吉田一氣の熊本霊ライン 神霊界の世界とその源流

FC2BBSから移動しようと目論んでいます。
http://reyline.web.fc2.com/index.htm

世界経済的国防論

2023-11-25 02:47:06 | 神霊界考察
まず指示を受けた『葉隠』 を読んでの感想であるが、
これは世捨て人になったからこそ言える理論であると感じた。
家族に悩ませられたり生活や仕事に振り回されている状態では
こういう達観には至らないと感じる。
私自身も世捨て人同然なので語り手が幕府の御下命により殉死出来ずに
生の始末に苦悩する中で練り上げた思想が解る気がする。
その思想には現役であることへの郷愁が感じられる。

イエスの教えを使徒が残し伝えたように
あるいはソクラテスの思想をプラトンが残したように
山本常朝の考える武士の心得を田代陣基が筆録しまとめたものとなる。
なるほど自分で自分の考えを伝えるよりは
受け手の共感を得やすいというのは間違い無いことに思える。

この葉隠はつまりは宗教書バイブルである。
人には生まれながらの本能的良心があるが
大義忠義のためにその良心を捨てるためのバイブルとなる。
この葉隠を信奉するならバイブルである以上中身の取捨選択は本来は厳禁となる。
さてこの葉隠を読みながら自分の祭祀のことも考えてみた。
過去の自分というもの、現役であることへの郷愁が欠けた祈願で
あったと理解した。

世界国家的な大義忠義と自分の良心のバランスを考える必要がある。
筆者は妙見妙音妙理の統括尊たる斎姬山門五音大神に
国防祈願をしていると何回か述べているが
もう少し詳細について述べておく必要があると判断する。
具体的に国防祈願といっても以下三点を踏まえる必要がある。

①国際軍事国防論
②自然・人為災害国防論
③世界経済的国防論
④国際エネルギー・食料分配国防論

既に第三次世界大戦は始まっていると云われる方もいらっしゃるが
上記3点はいずれも大戦に至る経緯に絡む場合を含むといって良い。
まず①はロシア・ウクライナ戦争 イスラエル・パレスチナ武力衝突
中国による台湾日本武力侵略 中国による核使用日本壊滅計画 etc
世界大戦前夜状況分析による軍事的国防祈願となる。

②は大まかにいえばウイルス兵器・地震兵器 気象兵器電磁波HAARP
あるいは絶望した神による人類リセットの破局噴火・隕石落下
に対しての国防祈願である。

③は米ドル覇権ペトロ・ダラー崩壊 
国際銀行間通信協会Swift VS 人民元決済システムCIPS & SPFS
米ドル米国債デフォルトでの米国借金帳消しデジタルドル化 
及びディープステートによるグレートリセット処理 etc
つまり国際経済安定維持を願う国防祈願である。

④は石油争奪戦争 航路封鎖 SDGs利権戦争 レアメタル争奪戦争
食料争奪戦争など世界のエネルギー・鉱物・穀物資源の
平和的分配を願う国防祈願である。

祈る場合は具体的に詳細に祈る必要があると述べているが
そこには常に研鑽が求められることを念頭に置く必要がある。

筆者に云わせれば現在は1999-2000年の大峠よりかなりマシだと思う。
ノストラダムスの予言だけでは無くて
世界崩壊を故意に意図する勢力は強くて今より危険な状況だった。
ただ現在よりネット情報等の情報手段が少なく知る方法が限られていた。

さて日本は米国に①軍事で1945年に敗戦している。
③為替でも1985年の「プラザ合意」で有無を言わさず通貨経済を1度壊されている。
貿易においても1858年日米修好通商条約と1986年日米半導体協定で不平等条約を締結している。
ジャパンハンドラーズにコントロールされた米軍と日本の官僚による
日米合同委員会や日米地位協定による米国従属システムも屈辱的である。
また米国債引受は日本が1兆2000億ドルと中国を抜いて1位に返り咲いているが
これは返してもらうことが出来ない搾取された朝貢金である。
一時は日本はロックフェラーセンターやエンパイアステートビルを買うなど
米国に経済戦争を仕掛けたのだがこれも敗戦してしまう。


