医者から詳しく聞かされない医療情報:セカンドオピニオン

誤解と批判を恐れない斜め後ろから見た医療情報

習慣的な牛乳摂取によって脳卒中のリスク、およびおそらく虚血性心疾患イベントのリスクが減少する

2005年06月24日 | 循環器
先月のJ Epidemiol Community Health. 2005;59:502.(インパクトファクター★★☆☆☆、研究対象人数★★★★☆)からの報告です。

以前から、牛乳摂取は脳卒中や心筋梗塞などのリスクに悪影響を及ぼすとの懸念がありました。しかしその理由の主なものは次の2つです。第一には、牛乳はコレステロール値を上昇させる食品に分類されること。第二には、国を単位としてみた場合に、1人あたりの平均牛乳「製造量」と、同じ国における心疾患死亡率の間に、正の相関が認められていることです。今まではこれらの結果から、牛乳の摂取は脳卒中や心筋梗塞などのリスクを上昇させるだろうと「推測」されていただけにすぎません。

この研究では、最初に被験者に7日間食事摂取を記録し体重を測定するよう依頼しました。依頼した男性のうち665例(87%)から、解析に申し分のない食事記録が返送され、それに基づいて牛乳の総摂取量などが計算されました。初回調査時は1979-1983年で、被験者の年齢は45-59歳でした。その後20年間にわたる追跡調査で、すべての死亡、虚血性脳卒中および虚血性心疾患に関する詳細な情報が得られました。牛乳摂取量が中央値以上(473ml/日以上)であった男性を牛乳摂取量が少ない患者と比較した結果、虚血性脳卒中については0.52倍、虚血性心疾患イベントについては0.88倍でした。その反面、両群における全死因による死亡率は1.08倍と同様でした。

「これらの結果から、牛乳の飲用による血管疾患リスクの増加を裏付ける説得力のある根拠は得られない。むしろ、牛乳摂取量が中央値以上であった被験者は虚血性脳卒中のリスクが減少しており、虚血性心疾患イベントのリスクもおそらく減少したものとみられる。これらの結論は、以前、食品摂取頻度記録に基づく10件の大規模長期コホート研究に関して報告された概要の結果と一致する」と著者らは述べています。

この研究には、牛乳摂取量が最も少ない男性はアルコール摂取量が最も多い傾向がみられたという問題点があります。つまり脳卒中・心筋梗塞のリスクは牛乳の摂取と関係するのではなくアルコールの摂取と関係があるという可能性を否定できない事です。このような現象は「交絡」と呼ばれています。しかし、適度のアルコールの摂取は脳卒中・心筋梗塞のリスクを減少させるという研究結果がありますから、これは交絡ではないと思われます。

現時点で脳卒中・心筋梗塞に罹患した患者さんが過去にどのような食生活を送っていたかを調べる方法を「後ろ向き」と呼ぶのに対して、本研究のように20年前から食生活を調べ続けその結果被験者がどれくらい病気になったかを調べる方法は「前向き」と呼ばれ、結果の信憑性が高いと言われています。著者らは「牛乳が心血管リスクの増加に関して有害であるという現在の認識には異議を唱えるべきであり、健康的な食事の中での牛乳の正当な位置づけを取り戻すためにあらゆる努力がなされなければならない」と結論づけています。

牛乳には危険がいっぱい?
この本どう思いますか?
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小児のインフルエンザワクチン接種について

2005年06月18日 | インフルエンザ
少し気が早いのですが、今年の冬にはインフルエンザはどれくらい流行するのでしょうか。

厚生労働省の予防接種に関する検討会は小児のインフルエンザワクチン接種について「有効性には限界がある」として、これまで通り任意接種とする方針を決めました。小児接種については日本小児科学会が「1歳以上6歳未満では有効率20-30%であることを説明し、接種の推奨を」とする見解をまとめており、検討会も有効性や安全性を説明の上、希望者に接種するよう指摘しました。高齢者も従来と同じく、65歳以上と心臓や呼吸器などに重い病気がある60-64歳の希望者に国や自治体が接種を勧奨する定期接種を続ける方針です。検討会は有効性、安全性の高いワクチンの開発も求めています。

小児に対するインフルエンザワクチンの有効率はたった20-30%!と驚かれた方も多いと思います。こういう場合常に問題になるのは次の2つです。1つは、有効率と副作用の問題。2つめは経済的効果の問題です。例えば有効率が20%で副作用による死亡率が10万人に1人の場合だったらこの接種を続けるべきなのでしょうか。10万人に1人とはいえ死亡した子供にとっては接種をしなければ死亡しなかったという事になりますし、逆に接種が有効でインフルエンザで死亡するのを接種で免れた子供もいることになります。とても悩ましいところです。2つめの経済的効果の点では、接種を公費で行った場合にかかる費用と接種によってインフルエンザが軽症ですむ事による医療費の抑制効果のバランスです。これも非常に対応に苦慮するところでしょう。
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サブグループ解析とNNT(その2)

