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日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

第68世御法主日如上人猊下御指南(H23.5)

2011-05-07 | 日如上人御指南

 

 

平成23年5月度 広布唱題会の砌

(於 総本山客殿)

(大日蓮 平成23年6月号 第784号 転載) 

 本日は、五月度の広布唱題会に当たり、皆様には多数の御参加、まことに御苦労さまでございます。
 本年も既に三分の一を過ぎ、いよいよ中盤に入りましたが、皆様には日夜、折伏誓願の達成へ向けて御精進のことと存じます。
 さて、法華経神力品を拝しますと、
「我が滅度の後に於て 応に斯の経を受持すべし 是の人仏道に於て 決定して疑有ること無けん」(法華経517頁)
とあります。
 「斯の経」とは法華経のことでありますが、末法に約して申せば、文上の法華経ではなく、法華経文底下種の南無妙法蓮華経のことであります。すなわち、滅後末法において、文底下種の南無妙法蓮華経を受持する者は、必ず成仏できると仰せられているのであります。
 そもそも、この神力品の御文の前を拝しますと、
「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人世間に行じて 能く衆生の闇を滅す」(法華経516頁)
と説かれております。
 この御文について、大聖人様は『寂日房御書』に、
「経に云はく『日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す』と此の文の心よくよく案じさせ給へ。『斯人行世間』の五つの文字は、上行菩薩末法の始めの五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして、無明煩悩の闇をてらすべしと云う事なり。日蓮等此の上行菩薩の御使ひとして、日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしは是なり」(御書1393頁)
と仰せであります。
 すなわち、先程の神力品の「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人世間に行じて 能く衆生の闇を滅す」
との御文は、末法に上行菩薩が御出現され、南無妙法蓮華経の五字をもって一切衆生の無明煩悩の闇を照らすと仰せられているのであります。
 このことは『観心本尊抄』にも、
「今末法の初め、小を以て大を打ち権を以て実を破し、東西共に之を失し天地顛倒せり。迹化の四依は隠れて現前せず、諸天其の国を棄て之を守護せず。此の時地涌の菩薩始めて世に出現し、但妙法蓮華経の五字を以て幼稚に服せしむ」(御書660頁)
と仰せられ、また『右衛門大夫殿御返事』には、
「日蓮は上行菩薩の御使ひにも似たり、此の法門を弘むる故に。神力品に云はく『日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す』等云云。此の経文に斯人行世間の五の文字の中の人の文字をば誰とか思し食す、上行菩薩の再誕の人なるべしと覚えたり。経に云はく『我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし、是の人仏道に於て決定して疑ひ有ること無けん』云云」(御書1435頁)
と仰せられています。
 すなわち、大聖人様は上行菩薩の再誕として末法に御出現あそばされましたが、しかし上行菩薩としてのお立場はあくまでも外用のお姿であって、内証深秘の辺から拝するならば、久遠元初自受用報身如来の御本仏にましますのであります。
 故に、日寛上人は『文底秘沈抄』に、
「若し外用の浅近に拠れば上行の再誕日蓮なり。若し内証の深秘に拠れば本地自受用の再誕日蓮なり。故に知んぬ、本地は自受用身、垂迹は上行菩薩、顕本は日蓮なり」(六巻抄49頁)
と仰せられているのであります。
 すなわち、末法は、釈尊が予証せられたとおり、外用上行菩薩、内証久遠元初の御本仏宗祖日蓮大聖人が御出現あそばされ、三大秘法の妙法をもって、本未有善の荒凡夫たる末法濁悪の衆生の心田に仏種を下し、もって救済あそばされるのであります。
 されば『高橋入道殿御返事』には、
「末法に入りなば迦葉・阿難等、文殊・弥勒菩薩等、薬王・観音等のゆづられしところの小乗経・大乗経並びに法華経は、文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず。所謂病は重し薬はあさし。其の時上行菩薩出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさづくべし」(御書887頁)
と仰せられているのであります。
 つまり、末法においては、御本仏大聖人の妙法蓮華経のみが成仏得道の要法にして、爾前の権仏・権経の教えをはじめ、他のいかなる教えでも成仏することはできず、かえって無間大城に堕ちることになってしまうのであります。
 故に、今、我々末法の衆生は、宗祖日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ奉り、大聖人が御建立あそばされた三大秘法の随一、本門戒壇の大御本尊を帰命依止の御本尊と崇め奉り、至心に南無妙法蓮華経と唱え奉るところに、初めて即身成仏の本懐を遂げることができるのであります。
 ただし『三大秘法抄』に、
「題目とは二意有り。所謂正像と末法となり。正法には天親菩薩・竜樹菩薩、題目を唱へさせ給ひしかども、自行計りにして唱へてさて止みぬ。像法には南岳・天台等は南無妙法蓮華経と唱へ給ひて、自行の為にして広く化他の為に説かず。是理行の題目なり。末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(御書1594頁)
と仰せの如く、末法の修行は自行化他にわたる題目が肝要であります。
 したがって、唱題行にしても、唱題が唱題だけで終わらず、その功徳と歓喜をもって折伏に打って出ることが肝要なのであります。
 要は「実践行動の年」にふさわしく、一人ひとりが、理屈ではなく、折伏実践の行動を起こすことであります。
「座して食らえば山も空し」という言葉がありますが、たしかに、働かないでいれば、豊富な財産もやがてはなくなってしまいます。同じように、信心も折伏を行じなければ、今まで積んできた功徳もいつの間にか、なくなってしまいます。
 我々一人ひとりが一生成仏を果たし、仏国土を実現するためには、地涌の菩薩としての振る舞い、すなわち「上求菩提、下化衆生」の誓願のもと、唱題を重ね、折伏を行じていくことが最善の方途であることを知らなければなりません。
 特に、今回の東日本大震災の惨状を目の当たりにする時、その感を深くするものであります。
 『法華初心成仏抄』には、
「元より末法の世には、無智の人に機に叶ひ叶はざるを顧みず、但強ひて法華経の五字の名号を説いて持たすべきなり。其の故は釈迦仏、昔不軽菩薩と云はれて法華経を弘め給ひしには、男・女・尼・法師がおしなべて用ひざりき。或は罵られ毀られ、或は打たれ追はれ、一しなならず、或は怨まれ嫉まれ給ひしかども、少しもごりもなくして強ひて法華経を説き給ひし故に今の釈迦仏となり給ひしなり」(御書1315頁)
と仰せであります。
 この御金言の如く、今、末法における折伏は、不軽菩薩がそうであったように、「機に叶ひ叶はざるを顧みず、但強ひて法華経の五字の名号を説いて持たす」ことが肝要であります。
 されば、同じく『法華初心成仏抄』には、
「とてもかくても法華経を強ひて説き聞かすべし。信ぜん人は仏になるべし、謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり」(御書1316頁)
と仰せられているのであります。
 慈悲の心をもって、心の底から相手を救いたいと思うならば、この御金言を実践に移し、一人でも多くの人に下種し、折伏を行ずべきであります。
 信心とは理屈ではなく、実践行動であります。なかでも我々は、折伏という実践行動を起こしてこそ、過去遠々劫の罪障を消滅し、一生成仏を遂げることができるのであります。
 まさしく、神力品の「我が滅度の後に於て 応に斯の経を受持すべし 是の人仏道に於て 決定して疑有ること無けん」との御文を拝し、己れ一人だけではなく、不幸にあえぐ多くの人に妙法の偉大なる功徳を説き、折伏を行じていくことが肝要となるのであります。
 どうぞ皆様には、このことを忘れず、本門戒壇の大御本尊様への絶対の確信をもって、来たる平成二十七年・三十三年の目標達成へ向けて、講中が異体同心・一致団結して折伏を行じ、すべての支部が必ず誓願を達成されますよう、心から願うものであります。
 「時は得難くして失い易し」とも「時人を待たず」とも言います。まだ年末までには時間があると思ったら負けます。
 「時は金なり」とも言います。時は貴重であるからこそ、無駄に過ごしてはならないのであります。
 されば、今の一時を無駄にすることなく折伏を行じ、本年度は全支部が必ず折伏誓願を達成されますよう心から念じ、本日の挨拶といたします。

