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吉田一氣の熊本霊ライン 神霊界の世界とその源流

FC2BBSから移動しようと目論んでいます。
http://reyline.web.fc2.com/index.htm

酒列磯前神社の調査 No277

2011-06-29 23:45:55 | 神霊界考察
前回より酒列磯前神社について何回か記載している。
2011/03/28『茨城県ひたちなか沖の藻塩 No244』
2011/01/21『酒列磯前神社で戴いた藻塩 No206』
2010/10/22『弓梓弓と水の女神 断片集④ No175』
ところで熊本霊ラインは道君首名公が少彦名神と大國主命を祭祀しているが
この当時は夏至のラインと中央構造線を意識して道君首名公はこの地に勧請したものと思われる。
道君首名公の時代の8世紀初頭には中央構造線の東の端の酒列磯前神社の場所には
まだ酒列磯前神社は存在していない。
では何があったかというと白亜紀の地層が露頭しているこの地には豪族の古墳が立ち並んでいた。
それは磯崎東古墳群といわれている。
江戸になって水戸黄門で知られる徳川光圀がこの古墳群を調査している。
そして西暦1702年元禄15年に隣接する西方の台地の椿山から酒列磯前神社を移動させている。
どうでもいいことだが元禄十五年十二月十四日といえば赤穂浪士の討ち入りがあった年である。
光圀は元禄13年に亡くなっているが、遷宮の経緯は元禄3年に本社を参拝した水戸光圀が遷宮を命じたらしいが
なぜか遅れてしまい実際に完了したのが亡くなって2年後の水戸城主源綱條の時ということになる。
ではなぜこの古墳群のある地に遷宮させたかというと何らかの祟りの封印ではないかと考えている。
この光圀が遷宮を命じた元禄三年は光圀が隠居した年に当たる。
光圀の隠居はいろいろな噂があるが隠居後の元禄7年には重臣の藤井紋太夫を光圀は自からの手で刺殺している。
また隠居の前年の元禄二年に光國から光圀に名前を変えている。
この改名も奇妙である。
この圀という字は則天武后という女皇帝が創った新しい漢字であるが
光圀以外に使用例が無い漢字である。
問題は則天武后が造ったとうことにある。
これは則天武后を光圀がどう評価していたかということに繋がるが
則天武后は皇帝である睿宗を皇太子に格下して690年に自ら帝位に就いている。
国号を「周」とし、自らを聖神皇帝と称し年号は天授と改元した。
簒奪を計画し失敗した韋后と並べ武韋の禍と呼ばれているが
このいわくある圀という字を用いる改名は
光圀には将軍の地位を狙う野心があったと考える根拠となるし
時の将軍にとっては面白いものではなかろう。


さて遷宮した酒列磯前神社の祭神の少彦名神には祟り封じの神力が備わっている。
特に疫病除けの神力は絶大で三輪山はじめ各地に祀られた経緯がある。
光圀は古墳の調査として岡岩屋古墳や前方後円墳の上侍塚古墳と下侍塚古墳なども調査しているが
この磯崎東古墳群36基はすべて円墳である。
『1663年の磯崎古墳発掘の発端と堀出神社の由来』
『堀出神社の由来』
『磯崎東古墳群分布図と酒列磯前神社の位置』
上記配置図を見ると酒列磯前神社の本殿背後が古墳の中にあることがわかる。
堀出神社の由来をみれば分かるように古墳の出土品を
わざわざ神社を造って祭祀しているくらいだから
偶然に酒列磯前神社を遷宮した場所が古墳の中という訳ではないことは明らかだ。
堀出神社では話にならない呪詛の問題が発生したと思われ
それを鎮める為に少彦名神を祭祀している。
酒列磯前神社に参拝された方は分かると思うが参道は常緑広葉樹林で覆われている。
本殿背後の古墳部分の樹叢は江戸時代から禁足地とされていたようで
自然林となっているが水戸家が恐れてかなり手厚く保護してきたものと思われる。
ヤブツバキの古木は樹齢300年となっているがこれは光圀時代のものである。
これらは酒列磯前神社の樹叢として県の天然記念物に指定されている。
この問題というのが中央構造線東端の白亜エネルギーに絡む祟りであると感じている。

