第七項
創価学会が言う「脇書と御本尊との関係は授与された人の名誉を残すため」の妄説を破折する
(7)脇書と御本尊との関係は授与された人の名誉を残すため
脇書とは、御本尊の左脇に授与された相手の名前や日付を記載したもので、その意味について日興上人は「富士一跡門徒存知の事」で、
「日興弟子分の本尊に於ては一一皆書き付け奉る事・誠に凡筆を以て直に聖筆を黷す事最も其の恐れ有りと雖も或は親には強盛の信心を以て之を賜うと雖も子孫等之を捨て、或は師には常随給仕の功に酬いて之を授与すと雖も弟子等之を捨つ、之に依つて或は以て交易し或は以て他の為に盗まる、此くの如きの類い其れ数多なり故に所賜の本主の交名を書き付くるは後代の高名の為なり」(P.1606)
(通解:日興が弟子に下付する本尊に、一つ一つ全部脇書を書くことは、本当に下手な筆で大聖人の聖筆を汚すのは恐れ多いけれど、ある時は親に信心強盛だからと下付しても子孫が御本尊を捨て、ある時は弟子に常随給仕の功として授与しても、退転して捨ててしまう。こうしたことから、御本尊を売り買いしたり、盗まれたりするような事例がたくさんある。だから下付した本人の名前を書き付けるのは、その人が立派な信心をしていたということを後代に名誉として残すためである。)
と、下付した本人は立派でもその子孫や弟子の代になると御本尊を捨てたり、売ったりする者がたくさん出たので、下付した相手の名前を御本尊に書くのは、後代にその本人の高名、名誉を残すためであると、脇書きを書く理由を示されています。
ここに「脇書と御本尊との関係は授与された人の名誉を残すため」だというようなことを言っておりますけれども、ただ単にこれだけのためではないのです。
こういう題を立て、まず「脇書き」とは「御本尊の左脇に授与された相手の名前や日付を記載したもの」だとし、その意味について日興上人の『富士一跡門徒存知事』の、
「日興弟子分の本尊に於ては(乃至)後代の高名の為なり」(御書一八七二)
の文を引いて述べております。これも全く素人の、「葦の髄から天井を覗く」式の短見を露呈しています。
第一に、ひとくちに脇書きと言っても、「授与書き」と「添え書き」と「授与年月日」の区別さえ判っておらず、一概に脇書きと言っているけれども、まさに一知半解であります。
第二に、これらの脇書きが左側に限ると思っている無知が挙げられます。しかし、必ずしも左側に限るものではない。
第三に、『富士一跡門徒存知事』に示される「一々皆書き付け奉る事……」とは、大聖人の御本尊における添え書きであり、大聖人の授与書きとは全く別なのであります。つまり、大聖人が御本尊に特に授与された人の名前をお書きになる場合がある。これは弘安年間の御本尊には特に多いのです。その場合に、日興上人の弟子分については、日興上人が御本尊の脇のほうへ別に名前を書いて、「この者は日興第一の弟子なり、仍て申し与うる所、件の如し」ということを書かれておるのですが、それを言っておるのです。故に、大聖人の授与書きとは別なのです。学会の者どもは、その区別もついてないのであります。
したがって、『存知事』に「後代の高名の為なり」と書かれた意味も、大聖人より直接賜ったところの御本尊の授与書きとは全く別に、日興上人がその名前と添え書きの趣旨を御本尊に書き加えられたことを述べられておるわけです。これを「脇書き」という語において二つのことを一つにして、その意味を曖昧にしております。
しかし、別して言えば、日興上人の「後代の高名」という語は実に重大な意義をもって、その僧俗の仏道成就を顕されておるのであります。創価学会の如き誹謗者は、形だけを見て、少しもその意義が判らないのであるということを、まず言っておきます。
そもそも従来宗門において御本尊の書写に関する相承書として取り扱われていた「御本尊七箇相承」にも、この脇書きについては一言も触れられていません。
これは、ちょっと横へ走って、「御本尊七箇相承に、この脇書は一言も触れていない」ということを言っていますが、これは莫迦の見本みたいな言葉です。
