さぶりんブログ

音楽が大好きなさぶりんが、自作イラストや怪しい楽器、本や映画の感想、花と電車の追っかけ記録などをランダムに載せています。

【読書録】ハイドン〜使い捨て作品と芸術作品

2024-02-22 23:24:22 | 読書録

ひのまどか/リブリオ出版

これも素晴らしい本だった。

ハイドンはついモーツァルトと比較してしまい、モーツァルトは天才だから、ハイドンは普通の人なのかと思ってしまうのだが、ハイドンはハイドンで天才だったのだ。ただモーツァルトとは若干質の違う天才で、ゼネラリストで、気配りと我慢強さをバネに処世術に長けた人だったのだ・・という思いを新たにした。

モーツァルトとは親友であった。ベートーヴェンは弟子ではあったが、うまくいかなかったらしい。さもありなん。

ハイドンは音楽家の家に生まれたのではない。お父さんは車大工。そういう意味ではヴェルディに似てるかもしれないが、お父さんは素人ながらも楽器を嗜む人だった。

ハイドンは生まれながらの美声を持つボーイソプラノで、もうちょっとでカストラートにされるところだった。写譜をしながら作曲を学び、宮廷音楽家・副学長→楽長を歴任し、自分の楽団を持ったことから、いろんな実験をすることができた。

だが、宮廷音楽家としての立場からモーツァルトのような冒険をすることはなかなかできなかった反面、経済的な援助を受けることができた。ボーイソプラノとして使い物にならなくなって放り出されたハイドンは困窮を極めたが、作曲家・宮廷音楽家の道を見つけることで、経済的には安定することができた。オペラもたくさん作ったようだね。いろんな嫌がらせを受けたこともあるらしいが、よく耐えた。また悪妻のおかげと言ってはなんだが、仕事に邁進することができた。長寿で、財産を残して一生を終えたところはやはりヴェルディやヘンデルに似てるかな。

ハイドンの作品は、オラトリオ「四季」の合唱や「天地創造」のオーケストラ伴奏、交響曲「ロンドン」を愛好家の集まりで弾くことによって触れてきた。また初めてドイツ・オーストリア旅行に行った時、最後に行った場所がアイゼンシュタットで、ハイドンが眠るベルク教会にも行ったことがある。ただどんよりした天気の日だったし、旅行会社の手違いでくるべき現地ガイドさんがホテルに現れず、ホテルに一人だけいた英語の喋れる人のアドバイスに沿って、我々ツアー客は、英語のわからないバスの運転手さんに、空港まで連れて行ってもらった・・・現地ガイドさんは空港で待っていて「僕の仕事はここで待っていることです」とお詫び一つ言わなかった。その話を聞いた添乗員さんも「そうですか」としか言わない・・こんな旅行会社、もう使わないぞ・・・というちょっと嫌な思い出があるのである。そういうものを乗り越えたせいか、そのツアーで知りたった友人とは旅行後も何回も会ったりして、結束は強まったのであるが・・・。

ベルク教会の不思議な形、写真を見るとその時のことをまざまざと思い出す。ハイドンの頭部は、脳の研究者から守るために、一時行方不明になっていたことがあるそうだ。そういうことからもハイドンは天才であったのだ(脳の研究者の興味をそそるほど)・・という認識を新たにしたのであった。


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