さて長々と酒列磯前神社の来歴等を説明したが
これからが本題である。
熊本霊ラインである西の端の万日山の環状列石が荒らされたり
あるいは天社宮の御神木が切られた昨年末から今年春までの間に
酒列磯前神社で何があったのか気になり友人に調査してもらった。
地震の影響では灯篭が倒れたりしたらしいが拝殿や本殿は無事だったそうだ。
ところが気になる写真を送ってきた。



酒列磯前神社の裏の古墳群から南方向に続く古墳集合地帯の一部を整備して公園にしているのだ。
これがいつの工事かはすぐには分からなかったが
ある方のブログで(http://www.zen-sonobe.com/blog/index.php?c=6-)
今年の3月1日までの工事であることが分かった。
 

中央構造線の西の端と東の端の両方で聖なる場所が荒らされていたという訳である。


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天社宮の御神木 No276

2011-06-26 12:49:47 | 神霊界考察
天社宮での21日祈願を終えて夏至も越えたので
ようやく天社宮の御神木の話が出来る状態になった。
熊本霊ラインは『万日山事件』 でぼろぼろな上に今年の1月末に天社宮の御神木が切られていて
荒ぶる氣が鎮まってきた5月末まで5ヶ月間は参拝を控えていたのだ。
というか荒ぶる氣を恐れて参拝できなかったというほうがよいかもしれない。

写真を見ていただくと分かる様に売られている土地は
もともと天社町の氏神たる天神宮の敷地内である。

戦後に掠め取られたようである。
しかも掠め取った人は恐れ多いのか本人は住まなくて
アパートにしたり転売したりしている。

ここを買われる方はいくら安くても当然に氣をつけられた方が宜しい。
営業妨害といわれたくはないので一般論を紹介しておく。
『神社があった土地の購入』
また地主の方で子孫代々の呪に悩まれる方はこのブログのコメント欄にて相談されたし。


『3年前の御神木』 

天社宮については
『天社宮(高橋東神社)ガイド』
『渦とスパイラル No074』 を参照して欲しい。



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21日祈願と平行して行なった写経について No275

2011-06-25 21:22:37 | 神霊界考察
天社宮21日祈願+夏至の祈願参拝はとりあえず完了させたことは
『二十一日祈願と忌服 No272』で述べたが
今回は般若心経の写経も同時に行なった。
なぜ写経を行なったのかは『水無月は水の月 No267』で述べているように
今回の震災が弥勒・文殊・普賢という
仏教的な意味合いを持つように感じられたので死者の鎮魂の意味と
霊的な呪が21日祈願の障害となることを危惧したためである。
実は祈願写経は初めての経験だった。
写経の部屋は神業用に結界を張ってある龍神の守護の強い和室で行なった。
この部屋は『魔除け龍御幣 No231』で記載した部屋で
『龍神信仰 3 No160』で紹介した友人が謹製した龍の物語の焼き物が置かれている部屋でもある。
四隅には水晶球と塩と榊の結界を張り
部屋の四面には東西南北中央に対する李遠国先生謹製の霊符を張ってある。
また3月に聖徳太子建立の信貴山朝護孫子寺の高僧にも部屋の祓いを行なってもらっている。
何が言いたいのかというと
初めてのことをするに当たっては用心深く細心の注意を払うことが大切であるということだ。
礼節も大切であるが神業は用心深さが第一であることを伝えたい。
特に神道信仰者が仏教的ことを行なう時には要注意である。
   
花と水とお茶と香を献じたがお茶に面白い現象が生じた。
お茶の葉の粉と渋が沈殿するのだがそれがいろんな模様となるのだ。
気づいた時と最終日は○に点の模様が出来た。
これは日月神示で言う一厘の調和を意味する。
『盛り塩皿へのこだわり No091』でも
このマークが盛塩に現れた写真と意味を述べているが、
今回は神業中のことで残念ながら撮影出来なかった。
その後の写経練習で撮影したものでは○にちょんのマークは表われなかったが
陰陽太極図ぽいものが撮影できた。
『気分だけですが...(^_^;) 』

