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よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2018年12月長崎出島~東京日本橋完歩。

「和の町」うきはウオーキング(福岡県うきは市)

2014-05-05 08:50:17 | JR九州ウオーキング

今年のGW前半は、1日が会社の創立記念日で休みの為、飛び石連休でした。

1日は、家内の実家の草刈りで一日を費やしました。

今日3日は、JR九州のウオーキングで、うきは市を歩きました。(筑後吉井駅~道の駅うきは迄)。

先月久留米つつじマーチで当たった新しい「ウオーキングシューズ」での初歩きです。

    

スタートは、筑後吉井駅。吉井駅の側には、ジャーナリスト鳥越俊太郎さんの実家の製粉工場があります。

吉井町は、江戸時代、久留米藩の城下町と天領である日田を結ぶ旧豊後海道の宿場町として発展しはじめた。

江戸時代中期、大石水道と長野水道の開通により筑後川中流への水運を得たことで商品作物の集散地となった。江戸時代末期からは次第に酒・油・櫨蝋等の商品作物を加工する産業が集積されて、

在郷町として繁栄する。 莫大な富を得た吉井の商人たちは明治2年の大火を契機にその資力を誇示するがごとく「居蔵屋」と称される贅をつくした蔵造りの商家を建て、

最盛期の大正時代には新町や蛭子町にこの「居蔵屋」が立ち並ぶようになった。 昭和初期の戦時体制と終戦後の農地改革等によって、経済活動は減衰し地域経済の拠点性は低下した。

産業構造・産業基盤の変化により居蔵屋など大邸宅の町屋は減少していった。

1984年頃より、官民一体となって在郷町に現存する町屋の保存と修景が開始された。 1996年に重要伝統的建造物群保存地区として選定され、現在に至る。(wikipediaより)

吉井町は、車では何回か通っていましたが、町歩きは初めてです。

  

  

銀行の横の路地に入ると「白壁通り」に入ります。和菓子屋さんには、鯉のぼりのお菓子も売られていました。

   

白壁通りの旧家の中をのぞいてみると、あの懐かしい「オート三輪車」がありました。この車まだ現役で走っています。

   

歩いていると、何か懐かしく思えます。お雛祭りの時には、この白壁通りに、たくさんのお雛様が登場するそうです。

「南新川」に来ると案内板が立っています。

 江戸時代初頭、旧江南村に住んでいた五人の庄屋達が思い立ち、この地域の村人と一緒に造り上げた人工の川です。新川ができる前のこの地域は、周辺の川の水位より土地が高かった為、

水が思うように使えませんでした。その為、穀物の収穫も少なく、農民の飢えを見兼ねた五人の庄屋達は、筑後川の水をどうにかして引き入れるよう話し合い、ここから約10km離れた

筑後川上流の大石に取水口と西部へ水が流れる用水路を造る嘆願書を久留米・有馬藩に出しました。この嘆願書には「工事の費用は、五人の庄屋が全部受け持ち、決してお上には、

ご迷惑をかけませぬ。若し計画通りに導水出来なかったら、磔の刑を甘んじて受けます。」と書かれていました。

1664年1月11日に工事が始まり、長野村の入り口には五人の「はりつけ台」が建てられ、これを見た人々は、「庄屋どんを殺すな」とばかりに、老人、女、子供までが、この水路工事にかかり、

数か月という短い期間で、人工の川(南新川)が完成しました。南新川とうきは市北部を流れる北新川は、西部の田畑を潤します。新川は、田畑だけではなく、その水源を利用した、水車や

唐臼(からうす)が造られ、精米、製粉、また製麺、酒造、櫨蝋や菜種油等の工業も支えました。

 五人の庄屋は、夏梅村庄屋:栗林次兵衛、清宗村庄屋:本松平右衛門、高田村庄屋:山下助左衛門、今竹村庄屋:重富平左衛門、菅井村庄屋:猪山作之丞です。

  

  

鏡田屋敷を過ぎ、若宮八幡宮の所に「村田英雄の生家」という石碑が建っています。あれっ?村田英雄というと佐賀唐津の相知(おうち)出身ではなかったかな?

調べてみますと、村田英雄さんは、ここ吉井で生まれ、義母の結婚で相知の方に引っ越しされたとか。

うきは市、はフルーツの町です。畑の巨峰の房は、まだまだ小さかったです。

  

歩いていると、「なんじゃもんじゃ通り」という所に来ました。ここには、なんじゃもんじゃの木(ヒトツバタゴ)が200本ほど植えられています。

まるで雪を被ったように見えます。プロペラみたいでとてもかわいい花です。

  

なんじゃもんじゃ通りを突き当たると巨瀬川沿いに出てきます。ここはうきは市の桜の名所として知られています。川沿いの側道には、約1000本の桜が植えられています。

民家の軒先には、いろんな花が咲いています。見ているだけで気持ちがよくなりますね。

近頃は、あまり見かけなくなった「レンゲの花」も咲いていました。

 

  

    

