西都モノクローム

西都大好きな男が、徒然なるままに街のこと、写真のこと、空手のこと語ります。

長い出張・・全国高校PTA連合会 和歌山大会最終日

2012-08-31 21:24:28 | 日記

2日目夜は宮崎県の参加者が集まった、教育懇談会(ザックリ言うと交流会兼懇親会)が開かれました。

場所は堺市の某ホテルです、懇談会自体は楽しく、また私は妻高校の90周年をアピールできて良い懇親会だったのですが・・・、ホテルの料理が酷かった・・。

料理の量が「えっ、これだけ・・うそだろう」・・こんな事思うのは、私だけかと思いましたが、あとで聞くと皆思ったらしく、至極不評でした。

ホテル側としてはせっかくのチャンス(リピーターを作る)なのに、残念ですね。

私は2度と行きたくないです。結果妻高軍団(3人ですけど)は懇親会後、ラーメンを食べに行きました(これもイマイチでした)。

最終日は分科会です、私は主会場であるビックホエールでの第一分科会に行きました。テーマは「学校教育とPTA」で、4校のPTAが発表しました。それぞれの学校が発表した中で、気に入った言葉をいつものように箇条書きで書きます。

・板橋高校「板高シンポジューム」合併で新しくなった高校です、先生と保護者の直接対話をはじめ、そこに生徒が参加しはじめた。生徒会が生徒会新聞で報告、また先生方のPTA活動に対する理解が深まって、学校運営が良くなった。

・学校は教科教育と教科外教育の両輪で行っている、この2つに対して教師とPTAは異なる役割をもっている。教科教育(専門性が高い)は教員に委託され、それをPTA(保護者)が良き理解者としてバックアップする。

・往々にして保護者は確認されるモノ(点数)を求める、それに対し教師は確認されにくいモノ(人間力など)を重視する、そこにズレがあるので互いの立場を考えること

・挨拶運動、部活動は人間形成に大きく寄与する、連続性が強い分野(家庭・地域)でここにはPTAの活躍する場がある。

・学校への帰属意識(所属意識)を高めることは、人間力を強める作用する

・PTAは学校の大応援団である(その関係性がよう結果を生む)

・無関心層(学校への)をどう、学校に目を向かせさせるかがPTAの役目

・一人前の大人になる前に、一人前の高校生になろう

・連携協力、それぞれの役割を理解し、それぞれの役割と責任を全うする

・できない理由を探すより、やるための智慧を出し合おう

これらの意見が出されました。それぞれ素晴らしい意見です、ですがこれらは私たちが(と言うか私が)PTAの先輩である村上牧雄さんに「toshiro~俺はPTAとはこうあるべきモノだと思っているのよ~」しっかりと教えられたモノです。手前みそではないですが、西都のPTA活動は全国レベルだと、大会に参加し事例報告を聞くたび思います。

さて来年は「山口県」です。

山口からたくさんの方が、アピールに来ていました。

ところで、私の日頃の行いが悪いせいか、和歌山の天候は急変につぐ急変でした。ド晴天かと思えば、雷がそこら中に落ちる天候、大会が終わってもこれらの影響で運行バスが渋滞しています。

で、宮崎バスは遅れに遅れ、皆が帰ったあとのガラ~ンとした会場で記念写真を撮りました。松浦事務長と3学年委員長の桑畑君です

さて大会が終了し(昼に終了です)、宮崎県で昼食に行きました、場所は和歌山マリーンシテイです、その後伊丹に向かう訳ですが、途中で紀三井寺に寄る予定です。

さて、あしたは東京で全日本少年少女空手道選手権です、今日は長女のところに泊まる予定をしていました。娘に電話して「あっ、お父さん夕ご飯一緒に食べようか、おごってやるから 何か美味しいところ探しといて」と伝えました。

だいたい、いつもポカ~ンとしている私です、でも紀三井寺でふと気づきました、このまま一緒にバスに乗って、伊丹でみんなを送り、新大阪に向かい東京に行けば・・・あれ、夜中の11時くらいになる。

