京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート 『革命前夜』

2020年05月16日 | KIMURAの読書ノート

『革命前夜』

須賀しのぶ 作 文藝春秋 2018年

本書は私の友人が「音楽の知識があるあなただったら、楽しめるよ」と貸してくれたものである。私に音楽の知識があるかどうかは別として、ピアノを4歳から大学卒業まで嗜んだ事実はある。無論、音楽は好きである。彼女から手渡されたこの表紙。グランドピアノに向かう男性のシルエットと、タイトルの「革命」という言葉。となると、私のわずかな「音楽の知識」からすると、ショパンに関わる内容、もしや、かの有名なショパンコンクールに関連するものかもしれないと、勝手に妄想を膨らませながらページをめくった。

しかし、そこに出てきた作曲家は「バッハ」。しかも、主人公眞山柊史は東ドイツへ留学という。この予想外の展開が逆に文章から目が離せなくなる。彼がなぜ「バッハ」が好きなのか、なぜ東ドイツへの留学を目指したのかということが、バッハの曲の特徴を詩的に表しながら彼は語っていく。確かに音楽の知識……というよりはそれなりにピアノを弾いたことのある人間なら、レッスンでは定番の作曲家であるので、彼の語りが受け入れやすいかもしれない。と、納得しながらページをめくっていくと、「監視員」やら「デモ」やら、「検問所」などなど、何やらきな臭い言葉が頻繫に出てくるようになる。そして、柊史は父の友人のダイメル家を訪問したことにより彼を取り巻く状況は一転する。そう、音楽はただの伏線で物語は東ドイツ崩落への歴史物語だったのである。しかも、更にページを進めると柊史の留学仲間が何者かに刺されるという展開。彼を刺したのは誰なのか、そしてその動機は……。一体全体この作品はどこへ向かおうとしているのか。読み手は東ドイツの崩壊も気にしつつ、犯人探しもしなくてはいけなくなり、濃厚な時間を過ごすことになる。

正直、本書を読むまでは、ベルリンの壁が崩れる直前の東ドイツの人たちがどのように自国や隣の西ドイツのことを思い、生活していたのか、そしてその周囲の国々の動きというものに関して全く知識を持っていなかったことに気づかされた。確かにベルリンの壁が崩れたのをリアルタイムでテレビの映像を通して目にしたのは記憶にある。しかし、結局その映像のみしか知らなかったのである。それにしても、作者は1972年生まれ。ベルリンの壁が崩壊したのは彼女が高校生の時である。恐らく彼女もあのベルリンの壁が崩壊した時はテレビ映像でしか見ていないはずである。しかも、取材しようにも今、東ドイツという国はない。しかし、この物語の描写は間違いなく、実際にそこに足を踏み入れて、実体験したような緻密さである。歴史小説作家は確かに今そこにないものを描写していると言えば、それまでなのだが、日本の民主主義とは異なる社会主義の国、しかもそれが崩壊しつつある現象とそこの住民の心情を今ある資料と作者の想像でここまで描ききることができるのかというある種の尊敬の念が生まれてくる。何より私自身は音楽の話だと信じて本書を手にしただけに、このギャップに戸惑いつつも、新たな知識や感情を芽生えさえてもらった。

今はただこの本を貸してくれた友人に感謝しつつ、早く新型コロナウイルスが終息して友人とこの本、そしてベルリン崩壊とバッハについて語り合う時間が持てるようになることを願うばかりである。

===== 文責  木村綾子

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