ゆうゆうの教会便り

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ヒゼキヤ王とセンナケリブ

2015-04-24 20:30:25 | 今日の聖句
旧約聖書は今「歴代誌 下」を読んでいます。今日の聖句は「歴代誌 下」からです。

32章13節~15節
お前たちは、わたしとわたしの先祖が全世界の民に行ったことを知らないのか。
諸国の神々がわたしの手からその国を救い出すことができたか。わたしの先祖によって滅ぼされた
これらの諸国の神々のうち、どの神がわたしの手からその民を救い出すことができたか。
お前たちの神は、わたしの手からお前たちを救うことができるというのか。
そのようにしてヒゼキヤに欺かれ、唆されてはならない。彼を信じてはならない。
どの民、どの国のどの神も私の手からまたわたしの先祖の手からその民を救うことができなかった。
お前たちの神もこの私の手からお前たちを救い出すことはできない。」


アッシリアの王センナケリブがエルサレムに家臣たちを遣わして、エルサレムにいる
ユダの王ヒゼキヤとユダのすべての人々に告げさせた言葉です。
当時のイスラエルやユダは周囲の列強の国々に脅かされ続けていました。

16節~19節
センナケリブの家臣たちは、神なる主とその僕ヒゼキヤに向かってなお語り続けた。
またセンナケリブ自らイスラエルの神、主を侮る手紙を書き、主に逆らって言った。
「私の手から自分の民を救うことができなかった諸国の神々と同じように、ヒゼキヤの神も
わたしの手からその民を救い出すことはできない。」彼らは城壁の上にいたエルサレムの民に、
ユダの言葉を使って大声で呼びかけ、恐れと戸惑いを起こさせ、町を占領しようとした。
彼らは、エルサレムの神を、他人の手の業にすぎない諸国の神々を同じように考えて語った。


20節~23節
ヒゼキヤ王と預言者、アモツの子イザヤはこの事のために祈り、天に助けを求めて叫んだ。
主は御使いを遣わして、アッシリアの王の陣営にいる勇士、指揮官、将軍を全滅させられた。
(センナケリブ)王は面目を失って帰国し、その神の神殿に来たところ、自分の血を引く王子らによって
剣にかけられ倒された。こうして主はヒゼキヤとエルサレムの住民をアッシリアの王センナケリブ
およびあらゆる敵の手から救い、周囲の者たちから彼らを守って安らぎを与えられた。
多くの人々が主にささげる供え物と、ユダの王ヒゼキヤにささげる貴重な品々を携えてエルサレムに来た。
それ以来、王はあらゆる国の民から仰ぎ見られるようになった。


『ヒゼキヤは治世の第1年から神殿修復を開始し、国内の偶像を破壊して宗教改革を断行した。
物質的に繁栄した時代だったが、政治的には困難な時代だった。
父親のアハズ王は親アッシリアだったが、ヒゼキヤは反アッシリア同盟を結んでエジプトと同盟を結ぼうと
したが預言者イザヤは反対した。アッシリアのサルゴン二世はユダの地中海沿岸諸国を席巻し、
その子センナケリブもペリシテの町を降伏させユダの町も掠奪した。
ヒゼキヤはエルサレムが占領されるのを恐れて貢物を与えたが、アッシリアは更にエルサレムに迫った。
ヒゼキヤのこの危機の中にあってイザヤの預言によって励ましを得た。
そして、その預言は実現してアッシリアの軍隊は突然の災害によって滅んだ』のだそうです。(「聖書事典」より)

ヒゼキヤ王の時代、バビロニアの独立などによりアッシリアのセンナケリブは東方の支配を
固めなければならなかった。このためヒゼキヤ王はアッシリアへの朝貢を中止し、隷属関係を破棄することも
できたし、父のアハズがエルサレムに導入することを強いられたアッシリアの偶像も排除することができた。
アッシリアはしばらくの混乱の後、センナケリブは支配を安定させ再び南の国々を攻撃を開始し
エジプト軍をも撃破した。その後ユダの国に侵入し46の町を征服、エルサレムを包囲した。
絶体絶命の危機に落ちったエルサレムがかろうじてこの危機を免れたことについては二つの説がある。
一つは神殿と宮殿の莫大な財宝をアッシリアに収めたというもの。
もう一つはエルサレムを包囲していたアッシリア軍に突然(疫病などの)災害が起こったか、
本国に政治的異変が起こってセンナケリブが急遽退却せざるを得なくなったというものである。
いずれにせよエルサレムはとにかく滅びを免れ、これによってエルサレムは不滅であるという
迷信的な信仰が広がったようである。(「よくわかる旧約聖書の歴史」より)

しかし、このあとユダは再びアッシリアの属国となり、ヒゼキヤの後継者マナセとアモンは
ヒゼキヤが排除したアッシリアの偶像を再びエルサレムに導入しなくてはなりませんでした。
周囲の列強にもまれ続ける小国ユダは細々と生きながらえていたようですね~
分かり難いこの時代を理解するのには「マンガ聖書時代の古代帝国」も参考になりました。


桜の花は殆ど終わりました。

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