百の鉢ではなく、煩悩の数だけ、108の鉢展。
2020年に見た展示ですが、ちょっと思い出したのでメモとして書いておく。
108は手に負える数でもあって、小さい美術館ならではの気楽に楽しめる展示でした。
展示のボリュームはわたしには大事で、多すぎると手に負えない。
情報量のキャパがすごく小さい人間なのです。
108というのは、人によっては物足りないかもしれないけど、大きな現代アートの作品より
壺や鉢のような小さな作品の方がみしっと中が詰まってる気がして108くらいがちょうどいい。
鉢は皿とも壺とも違い外も中も楽しめる、と言われるとなるほどなぁ!と思って見ました。
ここは故小林一三の収蔵品をいろんな切り口で展示してる美術館なんだけど、
時々以前見たものもあって、おやまた会ったね久しぶり、などと思うのも楽しい。
小さい美術館は小さい美術館の楽しさがありますね。
中之島の東洋陶磁の方が規模はずっと大きいし収蔵品のレベルも違うけど
どちらも小さなもの中心の展示なのでゆっくりゆっくりの速さで
仲良くなった馴染みの(と自分では思ってる)作品に挨拶をしながら見るのが本当に好き。
内容では東洋陶磁、近さと身近さでは逸翁美術館が、
自分にとってはお気に入りの美術館かな。
2020年に見た展示ですが、ちょっと思い出したのでメモとして書いておく。
108は手に負える数でもあって、小さい美術館ならではの気楽に楽しめる展示でした。
展示のボリュームはわたしには大事で、多すぎると手に負えない。
情報量のキャパがすごく小さい人間なのです。
108というのは、人によっては物足りないかもしれないけど、大きな現代アートの作品より
壺や鉢のような小さな作品の方がみしっと中が詰まってる気がして108くらいがちょうどいい。
鉢は皿とも壺とも違い外も中も楽しめる、と言われるとなるほどなぁ!と思って見ました。
ここは故小林一三の収蔵品をいろんな切り口で展示してる美術館なんだけど、
時々以前見たものもあって、おやまた会ったね久しぶり、などと思うのも楽しい。
小さい美術館は小さい美術館の楽しさがありますね。
中之島の東洋陶磁の方が規模はずっと大きいし収蔵品のレベルも違うけど
どちらも小さなもの中心の展示なのでゆっくりゆっくりの速さで
仲良くなった馴染みの(と自分では思ってる)作品に挨拶をしながら見るのが本当に好き。
内容では東洋陶磁、近さと身近さでは逸翁美術館が、
自分にとってはお気に入りの美術館かな。
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