教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

教育学的視点①―教育の内と外

2024年04月11日 19時51分00秒 | 教育研究メモ
 教育学教育は、学生の教育学的視点と教育学的思考を育成する。ここではまず教育学的視点とは何かについて考えていきたい。
 教育は、教育学的視点だけでなく、哲学的視点、歴史学的視点、社会学的視点、心理学的視点など、様々な視点から捉えることができる。教育学的視点は、教育学の立場から物事をとらえる視点であり、教育を捉える視点の一つである。人は教育学的視点によって、教育の事実を捉え、教育とは何か、どうあるべきかを考えていくことができる。
 ここでは、根本的な教育学的視点について、まず教育の「内」と「外」とを正確に捉える視点について述べる。教育を正確に捉えるには、教育と「教育でないもの」を区別して認識し、教育と「教育でないもの」との相互関係を捉えようとする必要がある。

 教育とは、生きること(life・生命・生活)の一部であり、人間形成の一側面である。人間は、生きるために知識・技能等を身に付け、そのことを通して人間性を高め、生きることの質を高めていく。教育は、人間が生きるために行い、人間を人間らしく形成していく行為の一つである。それは、教育者と被教育者の間でコミュニケーションの一種として行われる。
 また、教育は、一定の感情や記憶を喚起し、そのあり方をめぐって関係者の間で利害が生じ、その利害をめぐって緊張を生じさせる社会的な領域の一つである。我々は、学校で教育を受け、楽しさや苦しさ、葛藤などの様々な感情を感じ、そのことを記憶している。教育は、ただ知識や技能を身に付けるだけでなく、人生に豊かさまたは貧しさを与える感情や記憶を生み出す。
 さらに、人によって望む教育のあり方は異なり、ある一定の教育が行われれば、その教育とは異なる教育を望む人々に不満を生じさせる可能性がある。例えば、子ども一人ひとりの興味関心に応じた教育を行うと、ペーパーテスト重視の進学校への受験準備を求める子どもや保護者は不満に思うことになる。人々は、公教育のあり方に様々な思想や感情をもって関心を向け、そこでの教育課程や方法・内容について支持または反対する。近代社会・学歴社会における教育は、人々の将来の地位や収入・階層を決める重要な要因となるため、そのあり方によって利を得る人々と得られない(得にくい)人々を生じさせる。そのため、教育の利害調整をめぐる政治や世論は、被教育者としての人々の思想や合理的判断だけでなく、その感情や記憶の絡む複雑な現象となる。このように、教育は、教育者ー被教育者の二者関係で語りつくせるものではない。その複雑な現象・過程を有する社会的な領域の一つであるという側面も捉えなければならない。
 行為・社会的領域としての教育は、ほかの行為・領域の一部と隣接し、相互に影響し合っている。例えば、教育と同じく、人間の生に深い関わりをもつ学習や福祉、政治、経済などの行為・領域との間には深い影響関係がある。例えば、学習のあり方が変われば教育のあり方も変わり、教育のあり方が変われば学習のあり方も変わる。政治・経済のあり方が変わったときも同様である。
 教育のあり方を捉える参照軸は多様に考えられるが、学習や福祉、政治、経済などとの接点に生じる重要な軸として、「人間(性)育成」と「人材育成」の軸がある。子どもが人間らしく幸福に生きるための教育と、政治や経済に役立つ人材として育てる教育の間には、重なる部分と重ならない部分がある。いずれの教育も人間の生き方や人間形成という側面では同じだが、例えば人間性育成重視の教育では、際立って経済の役に立たなくても一人の人間として最低限身に付けてほしい当たり前のことを育てようとする。人材育成重視の教育では、当たり前のことができるだけでは不十分で、経済活動において高いパフォーマンスを発揮できるような能力を育てようとする。同じ教育であっても、人間性育成と人材育成では意味が違うし、まったく異なる教育実践が行われることになる。

 このように、教育を捉える視点は、学校教育や、教師と生徒との間の二者関係を捉えるだけでは十分ではない。教育を十分正確に捉えるために、以上のような教育学的視点をもつ必要がある。
 教育学的視点は、生きることや人間形成の一側面として、2つの参照軸(内側の視点)とほかの行為・領域との関係(外側の視点)によって教育を捉えていく。自分が教育を捉えようとするとき、コミュニケーションとして捉えようとしているのか、社会的領域として捉えようとしているのか、どちらも総合的に捉えようとしているのか、などについて考え、自分の重点を自覚することで考察がしやすくなる。また、ある教育の質を考察する際には、人間性育成と人材育成の視点に基づいて、その重点がどこにあるか見極めてみよう。他の立場からの視点は、このような捉え方や参照軸をする必要はないかもしれない。しかし、教育学はこれらのことにこだわる学問である。


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