娘の鬼顔が浮かび「こんな時間にきて、どこにご飯食べに行くの・・」、ぶわっと汗をかきます。紀三井寺には鉄道がありました、「これに乗って東京に向かおう」と決断した私は、皆にお別れを言い、地元の方に道順を聞き、走りました、走りました。

紀三井寺4時発和歌山行き(やっと間に合う)4時15分発和歌山から新大阪行き(ギリギリセーフ)5時45分発のぞみに飛び乗り、やっと8時20分に東京に着きました。

娘の住む三鷹で親子水入らずの夕食を食べることができました

(これも荷物のパッキングをグレゴリーのデイ&ハーフにして走れたからです)

バッタバッタした前半が終了です、明日からはいよいよ全小です。

 

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長い出張・・・全高P連大会、和歌山大会の部part2

2012-08-30 18:34:24 | 日記

基調講演は大ニュースとなった「はやぶさ」に関してです。

2部構成になっており、最初は和歌山大学 教授の尾久土 正己先生です。演題は「はやぶさと和歌山大学の関わり」です。

(演題を書いたあと、この写真は無駄でしたね)

経歴です。

結構体の大きな先生でした。さてどういう関わりかというと、はやぶさの音楽を作って欲しいと頼まれたそうです。これは「アウトリーチ」といい、簡単に言うと科学の成果を上手く市民に伝える事を言います。その為に作曲をしました、そして音楽ができると、映像を組み込みDVDを作成します。

何故はやぶさの開発チームに頼まれたかというと、日食の映像をインターネットで流したのが目にとまったそうです。

評判が良かったので、はやぶさが着陸するところも撮りに行きました。オーストラリアの到着予定地域は先住民の聖地で長老との交渉がうまくいき、撮影が成功しました。

和歌山大学は宇宙と関係のない学部の生徒でも、チームに入れています。宇宙を学んだ警察官とか、会社員とかが誕生し他とは違う視点で色々な分野で活躍しているそうです。

2部目は更に面白かったです。

川口先生です、話が凄く面白かったです

経歴です

ちょっと見えにくいでしょうが、はやぶさが行った「いとかわ」で採集した土はどういう意味があるのでしょうか?と書いてあります。

ざっくり言うと「地震の仕組みが分かる」???でしょう、つまり(ここからは私の聞いた範囲での説明なので、ふ~んと言う気持ちで聞いてください)地球みたいな大きな惑星があります、その組成は重たい物質ほど、中心へ中心へと進んでいくのです(地球の中心は凄く重く、周囲は軽い物質で形成される)。地球の中身が知りたい(中身が分かれば色々なこと、先ほど述べた地震の仕組みなどが解る)、でも今の技術ではそれは不可能である。ならば地球が誕生したときと同じ小惑星を研究すれば解るのです。

で行った訳です、さてこのはやぶさが何が素晴らしかったか解りますか?それは惑星間を行き来して、惑星の物質を持って帰ることです。

じつは、このようなサンプルリターン世界初の快挙なのです。

この計画は日本だけではとっても難しいものなので、NASAと協力体制を取りました。ところがあの大NASAでさえ到底不可能と思われた計画だったのです。

世界中の科学者が、載ることを夢見る(ほぼ不可能)サイエンスにこの計画は載りました。

さてこの余りに無謀という計画を実行できて、それを成功させた秘訣がこれです。

・まず現場主義にすること、議論の内容をとことん透明化すること(東電さん聞いていますか)

・意志決定を現場にゆだねること(政治主導と言っている民主党さん聞いていますか)

・失敗を恐れない(失敗して初めて解ることが大切)リーダーは失敗という結果を責めない。

・新しいことをやるとき、それまでの規制に縛られない覚悟が必要(日本の大企業さん聞いていますか)