筆者はこれを米国による日本蹂躙ポチ犬の歴史として観ているが
神霊界的には苦難の先に大ドンデン返しが待っているという。
この時を楽しみにして国防祈願をしている。
許しがもらえればこのポチ犬大ドンデン返しについても
記載したいと思っている。




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予備20231122

2023-11-23 23:29:33 | 神霊界考察














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熊本霊ライン夏至ラインの調査 神園山篇

2023-11-21 11:57:27 | 神霊界考察
熊本霊ラインとは御坊山を起点とした祭祀のためのラインであるが
加藤清正公が作り変える前には古代よりの夏至のラインだったものと考えている。
この熊本霊ラインについては以下を参照にしていただきたいが
このHPは現在FC2の手抜きにより残念なことに開くまでに数分かかるようになっている。
『熊本霊ライン目次と履歴』

このブログの過去記事『熊本霊ライン祭祀10年を経て No360』2013-10-20

まず御坊山から観る夏至の方位角であるが
以下HP『太陽の高度と方位角(JavaScriptによる簡易版)』を参考にして計算した。

この計算によると御坊山の夏至の方位角は62度となる。

以前のHP記事『熊本霊ライン数値関係』で以下のように記載している。
「マピオンから日本(東京)規格の緯度経度を求めると 

御坊山
130 38 40.973
32 46 22.253
万日山
130 40 55.545
32 47 24.658
花岡山
130 41 16.509
32 47 35.282
となるようです。

これを御坊山基点で霊ラインの方位を計算して見ると
60.8度が霊ラインの角度となる。

熊本霊ラインの中継地と判断する阿蘇の国造神社について
以前より国造神社は熊本霊ラインの線上と考えてはいるが
現実的には完全には線上には乗っていない。
131 7 35
32 59 10
となり御坊山からの角度は62.06度となる。
つまり霊ライン線上はこの神社のさらに山側となっており
ここから約900m北方向ということになる。
ここに何かがあるかもしれないと思っている。
機会があれば是非調査してみたい。」添付終わり
この文章作成時には理解できていなかったが
この国造神社の62度というのは御坊山から観た夏至の方位角と一致している。

角度については『球面三角法による方位計算』というソフトを利用させていただいた。

 熊本霊ラインと夏至ライン

青いラインが御坊山基点熊本霊ラインであり赤いラインが夏至の水平線上日の出方位角である。

ちなみに御坊山ではなく花岡山から夏至の日に見た太陽の写真を添付しておく。
この写真は2006年6月21日の夏至の日の早朝に花岡山から日の出方向を撮影したもの。
雲が多く一瞬しか太陽を拝めなかった。時刻は5:27になっている。
左下に熊本城の天守閣が確認できる。向こうの山は託麻三山で左端が神園山となる。
この写真の天守閣や櫓は熊本大地震前のものとなる。



参考までに熊本霊ラインについての過去に作成した地図を添付しておく
http://reyline.web.fc2.com/reyline/ikerei.jpg
http://reyline.web.fc2.com/reyline/ikerei02.jpg
https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/0c/6057305d38eff1a795d7a52a8427200e.jpg
http://reyline.web.fc2.com/reyline/ikerei03.jpg

さて今回ある方の依頼で神園山と小山山と戸島山の託麻三山を調査してきた。
今まで夏至のラインについてはとりあえず筆者の祭祀の範囲外だと考えており
未調査のままであったが
この夏至のライン上に阿蘇国造神社があることもあり調査の必要性は感じていた。
御坊山には小島阿蘇神社があるが国造神社と同様にナマズを祀っている。
当然神園山にも同じ血統の一族の痕跡が残っていてもおかしくはない。


