日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

第二項 「形木本尊は古来より末寺で発行」の妄説を破折する

1997-10-15 | 創価学会の偽造本尊義を破す

 

第二項

 創価学会が言う「形木本尊は古来より末寺で発行」の妄説を破折する

(2)形木本尊は古来より末寺で発行


 形木本尊とは、大聖人等の御本尊(通常は本門戒壇の大御本尊)又はそれを歴代法主が書写したものを版木に刻み、又は写真製版等にして印刷したものを言います。「書写」とは異なる化儀であり、古来より末寺で行っており、本山でも第八世日影上人の時から行ってきたと日亨上人が記述しています。
 なお、この形木又はお守り本尊は、「仮本尊」であると堀上人が解説しています(富士宗学要集第一巻「有師化儀抄註解」P.113)。この「仮本尊」という言葉の意味については、御書にも日蓮正宗の正依(宗規で規定されている「御書」「日興上人、日有上人、日寛上人の遺文」)にも見つからない新しい用語と概念であるため、十分な検討の必要があります。これについては後に譲ることとしますが、学会の草創以来の御本尊のほとんどは形木であり、間違いなく功徳はバンバンと出ましたから、仮本尊であるかどうかは全く本質ではないことが理解出来ます。
 従来この形木の本尊は、日達上人の時代の初期には法道院の法華講の印刷会社で「本紙」(装丁する前の御本尊の印刷物)を印刷し、それを束にして直接各末寺に送付して、各末寺がそれぞれ「紙幅(紙で表装したもの)」の御本尊にして信徒に下付する方式をとっていましたが、昭和四十年代になってからは大石寺が一本化して表装し、各末寺に送付する形態に変更されたのです。
 これらの事実を裏付ける証拠として、昭和五十五年十二月に宗門内の四国有志僧侶が正信会に対して反論するために作成した「祖道の恢復と真の正信確立の為に」には、「学会伸展の初期の頃地方末寺にて御未来御本尊の摺(すり)形木を出していた所もあり、御棟札も書いていた。化儀抄の「末寺に於いて弟子檀那を持つ人は守りをば書くべし、但し判形は有るべからず、本寺住持の所作に限るべし云々」の許容のまま御守り、御形木御本尊を図せし証拠、東北四国等にも残っておる。むしろ御本尊授与の御法主の大権が確立され宗門の綱紀統制されしは、創価学会の全国的な折伏による宗門側の対応の成果にあらずや。」
と、学会の折伏大行進以前には、御形木御本尊等の発行も授与も各末寺で当然のように行われていたのであり、最近坊主になった生臭の禿人(単なるハゲ)には「宗門第一尊厳の化儀」の過去の変遷など全く理解できていないのです。もしも知っているのならば、純粋で信心深い学会員をだますためにウソをついているのです。

 この所で学会は日亨上人の記述を引いて、日影上人の頃から御形木があったとか、日達上人の初期は法道院法華講の関係で印刷し、それを各末寺に送っていたが、昭和四十年代になってから大石寺で表装・送付を行うように一本化したとか、そのほか四国有志僧侶の言などを引いて、御本尊に関する事柄に、 さも変遷があったようなことを言っております。
 ところが、その方法は、その時代その時代で、色々な状況において存するわけです。 鎌倉、室町、戦国、江戸、明治以降も、その時代に応じて形木本尊等の化導の形が変化することは当然である。それらのことを問題視する創価学会が莫迦なのであり、周りのことを言い立ててその中心を薄めようという、創価学会の低劣な策略であります。

