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2019/01/20(日) 溝ノ口劇場で二木蒼生さんとの共演LIVE、予約受付中です。(12/30時点)
→ 詳細
(すでに完売しています。)
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20181231
2018/12/28 The BAND NIGHT Vol.2 ESAKA MUSE(大阪)のLIVE、UPいただきました。
感謝です。
「サクラ色」(アンジェラ・アキ)
アンジェラ・アキの超難曲に立ち向かうこのはちゃん。しかも生バンドサポート。
バンドのフロントに立ってもまったく臆していない。
生バンドバックだと、その音圧に負けてニュアンス出し的な歌い方に逃げる人多いが、いつもながらの真っ向勝負。
しかもリズムへの乗り方が抜群に巧い。抜けのよいスネアの上でこのはちゃんのハイトーンが映える映える!(この曲に限らず、からだの揺れを裏拍でとっている感じがある。)
この子はかねがね絶対リズム感もっているのでは? と感じていたけど、本当にそうかもしれぬ ※
(リズム感があるからUP曲が多くなり、リズム感に不安があるからバラードに向かう、というのはいかにもありそうな話だけど嘘だよ。むしろ、もっともリズム感求められるのはバラードかもしれぬ。)
3:22「ふるさと」~の声の乗り、以前よりさらに強い声が出ていると思う。
聴き手の感情を揺さぶる、聴き流しをさせない声。
「Gifts」 (Superfly)
さっき、紅白で歌ってたけど、声の艶は越智さんを越えているかも・・・。
「ずっと、ふたりで」 (家入レオ)
以前nanaで歌っていた曲で、曲調的にすごく合っていると思う。
歌い出しから序々に声のトーンを調整。2:00~位から完全に波に乗り、2:56~からはトップギア的な・・・。
2:56~からの声の出方は圧倒的で、バンドを従えている感じがある。
歌い振りはむしろ淡々としていて必ずしもエモーショナルっぽくないのに、紡ぎ出される声色はただただ聴き手の心を打つ。
これが「このはワールド」?
しかし、これが高1の女の子のLIVEって・・・ (再)
※絶対リズム感の件
熊田このは「花束を君に (宇多田ヒカル)」2017/01/08 Beautiful Girls Vol.7
この難曲で、このリズムキープはただごとじゃない。
この曲、歌ってみた系ではたいていベタッとした語り系の歌い方になってる。ここまで跳ねている「花束を君に」は聴いたことがない。
これが「このはマジック」・・・?
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■このはちゃんLIVE情報2件
2月17日(日)
熊田このは 原藤由衣 ツーマンライブ
@溝ノ口劇場
11:00 開場
11:30 開演
🎟3,400円 + 1d(600円)
予約は1月17日(木)19:00〜
@Konoha__staff__ のDMで受け付け
※1/19時点で残席14席だそうです。売れ行き速し!
※1/20時点でソールドアウトとのこと。
https://twitter.com/konohakumada/status/1083647355809718272
美声ソプラノ2人の競演。これは歴史に残るかも・・・。
■「未来へ」(カラバト)
原藤由衣ちゃん
熊田このはちゃん
→twitter
3月30日(土)
Melody Line〜はじまりのうた〜
玉木聖愛/富金原佑菜/三阪咲/熊田このは/and more?
@池袋オペラハウス
時間未定
一般¥3,500 学生¥3,000
(ペア割¥500引き/トリオ割¥1,000引き)
Ticket
①各出演者&Melody Line会場
手売りチケット
②公式取り置き予約フォーム
http://docs.google.com/forms/d/e/1FAI
入場順①→② 200人限定!!!
※こちらも1/19時点で残席少ない模様です。
https://twitter.com/melody_line2016
個性派4人の競演。こちらも見逃せず。
→黄金の世代?(カラバトU-18が強い件)
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20190120
二木蒼生さんとの共演LIVE(@溝ノ口劇場)、みてきました。


このはちゃんのLIVEは2度目。
今回は、PAのバランスがよく、このはちゃんの声がよく通っていた。
このはちゃんの声は艶やかにうるおって、いつにも増して素晴らしかった。
「いつまでも聴いていたい感」は、おそらく前回以上だったと思う。
全体に表情が活き活きとして、楽しそうだった。
二木蒼生さんとのやりとりもほのぼの(笑)
二木蒼生さんもオリジナル曲メインにダンスをまじえて熱演。
見応えのあるいいLIVEでした。
噂に聞いていた初オリジナル曲の「手と手」。
綺麗なメロディラインでこのはちゃんにぴったり。歌詞もナイスな名曲だと思う。
CD化するとしたら、アレンジがポイントかも・・・。
いずれにしてもこれから楽しみ。
一番印象に残ったのは、マル秘オファーが出ているのであまり具体的にはいえないけど、70年代の某フォークソング(ニューミュージックか?)の名曲。
このはちゃんは、歌以外に気をとられざるを得ないシチュエーションだったのだが、この声色が出色だった。
ニュアンス的には前回↑の「輝く未来(塔の上のラプンツェル)」に近いかな?
シンプルで飾りはないけど、すこぶるヒーリングなボイスが炸裂。
素の声?で歌って、こんなパフォーマンスできる歌い手って滅多にいないと思う。
(こういう声は、(たぶん)練習して出せるものじゃない。まさに天性のもの。)
意識的にこういう声ちりばめていくと、さらに凄いことになるかも・・・。
この子のLIVEってホントに新発見だらけで、面白いことこのうえなし。
2月も3月も当然のことながらチケットキープしたし・・・(笑)
セトリ曲については、きっと腕利きのみなさんに動画UPしていただけると思うので、それをみてまた感想をば、述べさせていただきます。
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20190121
早速に動画UPしていただきました。ありがたいことです。
瑠璃色の地球 / あおいとこのはのスペシャルステージ(2019.01.20)
この曲、リーフベルコンサート(2017.8.5)でも素晴らしいハイトーンを聴かせてくれたけど、声に優しさと余裕が加わってスケール感が増しているような感じがする。
そして感情を乗っけられる音域がさらに広がっている感じも・・・。
あふれ出る1/fゆらぎ。これって絶対セラピー効果あると思うよ(笑)
YELL / あおいとこのはのスペシャルステージ(2019.01.20)
この曲は会場でもとくに声が乗っているような気がしたけど、やっぱりいいテイクだと思う。
君の名は希望 / あおいとこのはのスペシャルステージ(2019.01.20)
おっと乃木坂!
こういう広がりのあるメジャー系のMid~Up曲、やっぱり向いていると思う。
このはちゃんの振り、しなやかで、メリハリもあって上手い!
蒼生さん、綺麗な高音持っているのに、ところどころ裏メロとってサポートしてくれてる。
プロローグ / あおいとこのはのスペシャルステージ(2019.01.20)
※この動画、すばらしく音質がいいです。
12月に@カラオケノンマイクVers.をtwitterで公開し、ファンのどぎもを抜いた曲↓
プロローグ。
声のふくらみが増しているのに、まったく損なわれていない透明感。
そして揺るぎのない安定感。”間”のとり方がさらに巧くなっている感じかな・・・。
この曲、ボカロ的な音使いだと思う。このはちゃんのスーパーボイスでボカロの難曲撃破してほしい(笑)
動画で聴き返してもやっぱり面白すぎ。
2/17のwith/原藤由衣ちゃん、本当に歴史的なギグになるかも・・・。
6へつづく
1/fゆらぎ?(熊田このは)-1
1/fゆらぎ?(熊田このは)-2
1/fゆらぎ?(熊田このは)-3
1/fゆらぎ?(熊田このは)-4
1/fゆらぎ?(熊田このは)-5
1/fゆらぎ?(熊田このは)-6
黄金の世代?(カラバトU-18が強い件)
7曲の「You Raise Me Up」(熊田このは)
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■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ 1983年洋楽ピーク説
6へつづく
2019/07/02UP
6/30のJOYSOUND全国カラオケ大会(決勝)で、このはちゃん、昨年につづいて10位以内入賞とのこと。
ぶれない実力、さすがだと思う。
当日、YouTubeでLIVE中継してたみたいだけど、全然知らなくて見逃した(泣)
歌ったのはアンジェラ・アキの「サクラ色」。
この場でこの超難曲選んで入賞する実力の冴え、やっぱりおそるべし!
サクラ色【熊田このは】/JOYSOUND全国カラオケ大会_20190630
UPしていただいた動画がみつかったので、追加します。
ゆったりとしたテンポのサクラ色を丁寧に歌い上げている。
歌だけじゃない。仕草、表情も含めたすべてが聴き手のこころを打つ。
↑ 2018/12/28の「サクラ色」
いろいろな歌い方をもっていることがわかる。
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2019/07/01UP
6/28の「Yuki Kajiura LIVE TOUR vol.#15 〜Soundtrack Special at the Amphitheater〜」千葉公演(市川市文化会館)、行ってきました。

FictionJunctionのLIVEは、実は初めてだけど、やっぱり凄かった。
VocalもだけどInst陣が実力派揃い!
WAKANAのかわりにJoelle(ジョエル)が入ってどうかな~と思ったけど、予想以上に健闘してたと思う。
さすがにSound Horizonで場数を踏んでいるだけのことある。
ただ、あくまでも個人的な感想だけどKAORIのハイトーンとぶつかっている感じがした。
(WAKANAもKAORIと音域がかぶるけど、声質が違うので巧く棲み分け、というかシナジーを出していた感じがする。)
ゲストの笠原 由里(新南田 ゆり)さんの声量やハイトーンはもの凄かった。でもオペラ。ステージで「天上人」と呼ばれていた意味が何となくわかるような気がする。
セトリについてはちと不満が残った。最新?の「Fate/stay night」からの選曲がメインで、ハイテンションでアップテンポのバトル曲が多かった。(コーラスというより、ユニゾン的に聴こえた。)
アンコール前の「i reach for the sun」は凄くよかったけど、これと同系の曲がもっと聴きたかった。
それと、なぜか閉演後にメロディーだけ流れてたけど、やっぱりアンコールには「Everlasting Songs」が欲しかった気がする。
などと、つらつら思いながらも「この場でこのはちゃんが歌ったら、どういうことになるんだろう。このパートだったらどういう捌きをするんだろう?」なぞということをず~っと考えていた。
やはり、生バンドで、そして実力ある方々とコラボしてほしい!
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2019/05/11UP
梶浦由記さんのFictionJunctionのLIVE、本日発売でチケットとれたので6/28行ってきます。
個人的にはオリンピックの音楽プロデュース、一番やってほしかった人。
これにkalafina(今年3月に惜しくも解散)のメンバーが絡むわけだから、悪かろう筈なし。
ハイトーン女性ボーカルのプロデュースに入ったら敵なしの人だけに、個人的にはカラバトU-18の面々(優衣ちゃん、杏奈ちゃん、彩加ちゃん、このはちゃん)と一度でいいからコラボしてほしい。
そんなこともふまえつつ、じっくり聴いてみたいと思います。
FictionJunction - Everlasting Songs
全員が楽勝でリードとれる実力をもちながら、裏メロやコーラスに回って紡ぎだす極上の音色!
ユニゾンさえハモリに聴こえる声色のオリジナリティ。
ニコ動のコメント群がこのLIVE(曲)の凄さを物語っている。
〔 Solo Parts 〕
0:28~ / 3:45~ 貝田由里子
0:57~ / 4:15~ KAORI (織田かおり)
2:50~ / 6:26~ KEIKO (窪田啓子)
3:17~ / 6:56~ WAKANA (大滝若菜)
ちと古いけどもう1曲。
Sound Horizonとの神コラボ。
Revo & 梶浦由記 DreamPort 「砂塵の彼方へ・・・」
豪華!のひとこと。
梶浦さん、じつは美声の持ち主(5:45~)。だから歌姫たちの才能の引き出し方が巧いのかもしれぬ。
U-18でこういうのやったらどうなるかな。凄いことになる予感も・・・。
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20190507UP
4/29(祝)、熊田このはちゃん&富金原佑菜ちゃんのツーマンLIVE(@溝ノ口劇場)、
行ってきました。