今回そういうわけで託麻三山を第一回目として調査してきた。

 赤いライン上中央の山が神園山



まず託麻三山には弘法大師空訪問の伝承がある。
空海が唐より帰国して京に入るまでの大宰府での空白の3年間の間に
中央構造線の西端の調査で熊本市に来たことは間違いないと考えるが
だとすると託麻三山は眺望するに絶好の山である。

 
 白くポツンと見える花岡山仏舎利塔方向への夏至ライン

空海伝承
  

この託麻三山で特質すべき神社としては
小山諏訪神社と戸島神社がある。
戸島神社は以前は熊野神社であったようだ。
小山諏訪神社は明らかに金峰山系の池辺寺方面≒妙観山 権現山
あるいは石神山を意識した参道方向(西向き)と社殿となっている。

  

参道からそれた左側に花岡山の仏舎利も見えているが
夏至ラインとこの参道の向きは関係なさそうである。
島原の普賢岳や七面山との関係も考慮すべきかもしれない。

 

※再度精細な調査の必要あり



小山諏訪神社には霜神社が勧請されているが
由緒書きによると祭神は北斗七星もしくは建緒霜凝留命となっている。
後述するように託麻三山には複数の妙見社が今も残っている。
これは水神として祀ったものと考えられるが
阿蘇の勧請元の霜宮神社は健磐龍命によって切り落とされた「鬼八」の首を
暖めるために行われる「火焚神事」が有名であり
祭神は主人公の鬼八 他 大御中主命 高皇産霊命
国狭槌命 (山の神) 岡象女命 (水の神) 軻遇突智命 (火の神)
旬旬逎馳命( 木の神) 金山彦命 (金山の神)
速秋津日売命(水戸の神)垣山姫命 (山の神) となっている。
また霜宮のご神体は7個の石だったことから北斗七星とも言われている。
今のところ祖母山にからむ健男霜凝日子≒建緒霜凝留命は
阿蘇の霜宮神社では祭祀の形跡がない。
ということは小山諏訪神社に祀られる建緒霜凝留命は
特殊な事情があって諏訪系の神社に祀られることになったか
単に霜からの連想で記載されたものと考えられる。

ただ『高千穂と祖母山』の記事で
「健男霜凝日子は謎の神であるが豊玉姫とも繋がるし
健軍神社祭神の健緒組命とも繋がると漠然と感じている」と記載してから半月程度で
再び建緒霜凝留命について調べることになった流れはとても不思議である。
ついでにこの小山諏訪神社で修理したばかりのデジカメが再び壊れてしまった。
前回はシャッターが押せなくなり今回は内部のCMOSの固定ネジが緩んだみたいである。
あまり起こらない故障状況である。
最初単に霜からの連想で記載されたものと安易に判断したのが問題だったかもしれない?
古代祭祀の夏至ラインがらみは関わるとやっかいなことが多いのも事実である。
じっくり腰を落ち着けて解明していきたい。

ちなみに戸島神社の向きは益城町の飯田山の日羅及び白山神社を意識していると思われる。

飯田山については過去ブログ『霝しずくの不思議 No461』
『補遺 『阿蘇の御神霊が未然に食い止めたのか?』 No480』を参考にしていただきたい。
参拝してこの戸島神社は地震除けあるいは阿蘇山大噴火除けの祈願社だと感じた。
以前より記事にしているが熊本大地震と阿蘇山大噴火についてはまだ火種が残っている。
以下は2016年熊本大地震が発生する前とその後の記事となる。
『熊本霊ラインと熊本大災害 問題提議篇 No264』
『熊本霊ラインと熊本大災害 対策検討篇 No265』
『益城の災難 No437』
『阿蘇神社の御神霊が未然に食い止めたのか? No438』
『中国寧波の天台山国清寺に繋がる熊本の阿蘇火口ライン No500』