本日お茶の条件出ししてなんとかそれらしい写真が撮影できた。

『暇人の作法』


ところで祈願中にいろんなことがあったが
一番驚いたのが大雨のすごさだった。
我が家から撮影した一段低いお隣さんの状況
熊本市では前代未聞の15万人に避難勧告が出された。



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学研ムー7月号記載の「鎮災難除霊符」の紹介 No274

2011-06-22 00:45:46 | 神霊界考察
今年の2月に『学研ムー3月号記載の「魔除け龍御幣」 No231』を紹介したが、
今月号である7月号の付録に「鎮災難除霊符」が付いていたので紹介したい。
『学研ムー7月号の付録「鎮災難除霊符」の紹介記事』←霊府の縮小写真あり 参考にされたし
この霊符を謹製されたのは鮑義忠道士である。
この鮑義忠道士の父親は2010年に亡くなられた鮑黎明(パオ・リーミン)氏である。
『鮑黎明氏のプロフィール』
『青龍堂のHP』
吉田一氣の蔵書にも何冊かある。
華僑の風水学―成功をもたらす開運法のすべて
東経
   
紫微斗数精義―あなただけの星マンダラ占星術 (実践講座)
ビイングネットプレス

実用 正統風水百科
PHP研究所



今回紹介した付録の靈符は台湾の林文瑞導師から伝授されたものであるとのことだ。
この靈符の霊験はこれからの調査ということで霊験を断言できないが
この日本の未曾有の危機からの鎮災難除の霊符ということで
是非試されてみてはいかがかと思う。

ちなみに鮑義忠導師と林文瑞老師との縁は青龍堂のHPによると
「横浜中華街の関帝廟落成の際に、
御霊入れ(開光點眼)を執り行った台湾道教の法師である林文瑞老師から
24歳の時に鮑義忠導が神仙界の最高神である玉皇大天尊玄靈高上帝(關聖帝君)
から御告げが届くようになった訳である關(羽)前将軍と私との繫がりを伝えられた。
そしてある時林老師が突然日本に来られて
「關聖帝君さまからお前に道術、法術を伝承してやってくれ」と頼まれたと言われた。
その当時は私も寝耳に水であった。
師は短い滞在期間で「あとは自然に覚えるようになる」と意味深な言葉を残して帰国した。
それ以降林文瑞老師の生涯唯一の直弟子となり道術と法術を修める。
玉皇大天尊玄靈高上帝關聖帝君との「神人合一」を目指し
日々研鑽に励む毎日を送っている。」ということだそうだ。

余談では有るが青龍堂のHPによると師の靈符は一枚18000円となっている。
印刷であっても霊験が顕われるように強化してあると鮑義忠導師が断言する
この靈符が付録された学研ムーが¥670であれば安いともいえよう。

ムー 2011年 07月号 [雑誌]
学研マーケティング




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東寺伝の曼荼羅図の紹介 No273

2011-06-21 20:26:50 | 神霊界考察
なかなか東寺伝の国宝の曼荼羅図のいい写真を得ることが出来なくて
『フラクタル構造についてNo210の補足 胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅 No230』では
解像度が悪いものを添付していたが
昨日wikipediaで両界曼荼羅を検索すると
高解像度での画像の欄に高解像度のjpgファイルが
アップされていたので紹介しておく。
これをネット上にアップするために御努力された方に感謝したい。
最低でもこの程度の解像度でないと曼荼羅を読み取ることで
悟れるものも悟れない。
この画像はA3サイズにカラー印刷してから見ていただきたいものである。
       