両者対照的な歌い振りで、凄く面白い内容だった。
このはちゃんは、表現力がさらにスケールアップしていて、聴き手のこころをしっかり掴みにくる感じかな・・・。
今回はとくに「いつまでも聴いていたい感」がハンパなかった。
繰り返しますが、この子まだ高2(16歳)ですけども・・・。
今回もありがたいことに動画UPしていただいているので、動画をリンクしつつご紹介します。
熊田このは アイノカタチ / MISIA
中低音の力感が増して、声の艶はもはや凄絶の域。
熊田このは もののけ姫
心地よくゆらぎを帯びた比類なきスーパーソプラノ。
ハイトーンになるにつれ、声の艶と音圧が増す「このはマジック」は健在だった!
熊田このは 月光 / 鬼束ちひろ
この曲も完璧に「このはオリジナル」にしていると思う。
→ Love Of My Life / QUEEN
やっぱりこのはちゃん洋楽巧い!
たぶんリエゾン(リンキング)や裏拍の勘どころがいいのだと思う。
こういう透明感と情感を併せもったハイトーンの歌い手って、洋楽の世界でもあまりいないかも。
個人的には、オリンピックの公式イベントでリードとれるレベルだと思っている・・・。
【富金原佑菜ちゃんとのデュエット曲】
このはちゃんが佑菜ちゃんに刺激を受けている感じか・・・。
おのおの異なる声色で、2人の声が合わさったときの深みが凄い。
熊田このは & 富金原佑菜 泣き出しそうだよ / RADWIMPS feat.あいみょん
ハイトーンの男性Voと中低音域のニュアンスに優れた女性VoのバトルがミソのgroovyなR&B。
しかし、よくこんな曲もってきたな・・・(笑)
この曲、どこまで崩して歌えるかがポイントだと思う。
その点からすると端正な歌いぶりのこのはちゃんよりも、縦横無尽に歌い崩せる佑菜ちゃんに分があるようにも感じる。
でも、この手の曲で真価が発揮できるのはきっともっと先だから、無理をしないでじっくり開花させていけばいいと思う。
熊田このは & 富金原佑菜 打上花火 DAOKO X 米津玄師
ボカロ的リズム&メロディ。
こういうのが歌いこなせるから、「黄金の世代?」は強い。
佑菜ちゃん、かわいい顔してあっさりコラボ相手を喰ってしまうこと多いけど、このはちゃん相手ではそうはいかんぞぇ(笑)
(この曲でも、このはちゃんじゃなかったら完璧に喰われてると思う。)
しかし、こういう曲聴くと、このはちゃんのリズムの掴みやっぱり凄いわ。
変拍子だろうがブレイクだろうがあっさりこなしてしまう感じがする。というか、そういう曲の方が真価を発揮するのでは?
それに、滑舌求められる譜割りのなかでこの声の伸びっていったいどゆこと?
ボカロ曲カバーという行き方もあるのやもしれぬ。
■ @ゆいこんぬ - bouquet(歌ってみた)
こういう曲、たぶん思いっきりはまると思う・・・。
ゆっくり、あわてず進んでいけばいいと思う。
この才能。音楽の神様はきっと見守っているから・・・。
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4/29(祝)@溝ノ口劇場
富金原佑菜ちゃんとのツーマンLIVE
Webチラシ
↓こういうレベルのパフォーマンスが楽しめるはずです。
これは見逃せないかと・・・。
(残席あとすこしあるそうです。)
富金原佑菜 - 側にいて
熊田このは - 涙そうそう
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2019/03/30UP
本日(3/30)の「Melody Line〜はじまりのうた〜」(@池袋オペラハウス)、行ってきました。
あの会場に250名は、さすがに詰め込み過ぎかな??
でも、気になってた富金原佑菜ちゃん、三阪咲ちゃんの生歌も聴けて満足。
だれがいいとか巧いとかじゃなく、それぞれが独自の持ち味をもっていてその持ち味をしっかり打ち出していた感じかな。

雑踏状態だったので、この程度の写真しかとれませんでした。
【このはちゃんのセトリ】
1.プロローグ
2.なごり雪
3.桜坂
4.時代
5.素顔
6.明日への手紙
7.奏
3.4.7がとくによかった。
声の切なさにさらに磨きがかかっているような気がする。
もう、何を歌っても「このはワールド」状態では。
個人的にはだけど、UP曲とカラオケの曲を1~2曲混ぜてたらベストだった様な感じも・・・。
溝ノ口劇場より、はるかに客層が若かった。
この客層に、このはちゃんの透明感あふれるバラードがどのように届いているのだろう。
(音楽聴き込んできたおっさん連中は、おそらく抗うすべはないが・・・(笑))
富金原佑菜ちゃんとはある意味対照的なので、
4/29のLIVEも楽しめそうです。
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なにこれ? ↓
U-18歌うま甲子園 平成最後の頂上決戦(4/14放送予定)って、
このはちゃん出ないなら頂上決戦にならないじゃん。
【このはちゃんの戦歴】
■ U-18歌うま甲子園 春の選抜新人戦(2017年3月29日放送)
予選 / 未来へ(kiroro) 99.433
決勝 / YELL(いきものがかり) 99.102
■ U-18歌うま甲子園(2017年8月23日放送)
予選 / 見えないスタート(BENI) 99.571
決勝 / ひまわりの約束 (秦基博) 99.702
■ 2017年間チャンピオン決定戦4時間SP(2017年10月18日放送)
予選 / 生きてこそ(Kiroro) 99.472
決勝 / 心の瞳(坂本九) 98.825
■ U-18歌うま大甲子園 最強王座決定戦(2018年1月4日放送)
予選 / CAN YOU CELEBRATE?(安室奈美恵) 99.839
■ U-18歌うま甲子園 四天王争奪戦(2018年2月21日放送)
予選 / Time goes by(Every Little Thing) 99.711
決勝 / 明日はどこから(松たか子) 99.037
■ 2018春のグランプリ4時間SP(2018年3月28日放送)
予選 / サクラ ~卒業できなかった君へ(半崎美子) 99.161
■ U-18歌うま甲子園(2018年6月18日放送)
予選 / M(PRINCESS PRINCESS) 99.666
■ U-18歌うま甲子園(2018年9月12日放送)
予選 / Goodbye Yesterday(今井美樹) 99.397
■ U-18歌うま甲子園2018頂上決戦(2018年11月21日放送)
予選 / Precious(伊藤由奈) 99.587
おそらく13回歌って、99.5以上6回、99.0以上6回、99.0未満わずかに1回。
平均得点99.423。
2017年10月18日の98.825が最低点で、これが99点に乗ってたら13回連続99点台。
この戦歴を無視することは、カラバトのアイデンティティ自己否定だから、このはちゃんサイドの理由だと思うが、このところ声の深みが増しているし、↓の福魂祭の「月光」でも凄い声色聴かせてくれたので、今回はとくに期待大だっただけに残念。
「糸」(2016/08/20)
でも、このところ凄いスケジュールこなしてたみたいなので、このへんで一息つくのもいいかも・・・。
カラバトだけが歌の舞台じゃないし。
でも、カラバトさん、まさか今回のでU-18四天王決めるわけないよね?
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3/11、福島の「福魂祭」(東日本大震災復興イベント)でオープニングの大役をつとめる。
Ohoooo‐くんのTweetで一瞬聴けます。
一気に大人びて、中音域の力感が凄い。発声がスケールアップした感じ。
この歌い方身につけていれば、もはや無敵では?
富金原佑菜ちゃんや三阪咲ちゃんとのバトル含み(?)の3/30が楽しみ。
(前編(4)はこちら)
20190218 1:30AM

熊田このは&原藤由衣 ツーマンライブ@溝ノ口劇場 →チラシ
行ってきました。
仕事が超テンパってたので、10時の入場抽選会には間に合わないは、交流会&物販の前にとんずらするはの不良ファンです(笑)