・オリジナリティーの創設「見えるものは全て過去のこと」「今までやっていたこと(過去の踏襲)は練習問題に過ぎない、そこから 踏み出してオリジナルをつくる。

・やれると考える文化が必要、「こうすればできる」と考えきれる文化

・やれない理由を考えるより(失敗を恐れる気持ちがそうさせる)、やれる理由を(手段)を考えること、探すことが必要

・なにより創造性が大切、それは画一的な学校教育では難しい

・日本は創造の国であるべき、その為には教育はアート(独創力)であるべき。

面白い講演でした、武道でも芸事でもこのような言葉が引き継がれています、それは「守破離」です。まさしく同じ事です、守だけでもない(同じ事の繰り返し、シンポがない)、破だけでもダメ(先人の教えをないがしろにすることは、回り道)、離(これぞ独走と自分勝手に思っていると、知っている者から笑われます)を先走ってもダメ。守と言う段階を終え、先人の教え学んだあとその教えから離れ、その段階をふみ自分のオリジナリティーを作っていくことです。

分かり易い例を出すと、ピカソの絵を見てください、顔があっちゃこっちゃに描かれている絵があります。

ピカソの若い頃の修業時代の絵画を見るとそれは凄い、オーソドックであり普通に美しい絵です。それらの過程を経て、やむにやまれない心の中の創造性がピカソの芸術を生んでいます。つまりピカソも守破離の過程を踏んでいるのです。

優れた作家の作品は氷山の一角なのです(一作品の下にその何十倍のモノがある、だから海上に出ているものは、重みを感じる)

さてそのような独自性を確立した優れた作家は始めてきた弟子に何を教えるか、それは自分が確立した「離」の部分でなく、あくまで「守」(基本と言って良い)から教えます。

それが唯一の道と解っているからですね。

話は飛びましたが、川口先生の話を聞きながら、こんな事を思った訳です。

明日大会3日目を紹介します(走りに走った日です)

 

 

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西都児湯の救急医療を考える会

2012-08-29 22:29:48 | 日記

さて出張の続きは明日以降にします。

と言うのもここ最近ずっと考えていた、表記の団体が主催の「二次医療圏の勉強会」を本日催しました。

今日の会議については、後日詳しく書いてみたいと思いますが、市民の皆さんから色々な意見をいただき、とても充実した会となりました。

これもわざわざ説明に来て頂いた宮崎県の医療薬務課の津田さんの協力がないとできないことでした。市民の質問の矢面に立たれ大変だったでしょうが、誠実にお答え頂き感謝しています。

また忙しい中、三輪西都副市長、押川県議、図師県議、重黒木高鍋保健所所長も来て頂き意見を述べて頂き有り難うございました。

終了後、参加された方々から「ホントに良くわかった」との声を頂き、二時間の真剣な勉強会をやって良かったと主催者である私は思いました。

コミセンが満員になるほど市民の皆さんに来て頂きました。そこには西都医師会長の岩見先生や医療センターの先生方にも来て頂きました、色々な意見が聞けました。

 

県の考え方も理解できたし、また県議も医療圏の統合には反対だという意見も頂きました。市民(住民)が地域の医療をどう考えていかねばならないか、どう接すべきか勉強になりました。