『伝真言院曼荼羅』九世紀後半(東寺蔵)
『伝真言院曼荼羅』〈西院本〉。
宮中の真言院で用いられたと伝えられ、
金剛界、胎蔵界からなる曼荼羅。東寺に現存する曼荼羅のなかでもっとも古く、
極彩色の曼荼羅の最高傑作である。
九世紀の作と推定されるが、遠い異国の薫りがする。
「金剛界曼荼羅」は、成身会を中心に、三昧耶会、微細会、供養会、四印会、
一印会、理趣会、降三世会、降三世三昧耶会の九会からなる。
「胎蔵曼荼羅」は、中台八葉院を中心に、周囲に、遍知院、持明院、釈迦院、
虚空蔵院、文殊院、蘇悉地院、蓮華部院、地蔵院、金剛手院、除蓋障院が、
同心円状にめぐり、すべてを囲む外周に外金剛部院(最外院)からなる。
空海が曼荼羅を用いる所以は、恵果阿闍梨の言葉による。
「真言秘蔵は経疏に隠密にして、図画を仮らざれば相伝すること能わず。」

(空海『請来目録』)

参考: 京都市立芸術大学 定金 計次氏の
『教王護国寺蔵「伝真言院曼荼羅」の再検』
読んでいただければ分かるが
国宝になりながらもメイドインジャパンなのかチャイナ製なのかが分かっていない。

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二十一日祈願と忌服 No272

2011-06-20 12:01:31 | 神霊界考察
6月1日のブログ記事の『水無月は水の月  No267』で記載した通りに
一日より二十一日間の震災厄除祈願を始めたが、
もうあと少しという先週末のことだが義理の叔母が急に危篤になり薬効虚しく帰幽した。
問題はこの義理の叔母の住む自宅が参拝している天社宮の
西方向に700m程度のかなり霊ラインに近い距離ということにある。
忌服期間ということで参拝を中断することはやぶさかではないが
一連の熊本の洪水や弔事が震災厄除による災劫弭化の結果であることも
今回は考慮せねばならない。
危篤になってから神託による神意を伺ったが結局のところ神意は継続にあるようだった。
ところで参拝の帰りに独鈷山ふもとのHIヒロセに買い物に行ったら
そこに麻の葉模様のテーブルセットが販売されていた。
そして葬儀社の座布団も麻の葉模様であった。
たかだか数日で二度も麻の葉模様を目にしたことが不思議でもある。


 

『麻の葉紋と瞑想 No270』の記事と『麻の六芒星と天津金木 No268』で示したとおり
麻の葉マークの天津菅麻のネットワークは稼動し始めたと思える。

さて今回の祈願は『水無月は水の月  No267』で示したとおり
水の月である六月に水による禊祓いの震災厄除を祈願したのだが
おかげでこの熊本は6月の降雨としては20年ぶりの1000mmを超える降雨となった。
6月10日から13日までの3日間だけでも阿蘇山で500mmで熊本市でも400mmの降雨となっている。
特に6月12日は11時頃参拝していると御神木を切られた木霊か眷属神の怒りが
霊流として流れ込み簡単には押さえることが出来なかった。
息を吸いこんだ途端にそれに合わせるかのごとく一度だけ激しく雷鳴がとどろいた。
そして本日6月20日も再び土砂降りの雨となった。
とにかく禊祓いで水に流すしか方法は無い。
朗報はこの大降雨により阿蘇山の火口には湯溜まりが出来て噴火警戒レベルが下がったことだ。
これは火之迦具土神の怒りが鎮まろうとしていることを表している。
『弓梓弓と水の女神 断片集12 No182』で述べた通りに雨の雫には少彦名神の神霊が宿るが
伊邪那岐神が伊邪那美との間に産まれた火之迦具土神を斬り殺した際に
同じ水の神霊である淤加美神(おかみ)神が生まれている。
火の神とと水の神の分離である。
火之迦具土神のエレメントである火と土を鎮めるのは水ということになる。
土の怒りはまずは地震であるが今回の大雨でどれだけかは弭化されたと思われる。