 大切なのは、いかに方法等に変化があっても、一貫して総本山の血脈法主の指示乃至、許可によるところの本寺と末寺の関係が厳として存在したということであり、この中心の在り方には絶対に変化がない。また、その上からの御形木下附であります。
 ところが、これを否定する悪心があるために、方法・形態の変遷を問題にして、中心を否定しようとする幼稚・浅薄な論法であると言っておきます。
 それから、文中、御形木御本尊について「功徳がバンバン出た」という言い方をしていますが、この言い方も学会の「御本尊は幸福製造機」とする唯物本尊的な考え方を示すもので、まことにもったいない言い方です。
 御本尊は日蓮大聖人の御当体であり、尊極の法体であります。我々末法の衆生は、功徳聚にまします御本尊に帰命し、修行することにより、功を積み徳を累ねさせていただくのであって、御本尊を自分達が幸せになるための単なる機械のように即物的に考え、「功徳がバンバン出た」などと言ってはばからない信仰の浅さが「法主にのみ御本尊に関する権限があるとするのは邪義」などという邪見を生み、さらには『ニセ本尊』を作製、販売するような大謗法を平気で犯すに至っているのです。
 「御本尊は幸福製造機」という言い方は、広布進展への方便であったとはいえ、このような御本尊軽視の謗法の元となる、摧尊入卑の考え方の一因となった面があったと言うべきでしょう。


 今回末寺の申し出を受けて開始された、学会による日寛上人の御本尊授与は「書写」ではなく「形木」であり、これまで学会員一般に授与されてきた御本尊もほとんど全てがこの「形木」です。功労の方々に下付された特別御形木御本尊も「書写」ではなく「形木」なのですが、どちらの形式であれ、草創期以来偉大な功徳が数え切れないほど得られています。
 逆に代々の法主直筆の御本尊や板本尊を何体も受持しながら、謗法にまみれて広布を忘れた根檀家が多いことを考えれば、信心が無ければ御本尊もただの物体に堕してしまうことを学会が証明したことになるではありませんか。さらに後述するように、御本尊下付の手続きによって功徳に違いがあるなどという考え方は、日蓮正宗の「正依」にも背き、大聖人の魂を墨に染め流して書かれた御本尊も、形式要件によって不完全なものになるという、完全な大謗法の考え方で、明らかな間違いです。
「此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」(P.1244)なのです。

 ここでは、まず初めに「末寺の申し出を受けて」の「末寺」の言については先にその不当性、欺瞞性を破折したとおりであります。
 次に「今回の学会による日寛上人の御本尊授与は『書写』ではなく『形木』であり、学会の草創期以来、形木本尊に偉大な功徳があった」旨を述べています。この所で、特に「書写」でなく、学会の授与本尊は「形木」なのだ、という意味を強調しています。 そして次に、書写本尊や板本尊を受持する根檀家について、広布を忘れた謗法が多いと誹謗し、御本尊も信心がなければ「ただの物体に堕してしまうことを学会が証明した」と自讃しています。しかし、それを言うなら、むしろ根檀家のように正法寺院への不変の結縁があればともかく、それもなく、学会の折伏でいったん入信しながら退転し、大聖人様に誓ったはずの正法受持を無慚に破り捨てた者どもがいかに多いことか、勘定したことがあるのでしょうか。現員数の何層倍もの者が、完全な邪教の徒、無信の徒となっていることは、広布、広布と威張っても、実態は正しく救えなかったことを、学会が自ら証明しているではありませんか。少しは責任を考えたことがあるのでしょうか。
 次に「さらに後述するように、御本尊下付の手続きによって功徳に違いがあるなどという考え方は、日蓮正宗の『正依』にも背き(中略)形式要件によって不完全なものになるという、完全な大謗法の考え方で、明らかな間違い」だと、「手続き」にこだわった言い方をしています。しかし、この文はだれが読んでも文意不明確で、わざと判らないように書いているとも取れます。
 単純に反論すれば、御本尊下附の手続きによって功徳に違いがあるなどということは、宗門では全然、関知しないし、だれも述べていないのです。にもかかわらず、学会でしつこく「手続き」を云々することは、目が眩んでいたずらに空を切るに等しい筋違いであります。
 思うに、宗門で学会の今回の印刷、配布を『ニセ本尊』と言うことに対し、学会はまず、勝手に「書写」と「形木」とは手続きが全く異なると述べ、学会の形木本尊を宗門で『ニセ本尊』と言うことは、そのような形木としての手続きについて言っていると勘違いし、そのような宗門の主張は間違いだとして言い逃れようとすることらしいのです。しかし、そうとすれば、まことに愚にもつかぬ思い違いである。宗門で『ニセ本尊』と言う理由として、彼等の言うような、いわゆる「書写の本尊とは手続きの異なる、形木という形式要件だから『ニセ本尊』だ」などと言ったことは、全くないことであります。
 宗門で『ニセ本尊』と言うのは、それが形木という形式とか手続きだからというのではなく、血脈上の本尊を、正しい資格もない者、池田、秋谷等が私する専横を言うのであり、すなわち、池田らの魔性が入った、下種三宝のお心を踏みにじるものだから『ニセ本尊』と言うのです。
 したがって、この項の最後に『日女御前御返事』の有り難い御文を引くも、その冒頭の「此の御本尊」の文が、大聖人の御仏意による正しい御本尊でなく、魔性の本尊である以上、これを持つ者は正しい功徳なく、三悪道行きなのであります。


