医者から詳しく聞かされない医療情報:セカンドオピニオン

誤解と批判を恐れない斜め後ろから見た医療情報

母乳で育児しても子どもの思考能力は上がらない

2007年05月16日 | 小児科
最近こんな議論があったのは記憶に新しいところです

政府の教育再生会議は11日、子育てに関する保護者向けの緊急提言の取りまとめを見送った。子供を持つ保護者に対し、赤ちゃんに母乳をあげることやPTAに父親も参加することなどを求める提言の内容が4月末に報じられると、「母乳が出ない人など、したくてもできない人への配慮が欠けている」とする批判が野党などから一斉に上がった。政府内でも「母乳による育児の推進は正しいが、『母乳が出ない人はどうすればいい』と聞かれると答えられない。アピールの内容が中途半端だ」と懸念が広がった。8日、提言の内容を説明するために文部科学省を訪れた山谷氏に、伊吹文科相も「人を見下した訓示のようなものをするのは、あまり適当ではない」と苦言を呈した。提言を扱う第2分科会では、保護者の意識向上を目指す内容から、「親学」と呼んで検討していた。しかし、文科相らの指摘を受け、母乳による育児の推奨では「母乳が出なくても抱きしめる」という内容を加え、「親学」という言葉も使わないようにした。「2日間で10回以上、文章を書き換えた」が、11日の合同分科会では了承が得られなかった。合同分科会後、第2分科会の委員ではない渡辺美樹氏は、「悪いことは書いていないが、再生会議はこんなことまでする会議なのか。素朴な疑問だ」と首をかしげた。首相官邸でも、「予定されていた提言は家庭生活に踏み込むような印象を与え、感情的な反発をまねく危険性が高い。参院選を前に、国民から反発を受けるのは避けるべきだ」と、見送りはやむを得ないという受け止め方が出ている。
(読売新聞より引用)

確かに、できれば母乳で育てなさい、母乳が出なくても抱きしめなさい、なんて国から言われる筋合いのものでもありませんね。

赤ちゃんに母乳を与えてスキンシップをとることは、赤ちゃんの情緒の安定や免疫力を高めることに有益であると思われますが、「母乳で育児しても子どもの思考能力は上がらない」という論文が発表されましたのでご紹介いたします。

これまで「母乳による育児は子どもの思考能力を上げる」という論文が数編発表されていましたが、今回の論文を理解するにあたり、交絡(confounding)ということを理解しなければなりません。

例えば、大勢を母集団として年齢と血圧の関係を調べた場合、年齢が高くなれば血圧も高くなるという結論が導きだされます。また年齢と給料の関係を調べると年齢が高くなれば給料も高くなるという結論も導きだされます。従って血圧と給料の関係を調べると、血圧が高い人ほど給料も高いという結論が導きだされます。しかしこれでは物事を正しくとらえているとはいえません。「年齢」と「血圧」、「年齢」と「給料」がある一定の母集団の中で相関がある場合、見かけ上「血圧」と「給料」が相関しているように見えます。これが交絡です。

Effect of breast feeding on intelligence in children: prospective study, sibling pairs analysis, and meta-analysis
BMJ. 2006;333:945.
(インパクトファクター★★★★☆、研究対象人数★★★★★)

母親の方は1979年から調査されているデータベースの中から登録開始時に14歳から22歳であった女性6,283人が対象とされました。子どもの方は、それらの女性が1986年以降に出産した5,475人が対象とされました。低体重児や未熟児は対象から除外されました。

数学力、読解力、理解力について、母親はArmed Forces Quantification Test (AFQT)で、子どもはPeabody Individual Achievement Test (PIAT)で評価されました。

母親や子どもの背景について、年齢、学歴、AFQTでの得点(IQ)、経済力、Home Observation for Measurement of the Enviroment Scale (HOME-SF)で評価された家庭での教育環境および情緒環境、妊娠期間、妊娠期間の喫煙、出生体重、第何子目か、人種が調べられました。

