京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

『十津川警部 呉・広島ダブル殺人事件』

2020年05月31日 | KIMURAの読書ノート
『十津川警部 呉・広島ダブル殺人事件』
西村京太郎 作 双葉社 2020年5月17日

再び西村京太郎氏の作品を取り上げることになるとは。

警視庁捜査一課の市橋刑事は同居する祖父に頼まれ、かつて祖父が生活していたことのある広島市と呉市の写真を撮りに行くことになった。最初に向かった呉の宿泊先で殺人事件が起きる。その被害者が持っていたものに、祖父の名前のみが書かれた名刺があった。東京に戻った市橋刑事は祖父にそのことを伝えると、入院中の祖父は病院から抜け出し行方不明に。その後祖父が広島市内で殺害される。この二つの殺人事件の関係と、祖父が頼んだ写真撮影の意図は。市橋刑事は十津川警部と亀井刑事と共に事件の真相を追う。

今回この作品を手にした理由は、私にとっての「ご当地本」だったからである。私は自分の住んでいた、もしくは住んでいる場所が舞台になっている作品にめっぽう弱い。どのように自分が知っている土地が作品内で料理されていくのか、知っている場所だけにわくわくする。実際以前西村氏の作品を紹介した時(2019年11月の読書ノート)も手にしたのは同様の理由であった。しかも今回は生まれ故郷である。鉄道ミステリー作家が広島市や呉市を走る電車をどのように事件のアリバイに使うのか、もしくは事件の伏線として扱うのかかなり期待をしてページをめくっていった。

しかし、そこには全く鉄道が事件そのものに関与することはなかった。確かに登場人物は新幹線を含めた電車に乗った描写はある。しかし、一般的な車窓からの風景や、車内での人物の行動などが描写されているだけである。そして、西村氏がこの作品の中でひたすら描いていたのは「戦争」にまつわることである。確かに広島市は誰もが知っているように原爆が落とされた都市であり、呉市は日本の鎮守府が置かれ、戦艦大和が建造された軍港の街である。登場人物の市橋刑事の祖父は戦中、戦後をその呉で過ごした設定となっており、事件を追っていくうちに、全てがその当時の呉での生活が発端となっていることが分かっていく。そう言えば、私は前回の西村氏の作品を紹介した中で、彼が次のように記述したことを思い出した。それは「ここにきて、戦争に絡むミステリーを書きたいと思うようになった。すでに戦後74年。人々の思い出から、戦争の匂いが消えかけている。しかし、今もなお、戦争の傷が、何処かに残り、戦争を知らない人にも、影響を与えている筈である」。前作はそれでも阪急電車に絡んだ内容が伏線となり、阪急電鉄の歴史や特徴を絡めた中での戦争と現代をつなぐ事件であった。しかし、今回はそれすらなく、彼の十八番を全くそぎ落とし、前回氏が記した通り、戦時中の出来事が爪痕として74年経った現在において影響を与えている事件とした内容であった。

前回の作品から今回の作品の間にも氏は数々の作品を発表している。その作品を私は手にしていないが、この作品を読む限り、氏は作家としての終活を始めているのだと感じた。そして、自分の生まれ育った場所は戦後74年経った今も戦争の匂いが消えることのない記憶に大事な場所であることもひしひしと感じたのであった。

======= 文責  木村綾子
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