教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

教育学的思考①―どんな教育史の考え方か

2024年04月15日 23時55分55秒 | 教育研究メモ
 次に教育学的考え方、教育学的思考について考察したい。教育学的思考とは、端的に言えば教育学の研究法のことである。教育学の各分野において長年検討が積み重ねられ、年々専門分化と深化が進んでいる。教育学の代表的な分野には、例えば、教育哲学や教育史、教育社会学、教育心理学、教育方法学、教育行政学、比較国際教育学、社会教育学、教育経営学、幼児教育学などがある。ここでは、教育史の方法(教育史を通した思考の方法)に限定して、教育学的思考について詳しく考察する。

 教育学的思考の方法として、教育史の方法がある。教育史といっても多様なものがある。教育学的思考は、主に「教育学としての教育史」についての思考である。教育史には、これまでの研究史の中で、「哲学としての教育史」、「社会学としての教育史」、「人類学・民俗学としての教育史」、「歴史学としての教育史」などが現れてきた。研究者によって様々な姿勢があるが、「哲学としての教育史」は教育には触れても人間の考え方そのものを考えることに主眼があり、教育思想史と呼ばれる試みの中にはその傾向が強く出ているものがある。「社会学としての教育史」は社会のあり方を考えるものであって、教育の歴史社会学と呼ばれる試みの中にはその傾のあるものがある。「歴史学としての教育史」は人間の生き方や物事の変遷(歴史そのもの)を考えるものであって、日本で研究されてきた教育社会史にはその傾向が強い。そのほかに、「人類学・民俗学としての教育史」もある。これらに対して、「教育学としての教育史」とは、教育学の方法の一つとして教育自体を考えようとする。哲学や社会学、歴史学などの方法を取り入れることは大いにあり得るが、「教育学としての教育史」は教育学的視点・思考法を基礎としてあくまで教育のあり方を研究する。教育史を通して人間の生き方について考えていても、教育のあり方についてあいまいな考察しかできない場合は、「哲学・歴史学としての教育史」であっても「教育学としての教育史」としては不十分である。いずれかの教育史がすぐれている、と言いたいのではない。どの教育史にも長所短所がある。それぞれの教育史には、どこに視点をあてて、何を目的に研究するかについて違いがあるので、自分がどんな教育史の立場をとっているのか自覚して研究を進める必要がある。
 いずれの教育史の方法にも共通する基盤として、初等・中等教育を通して育てられる(そして高等教育を通して高度化される)歴史的見方・考え方がある。2018年告示の高等学校学習指導要領の地理歴史編解説によれば、歴史的見方とは、例えば、時系列や諸事象の推移、諸事象の比較、事象相互のつながり、過去と現在とのつながりを捉えようとする視点である。時系列を捉えるには、例えば、次期や年代、過去について、それはいつのことで、どういう経緯で起こったことか考える。諸事象の推移を捉えるには、それらの変化と継続について、何を変えようとして、どう変わったか変わらなかったかについて考える。諸事象を比較して捉えるには、それらの類似点や差異、共通点や相違点は何かについて考え、なぜその共通点や相違点が生じたかなどについて歴史を通して考え、それらの意味や特色を考える。事象相互のつながりを捉えるには、その背景や原因、影響、結果、転換点や画期に注目し、その出来事が起こった最も重要な要因は何かや、分岐点・転換点はいつか、どうしてそのような転換が起きたかについて考える。歴史の時系列や推移、類似点、相違点、影響、結果などについては、なぜそうなったか、どのような背景・理由・経緯でそうなったかについて考える。また、過去と現在とのつながりを捉えるには、現在の問題についての理解や歴史的な見通し、自分自身とのかかわりに注目して、過去と現在の似ているところや関連、その要因を考え、過去の事象が与えたのちの時代への影響や見通し、自分にとっての意味について考える。

 教育学的思考や教育史の方法は、高等教育において専門的に学ぶ。それはまったくゼロから学ぶというよりも、中等教育までに育ててきた歴史的見方・考え方を基盤にして学問を学び、そのことを通して各学問の視点・研究法を学んでいく。その過程は、歴史的見方・考え方を学問によって高度化させていく過程という側面もあろう。

参考文献:
文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 地理歴史編』東洋館出版社、2019年。
白石崇人「日本教育史研究における「教育学としての教育史」」広島文教大学高等教育研究センター編『広島文教大学高等教育研究』第9号、2023年3月、1~14頁。
白石崇人「現代日本における教育史教育の課題―歴史教育・高大接続・教員養成を意識した「教育学としての教育史」の教育の模索」『広島文教大学紀要』第58号、2023年12月、11~25頁。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 教育学的視点②―どの教育のど... | トップ | 現職の初心として »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

教育研究メモ」カテゴリの最新記事