1980年代の事です。
私は名古屋に住んでいました。
お盆や正月の帰省は飛行機か自動車を使ってです。
運転の好きな私は、半日以上かけても車で帰ることを望みました(妻や子供たちは飛行機が楽でしょうけど・・)
あの当時は高速道路が八代までしかなく、八代からは一般道で人吉まで、そこから小林経由か湯前経由か選択しました。
多分距離的には湯前西米良経由が近いのでしょうが、あの当時は道が悪かった。
国道219でありながら、熊本県側と宮崎県側は道路整備状況に差を感じました。
西米良から西都まではたぶん50数キロですが、あの当時は一時間半以上かかっていたように思います。
道は狭く、離合がやっとのところがあり、トンネルもあまりなく、其のうえそれらは暗く狭いものでした。
道は川に沿ってくねくねと曲がりくねり、同乗者は車酔いが常でした。
それから40年ちょっと経ちました
西米良までの道はだいぶ改良されました、西米良まで一時間かかりませんし、新しいトンネルは広く明るく快適です。
勿論湯の前までの道、湯前市街の狭い道もだいぶ改良されました。
これらは三市町村(西都市、西米良村、湯前町)の県や国への要望活動が功を奏しています。
きょうも要望活動前の現地調査に行きました。
西都土木事務所の皆さんに工事進捗状況や、これからの計画など説明を受けました。
それらを踏まえ、また要望に行きたいと思います。
大きな自然災害があり、この道が不通になってしまうと、経済だけでなく、救急搬送等の命に係わる道です。
それらを踏まえて行動していきます。
さて水曜日の稽古は一番時間の短い稽古です。
週の半ばの水曜日の稽古が短いのは、まだ体のできていない小学生低学年にはちょうどいいんじゃないかな、と思っています。
実は私が大学時代の空手道部の稽古も、日曜以外は毎日ありましたが、月火木の三日間は昼休み時間を使った稽古でした(その他は長い時間)
記憶が薄れましたが、12時5分ぐらいから13時までだったと思います。
ただ体育会なので(体育会なのでという言い方はおかしいですが、とにかく厳しかったと理解してください)、12時5分には稽古始まります。
午前の最後の講義が終わるのとほぼ同時です、ちなみに稽古に遅れるという文字は空手道部にはありませんでした。
おくれたら最後、マンツーマンでコッテリと絞られました(ですから下級生誰も遅れてこなかった)
時間は短いですが休憩時間なしの上、ほぼ一種類か2種類だけの稽古です
騎馬立ち中段突きを永遠(ほぼ一時間ですが、感覚的には永遠に続く感じ)にしながら、腹をけってもらい鍛える、ありがたい稽古
または追いつき移動稽古をしながら、お腹やお尻に蹴りをいただく。
はたまた形を休みなし、全力連続で打っていく・・・
たった一時間弱ですが、結構疲れる稽古でした。
勿論それを模すわけではないですが(そんなことしたら訴えられる)、短い時間はかえって集中できる稽古になると思っています(子供たちに思って欲しい)
今日は野外(途中で雨が降り始めたので、渡り廊下で)は中段突きを300本ほど、三連突きを100本ほど、そして鉄騎初段
体育館に入ったら、第一指定型のジオンを時間まで集中して行いました。