御本尊の深い内証深義を相伝される文書に、一々、授与書きや年月日など、対告等に関することをお書きになるはずがないのです。化導に関する内面の深意と外相との区別が判らないのが、素人のあさましさと言えましょう。
(なお、日顕宗はこの相承書を、平成新版として新たに出版した御書から削除してしまいました。この中には「受持法華本門の四部の衆を悉く聖人の化身と思ふ可きか」という素晴らしい言葉が書かれているのですが、日顕と大聖人が不二の尊体と詐称する輩にとっては都合が悪いのでしょうか。それともニセの相承書なのでしょうか。
次に、宗門で「平成新編」として新たに出版した御書から『御本尊七箇之相承』を削除したということを言っておる。これは、たしかに今回、収録しませんでした。しかしこれは、この御書が一般普及用、言うなれば信徒用として出版する関係から、御本尊の深義を内容とする『御本尊七箇之相承』は特に除いたのです。
つまり、過・不及と言いますが、過ぎた考え方と及ばない考え方とがある場合に、例えばここで創価学会が、大聖人と日顕が一体不二だからなどと誣告して批難していますが、そのようなことは宗門でだれも言っていません。私だって、ひとこともそんなことを言ったことはない。けれども、ただ御本尊書写の上からの御内証において、特に先程も言いましたが、譲座本尊の「南無妙法蓮華経 日蓮」の左脇に、日興上人が必ずお名前を書かれるところをお書きにならないで、右に書かれているのです。そして御自身のお名前をお書きになる所へ「日目 授与之」とお書きになっております。この意味が大事なんですね。その意味において、御本尊の内証と書写、そして授与の大権を含み具えて、そのなかに日目上人を導き入れておられるわけなのです。ですから、そういう上から、その元の意義において「代代の上人悉く日蓮」というような御文が『御本尊七箇之相承』にはあるのであります。
そうすると、今度はそれを読んで、直ちに「だから、今の猊下は大聖人様だ」などと、あまりに過ぎた解釈をしてはいけない。かといって、創価学会のように血脈を否定して軽蔑することは、なお誤りです。
ともかく、『御本尊七箇之相承』は、深く、かつ中正な拝し方が必要ですから、むしろ一般用の御書からは抜いておこうという考えだったのです。そこで今回、それは抜いてあります。けれども、何か困ることがあるとか、隠す必要があるから省いたのではありません。
次に、その文中に「受持法華本門の四部の衆を悉く聖人の化身と思ふ可きか」ということがあるけれども、これが日顕と大聖人が一体不二の尊体と詐称する輩にとって都合が悪いから抜いたのか、と邪推していますが、まことにこれは「下司の勘ぐり」と言うほかはありません。この文の「四部の衆」とは、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の四衆、すなわち、正法正義に基づく現日蓮正宗の僧侶と檀信徒、いわゆる法華講の皆さんの正法護持の信心の功徳にあてがわれたものなのです。だから語尾に「か」という字がついておるのであり、そうだと断定されてない。「受持法華本門の四部の衆を悉く聖人の化身と思ふ可きか」ということなのです。
けれども、これはけっして狂った謗法団体の、池田大作とか創価学会のことではないのです。あの者どもはこの文を見て、非常に有り難い文書であり、これは我々のことを書いているんだと言いますが、うぬぼれるのもいい加減にしろと言いたい。
また、その次に「ニセ相承書なのでしょうか」と言っていますが、ここにむしろ創価学会の本音が出ているのです。いかに狡猾な智慧で文義をごまかし、はぐらかし、この御文全体を色々な形で薄めて、今までの相承がなかったような形にしようとしても、結局、池田らの逆徒においては、この相承書があることは本来、まことに都合の悪い意味があるのです。だから「ニセ相承となってくれればよい」という気持ちが、こういう「ニセの相承書なのでしょうか」という文として、思わず表れたのでありましょう。
実は日顕の父親日開が、この相承書のとおりに御本尊を書写せず仏滅後二千二百二十余年と書いたため、信徒からわび状を書かされたという、因縁の相承書なのです)
