吉田一氣の熊本霊ライン 神霊界の世界とその源流

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菊池の龍門ダムの龍神祭祀 No447

2016-09-27 11:15:58 | 神霊界考察
菊池の龍門ダムの神龍八大龍王神社について
『神龍八大龍王神社の功徳 No034』
『龍神信仰 No075』
『菊池竜門の神龍八大龍王神の系譜の謎 No251』

などで記事にしているが
この菊池の龍神は西原村で祀られる龍神と同じ神紋を持っている。
2011年に記載した『熊本霊ラインと熊本大災害 対策検討篇 No265』では
地震鎮護祭祀とこの地域の八大龍王神の関係について述べている。

つまり熊本大地震が起こる以前より
西原・菊池の龍神が地震鎮護祭祀の要であることを理解し
功徳のある八大龍王神に昇格することを
西原の白山姫神社等で祈願している。

『阿蘇神社の御神霊が未然に食い止めたのか? No438』
の地図が示すように自分が祈願した神社の配置は阿蘇山の噴火を抑えるのが主目的のようだ。


しかしながら西区で熊本霊ライン祭祀を主催するようになって
自分の祭祀の中心が変化したために関係が微妙にこじれている。

地震祈願に関しては以前より気にしていたのだが
2011年に記載した『地震災害復興祈願 志賀海神社にて No243』で述べているように
最初の地震が起こった後に
次の地震が小さくなるのかあるいは次の地震が大きくなるかで
過去に例を見るようにあれだけの被害の違いが生じるが
その違いは地域の人々の日々の祈りの強さと
最初の地震後すぐの鎮護祈願の結果に大きく左右される。

この記事を記載しながら自らも反省しているが
まさに不徳の致すところである。

今回の熊本大地震では
『益城の災難 No437』に以下のように記載している。
「本震を引き出したのは菊池市のある場所ではないかと思える。
この場所も筆者には心当たりがある。
龍神に絡む祭祀の問題がそこにあると判断する。
この件に関しては昨年からの警告や啓示によって気にしていた問題だ。」

実はこの菊池の龍門ダムの下流域に知人が
光柳院という真言密教の寺院を建立した。
この方は二十数年前に八代の八大龍王社を信仰していた方で
私もお会いしたその日に八代の龍王神社に連れていかれた経験がある。
昨年は阿蘇にお寺を建立すると聞いていたが
今年初めに菊池の龍門ダムの下の土地建物が
不思議な縁があってとんとん拍子に話が決まり手に入ったと聞いて驚いた。
そこは神龍八大龍王神社に向かう旧道沿いの土地だったからだ。
そして知人の師匠と神龍八大龍王神社に初参拝した週の2日後に
地震が起こったらしい。

光柳院は信貴山の毘沙門天信仰に基づく寺なのだが
『毘沙門天の謎 No333』
『聖徳太子と熊本八代の八大龍王神 No378』
で信貴山の毘沙門天と八大龍王神の関係について述べているように
繋がりは深いので光柳院で神龍八大龍王神社の龍神を
祭祀していただくようにお願いした。
具体的には玄関前にある池の鯉を依代とする。
面白いことにこの話をした週に近所の農家の方がふらりと来られて
ここの池の鯉は池の大きさと鯉のサイズが合わないといって
池をさらいきれいに清掃した後に小ぶりの金鯉と入れ替えられたそうである。

さてこの光柳院は建立したばかりだけど
10月には柴燈護摩の神事をするという。
それで手伝ってくれと電話がかかってきたので断り切れずに
簡単な仕事ならといって話を伺いに行った。
話を聞くと第一回目であるし修験者のつてが無いので
護摩壇の法斧師の役をしてほしいと言ってきた。
身なりの準備も必要であるし
45分小型錫杖を振りながら般若心経を唱えないといけないし
法螺貝も吹かないと様にならない。
思わず御免被ると言いかけたが
隣に座っていた嫁がのる気になった。

これも縁という事なのだろう。

筆者は阿蘇の曹洞宗門徒なのだが
法事の際に護摩壇について和尚に話を聞いたら面白いことを教わった。

まずこの和尚は自分の阿蘇の寺を息子に引き継いだのだが
それで白羽の矢が立って龍門ダムそばの
禅寺鳳儀山「聖護寺」を現在は任されている。
聖護寺は延元元年(1338)に袖ヶ浦の別れで名を知られる菊池武時公の
嫡男の第十三代菊池武重公が
大慈寺の寒巌義尹に師事していた大智禅師を招いて建立開山している。

曹洞宗は参禅一本が修行の道で
通常は護摩壇は持っていないのだが
伊豆市修善寺の曹洞宗の寺の
修禅寺 奥ノ院護摩堂で護摩祈祷が為されている。
この護摩堂は寄付の浄財により今年再興されたものらしい。
この護摩堂の来歴は807年(大同2年)に空海が創建した
桂谷山寺に由来するらしいが
護摩壇のありかたは『修禅寺護摩』といい
伝承では空海誕生の宝亀5年(774年)より古い養老年間(717年から724年まで)に
善無畏三蔵が中国より日本に渡来して
桂谷(現在の修善寺)の天魔地妖を降伏させるために
日本で最初に護摩を焚いた伝承がありそれに由来する壇だそうだ。