よかったですよ。やっぱり予想以上に・・・。(PAもナイスだったし・・・)
徹夜明けのもーろーとした頭に、二人の美声が染みる染みる。
おかげでパワーをもらって、明日(今日か ~~;)納品の書類がなんとかさっき仕上がりました(嬉し!)
20190219
動画UP、ありがとうございます。
今回の関係者さんのUP動画、ライン録りかと思うほど音質がいいです(画質もですが・・・)
素晴らしいです!
こちらにも→(黄金の世代?(カラバトU-18が強い件))リンクさせていただきました。
それでは、感想をば。
↓(-----の中は、動画確認する前の個人的インプレッションです。)
熊田このは 「Squall」 (松本英子)
このはちゃんの声色、ますます深み(というか響き)が増しているような気がする。
倍音がパワーアップしているのかも。
今回は、ほとんど全曲聴きどころだったのだが、とくにBreak Free(Ariana Grande)と原藤由衣ちゃんとのデュエット曲かな。
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Break Freeは以前、→こちらでUPされていて、どぎもを抜かれたのだが、まさかLIVEで演ると思わんかった。
やっぱりこのはちゃん「絶対リズム感」もっているのでは?
リズムの上で跳ねるスーパーハイトーン、心地よいことこの上なし!
やっぱり洋楽のこなしすこぶる巧いと思う。
前回課題(笑)のフォーク曲、今回は成功!
あいかわらずこの曲のこのはちゃんのヒーリングボイス、出色。
オリジナルの「手と手」は、やっぱりいい曲だと思う。リズムセクションのアレンジが鍵になるような感じかな?(あくまでも個人的に、ですが・・・)
そしてそして、注目のデュエット。
由衣ちゃんはどちらかというとストレートな「歌のお姉さん」声のように感じてたけど、生で聴くと全然ちがう。(今回、なんと初LIVEだそう)
いろんな声色もっているし、音圧が凄い。ビブラートもカラバトより全然効いていたような・・・。
デュエット1曲目はひょっとして、このはちゃんが裏(低音)とっていたような・・・。
これはちょっと信じられない的展開。(最強ソプラノデュオでは?)
------------------------ (以上20190218 1:30AM)
熊田このは・原藤由衣 / 思い出せない花 (フレンチ・キス)/ このは・由衣2マンライブ
> このはちゃんが裏(低音)とっていたような・・・。
嘘でした(笑)
これは一部主旋律の方が低い。だから裏はとってないか・・・。
でも2:31~の「こんなに君を愛しているのに」~は、このはちゃんが低音の裏かもしれぬ。
こういうかたちで、このはちゃんの上(高音)をとれる歌い手はそうそういないと思う。
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2曲目からアンコール(これもデュエット(さよなら大好きな人))にかけて、このはちゃんのハイトーンの出方がハンパなかった。
初LIVEで健闘する由衣ちゃんに触発されて、爆発(笑)したようにもみえた。
------------------------ (以上20190218 1:30AM)
原藤由衣&熊田このは 「GO FOR IT !!」(西野カナ)
ふつう、2:38の「いつか~」のハイトーンで渡されるとかなりきついと思うが、このはちゃん、これをあっさり引き継いで、さらにハイトーンにもっていってる。
全曲超ハイトーンでの展開だが、どちらも余裕残して歌っているところが”スーパーソプラノ”の面目躍如か・・・。
今回のこのはちゃん、UP曲がすごく光っていた。
なにか、天性のリズム感が開花している感じがする。
熊田このはさん 原藤由衣さん 2019.2.17 溝ノ口劇場 花★花「さよなら大好きな人」
原藤由衣&熊田このは 「さよなら大好きな人」
原曲よりピッチが高い。
同じハイトーンでも、個性のちがいがよくわかる。
由衣ちゃんは穏やかで包み込むようなハイトーン。
このはちゃんは伸びやかに広がっていくハイトーンだと思う。
> 初LIVEで健闘する由衣ちゃんに触発されて、爆発(笑)したようにもみえた。
これもちょっと違うと思う(笑)
厚みのある由衣ちゃんの声とのコントラストをつけるため、とくに広がりのある発声をしていた感じがする。
それにしても、このはちゃんのこういう声の、艶、伸び、広がり、天下一品だと思う。
そうは聴けない、スーパーソプラノデュエットでした。
花*花 - さよなら大好きな人
20190221
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本日放送のカラバト「U-18歌うま甲子園 新人王決定戦」、録画したやつを先ほどまで視ていました。
原藤由衣ちゃん、優勝おめでとう。(そして100点も)
その勢いと自信が、↑のLIVEでも出ていたような気がする。
【決勝曲】原藤由衣「Alone (岡本真夜)」2019/02/17 konoha&yui 天使のハーモニー 溝ノ口劇場
今回のカラバトは、いろいろと思うところがありました。
まずは、音のぶつけ方。
たぶん現行採点機は、声量の評価点が高くなっていると思う。
だから、基本的には音をぶつける(声量を出していく)歌い方で、ときおりピアニシモ系を交えた方が、抑揚も含めて高得点がとれるような感じがする。
ビブラートは、原藤由衣ちゃん、今回ボックスB-1で100点出したので(たぶん初めてだと思う)、むりくりB-2を追求することはないのでは。
やっぱり、B-2は低音部分でとっている感じがあるので、ハイトーン系の歌手では、しっかりかかっていてもB-1に振れるのだと思う。
梅谷心愛ちゃん、凄く伸びてきているし(100点にはびっくり)、馬場亜衣里ちゃんもいいパフォーマンスしていたと思う。
でも、いまのこのはちゃんならば大丈夫。勝機は断然あると思うよ。
聴き手の心を動かす声の力は、四天王含めてもやっぱりピカ一だと思うし。
熊田このは「I believe (絢香)」2019/02/17 konoha&yui 天使のハーモニー 溝ノ口劇場
声にメリハリ(切れ)と力感が加わって説得力十分。聴き手を元気づけられる声。
熊田このは「明日への手紙 (手嶌葵)」2019/02/17 konoha&yui 天使のハーモニー 溝ノ口劇場
天から降ってくるような透明感。そしてあふれ出る1/fゆらぎ。
やっぱりこの曲はまりすぎ。
2:55あたり(ライトが青からグリーンに変わるあたり)からラストにかけてのハイトーン、凄い凄い!
衒いのない素直な歌いぶりなのに、一音一音が心に響く。
こんなの他の誰にもできないと思う。もっともっと聴きたい!(笑)
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2018/11/03 バースデーLIVE 関連を独立してUPします。
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11月3日(土)、このはちゃん誕生日LIVEが決定!
guest★上野友梨奈さん、西岡龍生くん
🎠11:00open/11:30start
🎟3000円+1d(600円)
🏹溝ノ口劇場(神奈川県川崎市)
◾︎ご予約9月15日(土)昼12時〜
@Konoha__staff__ までDMでお願いします
詳細は→こちら
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2018/09/22
「予定枚数に達しましたので、予約を終了しました。本当にありがとうございました🙇♀️
(キャンセル待ち数名様受付致します)」とのことです。↓
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2018/10/31
本日のカラバト視ててまたも思った。
いまのU-18の常連のレベルがあまりに高すぎるということを・・・。
このはちゃんの場合、女性に限っても、
すこし上に堀優衣ちゃんと佐々木麻衣ちゃん、すこし下に鈴木杏奈ちゃんに佐久間彩加ちゃんと、いずれも声質とテクを兼ね備えた逸材に完全包囲されている。
彼女たちの場合、調子くずして降りてきても99点台前半止まりで、98点台はまず出さない。(このはちゃんもわたしの記憶の限りでは、98点台は1回(98.825点)しか出していないと思う。)
他の世代(トップ7以外)をみると、たいていは98点台以下で、はまりにはまっても99.3点台程度。
なので、U-18トップ陣の最低ラインとその他の世代の最高ラインが99点台前半でラップしている構図となっている。
サッカーでも体操でも「黄金の世代」とよばれる一世を風靡した世代があったが、歌の世界でもそういうものがあるのだと思う。
それにしてもこの実力を持ちながら、U-18四天王未制覇はナゾ。
個人的には資質じたいはU-18でも文句なくトップだと思っているので、一旦ツボにはまって四天王入りしたら、その座は卒業までもう譲らないのでは・・・。
11/21に「Precious」で参戦。
予告
U-18四天王全員参戦でハードな戦いになると思う。
ただ、勝負云々よりTVで視れることがうれしい。
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2018/11/03

溝ノ口劇場。はじめての生このはちゃん。
う~ん、予想どおり(というか予想以上に)凄い!
今年1月、イオンレイクタウンでカラバトTOP7の面々、生で聴いたけど、
PAや音響の状況差し引いても、やっぱりこの子の声質、ピカ一だと思う。