※弭化とは災難を未然に消火することであるが、
弭は弓の両端にある弦を掛ける部分のことでゆはずと呼ばれる。
漢字の意味としてはやめる、とどめるという意味があり
弭化は祓い除く・厄災を禊により昇華させるという意味がある。


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風水的土地の浄化 第一段階 No271

2011-06-13 16:28:06 | 神霊界考察
熊本は二日続きの豪雨に見舞われた。
自宅のある上松尾も裏の排水溝がみるみる上昇していき
水位が2m以上も上がったきた。
あと30cm程度の余裕しかなくなったのが16時だった。
自宅前の井芹川もかなりの水量となってきたが
満潮が18時半で大潮だったのであと1mくらいは水位があがると考えられたが
運良く16時半には豪雨が小雨になりなんとか浸水を免れた。
それで前回『熊本霊ラインと熊本大災害 対策検討篇 No265』で紹介した
我が家の庭は水が流れ込んで溜池状態になった。

ここをどう浄化しようかと考えていたがふとEM菌を撒く事を思いついた。
熊本の海で海水と土壌の浄化にEMだんごを使っていて
効果が出ていることを聞いていたからだ。

ネットで調べてみると
『EM技術による天然記念物や老齢木の保全』
『第39回 地震災害後のEMの活用』
『第40回 EM技術による放射能被曝対策』
土地の浄化にEM菌が活用されていることが分かった。

これがどれだけ効果あるのかはまだ分からないが
本日早速EM菌を薄めてジョウロで散布してみた。

ちなみにもともとは竹炭を使った浄化というものを考えていたが
これは土地が落ち着いてきてから試したいと考えている。

あとEM菌使用の注意点として
どぶ川のようにもともとBODが高い川の場合に
EM菌を撒布するのは問題ないようだが、
BODが1mg /l以下の綺麗な河川にEM菌を撒布するのは
逆効果で汚染となる場合があるようなので注意が必要だ。

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麻の葉紋と瞑想 No270

2011-06-09 12:39:50 | 神霊界考察
『麻の六芒星と天津金木 No268』で以下のように
「全ては古代蘇我氏の失われた秘伝なのであろうが
添付した麻の葉連続紋を見続けることでも
透けて見えてくるものがある。
これを卜占に応用することは可能であろう。」
というようなことを記載したが、
古代の占いとしては
鹿の肩甲骨を焼いてそのひび割れ方で吉凶を判断するもの⇒鹿卜(かぼく)
亀の甲羅を焼いてそのひび割れ方で吉凶を判断するもの⇒ 亀卜(きぼく)
霊媒・巫覡(ふげき)審神者による鎮魂帰神法による神懸り⇒神託
布斗麻邇(フトマニ)と呼ばれる天津菅曾・天津金木・天津祝詞による占い⇒元祖太占
などがあるがこの中で布斗麻邇(フトマニ)は封印された占いとなっている。
中国では「易経」による筮竹や算木による占いが発達しているが
これは伏羲が考案したと伝えられる八卦が基本となっている。
『八卦』

明治の国学者の大石凝真素美は
封印されたフトマニである天津菅曾・天津金木を筮竹や算木に見立てて
天津金木学を提唱し天津金木極典記を記載した。

『天津金木の方位』

さて本題である麻の葉紋と瞑想方法であるが
瞑想用に下部に麻の葉グリッドを添付しているので
新しいブラウザかタブで開いて欲しい。
IEの場合は写真位置にカーソルを持ってきて右クリックして
リンクを新しいタブもしくはウインドウで開くを選んでいただきたい。
麻の葉グリッドを凝視して立体視すると
無限に続く階段模様が角度を違えていくつかのパターンで見えたり
警視庁マークのように葉が折れた麻の葉のように見えるものと思う。
繰り返しパターンなので平行視や交差視などで見ることも可能である。

しかし麻の葉グリッドをいくら凝視してもこの天津金木は見えてこない。
従って麻の葉グリッド上に天津金木は置かれたものと考えていただきたい。
その天津金木を記載した図を添付している。