今日の勉強会での主催者の挨拶を書いて、詳しい内容は箇条書きにして後日報告致します。

  こんばんは、西都児湯救急医療を考える会の橋口登志郎と申します。
本日はお忙しい中勉強会のご参加頂いて有り難うございます。
  今回の勉強会の趣旨を説明させて頂きます、以前、国の研修医制度の改正によって、医師不足になり、西都児湯11万人の住民にとっての二次医療の拠点病院だった西都医師会病院があわや閉院かという危機を迎えました。その時病院関係者や西都市が医師集めに没頭しているのに、その医療を受ける住民が何もしなくて良いのかと思い発足させたのが「西都児湯救急医療を考える会」です。シンポジュームを行い、また住民の半数近い署名を集め医師確保の環境整備に努めました。
 そして、関係者のご努力により、一市五町一村の住民は救急医療の拠点病院を失わずにすみました。
 その後病院の形態が変わり常勤の先生方を中心に、医療技術の優れた官民共同型の西都児湯医療センタ-へと発展していき住民として、安心していたところです。
ところが今年の5月、新聞紙上に「二次医療圏見直し検討」という記事が出ました。
記事を読みますと「県内で7つに分けていた二次医療圏を4つにしたほうが良いのでないか」などの内容が載っていました、またテレビ等でも報道が為されました。
 この報道が出たことで私達考える会は3度ほど会議を行い、この件について話し合いを持ちました。その結果、私達を含め住民はこの医療圏見直しについての意識が薄いのではないか、またこのままだと、只でさえ医療過疎の西都児湯地区です、統合されると益々過疎になるのではないか、という恐れを抱きました。
 それでこの医療圏統合の問題が、西都児湯地区の医療にどう影響を及ぼすのか、住民一人一人知ってもらい、考えてもらうべきだと結論にいたり、本日の勉強会に至ったわけです。
本日追い忙しい中、宮崎県議押川様・図師様、宮崎県福祉保健部医療薬務課の津田様 高鍋保健所 重黒木所長様、西都市の副市長三輪様、西都市の市議会議長井上様をはじめ市議会の皆様がお見えになっておられます。有り難うございます。
 それでは会の進め方です、まず宮崎県福祉保健部医療薬務課の主管の津田様に医療圏見直しについてお話しをいただきます。次に西都市副市長の三輪様に西都市としての考えをお話し頂きます。また地域の代表として押川県議、図師県議がお見えになっていますので県議会としてどう見ておられるのかお聞き致します。

その後皆様と意見交換をしながら、二次医療圏、そして救急医療、地域医療とはどうあるべきなのか考えを深めて頂ければと思っております。皆さんの活発なご意見を期待しています、よろしくお願い致します。

それでは津田様よろしくお願い致します。

 

さて和歌山大会の報告も後日致します。

 

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長い出張・・・全高P連大会、和歌山大会の部part1

2012-08-28 20:15:51 | 日記

水曜日に家を出発して、月曜日帰るという6日間のスケジュールに2つの行事(その中で+2つの用事)を詰め込みました。

さて移動距離は今回結構あるし(宮崎ー大阪ー和歌山ー東京ー宮崎)、いつものようにスーツケースというのは難しいし、街中をキャスターでゴロゴロというのは短距離を歩くのは良いけど(それでも階段とか結構ゴロゴロできないところがあります)、基本走れないしで6日分のパッキングをどうするか悩みました(実はこの走ると言う要素が、今回ほど身に染みたことはありません。走った、走った・・。)

夏で衣服はかさばらないのですが、何せ汗をかくので一日2回分の着替えが必要です。でもそれを6日分となるととんでもない荷物量になるので、今回は毎日洗濯する事で2日分ちょいに絞り、バックはグレゴリーのデイ&ハーフ(大きなデイバックのこと)とウエストバッグ(財布やカメラなど入れておく、必要ないときはグレゴリーにin)にしました。

さてこのグレゴリーのデイ&ハーフは知る人ぞ知る、銘バックなのですが、買ったときはサイドポケットが全くなく、一室だけのバックなので(だから頻繁に出し入れするウェストバックが必要だった)使い勝手が悪そうだなーと思いました。

ところが6日間共に旅していると、世界中のパッカーが愛用している理由が分かりました。まず荷物をパックして(ビニール袋に小分けして)両サイドのベルト(調整ベルト)でバックを締める(2カ所)、よっこらしょと担いでベルト(胸と腹部)を締める、するとあ~ら不思議重さが感じなく、また姿勢も不自然になりません。どこまでもこのまま歩ける感じです(実際東京の町を一日中ほっつき歩きましたが、全く荷重は気になりませんでした)。またもう一つバックは背中にかかえるので防犯上あまり好ましくありませんが(後ろは見えないから)このデイ&ハーフは荷室は一つで両側から丈夫なジッパーで上に締め、その上先ほど言ったように両サイドをベルトで締めるので、泥棒さんがこそっと荷物を盗ろうとしてもまず不可能です。

満員電車の中でも心理的安心感は大きかったです(周りはでかいリュックが迷惑でしょうけど)。勿論荷物は結構入るし、やはり、パッカーの評判は本当でした。ちょっと高いけど絶対のお勧めですね(グレゴリーから一円ももらっていませんよ。でもグレゴリー社が何かくれるというのなら、喜んでもらいますけど・・デイバックなんか良いな)。

