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卒寿を超えて「上前智祐の自画道」展のフリートークを聞いて

2013年01月28日 16時03分19秒 | 美術・工芸・デザイン・建築
昨日の<卒寿を超えて「上前智祐の自画道」展>のフリートークに行って、思い出したりフリートークを聞いて感じたことは多かった。
始めに断っておくが、先生と私は何度もお会いしたことがあり、たまにお話もさせてもらったが、毎日多くの人と合われている先生から見れば、私は面識があるかないか程度の存在で、多分先生は覚えておられないだろうと思う。
上前先生が足を悪くしてこられないのは残念だった。
またフリートークの最後のほうで、司会者の坂上氏から指名されて、小説家の田靡氏からは、今日の話はまるで偲ぶ会のようではないかとの話もあったが、版画家の迫畑氏が近況を話されたように、先生は今も元気に作品を作り続けておられるのも事実だ。

上前先生は、私がギャラリーをしていた時に何度か来られたことがあり、それ以外にも何度も他のギャラリーのパーティー等でお見かけしたこともある。
始めギャラリーに来られたころは、私は先生が元具体美術の会員であったという程度の事しか知らなかった。
その後、頂いたか購入したのか忘れたが、自費出版された「飛び出しナイフ」を読んで、先生の外見とは想像付かない激しい情熱が内部に秘められているのを知り驚いた。

あるとき、私が先生に「なぜ縫いをするのですか」というと、お金がないからという答えが返ってきたのをはっきりと覚えているが、そのときは、半分冗談だろうと思っていた。
その後先生の経歴を深く知るにつけ、主な理由は表現上の理由と若い頃に縫いや染の仕事に携わっていたこともあることは言うまでもないが、同時に絵の具の材料費の問題も本当にあったのかと思ったりもした。

昨日、展覧会のカタログを購入して、昨日のフリートークを欠席された笹木繁男氏の作成された上前先生の年譜を読んで、更に驚いた。
本当に、先生は下手なTVドラマよりすごい波乱万丈の人生を送っておられていて、小さいときの家庭環境の複雑さも半端じゃない。
更に先生も耳が不自由だということは以前にも聞いたこともあり、今回の話では紹介はされたがほとんど話題にはならなかった。
だが、私も幼いときの中耳炎で、右耳がほとんど聞こえないが左耳は全く正常なので全く問題なく生活しているが、それでも話するときの位置関係は気にするし、折に触れ難聴の話は気になっていた。
その意味で、先生の左右とも難聴ではその意味も全く違うのだろうと思ったし、いじめ体験も持たれているという。
そんなことを考えると、先生が自費出版にこだわって多くの本を出版されるのは、自分自身の人生のことや芸術のことを知ってほしいという、押さえ切れない表現の欲望の現われの一つではないかと思った。
現に、今も休むことなく、作品を作り続けておられるという。
まさに、本当の意味の表現者=芸術家なのだろうと思った。

以前先生から、波止場での沖仲仕もして、あらくれ男ややくざの男に混じって、すさまじいところで働いていたことも、聞いたような気がする。(正確ではないが)
現代美術とは別に、人間上前智祐の生き様も注目してよいと思う。

今回のフリートークを聞いて、以前からいろいろ元具体の先生方に聞いいても、先生方により具体についてはいろいろなとらえ方があって、なかなか具体美術像が見えてこない。
昨日の話でも、今井氏からは、神戸派と大阪派があって神戸派はまとまっていたが大阪はばらばらだったという話があったり、堀尾氏は、相談するときは先ず嶋本氏に相談していて、具体を実質的に取り仕切っていたのは島本昭三氏だという意見もあったが、別の先生から、それは言い過ぎで、吉原氏が仕切っていたという反論も出た。
以前に鷲見氏から聞いた話では、飲めないグループと飲めるグループに分かれていたというようなことも聞いた。
このような話は、証言できる生存者がいる間に情報を整理しておくことが必要だろう。

そのほか、耳に残っている話を記録しておく。
堀尾氏は、(上前さんの)あの点々は命を懸けたてんてんを打っていたと思う、という意味のことを話された。(そこには芸術的な意味も経済的な意味も世間の評価もこめられているような気がした。)
(上前さんは)具体なんてくそ食らえというように行っていたように思う。(そのことは、展覧会のカタログの冒頭にある、BBプラザ美術館顧問 坂上義太郎氏の書いた冒頭の文の中に上前氏の言葉として「今となっては具体のほうが僕に付いてくる」という言葉でも分かる。まさに具体美術の中の上前ではなく、上前芸術の活動の中の一つとしての具体美術協会ではないだろうか。すなわち団体に従属する芸術家ではなく、独立した芸術家としての上前氏の気概を感じさせる。)

今回の前後半共通のカタログの上前氏の年譜等の文献資料は価値があるし、作品理解の助けとなる。
無論、展覧会の展示作品のすばらしさは言うまでもない。

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昨日記130127日(6/0晴 BBプラザ美術館・上前智祐展 BL「うろ覚えの話」)

2013年01月28日 12時38分04秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
昨日は、F氏から上前智祐展の案内をいただいていたのでBBプラザ美術館に行った。
午後2時から坂上義太郎氏を司会に、加藤義夫氏、中塚宏行氏、堀尾貞治氏によるフリートークが会った。笹木繁男氏は欠席されていた。
上前さんは、ギャラリーにもお見えになったこともあり他のギャラリーでも、お見かけしたことがあり、何度もお話をさせていただいたこともある。(先生は、覚えていらっしゃらないと思うが。)を読んで、それまでほとんど知らなかった先生の過去について、驚いたこともあった。

今回のフリートークを聞きに行ったり、カタログを購入して、面白いと思うことがいろいろあったが、別途ブログで記載する。
会場には、顔見知りの方が沢山いた。
フリートークの話を聞いてから、展覧会の後半を見た。
係員の人に、前半に見たような気もするがと聞くと、何割かは前半に展示したものを飾っているとのことだった。
特に立体は、多いということであった。
そういえば、前半では版画も多く展示されていたが、昨日見た後半では、少なかった。
版画にS氏がかかわっていたことも始めて知ったし、S氏も来場されていて、いきさつや現状を話されていた。
堀尾さんからは、具体の中での嶋本さんの話も出ていた。

帰宅後NHKニュースで、元具体美術の嶋本昭三氏がなくなられたことが伝えられた驚いた。
しかし他の大新聞系のメディアでは扱いがなかったりして、再び驚いた。
文化的関心が低く、情報も偏っていると感じた。

夜、私のポリオ体験とポリオワクチンの話が気になってブログ「うろ覚えの話」(http://blog.goo.ne.jp/sksoo/e/3e9fd85e9840cac64d0ab201f37eda81)を書いた。
先ほど、このブログにプロパガンダの話も重ねて、思ったことや知っている話を大幅に加筆した。

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