もし五つのピークを持つ託麻三山が阿蘇五岳の雛形としての役割を持つとすれば
地震除けあるいは阿蘇山大噴火除けの祈願をこの地で行うべきかもしれない。

話が飛ぶがこの託麻三山周辺には旧石器時代から縄文時代までの石の本遺跡群があり
3万8千年前の世界最古といわれる磨製石器も発掘されている。

【竹田恒泰 世界最古の磨製石器は日本製】 10分14秒参照

石の本遺跡群

不思議なことに三山のうち神園山には神社が無いのであるが
何故であろうか?
夏至のラインで結びつく国造神社には古墳があるが
ここ神園山にも古墳が存在しているような気がする。

三社の妙見社の位置については以下地図参照

「鶴亀の鶴は都怒我阿羅斯等もしくは姫氏あるいは
周の太子である王子喬=太子晋を象徴しているとして
鶴亀の亀の亀に乗る仙人は寧波市から渡来した妙見神だと思われる。」と
過去にブログで記載しているが
この三社の妙見社は阿蘇山大噴火除けの祈願を暗示しているように感じられた。


あと本日気づいたのでまだ未調査ではあるがgoogle地図で神園ドルメンの記載を見つけた。

私が最初に地図を確認した時には見つけられなかったが
調べてみると11月中旬の登録のようである。
ドルメンがあっても不思議でないが非常に興味深い話である。

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神道大祓祝詞 一万遍詠唱記念

2023-11-02 22:27:13 | 神霊界考察
いつものように風呂につかりながら
パウチされた大祓祝詞を見ながら詠唱していたら
脳裏に一万遍と閃いた。
大祓祝詞はかれこれ35年以上詠唱しているが
電卓で週に6回程度の詠唱回数で計算してみると
一万遍というのもあながち外れてはいない気がする。
もっとも自宅での毎日の参拝時にいつも祝詞を上げている訳ではない。
一番多いのは風呂につかりながら大祓祝詞を複数回詠唱し
我が身を祓い清めている数が詠唱の過半数ということになる。

大祓祝詞は近年差別用語廃止の流れで
中抜き短縮版の詠唱が普通らしいが
経験上はっきり言って古の教えに習うのが好ましいと判断している。

ああ、幼少時のちびくろサンボやカルピスのマーク
隻眼隻手の丹下左膳や座頭市の失敗シーンが懐かしい。

西側先進国が変な路地に迷い込んでいるうちに
BRICSはイスラム圏と手を組んでしまい
エネルギー問題でも完全に日本は後手後手となっている。
どんなに高尚なモラルを説いても頓珍漢である。
★正義の金と戦争★って建前は崩れないのが笑えるではないか。
日本が世界の貯金箱にされているうちに
国民は先進国最低の賃金となってしまったのに
まだハゲタカの狙い撃ちに抵抗出来ないとは
情けない限りである。

吉田一氣の国防祈願はこれからも継続するが
日本国の大祓祈願もぼちぼち検討中である。
ただ大災害に間に合うかどうかも正直分からない。

さてそれはそうと大祓祝詞についての私見をいくらか伝えておきたい。
まず大祓祝詞での登場人物・御神霊・神については
以下のように記載がある。

①皇親(すめむつ)神漏岐命 神漏美命
 皇親=天皇の血統で皇祖のこと
②我皇御孫命= 天照大神の御孫(みま)=天津彦彦火瓊瓊杵命
③八百萬の神等≒天津神・国津神 
④荒振神達=高天原に帰属しない神々
⑤天之益人等=数が増して栄える人民
⑥祓戸四柱の大神

ここで大祓祝詞の主人公となるのは⑥祓戸四柱の大神となる。

佐久那太理(音がする急流)を司る瀬織津姫という神
水戸(みなと)=潮流の女神で塩と潮を司る速秋津姫という神
海原の風(航海に必要な風)を司るのが気吹戸主という神
根の国底の国を司る大地母神が速佐須良姫という神