2005年06月14日 | 本ブログの理解を深める基礎知識
Lancet. 2003;361:1149からの報告です。
(インパクトファクター★★★★☆、研究対象人数★★★★★)

サブグループ解析とNNTについてもう一つの例をあげたいと思います。ASCOT-LAAという研究では、40歳から79歳の高血圧の方で、糖尿病や喫煙などの動脈硬化の危険因子がすくなくとも他に3つ以上ある方を対象としています。リピトールと言うスタチンを1日10mg内服した(PROSPERという研究では40mgでしたので、この研究での使用量はその4分の1と経済的です)5,168人と内服していない5,137人を3.3年間比較しました。スタチンを内服しない群の心筋梗塞(軽症、重症、死亡の全てが含まれています)の発症率は3.0%だったのに対して内服していた群の発症率は1.9%で両群間に差があったという結果だったために、このスタチンを内服する事は心筋梗塞と脳梗塞の予防に有用だと結論づけられました。実数では1,000人中内服群が19人、非内服群が30人という事になります。内服群でも1,000人中970人の方が心筋梗塞になっていませんし、3.3年内服してもその差は1,000人中11人です。

それでは前述のNNT(Number Needed to Treat:患者さん1人がメリットを得るために、同様の患者さん何人に治療を行わなくてはならないのかを示す指数)という観点で考えてみましょう。2005年の時点でこのスタチンの値段は10mgで約163円です。1日10mgという事は、1日163円、1年365日で59,400円、3.3年間で約19万6千円です。これを1,000人に投与すれば1億9,600万円の薬代が製薬会社に支払われる事になります。そしてそのスタチンの投与で1,000中11人が心筋梗塞を免れるわけですから、心筋梗塞の発症を1人予防するために1,780万円が必要です。

前述のサブグループ解析という点では、この結果では全ての原因による死亡率、心臓の血管を原因とする死亡率、心不全、狭心症、不整脈、心臓の血管以外の動脈硬化(主に手足の血管の動脈硬化)、糖尿病の進行、腎臓の機能障害の進行に投与群と非投与群で差が認められていません。理由はわかりませんが女性に対しては心筋梗塞の発症に有効性が認められませんでした。そしてPROSPERという研究と同様に糖尿病の方にも効果が認められませんでした。

有効であった点は論文を読んでいない者にでも伝えられますが、有効でなかった点は論文を読んだ者にしか伝わらないものです。
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サブグループ解析

2005年06月09日 | 本ブログの理解を深める基礎知識
PROSPERという研究の中には興味深い結果が示されています。

サブグループ解析といって全体をさらにいくつかの群に分けて解析したものですが、喫煙していない群では心筋梗塞や脳梗塞の発症率はスタチン内服群で13.7%、非内服群で16.5%と有意に内服群の発症率が低いのに対して(ただし2.8%だけ違うだけです。内服群にも13.7%の発症があり、非内服群でも83.5%の方は発症していないのは以前お話しした通りです)喫煙しているグループでは発症率はスタチン内服群で15.5%、非内服群で15.3%と差がありません。

同様に、非糖尿病群では心筋梗塞や脳梗塞の発症率はスタチン内服群で13.1%、非内服群で16.0%と有意に内服群の発症率が低いのに対して、糖尿病群では発症率はスタチン内服群で23.1%、非内服群で18.4%と逆にスタチン内服群の方が発症率は高くなっています。

この結果から言えるのは、喫煙している人や糖尿病の人はスタチンを内服するよりは糖尿病の治療や禁煙を優先させる方が重要だという事ではないでしょうか。

しかし、スタチンを売る製薬会社はこういう事は伝えませんねぇ。
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B型肝炎のワクチンは多発性硬化症の発症を増やす

2005年06月04日 | 神経
Neurology. 2004;63:838からの報告です。
(インパクトファクター★★☆☆☆、研究対象人数★★★★★)

そろそろ皆さんも統計学的な感覚が身に付いてきたのではないでしょうか。
多発性硬化症という病気があります。これは神経の硬化(体の硬化ではありません)がいろいろな神経に多発して視神経炎による視力低下や顔面感覚の低下、四肢脱力などが起きる病気です。わが国での有病率は10万人に1~4人で、欧米白人の30~80に比べて少ないと報告されています。発症年齢は比較的若く、約80%が20~50歳の間に発病します。