次に、六十世日開上人のことに触れているが、歴代上人のなかには宗旨上の特別な拝仰の上から「二千二百二十余年」と書写された例があります。例えば、十七世の日精上人、十九世の日舜上人、四十一世の日文上人等の御本尊の一部に拝されますが、通常の書写はもちろん、「二千二百三十余年」と書くのが古来の通規になっております。私も登座以来、一幅も「二千二百二十余年」と書写申し上げたことはありません。すべて「三十余年」と御書写申し上げております。
しかしながら、「二千二百二十余年」という御本尊だから拝んではいけないなどということはない。総本山塔中久成坊の本堂に昔から安置されている常住板御本尊には「二千二百二十余年」とお書きになってある。しかも、この裏書きに二十六世日寛上人の判形がある。これは、もう明らかに「二千二百二十余年」の先師の御本尊を日寛上人が允可されて、そして彫刻されておるのです。
要するに、相承を受けない者が、特に在家の者がこういうことを簡単に云々すべきではないということだけを、ひとこと言っておきます。
端的に言うと、脇書きは御本尊として必要不可欠な部分ではなく、その証拠に大聖人直筆の御本尊でも、脇書きを書いていないものが多数存在しているのです。特に大聖人の御本尊では、脇書きとして「日付のみ」を書かれたものが一般的で、授与した相手の名前を書いたものは比較的少ないのです。これに対して、前述のような理由で日興上人の時代に脇書きとして授与者の名前を書くことが常態化したものと考えられます。
ここで「脇書きは御本尊として必要不可欠な部分ではない」などと結論づけ、その証拠として、大聖人自筆の御本尊にも脇書きのないものが多数あり、日付だけを書かれたものが一般的で、授与者の名前を書かれたものは比較的少ないなどと、聖意を謗じておる。これも一知半解以下の考え方だと断じます。
前にも指摘したとおり、まず「脇書き」という漠然とした言い方で、大聖人の直接の授与書きと日興上人の添え書きとを混同している。大聖人様の御一期の御化導においては、そんな創価学会の莫迦どもが凡眼凡智をもって測ることのできない深いお心が存するのです。それをこのように簡単に言うことが、もう浅識謗法に当たると思います。こういう不用意の言は、大聖人御一期の御化導の順序次第に暗いことを表しておると思います。
日寛上人は『観心本尊抄文段』に、大聖人の御本尊につきましては「弘安以降本懐究竟」ということを結論づけられておるのです。それについて日寛上人の挙げられた理由として、仏滅後二千二百二十余年と三十余年のことがありますけれども、これを論ずると、これだけでもって長くなってしまいますから、これは省略しておきます。けれども、この仏滅讃文の理由のほかにも、弘安以降において大聖人様の御本尊が究竟あそばされたということをはっきり拝せられるところの例証は多いのです。
もちろんこれは、誹謗団体の創価学会などに言う必要はありませんが、しかし、この筋から拝して、弘安以降本懐究竟ののち、有縁の弟子・檀那の化導のために授与書きを示された御本尊は、実に八十数幅中の八割以上に及んでいるのです。つまり弘安以降は、八割以上の御本尊様に、ちゃんと与えられる相手の名前、つまり授与書きが書かれておるのです。そこを考えなければいけない。
それに対し、授与者の名前を書かれたものは少ないと学会の言っている御本尊の時期は、文永年間は二十数幅中の一幅だけ、建治年間も二十数幅中の五幅に授与者名を拝するのみであり、あとは名前が書かれておりません。ですから、文永と建治年間の授与者名を書かれた御本尊は、その期間中の御本尊の約一割であると言えます。これは、大聖人が弘安以降の御本尊において、御本仏の御化導の境智の御究竟ののちに有縁の僧俗を化導し給うため、授与者名を数多く示されておるということが明らかなのであります。この大慈大悲を、創価学会の下司どもは、なんと心得るのであるか。
だいたい、道理よりして、授与者名は「その者に与える」という対告の表示であり、そこに授ける方の意志が存しておることは自明の道理なのです。世間の道理でも、明確な意志を示す文書には、必ずこちらの名前を書き、相手の名前を書くでしょう。いわゆる当事者の名前を記すことが常識であります。そんなことも解らない創価学会は、よほどの莫迦か阿呆である。
