Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

関心領域

2024-06-01 | 映画(か行)


◾️「関心領域/The Zone Of Interest」(2023年・イギリス=ポーランド=アメリカ)

監督=ジョナサン・グレイザー
主演=クリスティアン・フリーデル ザンドラ・ヒュラー ラルフ・ハーフォース

環境音に人はいつしか慣れてしまう。緊急自動車のサイレンがひっきりなしに聞こえるから物騒なところと感じることも、線路沿いの騒音や振動も、人はいつしか慣れてしまい、疑問に感じなくなってしまう。本作はアウシュビッツ収容所に隣接する家の日常が上映時間の大部分を占める。目の前を映像として通り過ぎるのは、家族が食事をし、子供が庭で遊び、妻はメイドに支持を出し、夫は仕事から帰宅する、そんな風景。しかし、そのバックには異なる音が重なってくる。塀向こうから聞こえてくる罵声と悲鳴、銃声、低く唸り続けるボイラーの音。とんでもないことが塀の向こうで起こっているのに。

二つの音声を同時に聴きながら、映像とは別の出来事が起こっていることを感じ取る。確かに、聴覚で視覚とは違う情報を感じ取る映画なんてこれまでなかった。それが塀を隔てて、映像に映る何気ない日常と、映像に映らない地獄絵図が共存する。僕らが目にできるのは、塀の向こうに見える煙突から立ち上る不気味な煙だけ。ビジュアル表現に頼りがちな映画製作の場でこれまでなかった試みだと思う。

アカデミー賞に媚びる気はないけれど、見世物シアターの大音響で鑑賞することを前提とした「オッペンハイマー」ではなく、本作が音響賞を受賞したのは、テクノロジーや臨場感よりも映画表現としての効果を評価したということなのではなかろうか。普通は観ている映像を飾るのが音響なのに、映像で見えないものを間接的に表現しているのだから。

クライマックスでカメラが収容所の中に入って、観客が見せられたのはそこで命をおとした人々が身につけていたものが積み上げられた山。その尋常でない光景に愕然とする。子供の頃、社会科の資料集で積み上げられたメガネの写真を見て衝撃を受けたのを思い出した。ホロコーストものはやはり観ていて辛いけれど、語り継ぐことも映画の大切な役割。

一家の感覚が麻痺していることは、言葉の端々に現れる。「落下の解剖学」も素晴らしかったザンドラ・ヒュラーが演ずる妻は、気に入らないメイドに「あんたなんか灰にしてそこらに撒いてやる」と言い放つ。また所長である夫は、軍のお偉いさんが集まったパーティの光景を見て、ガス室を思い浮かべてしまう。「天井が高いから殺せないな」のひと言にゾッとした。じんわりとしみてくる、うすら寒い怖さ。一点透視図法や左右対称を強調した構図も冷たい印象でした。

エンドクレジットで流れる、悲鳴をサンプリングしたような不気味な音楽。この映画で感じた気持ちを忘れさせまいと記憶と身体に刻み込んでくるような威圧感がある。二度観ることはないだろうが、この感覚はきっと肌身が忘れない。

されど、観客に分かりやすいストーリーが示されない映画なので、受け入れにくい作品でもある。そうした方には、似たシチュエーションの「縞模様のパジャマの少年」を是非観て欲しい。物言わぬラストシーンが強烈な悲しみと怖さを残してくれるはずだ。



◇こちらも是非ご覧を。


コメント
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