すとう功の周回遅れ

元駅伝選手の「いろんなことに走り続けます」

一隅を照らすは世の宝

2012年12月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 岩沼市議会、議長応接室に掲げられた揮毫(きごう)があります。『一隅(いちぐう)を照らすものは世の宝である』

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 作者がどなたかわからず調べました。『一隅を照らす』と検索すると天台宗のホームページにたどり着く。ホームページの最初に「一隅を照らそう」とあります。

 余談ではありますが天台宗の総本山は、織田信長に焼打ちにあったことでも有名なあの比叡山延暦寺です。「一隅を照らす」は比叡山を開いた最澄の「照千一隅」の言葉からきていますが、解釈はいろいろありました。

 元々の語源は中国の古典にあるものから引用されたとのことです。天台宗による照千一隅の解釈では「これすなわち国の宝」といって「社会の片隅でもよい、必要とされる人物となれ」また「縁の下の力持ちになれ」ということだそうです。

 何か意味深で難しい言葉ですが、岩沼市議会にはぴったりの言葉???だと揮毫された方のためにもそういうことにしましょう。

 今年もあと数日で新年を迎えることになりました。それにしてもいやな事件や事故が年末に相次ぎました。トンネルの天井板落下で多数の方が亡くなり、トラックからは重い鉄板が落下して事故に遭われたり等々例を挙げるとキリがありません。

 また、現職警察官による殺人や、尼崎で発生した連続変死事件など、信じられないような虐待・殺人や交通事故が連日のように報道された。新年を迎えることで、希望を込め「良い年でありますように」と願うばかりです。

 永年、市議会議員を努め、また議長も経験した井口市長は、この揮毫を意味をご存じだろうか。先ほどの意味の他に「周りの人を照らす」「己を忘れ他を利する」ともあると書かれてありました。

 新たな集団移転を要望している8世帯は、岩沼に住みたいと願いつつ、新年を迎えるに当たり「一隅を照らすものは、、、」に大いに期待していると思います。

 揮毫した作者は不明だが、私もそのように在りたい

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