後半、9/12のカラバトで歌った「Goodbye Yesterday」をアコギ1本のバックで再演。
今日のはサビに力感しっかり乗っていて、とてもいい出来だったと思う。
ゲストの上野友梨奈さん、西岡龍生くんもいいパフォーマンスしてくれていて、
ほのぼのといいライブでした。
東京周辺でライブあれば、絶対また行くと思う。(チケットとれればじゃが・・・)
生で聴いてみると、思っていた以上に中音域の声が深い。
そこから展開するハイトーンへの伸び上がりは想像以上の絶品。
そして、ハンパない「いつまでも聴いていたい感」。
やっぱり絶対1/fゆらぎ(&倍音)出ていると思う。
誰のまねでもない。誰にも似ていない。「熊田このは」というオリジナルのフォーマット。
ひょっとすると、これまで誰も試みていないポップミュージックへのアプローチをしているのかもしれず・・・。
まさしくOne and Onlyのハイトーンボイスだと思う。
おそらく楽譜どおりに歌い綴るより、アドリブやスキャットを交えて真価を発揮する天才肌の歌い手。だからカラバトでの勝負の仕方に迷いがあるのかも。
(ドラムス&ベースのみのリズムセクション・リフの上で舞い踊るこのはちゃんの美声、想像するだによさげだし・・・。バラード曲が多いけど、グルーヴ感あるミディアム曲もお手のものでは?
→実例(Break Free / Ariana Grande))
ミディアムでは、こんな名唱も・・・。
Endless Story (Yuna Ito)
170827 熊田このはちゃん ENDLESS STORY
※2017.8.27東京・小岩でのジョイントライブ
前にも書いたけど、声楽のニュアンス入っていながら、絶妙なところでPOPSとバランスして、声楽にありがちな飽きがこない。いそうでいない稀少なポジショニングだと思う。
ソプラノとコラボしたら天下一品の葉加瀬太郎氏。このはちゃんと演ったらすごいことになるかも・・・。
Akiko Shikata/志方あきこ- Ave Maria
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11/3の、きっとどなたかが動画UPしてくれると思うので、じっくり聴き返してまたUPします。
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2018/11/06
やっぱり動画UPしていただけました。ありがたいことです。
Goodbye Yesterday / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
9/12カラバトとくらべて明らかにサビの力感が増している。そしてビブラートの効きも。
今井美樹とはちがう解釈で歌い上げている感じがある。これが「このはオリジナル」?
さよならの夏 ~コクリコ坂から / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
このはちゃん、あまりマイナー調の曲歌わないけど、がっつり歌い込んだときの情感の入り方たるや・・・。
熊田このは & 上野友梨奈 & 西岡龍生 「いのちの歌」 / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
ゲストのおふたりからの最高の誕生日プレゼントかも。
愛は花、君はその種子 / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
たおやかな歌いぶり。そして降りそそぐ1/fゆらぎ。
このはビブ(中周期弱振幅ビブラート)から一旦はなれ、ビブラートに頼らないニュアンス(表現力)を身につけてからこのはビブを戻して歌い上げた感じか?
どこまで進化するのか、すでに想像の域を超えている。
※正月に声楽をやっている人と話をしたとき、声楽では一旦持って生まれたビブラート?を矯正するレッスン方法があるとのこと。(「(声を)のばす」という表現をされていた。)
ただし、この場合、矯正の対象となるのは、トレモロ(顫音/不安定で不規則なゆらぎ)やいわゆる「ちりめんビブ」(どちらもカラバトだと、A-1~3やひし型などの評価のつくもの)で、横隔膜ビブラート(震音、カラバトだとB-1~2でボックス型の評価がつきやすいと思う)は対象にならないような気もする。(想像ですが・・・)
しっかりとした横隔膜ビブラート(震音)を持つと思われるこのはちゃんが、一旦ビブラートから離れたのは、あまりにも強力な「このはビブ」に頼りすぎず、地力(とくに表現力)をつけるためではないかと勝手に想像している。(矯正の対象になったのであれば、ビブラートが戻ってきたことの説明がつかない。)
また、横隔膜ビブラートは音程やリズムの不安定さをカバーしてしまう効果がある(&カラオケ採点機さえも、ときにこれにだまされる)と感じているので、ノンビブのロングトーンはとくに精緻さを問われるところ。
このはちゃんは一時、ノンビブのロングトーンを多用していたけど、これによって正確性がさらに増したような感じがする。
本格的な横隔膜ビブラートは「意識しなくても自然にかかってしまう」ものらしいので、これをあえて(意識して)外していたとしたら、相当にきびしかったのでは?
(以上、すべて個人的かつ勝手な憶測です。念のため。)
熊田このは & 西岡龍生「輝く未来(塔の上のラプンツェル)」 / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
この曲はひときわよかった。これまで聴いたなかではもっとも優しい声では?(個人的には、ハイトーン系女性ボーカルとしてはほとんど理想に近い声色。)
「歌っていてしあわせ」的な表情が戻っているのがなにより。
2:54~の「特別な夜~」の美声! この歌い方持ってればアニソン系も軽いと思うよ。
Precious / 熊田このは・バースデーLIVE(2018/11/03/溝ノ口劇場)
この曲はこのはちゃんの声質や唱法によく合っていると思う。
オケが強すぎるのがちと残念だけど、デリケートな節回しを要求される難曲を余裕をもってこなしている。
「輝く未来」でも聴けたが、ところどころで絶妙に一拍おいて打ち込んでくる歌い方(タメとは違う)をしていて、これが歌声のキレをつくりだしている。
こういうのは、抜群のリズム感がないとできないワザだと思う。
エンドにかけてのスキャット、音を選ぶセンスはさすが。それにしてもこれが高1の女の子のLIVE?
熊田このは「precious」(伊藤由奈)
音質補正版? ヴォーカルとオケのバランスが落ち着いて、このはちゃんの美声全開。
音程もリズムも究極的に安定、透明感あふれる声質なのになぜかやたらにスリリング。
曲ごと(というか音節ごと)にニュアンスを変えていて聴きどころ満載。こんなに面白いライブはそうそう聴けるものではないと思う。
Precious / 2015年時点
3年間で声の艶とニュアンステクに磨きがかかっていることがわかる。
このときの「このはビブ」もすごいけど。
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2018/11/21
本日放映のカラオケバトル。
劇的な予選敗退を喫してしまったこのはちゃん。
熊田このは「Precious」(伊藤由奈)
でも、出来じたいはかなりよかったと思う。
前半「決めた」のところでの赤1かな??
(ここらへん、ものすごく節回しがデリケートで、バー出てなければぜんぜんわからんかった。ほとんど紙一重の世界。)
後半、とくに「信じよう~」からはほとんどパーフェクトな仕上がりで、もっと歌わせてもらえたら、ロングトーン&ビブラートを5星に引き上げ、裏加点をさらに加えて点数をアップしていたと思う。
2018/02/11の「CAN YOU CELEBRATE?」(会場機械採点100.000) →A
前々回(6/20)の「M」(99.666) →B
前回(9/12)の「Goodbye Yesterday」(99.397) →C
今回(11/21)の「Precious」(99.587) →D
表現力:A 97点/B 99点/C 96点/D 97点
正確率:A 97%/B 95%/C 99%/D 95%
抑揚 :A 88点/B 100点/C 84点/C 92点
ロングトーン:A 5星/B 4.5星/C 4.5星/D 4.5星
しゃくり:A 34回/B 29回/C 41回/D 21回
こぶし:A 5回/B 12回/C 10回/D 13回
ビブラート:
A 41秒 54回 上手さ4.5(ボックスB1)
B 8秒 9回 上手さ4.0(ボックスB1)
C 33秒 29回 上手さ4.5(ボックスB1)
D 75秒 74回 上手さ4.5(ボックスB1)
これをみても、正確率95%が得点に影響していた可能性が高い。
ビブラートは75秒 74回 上手さ4.5とほぼ完全に復調。
秒数と回数は同値が理想といわれるので、ほぼベストな掛かりでは?
立ち上がりの速い「このはビブ」(B-1系)にロングトーンから移行する華麗なビブラート(B-2系?)が加わって、ビブラートのバリェーションが増えていると思う。
カラバトの点数はB-2で100点が出ているケースが多いので、後者のビブラートをバランスよく使えば、より100点がとりやすくなるのでは?
(ただし、B-2系ビブとロングトーンは加点的に相反の関係があり、バランスが必要とみられている。また、B-2系は中低音で乗りやすく、ハイトーン主体のこのはちゃんでは出しにくいということもあるかも・・・。無理にB-2増やす必要はないかも。)
→ 実例?
決勝進出は逃したけど、やはり声の質や歌い込みの面白さはU-18でもピカ一だと思う。
ゲストの足立梨花さんが「色々な表現(ができる)」とコメントしていたけど、本当に縦横無尽な歌いぶり。
誰よりも1/fゆらぎ出ていたと思うし、「ずっと聴いていたい感」がハンパなかった。
今回、歌い進むにつれて調子を上げていったのはナイス。
後半~ラスト、LIVE的な感情のこもった歌い方しているのに音程はパーフェクト。これは凄い。
(「信じよう~」からのけっして長くはないパートで、小さい☆飛ばしまくり虹3黄5赤1から一気に虹9までもっていった様は圧巻!、本領発揮だと思う。)
何か掴んだような感じもあるので、次回は期待大。
まだまだ、まだまだこれからだよ!
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20181204
最新の会津若松LIVE (貴重版。UPしてくれた方に感謝です)
このはさん 2018.11.25 会津若松 volume 松本英子『Squall(スコール)』
nana-musicでもUPしていた「Squall」(松本英子/福山雅治)
ほんとにいい曲探してくると思う。
シンプルなアコギ1本のバックだけに、よけいに声色が映える。
ロングトーンが少なく、本来ビブラートをかけにくい歌だと思うが、立ち上がりの速いビブラートがしっかりかかっている。
1音1音が艶やかに粒立っていて説得力十分。
音のつかみ方でなにか得たものがあるのかも・・・。
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20181213
さらに最新の大田原市での応援パフォーマンス(12/9)。(これまたレア動画で、UPしてくれた方にただただ感謝です)
涙そうそう 2018.12.9 栃木県大田原市/ハルハナコンサート
熊田このはさん 2018.12.9 栃木県大田原市 夏川りみ「涙そうそう」
涙そうそう Leaf Bell ※昨年(2017夏)のLIVE
1年半前のLeaf Bellのテイクも凄いと思ったが、さらに魅力を加えた感じがする。
歌い方に余裕が出てきて、声色が優しくなっていると思う。
このたおやかな声の伸びと1/fゆらぎ。現時点で他に出せる歌い手が思いつかない。
これはまったくの憶測だが、以前は自分の才能をもてあましている感じがあった(これはこれで得難い魅力だったが)が、ここにきて、自身の才能の活かし方を掴みつつある感じか??
以前、「声を思いっきりぶつけていった方がいいテイクになるような気がする」という、超独断的なコメントしたけど、いまはもう、このようにコントロールされた歌声の方が完成度が高いと思う。
熊田このは - Time goes by Every Little Thing
↑テリー伊藤氏のカラバトのコメント「声が切ないですよね。これがやっぱ彼女の一番の魅力でひたむきな感じがするから、何を歌わせても彼女の世界がある。」
さすがはテリー氏、これはほんとにいえてると思うが、このところ、とくにこの「切なさ」に磨きがかかっているような感じがする。
(ふつう透明感あるハイトーン女性Vo.は「作業用」に最適だが、このはちゃんの歌はフックがありすぎて気をとられ、「作業用」にならぬ(笑))
それにしても「切なさ」にあふれた声質をもちながら、聴き手をポジティブな心持ちに導いていくこの歌声。やっぱり比類のないものだと思う。
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2019/01/20(日) 溝ノ口劇場で二木蒼生さんとの共演LIVE、予約受付中です。(12/30時点)
→ 詳細
(すでに完売しています。)
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20181231
2018/12/28 The BAND NIGHT Vol.2 ESAKA MUSE(大阪)のLIVE、UPいただきました。
感謝です。
「サクラ色」(アンジェラ・アキ)
アンジェラ・アキの超難曲に立ち向かうこのはちゃん。しかも生バンドサポート。
バンドのフロントに立ってもまったく臆していない。
生バンドバックだと、その音圧に負けてニュアンス出し的な歌い方に逃げる人多いが、いつもながらの真っ向勝負。
しかもリズムへの乗り方が抜群に巧い。抜けのよいスネアの上でこのはちゃんのハイトーンが映える映える!(この曲に限らず、からだの揺れを裏拍でとっている感じがある。)
この子はかねがね絶対リズム感もっているのでは? と感じていたけど、本当にそうかもしれぬ ※
(リズム感があるからUP曲が多くなり、リズム感に不安があるからバラードに向かう、というのはいかにもありそうな話だけど嘘だよ。むしろ、もっともリズム感求められるのはバラードかもしれぬ。)
3:22「ふるさと」~の声の乗り、以前よりさらに強い声が出ていると思う。
聴き手の感情を揺さぶる、聴き流しをさせない声。
「Gifts」 (Superfly)
さっき、紅白で歌ってたけど、声の艶は越智さんを越えているかも・・・。
「ずっと、ふたりで」 (家入レオ)
以前nanaで歌っていた曲で、曲調的にすごく合っていると思う。
歌い出しから序々に声のトーンを調整。2:00~位から完全に波に乗り、2:56~からはトップギア的な・・・。
2:56~からの声の出方は圧倒的で、バンドを従えている感じがある。
歌い振りはむしろ淡々としていて必ずしもエモーショナルっぽくないのに、紡ぎ出される声色はただただ聴き手の心を打つ。
これが「このはワールド」?
しかし、これが高1の女の子のLIVEって・・・ (再)
※絶対リズム感の件
熊田このは「花束を君に (宇多田ヒカル)」2017/01/08 Beautiful Girls Vol.7
この難曲で、このリズムキープはただごとじゃない。
この曲、歌ってみた系ではたいていベタッとした語り系の歌い方になってる。ここまで跳ねている「花束を君に」は聴いたことがない。
これが「このはマジック」・・・?
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■このはちゃんLIVE情報2件
2月17日(日)
熊田このは 原藤由衣 ツーマンライブ
@溝ノ口劇場
11:00 開場
11:30 開演
🎟3,400円 + 1d(600円)
予約は1月17日(木)19:00〜
@Konoha__staff__ のDMで受け付け
※1/19時点で残席14席だそうです。売れ行き速し!
※1/20時点でソールドアウトとのこと。
https://twitter.com/konohakumada/status/1083647355809718272
美声ソプラノ2人の競演。これは歴史に残るかも・・・。
■「未来へ」(カラバト)
原藤由衣ちゃん
熊田このはちゃん
3月30日(土)
Melody Line〜はじまりのうた〜
玉木聖愛/富金原佑菜/三阪咲/熊田このは/and more?
@池袋オペラハウス
時間未定
一般¥3,500 学生¥3,000
(ペア割¥500引き/トリオ割¥1,000引き)
Ticket
①各出演者&Melody Line会場
手売りチケット
②公式取り置き予約フォーム
http://docs.google.com/forms/d/e/1FAI
入場順①→② 200人限定!!!
※こちらも1/19時点で残席少ない模様です。
https://twitter.com/melody_line2016
個性派4人の競演。こちらも見逃せず。
→黄金の世代?(カラバトU-18が強い件)
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20190120
二木蒼生さんとの共演LIVE(@溝ノ口劇場)、みてきました。


このはちゃんのLIVEは2度目。
今回は、PAのバランスがよく、このはちゃんの声がよく通っていた。
このはちゃんの声は艶やかにうるおって、いつにも増して素晴らしかった。
「いつまでも聴いていたい感」は、おそらく前回以上だったと思う。
全体に表情が活き活きとして、楽しそうだった。
二木蒼生さんとのやりとりもほのぼの(笑)
二木蒼生さんもオリジナル曲メインにダンスをまじえて熱演。
見応えのあるいいLIVEでした。
噂に聞いていた初オリジナル曲の「手と手」。
綺麗なメロディラインでこのはちゃんにぴったり。歌詞もナイスな名曲だと思う。
CD化するとしたら、アレンジがポイントかも・・・。
いずれにしてもこれから楽しみ。
一番印象に残ったのは、マル秘オファーが出ているのであまり具体的にはいえないけど、70年代の某フォークソング(ニューミュージックか?)の名曲。
このはちゃんは、歌以外に気をとられざるを得ないシチュエーションだったのだが、この声色が出色だった。
ニュアンス的には前回↑の「輝く未来(塔の上のラプンツェル)」に近いかな?
シンプルで飾りはないけど、すこぶるヒーリングなボイスが炸裂。
素の声?で歌って、こんなパフォーマンスできる歌い手って滅多にいないと思う。
(こういう声は、(たぶん)練習して出せるものじゃない。まさに天性のもの。)
意識的にこういう声ちりばめていくと、さらに凄いことになるかも・・・。
この子のLIVEってホントに新発見だらけで、面白いことこのうえなし。
2月も3月も当然のことながらチケットキープしたし・・・(笑)
セトリ曲については、きっと腕利きのみなさんに動画UPしていただけると思うので、それをみてまた感想をば、述べさせていただきます。
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20190121
早速に動画UPしていただきました。ありがたいことです。
瑠璃色の地球 / あおいとこのはのスペシャルステージ(2019.01.20)
この曲、リーフベルコンサート(2017.8.5)でも素晴らしいハイトーンを聴かせてくれたけど、声に優しさと余裕が加わってスケール感が増しているような感じがする。
そして感情を乗っけられる音域がさらに広がっている感じも・・・。
あふれ出る1/fゆらぎ。これって絶対セラピー効果あると思うよ(笑)
YELL / あおいとこのはのスペシャルステージ(2019.01.20)
この曲は会場でもとくに声が乗っているような気がしたけど、やっぱりいいテイクだと思う。
君の名は希望 / あおいとこのはのスペシャルステージ(2019.01.20)
おっと乃木坂!
こういう広がりのあるメジャー系のMid~Up曲、やっぱり向いていると思う。
このはちゃんの振り、しなやかで、メリハリもあって上手い!
蒼生さん、綺麗な高音持っているのに、ところどころ裏メロとってサポートしてくれてる。
プロローグ / あおいとこのはのスペシャルステージ(2019.01.20)
※この動画、すばらしく音質がいいです。
12月に@カラオケノンマイクVers.をtwitterで公開し、ファンのどぎもを抜いた曲↓
プロローグ。
声のふくらみが増しているのに、まったく損なわれていない透明感。
そして揺るぎのない安定感。”間”のとり方がさらに巧くなっている感じかな・・・。
この曲、ボカロ的な音使いだと思う。このはちゃんのスーパーボイスでボカロの難曲撃破してほしい(笑)
動画で聴き返してもやっぱり面白すぎ。
2/17のwith/原藤由衣ちゃん、本当に歴史的なギグになるかも・・・。
6へつづく
1/fゆらぎ?(熊田このは)-1
1/fゆらぎ?(熊田このは)-2
1/fゆらぎ?(熊田このは)-3
1/fゆらぎ?(熊田このは)-4
1/fゆらぎ?(熊田このは)-5
1/fゆらぎ?(熊田このは)-6
黄金の世代?(カラバトU-18が強い件)
7曲の「You Raise Me Up」(熊田このは)
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■ utsuboの音楽遍歴-1 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-2 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-3 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-4 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ utsuboの音楽遍歴-5 (洋楽1983年ピーク説とカラバトU-18黄金世代説をつなぐもの)
■ 1983年洋楽ピーク説
■ 埼玉県川越市の札所と御朱印-1(中心エリア)
情報追加しました。(2019/09/04)
全面リニューアルしました。(2019/08/15)
御朱印を更に追加しました。(2019/02/25)
御朱印を更に追加しました。(2018/10/06)
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川越の御朱印はほぼほぼ拝受した気がするので(一部七福神除く)画像を交えてUPしてみます。川越は神社御朱印も多いので、こちらも併せてご紹介します。