前にも述べたけれども、日興上人の添え書きは、大聖人様の授与書きのある御本尊にも、重ねて別の所に名前とその趣意を書かれておるのであり、そんなことなど全く知らないらしいのです。つまり、大聖人の授与書きと日興上人の『門徒存知事』に示される意味の添え書きとは、同じ御本尊のなかで全く別に書かれてあるのである。
だから、その添え書きは日興上人のみのことであって、それを「脇書きとして授与者の名前を書くことが常態化した」などと知ったかぶりをしているが、そんな莫迦なことはない。既に論ずる如く、大聖人、日興上人の御本尊にも、初めからはっきり授与書きを示される御本尊が数多く存するのであります。また、添え書きは日興上人だけが、特に御自分の縁故のある弟子分が大聖人様から御本尊を頂かれたときに、それについてお書きになっておるわけです。だから、それ以降にはそういうことがないわけで、こういうことを言うのは創価学会の素人のあさはかな推測に過ぎないのであり、事実と大きく懸け離れた噴飯の邪推である、と言っておきます。
また、この脇書きには後代の加筆も多数存在するばかりか、驚いたことに一体の御本尊に何人もの名前が書かれている例もあるのです。例えば、蓮蔵坊にある徳治二年の日興上人の御本尊は二回加筆されて三人の名前が、元徳二年の日興上人の御本尊は三回加筆されて四人の名前が書かれています(富士宗学要集第八巻 P.186等)が、法主以外の者(通常は末寺の住職)が書き込むことが当然のように行われているのです。正和二年の日興上人の御本尊には、沙弥(所化小僧)の者の署名入りで書いた脇書きもある(同 P.183)のです。
このようなことをわざわざ挙げて、後代の加筆があることなどについて悪し様に述べています。そして、御本尊の授与書きも脇書きも実にいい加減で、どうでもいいように印象づけようとしている、実に狡猾極まる悪心の姿であります。
本宗においては本来、御本尊の加筆は法主上人がなされるものでありますが、ごくまれなこととして、当時の交通等の事情もあり、時の法主上人の御認可を拝して、法主上人以外の者が授与書きを認めた例があります。彼等の挙げた例がこれに当たります。
彼等はこれについて「驚いたことに」と言っていますが、少しも驚くに当たらないのであり、「当然のように行われている」などと言うことは、単なる悪口であるとのみ指摘しておきます。
このような「メモ書き」でしかない脇書きに名前を書かれた人間しか成仏できないなどという御書の文証があるなら出してみろ!と破折してあげましょう。
ここに「破折してあげましょう」とあります。あきれたものではありませんか。皆さん、逆にはっきり徹底して、この狂った愚見を破折してあげようではありませんか。
さて、この創価学会の論者は「『メモ書き』でしかない脇書き」などと、言うにも事を欠いて全く意味の反する稚論・謗論を述べております。メモというのは、一体なんでしょうか、皆さん御存じでしょう。メモとはメモランダムのことで、覚え書き、控え、備忘録、簡単な書き留め、記録等の意味です。したがって、これは「汝に与える」という授与の意味は全くありません。自分のほうの手書きなのです。そうでしょう。つまり何かの行為について、自分の側でもって「ああ、そうか」と書き留めたり、「約束したから、明日の何時にあそこに行かなければ」というように、自分のために書いておくものです。これを書いて相手に渡すものではない。
ところが授与書きは、相手に渡すものなのであり、しかも御本尊授与という大事について、授与の方、すなわち、仏の大慈悲によるところの明白な意志を顕示し、相手に対する信行上の認可による下附を顕すものであります。また、御本尊を受ける側からは、その本人の信心・護持を認定され、示されたものとしての本当の喜びと精進の念を生ずる意義があるのです。だから、この授与書きがメモに過ぎないなどということは、言葉の意味を失するとともに、全く信心のない謗法者の才覚である。