 

御法主日如上人猊下過去の御指南

   

日蓮正宗公式HP

 

大日蓮出版 

http://www.dainichiren.com/

 

 


七つの慢心を誡める信心(七慢)

2011-05-01 | 御住職指導

 

正林寺御住職指導(H23.5月 第88号)

 日蓮大聖人は慢心について『撰時抄』に、
「慢煩悩は七慢・九慢・八慢あり」(御書869)
と仰せです。

 仏教では「七慢」「八慢」「九慢」と慢心について説かれています。「七慢」とは七つの慢心をいい、慢心とは、他をあなどる心、自ら驕り高ぶる心をいいます。「七慢」とは、慢・過慢・慢過慢・我慢・増上慢・卑慢・邪慢をいい、『倶舎論』や『品類足論』などに説かれています。

 一番目の「慢」は、自分より劣った者に対して「自分は優れている」と自負し、同等の者に対しては「同等である」と心を高ぶらせることをいいます。

 二番目の「過慢」は、自分と同等である者に対して「自分の方が優れている」と思い高ぶり、自分より優れている者には「同等である」と侮ることをいいます。

 三番目の「慢過慢」は、自分より優れている者に対し「自分の方が優れている」と自惚れて、他を見下すことをいいます。

 四番目の「我慢」は、今では「耐え忍ぶ」というような意味で使われていますが、仏法本来の意味は、自我に執着し、我尊しと自惚れ、それを恃むことです。

 五番目の「増上慢」は、未だ悟りを得ていないのに、「自分は悟った」と思うことをいいます。

 六番目の「卑慢」は、自分よりはるかに優れている者に対して、「自分は少ししか劣っていない」と思うことです。

 七番目の「邪慢」は、自分に徳がないのにも関わらず、あると思い「自分は偉い」と誇ることをいいます。

 慢心を起こさないように、常に題目を唱えつつ、自分の信心生活を謙虚に反省していくことが成仏には大切でしょう。


平成23年5月度行事予定

2011-05-01 | 正林寺行事予定
◎5月1日(日)午前9時、広布唱題会・御経日。
 
 
 
◎5月4日(水)午後7時30分、支部唱題会。
 
 
◎5月7日(土)午後7時30分、御逮夜御講。

◎5月8日(日)午後1時、御報恩御講。

◎5月11日(水)午後7時30分、支部唱題会。

◎5月15(日)午前10時、少年部お楽しみ会。

◎5月18日(水)午後7時、広布推進会(前橋・覚王寺)。

◎5月21日(土)午後7時、役員・班長会。

◎5月22日(日)午後2時、婦人部唱題会。

◎5月25日(水)午後7時30分、支部唱題会。

◎5月28~29日、夏期講習会(総本山大石寺)。


 

 

一、平成二十三年の年間方針・『実践行動の年』

二、平成二十三年の年間実践テーマ

 ①勤行・唱題で広布へ前進

 ②折伏実践で御命題達成

 ③全講員で支部総登山

 

戒壇の大御本尊誹謗の悪書

『日蓮と本尊伝承』を破す

大日蓮転載

 
 
 あなたは創価学会の間違いをどう思いますか?

(破折文書)群馬布教区有志一同
 


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