結果ですが、母親の出産時の年齢が高い、高学歴、母親の高IQ、高経済力、教育環境および情緒環境が良い、兄弟間で生まれた順番が早い、出生体重が重いほど「母乳で育てられて」いました。特に母親の高IQは「子どもを母乳で育てる」ことに一番関係がありました。これらの因子は交絡因子となりえます。

さて、これらの交絡因子を補正する特別な統計学的手法で調べたところ、子どもの数学力、読解力、理解力は母親の出産時の年齢が高い、高学歴、母親の高IQ、高経済力、教育環境が良い(情緒環境は関連していませんでした)、兄弟間で生まれた順番が遅い、ほど良好でした。そして、「母乳で育てられた」かには関係がありませんでした。

子どもの数学力、読解力、理解力が母親の高IQと関連していて「母乳で育てられた」かには関係がない事に関して、例えば次のような状況も考えられると思います。

昔、交絡因子を考慮しないで「母乳による育児は子どもの思考能力を上げる」と結論がなされた論文(言い伝えなどなんでもかまいません)が当時の「TIME」誌に載ったとします。「TIME」誌を定期的に読むのは高学歴や高IQの人である傾向があったとします。高経済力の人であったという事でもかまいません。高学歴、高IQ、高経済力の人は、そうでない人よりも子どもへの教育に力を入れるとすると、子どもの数学力、読解力、理解力は高まります。一方、「TIME」誌を読んだ母親はその記事の内容を信じて子どもの能力を高めようと積極的に母乳を子どもに与えようとします。

ここに「交絡」として「子どもの数学力、読解力、理解力」と「母乳」の関係ができあがるのです。

誤解のないように申し添えますが、私は母乳反対派ではありません。赤ちゃんに母乳を与えてスキンシップをとることは、赤ちゃんの情緒の安定や免疫力を高めることに有益です。

でも、交絡因子を含んだ過去の論文の結果とは裏腹に、子どもの学力までは上げられないということです。


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男性の中年時の危険因子が寿命を左右する

2007年05月09日 | 生活習慣病
上の図は心筋梗塞、脳卒中、糖尿病、ガン、慢性肺疾患、慢性肝臓疾患、慢性腎臓疾患、胃摘出のいずれにも罹患していない55歳の人が、以下の危険因子をいくつ持っているかで何歳まで生きられるかを示したものです。

BMI 25以上の肥満
握力 39kg以下
血圧 140/90mmHg以上、あるいは血圧の薬の内服
中性脂肪 150mg/dl以上
血糖 200mg/dl以上
尿酸 5.9mg/dl以上
貧血の指標ヘマトクリット49%以上
喫煙及び過去の喫煙
1日3合以上のアルコールの摂取
低教育レベル(小学校卒業レベル)
未婚

これらの危険因子は中年時のどういう状態が寿命に影響を与えるのか前向きに調査した以下の論文で明らかになりました。
Midlife risk factors and healthy survival in men
JAMA. 2006;296:2343.
(インパクトファクター★★★★★、研究対象人数★★★★★)

対象は45歳~68歳(平均54歳)のハワイ在住の日系アメリカ人で、1965年から1968年の間に上記の危険因子と肺活量などの呼吸機能が調べられていた5,820人で、その後最長40年間75歳、80歳、85歳、90歳まで生存できたかどうか予後が調査されました。

上の図を見ますと、危険因子が0の55歳の男性が75歳まで生きられる確率は90%ですが、危険因子が4つ場合は70%、5つの場合は60%、6つの場合は50%に減少しているのがわかります。

危険因子が0であると、85歳まで生きられる確率は70%、危険因子が1つでは60%です。

私にとっては、11個の危険因子のうち、貧血の指標ヘマトクリット49%以上という、血が濃い方が危険だということは意外でした。

私の現在の危険因子は、1日3合以上のアルコールの摂取と低教育レベル(小学校卒業レベル)(笑)の2つです。75歳まで生きられる確率90%、85歳まで生きられる確率60%、90歳まで生きられる確率35%です。

皆さん、長生きしたければ上記の危険因子を減らしましょう。


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