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橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞平成24年『橡』1月号より

2011-12-28 10:17:32 | 俳句とエッセイ

橡1月  選後鑑賞        亜紀子

              

 

空深き馬柵に架け干す唐辛子  甲斐惠以

 

 空深き馬柵という言葉に、空の色合と、その下の牧場の空間の広がりが伺える。唐辛子の鮮やかな色彩に青い空の対照。秋も深まった頃の朝であろうか。正しく具象的な写生であり、そのための画材である一語一語がよく吟味されている。

 

無言館ははそもみぢに抱かるる 木村恵里子

 

 第二次大戦の戦没画学生の遺作を集めた美術館。長野県上田にある無言館は橡俳人には馴染み深いことと思われる。ちょうど楢や櫟がもみじした頃を尋ねられたのだろう。郷愁覚える雑木の黄葉。遺作を見た後、ははそ(楢類の総称)の古語が自然に口をついたのではなかろうか。「ははそ葉の」は母にかかる枕詞。言葉と実景と心が、過不足なく滞りなくひとつになっている。

 

白樺のクルス傾く冬隣     深谷征子

 

 いづこの教会か。白樺の木の皮の付いたままの、手作りの小さな十字架。少し傾いて掲げられているのは牧師さんの飾らぬ人柄を思わせる。冬隣という季語が冬に備える牧師一家の慎ましい生活ぶりを想像させてくれる。この下五が動かない。

 

霧に浮く鬼女伝説の一夜山  花岡雀童

 

 信州戸隠鬼無里の鬼女伝説は絶世の美女紅葉(もみぢ)の姿をした鬼神をめぐる物語。一夜山は戸隠連峰のひとつ。やはり鬼無里の鬼をめぐる話だが、こちらは天武天皇が鬼無里に遷都しようとしたのを、鬼どもが一晩で山を築いて阻止したという言い伝え。霧湧き紅葉闌くる頃、その霧の上に浮かび立つ一夜山は、魔性の女紅葉の妖術に生み出されたかのような、幻想的な佇まいであろう。独立峰であるため山頂からの展望が素晴らしいそうだ。

 

邯鄲やクルスを秘めし蒔絵紋 渡辺一江

 

 大阪茨木市の隠れ耶蘇の里、千提寺村に残された切支丹遺物。掲句は江戸時代初期の蒔絵の蓋付き椀。紋の中に隠し絵模様のようにして十字が描かれている。ミサに使われた聖水容器ではなかったかとも謂われる。

あえかな邯鄲の声に、秘された信仰の歴史が呼応するようで、哀しく美しい。

 

客人のサリー纏ひて諸霊祭  藤森ベネデッタ

 

 カトリックでは十一月二日を死者の日として、亡くなった全ての信徒に祈りを捧げるとのこと。これを諸霊祭というそうで、修道院でも特別な祭礼をするのであろう。その中に印度の客人がいらして、人目を引いたことと思う。そのエギゾティックな様子も、諸霊祭という言葉に響き合う感。十二月のクリスマスにキリスト生誕を祝福に訪れた東方の賢人達の姿もふと思い出される。

 

初恋草霜に弱しや鉢小さく  大谷阿蓮

 

 初恋草とは洒落た名前。オーストラリア原産の低木で蝶の舞うような可愛い花を付ける。草丈の小さな木は鉢植えで鑑賞するらしい。開花は十月から五月くらいまで。光を好み冬の低温時には水やりに気をつけないと根を傷めてしまうとのこと。まさに掲句の通り、花好きな作者は大切に育てていることだろう。名前に惹かれ、遠き日の思い出に浸ることもあるのだろうか。霜という季語を活かして、園芸種の花を上手く詠んだ。

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