この四柱の神の連係プレーによって罪穢れが祓われるのだが
大祓祝詞ではわざわざ神と念を押していることに注意が必要である。

取り敢えずのところ神は何かを司る存在と見なしても良い。
例えば水の女神に関していえば

峰の雨を司どるのが高龗神(たかおがみ),
谷の雨を司どるのが闇龗神(くらおがみ,「くら」は「谷」を意味している)
佐久那太理(音がする急流)を司るのが瀬織津姫神
雫=滴=霝の磐を穿つ音のする波紋を司るのが少彦名神
井戸の飲水を司るのが罔象女神(みつはのめのかみ)=水波能売神

ここで司るといっているが、天照大神を太陽を司る神とすぐに決めつけてはいけない。
古事記では大物主は海を照らしてやってきたとあるが、
海照も天照も太陽か月だろうと安易に判定すると
天照と海照の違いが特に無くなるので
その判断は早急だと思う。
※太陽や月は海でも天でも照らすという意味において

従って天照は天よりの恵みの事で海照は海よりの恵みの事と
考えれば良いのではないかと感じている。
ここで初めて天の恵みとは太陽の恵みで
海の恵みとは生命の恵みであると判断出来る訳である。

御神霊に祈るには事別けて祈る事が大切で
これが祈りの要となるが
つまり智慧が必要ということである。
作用の理解度が試されるのである。
子供の祈りが真摯であっても叶わないという原因はここにある。

例えば「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」
という百人一首があるが、
この歌のイメージで祈るなら瀬織津姫神への祈願でピッタリあうと私は判断する。
そこには強い感応があるからである。
この歌での谷川は例えであり瀬織津姫神は水の女神であるから
恋愛の神様じゃないとだめじゃないかと杓子定規に考える必要は無い。
筆者は少彦名神信仰者でいろんなことを祈願しているが
遠回りであっても導かれているという実感が強い。

しかし天の恵みを祭る神社でここは封印された瀬織津姫がいるなどと
物知り顔に言い手前勝手に祈るのは疑問符がつく。
せめて命と尊と神は区別した方が良い。
つまり御神霊と神とは違うということである。

祓戸大神は覡や巫女によって祭祀されてきた永い歴史がある。
時に偉大な祭祀者が御神霊となられた後に
柱(神)と混同し勘違いされる事があるが
礼をわきまえる為にはそこを紐解く智慧が必要とされる。

商業的な利用で瀬織津姫を星神などという人もいるが
それならば天の川を司るのが瀬織津姫となる。
それは無音でありかなり無理筋であろう。

同様に天照男神≒天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
天照女神≒撞賢木厳之御魂天疎向津媛命として
向津媛命を瀬織津姫神として
天照男神が隠されたから瀬織津姫神も隠されたという説を
唱える方もいらっしゃるが
向津媛命が瀬織津姫神を祭祀した可能性は否定できないものの
一般には向津媛命は天照大神を祭祀していたと考えられ
天照大神の神格と瀬織津姫神の神格を同一視するのは
非常に問題がある。

ついでに六甲比命大善神との混同も理解できない。
ホツマツタエもかなり罪作りである。

ただ祓戸四柱の大神が縄文の神に繋がる可能性は十分にある。
確かに縄文の神は封印された歴史を持つ。
この場合であっても祓戸四柱の大神を分離することは
避けるべきである。
瀬織津姫という神と速秋津姫という神と
気吹戸主という神と速佐須良姫という神の
連携プレーを切り離して瀬織津姫のみを特別扱いすることが
神霊界において危険であるという認識を持っていただきたい。
この四柱の連係プレー抜きでは神道は成り立たないのであるから。




