とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

名残雪

2010-09-04 21:46:22 | 日記
名残雪


春先になると、「かぐや姫」のことを思い出す。一九七一年に結成されたフォーク・ソングのグループである。伊勢正三さんはそのメンバーの一人だった。その伊勢さんの曲に「なごり雪」という名曲がある。後、イルカが歌って大ヒットした。その歌詞の中に、「なごり雪も降る時を知り/ふざけ過ぎた季節のあとで/今 春が来て君はきれいになった/去年よりずっときれいになった」という部分がある。私はこの言葉が大好きである。
 今月の中ごろ三刀屋の明石緑が丘公園で蘭(らん)展があった。その目的地目指して、妻と二人で急な長い坂道を登っていった。その時は最終日の午後だったので、もうほとんど売れて残り少なくなっていた。私たちは一鉢の小ぶりな花を買って、隣の棟の喫茶コーナーでお茶を飲んだ。外を見ていると、春の雪がちらちらと降り出した。
 私は、その雪を眺めていて、突如、底知れぬ寂しさに襲われた。言葉では表しにくい気持ちだった。しいてきざな言い方をすると、生きていることの寂しさというようなものだった。その時、ふと、その歌詞が頭をかすめた。すると、よけいに深みに沈んでいった。どうして? と私は何度も自分に問い掛けた。
「なごり雪も降る時を知り……」。……見知らぬ山中の名残雪は降るべくして降り、それに導かれて私は今のわが身を顧みたのである。それに「なごり雪」の若者の世界がダブッて、いや増す寂しさを感じたに違いなかった。
かつての唄の歌詞がある情緒を誘発する。もしくは、ある感情に歌詞が寄り添う。これは真実である。(2006投稿)

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