(善無畏三蔵の日本渡来伝承は意外と根深いものがある。)

それで曹洞宗は黙照禅以外に関しての有為には寛容であることが分かった。

※有為とは有為法のことで生滅する現象世界の一切の事物をいう。
無為法とは自我意識の無い三昧解脱の境地のことで黙照禅の目的地。






  









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高千穂神楽と地主神 No446

2016-09-15 09:23:30 | 神霊界考察
『日本における呉の太白の祭祀 No429』
諸塚山に呉太伯が祭祀され諸塚太白山大司大明神と呼ばれることを述べた。
また呉音霊を健磐龍命の一族が祀ったのが諸塚太白山の古神社で
そこから勧請されたのが秋元神社ということなると伝えたが
この秋元神社も1873年(明治6年)までは「秋元太子大明神社」と呼ばれている。


ところで宮崎の高千穂地方の夜神楽は国の重要無形民俗文化財に指定され
全国的に有名になったが、この秋元地区でも神楽は舞われる。
ここの神楽で降臨する地主神は秋元神社の秋元太子大明神らしく
神社の後方に聳える岩山にある岩窟「太子窟」に篭って修行したという伝承をもつ。

日之影町の夜神楽である「大人神楽(おおひとかぐら)」にも
「太子様の舞」という演目がある。
ここの太子様というのも諸塚山の神であるから秋元太子大明神と同じである。


太子様では面に角が無いかと確認したが
石神神社は地元では牛神神社と呼ばれているらしく
ここの神楽では角の生えた牛神が舞われる。
石神神社 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸8463 クリックでリンク先へ

牛神様の「おもて様」

高千穂を愛する高千穂人による情報発信!「神都 高千穂」
上記ブログ引用『高千穂には角の生えたお面様が3地区にあるそうです。
その1つが、ここ野方野の牛神大明神!
そして、河内神楽、秋元神楽にも、枝分かれ角生えてるものや、
角の痕跡があるものがあるそうです。』

では河童型の面は無いかと検索したら入鬼神の面が見つかった。
 


もともと高千穂神楽の原型はこの地主神を家に招き入れる祭祀がベースにあって
そこに岩戸神話の天照大神と手力男の岩戸開きの舞いを入れこんだものと推察される。
それぞれの地主神は太子様であったり牛神であったり入鬼神であったりするが
牛神は鬼ではないのに角があり入鬼神には皿がある。
これは呉太伯を祭祀する長江よりの渡来人との邂逅を由来とする神楽で
あることは間違いなかろう。






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中国 長江での呉音霊の威 No445

2016-09-08 11:05:03 | 神霊界考察
呉音霊についての理解は難しいと
『続 香春の呉音霊の足跡は国東半島の姫島から何処へ』で記載したが
呉音霊の威の残滓を知ることは簡単だ。
上海の長江に注ぐ黄浦江の蛇行の内側に高層ビル群が立ち並ぶ。



黄浦江側から見た高層ビル群も高層ビルから見る黄浦江も
なるほどと思わせるものがある。
この神霊オリジナルの発展の特徴があるのだ。

さて中国の呉言霊の威ということでは江蘇省の華西村『天下第一村』が分かりやすい。
まずこの場所そのものが長江と太湖の間にある。
Google Earthで長江流域を調べた時に
呉言霊の威の候補となる風水的な地形だと思っていたピンポイントの場所だ。

ひっくり返った魚のような上海長江流域



ここの何が呉音霊的なのかというと
この村は面積は1k㎡足らずで人口は2000人にも満たない農村だったのだが
村の初代党委書記の呉仁宝という人物が
自給自足の村運営を目指して1970年ごろに
中国共産党本部に内緒で小さな金物工場を開設したのが始まりだ。
1979年に始まる鄧小平の改革開放で企業の経営自主権の拡大が実現し
産業を多角化し、鉄鋼業と繊維業に力を入れ
村は21世紀になって急速に発展していく。
これは日本より呉音霊が帰還した時期に当たる。
すべての村民に豪華な一戸建や高級車を無償支給する“超金持ち村”として
世界的に有名になった。
呉宝仁は「Time誌」の表紙も飾っている。
この村に投資をした村民は村からの配当で
その後働かずとも金銭的にはリッチな生活を送っている。
現在の村民の世帯平均年収は約92万5000元=約1600万円にもなる。
ホテルの宿泊もホテルでの食事もすべて無料で村民は食事をホテルで済ます人が多い。


言音霊なら牛のシンボルがあってもおかしくないが
ここの目玉の一つが純金1トンの牛の像だ。
たぶん世界一高価な牛だろうと思う。



中国での呉音霊の残滓などどうでもいいことだが
現在の呉音神は日本国内に多大な富をもたらすことも可能だとは思う。
ただ筆者は日本国の国防と技術革新を祈願している。
日本もバブルを経験して
お金よりも精神性に重きを置く国になってきたように思う。

ただこのブログ読者で金銭的に苦労をされている方が
呉音霊に関心を示しておられるなら
そういう目的の祭祀をすることも悪くはない。

貪欲で信仰心の薄い中国上海より
この神霊の威を発揮する下地は日本国に多い。
特に海神族系の血統であれば感応は難しくない。

必要であればテクニックはお教えしたい。




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