また、「脇書きに名前を書かれた人間しか成仏できないなどという御書の文証があるなら出してみろ」ということを言っているが、これは創価学会得意の趣意のスリ替えであります。脇書きの有無に関して、成仏、不成仏があるなどということは、宗門のだれも言ったことはないのです。言うはずもない。逆に、「本尊の脇書きに名前を書かれた者以外は成仏できないなどということを宗門の人間が言っていると言うなら、その証拠を出してみろ」と言ってやりましょう。
当方の主意は、創価学会が日寛上人の『ニセ本尊』を勝手に製造するに当たり、日寛上人が大行阿闍梨本證坊日證師へ授与された御意志を踏みにじって、勝手に授与書きを抹消したこと、また、受けた本證房日證師の心を踏みにじって、御本尊中の授与者の名前を消したこと、これが道理と義理に背くものと言っておるのである。世間でも、所有の筋道の決まったものを、勝手に我がものとするのをなんと言うか、これを盗人と言うのであります。
妙観の中でも若干勉強した者の場合には、堀日亨上人の、
「当流にては対境の本尊を授与せられ示書(しめしがき)中の人とならざれば・信心決定即身成仏と云ふこと能はざるなり」(富士宗学要集第一巻 P.112「有師化儀抄註解」)
を引く者がいるかも知れませんが、脇書きに名前を書かれなければ成仏できないなどとは、当然のこととして御書のどこにも書かれていません。ここで堀上人が言われているのは、「法華講中」等と書かれた「脇書の中の人」つまり「学会員とならなければ一人だけの信心ではダメだ」という見解なのです。
皆さん、これはなんと言えばいいでしょうか。皆さん方が笑っている姿そのものです。学会の思い上がりというか、手前勝手なうぬぼれ解釈というか、なんともあきれ果てた、論外の粗言です。
要するに、日亨上人の『化儀抄註解』の「信心決定即身成仏」の文を引いて、ここでも「脇書きに名前を書かれなければ成仏できない」など、当方で言ってもいないことを誤解し、誣告する、トンチンカンな言を吐いております。
まして、「法華講中」等と書かれた脇書きのなかの人とは、すなわち学会員であるとの、論理の飛躍以上のでたらめは、まことに鉄面皮で、開いた口がふさがらない。狂った正法誹謗団体、嘘で塗り固めたインチキ団体、しかも脇書き、授与書きを「メモ」として否定する創価学会が、そんな資格は絶対にない、ということを言っておきます。
生死一大事血脈抄には、
「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり」(同 P.1337)
とあるとおりなのです。
ここでは『生死一大事血脈抄』の有名な御文を引いて、学会が正しいということの例証にしておりますが、結局これも、初めの「総じて日蓮が弟子檀那等」という「弟子檀那」の文が一番問題なのであります。彼等がそれを引いたならば、「おまえ達、この『弟子檀那』という文をよく考えてみろ。池田大作や創価学会の不正直極まる仏法違背、そして大聖人を利用し悪用して金もうけを企み、下種三宝に背く者どもを、大聖人はけっして『弟子檀那』とは言われないのだ。したがって、以下の有り難い『血脈抄』の文も、学会員には全く該当しない。今日の学会員の様々な罰の現証が、これを物語っているのだ。また、広布の団体、広布の団体と誇称するが、創価学会は、広布の根本宗団たる日蓮正宗の派生団体だったに過ぎないのである」ということを、はっきり教えてあげましょう。
また、相承書の一つである本因妙抄には、
「信心強盛にして唯余念無く南無妙法蓮華経と唱え奉れば凡身即仏身なり、是を天真独朗の即身成仏と名く」(P.872)
等と、大聖人の仏法の偉大な力を示す御文が厳然と記されているのです。
次に『本因妙抄』を引いて「大聖人の仏法の偉大な力を示す御文が厳然と記されている」と言っていますが、これは先にも述べたように、引用の文のすぐ上に「久遠名字の本門を本と為す」と示され、それから「信心強盛にして」云々とあるのです。この「久遠名字の本門」というのは三大秘法であり、日興上人、日目上人とその御法体は伝えられて、下種三宝常住の法体が日蓮正宗にあるのです。
したがって、これに背く池田や創価学会は、「信心強盛にして」と仰せられる、その信心が狂っているから「久遠名字の本門」を見失って迷境に堕しているのである。故に、凡身即仏身ならず、凡身即三悪道を露呈するのである、と指摘しておきます。
