京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート『たかが殺人じゃないか』

2021年07月02日 | KIMURAの読書ノート


『たかが殺人じゃないか』
辻真先 作 東京創元社 2020年
 
昭和24年、新制高校の3年で推理研究会の風早勝利は、顧問の提案により映画研究会と共に「修学旅行」に行くことになる。そこで遭遇したのが密室殺人事件。事件は未解決のまま、勝利たちは現場を後にすることになる。そして、夏休み最後の夜、勝利たちは再び殺人事件に遭遇する。二つの事件はあくまでも別々のように思われたが…。
 
この作品は昨年、ミステリー界をかなり騒がせた作品である。その理由の一つが、
・第1位『このミステリーがすごい! 2021年版』国内編
・第1位〈週刊文春〉2020ミステリーベスト10 国内部門
・第1位〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉ミステリが読みたい! 国内篇
と三冠を獲得したことによるのだが、もう一つの理由が、作者が御年88歳と最高齢だったということにある。作者、辻真先氏は推理作家としても巨匠であるが、アニメの脚本家としても大御所である。私自身、辻真先作品に出合ったのは中学生の時で、その作品の登場人物が同じ中学生だったということもかなり彼の作品には当時のめり込んで読んでいた。しかし、彼が脚本家でもあるということを知ったのは、その後のことであり、その事実を知った時、ミステリー作品よりも早くにアニメという媒体を通して彼の作品に接していたのかということに不思議な感覚を覚えた記憶がある。つまり、私が幼い頃には各種媒体で活躍をされていたことを考えると、御年88歳であっても何の不思議もないのであるが、本作品を読了した後、失礼ながら、88歳の方が描いた作品とは到底思えないほど、登場人物の高校生たちが活き活きと描かれており、とりわけ、彼らの会話は軽快闊達でああ言えばこう言うとリズム感よく、そこに大人のもどかしさを感じない、あくまでも10代の若者たちの会話がひしめいているのである。舞台が昭和24年と作者がその時を過ごした時期と重なっているということもあるのかもしれないが、それだけでは説明できないような今どき感がある。また、会話の中には当時の時代背景も詳細に盛り込まれており、文字を追いかけるだけで戦後間もない景色が脳裏にしっかりと浮かんでくるだけでなく、舞台が75年前という距離を感じさせない、今のすぐ側で起きている出来事のようにも感じる。そう、言い方が悪いかもしれないが、戦争の臭いさえ感じさせない爽快感があるのである。なるほど、世間が騒いでいた理由が腑に落ちたという訳である。
 

しかしである。タイトルの「たかが殺人じゃないか」という台詞が、とある登場人物から発せられることで、これまでの爽やかさが一変する。作者はまさにこれが言いたかったのかと愕然とさせられた。これまでも、作者と同じ世代の作家たちが自らの戦争体験を作品の中で描き、平和を訴え続けてきた。そう考えると、この作品は、ミステリー作品としての三冠とはまた違った意味合いが見えてくる。この作品もまたその世代からのバトンであり、作者からの強烈なメッセージであることをしみじみと感じたのである

      文責 木村綾子


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