すとう功の周回遅れ

元駅伝選手の「いろんなことに走り続けます」

震災での節電は我欲か

2011年04月10日 | 日記・エッセイ・コラム

 昨日のブログで「これからの公共工事は」と題し、これからの無駄について書いたつもりでした。24時間営業のコンビニについて必要性はあるのかいえば、今回の地震で被災したところとそうでないところに地域差があると思った。

 東日本大震災で電気は4日、水道とガスは一週間以上も使用不可能でした。(他の地域はもっと不便な地域がありました)一週間以上もお風呂に入れない生活は津波などに被災していない私達でさえストレスが溜まる。

 そのため不自由な生活を余儀なくされていた地域は、早く復旧することを切に願っても多少の不便は我慢できたと思います。しかし、停電や断水がすぐに復旧した地域とは温度差があると思ったのです。

 例えば、ライフラインなどの改修工事を実施する際は、一時的な停電や断水をしないように仮設を作ったりします。工事費が高くなり結果的に受益者の負担となる。

 理想的な水準に達した公共性のある電気や水道は、停電や断水といったタブーを打ち破ることなく工事をしてきました。それは理想的なレベルを国民が求めたからでもある。

 首都圏では電力不足に対応するため「計画停電」を発表したが、実施することは見送りました。企業や個人が節電に協力し、計画停電を見送ることが可能になったのは住んでいるの首都圏の努力です。

 短期間の停電を経験していた首都圏とは温度差があると思ったが、理想的水準を保持していたら、計画停電は実施されていたと思います。計画停電を示されればそれに向けての行動に示す。

 日本国民の「我欲」は表れていなかったと感じます。東京都知事に石原都知事の再選が決まりました。震災後に我欲が強すぎてバチがあたったと豪語した都知事にバチは当たりませんでした。

 政権運営で課題の多い当選は、バチが当たっも当然。


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