いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
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小説 辿り着いた道(9)

2013-02-12 06:32:54 | Weblog
                                            分類・文
      小説 辿り着いた道              箱 崎  昭

「それは、あなたが打診してみるべきでしょう。男対男の話で割り切った答が聞けると思うけど」
「いや、逆だね。泰治は私の言葉に却って気が重くなって、自分の意思ではなく強要として受け止めてしまう可能性がある」
「分かったわ。それじゃ泰治には私からそれとなく聞いてみる」
 普段は2人の会話で泰治のことに関して話題にはしないのだが、治男の内心に潜んでいる泰治への思いは共通していたのでトキ子は引き受けた。
 治男の帰宅時間はいつもより早かったが、それでも壁時計は8時を回っていた。 

     (五)
 泰治の部屋に勝手に入ろうとするといつも強く拒まれる。
 トキ子が用事があって声を掛けると、ドアを僅か2,30センチほど開けて泰治が顔を出すだけだ。今日もその例外ではない。
 昨夜、治男が言っていた仕事の話をすると一瞬、困惑した表情を見せたが「今日は無理だけど2,3日中に行ってみる」と他人事のような返事をしたのとほぼ同時にドアは閉められた。
 今日は無理というほどの理由もなければ身体でもないので、その気になればいつでも行ける筈だ。要するに今の時点でやる気が起こらないというメッセージなのだろうと解釈する以外なかった。
 それでも拒絶したわけではないので、急いでガソリンスタンド迄の簡単な地図と住所を書いて再び泰治に声を掛け手渡すと「うんうん」と頭を2度ほど縦に振って頷いた。「よかったら明日にでも面談に行ってみたらどう。タバコ代や本代ぐらいは少しでも自分で稼いだもらえると私もうんと助かるんだあ」
 とにかく強制は泰治の心理的な負担になるから、あくまでも本人の意志で行動を起こさせることが大切だとの認識でいる。
 仮に『もう26歳をとっくに過ぎているというのに毎日だらだらと家の中に居てもらっては困るのよ、少しは働く気にもなってちょうだい』などと言ったら、それこそ壊滅的な打撃を与える結果になってしまうので、高圧的な態度と微妙な言葉のニュアンスには気を遣う。自然と腫れ物に触るような扱いになってしまうのだ。
 話中に泰治の身体とドアの隙間から僅かに部屋の中が見え隠れしたが、そこにはマンガ本が散乱し、灰皿はタバコの吸殻で山になっていた。
 恐らく毎日、何をするという目標もなく寝転んではマンガ本に読み耽り、口にくわえたタバコの紫煙が目に沁みてはしかめっ面をして目を細めているのだろう。
『いい御身分だこと』
 息子に皮肉の一つも言ってやりたいところだが、そこはグッと腹の虫を治めるしかない。几帳面なトキ子はその隙間を覗いただけで息苦しさを覚えた。
 人格の自律性が傷害され周囲との自然な交流ができなくなる内因的精神病に値し、多くは青年期に症状が見られ破瓜型、緊張型、妄想型などがあり、専門医の所見から泰治はその内の緊張型に属するもので、いわゆる『ひきこもり』の典型であると云われている。
 一旦、社会から離脱してしまうと他人が思うほど、なかなか元のスタートラインには立てない壁が生じる。
 本人は『この侭ではいけない、何とかこの状況から這い出さなければ駄目だ』という心の中の葛藤にさいなまされていることは理解できるのだが、親としても何もできない歯痒さを痛切に感じる。 (続)
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