もう一つの色塗りしてあるグリッドも同様に開いて見比べて欲しい。
これは筆者が瞑想中にイメージしたものの一例である。
これ以降頭に閃く図象はだんだん現実の図象を超えてくる。
麻の葉の輝線は十二方向なので八方向イメージを凌駕しており
イメージの自由度は高いようだ。
さらに自分の意識が開かれていくと
まさにある瞬間に神霊界からのメッセージも得られよう。



『瞑想用グリッド』

『瞑想用天津金木グリッド』

『瞑想用天津金木グリッド』


『麻の葉紋と瞑想』

現在、天社宮に二十一日祈願しているが
参拝中に感じた渦のエネルギーを麻の葉グリッドに嵌め込んでみた。
渦の意味なすものについては『渦とスパイラル No074』を読んでいただきたい。

『天津金木渦巻きグリッド』   


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『八大龍王神マーク』とカタカムナの『ヤタノカカミ』の相似性 途中挫折 No269

2011-06-02 11:46:50 | 神霊界考察
なぜか記事がすべて消えている。(6月3日17:10現在)
この記事は復元不可能かもしれない。
ということは内容が結構いい線いっていたのかもしれないとも思う。
記憶を探りながら復元中

虹色巫女さまより『麻の六芒星と天津金木』のコメントで
自宅で偶然本が落ちてきて開いたページが
カタカムナの「ヤタノカカミ」についてのページであったと紹介された。

  

カタカムナでいうところの「ヤタノカカミ」は
上記添付した写真左側の本の表紙の写真のようなマークとなる。
それに対して筆者が記載した『八大龍王神マーク』はその右側の中央図である。
これはあくまで垂直虹が出て八大龍王神の感応があった際に撮影したものを
図象化しただけで詳細の理解が出来ている訳ではない。

虹色巫女さまを通して真意を理解しなさいと指示されているものと解している。

『麻の六芒星と天津金木』の記事で
麻の葉紋と天津金木の関係を述べた。
フトマニという占いは①天津太祝詞②天津金木③天津菅麻を中心として成り立つが
古代文字である字ヲシテで書かれた古文書であるという。
ヲシテ文字が本当に古代文字であるかは断言できないが
天津太祝詞と天津金木と天津菅麻の存在は確定しており
これらは蘇我氏に関わる何らかの祭祀に繫がるものである。

『フトマニ図』

一方カタカムナの方も神代文字であるカタカムナ文字で記載されたものであり
「カタカムナ文献」というものから知ることが出来る古代文明とのことだ。
『カタカムナ文字』

これ以降は消えた文章の復元不能。
次回以降の記事で縄文時代に繫がる古代文明について再度記載したいと思います。


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麻の六芒星と天津金木 No268

2011-06-02 02:06:48 | 神霊界考察
前回より
『麻の六芒星の復活 No257』の記事と
『日本的六芒星の麻マーク No258』
この日本的六芒星である麻の葉紋がすばらしいという話をしたが
この麻の葉紋の立体性について理解できたところまでを報告したい。
前回の記載で『この日本的六芒星は立体的に脳裏に映る』と言ったが
複雑な立体構造をシンプルに表現したので添付図を拡大して見て頂きたい。

『左図をクリックして拡大してください。』
ちょうど真ん中になる青で線引きした積み木が麻の葉紋の立体構成図である。

ところで藤原氏の祖である中臣氏の大祓祝詞に
以下の言葉がある。
1.天津菅麻(天津菅曽)ヲ本刈り断チ末刈リ切リテ
2.天津金木ヲ本打チ切リ末打チ断チテ
3.八針ニ取裂キテ 天津祝詞ノ太祝詞事ヲ宣レ

この意味の理解はいろいろに受け取ることが出来るが
このブログの読者であれば
天津菅麻=菅曽(読みはスガソ)は菅曽=蘇我氏であり
麻の方は忌部氏の可能性を感じ取っていただけるものと思う。
これは天津菅麻の封印であると共にこれを神前に供えるという意味も持っている。
さてこの天津菅麻の表現からイメージ出来るものが
連続する麻の葉紋ではないかと感じている。
そう考えると天津金木もやはり麻の葉紋から構成されるのではないかと
考えられるがおぼろげながらその輪郭が見えてきた。