 学会の出現によって富士の濁流が浄化され、自分達が昔やっていたことをすべて棚に上げてしまったようですが、今度は学会による御本尊下付によって、御本尊の力は純粋な信心によってのみ無限に引き出されるのだということを全世界に示そうではありませんか!

 ここの所については、「学会の出現によって富士の濁流が浄化され」たなどと、こういうような莫迦なことを言っているようであります。この言は、本当に無慚無愧、慢この上ない言葉だと思います。
 彼等は、学会の出現以前の富士は濁流であったと言いますが、かつて創価学会よりの作詞、作曲の提供で一時使用した「日蓮正宗の歌」というのがあります。その一番は、

「青雲高く陽に映ゆる、富士の麓に七百年、常に立正安国の、聖い使命を逞しく、掲げたまえる大仏法、日蓮正宗仰げいざ」
というもので、みんなも知っているでしょう。この歌詞は自分達で作ってきたものですが、そのなかには「聖い使命を逞しく」と言っておりながら、今になると「富士の濁流」だと言っておる。本当に二枚舌の、くるくる変わる連中で、これは何も今に始まったことではないが、実にあきれ返る無道心の者どもであります。
 ここで彼等は「自分達が昔やっていたことをすべて棚に上げて」云々と、いかにも大石寺に謗法があったように言うが、これも自画自賛の立場より、流浪の身が親元を忘れた言であります。
 富士の清流によってこそ、一時的にしろ、自分らも正しい信仰につけたのではないか。その元を全く忘れておるというところを、むしろ我々ははっきり見極めて、そこを折伏していかなければならないと思います。
 歴代上人が、あらゆる時代の逆風と、謗法擁護の封建制度の色々な時代のなかで、いかに正法護持、令法久住に心を尽くされたことでありましょうか。そのために七百年の今日まで、清流が伝わったのであります。その時代その時代のなかで、あるいは正法の弘通が思うように伸びることの不可能な状態もあり、そのほか色々な姿はあったけれども、それを捉えて「富士の濁流」とか謗法呼ばわりするということは、時代の流れの実相を知らぬ低劣な認識であります。
 正流七百年、今に変わらざる法統あればこそ、派生集団・創価学会の一往の広宣流布相も存したのである、ということをはっきりと指摘すべきであり、この「濁流」の言は、源を忘れ、その根を截る大莫迦者であると断じます。
 また、「学会による御本尊下付によって、御本尊の力は純粋な信心によってのみ無限に引き出される」ということを言っておりますけれども、既に学会の本尊下附は『ニセ本尊』となって無限の誤りが伏在する以上、その本尊に対しての純粋な信心のあろうはずがありません。必ず仏罰の現証、謗法の罪苦となって長劫に流れることと思います。


第三項 「世界広布の時は本尊下付の法主独占を禁止」の妄説を破折するへつづく

 

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