多発性硬化症の人163人とそうでない人1,406人を比較したところ、多発性硬化症でない人が過去にB型肝炎のワクチンを接種していた率が2.4%だったのに対して多発性硬化症の人の接種率は6.7%と「統計学的に有意に」高かったそうです。ちなみにインフルエンザの予防接種の摂取率は多発性硬化症でない人で6.0%、多発性硬化症の人で6.1%と差はなかったようです。6.7%と2.4%の差、4.3%というのは感覚的に、コレステロールの薬を使った比較試験の3.0%対1.9%や16.2%対14.1%という数値よりかなり差があると思いませんか。そしてB型肝炎ワクチン接種を受けた人は受けない人に較べて多発性硬化症にかかる可能性が3.1倍という結果が出ています。調査の対象となった多発性硬化症の人の人数が163人と比較的少ないので、統計学的に正確には多発性硬化症にかかる可能性は1.5倍から6.3倍の間です。

アメリカなどではB型肝炎のワクチン接種は子供の時から強制されますが、日本では強制ではないのでひとまずは安心です。しかし厚生労働省はこのデータをどうとらえるのでしょうか。この病気の発症率が日本よりアメリカで高い事に関連があるのかもしれないとするとちょっと恐ろしい事です。今後、職場などでB型肝炎のワクチン接種を強制されたら、このデータを示して総合的に判断する必要が出てきます。
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他人を信頼する事に関係する物質

2005年06月03日 | 総合
今日付けのNatureに発表されました。(Nature. 2005;435:673)
(インパクトファクター★★★★★、研究対象人数★☆☆☆☆)

オキシトシンという体内に通常存在する物質の鼻腔内噴霧をうけた29人に投資ゲームをしてもらったところ、噴霧をうけていない者に較べて匿名の委託人に預ける金額が多かったそうです。そして委託人を人ではなくコンピューターに変えた場合は預ける金額は噴霧をうけていない者と差はありませんでした。これらの結果から、オキシトシンという物質には人間関係における信頼を高める作用がある事がわかりました。そしてコンピューターが相手の場合には預ける金額が多くならない事は、単に危険に対する認識が甘くなったためではないとも結論しています。

オキシトシンは脳内の視床下部というところから分泌されるもので、母乳の分泌や分娩の際の子宮の収縮に関与していますが、同時に以前から動物におけるつがいや母子関係の形成、異性との結びつきに関与している事が指摘されていました。人間でそれらの社会的な行動に関与している事が認められたのはこの報告が初めてです。また、ウイリアムズ症候群とよばれる遺伝子疾患の子供たちが他人に恐れも抱かずに近づくのはオキシトシンの過剰分泌に関与しているのではないかとも推測しています。報告では、選挙の候補者の演説中に聴衆にオキシトシンを噴霧することなどの悪用例もあげています。

対象人数が29人で「Nature」に掲載されてしまうのは、研究の独創性とアイデアの勝利だという気がします。
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運動は心筋梗塞の発症をどれくらい低下させるか

2005年06月01日 | 循環器
運動の話がでたところで、もう一つ運動が疾病の予防にいいという論文です。同じくアメリカ医師会雑誌JAMAに発表されました。(JAMA. 2002;288:1994)
(インパクトファクター★★★★☆、研究対象人数★★★★★)

対象は475,755人の男性です。47万人対象の研究はなかなか日本ではできません。
自己申告されたレポートの解析の結果、1週間に1時間以上ランニングしている人は運動をしていない人に較べて心筋梗塞などの虚血性心疾患の発症が42%少なく、毎日30分以上歩いている人はその発症が42%少なく、毎日ウエイトトレーニングを30分以上している人は発症が28%少なかったそうです。そして週42Mets-hour(3Mets-hourは普通の速さ(3.2-4.6Km/時)で1時間歩く運動量に相当する)までは発症率の低下は運動量に比例していました。興味深い事に、この研究ではサイクリングとスイミングは発症率を低下させませんでしたが、この原因としてサイクリングとスイミングでは運動している時としていない時の境界があいまいで、自己申告の際、実際よりも長く申告された可能性を指摘しています。確かに自転車はペダルを漕がなくとも進む時がありますし、スイミングでも折り返しの際休憩してしまう時間は測定しにくいものです。

さて、「なんだ、スタチンを内服するより効果があるじゃないか」と気がついた皆さんは鋭いと思います。薬を内服する事が運動をするよりもかなり有益ならまだ話はわかりますが、運動の方が薬の内服より効果があり、医者がその事実を患者さんに伝えずにスタチンを処方するのには疑問をおぼえませんか。「毎日30分以上歩けば心筋梗塞の発症が42%少なくなりますよ」と伝えられれば、患者さんも、それでは歩いてみようという気になると思いませんか。

このような結果は製薬会社にとって有益でないために、一般の方の耳に届くことはまずありません。(運動器具メーカーにとっては朗報なのでしょうが)それどころか、製薬会社から宣伝されないために医者でさえこういう結果を知らない場合が多いのです。
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