北杜夫の『白きたおやかな峰』の復刻版が出ていた。先ごろ、新潮社の『考える人』で山のおすすめ本として紹介されていて、読みたいもんだと思っていたら、書店で平積みになっていた。河出文庫からこの3月に刊行している。
この本は、北杜夫らしい、現実(=リアリティ)と、おかしみを巧妙にミックスして、テンポのいい山岳小説に仕立てられている。『楡家の人びと』、『輝ける碧き空の下で』とか、どくとるマンボウシリーズがおなじみの読者にとっては、登山にあまり興味がなくても、楽しく読めるんじゃないだろうか。ましてや、このブログをよくチェックされている山好きの方は、十二分に楽しめると思う。
1965年、カラコルムの未踏峰ディランへ向けて遠征隊が編成され、登頂を目指すことになるのだが、その一員として北杜夫がドクターとして随行している。この小説は、そのときの体験がベースになっている。登場人物には、いっぷう変わったドクターが出てくる。もちろん北杜夫自身がモデルになっている。なんの遠慮もいらず大暴走するのがこのドクターの役割で、ストーリーにスパイスを与えている。その意味では、どくとるマンボウシリーズなのだ。
日本人隊のメンバーは、さすがにモデルがいる(?)からか、人物描写には抑制が効いていて、ドクターのように派手に暴走する人はいない。フィクションとはいえ、あまりめちゃめちゃなことを言わせる、やらせると苦情がきそうだしね。でもそれなりに個性的な色合いは出ていて、京都弁を話す20代の田代であるとか、モタ(現地語で太ったの意)・サーブと呼ばれている増田とか、チョータ(現地語で小さな)・サーブと呼ばれている曾我とか、副隊長久能とかがなかなかに面白いエピソードをつむいでいく。
それに比べ、パキスタンの連絡将校(リエゾンオフィサー)やコックのメルバーン、ポーターたちは、抑制する必要がない(?)から、人間の感情や欲望そのままを表に出し、極端な人物造形となっていて、北杜夫独特のおかしみを生み出している。自分がつくった料理を残されると不機嫌になるメルバーン(量が多すぎるという難点があるのだが)。自分勝手な発言も目立つが、憎めない奴になっている。雪崩が起きて危険とみれば、脱兎のごとく逃げ出すポーター。命あってナンボだからね。
これらドタバタの後にこの本のクライマックスはやってくる。サミットプッシュだ。60年代日本の登山隊がとっていた極地法(キャンプをいくつも設営して荷物をデポし、隊として登頂する方法)の最後のタクティクス。最終キャンプがどうも手前すぎたようなんだね。サミットプッシュはメンバーを代えて2回試みることになるが、いずれもビバークすることになり、似たような苦境に陥る。最後のシーンは、読者の空想にゆだねられ……。
参考
考える人~ひとは山に向かうhttp://blog.goo.ne.jp/aim1122/d/20120215
白きたおやかな峰 (河出文庫) | |
クリエーター情報なし | |
河出書房新社 |