鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

十勝の自然86 エゾシカ

2016-11-03 14:24:54 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.
大きなエゾシカのオス 2008年10月 北海道中川郡豊頃町)

(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年11月2日放送)


 夜の帳が下りて冷気に包まれた秋の山中で、「ンー、アーッ」とか「フィーヨー」と聞こえる叫び声、あるいは金切り声に突如、静寂を破られて驚いた経験をお持ちの方はいらっしゃいませんか。その正体は交尾期を迎えたエゾシカの、オトナのオスだけが発する「ラッティングコール」という、自己の存在を主張する声です。一夫多妻のエゾシカ。交尾期のオスは餌を食べる時間を削ってまで、自らのアピールや他のオスとの闘いに明け暮れます。

 この時期は非常に攻撃的で、声や外見だけで優劣がつかない時は、4本から5本に枝分かれした角を突き合わせての闘争に発展し、角のぶつかり合う「カーン、カーン」という乾いた音が響き渡ります。戦いに熱中するあまり、角が絡み合って外れなくなり、2頭とも死んでしまうことさえあるそうです。

 百人一首に「奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋はかなしき」という句がありますが、これはエゾシカと同じニホンジカの亜種で、本州に分布するホンシュウジカのラッティングコールを詠んだものでしょう。東アジアに広く生息するニホンジカは国内から7亜種が知られていて、見た目はどれもよく似ていますが、大きさにかなりの開きがあり、例えばオスの体重は最大のエゾシカで130kgに達する一方、沖縄のケラマジカは30kgほどしかありません。

 外気温とは無関係に体温を維持する哺乳類や鳥類では一般に、同じ種の中でも寒冷地のものほど体が大型化する傾向があり、そのことに気付いたドイツの生物学者に因んで「ベルクマンの法則」と呼びます。体が大きくなるほど、体重あたりの体表面積は小さくなるので、余計な放熱を抑えて体温をキープできると考えられます。

 すっかり日の短くなった秋には、夕方早い時間からエゾシカが活発に動き回ります。一歩間違えば大事故にも繋がりかねない衝突事故に、ハンドルを握られる方は十分ご注意下さい。


(2015年10月28日   千嶋 淳)