【エリア概要】
江戸期、川越藩の城下町として繁栄した川越は戦災や震災を免れたため、多くの歴史的建造物が残る観光都市。
周辺はさつまいもの名産地で芋系グルメや鰻の名店も人気が高い。
メトロ副都心線の東急線乗り入れで城西方面や神奈川からのアクセスがよくなったこともあり、このところ観光客がさらに増えている模様。
市内各所で和風情緒を堪能できることからインバウンド客の人気も上がっている感じも・・・。

城下町だけに多くの寺社が点在し、歴代、老中格の親藩・譜代が城主を勤め「小江戸」と称されたこともあってか格式の高い寺院が目立つ。宗派は天台宗と浄土宗が多い。
パワースポットとして人気の高い川越氷川神社、川越八幡宮や天台宗の名刹喜多院など、オリジナル御朱印帳を頒布するメジャー寺社があり、御朱印デビューする観光客も多そう。
このあたりは鎌倉に似ているが、鎌倉ほどに御朱印授与に積極的な寺院は多くない印象。
目立つ寺院が非授与で、目立たない寺院が授与されたりするので結構マニアックなエリアでは?
それでも小江戸川越七福神が設定され、通年揮毫対応される寺院も多いので、かなりの御朱印を集めることができる。
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川越市の市域はけっこう広く、徒歩や周遊バスで回れる中心エリアと、車がないとアクセスがやっかいな周辺エリアでアプローチがことなるので、2エリアにわけてのご紹介です。
【中心エリア】
北は新河岸川南岸から南は国道16号まで、西は東武東上線から東は国道254線までのエリアで時間をかければ徒歩でも回れるし、周遊バスも多く運行されているので移動しやすい。
北部のメインスポットはなんといっても川越氷川神社。
縁結びの神様で、女子ごのみのイベントが催され神社カフェもあるなど、いつも若い女性やカップルなどで賑わっている。
ここで御朱印デビューする女子はかなり多いとみられる。
こちらは童謡「通りゃんせ」の舞台として知られる三芳野神社の御朱印も授与されている。
北部には授与寺がいくつかあるが、メジャー霊場の札所はなく、拝受できるタイミングも難しい感じがある。
蔵造りの家並みの西側、喜多町、元町2、末広町2、連雀町にかけては市内屈指の寺町で風格ある大寺も多いが、見立寺、蓮馨寺など小江戸川越七福神の札所をのぞいて多くが非授与の模様。
そのさらに西の末広町1、六軒町、三光町には日蓮宗寺院が点在し、御首題を授与される寺院がいくつかある。
小江戸川越七福神のひとつ(弁財天)妙昌寺では書置タイプの御首題が授与されているので、御首題デビューにはいいかも。
市内観光のハイライト、喜多院のそばには成田山川越別院本行院もあって、寺院御朱印拝受のメインエリアとなっている。この2寺は札所でもあるので札所御朱印拝領の楽しみも。
また、日枝神社や東照宮など、川越を代表する神社もこのエリアに鎮座する。
川越駅近くになると、熊野神社や川越八幡宮。喜多院そばにある川越東照宮の御朱印は川越八幡宮で拝受できる。
南部では小江戸川越七福神がメインだが武蔵国十三佛の札所も入ってきて、周辺エリアの色合いも強くなる。
【周辺エリア】
工場の多い北部をのぞき、西部の笠幡・霞ヶ関、東部の伊佐沼周辺、南部の今福エリアなどに札所が点在しているが、上記のとおり公共交通機関でのアクセスはいずれも不便。
立地からしても川越観光の観光客よりも、札所巡りの参拝客がメインとなっている模様。
【川越市と札所】
なんといっても小江戸川越七福神がメジャー。多彩な宗派が参画しバラエティ豊かな陣容となっている。
小江戸川越七福神の札所の多くでは御本尊や別尊の御朱印も授与されているので、拝受数を稼ぐにはここの参拝が有効。
川越市内に札所が集中する霊場はなく、関東三十六不動尊、関東百八地蔵尊、関東九十一薬師、武蔵国十三佛など尊格系霊場の札所が点在するのみ。
武蔵国十三佛はあまり知られていないが、各札所の御朱印対応がしっかりしていて希少な尊格の御朱印を確実に拝受できるので注目かも。(ただし、本来は追善供養に関わる霊場なので、それなりの心構えはいるかもしれません。)
※先日、「平成 小江戸川越 古寺巡礼」という73箇寺からなるお寺めぐりコースを知りました。(→情報)
これは2006年に刊行された同名の本(限定発売)にちなむもので、霊場とは言えないかもしれませんが、川越仏教会が関係し、一部のお寺では札所印つきの御朱印も授与されていたようです。

※先日、あるお寺さんでこの本をゲットしました。最後の1冊とのことで、現況、入手はむずかしいかもしれません。
コースに入っている檀家寺系のいくつかのお寺で授与を断られているので、現況では御朱印拝受はかなりむずかしい感じがあります。
それでも今回、いくつかの参画寺院で拝受しているのでご紹介します。(ただし、これらの寺院は御朱印授与を想定されていない感じもあり、タイミングもむずかしいかと思います。)
川越市内の代表的な寺院はほとんど名を連ね、廃寺や無住もほとんどないようなので、正式に霊場として開創すれば巡礼する人はかなりいるのでは。
ただし、真宗、日蓮正宗など、通常は御朱印を授与されない宗派も複数含まれているので、全寺御朱印拝受はむずかしいかと思います。
【拝受データ】 (おおむね北部から。現時点で授与休廃止の可能性あり、形態(直書・書置など)は状況により変化する可能性大です。)
※ このところWeb上で拝受可の情報がある非札所系のお寺で、非授与となっているケースが増えているようです。(とくにメジャーな寺社のそばの寺院)
ご住職や大黒さんなどのお話から察するに、拝受希望者が増えて対応しきれなくなったこと、あるいは、礼を失する不届き者の存在などもあるような感じがします。
なので、札所でない寺院については、寺院名を伏せることにします。
(著名な大寺やWebなどで積極的にPRされている寺院は掲載しました。)
[中心エリア]
■ (小久保)神明神社

川越市神明町204 ※新河岸川北岸ですが、中心部から歩けるのでこちらでご紹介
御祭神:天照大神、豊受姫命
旧社格:
元別当:良學院(教学院)
授与所:山田八幡神社(開運十四社詣)
朱印揮毫:小久保 神明神社 直書(筆書) ※「開運十四社詣」の印判
・修験との所縁がふかい神明社。
■ 稲荷山 称名院 東明寺

川越市志多町13-1
時宗 御本尊:虚空蔵菩薩
札所:小江戸川越古寺巡礼第31番
朱印尊格:虚空蔵菩薩(虚空蔵)
札番:なし
直書(筆書)
・鎌倉時代中期に各地を行脚され、時宗の宗祖となられた一遍上人の開山とされる市北部の名刹で、本山清浄光寺(遊行寺)の直末。御本尊・虚空蔵菩薩はは慈覚大師円仁の作と伝わる。
・天文十五年(1546年)、北条氏康が上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏の連合軍を寡兵をもって打ち破った河越夜戦(東明寺口合戦/日本三大夜戦の一つ)の戦場跡とされる。
・御朱印尊格は時宗ではめずらしい虚空蔵菩薩。タイミングが合えば拝受できる。
■ 川越氷川神社


川越市宮下町2-11-3
御祭神:素盞嗚尊、脚摩乳命、手摩乳命、奇稲田姫命、大己貴命
川越の総鎮守、別表神社
授与所:境内授与所 / 御朱印帳あり
朱印揮毫:氷川神社 直書(筆書)
・創建はじつに欽明天皇二年(541年)とされる古社。室町期の長禄元年(1457年)、太田道真・道灌父子による川越城築城以来、城下の守護神・藩領の総鎮守として歴代城主により篤く崇敬された。(社伝)
・「縁むすびの神様」として知られ、境内は女子やカップルでつねに賑わっている。とくに夏場に開催される「縁むすび風鈴」は抜群の人気を誇り、近年は限定御朱印も授与されている模様。

■ 八坂神社

川越市宮下町2-11-3
御祭神:素盞嗚尊・奇稲田姫命
川越氷川神社境内社(摂社)
授与所:川越氷川神社授与所
朱印揮毫:八坂神社 直書(筆書)
・川越氷川神社には多くの摂社・末社が鎮座するが、御朱印を授与されているのは当社のみとみられる。川越の夏の風物詩、きゅうりをお供えする八坂祭の祭礼社。
■ 三芳野神社

川越市郭町2-25-11
御祭神:素戔嗚尊、奇稲田姫命 / 相殿配祀:菅原道真公、誉田別命
旧社格:県社
授与所:川越氷川神社授与所(現在改修工事中、竣工後は当社境内授与所で授与になるかもしれません。)
朱印揮毫:三芳野神社 直書(筆書)
・川越城本丸御殿の東側に鎮座。大同年間(806~810年)に大宮氷川神社を勧請して創建、後に北野天神社から天神様が勧請されて「お城の天神さま」として親しまれたという。
・童唄「通りゃんせ」発祥の地とされるが、これについては川越城の曲輪の変遷も絡んで多くの説があり、面白そうなので別にまとめます。
■ (富士見櫓跡)御嶽神社

埼玉県川越市郭町2-15
朱印揮毫:御嶽神社 (筆書)
・天守閣のなかった川越城には、東北に二重の虎櫓、本丸北に菱櫓、西南隅に富士見櫓が、合戦の際の物見や防戦の足場として設けられ、なかでも富士見櫓はもっとも高いところにあったとされている。
現在、櫓は取り壊され、跡地に御嶽神社、浅間神社、冨士見稲荷大神が祀られている。
位置などはこちら → 川越の観光と地域情報Web「カワゴエール」
※こちらについては情報が少ないのですが、公式facebookによると、祭祀者は神道大教 木曽御嶽川越大教会で、浅間神社は「富士山本宮講社の川越分社として設立」されたようです。
なお、神道大教は教派神道、神道十三派のひとつで、本局は港区西麻布にあります。
現況、不定期ながら「御嶽神社」の揮毫の御朱印を授与されているようです。
授与日については、公式facebookで告知されている模様です。
■ 来迎山 紫雲院 大蓮寺

川越市元町2-8-25
浄土宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:小江戸川越古寺巡礼第24番
朱印尊格:阿弥陀如来
主印:種子「カ」・地蔵菩薩 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)
・永禄十年(1567年)、鎮蓮社感譽上人願故存貞大和尚(北条氏康公次男)の開山、河越城城将大導寺駿河守政繁の母寳池院(蓮馨尼)の開基とされる浄土宗の古刹。
■ 長久山 本應寺

川越市石原町1-4-9
日蓮宗
札所:小江戸川越古寺巡礼第24番
朱印尊格:御首題
札所印:なし
直書(筆書)
・寛永三年(1626年)谷中感応寺の日長上人が草創し、感應寺の日長を勧請して開山とした日蓮宗寺院。旧本山は身延山久遠寺。
■ 高澤山 妙智院 観音寺