清水寺を過ぎ、国道210号線を歩いていくとゴール地「道の駅うきは」です。今日は、祭日の為か、道の駅には沢山の方が来られていました。

「あまおうのソフト」があるということで、早速行きましたらもう10人ぐらいの行列です。

あせをかいたあとのソフトは、美味しいですね。

   

今日下した新しいシューズは、履き心地も良く、疲れませんでした。

 

 

  

 

 


中山の大藤(福岡県柳川市三橋町)

2014-04-27 20:56:10 | JR九州ウオーキング

GWの初日(4/26)、JRウオーキングで柳川市三橋町にある「中山の大藤」を見に行きました。

スタート場所は、JR筑後船小屋駅。

筑後船小屋駅周辺には、福岡ソフトバンクホークスの2軍の練習場、合宿所建設が発表され、2016年春には、オープンとのこと。

駅周辺一帯は、ソフトバンクホークス一色になるでしょう。

                    

中山の大藤の由来は、享保年間(1716~1735)、中山村で酒造業を営んでいた通称「万さん」が上方見物に出かけた際に「吉野の桜」「野田の藤」と並び称された藤の名所として

有名な河内野田(現 大阪市福島区)から藤の実を持ち帰り、自宅に植えたものと伝えられている。

数十年後、毎年4尺(約1.2m)の見事な花を咲かせるようになり、花見の時期には見物客で賑わうようになりましたが、酒に酔った武士が刀を抜き乱暴を働いたために

藤の木は、熊野神社境内に移されました。

現在は、地元保存会の皆さんが手入れをし、毎年4月中旬から末頃には、多くの見物客で賑わいます。(案内文より)

今日は、天気も良く、藤の花見学にたくさんの方がこられていました。

    

私、この藤を見るのは初めてで、藤のトンネルには驚きました。

一本の木からでしょうか、横に伸び、それはそれは見事な藤です。

  

   

藤の周りには、藤の香りが漂っていました。夜にはライトアップされるそうです。

      

 

 


直方(のおがた)チューリップ祭り2014

2014-04-15 21:46:57 | JR九州ウオーキング

4/12は、直方へチューリップ祭りに行ってきました。

先ずは、煎餅で有名なもち吉本店のチューリップ園へ。

     

遠賀川河口では、チューリップ祭りが開かれていました。いろいろなチューリップがあり、目を楽しませてくれました。

  

  

  

  

会場では、「ふくおか官兵衛」君も駆けつけていました。

また、黒田節で有名な「母里太兵衛」は、福岡藩鷹取城主としてこの直方に入城しました。

    

 

 

 

 


中津城の桜(大分県中津市)

2014-04-02 17:03:46 | JR九州ウオーキング

大河ドラマ「官兵衛」ブームですね。

10日前は、官兵衛が生まれた姫路の町を歩いてきました。

今回は官兵衛が1588年に初めて築城をした「中津城」に行きました。

そのあと細川家、小笠原家と続き1717年奥平家の居城となり廃藩置県まで統治しました。

この中津城、官兵衛が初めて造ったお城ということで今、見物客が多くなっています。

中津城でも桜が満開になりました。

 

    

中津城の特徴は、石垣が黒田家と細川家で組み方が違っています。

       

 右側は、黒田家、左側が細川家です。

黒田長政家臣の中から24人の精鋭を選出した呼称を「黒田二十四騎」といいます。この中でも最も優れた家臣は「黒田八虎」です。

24人は、次の方です。やはり播磨地方からの出身者が多いですね。

     

     

     

     

藩祖「黒田官兵衛孝高」、嫡男の城主「黒田筑前守長政」です。

       

関ヶ原の戦いのあと、1600年長政は52万石を以って 筑前の国「福岡」に築城しました。

 

黒田家に関するものとしては、「合元寺(ごうがんじ)」があります。

官兵衛が姫路から恵心僧都作と伝わる阿弥陀如来を移して空誉上人という僧を開山に迎えて寺院を建立した。

黒田氏入国に反対した宇都宮鎮房が中津城に誘殺されたとき鎮房の従臣たちが待機していた「合元寺」にも黒田の手勢が押しかけた。

鎮房の従臣は奮戦したが、ことごとく切り伏せられ、壁はその血で赤く染まった。その後、壁は何度も白く塗っても血が染み出してくるので

ついに赤く塗った。寺は「赤壁寺」とも呼ばれている。

   

中津と言えば、慶応義塾の創立者「福沢諭吉」の出身地として有名ですが、今年はドラマの影響でしょうか、中津城を含めて観光客が多くなったそうです。

 

 

 

 


熊本・川尻の酒蔵開き

2014-03-11 17:28:32 | JR九州ウオーキング

3/09は青春18きっぷを使って熊本・川尻の酒蔵開きに行ってきました。

博多発6:23の快速で一路大牟田へ。大牟田7:40発八代行で川尻へ。川尻着8:52。2時間半の旅でした。

川尻の受付にはもう長い列ができていました。

先ず、河尻神社へ。

鎌倉時代1197年(建久9)に河尻荘の領主である河尻三郎源実明が、鶴岡八幡大神の分霊を河尻荘小岩瀬(現在の熊本市南区富合町小岩瀬)に勧請したのが起こりといわれている。