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大祓詞
高天原に神留坐(かむづまりま)す 皇親(すめむつ)神漏岐神漏美の命を以て 
八百萬の神等を 神集へに集へ賜ひ 神議り(かむはかり)に議り賜ひて 
我皇御孫命(あがすめみまのみこと)は 豊葦原の水穂の国を 
安国と平けく知食(しろしめ)せと事依(ことよさ)し奉(まつ)りき
如此(かく)依(よさ)し奉りし国中(くぬち)に荒振神達をば 
神問しに問賜ひ 神掃ひに掃ひ賜ひて 
語問ひし磐根樹立草(きねたちくさ)の垣葉をも語止めて 天の磐座放ち 
天の八重雲を伊頭の千別(ちわき)に千別て 天降し依し奉りき
如此依し奉りし四方(よも)の国中(くになか)と 大倭日高見の国を安国と定奉りて 
下津磐根に宮柱太敷立て 高天原に千木高知りて 
皇御孫命の美頭(瑞)の御舎(みあらか)仕へ奉て 
天の御蔭(みかげ)日の御蔭と隠坐(かくりまし)て 
安国と平らけく知食(しろしめ)さむ国中(くぬち)に成出でむ 
天之益人等(あめのますひとら)が 過ち犯しけむ雑々(くさぐさ)の罪事は
天津罪と 畦放(あはなち) 溝埋 樋放 頻蒔(しきまき)
串刺 生剥 逆剥(さかはぎ) 屎戸(くそへ) 
許々太久(ここだく)の罪を天津罪と法別(のりわけ)て
国津罪と 生膚断(いきはだだち) 死膚断 白人 胡久美(こくみ)
己が母犯せる罪 己が子犯せる罪 母と子と犯せる罪 子と母と犯せる罪 
畜(けもの)犯せる罪 昆虫(ほうむし)の災 高津神の災 高津鳥の災 
畜仆(けものたふ)し 蟲物為罪(まじものせるつみ) 許々太久の罪出でむ
如此出ば 天津宮事以(もち)て 天津金木を本打切り末打断ちて 
千座の置座(おきくら)に置き足(たら)はして 
天津菅曾(あまつすがそ)を本苅断ち末苅切て 八針に取辟(とりさき)て
天津祝詞の太祝詞事(ふとのりとごと)を宣(の)れ 

如此宣ば
天津神は天之磐門を押開きて 
天之八重雲を伊頭の千別(ちわ)きに千別きて聞食(きこしめ)さむ 
国津神は高山の末(すえ)短山(ひきやま)の末に登坐(のぼりま)して 
高山の伊穂理(いほり)短山の伊穂理を撥別(かきわけ)て聞食さむ
如此聞食してば 皇御孫命(すめみまのみこと)の朝廷(みかど)を始めて
天下(あめのした)四方国(よものくに)には罪と云う罪は不在(あらじ)と 
科戸之風の天之八重雲を吹放つ事の如く 
朝(あした)の御霧(みぎり)夕(ゆうべ)の御霧を朝風夕風の吹掃ふ事の如く 
大津辺(おおつべ)に居(お)る大船を
舳解放(へときはなち)艫解(ともとき)放ちて大海原に押放(おしはな)つ事の如く 
彼方(をちかた)の繁木が本を焼鎌の敏鎌(とがま)以て打掃事の如く 
遺(のこ)る罪は不在(あらじ)と 祓へ賜ひ清め賜ふ事を 
高山之末短山之末より 
佐久那太理に落瀧(おちたぎ)つ速川の瀬に坐す
瀬織津比咩と云神大海原に持出なむ 
如此持出往ば 荒塩の塩の八百道の八塩道の塩の八百会に坐す
速開都比咩と云神 持可可呑てむ 
如此可可呑てば 気吹戸に坐す
気吹戸主と云神 根国底国に気吹放てむ
如此気吹放てば 根国底国に坐す
速佐須良比咩と云神 持佐須良比失てむ
如此失てば 今日より始て罪と云ふ罪は不在(あらじ)と 
祓ひ給へ清め給へと申す事の由(よし)を
天津神国津神八百万神等共に聞食せと恐み恐み申(もまを)す



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