川越市石原町1-18-1
天台宗 御本尊:聖観世音菩薩
札所:小江戸川越古寺巡礼第5番
朱印尊格:正観世音菩薩(正観世音)
主印:種子「サ」・聖観世音菩薩 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)
・大同二年(807年)、弘法大師がこの地にとどまられ開創、御本尊の聖観世音菩薩は弘法大師の一刀三礼親作の霊佛と伝わる。「ささら獅子舞」で知られる。
■ 寿昌山 了心院 見立寺

川越市元町2-9-11
浄土宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:小江戸川越七福神 (布袋尊)、小江戸川越古寺巡礼第8番
・永禄元年(1558年)、河越城城将大導寺駿河守政繁が建立して建立寺と命名。一族中の存貞和尚(かんよぞんてい、増上寺の第10代法主)を小田原伝肇寺より招請して開山し、のちに見立寺と改めた。

朱印尊格:無量寿 (阿弥陀佛)
主印:三寶印
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:布袋尊
主印:三寶印
札所印:小江戸川越七福神
書置(筆書)
■ 蓮信山 妙養寺

川越市末広町1-4-5
日蓮宗
札所:小江戸川越古寺巡礼第44番
朱印尊格:御首題
札所印:なし
郵送(筆書)
・文永年間(1264~1274年)、宗祖日蓮大聖人が比叡山同学の仙波尊海僧正に再会するためこの地を訪れた際、宿を提供した蓮信・妙養に法名を授けて建てた持仏堂が起源で、天文七年(1538年)日在上人が持仏堂を再興し蓮信山妙養寺と号したという。旧本山は身延山久遠寺。
■ 法眞山 妙昌寺

川越市三光町29
日蓮宗
札所:小江戸川越七福神 (弁財天)、小江戸川越古寺巡礼第42番
・大本山池上本門寺の末寺で、永和元年(1375年)、池上本門寺第四世日山聖人により現在の幸町に開創、開山は法眞院日意上人。寛保元年(1741年)、松平伊豆守信綱による川越城改修の際に当地・三光町に移転したという。土用丑の日の「ほうろく灸」で有名。
朱印尊格:御首題
札所印:なし
書置(筆書)

朱印尊格:御朱印(妙法)
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:弁財天
札所印:小江戸川越七福神
書置(筆書)
■ 孤峰山 宝池院 蓮馨寺

川越市蓮雀町7-1
浄土宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:小江戸川越七福神 (福禄壽)、関東十八檀林、小江戸川越古寺巡礼第47番
・天文十八年(1549年)、北条氏康の家老で河越城主の大道寺駿河守政繁の母堂、蓮馨大姉が甥にあたる感誉存貞(かんよぞんてい、増上寺第十世)を招いて開山。当山の存応上人は、増上寺第十二世となり、徳川家康と代々将軍家が檀家となるなど川越を代表する名刹。
・呑龍上人は、当寺住職の存応上人の直弟子で、各地で卓抜した威神力を発揮された生き仏様で、当寺の御朱印の尊格となっている。

朱印尊格:呑龍上人
主印:種子「キリーク」・阿弥陀如来 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:福禄壽
主印:三寶印
札所印:小江戸川越七福神
印刷
■ かえる神社

川越市中原町1-5-1
・「ナチュリーラ」というウォーキングシューズショップの店頭に鎮座する名物神社。書置が基本のようだが、タイミングがよければ御朱印帳揮毫も。
朱印揮毫:かえる神社 書置(筆書)
■ 熊野神社

川越市連雀町17-1
御祭神:熊野大神で伊弉諾尊、事解之男尊、速玉之男尊の御三神
旧社格:村社、旧松郷の氏神、神饌幣帛料供進神社
朱印揮毫:熊野神社 直書(筆書)
・天正十八年(1590年)、蓮馨寺第二世然誉文応僧正が紀州熊野より勧請し創祀と伝わる。
・観光動線にも当たり、境内は参詣客で賑わっている。御朱印にも注力の模様。
■ 厳島神社

川越市連雀町17-1
御祭神:市杵島姫命
熊野神社境内社
授与所:熊野神社授与所
朱印揮毫:厳島神社 直書(筆書)
・熊野神社の境内社で、「銭洗弁天」としても親しまれている。
■ 成田山川越別院 本行院

川越市久保町9-2
真言宗智山派 御本尊:不動明王
札所:関東三十六不動尊霊場第27番、小江戸川越七福神(恵比須天)、小江戸川越古寺巡礼第39番
・江戸時代末に石川照温師によって開創。廃寺となっていた川越久保町の本行院を再興すべく川越城主松平大和守に願い出てその許可を得る。嘉永六年(1853年)、成田山貫首照輪上人が御本尊不動明王のご分霊を開眼し、照温師に授与せられこれが成田山川越別院の起源となる。(以上公式Webより)
・成田山らしい華やぎのある境内で、成田山別院で複数の札所を兼ねていることもあり、賑わいをみせている。

朱印尊格:不動明王
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+宝珠)
札所印:なし (非札所の御本尊の御朱印)
直書(筆書)

朱印尊格:不動明王
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+宝珠)
札所印:関東三十六不動尊霊場第27番
書置(筆書)/専用納経帳

朱印尊格:不動明王
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+宝珠)
札所印:関東三十六不動尊霊場第27番
直書(筆書)/御朱印帳揮毫

朱印尊格:恵比須天
主印:種子 (蓮華座+宝珠)
札所印:小江戸川越七福神
書置(印刷?)
■ 星野山 無量寿寺 喜多院


川越市小仙波町1-20-1
天台宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:関東三十六不動尊霊場第28番、小江戸川越七福神 (大黒天)、小江戸川越古寺巡礼第6番
・奈良時代、仙芳仙人が仙波辺の漫々たる海水を法力により除き、そこに尊像を安置したと伝わる。平安時代の天長七年(830年)、淳和天皇の勅により慈覚大師円仁により創建された勅願寺で無量寿寺と号した。慶長四年(1599年)天海僧正(慈眼大師)は第27世の法灯を継がれ、仏蔵院北院を喜多院と改めた。以後徳川宗家の尊崇厚く、川越のみならず関東屈指の名刹として名を高める。(以上公式Web等より)
朱印尊格:川越大師
主印:三寶印
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:川越大師不動
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:関東三十六不動尊霊場第28番
書置(筆書)/専用納経帳

朱印尊格:川越大師不動
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:関東三十六不動尊霊場第28番
書置(筆書)/御朱印帳揮毫

朱印尊格:大黒天
主印:種子「マ」・大黒天 (宝珠)
札所印:小江戸川越七福神
書置(印刷?)
■ 仙波日枝神社

川越市小仙波町1-4-1
主祭神:大山咋神
旧社格:県社、喜多院の鎮守社、喜多院寺領旧小仙波村鎮守
元別当:喜多院(社務執行)
授与所:拝殿前(書置)
朱印揮毫:日枝神社 書置(筆書)
・慈覚大師円仁が喜多院を創建した際に、その鎮守として貞観二年(860年)に坂本の日吉大社を勧請して創祀と伝わり、東京赤坂の日枝神社の勧請元とされる。当初は喜多院境内にあったが、大正時代に県道建設のため仙波古墳群の一部を開削して当地に遷座。
■ 仙波東照宮

川越市小仙波町1-21-1
主祭神:徳川家康公(東照大権現)
旧社格:無格社
元別当:喜多院(社務執行)
授与所:当社参道下、ないし川越八幡宮(閉扉時)
・喜多院第二十七世天海僧正が家康公を祀って創祀され、日光、久能山と並ぶ日本三大東照宮のひとつ。童謡「あんたがたどこさ」発祥の地ともいわれる。

朱印揮毫:仙波東照宮 書置(筆書)
開扉時門前授与所にて拝受

朱印揮毫:仙波東照宮 直置(筆書)
閉扉時川越八幡宮にて拝受
■ 星野山 無量寿寺 中院


川越市小仙波町5-15-1
天台宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:関東八箇檀林、小江戸川越古寺巡礼第33番
朱印尊格:無量寿 (阿弥陀佛)
主印:種子「キリーク」・阿弥陀如来
札所印:なし
直書(筆書)
・天長七年(830年)、慈覚大師円仁が芳道仙人の古跡であった仙波の霊場を天皇に奏上、勅許を得て一寺を建立、星野山無量寿寺仏地院の勅号を賜り、のちに中院と号す。
・永仁四年(1296年)、比企郡の慈光寺から入られた尊海が中興して天台顕密の教えを広め、関東天台の教寺580余箇寺はすべて本院に付属し、関東天台の本山の勅許を得た。天台宗関東八箇檀林の筆頭の座も占めるすこぶる格式の高い寺院。
・高い格式を裏付けるように、境内は四季折々にすばらしく趣きがあります。
▲ 光西寺

川越市小仙波町5-4-7
浄土真宗本願寺派
札所:小江戸川越古寺巡礼第10番
※Web上では授与情報がみつかりますが、授与されていないそうです。
■ 佛名山 常行院 西雲寺

川越市新富町2-5-4
浄土宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:小江戸川越古寺巡礼第11番
・蓮馨寺の末寺で、開山は般舟三昧院西雲法師(正保二年(1649年)入寂)。境内に御座す日限三体地蔵尊は霊験あらたかで広く尊崇を集めている。

朱印尊格:阿弥陀如来
種子「キリーク」・阿弥陀如来 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:三体地蔵尊 (地蔵菩薩)
主印:三寶印
札所印:なし
直書(筆書)
■ 道人山 三心院 妙善寺

川越市菅原町9-6
天台宗 御本尊:不動明王
札所:小江戸川越七福神 (毘沙門天)、小江戸川越古寺巡礼第43番
・天僧尊能(寛永元年(1624年)入寂)が開山となり創建された天台宗寺院。

朱印尊格:不動尊 (不動明王)
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:毘沙門天
主印:種子「ベイ」・毘沙門天 (火焔宝珠)
札所印:小江戸川越七福神
書置(筆書)
■ 川越八幡宮

川越市南通町19-1
御祭神:応神天皇(誉田別命)
元別当:万蔵寺
授与所:当社授与所
朱印揮毫:川越八幡宮 直置(筆書)
・長元三年(1030年)、平忠常追討の際、甲斐守源頼信によって創祀されたと伝わる。
長禄元年(1457年)、川越城築城の際、太田道灌は当社を篤く崇敬し、分霊を川越城内の守護神として奉斎。爾来、川越の歴代城主の崇敬が深く、多くの寄進がなされている。
■ 冷水山 清浄土院 長徳寺 (川越観音)

川越市仙波町3-31-23
天台宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:小江戸川越古寺巡礼第27番
朱印尊格:大悲殿 (聖観世音菩薩)
主印:種子「サ」・聖観世音菩薩 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)
※Webでは御本尊阿弥陀如来の御朱印がみつかりますが、授与されていないそうです。
・平安時代、慈覚大師円仁の開山で、喜多院の末寺であったと伝わる天台宗寺院。また、当地は平安時代の豪族、仙波氏の館跡として川越市の史跡指定を受けている。
■ 自然山 大日院 天然寺

川越市仙波町4-10-10
天台宗 御本尊:金剛界大日如来
札所:武蔵国十三仏霊場第1番(不動明王)、小江戸川越七福神 (寿老人)、小江戸川越古寺巡礼第29番
・慈覚大師円仁草創の地と伝わり、天文二十三年(1554年)栄海による開山とされる天台宗寺院。御本尊・大日如来は慈覚大師の作とされる。

