教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

養成課程で身につけるべき保育者・教師の資質

2011年03月21日 18時35分44秒 | 幼児教育・保育

 あまりじっくり書く余裕はないので、ごちゃごちゃしていますが、少しだけメモ。

 保育者・教師に真に必要な資質は、就職後の実践現場で身につく。たとえば、子どもの反応に即興的に応じて内容や方法を調整する実践力や、的確で幅広く深い子ども理解、的確なカリキュラム編成技術、学習を促進する技術や教育方法などである。これらは、現場に出て、子どもや同僚とかかわりながら、教育を実践する中で身につけることができる。養成課程で身につけられないこともないが、あまり効果的・効率的なものにはならない。では、養成課程で身につけるべき資質とは何か。
 養成課程では、教育に関する基本的な知識・技術を身につけることができる。教師志望者は、教材の学問的理解、担当教科に関する学問や技術の理解などを身につけることができる。保育者志望者は、ピアノの技術、様々な歌や遊び、絵本、牛乳パックで製作を進める仕方、小動物や虫の飼い方など、具体的な知識・技術を身につけることができる。教育は具体的な教材・活動を通して行われるものだから、これらの具体的な知識・技術を養成課程で身につけることは必要である。
 しかし、具体的な知識・技術一つ一つは、特定の条件においてのみ適用可能なものである。具体的な知識・技術は、特定の子ども、特定のクラス、特定の年齢、特定の時期など、限られた場面でしか使えない。いつでもどんなクラスでも適用できるわけではない。これらの具体的な知識・技術は、もちろん養成課程でもある程度身につける必要があるが、むしろ実践をしながら必要に応じて学んでいく方が適切であることも多い。

 養成課程で身につけるべき資質は、知識や技術を応用し、場面に応じて目標・内容・方法を取捨選択・操作・調整する力である。これは、実践力として主に実践現場で働きながら教師・保育者自ら発達させていくものであるが、養成課程において、その基礎を身につけることが可能であり、かつ重要である。実践力の基礎は、教育観・保育観や子ども観などの根本的な観念・概念・思想である。「教育とはこういうものだ」と理解しているから、具体的な場面に応じて「じゃあこうしよう」と考え、実践できるのである。
 たとえば、「保育とは絵本を読み聞かせることだ」程度にしか理解していなければ、どうなるだろうか。読み聞かせ以外の活動がおざなりになりはしないか。また、「教育とは試験勉強のためのものだ」と理解していれば、今は別のことをしたいという子どもの思いを無視することもあるだろう。教材選択や授業展開においては、世界を本質的または実感的に理解するような教材や展開よりも、試験に出る知識を子どもの発達状況を無視して詰め込むこともあるだろう。「教育とは子どもに合わせて無理なく発達を促すことだ」と理解していれば、子どもの興味や発達状況をしっかり把握しようとするし、そこから教材や展開を発想するだろう。このように、どのような観念・思想を持っているかによって、実践する教育のあり方はまったく変わっていく。
 もし養成校が最大の罪をおかすとしたら、それは何か。それは、教育のあり方や子どもの理解の仕方などについて、勘違いさせたままで、教師・保育者志望者を現場に出すことである。教育観・保育観・子ども観などは時代や社会とともに変化するため、重要なのは、一つの固定した観念や思想を教え込むことではない。「勘違い」とは、時代錯誤や独りよがりな理解のことである。教師・保育者志望者は、養成課程を受ける前にも一定の考えをもっている。しかし、それらはまだ未発達・未整理の状態にある。養成課程において本当にすべきことは、志望者たちの教育観などの発達を促し、整えていくことである。養成課程では、具体的知識・技術の学習と並行して、教育とは何か、保育とは何か、子どもをどのように理解したらよいか、などについて、根本的に的確に考える機会を十分に与えることが重要である。
 養成課程で取り扱うべき教育観・保育観・子ども観には、たとえば「保育・幼児教育は、遊び・環境を通して行う」「子どもの主体性を尊重し、それを伸ばす」「学習は経験を通じて行われる」「教育は、知識の蓄積だけでなく、社会性・道徳性を養わなくてはならない」「子どもにも基本的人権がある」などがある。教師・保育者志望者は、これらの観念・概念・思想を、言葉と感覚との両面から理解し、身につけ、自らの資質としていかなければならない。養成課程では、講義・演習・実習の環流のなかで、これらを知識として明確に、経験として実感的に、学んでいける機会を提供していかなくてはならない。

 優秀な教師・保育者を養成するには、どうすればよいか。やみくもに現場に出せばよい、実習の期間を増やせばよいというわけではない。それではわざわざ学校に行く必要はなく、普通教育終了後にすぐ教壇に立てばよいことになる。しかし、それでは教育や子どもについて、あるいは誤解したまま、あるいは未整理のまま、教育にあたることになる。中には偶然にうまくいく者もあるかもしれないが、2000万人近くの18才以下の国民の教育を偶然に任せるわけにはいかない。養成課程において、教育・保育・子どもを考えるための教材(学説・思想・政策・制度・実践など)に時間をかけてかかわり、教育観・保育観・子ども観などの根本的観念・概念・思想を発達させ、一定の程度までそれらの質を高めることが必要である。
 実践現場に出て教師・保育者が適切な教育を行い、適切に成長していくには、就職前すなわち養成課程において、「教育・保育・子どもとは何か」などについて明確に学び、一定の観念・概念・思想を形成する必要がある。これこそ、養成課程において身につけるべき資質であり、養成課程において身につけるにふさわしい資質である。そしてこれらは後に、現場で真の実践力を身につけていく基礎となるのである。

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