昨日、10月6日放送 (再放送10月13日夜)のNHK日曜美術館、『智恵子に捧げた彫刻 ~詩人・高村光太郎の実像~』を待ちわびるように見ました。
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高村光太郎といえば、すぐにいくつかの代表作が思い浮かべれるほど、私にとっては好きな彫刻家のひとりです。
高村 光太郎は、日本の詩人・彫刻家。東京府下谷区出 身。本名は光太郎と書いて「みつたろう」と読む。
職は彫刻家・画家であったが、今日にあっては『道 程』、『智恵子抄』等の詩集が著名で、教科書にも多 く作品が掲載されているため、詩人として知られてい る。著作には評論や随筆、短歌もある。(Wikipedia)
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番組は、まっすぐに天をさす人差し指、呼応するようにほかの指は内側に力強く折り込まれていきます。一 瞬の動きを見事に捉えたブロンズ彫刻『手』です。日本近代彫刻の黎明期を告げるこの作品の作者は『智恵子抄』の詩で知られる高村光太郎(1883~1956)です。
代表作 「手」
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明治彫刻界の巨人・高村光雲の長男として生まれた光太郎は、将来を約束された日本彫刻界の プリンスでした。
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父、光雲の代表作「老猿」
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光太郎若い頃の作品「鼠」
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しかし、東京美術学校・彫刻科在学中に近代彫刻の父・オーギュスト・ロダ ンの存在を知り、日本独自の近代彫刻を創造する決意します。
ロダンに強い影響を受ける光太郎
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御存じのロダンの代表作
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フランス留学を経て帰国した光 太郎は先鋭的な活動をスタートさせます。
「光雲の首」
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しかし、旧態依然とした日本の美術界を徹底的に批判し、どこまでも 理想を求める中で孤独を深めていくようになります。そんな光太郎を絶望の淵から救い出し、一変 させたのが妻・智恵子との出会いでした。
光太郎の運命を変える智恵子
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「智恵子の純愛に接し、退廃生活から救い出され た」と語る光太郎は、以後、智恵子ともに手に手を取り合って、彫刻に打ち込み、数々の作品 を生み出していきます。
「腕」
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「石榴」
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「蝉」
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「鯰」
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しかしその幸せは長くは続きませんでした。智恵子の死、戦争、そして戦争賛美の詩人というレッ テルが貼られます。
智恵子の死後、戦争で疎開した、岩手県花巻市の山里の家に閉じこもる光太郎
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そんななか、依頼を受け、製作した十和田湖畔に立つ「裸婦像」
光太郎は二人の智恵子の像を製作した。
「裸婦像」
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番組全体は、さまざまな紆余曲折の中で、一生を通じて智恵子の面影とともに生きた彫刻家・高村光太郎の実像に迫っていく内容でした。
私は切り離すことはできませんが、詩人より彫刻家としての光太郎が好きです。
智恵子と光太郎については、いずれまたブログに書きたいと思います。
また、光太郎の父、光雲の彫刻は見事です。私は、光太郎に劣らずというより、光太郎より光雲が好きかもわかりません。あの生命力あふれるリアルな彫刻は絶品というしか言いようがありません。
私は、光雲 自身の『幕末維新懐古談』を読み、光雲が好きになりました。
ところで、彫刻家高村光太郎展がいま開催させています。
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