これらに対して相手が何か文句を言ったら、
「問うて曰く経文は分明に候・天台・妙楽・伝教等の未来記の言はありや、答えて曰く汝が不信逆(さかしま)なり 釈を引かん時こそ経論はいかにとは不審せられたれ経文に分明ならば釈を尋ぬべからず、さて釈の文が経に相違せば経を捨てて釈につくべきか如何、彼云く道理至極せり」(P.259)
(通解:問うて言うには、仏の経文には明らかにあるが、天台・妙楽・伝教等の未来記の言葉はあるのか。答えて言うには、あなたの不信は反対である。人師・論師の釈を引いた時にこそ経文にはどうかと不審を持つのである。経文に明らかならば釈を尋ねてはならない。では、釈の文が仏の経文に相違していたら経文を捨てて釈につくべきであるかどうか。彼が言うには、その道理はもっともである。)
「設い天台の釈なりとも釈尊の金言に背き法華経に背かば全く之を用ゆ可からざるなり、依法不依人の故に」(P.529)
(通解:たとえ天台の釈であっても釈尊の金言に背き、法華経に背いていればまったくその言葉を用いてはならない。法によって人によらざれ、だからである。)
等々の数多くの御書で大聖人が御指南されているとおりに、御本仏の言葉を根本としなければならないことを徹底して理解させようではありませんか。
次いで『撰時抄』の文で天台の釈と釈尊の金言との軽重を説き給う文を引いて「このように大聖人の御書のお言葉を根本としなければならないことを徹底させよう」と述べています。しかし、御本仏のお言葉を常にはっきりと理解し、お受け申し上げて、正しく信心修行に邁進しているのは、日蓮正宗の僧侶であり、法華講の皆さんであります。すなわち、真実の「御書根本」は創価学会にはなく、日蓮正宗にあるのです。
なぜならば、大聖人の御書を拝読しても、結局、正しい相伝によらなければだめなのです。日興上人が『遺誡置文』に、
「御抄を心肝に染め極理を師伝して云云」(御書一八八四)
と御指南されるとおりなのです。創価学会は、相伝の上からの仏法の本義を自ら否定し、勝手な解釈をしておるから、いくら御書を挙げようとも、その論理と筋道は全く筋違いで意味をなさない。それは自分らの信心が狂っているから、結局、御書の正意に外れた形が随所に出てくるのであります。
だから、大聖人が常に御書中に仰せのように、釈尊の一代仏教を広く読んだ各宗の人師達でも、正しい相伝と付嘱を受けた天台、伝教等のように、法華経を中心とした正しい一代経の拝読をすることができなかったではありませんか。すなわち、そこには一代経の趣意を乱し、乱脈な解釈をした南三北七その他、華厳、三論、法相、真言等の人師達の誤りがありました。これは結局、同じ釈尊一代の経文を見ているけれども、正しい相伝・付嘱によらなければ正しい解釈はできない、ということなのです。
また、大聖人の御書を拝しても、一致派だとか八品派、あるいは寿量一品派等の色々な各日蓮宗の派がある。これはみんな正しい相伝によらないから、文上・文底、種脱の法門、さらに三大秘法について、勝手な解釈の相違が出てきているのです。
創価学会もそのとおりである。御書根本だ、御書根本だと言っているけれども、結局、自分勝手な狂った見解・解釈は、すべて根本の相伝を否定するところから来ているのです。故に、その解釈も行動も、すべて聖意に反してくるのであります。御本仏の言葉によっていると思いつつ、その実体は蜃気楼の如く空虚であり、大謗法を構成するのは、根本の下種三宝への信解がないからです。
皆さん方も創価学会員と対応するとき、「学会は御書の肝要と相伝に、すべて背いている。日蓮正宗に背いているのが何よりの証拠である。また、『日顕宗』などという言葉は学会が勝手に言っているだけで、この地球上のどこにも存在しないのだ。『日顕宗』と言いながら、その実は日蓮正宗を誹謗しているのである。だからこそ、御戒壇様にお詣りできないではないか。そういう考え方で御書をいくら読んでも、全部、狂ってくるのだ」ということを、はっきり言ってもらいたいと思います。
※『第八項 「一機一縁の御本尊の不特定多数への下付は宗門の得意技」の妄説を破折する 』へつづく