朱印尊格:大日如来
主印:種子「バーンク」・金剛界大日如来(荘厳体) (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:不動明王
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:武蔵国十三仏霊場第1番
直書(筆書)
埼玉県川越市の札所と御朱印-2(周辺エリア)へつづく
【関連ページ】
■ 御朱印帳の使い分け
■ 高幡不動尊の御朱印
■ 塩船観音寺の御朱印
■ 深大寺の御朱印
■ 円覚寺の御朱印(25種)
■ 草津温泉周辺の御朱印
■ 四万温泉周辺の御朱印
■ 伊香保温泉周辺の御朱印
■ 熱海温泉&伊東温泉周辺の御朱印
■ 根岸古寺めぐり
■ 埼玉県川越市の札所と御朱印
■ 東京都港区の札所と御朱印
■ 東京都渋谷区の札所と御朱印
■ 東京都世田谷区の札所と御朱印
■ 東京都文京区の札所と御朱印
■ 東京都台東区の札所と御朱印
■ 首都圏の札所と御朱印
■ 希少な札所印Part-1 (東京・千葉編)
■ 希少な札所印Part-2 (埼玉・群馬編)
【BGM】
熊田このは 『fight』 MSP 11Feb2018
熊田このは 明日への手紙 / 手嶌葵
サクラ色【熊田このは】
全面リニューアルしました。(2019/08/15)
御朱印を更に追加しました。(2019/02/25)
御朱印を更に追加しました。(2018/10/06)
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川越の御朱印はほぼほぼ拝受した気がするので(一部七福神除く)画像を交えてUPしてみます。川越は神社御朱印も多いので、こちらも併せてご紹介します。



【エリア概要】
江戸期、川越藩の城下町として繁栄した川越は戦災や震災を免れたため、多くの歴史的建造物が残る観光都市。
周辺はさつまいもの名産地で芋系グルメや鰻の名店も人気が高い。
メトロ副都心線の東急線乗り入れで城西方面や神奈川からのアクセスがよくなったこともあり、このところ観光客がさらに増えている模様。
市内各所で和風情緒を堪能できることからインバウンド客の人気も上がっている感じも・・・。

城下町だけに多くの寺社が点在し、歴代、老中格の親藩・譜代が城主を勤め「小江戸」と称されたこともあってか格式の高い寺院が目立つ。宗派は天台宗と浄土宗が多い。
パワースポットとして人気の高い川越氷川神社、川越八幡宮や天台宗の名刹喜多院など、オリジナル御朱印帳を頒布するメジャー寺社があり、御朱印デビューする観光客も多そう。
このあたりは鎌倉に似ているが、鎌倉ほどに御朱印授与に積極的な寺院は多くない印象。
目立つ寺院が非授与で、目立たない寺院が授与されたりするので結構マニアックなエリアでは?
それでも小江戸川越七福神が設定され、通年揮毫対応される寺院も多いので、かなりの御朱印を集めることができる。
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川越市の市域はけっこう広く、徒歩や周遊バスで回れる中心エリアと、車がないとアクセスがやっかいな周辺エリアでアプローチがことなるので、2エリアにわけてのご紹介です。
【中心エリア】
北は新河岸川南岸から南は国道16号まで、西は東武東上線から東は国道254線までのエリアで時間をかければ徒歩でも回れるし、周遊バスも多く運行されているので移動しやすい。
北部のメインスポットはなんといっても川越氷川神社。
縁結びの神様で、女子ごのみのイベントが催され神社カフェもあるなど、いつも若い女性やカップルなどで賑わっている。
ここで御朱印デビューする女子はかなり多いとみられる。
こちらは童謡「通りゃんせ」の舞台として知られる三芳野神社の御朱印も授与されている。
北部には授与寺がいくつかあるが、メジャー霊場の札所はなく、拝受できるタイミングも難しい感じがある。
蔵造りの家並みの西側、喜多町、元町2、末広町2、連雀町にかけては市内屈指の寺町で風格ある大寺も多いが、見立寺、蓮馨寺など小江戸川越七福神の札所をのぞいて多くが非授与の模様。
そのさらに西の末広町1、六軒町、三光町には日蓮宗寺院が点在し、御首題を授与される寺院がいくつかある。
小江戸川越七福神のひとつ(弁財天)妙昌寺では書置タイプの御首題が授与されているので、御首題デビューにはいいかも。
市内観光のハイライト、喜多院のそばには成田山川越別院本行院もあって、寺院御朱印拝受のメインエリアとなっている。この2寺は札所でもあるので札所御朱印拝領の楽しみも。
また、日枝神社や東照宮など、川越を代表する神社もこのエリアに鎮座する。
川越駅近くになると、熊野神社や川越八幡宮。喜多院そばにある川越東照宮の御朱印は川越八幡宮で拝受できる。
南部では小江戸川越七福神がメインだが武蔵国十三佛の札所も入ってきて、周辺エリアの色合いも強くなる。
【周辺エリア】
工場の多い北部をのぞき、西部の笠幡・霞ヶ関、東部の伊佐沼周辺、南部の今福エリアなどに札所が点在しているが、上記のとおり公共交通機関でのアクセスはいずれも不便。
立地からしても川越観光の観光客よりも、札所巡りの参拝客がメインとなっている模様。
【川越市と札所】
なんといっても小江戸川越七福神がメジャー。多彩な宗派が参画しバラエティ豊かな陣容となっている。
小江戸川越七福神の札所の多くでは御本尊や別尊の御朱印も授与されているので、拝受数を稼ぐにはここの参拝が有効。
川越市内に札所が集中する霊場はなく、関東三十六不動尊、関東百八地蔵尊、関東九十一薬師、武蔵国十三佛など尊格系霊場の札所が点在するのみ。
武蔵国十三佛はあまり知られていないが、各札所の御朱印対応がしっかりしていて希少な尊格の御朱印を確実に拝受できるので注目かも。(ただし、本来は追善供養に関わる霊場なので、それなりの心構えはいるかもしれません。)
※先日、「平成 小江戸川越 古寺巡礼」という73箇寺からなるお寺めぐりコースを知りました。(→情報)
これは2006年に刊行された同名の本(限定発売)にちなむもので、霊場とは言えないかもしれませんが、川越仏教会が関係し、一部のお寺では札所印つきの御朱印も授与されていたようです。

※先日、あるお寺さんでこの本をゲットしました。最後の1冊とのことで、現況、入手はむずかしいかもしれません。
コースに入っている檀家寺系のいくつかのお寺で授与を断られているので、現況では御朱印拝受はかなりむずかしい感じがあります。
それでも今回、いくつかの参画寺院で拝受しているのでご紹介します。(ただし、これらの寺院は御朱印授与を想定されていない感じもあり、タイミングもむずかしいかと思います。)
川越市内の代表的な寺院はほとんど名を連ね、廃寺や無住もほとんどないようなので、正式に霊場として開創すれば巡礼する人はかなりいるのでは。
ただし、真宗、日蓮正宗など、通常は御朱印を授与されない宗派も複数含まれているので、全寺御朱印拝受はむずかしいかと思います。
【拝受データ】 (おおむね北部から。現時点で授与休廃止の可能性あり、形態(直書・書置など)は状況により変化する可能性大です。)
※ このところWeb上で拝受可の情報がある非札所系のお寺で、非授与となっているケースが増えているようです。(とくにメジャーな寺社のそばの寺院)
ご住職や大黒さんなどのお話から察するに、拝受希望者が増えて対応しきれなくなったこと、あるいは、礼を失する不届き者の存在などもあるような感じがします。
なので、札所でない寺院については、寺院名を伏せることにします。
(著名な大寺やWebなどで積極的にPRされている寺院は掲載しました。)
[中心エリア]
■ (小久保)神明神社

川越市神明町204 ※新河岸川北岸ですが、中心部から歩けるのでこちらでご紹介
御祭神:天照大神、豊受姫命
旧社格:
元別当:良學院(教学院)
授与所:山田八幡神社(開運十四社詣)
朱印揮毫:小久保 神明神社 直書(筆書) ※「開運十四社詣」の印判
・修験との所縁がふかい神明社。
■ 稲荷山 称名院 東明寺

川越市志多町13-1
時宗 御本尊:虚空蔵菩薩
札所:小江戸川越古寺巡礼第31番
朱印尊格:虚空蔵菩薩(虚空蔵)
札番:なし
直書(筆書)
・鎌倉時代中期に各地を行脚され、時宗の宗祖となられた一遍上人の開山とされる市北部の名刹で、本山清浄光寺(遊行寺)の直末。御本尊・虚空蔵菩薩はは慈覚大師円仁の作と伝わる。
・天文十五年(1546年)、北条氏康が上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏の連合軍を寡兵をもって打ち破った河越夜戦(東明寺口合戦/日本三大夜戦の一つ)の戦場跡とされる。
・御朱印尊格は時宗ではめずらしい虚空蔵菩薩。タイミングが合えば拝受できる。
■ 川越氷川神社


川越市宮下町2-11-3
御祭神:素盞嗚尊、脚摩乳命、手摩乳命、奇稲田姫命、大己貴命
川越の総鎮守、別表神社
授与所:境内授与所 / 御朱印帳あり
朱印揮毫:氷川神社 直書(筆書)
・創建はじつに欽明天皇二年(541年)とされる古社。室町期の長禄元年(1457年)、太田道真・道灌父子による川越城築城以来、城下の守護神・藩領の総鎮守として歴代城主により篤く崇敬された。(社伝)
・「縁むすびの神様」として知られ、境内は女子やカップルでつねに賑わっている。とくに夏場に開催される「縁むすび風鈴」は抜群の人気を誇り、近年は限定御朱印も授与されている模様。

■ 八坂神社

川越市宮下町2-11-3
御祭神:素盞嗚尊・奇稲田姫命
川越氷川神社境内社(摂社)
授与所:川越氷川神社授与所
朱印揮毫:八坂神社 直書(筆書)
・川越氷川神社には多くの摂社・末社が鎮座するが、御朱印を授与されているのは当社のみとみられる。川越の夏の風物詩、きゅうりをお供えする八坂祭の祭礼社。
■ 三芳野神社

川越市郭町2-25-11
御祭神:素戔嗚尊、奇稲田姫命 / 相殿配祀:菅原道真公、誉田別命
旧社格:県社
授与所:川越氷川神社授与所(現在改修工事中、竣工後は当社境内授与所で授与になるかもしれません。)
朱印揮毫:三芳野神社 直書(筆書)
・川越城本丸御殿の東側に鎮座。大同年間(806~810年)に大宮氷川神社を勧請して創建、後に北野天神社から天神様が勧請されて「お城の天神さま」として親しまれたという。
・童唄「通りゃんせ」発祥の地とされるが、これについては川越城の曲輪の変遷も絡んで多くの説があり、面白そうなので別にまとめます。
■ (富士見櫓跡)御嶽神社

埼玉県川越市郭町2-15
朱印揮毫:御嶽神社 (筆書)
・天守閣のなかった川越城には、東北に二重の虎櫓、本丸北に菱櫓、西南隅に富士見櫓が、合戦の際の物見や防戦の足場として設けられ、なかでも富士見櫓はもっとも高いところにあったとされている。
現在、櫓は取り壊され、跡地に御嶽神社、浅間神社、冨士見稲荷大神が祀られている。
位置などはこちら → 川越の観光と地域情報Web「カワゴエール」
※こちらについては情報が少ないのですが、公式facebookによると、祭祀者は神道大教 木曽御嶽川越大教会で、浅間神社は「富士山本宮講社の川越分社として設立」されたようです。
なお、神道大教は教派神道、神道十三派のひとつで、本局は港区西麻布にあります。
現況、不定期ながら「御嶽神社」の揮毫の御朱印を授与されているようです。
授与日については、公式facebookで告知されている模様です。
■ 来迎山 紫雲院 大蓮寺

川越市元町2-8-25
浄土宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:小江戸川越古寺巡礼第24番
朱印尊格:阿弥陀如来
主印:種子「カ」・地蔵菩薩 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)
・永禄十年(1567年)、鎮蓮社感譽上人願故存貞大和尚(北条氏康公次男)の開山、河越城城将大導寺駿河守政繁の母寳池院(蓮馨尼)の開基とされる浄土宗の古刹。
■ 長久山 本應寺

川越市石原町1-4-9
日蓮宗
札所:小江戸川越古寺巡礼第24番
朱印尊格:御首題
札所印:なし
直書(筆書)
・寛永三年(1626年)谷中感応寺の日長上人が草創し、感應寺の日長を勧請して開山とした日蓮宗寺院。旧本山は身延山久遠寺。
■ 高澤山 妙智院 観音寺

