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ミスターヘタ

「キミには世話になった。遠慮はいらんぞ」
「課長、すみませんね。たいしたことしてないのに」
「いやいや。助かったよ。ここはローストビーフがおいしいんだ」
「あ、おれ、ローストビーフ」
「はい」
「じゃ、ぼくもローストビーフ」
 村上はこの店の常連といってもいい。必ずローストビーフを注文して、黒ビールを飲む。
「おまたせしました」
「うわ、うまそ。あれ、課長のはヘタですよ。ぼくのと取り替えましょうか」
「いいんだ。おれはヘタが好きなんだ」
 村上はギネスの黒ビールを吉本につぎながらいった。
「遠慮せず飲んでくれ。おれはこのローストビーフのヘタを食うため10年この店に通ったんだ」
 1本のローストビーフを焼く。すると両端は当然2ヶ所。1本のローストビーフにはヘタは2枚しかない。店は通常、ヘタを客に出すことはない。村上はヘタが好き。この店の常連になって、オーナーやシェフと顔なじみとなり、特別に頼んでローストビーフのヘタを取り置いてもらっている。

「ま、村上くん。まずは一献」
「おそれいります部長」
「キミの課、最近がんばってるじゃないか。すし、遠慮なく食って、酒飲んでくれ」
 なかなか高級なすし屋である。課長とはいってもそんなに高給なわけではない。村上はすしはいつも回っているすし屋で食う。こんなすし屋には特別な日にしかこない。きょうは部長の菊池に呼び出されたのである。
「じゃ大将、おまかせで。村上くんもそれでいいだろう」
「はい」
 部長の用というのはうれしい話だった。菊池は近く営業担当の取締役に就任する。あとがまの部長には関西支社長が本社に赴任して就任する。ついては村上が次長に昇進することとなった。ついては新部長をよろしく補佐してくれ、彼も本社勤めは不慣れだろう。その点はキミが私に報告してくれ。善処する。ようは村上に新部長のスパイになれということだ。社内の派閥争いに巻き込もうということだ。
 にぎりをひと通り食べて、お銚子も4本ほど開いた。
「ここらで巻きものを食べたいな。大将、しんこ巻きと鉄火巻き。村上君は」
「じゃわたしも鉄火巻きを」
「へい」
「あの、へたをお願いします」
「は?」
「鉄火巻きの両端。ヘタです。できるでしょう」
「そりゃあ、巻きものには必ずヘタはでますが、あれはお客に出すもんじゃありませんぜ」
「お願い。わたしはヘタが好きなんだ」
「へー、やっぱウワサはほんとうだったんだな。大将、ワシからも頼むよ」
「わかりやした」
 村上は出された、しんこ巻きと鉄火巻きのヘタをおいしそうに食べた。
「キミは社内でミスターヘタと呼ばれているんだよ」
「知ってます」
 村上は端が好きだ。電車に乗っても座席の端にしか座らない。端に座れなければ立っている。ラーメンを食べに行けば、具の焼豚はとうぜん焼豚のヘタを所望。なければ焼豚ぬきのラーメンを食った。ロールケーキ、バームクーヘンといった洋菓子もヘタ。お茶菓子のようかんも必ず端を食べる。
 村上は次長に昇進して2年後、次長待遇のまま沖縄支店に転勤。事実上の左遷である。さらにその翌年北海道支社に転勤となった。
 新部長が本社に来て2年で取締役常務に昇進、菊池は関連会社に出向となった。菊池は派閥争いに負けた。村上も菊池一味と見られて左遷されたのだ。
「沖縄の次は北海道か。村上さんはやっぱりミスターヘタね」
「いやあ、あのひと世渡り上手くないよ。ミスター下手だよね」
 村上本人は北海道の生活を楽しんでいるようである。

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巡洋戦闘艦タイガーウィンドゥの航海 第16回 主砲

 ホムラン風なる不思議な風が吹くトード海。タイガーウィンドゥは巨大戦艦ナベツネジャインが待ち構えるトード海へとやって来た。
 ナベツネジャインは弾頭に生物兵器マイコラス菌を装備した防御用近接対空機関砲を使用した。いっぽう、タイガーウィンドゥの防御用近接対空機関砲はメッセ。この海戦では、いつもナベツネジャインに吹くホムラン風が、タイガーウィンドゥに吹いた。タイガーウィンドゥの主砲トメ39センチ砲が巨弾で砲撃。生物兵器マイコラスを破壊した。これで勝負あり。悪徳巨大戦艦ナベツネジャインを完膚なきまでに轟沈したのである。
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