ということで1日目は移動日です、伊丹に着き天保山で昼食をとり、大阪城のそばにあるピース大阪に行きました。

人類の敵である戦争を考えるところです、そこには国家間の悪だ善だという考えはなく(ブッシュよ、よく考えなさい)人類共通の敵として戦争を見つめていました。

見えにくいかもしれませんが、大阪大空襲の様子です。

アウシュビッツ

裸足のゲン

大阪に寄ったら、見に行かれることお勧めです(規模はそう大きくないです)

全国から1万人近くの方が来るので、和歌山のホテル等は満員だったのでしょう、宮崎県の宿泊は堺市でした。バス内で延岡のPTA役員の方が今晩一緒に夕食しましょう(宮崎県全体の懇親会は2日目です)という呼びかけに応じて、県北を中心としたグループで楽しく夕食がとれました。

さて二日目は全体会です、普通堺市から和歌山まで高速を使って1時間らしいのですが、参加者が多く大渋滞で2時間近くかかりました。

場所は和歌山ビックホエールというとっても立派な会場です(8000人近く収容可、溢れた方は別会場(和歌山ビッグウエーブ)でスクリーンを見ます。

和歌山県立向陽中学校、高等学校による吹奏楽でのオープニング

大会に先立ち東日本大震災被災者、和歌山災害(水害等)の犠牲者への黙祷

実行委員長大会開会宣言、メインテーマ「和をもって響き合え!」ーつれもて広げる共育の輪ー

(つれもてとは和歌山の方言で「共に一緒に」という意味です)

国歌斉唱

全国高等学校PTA連合会 会長相川順子氏 一般社団法人へ移行したこと、東日本大震災の支援を引き続いて行うことを述べました。

文科省の方の祝辞 ・一般社団法人へ移行したお祝い ・東日本大震災への支援のお礼 ・高等教育のあり方大学との接続の仕方を検討している ・子ども達が生きる力をつけることを目標としている ・学校教育の良き理解者(応援者・協力者)としてPTA活動をお願いしたい

県知事(代理)の方が・昨年和歌山を襲った災害によって、地域コミュニテイの大切さを知り、人と人の絆の大切さが身に染みた。と述べたあと

和歌山の市長(写真)がユーモアを交えた挨拶です ・ビッグホエールはなかなか満杯にならない、コブクロのコンサート以来だ、とても有り難い ・和歌山と東日本の中学生同士で討論会をおこなった、悲しみや苦しみを乗り越えて成長していく姿が見えた ・(最後に)和歌山ラーメンとジンジャエールは飲食してください、和歌山の思い出に・・。

和歌山ラーメンは食べ損なったけど(何せ宿泊が堺市だったので)、ジンジャエールは探しに探して(中々見つけられなかった)ついに手に入れ飲みましたよ、市長さん(名産物の宣伝が上手かった)

飲んだあと、しまった写真を撮らなきゃと、撮った写真です当然中身は無いです、ハイ。美味しかったです。

さてここまで書いて。こりゃ長くなるなと(あまり長いと見てもらえない)思いますので、続きはまた明日書きます。

さて今日は市役所に行き、たまりにたまった仕事をフルスピードで片づけました(うそです、まだ片づいていません)。

明日の午後7時からは西都のコミセン(市役所南側)で私が会長を務める「西都児湯の救急医療を考える会」主催の勉強会(意見交換も含む)を行います。

テーマは勿論「二次医療圏の事です」是非市民の皆さん、足を運んで頂き自分の事としてこの問題を考えてください。

私は司会と進行を努めます、市民住民のためになる勉強会となるようがんばります。

皆さん来てください。

 

 

 

 

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ただいまです。帰ってきました

2012-08-27 23:24:42 | 日記

長いこと家を離れていましたが、先ほど帰ってきました。

台風の影響で今日帰れないところでした、クワバラクワバラ。

報告は明日から順次報告致します(お楽しみに)、とりあえず寝ます。z z z z

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