川越市石原町1-18-1
天台宗 御本尊:聖観世音菩薩
札所:小江戸川越古寺巡礼第5番
朱印尊格:正観世音菩薩(正観世音)
主印:種子「サ」・聖観世音菩薩 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)
・大同二年(807年)、弘法大師がこの地にとどまられ開創、御本尊の聖観世音菩薩は弘法大師の一刀三礼親作の霊佛と伝わる。「ささら獅子舞」で知られる。
■ 寿昌山 了心院 見立寺

川越市元町2-9-11
浄土宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:小江戸川越七福神 (布袋尊)、小江戸川越古寺巡礼第8番
・永禄元年(1558年)、河越城城将大導寺駿河守政繁が建立して建立寺と命名。一族中の存貞和尚(かんよぞんてい、増上寺の第10代法主)を小田原伝肇寺より招請して開山し、のちに見立寺と改めた。

朱印尊格:無量寿 (阿弥陀佛)
主印:三寶印
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:布袋尊
主印:三寶印
札所印:小江戸川越七福神
書置(筆書)
■ 蓮信山 妙養寺

川越市末広町1-4-5
日蓮宗
札所:小江戸川越古寺巡礼第44番
朱印尊格:御首題
札所印:なし
郵送(筆書)
・文永年間(1264~1274年)、宗祖日蓮大聖人が比叡山同学の仙波尊海僧正に再会するためこの地を訪れた際、宿を提供した蓮信・妙養に法名を授けて建てた持仏堂が起源で、天文七年(1538年)日在上人が持仏堂を再興し蓮信山妙養寺と号したという。旧本山は身延山久遠寺。
■ 法眞山 妙昌寺

川越市三光町29
日蓮宗
札所:小江戸川越七福神 (弁財天)、小江戸川越古寺巡礼第42番
・大本山池上本門寺の末寺で、永和元年(1375年)、池上本門寺第四世日山聖人により現在の幸町に開創、開山は法眞院日意上人。寛保元年(1741年)、松平伊豆守信綱による川越城改修の際に当地・三光町に移転したという。土用丑の日の「ほうろく灸」で有名。
朱印尊格:御首題
札所印:なし
書置(筆書)

朱印尊格:御朱印(妙法)
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:弁財天
札所印:小江戸川越七福神
書置(筆書)
■ 孤峰山 宝池院 蓮馨寺

川越市蓮雀町7-1
浄土宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:小江戸川越七福神 (福禄壽)、関東十八檀林、小江戸川越古寺巡礼第47番
・天文十八年(1549年)、北条氏康の家老で河越城主の大道寺駿河守政繁の母堂、蓮馨大姉が甥にあたる感誉存貞(かんよぞんてい、増上寺第十世)を招いて開山。当山の存応上人は、増上寺第十二世となり、徳川家康と代々将軍家が檀家となるなど川越を代表する名刹。
・呑龍上人は、当寺住職の存応上人の直弟子で、各地で卓抜した威神力を発揮された生き仏様で、当寺の御朱印の尊格となっている。

朱印尊格:呑龍上人
主印:種子「キリーク」・阿弥陀如来 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:福禄壽
主印:三寶印
札所印:小江戸川越七福神
印刷
■ かえる神社

川越市中原町1-5-1
・「ナチュリーラ」というウォーキングシューズショップの店頭に鎮座する名物神社。書置が基本のようだが、タイミングがよければ御朱印帳揮毫も。
朱印揮毫:かえる神社 書置(筆書)
■ 熊野神社

川越市連雀町17-1
御祭神:熊野大神で伊弉諾尊、事解之男尊、速玉之男尊の御三神
旧社格:村社、旧松郷の氏神、神饌幣帛料供進神社
朱印揮毫:熊野神社 直書(筆書)
・天正十八年(1590年)、蓮馨寺第二世然誉文応僧正が紀州熊野より勧請し創祀と伝わる。
・観光動線にも当たり、境内は参詣客で賑わっている。御朱印にも注力の模様。
■ 厳島神社

川越市連雀町17-1
御祭神:市杵島姫命
熊野神社境内社
授与所:熊野神社授与所
朱印揮毫:厳島神社 直書(筆書)
・熊野神社の境内社で、「銭洗弁天」としても親しまれている。
■ 成田山川越別院 本行院

川越市久保町9-2
真言宗智山派 御本尊:不動明王
札所:関東三十六不動尊霊場第27番、小江戸川越七福神(恵比須天)、小江戸川越古寺巡礼第39番
・江戸時代末に石川照温師によって開創。廃寺となっていた川越久保町の本行院を再興すべく川越城主松平大和守に願い出てその許可を得る。嘉永六年(1853年)、成田山貫首照輪上人が御本尊不動明王のご分霊を開眼し、照温師に授与せられこれが成田山川越別院の起源となる。(以上公式Webより)
・成田山らしい華やぎのある境内で、成田山別院で複数の札所を兼ねていることもあり、賑わいをみせている。

朱印尊格:不動明王
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+宝珠)
札所印:なし (非札所の御本尊の御朱印)
直書(筆書)

朱印尊格:不動明王
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+宝珠)
札所印:関東三十六不動尊霊場第27番
書置(筆書)/専用納経帳

朱印尊格:不動明王
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+宝珠)
札所印:関東三十六不動尊霊場第27番
直書(筆書)/御朱印帳揮毫

朱印尊格:恵比須天
主印:種子 (蓮華座+宝珠)
札所印:小江戸川越七福神
書置(印刷?)
■ 星野山 無量寿寺 喜多院


川越市小仙波町1-20-1
天台宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:関東三十六不動尊霊場第28番、小江戸川越七福神 (大黒天)、小江戸川越古寺巡礼第6番
・奈良時代、仙芳仙人が仙波辺の漫々たる海水を法力により除き、そこに尊像を安置したと伝わる。平安時代の天長七年(830年)、淳和天皇の勅により慈覚大師円仁により創建された勅願寺で無量寿寺と号した。慶長四年(1599年)天海僧正(慈眼大師)は第27世の法灯を継がれ、仏蔵院北院を喜多院と改めた。以後徳川宗家の尊崇厚く、川越のみならず関東屈指の名刹として名を高める。(以上公式Web等より)
朱印尊格:川越大師
主印:三寶印
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:川越大師不動
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:関東三十六不動尊霊場第28番
書置(筆書)/専用納経帳

朱印尊格:川越大師不動
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:関東三十六不動尊霊場第28番
書置(筆書)/御朱印帳揮毫

朱印尊格:大黒天
主印:種子「マ」・大黒天 (宝珠)
札所印:小江戸川越七福神
書置(印刷?)
■ 仙波日枝神社

川越市小仙波町1-4-1
主祭神:大山咋神
旧社格:県社、喜多院の鎮守社、喜多院寺領旧小仙波村鎮守
元別当:喜多院(社務執行)
授与所:拝殿前(書置)
朱印揮毫:日枝神社 書置(筆書)
・慈覚大師円仁が喜多院を創建した際に、その鎮守として貞観二年(860年)に坂本の日吉大社を勧請して創祀と伝わり、東京赤坂の日枝神社の勧請元とされる。当初は喜多院境内にあったが、大正時代に県道建設のため仙波古墳群の一部を開削して当地に遷座。
■ 仙波東照宮

川越市小仙波町1-21-1
主祭神:徳川家康公(東照大権現)
旧社格:無格社
元別当:喜多院(社務執行)
授与所:当社参道下、ないし川越八幡宮(閉扉時)
・喜多院第二十七世天海僧正が家康公を祀って創祀され、日光、久能山と並ぶ日本三大東照宮のひとつ。童謡「あんたがたどこさ」発祥の地ともいわれる。

朱印揮毫:仙波東照宮 書置(筆書)
開扉時門前授与所にて拝受

朱印揮毫:仙波東照宮 直置(筆書)
閉扉時川越八幡宮にて拝受
■ 星野山 無量寿寺 中院


川越市小仙波町5-15-1
天台宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:関東八箇檀林、小江戸川越古寺巡礼第33番
朱印尊格:無量寿 (阿弥陀佛)
主印:種子「キリーク」・阿弥陀如来
札所印:なし
直書(筆書)
・天長七年(830年)、慈覚大師円仁が芳道仙人の古跡であった仙波の霊場を天皇に奏上、勅許を得て一寺を建立、星野山無量寿寺仏地院の勅号を賜り、のちに中院と号す。
・永仁四年(1296年)、比企郡の慈光寺から入られた尊海が中興して天台顕密の教えを広め、関東天台の教寺580余箇寺はすべて本院に付属し、関東天台の本山の勅許を得た。天台宗関東八箇檀林の筆頭の座も占めるすこぶる格式の高い寺院。
・高い格式を裏付けるように、境内は四季折々にすばらしく趣きがあります。
▲ 光西寺

川越市小仙波町5-4-7
浄土真宗本願寺派
札所:小江戸川越古寺巡礼第10番
※Web上では授与情報がみつかりますが、授与されていないそうです。
■ 佛名山 常行院 西雲寺

川越市新富町2-5-4
浄土宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:小江戸川越古寺巡礼第11番
・蓮馨寺の末寺で、開山は般舟三昧院西雲法師(正保二年(1649年)入寂)。境内に御座す日限三体地蔵尊は霊験あらたかで広く尊崇を集めている。

朱印尊格:阿弥陀如来
種子「キリーク」・阿弥陀如来 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:三体地蔵尊 (地蔵菩薩)
主印:三寶印
札所印:なし
直書(筆書)
■ 道人山 三心院 妙善寺

川越市菅原町9-6
天台宗 御本尊:不動明王
札所:小江戸川越七福神 (毘沙門天)、小江戸川越古寺巡礼第43番
・天僧尊能(寛永元年(1624年)入寂)が開山となり創建された天台宗寺院。

朱印尊格:不動尊 (不動明王)
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:毘沙門天
主印:種子「ベイ」・毘沙門天 (火焔宝珠)
札所印:小江戸川越七福神
書置(筆書)
■ 川越八幡宮

川越市南通町19-1
御祭神:応神天皇(誉田別命)
元別当:万蔵寺
授与所:当社授与所
朱印揮毫:川越八幡宮 直置(筆書)
・長元三年(1030年)、平忠常追討の際、甲斐守源頼信によって創祀されたと伝わる。
長禄元年(1457年)、川越城築城の際、太田道灌は当社を篤く崇敬し、分霊を川越城内の守護神として奉斎。爾来、川越の歴代城主の崇敬が深く、多くの寄進がなされている。
■ 冷水山 清浄土院 長徳寺 (川越観音)

川越市仙波町3-31-23
天台宗 御本尊:阿弥陀如来
札所:小江戸川越古寺巡礼第27番
朱印尊格:大悲殿 (聖観世音菩薩)
主印:種子「サ」・聖観世音菩薩 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)
※Webでは御本尊阿弥陀如来の御朱印がみつかりますが、授与されていないそうです。
・平安時代、慈覚大師円仁の開山で、喜多院の末寺であったと伝わる天台宗寺院。また、当地は平安時代の豪族、仙波氏の館跡として川越市の史跡指定を受けている。
■ 自然山 大日院 天然寺

川越市仙波町4-10-10
天台宗 御本尊:金剛界大日如来
札所:武蔵国十三仏霊場第1番(不動明王)、小江戸川越七福神 (寿老人)、小江戸川越古寺巡礼第29番
・慈覚大師円仁草創の地と伝わり、天文二十三年(1554年)栄海による開山とされる天台宗寺院。御本尊・大日如来は慈覚大師の作とされる。

朱印尊格:大日如来
主印:種子「バーンク」・金剛界大日如来(荘厳体) (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:なし
直書(筆書)

朱印尊格:不動明王
主印:種子「カン」・不動明王 (蓮華座+火焔宝珠)
札所印:武蔵国十三仏霊場第1番
直書(筆書)
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