この天津金木も天津菅曾も布斗麻邇(フトマニ)と言われる
高度な神占の一種という話がある。

『天津金木の構成』

全ては古代蘇我氏の失われた秘伝なのであろうが
添付した麻の葉連続紋を見続けることでも
透けて見えてくるものがある。
これを卜占に応用することは可能であろう。


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水無月は水の月  No267

2011-06-01 01:23:00 | 神霊界考察
前回より「月にまつわる水」ということを何度かブログで記載しているが、
『月についての考察 No220』
『月を隠す藤原氏 No266』での記事をまとめてみると
①月の字は水に縁ある為なりということ 月とヒキガエル 月と月下氷人
②月の水は醴泉であり酒にも繫がる
③瓢箪の開運力の源泉は水と月にある
④匏は水の女神と月と少彦名神がキーワード など。

考えてみると月にまつわる水が暗示するものは水無月かもしれない。
水無月はみなづきと読むが
語源を調べてみると水無月の「無」は「の」にあたる連体助詞の「な」で
実は「水の月」という意味であるそうだ。
同様に神無月とは「神の月」ということになるそうである。
なるほどと得心した。

そういえば開運瓢箪でも6の暗示があり
六瓢箪お守りなどというものもある。

この水の月の6月が今年は特に重要な月となりそうな気がしている。

同じく『月を隠す藤原氏 No266』で述べた
弥勒・文殊・普賢から導き出せる道であるが
この弥勒が三・六・九月という未来暗示とならないように願っている。
これを過去の月を意味するとすれば
2011年3月11日 福島原発メルトダウン
2007年6月11日 常陽の炉心で燃料棒の交換装置と計測線付実験装置が衝突
1999年9月30日 東海村JCO臨界事故 常陽用の核燃料を加工する過程での事故
で369となり残るは文殊・普賢が暗示する反省と発展であるが
そんなに甘いものとも思えない。
日風水土の四つのエレメントに関する呪いを仮定すると
原子力の事故は風のエレメントでしかない。
水は津波で土は地震とすると日=火は火山なのか太陽フレアなのか判らないが
この暗示が過去の出来事で全て終了ということでは片付けられないだろう。

参考までに最近の日本の死者災害は
1983年5月26日 日本海中部地震 地震と津波で死者104人 369月とは関係ない
1991年6月3日 普賢岳の火砕流で死者43名
1993年7月12日 北海道南西沖地震 地震と津波で死者230人 369月とは関係ない
やはり三・六・九月という暗示であれば過去ではないと考えた方が良さそうである。
未来に対する注意が必要であろう。

半日ほど時間が経過しているが、本日熊本市の市政だよりが届いて
それをぱっと開いたら昭和28年6月26日の熊本大洪水の写真が出ていた。
ちなみに熊本で多く死傷した記録を持つ西南戦争の田原坂の戦いは
3月4日から17昼夜で死傷者4千人余となっている。
これらは3・6月だ。
しかしながら熊本大空襲は昭和20年7月1~2日で死傷者500人程度となっている。
この記事を見た瞬間に3,6,9の意味について瞬間的に理解できた。
3月は地震で6月は洪水で9月は台風というような
おおまかな災害をイメージすれば良いようだ。
厳密には何月に何が起きると決めれるものではなく
人災災害・放射能災害・地震・洪水・台風・伝染病といった被害が
波状攻撃する可能性が考えられる。

本日6月1日から天社宮での21日祈願と21日間の写経をすることにした。





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記事No266までの記事一覧の読み方

2011-06-01 00:01:23 | 神霊界考察
古い記事を読まれる方のためにNo001からの一覧リストを
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以下アドレスのhttp://blog.goo.ne.jp/yoshi_iltuki/15
の最後の数字を14,13,12と手入力で変更されて読んでください。
よろしくお願いします。





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