鶴岡八幡大神を主祭神とし、天照皇大神、春日大社、住吉大神、阿蘇大神の4柱を配祀するので、古くより若宮五社大明神と称し、河尻荘1町87村の総氏神として社領33町を有していた。

室町時代、河尻氏の没落により衰微したが、加藤清正公の尊崇を受け、1587年天正15年)現在地に遷宮・再興し、続く細川家代々の藩主も同様に篤く崇敬した。

明治維新後郷社とされ、1898年明治31年)には県社に列した。(ウィキベディアより)

この神社には数百年の樹齢をもつ「ヒイラギ」があります。

神社からのサービスとしておみくじが配られましたが、なぜだか「吉」が多いです。

      

         

次に行ったのは、延寿寺

延寿寺は西南の役の時、西郷隆盛が軍隊を率いてこの地に入りこの寺に本営を置きました。

2/21薩軍は西郷を交えた軍議を開き熊本城強襲を決議。

後にこの寺は薩軍の兵站(へいたん)基地となり野戦病院となりました。

お寺の一角には、「西南役薩軍戦没者墓碑」が建てられています。

    

この延寿寺は、今、木蓮の花が咲きだしています。

       

    

そのあと「大慈禅寺」に行きました。

大慈禅寺は、曹洞宗の九州総本山です。弘安元年(1278)に創建。

 

     

   

仏殿の内部には、主尊:釈迦牟尼、脇待(左):釈薬、脇待(右):阿難。天井には龍の絵があります。

大慈禅寺を後に川尻の町に戻ってきます。

加勢川に差し掛かります。

この加勢川には、九州新幹線と鹿児島本線の鉄橋が並行しています。

新幹線と在来線のコラボを待っていたのですが、なかなかうまい具合にいきません。ちょっと写真を合成しました。在来線は「A列車」です。

加勢川を過ぎ川尻の町中に入っていきます。

「川尻公会堂」があります。この公会堂は、川尻の酒蔵「瑞鷹」が寄付したそうです。公会堂の前には、頌徳碑が建てられています。

ちょうど管理人の方がいらっしゃいましたので公会堂の中を見学させていただきました。

    

   

 川尻には、西南の役で薩軍の本営だった所が残っています。隣は有名なうなぎ屋さんです。

  

熊本のマンホールには、「肥後六花」が描かれています。

    

  

あと肥後花ショウブですが、この分は見つけられませんでした。

さて、今日のメインイベントの「川尻酒蔵まつり」ですが、11時オープンですが、もうすでに長蛇の列ができています。

    

ここは家内に列に並ばせ、私はゴールの印をもらいに川尻駅へ。戻ってくると酒蔵開きが始まっていました。

   

JRウオーキング友達のBさんが前もって場所を確保され、そこへみんなで集合しました。

その席に、今日は欠席された八代のMちゃんさんからたくさんの差し入れをいただきました。Mちゃんさん本当にありがとうございました。

      

約2時間ぐらいみんなでワイワイガヤガヤ。次回のミーティングの日程もいつの間にか決まってしまいました。

帰りは千鳥足ウオークの方もおられ皆さんご機嫌さんで川尻駅へ。

帰りの電車の中ではもう爆睡状態でした。

 


牛尾梅林「梅まつり」(佐賀県小城市)

2014-03-04 18:25:28 | JR九州ウオーキング
3月1日はJR九州ウオーキング春・初夏編の第一弾として佐賀県小城市にある「牛尾梅林」に行ってきました。
9:30JR牛津駅スタート。

のどかな田園地帯を通り牛津川沿いを歩きます。
川沿いには菜の花や土筆などが顔を出していました。もう本格的な春ですね。

歩いていると右側に牛尾山が見えてきました。今日は天候があまりよくなく山々が少し霞んでいます。


牛尾梅林は、13000本の梅の木があります。
 
 
 

その13000本の梅の花が今、満開です。「ふくいくとした梅の香りがたちこめる」というのがキャッチフレーズですが、残念なことに私この時期「花粉症」に悩まされ
匂いを感じることができません。



  



梅まつり会場では、数々の出店などがありました。舞台では子供たちの踊りや山本譲二いや山本譲一さんのステージが行われています。
 

然し素晴らしいこの光景ですね。
 

何という鳥か知りませんが、梅の花の香りに誘われてやってきたのかな?

 

11:20牛津駅にゴール。佐賀海苔のプレゼントがありました。
駅では今からJR九州の豪華列車「ななつ星」が通過するというアナウンスがあり、すぐにホームへ。
手を振りましたがななつ星のお客さんわかってくれたかな???



駅では津の里温泉・アイルの割引券をいただいていましたので汗を流しに行ってきました。
ゆっくり湯船に入っていると疲れが飛んでいきますね。お風呂から出た後は、ここの日替わり定食をいただきました。
500円でしたが佐賀産の食材で作られていました。ご飯が美味しかったです。